「エピジェネティクス」の版間の差分
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英語名:epigenetics 独:Epigenetik 仏:épigénétique | 英語名:epigenetics 独:Epigenetik 仏:épigénétique | ||
エピジェネティクスとは、DNAの配列変化によらない[[wikipedia:ja:遺伝子発現|遺伝子発現]]を制御・伝達するシステムおよびその学術分野のことである。すなわち、[[細胞分裂]]を通して[[娘細胞]]に受け継がれるという遺伝的な特徴を持ちながらも、[[wikipedia:ja:DNA|DNA]][[wikipedia:ja:塩基配列|塩基配列]]の変化([[wikipedia:ja:突然変異|突然変異]])とは独立した機構である。このような制御は、化学的に安定した修飾である一方、[[wikipedia:ja:食事|食事]]、[[wikipedia:ja:大気汚染|大気汚染]]、[[wikipedia:ja:喫煙|喫煙]]、[[wikipedia:ja:酸化ストレス|酸化ストレス]]への暴露などの環境要因によって動的に変化する。言い換えると、エピジェネティクスは、遺伝子と環境要因の架け橋となる機構であると言える<ref><pubmed> 17522677 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20535201 </pubmed></ref>。主なメカニズムとして、DNA[[wikipedia:ja:メチル化|メチル化]]と[[ヒストン]]修飾がある。 | |||
== 歴史、経緯 == | == 歴史、経緯 == | ||
紀元前より、発生を説明する仮説として、[[wikipedia:ja:受精|受精]]前にすでに複雑な成体の原型が存在しているという説(前成説)と、単純な形の[[wikipedia:ja:受精卵|受精卵]]が徐々に[[分化]]することで複雑な[[wikipedia:ja:器官|器官]]が作られるという説(後成説、epigenesis)があった。20世紀半ば、イギリスの発生学者の[[wikipedia:Conrad Hal Waddington|Waddington]]は、遺伝要因と環境要因が相互作用し最終的な生物を形成する過程、すなわち後成説をエピジェネティクスとして提唱した。彼は、受精卵を斜面から転がり落ちるボールに例えて、正常な発生の過程で受精卵は決して元の状態に戻ることはなく、またほかの細胞に転換することもないというエピジェネティック・ランドスケープを提唱した<ref>'''Waddington CH'''<br>The Strategy of the Genes: a Discussion of Some Aspects of Theoretical Biology<br>'' Allen & Unwin (London)'':1957</ref>。一方、1958年にDavid | 紀元前より、発生を説明する仮説として、[[wikipedia:ja:受精|受精]]前にすでに複雑な成体の原型が存在しているという説(前成説)と、単純な形の[[wikipedia:ja:受精卵|受精卵]]が徐々に[[分化]]することで複雑な[[wikipedia:ja:器官|器官]]が作られるという説(後成説、epigenesis)があった。20世紀半ば、イギリスの発生学者の[[wikipedia:Conrad Hal Waddington|Waddington]]は、遺伝要因と環境要因が相互作用し最終的な生物を形成する過程、すなわち後成説をエピジェネティクスとして提唱した。彼は、受精卵を斜面から転がり落ちるボールに例えて、正常な発生の過程で受精卵は決して元の状態に戻ることはなく、またほかの細胞に転換することもないというエピジェネティック・ランドスケープを提唱した<ref>'''Waddington CH'''<br>The Strategy of the Genes: a Discussion of Some Aspects of Theoretical Biology<br>'' Allen & Unwin (London)'':1957</ref>。一方、1958年にDavid Nanneyは、エピジェネティクスを「体細胞分裂と減数分裂において伝達されうる遺伝子機能の多様性のうち、DNA配列の違いによって説明できないものについての研究」と定義している。現在では、Riggsが提唱した定義<ref>'''Riggs AD, Russo VEA, Martienssen RA'''<br>Epigenetic mechanisms of gene regulation<br>''Plainview, N.Y: Cold Spring Harbor Laboratory Press'':1996</ref>が広く一般的に用いられている。 | ||
== DNAメチル化 == | == DNAメチル化 == | ||
