「海馬」の版間の差分

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===入力線維 ===
===入力線維 ===


[[image:海馬2.png|thumb|300px|'''図3.内側嗅内野に順行性トレーサーのPHA-Lを注入したときに見られる貫通線維束の軸索終止の分布'''<br>焦茶色に見えるのが、標識された軸索の終末]]
[[image:海馬2.png|thumb|300px|'''図2.内側嗅内野に順行性トレーサーのPHA-Lを注入したときに見られる貫通線維束の軸索終止の分布'''<br>焦茶色に見えるのが、標識された軸索の終末]]


 海馬体への入力路としては、1)嗅内野からの貫通線維束(図3)、2)[[内側中隔核]]、[[乳頭体上核]]、[[青斑核]]、[[縫線核]]から上行してくる脳弓、および3)反対側CA3と歯状回門からの[[交連線維]]が通る[[腹側海馬交連]]がある。貫通線維束は大脳皮質から記憶の元となる情報を運び、交連線維は海馬内情報処理回路の一部を担い、上行性入力は海馬体内部回路の活動を修飾する。皮質性の貫通線維束とCA3線維は[[グルタミン酸]]、内側中隔核線維は[[アセチルコリン]]と [[GABA]]、乳頭体上核線維は[[ドーパミン]]、青斑核線維は[[アドレナリン]]、縫線核線維は[[セロトニン]]、そして、反対側の歯状回[[多形細胞]]からの線維はGABAを伝達物質としている。
 海馬体への入力路としては、1)嗅内野からの貫通線維束(図2)、2)[[内側中隔核]]、[[乳頭体上核]]、[[青斑核]]、[[縫線核]]から上行してくる脳弓、および3)反対側CA3と歯状回門からの[[交連線維]]が通る[[腹側海馬交連]]がある。貫通線維束は大脳皮質から記憶の元となる情報を運び、交連線維は海馬内情報処理回路の一部を担い、上行性入力は海馬体内部回路の活動を修飾する。皮質性の貫通線維束とCA3線維は[[グルタミン酸]]、内側中隔核線維は[[アセチルコリン]]と [[GABA]]、乳頭体上核線維は[[ドーパミン]]、青斑核線維は[[アドレナリン]]、縫線核線維は[[セロトニン]]、そして、反対側の歯状回[[多形細胞]]からの線維はGABAを伝達物質としている。


 貫通線維束は海馬台[[錐体細胞]]層を貫いて分子層へ出て、海馬台(SUB)、アンモン角、歯状回(DG)の分子層に同時に投射する。内側嗅内野(MEA)へ白インゲン豆レクチン(PHA-L)を注入し、取り込んだ細胞から海馬体各領域への[[軸索]]投射および終末分布を可視化した像を図3に示す。嗅内野II層からは歯状回とCA3 へ投射し、外側嗅内野(LEA)からの線維が分子層の表層部分に、内側嗅内野(MEA)からの線維がより深い部分に分布する。III 層からはCA1 と海馬台の分子層および海馬台の最深層に両側性に投射があり、MEAからの投射線維はCA1の近位部(CA3に近い側)と海馬台の遠位部(前海馬台Preに近い側)に終止し、LEAからの投射線維はCA1の遠位部と海馬台の近位部に終止する。したがって、歯状回顆粒細胞とCA3錐体細胞は一様にMEA、LEA両領域からの情報を受けるのに対し、CA1と海馬台錐体細胞は、近位部・遠位部によってMEAのみ、あるいはLEAのみの情報を受ける。他の皮質入力としては、[[wikipedia:ja:サル|サル]]では嗅周皮質や前頭葉からCA1への入力の報告もあるが、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]ではあまり見られない。
 貫通線維束は海馬台[[錐体細胞]]層を貫いて分子層へ出て、海馬台(SUB)、アンモン角、歯状回(DG)の分子層に同時に投射する。内側嗅内野(MEA)へ白インゲン豆レクチン(PHA-L)を注入し、取り込んだ細胞から海馬体各領域への[[軸索]]投射および終末分布を可視化した像を図2に示す。嗅内野II層からは歯状回とCA3 へ投射し、外側嗅内野(LEA)からの線維が分子層の表層部分に、内側嗅内野(MEA)からの線維がより深い部分に分布する。III 層からはCA1 と海馬台の分子層および海馬台の最深層に両側性に投射があり、MEAからの投射線維はCA1の近位部(CA3に近い側)と海馬台の遠位部(前海馬台Preに近い側)に終止し、LEAからの投射線維はCA1の遠位部と海馬台の近位部に終止する。したがって、歯状回顆粒細胞とCA3錐体細胞は一様にMEA、LEA両領域からの情報を受けるのに対し、CA1と海馬台錐体細胞は、近位部・遠位部によってMEAのみ、あるいはLEAのみの情報を受ける。他の皮質入力としては、[[wikipedia:ja:サル|サル]]では嗅周皮質や前頭葉からCA1への入力の報告もあるが、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]ではあまり見られない。


