「脳弓」の版間の差分

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<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/fuminofujiyama 藤山 文乃]</font>(執筆者)<br>
''同志社大学 脳科学研究科''<br>
<font>[http://researchmap.jp/toshi-aka 赤沢 年一]</font>(執筆協力)<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年8月15日 原稿完成日:2012年9月20日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ichirofujita 藤田 一郎](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br><br>
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[[Image:corpus_callosum-fornix.png|thumb|300px|'''図1.脳の断面図(脳梁と脳弓)'''<br>図中灰色が脳梁(交連線維)と脳弓(連合線維)<br>
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神経解剖学講義ノート 寺島俊雄著 金芳堂 p143より改変して転載]]  
神経解剖学講義ノート 寺島俊雄著 金芳堂 p143より改変して転載]]  
羅:fornix 英:fornix 
羅:fornix 英:fornix 


{{box|text= 脳弓は主として[[海馬体]]から出て[[乳頭体]]、[[中隔核]]に至る神経線維束で、[[脳梁]]の下で左右対をなして弓形を画く(図1-3)。これは[[脳弓柱]]、[[脳弓体]]、[[脳弓脚]]および[[海馬采]]に区分される。}}
 脳弓は主として[[海馬体]]から出て[[乳頭体]]、[[中隔核]]に至る神経線維束で、[[脳梁]]の下で左右対をなして弓形を画く。これは[[脳弓柱]]、[[脳弓体]]、[[脳弓脚]]および[[海馬采]]に区分される。


==解剖==
==解剖==
[[ファイル:fornix.gif|thumb|300px|'''図2.脳弓'''<br>赤で示した部分が脳弓である。]]
[[ファイル:fornix.gif|thumb|300px|'''図2 脳弓'''<br>赤で示した部分が脳弓である。]]
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[[Image:pre-post-commissural_fornix.png|thumb|300px|'''図4.交連前脳弓と交連後脳弓'''<br>左側が吻側。神経解剖学講義ノート 寺島俊雄著 金芳堂 p149より改変して転載。]]  
[[Image:pre-post-commissural_fornix.png|thumb|300px|'''図4 交連前脳弓と交連後脳弓'''<br>神経解剖学講義ノート 寺島俊雄著 金芳堂 p149より改変して転載]]  


 脳の[[白質]]には左右の脳を結ぶ[[交連線維]]と同側の大脳半球の異なる領域を繋ぐ[[連合線維]](association fiber)が存在し、後者には隣接する脳回を繋ぐ短い連合線維と異なる領域にまたがる長い連合線維が存在するが、脳弓は長い連合線維の代表的なもので海馬体から出て乳頭体などに至る線維束である。また、対側海馬へ投射する交連線維も含まれる。
 脳弓は主として海馬体から出て乳頭体、中隔核に至る神経束で、脳梁の下で左右対をなして弓形を画く(図1ー3)。[[海馬台]]や狭義の海馬([[アンモン角]])の[[錐体細胞]]の[[軸索]]は、[[海馬白板]]を通り、[[海馬采]] (fimbria)に集められる。両側の海馬采は後方へ進むにつれて太くなり、海馬の後端に至って[[脳梁膨大]]の下を[[脳弓脚]]となって弧を描いて上ると同時に両側のものが互いに近づいてくる。このあたりで多数の線維が反対側の脳弓に入る。すなわち交叉線維が薄く板状に広がって[[脳弓交連]] (fornical comissure)を形成する。両側の脚は合して[[脳弓体]] (body of the fornix)となり脳梁の直下を前方に[[視床]]の吻側端まで行き、ここで再び線維束が左右に分かれ[[脳弓柱]] (colums of the fornix)として[[室間孔]]から[[前交連]]の後ろまで腹方に曲がる。神経線維が薄い帯状になった海馬采は脳弓のほぼ全経過にわたって外側に位置しているが、吻側では脳弓の本体である脳弓柱に混ざる。脳弓線維のほぼ半数は前交連の尾側を[[交連後脳弓]]として下行し、残りは前交連の前方を[[交連前脳弓]]として走る(図4)<ref>'''カーペンター'''<br>''神経解剖学'' Malcolm B. Carpenter, Jerome Sutin,<br>西村書店</ref>。


