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DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2014年2月13日 原稿完成日:2014年月日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
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英語名:paraphilia 独:Paraphilie 仏:paraphilie | 英語名:paraphilia 独:Paraphilie 仏:paraphilie | ||
(医学会医学用語辞典によるとparaphilliaの標準訳として性倒錯となっておりましたので、項目名を性倒錯と致しました。その他性倒錯症、性的偏移、性的倒錯、性的異常もあがっています。) | |||
{{box|text= 性倒錯とは[[wikipedia:ja:性嗜好|性嗜好]]に偏りがある状態である。[[露出障害]](Exhibitionistic Disorder)、[[フェティシズム障害]](Fetishistic Disorder)、[[窃触障害]](Frotteuristic Disorder)、[[小児性愛障害]](Pedophilic Disorder)、[[性的マゾヒズム障害]](Sexual Masochism Disorder)、[[性的サディズム障害]](Sexual Sadism Disorder)、[[異性装障害]](Transvestic Disorder)、[[窃視障害]](Voyeuristic Disorder)などがある。}} | |||
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== | ==性倒錯とは== | ||
性倒錯とは[[wikipedia:ja:性嗜好|性嗜好]]に偏りがある状態である。性嗜好とは[[wikipedia:ja:性的興奮|性的興奮]]を得るために、どのような好みを有しているかということである。英語名パラフィリアは、英語では、para(偏倚)、philos(愛)、ila(名詞を作る接尾語)を組み合わせてできたものである。[[精神疾患]]名としては従来、paraphilia が用いられてきたが、[[wikipedia:ja:米国精神医学会|米国精神医学会]]による[[DSM-5]]では「[[paraphilic disorder]]」となった。これは、性嗜好が一般的でないものを総称して「paraphilia」と呼び、さらにその中で、[[精神医学]]的関与を必要とするものを「paraphilic disorder」と呼ぶ、という考えである。 | |||
具体的病名としては、[[露出障害]](Exhibitionistic Disorder)、[[フェティシズム障害]](Fetishistic Disorder)、[[ | 具体的病名としては、[[露出障害]](Exhibitionistic Disorder)、[[フェティシズム障害]](Fetishistic Disorder)、[[窃触障害(Frotteuristic Disorder)、[[小児性愛障害]](Pedophilic Disorder)、[[性的マゾヒズム障害]](Sexual Masochism Disorder)、[[性的サディズム障害]](Sexual Sadism Disorder)、[[異性装障害]](Transvestic Disorder)、[[窃視障害]](Voyeuristic Disorder)などがある。 | ||
== パラフィリアをめぐる議論 == | == パラフィリアをめぐる議論 == | ||
人間の[[性行動]] | 人間の[[性行動]]の何をもって正常とし、何をもって異常とするかは、明確に二分できるものではなくさまざまな議論が起こりうる。これまでの議論の概略を示す。 | ||
a. [[wikipedia:ja:生殖|生殖]]に結びつかない性行動を異常とする | |||
この考え方は、生殖に結びつく性行動、すなわち[[wikipedia:ja:膣|膣]]と[[wikipedia:ja:ペニス|ペニス]]の結合のみを正常とする考え方である。 | この考え方は、生殖に結びつく性行動、すなわち[[wikipedia:ja:膣|膣]]と[[wikipedia:ja:ペニス|ペニス]]の結合のみを正常とする考え方である。 | ||
