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英:metacognition、独:Meta-Anerkennung | |||
自己の認知活動(知覚、情動、記憶、思考など)を客観的に捉え評価した上で制御することである。「認知を認知する」 (cognition about cognition) 、あるいは「知っていることを知っている」(knowing about knowing) ことを意味する<ref name=ref1>''' J Metcalfe, A P Shimamura '''<br>Metacognition: knowing about knowing.<br>''Cambridge, MA: MIT Press. ''1994</ref>。またそれを行う心理的な能力を[[wikipedia:ja:メタ認知]]能力という。 | |||
メタ認知は様々な形でみられ、学習や問題解決場面でいつどのような方略を用いるかといった知識や判断も含まれる<ref name=ref1 />。現在では多くの教育現場でメタ認知能力の育成は重要な課題となっている。また[[wikipedia:ja:メタ記憶]]とは自己の記憶や記憶過程に対する客観的な認知であり、メタ認知の重要な要素のひとつである<ref name=ref2>''' J Dunlosky, R A Bjork'''<br>Handbook of Metamemory and Memory.<br>''Cambridge, Psychology Press: New York. ''2008</ref>。 | |||
文化研究により、メタ認知の事例は異文化間で共通してみられることがわかっている。これは、メタ認知が人間社会における生活あるいは生存にとって普遍的に有用な能力であることを示唆している<ref>''' C D Güss, B Wiley '''<br>Metacognition of Problem-Solving Strategies in Brazil, India, and the United States.<br>''Journal of cognition and culture. ''2007, 7(1);1-25</ref>。 | |||
こうしたメタ認知能力に関する最初の記述は、ギリシャの哲学者[[wikipedia:ja:アリストテレス]] (Aristotle) の著作De AnimaとParva Naturaliaまで遡る。 | |||
= '''概要''' = | |||
メタ認知は1970年代に広まった概念で、メタ認知という用語はFlavell (1976)<ref>''' J H Fravell '''<br>Metacognitive aspects of problem solving.<br>''Nature of intelligence. ''1976, 12;231-236</ref> において初めて用いられた。 | |||
''「メタ認知とは認知過程及びその関連事物(情報やデータなど)に関する自分自身の知識をさす。例えば、私がAよりもBの方が学習が困難であると気づいたとしたり、あるいはCが事実であると認める前にそれについて再確認しようと思いついたとしたら、それはメタ認知を行っているということだ。」'' | |||
自己の認知活動のモニタリングはメタ認知の根幹を成す。それは基本的な感覚応答から、行動目標を達成する上で複雑に組み合わされる脳内処理過程(高次認知機能)にまで及ぶ。モニタリングされた情報を意識的または無意識的に吟味することで、様々な認知活動の制御が可能となる。例えば、自分の能力と作業の難易度を照合し今後の行動に関して適切な判断を下すこと、行動目標に対して適切な課題を設定すること、状況に応じて適切な方略または道具を選ぶこと、モニタリングそのものを効率的に行うことなどである。これらの適応的な認知活動は、複雑な問題の解決にあたり、いつどのような知識に基づき行動するべきかを把握し実行する能力によって支えられている<ref name=ref1 /><ref>''' T O Nelson, L Narens '''<br>Metamemory: A theoretical framework and new findings.<br>''Academic Press. ''1990</ref><ref>''' J Dunlosky, M J Serra, J M C Baker '''<br>Handbook of applied cognition, Chapter6. <br>''Academic Press. ''2007</ref>。<br> | |||
==分類== | === '''分類''' === | ||
メタ認知の概念の呼び方や定義について、研究者間で必ずしも一致しているわけではないが<ref>'''楠見・高橋'''<br>メタ記憶.安西祐一郎ほか(編) 認知科学ハンドブック<br>''共立出版 第5編第4章 ''1992</ref>、「認知についての知識」といった知識的側面と、「認知のプロセスや状態のモニタリングおよびコントロール」といった活動的側面とにおおきくわかれるという点では、研究者間の見解はほぼ一致しているため、以下のように分類できる<ref>'''三宮真智子'''<br>認知心理学4思考,市川伸一編 第7刷第7章 <br>''東京大学出版会 ''2009</ref>。 | |||
*'''メタ認知的知識(metacognitive knowledge/awareness)'''<br> | |||