 [[海馬台]]や狭義の海馬([[アンモン角]])の[[錐体細胞]]の[[軸索]]は、[[海馬白板]]を通り、[[海馬采]] (fimbria)に集められる。両側の海馬采は後方へ進むにつれて太くなり、海馬の後端に至って[[脳梁膨大]]の下を[[脳弓脚]]となって弧を描いて上ると同時に両側のものが互いに近づいてくる。このあたりで多数の線維が反対側の脳弓に入る。すなわち交連線維が薄く板状に広がって、一部は[[脳弓交連]] (fornical comissure)を形成する。両側の脚 (crus fornicis) は合して[[脳弓体]] (body of the fornix)となり脳梁の直下を前方に[[視床]]の吻側端まで行き、ここで再び線維束が左右に分かれ[[脳弓柱]] (colums of the fornix)として[[室間孔]]から[[前交連]]の後ろまで腹方に曲がる(図3)。神経線維が薄い帯状になった海馬采は脳弓のほぼ全経過にわたって外側に位置しているが、吻側では脳弓の本体である脳弓柱に混ざる。脳弓線維のほぼ半数は前交連の尾側を[[交連後脳弓]]として下行し、残りは前交連の前方を[[交連前脳弓]]として走る(図4)<ref>'''カーペンター'''<br>''神経解剖学'' Malcolm B. Carpenter, Jerome Sutin,<br>西村書店</ref>。
 脳の白質には左右の脳を結ぶ[[交連線維]]と同側の大脳半球の異なる領域を繋ぐ[[連合線維]](association fiber)が存在し、後者には隣接する脳回を繋ぐ短い連合線維と異なる領域にまたがる長い連合線維が存在するが、脳弓は長い連合線維の代表的なもので海馬体から出て乳頭体などに至る線維束である。また、対側海馬へ投射する交連線維も含まれる。


==機能==
==機能==


[[Image:papez_circuit.png|thumb|300px|'''図5.Papezの回路'''<br>左側が吻側。神経解剖学講義ノート 寺島俊雄著 金芳堂 p120より改変して転載。]]  
[[Image:papez_circuit.png|thumb|300px|'''図5 Papezの回路'''<br>神経解剖学講義ノート 寺島俊雄著 金芳堂 p120より改変して転載]]  
 
 脳弓は[[大脳辺縁系]]の複数の領域をつなぐ。大脳辺縁系の領域は文献により異なるが、古くは1937年に、アメリカの神経解剖学者である [[wikipedia:papez|James Papez]] が「[[帯状回]]が興奮すると、海馬体、乳頭体、[[視床]]の[[前核]]を経て帯状回に刺激が戻る」という神経回路を想定し、このモデルは古典的な「[[パペッツの情動回路]] Papez circuit」として知られている(図5)。パペッツの理論はマクレーン [[wikipedia:Paul D. MacLean|Paul D.MacLean]] により、より広い領域に対する、現在の概念に近い「大脳辺縁系」に対して拡張された。現在は辺縁系のうち、[[扁桃体]]と海馬体の機能が解明されてきている。


 脳弓は[[大脳辺縁系]]の複数の領域をつなぐ。大脳辺縁系の領域は文献により異なるが、古くは1937年に、アメリカの神経解剖学者である [[wikipedia:papez|James Papez]] が「[[帯状回]]が興奮すると、海馬体、乳頭体、[[視床]][[前核]]を経て帯状回に刺激が戻る」という神経回路を想定し、このモデルは古典的な「[[パペッツの情動回路]] Papez circuit」として知られている(図5)。この場合、[[情動]]の受容部位は帯状回皮質である。マクレーン [[wikipedia:Paul D. MacLean|Paul D.MacLean]] はこの理論を発展させ、Brocaが大脳辺縁葉と呼んだ領域(帯状回、海馬傍回、梁下回、海馬)およびそれと神経結合している[[視床下部]]などの皮質下組織を「大脳辺縁系」と提唱した。現在は辺縁系のうち、[[扁桃体]]と海馬体の機能が解明されてきている。
==脳弓下器官==
 
 近年、脳弓下器官 (subfornical organ; SFO)に血液や[[脳脊髄液]]に代表される体液(細胞外)中のNa(ナトリウム)濃度や細胞内のNa濃度の恒常性を保つためのNa<sub>x</sub>チャンネルというセンサーがあることがわかってきた。Na<sub>x</sub> は[[中枢神経系]]では、主に[[脳室周囲器官]] (circumventricular organs;CVOs) に発現しており、脳弓下器官の他には[[終板脈管器官]] (organum vasculosum of the lamina terminalis; OVLT) や[[最後野]] (area postrema) にも存在が確認されている。この3領域は他の多くの脳領域と神経結合をつくっており、脳室表面に位置し、血液脳関門が無いことから、体液中の物質の受容や感知に適した場所であると考えられる
<ref>'''檜山武史、野田昌晴'''<br>脳における体液Naレベル感知機構―グリア細胞が神経活動を制御するしくみの解明<br>''実験医学'', 25(16), 2007</ref>
<ref>'''野田昌晴'''<br>体液 Na<sup>+</sup>レベルの感知機構<br>''蛋白質 核酸 酵素'', 53(10), 1258-1266, 2008</ref>。(編集コメント:図6、7を本文でご説明下さい)
 
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Image:SubfonicalOrganNOSneuron.jpg|'''図6 脳弓下器官の一酸化窒素合成酵素 (NOS)ニューロン'''<br /> 佐賀大学医学部河野史教授 恵与 編集コメント:動物種、スケールバーをお願い致します。
Image:SubfonicalOrganGABAneuronTerminal.jpg|'''図7 脳弓下器官に投射する抑制性GABAニューロン終末'''<br /> 佐賀大学医学部河野史教授 恵与  編集コメント:動物種、スケールバーをお願い致します。
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==関連項目==
==関連項目==
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<references />
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(執筆者:藤山文乃 執筆協力:赤沢年一 担当編集委員:藤田一郎)