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しかし、第二次大戦後の性科学の進展により、文化によっては生殖に結びつかない性行動が異常とみなされないことや、米国人の性行動の実際が多様であることなどが明らかにされていった。また、[[wikipedia:ja:同性愛|同性愛]]をめぐる議論の高まりも加わり、生殖に結びつかないことのみをもって、異常とする考えはすたれていくこととなった。 | しかし、第二次大戦後の性科学の進展により、文化によっては生殖に結びつかない性行動が異常とみなされないことや、米国人の性行動の実際が多様であることなどが明らかにされていった。また、[[wikipedia:ja:同性愛|同性愛]]をめぐる議論の高まりも加わり、生殖に結びつかないことのみをもって、異常とする考えはすたれていくこととなった。 | ||
b. 本人に苦痛、障害があることで疾患とする | |||
1970年代から80年代の同性愛をめぐる議論の中で、本人が苦痛、障害を持っていることで、異常すなわち精神疾患とみなすという考えが生まれた。 | 1970年代から80年代の同性愛をめぐる議論の中で、本人が苦痛、障害を持っていることで、異常すなわち精神疾患とみなすという考えが生まれた。 | ||
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たとえば、1994年に出された[[DSM-IV]]([[DSM-IV-TR]]の改訂前のもの)では、パラフィリアの診断基準Bを以下のように定めている。 | たとえば、1994年に出された[[DSM-IV]]([[DSM-IV-TR]]の改訂前のもの)では、パラフィリアの診断基準Bを以下のように定めている。 | ||
基準B:行動、性的衝動、または空想は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域の機能における障害を引き起こしている。 | |||
つまり、従来とほぼ同じ異常の概念である基準Aに加えて、基準Bも満たすことで、初めて精神疾患になると規定したのである。(編集コメント:基準Aは「a. 生殖に結びつかない性行動を異常とする」でしょうか?) | |||
しかし、この診断基準は同性愛をめぐる議論と同様に、「本人が苦悩するのは、周りが異常だとレッテル張りをすることへの自然な反応ではないか」という疑問を招いた。また、同時に「性犯罪者の中には、何の苦悩も障害も抱いていないものもいるが、そういうものは除外されるのか」という批判もまた起こった。 | しかし、この診断基準は同性愛をめぐる議論と同様に、「本人が苦悩するのは、周りが異常だとレッテル張りをすることへの自然な反応ではないか」という疑問を招いた。また、同時に「性犯罪者の中には、何の苦悩も障害も抱いていないものもいるが、そういうものは除外されるのか」という批判もまた起こった。 | ||
c. 犯罪行為をもって精神疾患とする | |||
2000年に出されたDSM-IV-TRすなわちDSM-IVの改訂版において、パラフィリアのいくつかの診断基準が変更された。具体的には、小児性愛、窃視症、露出症、盗触症においては、基準Bが | 2000年に出されたDSM-IV-TRすなわちDSM-IVの改訂版において、パラフィリアのいくつかの診断基準が変更された。具体的には、小児性愛、窃視症、露出症、盗触症においては、基準Bが | ||
基準B:その人が性的衝動を行動に移している、またはその性的衝動や空想のために、著しい苦痛または対人関係上の困難が生じている。 | |||
と変更された。また、性的サディズムでも、同意していない人に対して性的衝動を行動に移せば基準Bを満たすこととなった。 | と変更された。また、性的サディズムでも、同意していない人に対して性的衝動を行動に移せば基準Bを満たすこととなった。 | ||
つまり、小児性愛、窃視症、露出症、盗触症、性的サディズム(同意してない相手に対して)では行動に移せば、それぞれ精神疾患として診断が下される。いっぽうで、フェティシズム、性的マゾヒズム、服装倒錯的フェティシズムなどでは、たとえ行動に移しても、本人に苦悩や障害がない限りは精神疾患とはみなされない。この基準はDSM-5にも引き継がれている。 | |||
このことは、小児性愛、窃視症、露出症、盗触症、性的サディズムでは行動化がすなわち性犯罪になるのに対し、フェティシズム、性的マゾヒズム、[[服装倒錯的フェティシズム]]では行動化しても、性犯罪にはならないという理由もあるからである。 | |||
