「強迫症」の版間の差分

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===強迫症状の内容、臨床像===
===強迫症状の内容、臨床像===
 
 
[[image:強迫性障害 図1.jpg|thumb|350px|'''図1.強迫症状構造(Y-BOCSによる因子構造のメタ解析)'''<br>OCDにおけるsymptom dimension (Bloch et al. 2008 8)<br>点線は、子供のみが関連しているもの]] 
 
 表1に本邦のOCD患者における強迫症状の内容を出現頻度と伴に示す4)。
 表1に本邦のOCD患者における強迫症状の内容を出現頻度と伴に示す4)。


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 強迫症状の内容な多彩であるが、強迫観念では、汚染の心配や、「運転中に誤って人を傷つけていないか」といった攻撃性に関するもの、「きちんと左右対称にしないと不吉なことが起こるのでは」など、しばしば魔術的思考を伴った対称性へのこだわり、物事の正確性の追求、不吉な数字(例;4や9)などが多い。一方強迫行為では、長時間の手洗いや入浴、掃除などの洗浄、人に害を加えていないこと、間違いがないことなどの確認、繰り返しの儀式、物を対称に並べる、何度も数える、物を収集し捨てられず溜め込む、などが多く認められる。
 強迫症状の内容な多彩であるが、強迫観念では、汚染の心配や、「運転中に誤って人を傷つけていないか」といった攻撃性に関するもの、「きちんと左右対称にしないと不吉なことが起こるのでは」など、しばしば魔術的思考を伴った対称性へのこだわり、物事の正確性の追求、不吉な数字(例;4や9)などが多い。一方強迫行為では、長時間の手洗いや入浴、掃除などの洗浄、人に害を加えていないこと、間違いがないことなどの確認、繰り返しの儀式、物を対称に並べる、何度も数える、物を収集し捨てられず溜め込む、などが多く認められる。


 この様な強迫症状の内容、あるいは各出現頻度は、社会文化的背景や民族の相違などに影響されず、世界的に概ね安定している5)。さらに、汚染‐洗浄行為など、因子分析で抽出された強迫症状間の特異的関連性を示す症状ディメンジョンも、地域や文化差、年齢などに関わらず概ね一定とされる6)。表2にBlochら6)が行った症状ディメンジョンに関するメタ・アナリシスの結果を示すが、これは我々が抽出した本邦のOCD患者での症状構造とほぼ一致している7)
 この様な強迫症状の内容、あるいは各出現頻度は、社会文化的背景や民族の相違などに影響されず、世界的に概ね安定している5)。さらに、汚染‐洗浄行為など、因子分析で抽出された強迫症状間の特異的関連性を示す症状ディメンジョンも、地域や文化差、年齢などに関わらず概ね一定とされる6)。表2にBlochら6)が行った症状ディメンジョンに関するメタ・アナリシスの結果を示すが、これは我々が抽出した本邦のOCD患者での症状構造とほぼ一致している7)(図1)。


[[image:強迫性障害 図1.jpg|thumb|300px|図1.強迫症状構造(Y-BOCSによる因子構造のメタ解析)<br>OCDにおけるsymptom dimension (Bloch et al. 2008 8))<br>(点線は、子供のみが関連しているもの)]]
 一般的に強迫症状は、外出時の施錠の確認、トイレ後の手洗いなど日常や社会生活における通常の思考やこだわり、行動の延長上に出現する。また多くの場合、「泥棒に入られるかも」、「汚染を周囲にばらまくかも」などの強迫観念が強迫行為に先行し、その過剰性や不合理性を理解しつつも、様々な認知的プロセスによる修飾がなされ、最悪の事態をイメージし、脅威の危険性や現実性の誤った認識、そして不安が自制できない程度にまで増強されてしまう。その結果、この脅威を完璧にコントロールしたいという欲求により、繰り返し行動に駆り立てられている8)。この様な典型的なOCD患者では、他の不安障害と同様に強迫症状が誘発される対象や状況を、しばしば避けようとする(回避)。また手洗いや確認を、自分の納得する方法で強要したり、「大丈夫か」の保証を繰り返し要求したりして、強迫症状に家族などを巻き込むことが多い8)。
 一般的に強迫症状は、外出時の施錠の確認、トイレ後の手洗いなど日常や社会生活における通常の思考やこだわり、行動の延長上に出現する。また多くの場合、「泥棒に入られるかも」、「汚染を周囲にばらまくかも」などの強迫観念が強迫行為に先行し、その過剰性や不合理性を理解しつつも、様々な認知的プロセスによる修飾がなされ、最悪の事態をイメージし、脅威の危険性や現実性の誤った認識、そして不安が自制できない程度にまで増強されてしまう。その結果、この脅威を完璧にコントロールしたいという欲求により、繰り返し行動に駆り立てられている8)。この様な典型的なOCD患者では、他の不安障害と同様に強迫症状が誘発される対象や状況を、しばしば避けようとする(回避)。また手洗いや確認を、自分の納得する方法で強要したり、「大丈夫か」の保証を繰り返し要求したりして、強迫症状に家族などを巻き込むことが多い8)。