哺乳類のDNAメチル化は、連続する[[wikipedia:ja:シトシン|シトシン]](C)残基と[[wikipedia:ja:グアニン|グアニン]](G)残基( | 哺乳類のDNAメチル化は、連続する[[wikipedia:ja:シトシン|シトシン]](C)残基と[[wikipedia:ja:グアニン|グアニン]](G)残基(CとGは[[wikipedia:ja:ホスホジエステル結合|ホスホジエステル結合]]によってつながれているため、[[wikipedia:ja:リン酸|リン酸]]を表す"p"を用いてCpGと示す)中のシトシン残基において見られる。シトシン残基の[[wikipedia:ja:ピリミジン|ピリミジン]]環5位の炭素に[[DNAメチルトランスフェラーゼ]] ([[DNMT]]; [[DNMT1]], [[DNMT3A]], [[DNMT3B]])によってメチル基が付加されることで、[[wikipedia:ja:5-メチルシトシン|5-メチルシトシン]]が生成される。 | ||
[[wikipedia:ja:ゲノム|ゲノム]]中CpGが豊富に含まれる領域を[[wikipedia:ja:CpG island|CpG island]]と呼び、遺伝子の[[プロモーター]]領域に多く認められる。ゲノム中のCpG配列の約60~70%はメチル化されているが、CpG island中のCpGは一般的に低メチル化状態にある<ref name="ref5"><pubmed> 11782440 </pubmed></ref>。 | [[wikipedia:ja:ゲノム|ゲノム]]中CpGが豊富に含まれる領域を[[wikipedia:ja:CpG island|CpG island]]と呼び、遺伝子の[[プロモーター]]領域に多く認められる。ゲノム中のCpG配列の約60~70%はメチル化されているが、CpG island中のCpGは一般的に低メチル化状態にある<ref name="ref5"><pubmed> 11782440 </pubmed></ref>。 | ||
DNAメチル化状態は細胞分裂後も受け継がる。[[wikipedia:ja:DNA複製|DNA複製]]後、[[wikipedia:ja:維持メチラーゼ|維持メチラーゼ]]であるDNMT1がヘミメチル化状態のDNA(メチル化された親DNAとまだメチル化されていない娘DNAの二重鎖)を認識し、娘DNA鎖に相補的にメチル基を付加すると考えられている<ref name="ref5" />。 | |||
発生過程では、受精直後に維持メチラーゼ活性が抑制されたり特異的[[wikipedia:ja:脱メチル化酵素|脱メチル化酵素]]が働いたりすることによって、ゲノム全体で脱メチル化がおこる。メチル化されてないDNAの最初のメチル化は、[[wikipedia:ja:新規修飾DNAメチラーゼ|新規修飾DNAメチラーゼ]] (de novo DNA methyltransferase; DNMT3AやDNMT3B)によっておこり、新たにDNAメチル化状態のプロフィールが形成されていく<ref name="ref5" />。 | |||
===多様なDNA配列のメチル化=== | ===多様なDNA配列のメチル化=== | ||
DNAメチル化が重要となる現象の例に、[[ゲノム刷り込み]] ([[genomic imprinting]]) | DNAメチル化が重要となる現象の例に、[[ゲノム刷り込み]] ([[genomic imprinting]])がある。多くの場合、父親由来の[[wikipedia:ja:染色体|染色体]]上の遺伝子と母親由来の遺伝子の発現量はほぼ等しいが、インプリンティング遺伝子の場合、一方の遺伝子は発現するもののもう一方からの発現は抑制される。これらの遺伝子は近傍に[[wikipedia:imprinting control region|imprinting control region]] (ICR) と呼ばれる領域を持つことが多く、どちらかの親由来のアレルが高メチル化、もう片親由来のアレルが低メチル化を示す[[wikipedia:differentially methylated region|differentially methylated region]] (DMR)を含む事が多い<ref><pubmed> 12869525 </pubmed></ref>。ゲノム上の[[wikipedia:ja:反復配列|反復配列]]や[[wikipedia:ja:転移因子|転移因子]]([[wikipedia:ja:トランスポゾン|トランスポゾン]])様配列は一般的にメチル化され転写が抑制された状態にある。これは、染色体の安定化に寄与していると考えられている<ref name="ref5" />。また、[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]における[[wikipedia:ja:遺伝子量補正|遺伝子量補正]](gene dosage compensation)の機構として、[[wikipedia:ja:女性|女性]]の2本ある[[wikipedia:ja:X染色体|X染色体]]のうちの1本は転写が不活性化([[wikipedia:X chromosome inactivation|X chromosome inactivation]])され高メチル化された状態にある<ref><pubmed> 22619385 </pubmed></ref>。不活性化されたX染色体は[[wikipedia:ja:バー小体|バー小体]](Barr body)という特徴的な構造を示す。 | ||