:知識に関する知識。メタ認知的知識はさらに、人変数に関する知識、課題変数に関する知識、方略変数に関する知識に分類される。<br> | |||
::'''人変数に関する知識'''はさらに、「私は考えることは得意だがそれを表現することが苦手だ」というような、個人内での比較にもとづく認知的な傾向や特性についての知識(個人内変数に関する知識)、「AさんはBさんよりも想像力に富んでいる」といった、個人間の比較にもとづく認知的な傾向や特性についての知識(個人間変数に関する知識)、そして「注意を向けていなかったことは、あまり記憶に残らない。」などの、人間の認知についての一般的な知識(一般的な人変数に関する知識)に分類できる。<br> | |||
::'''課題変数に関する知識'''は、「科学論文を読んで理解するほうが、小説を読んで理解するよりも時間がかかる。」といった、課題の性質が私たちの認知活動に及ぼす影響についての知識をさす。<br> | |||
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::'''方略変数に関する知識'''は、目的に応じた効果的な方略の使用についての知識をさす。<br> | |||
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*'''メタ認知的活動(metacognitive regulation)、メタ認知的経験 (metacognitive experiences)'''<br> | |||
: | :メタ認知的活動は、気づき・感覚・予想・点検・評価といったメタ認知的モニタリングや、目標設定・計画・修正といったメタ認知的コントロールからなる。メタ認知的経験は、現在進行形のメタ認知的な経験(活動)のことである。<br> | ||
=== | === '''機能''' === | ||
メタ認知は、思考のさまざまなプロセスにおいて重要な役割を果たす。 | |||
学習場面においては、学習課題にアプローチする方法の計画や、モニタリングした認知活動に関する理解、課題遂行状況の評価などが、メタ認知的な特徴を持つスキルである。また、課題遂行に関する動機づけもメタ認知的スキルのひとつである。メタ認知は学習の成功を左右するため、教育の場では学生と教師の両者がメタ認知的スキルを身につけることが重要である。広範なメタ認知的スキルを発揮することで、試験や仕事における成績や効率が格段にあがる。そうした自律的な学習者は、適切な「道具」を用いて学習の方略とスキルを修正し、学習の効率を高めることができる。さらにメタ認知に優れれば、学習の障壁を事前に察知し対処したり、学習の方略とスキルを変更したりすることで目標を達成することができる。 | |||
学習場面に限らず、意思決定に関する[[メタ認知的知識]]と意思決定の間に強い関連があることが示唆されている<ref><pubmed>1744255</pubmed></ref>。 | |||
メタ認知者は、自己の長所や短所、取り組んでいる課題の特性、役に立つ(と思われる)「道具」またはスキルを把握することができる。「道具」のレパートリーが広範なほど成功しやすく、もしその「道具」が状況に依存しない一般的特性を備えるならば、様々な学習状況において通用する。 | |||
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= '''メタ認知能力の発達''' = | |||
メタ認知能力と言語能力との結びつきは強く、言語能力が未発達である新生児、乳児にはメタ認知能力は備わっていないと考えられてきた。メタ認知能力の発達は行動主体としての自己に気付くことから始まり、5、6歳頃から周囲の状況と自己の能力を考慮して起こりうる事態を予測するなど、いくつかのメタ認知的機能について成人と同様の能力が有されていることがわかっている<ref>''' J H Fravell '''<br>Metacognition and cognitive monitoring: A new area of cognitive-developmental inquiry. <br>''The American psychologist. ''1979, 34(10);906-911</ref><ref>''' K Lockl, W Schneider '''<br>Precursors of metamemory in young children: the role of theory of mind and metacognitive vocabulary. <br>''Metacognition and learning. ''2006, 1(1);15-31</ref><ref><pubmed> 17328698 </pubmed></ref>。<br> | |||
=== 他の動物におけるメタ認知能力 === | |||
== | メタ認知はヒトに特有の能力で、それゆえヒトの定義のひとつであると考えられてきた。しかし近年、マカクザルや類人猿<ref><pubmed> 19242741 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20836592 </pubmed></ref>、イルカ<ref name=ref5><pubmed> 19726218 </pubmed></ref>などが、自己の記憶知識に対する「確信度」「確かさ」の認識を持ち合わせていること、また不確実要素についてモニタリングを行っていることを示す知見が得られている。一方、鳥類にはこれまでメタ認知能力は認められていない<ref name=ref5 />。2007年の研究でラットのメタ認知能力が報告されているが、さらなる分析ではラットは単に[[wikipedia:ja:オペラント条件付け]]の法則に従ったとも考えられている<ref><pubmed> 17346969 </pubmed></ref>。<br> | ||