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===OCDにおけるcomorbidity===
===OCDにおけるcomorbidity===
[[image:強迫性障害 図2.jpg|thumb|350px|'''図2.認知行動面におけるうつ病とOCDの相互関連''']]


 OCD患者で認めるcomorbidityは多彩であるが、大うつ病性障害(major depressive disorder; MDD)は約20-37%に併存を、そしてその生涯有病率は約54-67%とされるなど、最も高率に見られるものである8, 12-14)。この出現については、OCDの罹病期間との正の相関が指摘されており15)、多くの場合、心理的葛藤、極度の不安や緊張、ストレス、疲労、あるいは機能的問題が長期化する中で、二次的に出現することが一般的である。MDDが併存すれば、患者の行動、あるいは認知面に重大な影響が及ぶ。例えば、嫌悪刺激の脅威、その危機が生じる確率や結果の過大評価、あるいは不確実性に対する耐性の低さなどの認知的問題がより協調させる。さらにはOCD自体の臨床症状も重症化し、生活能力や社会的機能水準、QOLなどが有意に低下して、希死念慮や自殺企図に至る割合が増加する14,16) (図2)。
 OCD患者で認めるcomorbidityは多彩であるが、大うつ病性障害(major depressive disorder; MDD)は約20-37%に併存を、そしてその生涯有病率は約54-67%とされるなど、最も高率に見られるものである8, 12-14)。この出現については、OCDの罹病期間との正の相関が指摘されており15)、多くの場合、心理的葛藤、極度の不安や緊張、ストレス、疲労、あるいは機能的問題が長期化する中で、二次的に出現することが一般的である。MDDが併存すれば、患者の行動、あるいは認知面に重大な影響が及ぶ。例えば、嫌悪刺激の脅威、その危機が生じる確率や結果の過大評価、あるいは不確実性に対する耐性の低さなどの認知的問題がより協調させる。さらにはOCD自体の臨床症状も重症化し、生活能力や社会的機能水準、QOLなどが有意に低下して、希死念慮や自殺企図に至る割合が増加する14,16) (図2)。


[[image:強迫性障害 図2.jpg|thumb|300px|'''図2.認知行動面におけるうつ病とOCDの相互関連''']]
 その他のcomorbidityでは、SAD (current; 3.6-26%, lifetime; 18-36%)が多く、特定の恐怖、パニック障害など、それ以外の不安障害全般では、0-12%に併存を、生涯有病率は1-23%程度とされる12-14)。さらには、強迫スペクトラム障害(Obsessive-Compulsive Spectrum Disorders; OCSDs) に分類されるもの、例えば心気症やBDD、抜毛症、強迫買い物症などのcomorbidityも高率である。それぞれの生涯有病率は、心気症が8.2-13%、BDDが6.3-12.9%、抜毛癖(抜毛障害)が9.6-12.9%と報告されている12-14)。また摂食障害のlifetime comorbidityは約4.7-9.6%であり、摂食障害患者におけるOCDのcomorbidityも高率である13)。さらにOCD患者では、アルコール、トランキライザーなどの物質乱用の出現も、他の不安障害患者に比し高率である14)。その他、TD、トウレット症候群(Tourette’s syndrome; TS)、自閉症性スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorders; ASDs)など、通常幼少~児童期に出現する精神障害も少なくない。例えば、OCD患者でのASDsの有病率は3~7%とされ、これは一般人口中の出現率に比して6~14倍高い17)。また、OCD患者の約20%に、臨床的に有意なASD傾向を認め、これは一般人口での約10倍に相当する。前述したが、OCDとTD、あるいはTSとは、密接な関連性が存在する。特に、児童・青年期OCD患者においては、これらのcomorbidityは20-59%と明らかに高率である9,10)。しかし、TD、あるいはTSと強迫症状の長期経過は、必ずしもパラレルではなく、前者の多くは成人前に軽減するが、強迫症状は遷延しやすく、成人期に重症化することが少なくない9)。
 その他のcomorbidityでは、SAD (current; 3.6-26%, lifetime; 18-36%)が多く、特定の恐怖、パニック障害など、それ以外の不安障害全般では、0-12%に併存を、生涯有病率は1-23%程度とされる12-14)。さらには、強迫スペクトラム障害(Obsessive-Compulsive Spectrum Disorders; OCSDs) に分類されるもの、例えば心気症やBDD、抜毛症、強迫買い物症などのcomorbidityも高率である。それぞれの生涯有病率は、心気症が8.2-13%、BDDが6.3-12.9%、抜毛癖(抜毛障害)が9.6-12.9%と報告されている12-14)。また摂食障害のlifetime comorbidityは約4.7-9.6%であり、摂食障害患者におけるOCDのcomorbidityも高率である13)。さらにOCD患者では、アルコール、トランキライザーなどの物質乱用の出現も、他の不安障害患者に比し高率である14)。その他、TD、トウレット症候群(Tourette’s syndrome; TS)、自閉症性スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorders; ASDs)など、通常幼少~児童期に出現する精神障害も少なくない。例えば、OCD患者でのASDsの有病率は3~7%とされ、これは一般人口中の出現率に比して6~14倍高い17)。また、OCD患者の約20%に、臨床的に有意なASD傾向を認め、これは一般人口での約10倍に相当する。前述したが、OCDとTD、あるいはTSとは、密接な関連性が存在する。特に、児童・青年期OCD患者においては、これらのcomorbidityは20-59%と明らかに高率である9,10)。しかし、TD、あるいはTSと強迫症状の長期経過は、必ずしもパラレルではなく、前者の多くは成人前に軽減するが、強迫症状は遷延しやすく、成人期に重症化することが少なくない9)。