===DNAメチル化と転写の制御=== | ===DNAメチル化と転写の制御=== | ||
一般的にプロモーター領域のDNAメチル化と遺伝子発現の程度はよく逆相関することが知られている<ref name="ref5" />が、DNAメチル化と遺伝子発現制御の関係は単純ではない。遺伝子構造内部のgene body領域のDNAメチル化は、[[wikipedia:ja:スプライシング|スプライシング]]の制御などに関わっていると考えられている<ref><pubmed> 20613842 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22641018 </pubmed></ref>。また、メチル化されたCpG配列には、[[wikipedia:ja:メチル化CpG結合ドメインタンパク質|メチル化CpG結合ドメインタンパク質]](methyl-CpG-binding domain protein; MBD) | 一般的にプロモーター領域のDNAメチル化と遺伝子発現の程度はよく逆相関することが知られている<ref name="ref5" />が、DNAメチル化と遺伝子発現制御の関係は単純ではない。遺伝子構造内部のgene body領域のDNAメチル化は、[[wikipedia:ja:スプライシング|スプライシング]]の制御などに関わっていると考えられている<ref><pubmed> 20613842 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22641018 </pubmed></ref>。また、メチル化されたCpG配列には、[[wikipedia:ja:メチル化CpG結合ドメインタンパク質|メチル化CpG結合ドメインタンパク質]](methyl-CpG-binding domain protein; MBD) が結合し転写を抑制する蛋白質複合体を引き寄せ、遺伝子発現の抑制が達成されると考えられている。しかしMBDの一種であり、[[レット症候群]]の責任遺伝子ある[[methyl-CpG binding protein 2]] ([[MeCP2]])では、転写の抑制および活性化双方の働きがあることが知られている<ref><pubmed> 18511691 </pubmed></ref>。 | ||
===DNAメチル化と脱メチル化=== | ===DNAメチル化と脱メチル化=== | ||
発生過程でのDNAメチル化パターンの構築に至っては、受精直後に維持メチラーゼ活性が抑制されたり特異的脱メチル酵素が働いたりすることによって、ゲノム全体で波状の脱メチル化がおこる。発生が進むと、メチル化されてないDNAの最初のメチル化は、DNMT3AやDNMT3Bによって新たにDNAメチル化状態のプロフィールが形成されていく<ref name="ref5" /><ref><pubmed> 23400093 </pubmed></ref>。 | |||
===DNAメチル化の解析方法=== | ===DNAメチル化の解析方法=== | ||
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BSを基本とする方法では、[[wikipedia:ja:重亜硫酸ナトリウム|重亜硫酸ナトリウム]] ([[wikipedia:sodium bisulfite|sodium bisulfite]]; NaHSO<sub>3</sub>)処理により、ゲノム中のメチル化されていないCを[[wikipedia:ja:ウラシル|ウラシル]](U)に変換する。ウラシルはPCRなど酵素反応では[[wikipedia:ja:チミン|チミン]](T)として認識されるため、その後の分子生物学解析でC/T多型として処理することができる。古典的にはBS処理後、標的領域を[[wikipedia:ja:PCR|PCR]]増幅、[[wikipedia:ja:大腸菌|大腸菌]]を形質転換し、多数の単一コロニーのシークエンスを行うことにより定性的・定量的なメチル化状態の解析が行われてきた。多検体処理には、PCR増幅後[[wikipedia:Qiagen|Qiagen]]社の[[wikipedia:Pyrosequencing|Pyrosequencer]]や[[wikipedia:Sequenom|Sequenom]]社の[[wikipedia:Sequenom#MassARRAY_Analyzer_4|MassArray]]など専用の機器を用いた解析が行われている。