「MPTP」の版間の差分
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
(4人の利用者による、間の16版が非表示) | |||
1行目: | 1行目: | ||
{{Hatnote|This article is about the chemical. For the mitochondrial pore, see [[mitochondrial permeability transition]].}} | |||
{{chembox | {{chembox | ||
| verifiedrevid = 464192606 | | verifiedrevid = 464192606 | ||
|ImageFile = MPTP. | |ImageFile = MPTP.svg | ||
|ImageSize = 200px | |ImageSize = 200px | ||
|IUPACName=1-Methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine | |IUPACName=1-Methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine | ||
58行目: | 49行目: | ||
}} | }} | ||
[[Image:MPTP Fig1.jpg|thumb|90px|'''図1.MPTP''']] | |||
化学式:1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine <br> | |||
MPTP(図1)とは、[[ドーパミン]]作動性ニューロンを変性脱落させる神経毒。実験動物に投与し、[[パーキンソン病]]モデルを作成するために用いられる。 | |||
==発見の経緯== | ==発見の経緯== | ||
[[Image:MPTP Fig2.jpg|thumb| | [[Image:MPTP Fig2.jpg|thumb|300px|'''図2.MPTPの代謝''']] | ||
疾患モデルを作成するため、長年、パーキンソン病を発症させる[[神経毒]]の探索が続いていたが、良い候補は見つかっていなかった。しかし、以下のような皮肉な事件によりMPTPが「発見」されることになった。 | 疾患モデルを作成するため、長年、パーキンソン病を発症させる[[神経毒]]の探索が続いていたが、良い候補は見つかっていなかった。しかし、以下のような皮肉な事件によりMPTPが「発見」されることになった。 | ||
[[麻薬]]常習者の大学院生が、合成[[ヘロイン]] | [[麻薬]]常習者の大学院生が、合成[[ヘロイン]]であるMPPP (1-methyl-4-phenyl-propionoxy-piperidine)を自宅の実験室で合成し、自分で注射していたところ、1976年、重篤なパーキンソン病を発症した。ある時から、合成段階でいくつかの手抜きをしたため、副生成物質が混入したためと思われる。症状は典型的なパーキンソン病で、[[L-ドーパ]]が著効を示した。その後、麻薬過剰摂取で死亡したため剖検したところ、[[黒質細胞]]脱落、[[レビー小体]]陽性など病理的にもパーキンソン病であった。しかし原因物質を特定するまでには至らず、この報告は注目されなかった<ref><pubmed> 298352</pubmed></ref>。 | ||
その後、1982年、北カリフォルニアで4人の若い麻薬常習者が、新しい合成ヘロインを入手し連用したところ、重度の無動を示すパーキンソン病を発症した。この合成ヘロインを分析したところMPTPが発見され、これを実験動物(サル)に投与したところ、パーキンソン病様症状を呈したため、MPTPが原因物質として確定した<ref><pubmed>6823561</pubmed></ref><ref> '''J William Langston, Jon Palfreman'''<br>The Case of the Frozen Addicts 309 pp. <br>''New York, Pantheon,'' 1996</ref>。<br> | |||
==作用機序== | ==作用機序== | ||
MPTPが脳内に入ると、[[ | MPTPが脳内に入ると、[[グリア]]内で[[モノアミン酸化酵素]]B(MAO-B)によって酸化されMPP<sup>+</sup>になり、これがドーパミン作動性ニューロンに取り込まれ、[[ミトコンドリア]]の代謝を阻害するため、細胞が変性すると考えられる(図2)。 | ||
==意義== | ==意義== | ||
このMPTPの「発見」により、ドーパミン作動性ニューロンが変性・脱落するメカニズムの解明が進んだ。また、主に[[ | このMPTPの「発見」により、ドーパミン作動性ニューロンが変性・脱落するメカニズムの解明が進んだ。また、主に[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]にMPTPを投与しパーキンソン病モデルを作成することにより、パーキンソン病の病態の解明<ref name=ref4><pubmed>1695404</pubmed></ref>、[[定位脳手術]]や[[脳深部刺激療法]](DBS)などの治療法の開発<ref><pubmed>2402638</pubmed></ref>などにつながった。さらには、パーキンソン病の原因として、内在性・外来性のMPTP類似物質、例えば[[wikipedia:ja:除草剤|除草剤]]などによる原因説も復興した。 | ||
==毒性== | ==毒性== | ||
ヒトを含む霊長類は感受性が高く、[[ラット]]は低く、[[マウス]]、[[ネコ]] | ヒトを含む霊長類は感受性が高く、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]は低く、[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]、[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]は、その中間の感受性を示す。MPTPが揮発性・脂溶性であることから、[[wikipedia:ja:皮膚|皮膚]]、[[wikipedia:ja:呼吸器|呼吸器]]などから吸収され易く[[血液脳関門]]も通過し易い、さらに動物に投与した場合、一部、代謝されないまま排泄されるなど、取り扱いに注意を要する<br><ref><pubmed> 11238711</pubmed></ref>。 | ||
==関連語== | ==関連語== | ||
*[[大脳基底核]] | *[[大脳基底核]]<br> | ||
*[[パーキンソン病]] | *[[パーキンソン病]]<br> | ||
==外部リンク== | ==外部リンク== | ||
[http://www.youtube.com/watch?v=QJIMC9d9l2o BBC Horizon Awakening the Frozen Addicts (1993)] | |||