2012年8月28日 (火) 19:37時点における版

図1.脳の断面図(脳梁と脳弓)
図中灰色が脳梁(交連線維)と脳弓(連合線維)
神経解剖学講義ノート 寺島俊雄著 金芳堂 p143より改変して転載

羅:fornix 英:fornix 

 脳弓は主として海馬体から出て乳頭体中隔核に至る神経線維束で、脳梁の下で左右対をなして弓形を画く。これは脳弓柱脳弓体脳弓脚および海馬采に区分される。

解剖

図2 脳弓
赤で示した部分が脳弓である。
図3 脳弓
[1]より改変。右が吻側。
図4 交連前脳弓と交連後脳弓
神経解剖学講義ノート 寺島俊雄著 金芳堂 p149より改変して転載

 脳弓は主として海馬体から出て乳頭体、中隔核に至る神経束で、脳梁の下で左右対をなして弓形を画く(図1ー3)。海馬台や狭義の海馬(アンモン角)の錐体細胞軸索は、海馬白板を通り、海馬采 (fimbria)に集められる。両側の海馬采は後方へ進むにつれて太くなり、海馬の後端に至って脳梁膨大の下を脳弓脚となって弧を描いて上ると同時に両側のものが互いに近づいてくる。このあたりで多数の線維が反対側の脳弓に入る。すなわち交叉線維が薄く板状に広がって脳弓交連 (fornical comissure)を形成する。両側の脚は合して脳弓体 (body of the fornix)となり脳梁の直下を前方に視床の吻側端まで行き、ここで再び線維束が左右に分かれ脳弓柱 (colums of the fornix)として室間孔から前交連の後ろまで腹方に曲がる。神経線維が薄い帯状になった海馬采は脳弓のほぼ全経過にわたって外側に位置しているが、吻側では脳弓の本体である脳弓柱に混ざる。脳弓線維のほぼ半数は前交連の尾側を交連後脳弓として下行し、残りは前交連の前方を交連前脳弓として走る(図4)[2]

 脳の白質には左右の脳を結ぶ交連線維と同側の大脳半球の異なる領域を繋ぐ連合線維(association fiber)が存在し、後者には隣接する脳回を繋ぐ短い連合線維と異なる領域にまたがる長い連合線維が存在するが、脳弓は長い連合線維の代表的なもので海馬体から出て乳頭体などに至る線維束である。また、対側海馬へ投射する交連線維も含まれる。

機能

図5 Papezの回路
神経解剖学講義ノート 寺島俊雄著 金芳堂 p120より改変して転載

 脳弓は大脳辺縁系の複数の領域をつなぐ。大脳辺縁系の領域は文献により異なるが、古くは1937年に、アメリカの神経解剖学者である James Papez が「帯状回が興奮すると、海馬体、乳頭体、視床前核を経て帯状回に刺激が戻る」という神経回路を想定し、このモデルは古典的な「パペッツの情動回路 Papez circuit」として知られている(図5)。パペッツの理論はマクレーン Paul D.MacLean により、より広い領域に対する、現在の概念に近い「大脳辺縁系」に対して拡張された。現在は辺縁系のうち、扁桃体と海馬体の機能が解明されてきている。

脳弓下器官

 近年、脳弓下器官 (subfornical organ; SFO)に血液や脳脊髄液に代表される体液(細胞外)中のNa(ナトリウム)濃度や細胞内のNa濃度の恒常性を保つためのNaxチャンネルというセンサーがあることがわかってきた。Nax中枢神経系では、主に脳室周囲器官 (circumventricular organs;CVOs) に発現しており、脳弓下器官の他には終板脈管器官 (organum vasculosum of the lamina terminalis; OVLT) や最後野 (area postrema) にも存在が確認されている。この3領域は他の多くの脳領域と神経結合をつくっており、脳室表面に位置し、血液脳関門が無いことから、体液中の物質の受容や感知に適した場所であると考えられる [3] [4]。(編集コメント:図6、7を本文でご説明下さい)

関連項目

参考文献

  1. Henry Gray
    Anatomy of the Human Body
    Longman Ltd., Edinburgh, 1973
  2. カーペンター
    神経解剖学 Malcolm B. Carpenter, Jerome Sutin,
    西村書店
  3. 檜山武史、野田昌晴
    脳における体液Naレベル感知機構―グリア細胞が神経活動を制御するしくみの解明
    実験医学, 25(16), 2007
  4. 野田昌晴
    体液 Na+レベルの感知機構
    蛋白質 核酸 酵素, 53(10), 1258-1266, 2008


(執筆者:藤山文乃 執筆協力:赤沢年一 担当編集委員:藤田一郎)