網羅的解析として、[[アレイ技術]]を利用した方法や、[[wikipedia:ja:次世代シークエンサー|次世代シークエンサー]]を用いた解析が行われている。前者では[[wikipedia:Illumina (company)|Illumina]]社の[[wikipedia:Illumina_(company)#Infinium_methylation|Infinium assay]]が広く用いられている。後者では[[wikipedia:ja:制限酵素|制限酵素]]処理により解析部位を限定した[[wikipedia:Reduced representation bisulfite sequencing|Reduced representation bisulfite sequencing]] (RRBS)法や、全ゲノム解析を行う[[wikipedia:Applications: genome-wide methylation analysis|whole genome bisulfite sequencing]] (WGBS)が行われている。 | BSを基本とする方法では、[[wikipedia:ja:重亜硫酸ナトリウム|重亜硫酸ナトリウム]] ([[wikipedia:sodium bisulfite|sodium bisulfite]]; NaHSO<sub>3</sub>)処理により、ゲノム中のメチル化されていないCを[[wikipedia:ja:ウラシル|ウラシル]](U)に変換する。ウラシルはPCRなど酵素反応では[[wikipedia:ja:チミン|チミン]](T)として認識されるため、その後の分子生物学解析でC/T多型として処理することができる。古典的にはBS処理後、標的領域を[[wikipedia:ja:PCR|PCR]]増幅、[[wikipedia:ja:大腸菌|大腸菌]]を形質転換し、多数の単一コロニーのシークエンスを行うことにより定性的・定量的なメチル化状態の解析が行われてきた。多検体処理には、PCR増幅後[[wikipedia:Qiagen|Qiagen]]社の[[wikipedia:Pyrosequencing|Pyrosequencer]]や[[wikipedia:Sequenom|Sequenom]]社の[[wikipedia:Sequenom#MassARRAY_Analyzer_4|MassArray]]など専用の機器を用いた解析が行われている。網羅的解析として、[[アレイ技術]]を利用した方法や、[[wikipedia:ja:次世代シークエンサー|次世代シークエンサー]]を用いた解析が行われている。前者では[[wikipedia:Illumina (company)|Illumina]]社の[[wikipedia:Illumina_(company)#Infinium_methylation|Infinium assay]]が広く用いられている。後者では[[wikipedia:ja:制限酵素|制限酵素]]処理により解析部位を限定した[[wikipedia:Reduced representation bisulfite sequencing|Reduced representation bisulfite sequencing]] (RRBS)法や、全ゲノム解析を行う[[wikipedia:Applications: genome-wide methylation analysis|whole genome bisulfite sequencing]] (WGBS)が行われている。 | ||
BSを用いない方法として、メチル化感受性・非感受性制限酵素を利用した方法や、[[wikipedia:ja:抗メチル化シトシン抗体|抗メチル化シトシン抗体]] | BSを用いない方法として、メチル化感受性・非感受性制限酵素を利用した方法や、[[wikipedia:ja:抗メチル化シトシン抗体|抗メチル化シトシン抗体]]やメチル化DNA結合領域(methylated DNA binding domain: MBD)などを用いメチル化DNA断片を濃縮する方法がある。抗メチル化シトシン抗体を用いた解析は、[[wikipedia:ja:メチル化DNA免疫沈降法|メチル化DNA免疫沈降法]] ([[wikipedia:methylated DNA immunoprecipitation|methylated DNA immunoprecipitation]]; MeDIP)と呼ばれる。メチル化DNA断片の濃縮後、[[wikipedia:タイリングアレイ|タイリングアレイ]]や次世代シークエンサーを用いた解析が広く行われている。 | ||
==ヒストン修飾== | ==ヒストン修飾== | ||