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===OCDの脳機能的病態===
===OCDの脳機能的病態===
[[image:強迫性障害 図3.jpg|thumb|300px|'''図3.Differential components of CSTC pathways'''<br>]]
[[image:強迫性障害 図3.jpg|thumb|350px|'''図3.Differential components of CSTC pathways'''(Milad MR & Raunch SL 2011)<br>Figure 1.]]


 OCDに関する神経生物学的モデルでは、TD、TSなど各種神経精神疾患との関連や、神経心理学的検査所見、外傷などによる限局性皮質損傷例、ならびに形態学的、機能的脳画像研究などの知見より、皮質-線条体-視床-皮質回路(cortico-striatal-thalamic-cortical (CSTC) circuit )が注目されている18,23-25)。OCDの脳病態に関しては、いくつかの仮説が立てられているが、その中に、Saxenaら24) による前頭葉—皮質下回路に関する神経ネットワーク仮説(OCD-loop仮説)がある。これによれば、OFCを主とした前頭葉領域の活性化に伴い、それらの領域からの入力を間接的経路(背側前頭前野—線条体—淡蒼球—視床下核—淡蒼球—視床—皮質)と直接的経路(前頭眼窩面—線条体—淡蒼球—視床—皮質)に振り分ける尾状核において制御障害が生じ(ブレイン・ロック)、視床への抑制性の制御が弱まる。その結果視床と前頭眼窩面の間でさらなる相互活性が生じ、強迫症状が維持、増幅されるという。これらの領域の機能的役割を考えると、社会的に適切な行動をとるための検出機能をもつOFC、行動のモニタリングと調節に主要な役割を果たすACC、辺縁系や前頭葉からの入力を受けるゲート機能を有する尾状核、入力された情報に対するフィルター機能をもち皮質への投射を行う視床、といったように各々の部位が連携しながら円滑な行動の遂行を担っている23)。その後の検証によってOCD-loopにはさらに広汎な脳部位の関与を考慮する必要が出てきている 25) (図3)  
 OCDに関する神経生物学的モデルでは、TD、TSなど各種神経精神疾患との関連や、神経心理学的検査所見、外傷などによる限局性皮質損傷例、ならびに形態学的、機能的脳画像研究などの知見より、皮質-線条体-視床-皮質回路(cortico-striatal-thalamic-cortical (CSTC) circuit )が注目されている18,23-25)。OCDの脳病態に関しては、いくつかの仮説が立てられているが、その中に、Saxenaら24) による前頭葉—皮質下回路に関する神経ネットワーク仮説(OCD-loop仮説)がある。これによれば、OFCを主とした前頭葉領域の活性化に伴い、それらの領域からの入力を間接的経路(背側前頭前野—線条体—淡蒼球—視床下核—淡蒼球—視床—皮質)と直接的経路(前頭眼窩面—線条体—淡蒼球—視床—皮質)に振り分ける尾状核において制御障害が生じ(ブレイン・ロック)、視床への抑制性の制御が弱まる。その結果視床と前頭眼窩面の間でさらなる相互活性が生じ、強迫症状が維持、増幅されるという。これらの領域の機能的役割を考えると、社会的に適切な行動をとるための検出機能をもつOFC、行動のモニタリングと調節に主要な役割を果たすACC、辺縁系や前頭葉からの入力を受けるゲート機能を有する尾状核、入力された情報に対するフィルター機能をもち皮質への投射を行う視床、といったように各々の部位が連携しながら円滑な行動の遂行を担っている23)。その後の検証によってOCD-loopにはさらに広汎な脳部位の関与を考慮する必要が出てきている 25) (図3)  
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===OCD治療の概要===
===OCD治療の概要===