===内部回路===  
===内部回路===  


[[image:海馬3.png|thumb|300px|'''図4.海馬体各領域の連続する結合と出力先を示す図'''<br>文献<ref name=ref8 />より改変]]
[[image:海馬3.png|thumb|300px|'''図3.海馬体各領域の連続する結合と出力先を示す図'''<br>文献<ref name=ref8 />より改変]]


[[image:海馬4.png|thumb|300px|'''図5.ラットCA1, CA3錐体細胞の樹状突起分布'''<br>文献<ref name=ref11><pubmed>8576427</pubmed></ref>より改変]]
[[image:海馬4.png|thumb|300px|'''図4.ラットCA1, CA3錐体細胞の樹状突起分布'''<br>文献<ref name=ref11><pubmed>8576427</pubmed></ref>より改変]]


[[image:海馬5.png|thumb|300px|'''図6.CA3領域への各種入力の分布勾配を示す図''']]
[[image:海馬5.png|thumb|300px|'''図5.CA3領域への各種入力の分布勾配を示す図''']]


[[image:海馬6.png|thumb|300px|'''図7.CA3からCA1へのシャッファー側枝の分布を示す図'''<br>文献<ref name=ref7 />より改変]]
[[image:海馬6.png|thumb|300px|'''図6.CA3からCA1へのシャッファー側枝の分布を示す図'''<br>文献<ref name=ref7 />より改変]]


 他の皮質領域と同様に、海馬体にも興奮性の結合と抑制性の結合が存在する(図4)。興奮性ニューロンの概数は、SDラットで、歯状回顆粒細胞が100万、CA3錐体細胞が33万、CA1錐体細胞が42万、海馬台錐体細胞が13万という。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]では歯状回顆粒細胞が880万、CA3錐体細胞が232万、CA1錐体細胞が472万である。抑制性細胞の数はよくわかっていない。
 他の皮質領域と同様に、海馬体にも興奮性の結合と抑制性の結合が存在する(図3)。興奮性ニューロンの概数は、SDラットで、歯状回顆粒細胞が100万、CA3錐体細胞が33万、CA1錐体細胞が42万、海馬台錐体細胞が13万という。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]では歯状回顆粒細胞が880万、CA3錐体細胞が232万、CA1錐体細胞が472万である。抑制性細胞の数はよくわかっていない。