= '''神経基盤''' = | |||
= | 脳損傷患者の症例研究では、[[前頭前野]] (prefrontal cortex) がメタ記憶あるいはメタレベルの認知過程と深く関わっていることが示唆されている<ref name=ref2 />。課題遂行時とそれに関する二次的(メタ認知的)行動時の神経活動、あるいは人間以外の動物では個々の細胞の電気的活動を独立に記録する手法も取り入れられている。しかし、それらの手法ではメタ認知的過程に関する神経表現と行動そのものに関する神経表現の切り分けが課題となっている<ref><pubmed> 22492751 </pubmed></ref>。<br> | ||
神経精神病の症例研究において、自身の病状のある面に関する洞察と他の面に関する洞察が全く結び付かないケースがある。また[[wikipedia:ja:統合失調症]]患者の[[wikipedia:ja:fMRI]]研究では、統合失調症の患者では健常者と異なり、自省時に前内側前頭前野(anterior medial prefrontal cortex)の活動がみられないことが報告されており、[[内側前頭前野]]とメタ認知の関連が指摘されている<ref><pubmed> 22492746 </pubmed></ref>。 | |||
= | = '''各分野におけるメタ認知研究''' = | ||
発達心理学、教育心理学の分野では、主に子供の課題遂行能力や学習能力の向上という視点から研究が行われてきた。[[wikipedia:ja:ピアジェ]] (Piaget) を中心とする自己制御 (self-regulation) 研究では、人間は「能動的に」調整あるいは学習すると考えられてきた<ref name=ref7>''' H Otani, Robert L Wilner JR. '''<br>Metacognition: New Issues and Approaches Guest Editor's Introduction. <br>''The Journal of General Psychology. ''2005, 132(4);329-334</ref>。また [[wikipedia:ja:レフ・ヴィゴツキー]] (Vygotsky) は、発達を言葉の発達という観点からメタ認知をみた。ヴィゴツキーの理論では、子供はまず他者に対して言葉を使う(外言)が、成長に従って自らの思考や行動を内言によって調整できることを示し、この外言から内言への移行こそが自らの思考への気づきの表れであるとした。<br> | |||
メタ認知は自らの思考への気づきであることから、心理療法にも利用されている。[[wikipedia:ja:認知療法]]は、情緒障害を思考の障害として認識し、それを修正することにより改善をはかるものである。<br> | |||
実験心理学ではモニタリング(自身の記憶に関する判断)と制御(判断を行動に結びつける)の間のメタ認知の質的な違いに注目した研究が多い。認知神経科学においてメタ認知的なモニタリングと制御は、他の皮質領野からの入力やフィードバックを受けた前頭前野における機能と考えられている。[[wikipedia:ja:人工知能]]<ref>''' M T Cox'''<br>Metacognition in computation: A selected research review.<br>''Artificial Intelligence. ''2005, 169(2);104-141</ref>や[[wikipedia:ja:モデリング]]の分野においても、メタ認知研究が行われている。<br> | |||
= '''関連項目''' = | |||
[[wikipedia:ja:教育心理学]] ([[wikipedia:Educational psychology]]) | |||
[[wikipedia:ja:教育工学]] ([[wikipedia:Educational technology]]) | |||
[[wikipedia:ja:認識論]] ([[wikipedia:Epistemology]]) | |||
[[目標定位]] ([[wikipedia:Goal orientation]]) | |||
[[wikipedia:ja:内観]] ([[wikipedia:Introspection]]) | |||
[[wikipedia:ja:メタ記憶]] ([[wikipedia:metamemory]]) | |||
[[メタ理解]] ([[wikipedia:metacomprehension]]) | |||
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[[wikipedia:ja:メタ哲学]] ([[wikipedia:metaphilosophy]]) | |||
[[メタ理論]] ([[wikipedia:metatheory]]) | |||
[[学習法]] ([[wikipedia:Learning styles]]) | |||
[[学習容易性判断]] (ease-of-learning judgments; EOL) | |||
[[既学習判断]] (judgments of learning; JOL) | |||
[[既知感]] (feeling-of-knowing; FOK) | |||