DNAにヒストン蛋白質が巻きついた状態の構造を[[wikipedia:ja:ヌクレオソーム|ヌクレオソーム]] (nucleosome)といい、[[wikipedia:ja:クロマチン|クロマチン]]の構成単位である。ヌクレオソームの4種類のヒストンのアミノ酸側鎖はさまざまな修飾を受け、クロマチン構造が変化することによって遺伝子発現が調節される。ヒストンのアミノ酸配列全体を通して修飾が認められるが、特に[[ヒストンテール]]と呼ばれるヒストンのN末端に位置する[[wikipedia:ja:リシン|リシン]]や[[wikipedia:ja:アスパラギン|アスパラギン]]が高頻度に[[アセチル化]]、メチル化、[[ユビキチン化]]、[[リン酸化]]および[[スモイル化]]など多様な修飾を受ける。 | |||
活発に転写されている遺伝子のプロモーター領域では、ヒストンH3のリシン9やリシン14のアセチル化(H3K9ac, H3K14ac)や、リシン4のトリメチル化(H3K4me3)などが認められる。他方で、ヒストンH3のリシン9やリシン27のトリメチル化(H3K9me3, H3K27me3)などは発現が抑制されているプロモーター領域に認められる<ref><pubmed> 17522673 </pubmed></ref>。これらの修飾は、たがいに排他的であったりさまざまな組み合わせで存在したりするため、その多様性が遺伝子の発現を決定し、細胞特異的な構造・機能を生み出していると考えられている([[ヒストンコード仮説]])<ref><pubmed> 10638745 </pubmed></ref>。 | |||
''詳細は[[ヒストン]]、[[アセチル化]]の項目参照。'' | ''詳細は[[ヒストン]]、[[アセチル化]]の項目参照。'' | ||
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[[初代培養]]神経細胞へのKCl投与により[[脱分極]]を誘導すると、[[Bdnf]]遺伝子のプロモーターIV領域のCpGが脱メチル化される<ref><pubmed> 14593184 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14593183 </pubmed></ref>。脱メチル化に伴いMeCP2が解離しプロモーターIVからの転写量上昇が認められる。また、神経細胞における[[長期増強]]([[LTP]])の誘導は、[[神経伝達]]に関わる遺伝子のプロモーター領域におけるヒストンH3およびH4のアセチル化と関連していることが報告されている<ref><pubmed> 15273246 </pubmed></ref>。 | [[初代培養]]神経細胞へのKCl投与により[[脱分極]]を誘導すると、[[Bdnf]]遺伝子のプロモーターIV領域のCpGが脱メチル化される<ref><pubmed> 14593184 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14593183 </pubmed></ref>。脱メチル化に伴いMeCP2が解離しプロモーターIVからの転写量上昇が認められる。また、神経細胞における[[長期増強]]([[LTP]])の誘導は、[[神経伝達]]に関わる遺伝子のプロモーター領域におけるヒストンH3およびH4のアセチル化と関連していることが報告されている<ref><pubmed> 15273246 </pubmed></ref>。 | ||
===脳神経系細胞における様々なシトシン修飾状態とその機能=== | ===脳神経系細胞における様々なシトシン修飾状態とその機能=== | ||
メチルシトシンが[[ten-eleven translocation]] (TET) | メチルシトシンが[[ten-eleven translocation]] (TET)蛋白質によって酸化された[[wikipedia:ja:ヒドロキシメチルシトシン|ヒドロキシメチルシトシン]] ([[wikipedia:5-hydroxymethylcytosine|5-hydroxymethylcytosine]]; 5-hmc)<ref><pubmed> 19372391 </pubmed></ref>が脳神経系細胞に豊富に含まれることが近年明らかにされた<ref><pubmed> 19372393 </pubmed></ref>。その後、TET存在下で[[wikipedia:ja:カルボキシルシトシン|カルボキシルシトシン]]([[wikipedia:ja:5-carboxylcytosine|5-carboxylcytosine]]; 5-cac)、[[wikipedia:ja:フォルミルシトシン|フォルミルシトシン]] ([[wikipedia:ja:5-formylcytosine|5-formylcytosine]]; 5-fc)が生成されることが報告されている<ref><pubmed> 21778364 </pubmed></ref>。これら多様なシトシン修飾は、分裂しない神経細胞における脱メチル化過程の中間産物であると考えられている。盛んに分裂する細胞では、維持メチラーゼの活性が抑制され、メチル化されていない細胞が増加することによる脱メチル化が見られ、passive demethylationと呼ばれている<ref><pubmed> 21925312 </pubmed></ref>。これに対し、5-hmcを介したシトシンへの脱メチル化は、active demethylationであると考えられており、哺乳類では確認されていなかった。 | ||