==== 歯状回====
==== 歯状回====
 [[分子層]]、[[顆粒細胞層]]、[[多形細胞層]]よりなる。横断面では、顆粒細胞層がCA3錐体細胞層を挟むように「つ」の字形を示し、開いた部分を[[門]](hilus)という。歯状回には興奮性細胞として顆粒細胞と苔状細胞があり、多形細胞層には多種の抑制性細胞がある。歯状回細胞の投射はすべて歯状回とCA3領域にとどまる。[[顆粒細胞]]は[[苔状線維]]によって苔状細胞とCA3錐体細胞に結合する。苔状線維終末は大きく、両種細胞の樹状突起基部にある[[棘状瘤]](thorny excresence) を包み囲むシナプスを作っている。苔状線維は、海馬長軸(中隔側頭葉軸)に直交する比較的幅の狭い(600 μm程度)領域内(ラメラ)を走行するが、CA3の遠位側に向かうほど長軸方向に広がる。歯状回門には歯状回を長軸方向に結合する抑制性と考えられる細胞があり、起始部位から長軸方向に約1mm以上離れたレベルの歯状回分子層へ投射する。他方、苔状細胞の軸索は、起始細胞より長軸方向に400 μm以内のレベルの歯状回門および分子層に分布し、歯状回顆粒細胞と結合する。つまり、あるレベルの歯状回顆粒細胞が興奮すると、長軸方向に400 μm以内のレベルは苔状細胞を介してポジティブフィードバックが、それより遠位は抑制がかかる結合構造になっている。
 [[分子層]]、[[顆粒細胞層]]、[[多形細胞層]]よりなる。横断面では、顆粒細胞層がCA3錐体細胞層を挟むように「つ」の字形を示し、開いた部分を[[門]](hilus)という。歯状回には興奮性細胞として顆粒細胞と苔状細胞があり、多形細胞層には多種の抑制性細胞がある。歯状回細胞の投射はすべて歯状回とCA3領域にとどまる。[[顆粒細胞]]は[[苔状線維]]によって苔状細胞とCA3錐体細胞に結合する。苔状線維終末は大きく、両種細胞の樹状突起基部にある[[棘状瘤]](thorny excresence) を包み囲むシナプスを作っている。苔状線維は、海馬長軸(中隔側頭葉軸)に直交する比較的幅の狭い(600 μm程度)領域内(ラメラ)を走行するが、CA3の遠位側に向かうほど長軸方向に広がる。歯状回門には歯状回を長軸方向に結合する抑制性と考えられる細胞があり、起始部位から長軸方向に約1mm以上離れたレベルの歯状回分子層へ投射する。他方、苔状細胞の軸索は、起始細胞より長軸方向に400μm以内のレベルの歯状回門および分子層に分布し、歯状回顆粒細胞と結合する。つまり、あるレベルの歯状回顆粒細胞が興奮すると、長軸方向に400 μm以内のレベルは苔状細胞を介してポジティブフィードバックが、それより遠位は抑制がかかる結合構造になっている。


==== 海馬(アンモン角)====
==== 海馬(アンモン角)====
=====領域区分=====
=====領域区分=====
 組織学的な領域区分としては、[[wikipedia:Santiago Ramón y Cajal|Cajal]]はアンモン角の上部(背側部)に位置する小錐体細胞群を''regio superieur''、下方の大錐体細胞群を''regio inferieur''と区分したが、現在ではLorente de Nó(1934)<ref>'''Lorente De Nó, R'''<br>Studies on the structure of the cerebral cortex. Continuation of the study of the ammonic system.<br>'' J. Psychol. Neurol.'' 46: 113–177, (1934)</ref>の区分CA1〜CA4領域(CAは''Cornu Ammonis'' に由来する)が一般に用いられることが多い(図4)。CA1が小錐体細胞、CA2〜CA4が大錐体細胞にあたる。CA2は苔状線維を受ける棘状瘤を持たない大錐体細胞群をさす。CA4は歯状回に陥入した門 (hilus) と呼ばれる部分に位置する大錐体細胞群で、[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]や[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]で顕著だが、[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]ではCA4の細胞塊は見られず、CA3錐体細胞に似た大型の細胞([[苔状細胞]])が散在するにとどまる。アンモン角には[[脳軟膜]]から[[脳室]]方向に[[分子層]]、[[放線層]]、[[透明層]]、[[錐体細胞層]]、[[上昇層]]が識別される。透明層は苔状線維の走行部位で、CA2、CA1ではこれを欠く。アンモン角の脳室面には、海馬領域への入出力線維からなる海馬白板があり、海馬上縁では海馬采となり上方で[[脳弓]]へ連続する。
 組織学的な領域区分としては、[[wikipedia:Santiago Ramón y Cajal|Cajal]]はアンモン角の上部(背側部)に位置する小錐体細胞群を''regio superieur''、下方の大錐体細胞群を''regio inferieur''と区分したが、現在ではLorente de Nó(1934)<ref>'''Lorente De Nó, R'''<br>Studies on the structure of the cerebral cortex. Continuation of the study of the ammonic system.<br>'' J. Psychol. Neurol.'' 46: 113–177, (1934)</ref>の区分CA1〜CA4領域(CAは''Cornu Ammonis'' に由来する)が一般に用いられることが多い(図3)。CA1が小錐体細胞、CA2〜CA4が大錐体細胞にあたる。CA2は苔状線維を受ける棘状瘤を持たない大錐体細胞群をさす。CA4は歯状回に陥入した門 (hilus) と呼ばれる部分に位置する大錐体細胞群で、[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]や[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]で顕著だが、[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]ではCA4の細胞塊は見られず、CA3錐体細胞に似た大型の細胞([[苔状細胞]])が散在するにとどまる。アンモン角には[[脳軟膜]]から[[脳室]]方向に[[分子層]]、[[放線層]]、[[透明層]]、[[錐体細胞層]]、[[上昇層]]が識別される。透明層は苔状線維の走行部位で、CA2、CA1ではこれを欠く。アンモン角の脳室面には、海馬領域への入出力線維からなる海馬白板があり、海馬上縁では海馬采となり上方で[[脳弓]]へ連続する。