==参考文献 == | ==参考文献 == | ||
<references/> | <references/> | ||
(執筆者:南部篤 担当編集委員:伊佐正) |
2013年2月6日 (水) 16:46時点における版
MPTP | |
---|---|
MPTP.svg | |
1-Methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine | |
Identifiers | |
28289-54-5 | |
ChEBI | |
ChEMBL | ChEMBL24172 |
ChemSpider | 1346 |
EC-number | [1] |
| |
280 | |
Jmol-3D images | Image |
KEGG | C04599 |
MeSH | 1-Methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine |
PubChem | 1388 |
| |
Properties | |
Molar mass | 173.25 g/mol |
Melting point | 39 °C (102 °F; 312 K) |
Boiling point | |
slightly soluable | |
危険性 | |
特記なき場合、データは常温(25 °C)・常圧(100 kPa)におけるものである。 |
化学式:1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine
MPTP(図1)とは、ドーパミン作動性ニューロンを変性脱落させる神経毒。実験動物に投与し、パーキンソン病モデルを作成するために用いられる。
発見の経緯
疾患モデルを作成するため、長年、パーキンソン病を発症させる神経毒の探索が続いていたが、良い候補は見つかっていなかった。しかし、以下のような皮肉な事件によりMPTPが「発見」されることになった。
麻薬常習者の大学院生が、合成ヘロインであるMPPP (1-methyl-4-phenyl-propionoxy-piperidine)を自宅の実験室で合成し、自分で注射していたところ、1976年、重篤なパーキンソン病を発症した。ある時から、合成段階でいくつかの手抜きをしたため、副生成物質が混入したためと思われる。症状は典型的なパーキンソン病で、L-ドーパが著効を示した。その後、麻薬過剰摂取で死亡したため剖検したところ、黒質細胞脱落、レビー小体陽性など病理的にもパーキンソン病であった。しかし原因物質を特定するまでには至らず、この報告は注目されなかった[1]。
その後、1982年、北カリフォルニアで4人の若い麻薬常習者が、新しい合成ヘロインを入手し連用したところ、重度の無動を示すパーキンソン病を発症した。この合成ヘロインを分析したところMPTPが発見され、これを実験動物(サル)に投与したところ、パーキンソン病様症状を呈したため、MPTPが原因物質として確定した[2][3]。
作用機序
MPTPが脳内に入ると、グリア内でモノアミン酸化酵素B(MAO-B)によって酸化されMPP+になり、これがドーパミン作動性ニューロンに取り込まれ、ミトコンドリアの代謝を阻害するため、細胞が変性すると考えられる(図2)。
意義
このMPTPの「発見」により、ドーパミン作動性ニューロンが変性・脱落するメカニズムの解明が進んだ。また、主に霊長類にMPTPを投与しパーキンソン病モデルを作成することにより、パーキンソン病の病態の解明[4]、定位脳手術や脳深部刺激療法(DBS)などの治療法の開発[5]などにつながった。さらには、パーキンソン病の原因として、内在性・外来性のMPTP類似物質、例えば除草剤などによる原因説も復興した。
毒性
ヒトを含む霊長類は感受性が高く、ラットは低く、マウス、ネコは、その中間の感受性を示す。MPTPが揮発性・脂溶性であることから、皮膚、呼吸器などから吸収され易く血液脳関門も通過し易い、さらに動物に投与した場合、一部、代謝されないまま排泄されるなど、取り扱いに注意を要する
[6]。
関連語
外部リンク
BBC Horizon Awakening the Frozen Addicts (1993)
参考文献
- ↑
Davis, G.C., Williams, A.C., Markey, S.P., Ebert, M.H., Caine, E.D., Reichert, C.M., & Kopin, I.J. (1979).
Chronic Parkinsonism secondary to intravenous injection of meperidine analogues. Psychiatry research, 1(3), 249-54. [PubMed:298352] [WorldCat] [DOI] - ↑
Langston, J.W., Ballard, P., Tetrud, J.W., & Irwin, I. (1983).
Chronic Parkinsonism in humans due to a product of meperidine-analog synthesis. Science (New York, N.Y.), 219(4587), 979-80. [PubMed:6823561] [WorldCat] [DOI] - ↑ J William Langston, Jon Palfreman
The Case of the Frozen Addicts 309 pp.
New York, Pantheon, 1996 - ↑
DeLong, M.R. (1990).
Primate models of movement disorders of basal ganglia origin. Trends in neurosciences, 13(7), 281-5. [PubMed:1695404] [WorldCat] [DOI] - ↑
Bergman, H., Wichmann, T., & DeLong, M.R. (1990).
Reversal of experimental parkinsonism by lesions of the subthalamic nucleus. Science (New York, N.Y.), 249(4975), 1436-8. [PubMed:2402638] [WorldCat] [DOI] - ↑
Przedborski, S., Jackson-Lewis, V., Naini, A.B., Jakowec, M., Petzinger, G., Miller, R., & Akram, M. (2001).
The parkinsonian toxin 1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP): a technical review of its utility and safety. Journal of neurochemistry, 76(5), 1265-74. [PubMed:11238711] [WorldCat] [DOI]
(執筆者:南部篤 担当編集委員:伊佐正)