[[もう少しで分かりそうな感じ]] (feeling of warmth; FOW) | |||
[[心相續]] ([[wikipedia:mindstream]]) | |||
[[ミラーテスト]] ([[wikipedia:Mirror test]]) | |||
[[2次サイバネティクス]] ([[wikipedia:Second-order cybernetics]]) | |||
= '''参考文献''' = | |||
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2012年10月10日 (水) 19:02時点における版
英:metacognition、独:Meta-Anerkennung
自己の認知活動(知覚、情動、記憶、思考など)を客観的に捉え評価した上で制御することである。「認知を認知する」 (cognition about cognition) 、あるいは「知っていることを知っている」(knowing about knowing) ことを意味する[1]。またそれを行う心理的な能力をwikipedia:ja:メタ認知能力という。
メタ認知は様々な形でみられ、学習や問題解決場面でいつどのような方略を用いるかといった知識や判断も含まれる[1]。現在では多くの教育現場でメタ認知能力の育成は重要な課題となっている。またwikipedia:ja:メタ記憶とは自己の記憶や記憶過程に対する客観的な認知であり、メタ認知の重要な要素のひとつである[2]。
文化研究により、メタ認知の事例は異文化間で共通してみられることがわかっている。これは、メタ認知が人間社会における生活あるいは生存にとって普遍的に有用な能力であることを示唆している[3]。 こうしたメタ認知能力に関する最初の記述は、ギリシャの哲学者wikipedia:ja:アリストテレス (Aristotle) の著作De AnimaとParva Naturaliaまで遡る。
概要
メタ認知は1970年代に広まった概念で、メタ認知という用語はFlavell (1976)[4] において初めて用いられた。
「メタ認知とは認知過程及びその関連事物(情報やデータなど)に関する自分自身の知識をさす。例えば、私がAよりもBの方が学習が困難であると気づいたとしたり、あるいはCが事実であると認める前にそれについて再確認しようと思いついたとしたら、それはメタ認知を行っているということだ。」
自己の認知活動のモニタリングはメタ認知の根幹を成す。それは基本的な感覚応答から、行動目標を達成する上で複雑に組み合わされる脳内処理過程(高次認知機能)にまで及ぶ。モニタリングされた情報を意識的または無意識的に吟味することで、様々な認知活動の制御が可能となる。例えば、自分の能力と作業の難易度を照合し今後の行動に関して適切な判断を下すこと、行動目標に対して適切な課題を設定すること、状況に応じて適切な方略または道具を選ぶこと、モニタリングそのものを効率的に行うことなどである。これらの適応的な認知活動は、複雑な問題の解決にあたり、いつどのような知識に基づき行動するべきかを把握し実行する能力によって支えられている[1][5][6]。
分類
メタ認知の概念の呼び方や定義について、研究者間で必ずしも一致しているわけではないが[7]、「認知についての知識」といった知識的側面と、「認知のプロセスや状態のモニタリングおよびコントロール」といった活動的側面とにおおきくわかれるという点では、研究者間の見解はほぼ一致しているため、以下のように分類できる[8]。
- メタ認知的知識(metacognitive knowledge/awareness)
- 知識に関する知識。メタ認知的知識はさらに、人変数に関する知識、課題変数に関する知識、方略変数に関する知識に分類される。
- 人変数に関する知識はさらに、「私は考えることは得意だがそれを表現することが苦手だ」というような、個人内での比較にもとづく認知的な傾向や特性についての知識(個人内変数に関する知識)、「AさんはBさんよりも想像力に富んでいる」といった、個人間の比較にもとづく認知的な傾向や特性についての知識(個人間変数に関する知識)、そして「注意を向けていなかったことは、あまり記憶に残らない。」などの、人間の認知についての一般的な知識(一般的な人変数に関する知識)に分類できる。
- 人変数に関する知識はさらに、「私は考えることは得意だがそれを表現することが苦手だ」というような、個人内での比較にもとづく認知的な傾向や特性についての知識(個人内変数に関する知識)、「AさんはBさんよりも想像力に富んでいる」といった、個人間の比較にもとづく認知的な傾向や特性についての知識(個人間変数に関する知識)、そして「注意を向けていなかったことは、あまり記憶に残らない。」などの、人間の認知についての一般的な知識(一般的な人変数に関する知識)に分類できる。
- 課題変数に関する知識は、「科学論文を読んで理解するほうが、小説を読んで理解するよりも時間がかかる。」といった、課題の性質が私たちの認知活動に及ぼす影響についての知識をさす。
- 課題変数に関する知識は、「科学論文を読んで理解するほうが、小説を読んで理解するよりも時間がかかる。」といった、課題の性質が私たちの認知活動に及ぼす影響についての知識をさす。
- 方略変数に関する知識は、目的に応じた効果的な方略の使用についての知識をさす。
- 方略変数に関する知識は、目的に応じた効果的な方略の使用についての知識をさす。
- メタ認知的活動(metacognitive regulation)、メタ認知的経験 (metacognitive experiences)