=====CA3=====
=====CA3=====
 CA3への入力は、分子層に貫通線維、透明層に苔状線維、上昇層に内側中隔核からの線維、放線層と上昇層にCA3の連合線維と交連線維が終止する。乳頭体上核からの線維はCA2、CA3a の上昇層に多く終止する。樹状突起の総長と各層へ分布する部分突起長は細胞体の位置によって連続的に異なる(図5、細胞A-F)。総長は約7.5mm(CA3c:歯状回側細胞F)から18.0mm(CA3a:CA1側細胞B)である。CA2錐体細胞は分子層への樹状突起分布量が多く、嗅内野入力を最大に受容しているが、透明層を欠くから顆粒細胞からの情報を受けない(図5、細胞A)。これの対極にあるCA3cでは嗅内野入力の受容が最小で、分子層に全く突起を分布しないCA3c細胞(図5、細胞F)もある。そして、歯状回顆粒細胞からの入力はCA3cが最大に受ける。基底樹状突起長は、海馬采付着部 の細胞で最大で、CA1と歯状回の双方向へ向け漸減する。上昇層へは内側中隔核入力と同時に同側・対側のCA3錐体細胞からの投射があり、基底樹状突起長と入力の関係が一意には定まらない。放線層では、樹状突起部分長に各亜区分間の顕著な差は見られない。これらの終止の濃淡を様相を模式的に図6に示す。
 CA3への入力は、分子層に貫通線維、透明層に苔状線維、上昇層に内側中隔核からの線維、放線層と上昇層にCA3の連合線維と交連線維が終止する。乳頭体上核からの線維はCA2、CA3a の上昇層に多く終止する。樹状突起の総長と各層へ分布する部分突起長は細胞体の位置によって連続的に異なる(図4、細胞A-F)。総長は約7.5mm(CA3c:歯状回側細胞F)から18.0mm(CA3a:CA1側細胞B)である。CA2錐体細胞は分子層への樹状突起分布量が多く、嗅内野入力を最大に受容しているが、透明層を欠くから顆粒細胞からの情報を受けない(図4、細胞A)。これの対極にあるCA3cでは嗅内野入力の受容が最小で、分子層に全く突起を分布しないCA3c細胞(図4、細胞F)もある。そして、歯状回顆粒細胞からの入力はCA3cが最大に受ける。基底樹状突起長は、海馬采付着部 の細胞で最大で、CA1と歯状回の双方向へ向け漸減する。上昇層へは内側中隔核入力と同時に同側・対側のCA3錐体細胞からの投射があり、基底樹状突起長と入力の関係が一意には定まらない。放線層では、樹状突起部分長に各亜区分間の顕著な差は見られない。これらの終止の濃淡を様相を模式的に図5に示す。