現在提唱されているモデルでは、5-fcから5-cacに変換された後、未同定のcarboxylaseによって再びシトシンに変換されるか、5-fcあるいは5-cacが[[activation-induced cytidine deaminase]] (AID)や[[apolipoprotein B mRNA editing enzyme catalytic polypeptide]] (APOBEC)の作用によりチミンに変換され、[[thymine-DNA glycosylase]] (TDG)や他のDNA修復関連酵素群による塩基除去修復系によってシトシンに戻るモデルなどが提案されている<ref><pubmed> 19659441 </pubmed></ref>。また、多くのMBDは5-hmcに結合しないことがin vitroで示されてきたが、近年MeCP2が5-hmcに結合することが明らかにされ<ref><pubmed> 23260135 </pubmed></ref>、また、5- | 現在提唱されているモデルでは、5-fcから5-cacに変換された後、未同定のcarboxylaseによって再びシトシンに変換されるか、5-fcあるいは5-cacが[[activation-induced cytidine deaminase]] (AID)や[[apolipoprotein B mRNA editing enzyme catalytic polypeptide]] (APOBEC)の作用によりチミンに変換され、[[thymine-DNA glycosylase]] (TDG)や他のDNA修復関連酵素群による塩基除去修復系によってシトシンに戻るモデルなどが提案されている<ref><pubmed> 19659441 </pubmed></ref>。また、多くのMBDは5-hmcに結合しないことがin vitroで示されてきたが、近年MeCP2が5-hmcに結合することが明らかにされ<ref><pubmed> 23260135 </pubmed></ref>、また、5-hmc結合蛋白質のスクリーニングも進みつつあり<ref><pubmed> 23434322 </pubmed></ref>、脱メチル化過程の中間産物以外の機能を持つことが示唆されている。 | ||
==関連項目== | ==関連項目== | ||
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*[[細胞分裂]] | *[[細胞分裂]] | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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(執筆担当者:村田唯、文東美紀、岩本和也 編集担当者:加藤忠史) |
2013年5月11日 (土) 20:35時点における版
英語名:epigenetics 独:Epigenetik 仏:épigénétique
エピジェネティクスとは、DNAの配列変化によらない遺伝子発現を制御・伝達するシステムおよびその学術分野のことである。すなわち、細胞分裂を通して娘細胞に受け継がれるという遺伝的な特徴を持ちながらも、DNA塩基配列の変化(突然変異)とは独立した機構である。このような制御は、化学的に安定した修飾である一方、食事、大気汚染、喫煙、酸化ストレスへの暴露などの環境要因によって動的に変化する。言い換えると、エピジェネティクスは、遺伝子と環境要因の架け橋となる機構であると言える[1][2]。主なメカニズムとして、DNAメチル化とヒストン修飾がある。
歴史、経緯
紀元前より、発生を説明する仮説として、受精前にすでに複雑な成体の原型が存在しているという説(前成説)と、単純な形の受精卵が徐々に分化することで複雑な器官が作られるという説(後成説、epigenesis)があった。20世紀半ば、イギリスの発生学者のWaddingtonは、遺伝要因と環境要因が相互作用し最終的な生物を形成する過程、すなわち後成説をエピジェネティクスとして提唱した。彼は、受精卵を斜面から転がり落ちるボールに例えて、正常な発生の過程で受精卵は決して元の状態に戻ることはなく、またほかの細胞に転換することもないというエピジェネティック・ランドスケープを提唱した[3]。一方、1958年にDavid Nanneyは、エピジェネティクスを「体細胞分裂と減数分裂において伝達されうる遺伝子機能の多様性のうち、DNA配列の違いによって説明できないものについての研究」と定義している。現在では、Riggsが提唱した定義[4]が広く一般的に用いられている。