- メタ認知的活動は、気づき・感覚・予想・点検・評価といったメタ認知的モニタリングや、目標設定・計画・修正といったメタ認知的コントロールからなる。メタ認知的経験は、現在進行形のメタ認知的な経験(活動)のことである。
機能
メタ認知は、思考のさまざまなプロセスにおいて重要な役割を果たす。
学習場面においては、学習課題にアプローチする方法の計画や、モニタリングした認知活動に関する理解、課題遂行状況の評価などが、メタ認知的な特徴を持つスキルである。また、課題遂行に関する動機づけもメタ認知的スキルのひとつである。メタ認知は学習の成功を左右するため、教育の場では学生と教師の両者がメタ認知的スキルを身につけることが重要である。広範なメタ認知的スキルを発揮することで、試験や仕事における成績や効率が格段にあがる。そうした自律的な学習者は、適切な「道具」を用いて学習の方略とスキルを修正し、学習の効率を高めることができる。さらにメタ認知に優れれば、学習の障壁を事前に察知し対処したり、学習の方略とスキルを変更したりすることで目標を達成することができる。
学習場面に限らず、意思決定に関するメタ認知的知識と意思決定の間に強い関連があることが示唆されている[9]。
メタ認知者は、自己の長所や短所、取り組んでいる課題の特性、役に立つ(と思われる)「道具」またはスキルを把握することができる。「道具」のレパートリーが広範なほど成功しやすく、もしその「道具」が状況に依存しない一般的特性を備えるならば、様々な学習状況において通用する。
メタ認知能力の発達
メタ認知能力と言語能力との結びつきは強く、言語能力が未発達である新生児、乳児にはメタ認知能力は備わっていないと考えられてきた。メタ認知能力の発達は行動主体としての自己に気付くことから始まり、5、6歳頃から周囲の状況と自己の能力を考慮して起こりうる事態を予測するなど、いくつかのメタ認知的機能について成人と同様の能力が有されていることがわかっている[10][11][12]。
他の動物におけるメタ認知能力
メタ認知はヒトに特有の能力で、それゆえヒトの定義のひとつであると考えられてきた。しかし近年、マカクザルや類人猿[13][14]、イルカ[15]などが、自己の記憶知識に対する「確信度」「確かさ」の認識を持ち合わせていること、また不確実要素についてモニタリングを行っていることを示す知見が得られている。一方、鳥類にはこれまでメタ認知能力は認められていない[15]。2007年の研究でラットのメタ認知能力が報告されているが、さらなる分析ではラットは単にwikipedia:ja:オペラント条件付けの法則に従ったとも考えられている[16]。
神経基盤
脳損傷患者の症例研究では、前頭前野 (prefrontal cortex) がメタ記憶あるいはメタレベルの認知過程と深く関わっていることが示唆されている[2]。課題遂行時とそれに関する二次的(メタ認知的)行動時の神経活動、あるいは人間以外の動物では個々の細胞の電気的活動を独立に記録する手法も取り入れられている。しかし、それらの手法ではメタ認知的過程に関する神経表現と行動そのものに関する神経表現の切り分けが課題となっている[17]。
神経精神病の症例研究において、自身の病状のある面に関する洞察と他の面に関する洞察が全く結び付かないケースがある。またwikipedia:ja:統合失調症患者のwikipedia:ja:fMRI研究では、統合失調症の患者では健常者と異なり、自省時に前内側前頭前野(anterior medial prefrontal cortex)の活動がみられないことが報告されており、内側前頭前野とメタ認知の関連が指摘されている[18]。
各分野におけるメタ認知研究
発達心理学、教育心理学の分野では、主に子供の課題遂行能力や学習能力の向上という視点から研究が行われてきた。wikipedia:ja:ピアジェ (Piaget) を中心とする自己制御 (self-regulation) 研究では、人間は「能動的に」調整あるいは学習すると考えられてきた[19]。また wikipedia:ja:レフ・ヴィゴツキー (Vygotsky) は、発達を言葉の発達という観点からメタ認知をみた。ヴィゴツキーの理論では、子供はまず他者に対して言葉を使う(外言)が、成長に従って自らの思考や行動を内言によって調整できることを示し、この外言から内言への移行こそが自らの思考への気づきの表れであるとした。
メタ認知は自らの思考への気づきであることから、心理療法にも利用されている。wikipedia:ja:認知療法は、情緒障害を思考の障害として認識し、それを修正することにより改善をはかるものである。
実験心理学ではモニタリング(自身の記憶に関する判断)と制御(判断を行動に結びつける)の間のメタ認知の質的な違いに注目した研究が多い。認知神経科学においてメタ認知的なモニタリングと制御は、他の皮質領野からの入力やフィードバックを受けた前頭前野における機能と考えられている。wikipedia:ja:人工知能[20]やwikipedia:ja:モデリングの分野においても、メタ認知研究が行われている。
関連項目
wikipedia:ja:教育心理学 (wikipedia:Educational psychology)
wikipedia:ja:教育工学 (wikipedia:Educational technology)
wikipedia:ja:認識論 (wikipedia:Epistemology)
目標定位 (wikipedia:Goal orientation)
wikipedia:ja:内観 (wikipedia:Introspection)
wikipedia:ja:メタ記憶 (wikipedia:metamemory)