 CA3 錐体細胞の出力は両側性で、[[Schaffer側枝]]によってCA1放線層と上昇層へ投射するとともに、CA3領域へも連合性側枝を分布する<ref name=ref10><pubmed>2358523</pubmed></ref>。 CA3cからは歯状回門へも少量の分布がある。さらに、両側性に外側中隔核に投射するが、海馬台や嗅内野には投射しない。Schaffer側枝は海馬長軸方向に5mm以上にわたり投射し(海馬の全長は約8mm)、CA3錐体細胞の細胞体の位置や投射レベルによってCA1への終止部位が連続的・段階的に変化する(図7)。第一に、CA3cからは中隔方向へ投射が多く、軸索は主に放線層に分布して頂上樹状突起に終止する。反対に、CA3aからは側頭葉方向へ投射が多く、軸索は主に上昇層に分布し、基底樹状突起に終止する割合が多い。第二に、投射レベルが中隔側に行くほど終止部位がCA1近位部(CA3側)かつ海馬白板側に移行し、樹状突起の下方に終止するのに対し、投射レベルが側頭葉側ほどCA1遠位部(海馬台側)かつ放線層浅層へ終止する。CA3内の連合性軸索側枝は、CA3c錐体細胞ではCA3c域に限局して終止するのに対し、CA3a錐体細胞の軸索は横断面上でもCA3領域内に広く分布している。長軸方向の分布では、終止部位の頂上・基底方向への変移もCA1への投射様式と同様に見られる。
 CA3 錐体細胞の出力は両側性で、[[Schaffer側枝]]によってCA1放線層と上昇層へ投射するとともに、CA3領域へも連合性側枝を分布する<ref name=ref10><pubmed>2358523</pubmed></ref>。 CA3cからは歯状回門へも少量の分布がある。さらに、両側性に外側中隔核に投射するが、海馬台や嗅内野には投射しない。Schaffer側枝は海馬長軸方向に5mm以上にわたり投射し(海馬の全長は約8mm)、CA3錐体細胞の細胞体の位置や投射レベルによってCA1への終止部位が連続的・段階的に変化する(図6)。第一に、CA3cからは中隔方向へ投射が多く、軸索は主に放線層に分布して頂上樹状突起に終止する。反対に、CA3aからは側頭葉方向へ投射が多く、軸索は主に上昇層に分布し、基底樹状突起に終止する割合が多い。第二に、投射レベルが中隔側に行くほど終止部位がCA1近位部(CA3側)かつ海馬白板側に移行し、樹状突起の下方に終止するのに対し、投射レベルが側頭葉側ほどCA1遠位部(海馬台側)かつ放線層浅層へ終止する。CA3内の連合性軸索側枝は、CA3c錐体細胞ではCA3c域に限局して終止するのに対し、CA3a錐体細胞の軸索は横断面上でもCA3領域内に広く分布している。長軸方向の分布では、終止部位の頂上・基底方向への変移もCA1への投射様式と同様に見られる。


=====CA1=====
=====CA1=====
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===出力===  
===出力===  


[[image:海馬7.png|thumb|300px|'''図8.出力から見た海馬体の層構造と内部結合'''<br>文献<ref name=ref8 />より改変]]
[[image:海馬7.png|thumb|300px|'''図7.出力から見た海馬体の層構造と内部結合'''<br>文献<ref name=ref8 />より改変]]


 歯状回細胞、およびアンモン角錐体細胞の出力は皮質性投射であるのに対し、海馬台錐体細胞は皮質性投射に加えて皮質下(線条体、視床、視床下部、乳頭体)に投射する(図4,8)。海馬台錐体細胞層には、皮質下に投射する中隔側坐核(線条体)投射細胞、乳頭体内側核投射細胞、視床腹側前核投射細胞が、錐体細胞層の表層から深層へと層状に分布しており、大脳皮質V・VI層に見られる皮質下投射細胞の深浅配列順序と同じである<ref name=ref12><pubmed>11370013</pubmed></ref>。
 歯状回細胞、およびアンモン角錐体細胞の出力は皮質性投射であるのに対し、海馬台錐体細胞は皮質性投射に加えて皮質下(線条体、視床、視床下部、乳頭体)に投射する(図3,7)。海馬台錐体細胞層には、皮質下に投射する中隔側坐核(線条体)投射細胞、乳頭体内側核投射細胞、視床腹側前核投射細胞が、錐体細胞層の表層から深層へと層状に分布しており、大脳皮質V・VI層に見られる皮質下投射細胞の深浅配列順序と同じである<ref name=ref12><pubmed>11370013</pubmed></ref>。