[[image:強迫性障害 図4.jpg|thumb|300px|図4.アメリカ精神医学会によるOCD治療ガイドライン<br>OCDにおけるsymptom dimension (Bloch et al. 2008 8))<br>(点線は、子供のみが関連しているもの)]]
[[image:強迫性障害 図4.jpg|thumb|350px|'''図4.アメリカ精神医学会によるOCD治療ガイドライン'''<br>「中等度の反応」とは臨床的に有意ではあるが不十分な反応を意味する<br>*エビデンスには裏付けされていない治療(例:一つか少数の試験や症例報告、または統制されていないケースシリーズ)<br>CBT:認知行動療法、DBS:深部脳刺激療法、ERP:暴露反応妨害法、MAOI:モノアミン酸化酵素阻害薬、SRI:セロトニン再取り込み阻害薬、SSRIR:選択的セロトニン再取り込み阻害薬、TMS:経頭蓋磁気刺激療法]]


 OCDの主要な治療は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor; SSRI)を主とした薬物、および認知行動療法(Cognitive-Behavioral Therapy; CBT)である26)。更に病気自体や治療、対処などについて、患者や家族などに十分な理解を促す心理教育は、治療的動機づけを高め、周囲からの一貫した支持を得て安定的治療環境を構築する上で重要である。個々の患者の治療は、症状の特性や精神病理、治療的動機づけの程度などを考慮し選択すべきである。薬物療法とCBTでは、それぞれメリット、デメリットがあり、例えば薬物は、導入や継続が容易で即効性が期待される反面、十分な反応が得られない割合が比較的高く、副作用や中断時の再発が問題となる。一方CBTは、より有効性が高く、効果の持続性や再発予防に優れるが、導入やアドヒアランスには、患者の状態や動機付けの程度などが大きく関わり、その効果は治療者の経験や技量にも影響されやすい。実地臨床の多くでは、MDDの併存などでCBTは当初困難であり、薬物を先行させ、治療的動機づけを強化確認後、CBTに導入するといった併用療法が一般的である。アメリカ精神医学会によるOCDの治療ガイドラインを図4に示す12)。
 OCDの主要な治療は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor; SSRI)を主とした薬物、および認知行動療法(Cognitive-Behavioral Therapy; CBT)である26)。更に病気自体や治療、対処などについて、患者や家族などに十分な理解を促す心理教育は、治療的動機づけを高め、周囲からの一貫した支持を得て安定的治療環境を構築する上で重要である。個々の患者の治療は、症状の特性や精神病理、治療的動機づけの程度などを考慮し選択すべきである。薬物療法とCBTでは、それぞれメリット、デメリットがあり、例えば薬物は、導入や継続が容易で即効性が期待される反面、十分な反応が得られない割合が比較的高く、副作用や中断時の再発が問題となる。一方CBTは、より有効性が高く、効果の持続性や再発予防に優れるが、導入やアドヒアランスには、患者の状態や動機付けの程度などが大きく関わり、その効果は治療者の経験や技量にも影響されやすい。実地臨床の多くでは、MDDの併存などでCBTは当初困難であり、薬物を先行させ、治療的動機づけを強化確認後、CBTに導入するといった併用療法が一般的である。アメリカ精神医学会によるOCDの治療ガイドラインを図4に示す12)。
表3アメリカ精神医学会によるOCD治療ガイドライン
    
    
 OCDの治療反応性評価には、Yale-Brown Obsessive Compulsive Scale (Y-BOCS) 31,32)総得点の改善率を用いることが一般的である。これは、症状評価リストで特定した主要な強迫観念、及び行為について、症状に占められる時間や社会的障害度など10項目を0-4点の5段階で評価、合計し総得点(40点満点)を決定する。
 OCDの治療反応性評価には、Yale-Brown Obsessive Compulsive Scale (Y-BOCS) 31,32)総得点の改善率を用いることが一般的である。これは、症状評価リストで特定した主要な強迫観念、及び行為について、症状に占められる時間や社会的障害度など10項目を0-4点の5段階で評価、合計し総得点(40点満点)を決定する。