メタ理解 (wikipedia:metacomprehension)
wikipedia:ja:メタ知識 (wikipedia:metaknowledge)
wikipedia:ja:メタ哲学 (wikipedia:metaphilosophy)
学習法 (wikipedia:Learning styles)
学習容易性判断 (ease-of-learning judgments; EOL)
既学習判断 (judgments of learning; JOL)
既知感 (feeling-of-knowing; FOK)
もう少しで分かりそうな感じ (feeling of warmth; FOW)
ミラーテスト (wikipedia:Mirror test)
2次サイバネティクス (wikipedia:Second-order cybernetics)
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 1.2 J Metcalfe, A P Shimamura
Metacognition: knowing about knowing.
Cambridge, MA: MIT Press. 1994 - ↑ 2.0 2.1 J Dunlosky, R A Bjork
Handbook of Metamemory and Memory.
Cambridge, Psychology Press: New York. 2008 - ↑ C D Güss, B Wiley
Metacognition of Problem-Solving Strategies in Brazil, India, and the United States.
Journal of cognition and culture. 2007, 7(1);1-25 - ↑ J H Fravell
Metacognitive aspects of problem solving.
Nature of intelligence. 1976, 12;231-236 - ↑ T O Nelson, L Narens
Metamemory: A theoretical framework and new findings.
Academic Press. 1990 - ↑ J Dunlosky, M J Serra, J M C Baker
Handbook of applied cognition, Chapter6.
Academic Press. 2007 - ↑ 楠見・高橋
メタ記憶.安西祐一郎ほか(編) 認知科学ハンドブック
共立出版 第5編第4章 1992 - ↑ 三宮真智子
認知心理学4思考,市川伸一編 第7刷第7章
東京大学出版会 2009 - ↑
Ormond, C., Luszcz, M.A., Mann, L., & Beswick, G. (1991).
A metacognitive analysis of decision making in adolescence. Journal of adolescence, 14(3), 275-91. [PubMed:1744255] [WorldCat] - ↑ J H Fravell
Metacognition and cognitive monitoring: A new area of cognitive-developmental inquiry.
The American psychologist. 1979, 34(10);906-911 - ↑ K Lockl, W Schneider
Precursors of metamemory in young children: the role of theory of mind and metacognitive vocabulary.
Metacognition and learning. 2006, 1(1);15-31 - ↑
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Couchman, J.J., Coutinho, M.V., Beran, M.J., & Smith, J.D. (2010).
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Fleming, S.M., Dolan, R.J., & Frith, C.D. (2012).
Metacognition: computation, biology and function. Philosophical transactions of the Royal Society of London. Series B, Biological sciences, 367(1594), 1280-6. [PubMed:22492746] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ H Otani, Robert L Wilner JR.
Metacognition: New Issues and Approaches Guest Editor's Introduction.
The Journal of General Psychology. 2005, 132(4);329-334 - ↑ M T Cox
Metacognition in computation: A selected research review.
Artificial Intelligence. 2005, 169(2);104-141