 海馬台からの皮質性投射は、ラットでは、嗅内野、嗅周皮質(近位部からのみ)、前海馬台、傍海馬台、顆粒性脳梁膨大後部皮質、前頭前野などへの投射がある。これらの投射は主に線条体投射細胞や乳頭体投射細胞から起こる。嗅内野へは、主にV, VI層に終止し、海馬台の近位部(CA1側)がLEAへ、遠位部がMEA内側部へ投射する。前海馬台、傍海馬台への投射にも局所対応結合が見られる。また、錐体細胞層の深部からはCA1へ戻る投射(再入線維:re-entrant fiber)がある。
 海馬台からの皮質性投射は、ラットでは、嗅内野、嗅周皮質(近位部からのみ)、前海馬台、傍海馬台、顆粒性脳梁膨大後部皮質、前頭前野などへの投射がある。これらの投射は主に線条体投射細胞や乳頭体投射細胞から起こる。嗅内野へは、主にV, VI層に終止し、海馬台の近位部(CA1側)がLEAへ、遠位部がMEA内側部へ投射する。前海馬台、傍海馬台への投射にも局所対応結合が見られる。また、錐体細胞層の深部からはCA1へ戻る投射(再入線維:re-entrant fiber)がある。
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==機能==
==機能==


[[image:海馬1.png|thumb|300px|'''図2.記憶回路の神経結合を示す概念図'''<br>青は大脳皮質領域、ピンクは皮質下領域の出力先、橙色は皮質下領域からの入力路]]
[[image:海馬1.png|thumb|300px|'''図8.記憶回路の神経結合を示す概念図'''<br>青は大脳皮質領域、ピンクは皮質下領域の出力先、橙色は皮質下領域からの入力路]]