DNAメチル化
哺乳類のDNAメチル化は、連続するシトシン(C)残基とグアニン(G)残基(CとGはホスホジエステル結合によってつながれているため、リン酸を表す"p"を用いてCpGと示す)中のシトシン残基において見られる。シトシン残基のピリミジン環5位の炭素にDNAメチルトランスフェラーゼ (DNMT; DNMT1, DNMT3A, DNMT3B)によってメチル基が付加されることで、5-メチルシトシンが生成される。
ゲノム中CpGが豊富に含まれる領域をCpG islandと呼び、遺伝子のプロモーター領域に多く認められる。ゲノム中のCpG配列の約60~70%はメチル化されているが、CpG island中のCpGは一般的に低メチル化状態にある[5]。
DNAメチル化状態は細胞分裂後も受け継がる。DNA複製後、維持メチラーゼであるDNMT1がヘミメチル化状態のDNA(メチル化された親DNAとまだメチル化されていない娘DNAの二重鎖)を認識し、娘DNA鎖に相補的にメチル基を付加すると考えられている[5]。
発生過程では、受精直後に維持メチラーゼ活性が抑制されたり特異的脱メチル化酵素が働いたりすることによって、ゲノム全体で脱メチル化がおこる。メチル化されてないDNAの最初のメチル化は、新規修飾DNAメチラーゼ (de novo DNA methyltransferase; DNMT3AやDNMT3B)によっておこり、新たにDNAメチル化状態のプロフィールが形成されていく[5]。
多様なDNA配列のメチル化
DNAメチル化が重要となる現象の例に、ゲノム刷り込み (genomic imprinting)がある。多くの場合、父親由来の染色体上の遺伝子と母親由来の遺伝子の発現量はほぼ等しいが、インプリンティング遺伝子の場合、一方の遺伝子は発現するもののもう一方からの発現は抑制される。これらの遺伝子は近傍にimprinting control region (ICR) と呼ばれる領域を持つことが多く、どちらかの親由来のアレルが高メチル化、もう片親由来のアレルが低メチル化を示すdifferentially methylated region (DMR)を含む事が多い[6]。ゲノム上の反復配列や転移因子(トランスポゾン)様配列は一般的にメチル化され転写が抑制された状態にある。これは、染色体の安定化に寄与していると考えられている[5]。また、哺乳類における遺伝子量補正(gene dosage compensation)の機構として、女性の2本あるX染色体のうちの1本は転写が不活性化(X chromosome inactivation)され高メチル化された状態にある[7]。不活性化されたX染色体はバー小体(Barr body)という特徴的な構造を示す。
DNAメチル化と転写の制御
一般的にプロモーター領域のDNAメチル化と遺伝子発現の程度はよく逆相関することが知られている[5]が、DNAメチル化と遺伝子発現制御の関係は単純ではない。遺伝子構造内部のgene body領域のDNAメチル化は、スプライシングの制御などに関わっていると考えられている[8][9]。また、メチル化されたCpG配列には、メチル化CpG結合ドメインタンパク質(methyl-CpG-binding domain protein; MBD) が結合し転写を抑制する蛋白質複合体を引き寄せ、遺伝子発現の抑制が達成されると考えられている。しかしMBDの一種であり、レット症候群の責任遺伝子あるmethyl-CpG binding protein 2 (MeCP2)では、転写の抑制および活性化双方の働きがあることが知られている[10]。
DNAメチル化と脱メチル化
発生過程でのDNAメチル化パターンの構築に至っては、受精直後に維持メチラーゼ活性が抑制されたり特異的脱メチル酵素が働いたりすることによって、ゲノム全体で波状の脱メチル化がおこる。発生が進むと、メチル化されてないDNAの最初のメチル化は、DNMT3AやDNMT3Bによって新たにDNAメチル化状態のプロフィールが形成されていく[5][11]。
DNAメチル化の解析方法
大別するとバイサルファイト処理 (bisulfite modification; BS)を基本とする方法と、BSを使用しない方法にわかれる[12][13]。
BSを基本とする方法では、重亜硫酸ナトリウム (sodium bisulfite; NaHSO3)処理により、ゲノム中のメチル化されていないCをウラシル(U)に変換する。ウラシルはPCRなど酵素反応ではチミン(T)として認識されるため、その後の分子生物学解析でC/T多型として処理することができる。古典的にはBS処理後、標的領域をPCR増幅、大腸菌を形質転換し、多数の単一コロニーのシークエンスを行うことにより定性的・定量的なメチル化状態の解析が行われてきた。多検体処理には、PCR増幅後Qiagen社のPyrosequencerやSequenom社のMassArrayなど専用の機器を用いた解析が行われている。網羅的解析として、アレイ技術を利用した方法や、次世代シークエンサーを用いた解析が行われている。前者ではIllumina社のInfinium assayが広く用いられている。後者では制限酵素処理により解析部位を限定したReduced representation bisulfite sequencing (RRBS)法や、全ゲノム解析を行うwhole genome bisulfite sequencing (WGBS)が行われている。