 海馬は[[大辺縁葉]](le grand lobe linbique, [[wikipedia:ja:ピエール・ポール・ブローカ|Broca]])<ref>'''Paul Broca'''<br>Localisations des fonctions cérébrales. Siège de la faculté du langage articulé.<br>''Bulletin de la Société d"Anthropologie'' 4: 200–208, 1863.</ref>の一部を構成し、[[嗅脳]]に隣接するからか、20世紀中頃まで[[嗅覚]]機能に関与すると考えられていた。しかしBrodal<ref><pubmed>20261820</pubmed></ref>は、これまでの神経結合の所見を検討して、海馬嗅覚皮質説に疑問を示した。[[嗅球]]から海馬への一ないし二シナプス性入力は、現在の解剖・生理実験でも否定的所見が多い。近年、嗅覚の一次中枢としては、[[前頭葉]]下面後部にある[[梨状葉皮質]](pyriform cortex)、[[嗅結節]]、[[扁桃体周囲皮質]]などが同定されている。
 海馬は[[大辺縁葉]](le grand lobe linbique, [[wikipedia:ja:ピエール・ポール・ブローカ|Broca]])<ref>'''Paul Broca'''<br>Localisations des fonctions cérébrales. Siège de la faculté du langage articulé.<br>''Bulletin de la Société d"Anthropologie'' 4: 200–208, 1863.</ref>の一部を構成し、[[嗅脳]]に隣接するからか、20世紀中頃まで[[嗅覚]]機能に関与すると考えられていた。しかしBrodal<ref><pubmed>20261820</pubmed></ref>は、これまでの神経結合の所見を検討して、海馬嗅覚皮質説に疑問を示した。[[嗅球]]から海馬への一ないし二シナプス性入力は、現在の解剖・生理実験でも否定的所見が多い。近年、嗅覚の一次中枢としては、[[前頭葉]]下面後部にある[[梨状葉皮質]](pyriform cortex)、[[嗅結節]]、[[扁桃体周囲皮質]]などが同定されている。
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 [[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]では、Bechterew (1899)、Grünthal (1947)<ref>'''Grünthal, E.'''<br>Über das klinische Bild nach umschriebenen beiderseitigem Ausfall der Ammonshornrinde.<br>''Monatsschr. Psychiat. Neurol.'', 113, 1-16, 1947</ref>、GleesとGriffith (1952)ら<ref name= Glees><pubmed>14947832</pubmed></ref>が、近時記憶に著しい障害のあった患者の脳を死後剖検し、両側の海馬や海馬傍回に器質性病変のあることを報告した。そして、ScovilleとMilner (1957)が難治性[[てんかん]]患者の治療目的で、両側[[側頭葉]]内側部([[扁桃体]]、海馬傍回、海馬前方2/3 )の切除術を行ったところ、強度の順行性記憶障害を惹起したことを報告した<ref name= Scoville><pubmed> 13406589 </pubmed></ref>。患者らは知能指数にはまったく問題がみられないが、術後の事象の記憶が全然できない。人の顔や名前は全く記憶することができず、受けた指示の内容だけでなく指示されたことも覚えていない。また術前3年までぐらいの[[逆行性健忘]]も見られた。一方、数年より以前の事象は思い出すことが可能で、以来、海馬が[[近時記憶]]と[[長期記憶]]の形成([[記銘]])の部位として注目されるようになった。
 [[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]では、Bechterew (1899)、Grünthal (1947)<ref>'''Grünthal, E.'''<br>Über das klinische Bild nach umschriebenen beiderseitigem Ausfall der Ammonshornrinde.<br>''Monatsschr. Psychiat. Neurol.'', 113, 1-16, 1947</ref>、GleesとGriffith (1952)ら<ref name= Glees><pubmed>14947832</pubmed></ref>が、近時記憶に著しい障害のあった患者の脳を死後剖検し、両側の海馬や海馬傍回に器質性病変のあることを報告した。そして、ScovilleとMilner (1957)が難治性[[てんかん]]患者の治療目的で、両側[[側頭葉]]内側部([[扁桃体]]、海馬傍回、海馬前方2/3 )の切除術を行ったところ、強度の順行性記憶障害を惹起したことを報告した<ref name= Scoville><pubmed> 13406589 </pubmed></ref>。患者らは知能指数にはまったく問題がみられないが、術後の事象の記憶が全然できない。人の顔や名前は全く記憶することができず、受けた指示の内容だけでなく指示されたことも覚えていない。また術前3年までぐらいの[[逆行性健忘]]も見られた。一方、数年より以前の事象は思い出すことが可能で、以来、海馬が[[近時記憶]]と[[長期記憶]]の形成([[記銘]])の部位として注目されるようになった。


 記憶機能には記銘(つくる)、[[貯蔵]](しまう)、[[想起]](とりだす)の過程があり、それぞれの記憶過程には、これを司る特異的脳部位があると考えられる。大脳皮質連合野で分析された種々の情報は、嗅周皮質と嗅内野で混合され、嗅内野から[[貫通線維]]束として海馬体に入る(図2)。海馬の中に入ってきた信号は、すでに視覚、聴覚といった感覚種(modality)が曖昧な超感覚種の信号という<ref><pubmed>4992433</pubmed></ref>。これらの情報は海馬体の内部回路により信号処理され、[[脳弓]]によって皮質下構造([[視床前核]]、[[視床下部]]、乳頭体、[[中隔側坐核]])へ出力されるとともに、複数の投射経路によって嗅内野へ帰還する。そして、嗅内野から大脳皮質へ信号が運ばれ、記憶として貯蔵されると考えられる。海馬の中では感覚種は識別されなくなっているといわれるが、特定の場所に来たときに特別に反応する細胞([[場所細胞]]: [[Place cells]])が見つかっている。海馬の外では、前海馬台には頭部の方向選択制にかかわる細胞([[head-direction cells]])や空間上の規則正しいスポットに来たときに特別に反応する細胞([[グリッド細胞]]:[[Grid cells]])などが見つかっている。
 記憶機能には記銘(つくる)、[[貯蔵]](しまう)、[[想起]](とりだす)の過程があり、それぞれの記憶過程には、これを司る特異的脳部位があると考えられる。大脳皮質連合野で分析された種々の情報は、嗅周皮質と嗅内野で混合され、嗅内野から[[貫通線維]]束として海馬体に入る(図8)。海馬の中に入ってきた信号は、すでに視覚、聴覚といった感覚種(modality)が曖昧な超感覚種の信号という<ref><pubmed>4992433</pubmed></ref>。これらの情報は海馬体の内部回路により信号処理され、[[脳弓]]によって皮質下構造([[視床前核]]、[[視床下部]]、乳頭体、[[中隔側坐核]])へ出力されるとともに、複数の投射経路によって嗅内野へ帰還する。そして、嗅内野から大脳皮質へ信号が運ばれ、記憶として貯蔵されると考えられる。海馬の中では感覚種は識別されなくなっているといわれるが、特定の場所に来たときに特別に反応する細胞([[場所細胞]]: [[Place cells]])が見つかっている。海馬の外では、前海馬台には頭部の方向選択制にかかわる細胞([[head-direction cells]])や空間上の規則正しいスポットに来たときに特別に反応する細胞([[グリッド細胞]]:[[Grid cells]])などが見つかっている。


 前述の難治性[[てんかん]]の治療で両側海馬体を除去した症例([[患者HM]]など)や一時的心停止後にCA1細胞が特異的に脱落した症例([[患者RB]])では、遠い過去の記憶の想起は可能だが、顕著な順行性健忘([[記銘障害]])が見られた。[[アルツハイマー病]]では早期に記銘障害が出現することが特徴で、まず嗅内野、海馬台、CA1に変性が見られる。他方、乳頭体変性をきたす[[コルサコフ症候群]]や[[間脳]]性の傷害では、[[順行性健忘]]に加えて逆行性健忘(想起障害)も見られる。さらに、大脳皮質の広範囲に変性が見られる[[老人性痴呆]]では、全般的な記憶の破壊が見られる。また、エピソード形成(記憶事象の順序立て)や想起には海馬—脳弓—乳頭体—[[乳頭体視床束]] ([[Vicq d'Azyr束]]) —視床前核—[[帯状回]]—海馬と続くPapez 回路や前頭葉の関与が考えられている(Squier, 1987)。Papez (1937) は、もともとは情動発現を司る部位として視床下部を、情動経験の部位として大脳半球内側皮質(帯状回、海馬)と視床を推定し、この回路は情動に関与すると考えたが、実はこれが記憶に密接に関与する回路であることがわかってきた。
 前述の難治性[[てんかん]]の治療で両側海馬体を除去した症例([[患者HM]]など)や一時的心停止後にCA1細胞が特異的に脱落した症例([[患者RB]])では、遠い過去の記憶の想起は可能だが、顕著な順行性健忘([[記銘障害]])が見られた。[[アルツハイマー病]]では早期に記銘障害が出現することが特徴で、まず嗅内野、海馬台、CA1に変性が見られる。他方、乳頭体変性をきたす[[コルサコフ症候群]]や[[間脳]]性の傷害では、[[順行性健忘]]に加えて逆行性健忘(想起障害)も見られる。さらに、大脳皮質の広範囲に変性が見られる[[老人性痴呆]]では、全般的な記憶の破壊が見られる。また、エピソード形成(記憶事象の順序立て)や想起には海馬—脳弓—乳頭体—[[乳頭体視床束]] ([[Vicq d'Azyr束]]) —視床前核—[[帯状回]]—海馬と続くPapez 回路や前頭葉の関与が考えられている(Squier, 1987)。Papez (1937) は、もともとは情動発現を司る部位として視床下部を、情動経験の部位として大脳半球内側皮質(帯状回、海馬)と視床を推定し、この回路は情動に関与すると考えたが、実はこれが記憶に密接に関与する回路であることがわかってきた。