BSを用いない方法として、メチル化感受性・非感受性制限酵素を利用した方法や、抗メチル化シトシン抗体やメチル化DNA結合領域(methylated DNA binding domain: MBD)などを用いメチル化DNA断片を濃縮する方法がある。抗メチル化シトシン抗体を用いた解析は、メチル化DNA免疫沈降法 (methylated DNA immunoprecipitation; MeDIP)と呼ばれる。メチル化DNA断片の濃縮後、タイリングアレイや次世代シークエンサーを用いた解析が広く行われている。
ヒストン修飾
DNAにヒストン蛋白質が巻きついた状態の構造をヌクレオソーム (nucleosome)といい、クロマチンの構成単位である。ヌクレオソームの4種類のヒストンのアミノ酸側鎖はさまざまな修飾を受け、クロマチン構造が変化することによって遺伝子発現が調節される。ヒストンのアミノ酸配列全体を通して修飾が認められるが、特にヒストンテールと呼ばれるヒストンのN末端に位置するリシンやアスパラギンが高頻度にアセチル化、メチル化、ユビキチン化、リン酸化およびスモイル化など多様な修飾を受ける。
活発に転写されている遺伝子のプロモーター領域では、ヒストンH3のリシン9やリシン14のアセチル化(H3K9ac, H3K14ac)や、リシン4のトリメチル化(H3K4me3)などが認められる。他方で、ヒストンH3のリシン9やリシン27のトリメチル化(H3K9me3, H3K27me3)などは発現が抑制されているプロモーター領域に認められる[14]。これらの修飾は、たがいに排他的であったりさまざまな組み合わせで存在したりするため、その多様性が遺伝子の発現を決定し、細胞特異的な構造・機能を生み出していると考えられている(ヒストンコード仮説)[15]。
脳科学とエピジェネティクス
神経活動とエピジェネティックな変化
初代培養神経細胞へのKCl投与により脱分極を誘導すると、Bdnf遺伝子のプロモーターIV領域のCpGが脱メチル化される[16][17]。脱メチル化に伴いMeCP2が解離しプロモーターIVからの転写量上昇が認められる。また、神経細胞における長期増強(LTP)の誘導は、神経伝達に関わる遺伝子のプロモーター領域におけるヒストンH3およびH4のアセチル化と関連していることが報告されている[18]。
脳神経系細胞における様々なシトシン修飾状態とその機能
メチルシトシンがten-eleven translocation (TET)蛋白質によって酸化されたヒドロキシメチルシトシン (5-hydroxymethylcytosine; 5-hmc)[19]が脳神経系細胞に豊富に含まれることが近年明らかにされた[20]。その後、TET存在下でカルボキシルシトシン(5-carboxylcytosine; 5-cac)、フォルミルシトシン (5-formylcytosine; 5-fc)が生成されることが報告されている[21]。これら多様なシトシン修飾は、分裂しない神経細胞における脱メチル化過程の中間産物であると考えられている。盛んに分裂する細胞では、維持メチラーゼの活性が抑制され、メチル化されていない細胞が増加することによる脱メチル化が見られ、passive demethylationと呼ばれている[22]。これに対し、5-hmcを介したシトシンへの脱メチル化は、active demethylationであると考えられており、哺乳類では確認されていなかった。
現在提唱されているモデルでは、5-fcから5-cacに変換された後、未同定のcarboxylaseによって再びシトシンに変換されるか、5-fcあるいは5-cacがactivation-induced cytidine deaminase (AID)やapolipoprotein B mRNA editing enzyme catalytic polypeptide (APOBEC)の作用によりチミンに変換され、thymine-DNA glycosylase (TDG)や他のDNA修復関連酵素群による塩基除去修復系によってシトシンに戻るモデルなどが提案されている[23]。また、多くのMBDは5-hmcに結合しないことがin vitroで示されてきたが、近年MeCP2が5-hmcに結合することが明らかにされ[24]、また、5-hmc結合蛋白質のスクリーニングも進みつつあり[25]、脱メチル化過程の中間産物以外の機能を持つことが示唆されている。
関連項目
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(執筆担当者:村田唯、文東美紀、岩本和也 編集担当者:加藤忠史)