以上、多様な性行動の何をもって精神疾患とするか、ということについての議論の概略を示した。パラフィリア概念は現在もなお、揺れ動きつづけているものといえよう。 | 以上、多様な性行動の何をもって精神疾患とするか、ということについての議論の概略を示した。パラフィリア概念は現在もなお、揺れ動きつづけているものといえよう。 | ||
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===露出障害=== | ===露出障害=== | ||
露出障害とは、見知らぬ人に自分の[[wikipedia:ja:性器|性器]] | 露出障害とは、見知らぬ人に自分の[[wikipedia:ja:性器|性器]]を露出することに強い性嗜好を有する障害である。 | ||
露出行為の最中、露出を計画しているとき、露出を想像しているとき、露出行為後に思い出しているときなどに[[wikipedia:ja:マスターベーション|マスターベーション]]を行う。通常は、露出行為を行う相手に対して、それ以上の性的関係は求めない。露出行為の相手が驚いたりショックを受けたりすることや、相手から笑われたり怒られたりすることも、性的興奮の刺激材料となる。露出が犯罪行為であるとの自覚はあるが、逮捕の危険性も逆にスリル感として、性的興奮の刺激材料になる。 | 露出行為の最中、露出を計画しているとき、露出を想像しているとき、露出行為後に思い出しているときなどに[[wikipedia:ja:マスターベーション|マスターベーション]]を行う。通常は、露出行為を行う相手に対して、それ以上の性的関係は求めない。露出行為の相手が驚いたりショックを受けたりすることや、相手から笑われたり怒られたりすることも、性的興奮の刺激材料となる。露出が犯罪行為であるとの自覚はあるが、逮捕の危険性も逆にスリル感として、性的興奮の刺激材料になる。 | ||
女性による露出行為や、男性を対象とした露出行為の報告もいくつか見られるが、知られている大多数の露出行為は男性が女性に対して行っている。このことは、多くの露出症が男性から女性に行われることの反映とも思われるが、女性が男性に、あるいは男性が男性に露出行為を行っても、通報されたりはせず、性犯罪として表面化しにくいという理由も考えられる。 | |||
===フェティシズム障害=== | ===フェティシズム障害=== | ||
フェティシズム障害とは、生命のない物体(フェティッシュ fetish)や人体の一部に対してだけ強い性嗜好を有することを意味する。 | フェティシズム障害とは、生命のない物体(フェティッシュ fetish)や人体の一部に対してだけ強い性嗜好を有することを意味する。 | ||
Fetishとは、ポルトガル語のfeticoから来ており、feticoとは超自然の霊を具現し、魔力を有するお守り、魔よけといった意味である。フェティシズムの対象としては、女性のパンティー、ブラジャー、ストッキング、靴、ブーツなどの身につけるものの場合が多い。また、革、ゴム、エナメルなどの素材が対象となることもある。 | |||
フェティシズムの人は、対象物を手に取ったり、体にこすりつけたり、身にまとったり、臭いをかいだりしながらマスターベーションを行う。あるいは性的行為のときに相手にその対象物を身につけるように頼むこともある。 | フェティシズムの人は、対象物を手に取ったり、体にこすりつけたり、身にまとったり、臭いをかいだりしながらマスターベーションを行う。あるいは性的行為のときに相手にその対象物を身につけるように頼むこともある。 | ||
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===窃触障害=== | ===窃触障害=== | ||
狭義の意味においては、[[窃触症]](toucherism)は見知らぬ人物の股間や乳房等の身体に触れることに強い性嗜好を有することを意味し、[[摩擦症]] | 狭義の意味においては、[[窃触症]](toucherism)は見知らぬ人物の股間や乳房等の身体に触れることに強い性嗜好を有することを意味し、[[摩擦症]](frotteurism)は見知らぬ人物に性器をこすりつけることに強い性嗜好を有することを意味する。 | ||
しかし、一般的にはこの両者は特に区別されずに用いられることも多く、[[DSM-5]]においても「窃触障害(frotteuristic disorder)」として、両者を含んだ疾患単位となっている。 | しかし、一般的にはこの両者は特に区別されずに用いられることも多く、[[DSM-5]]においても「窃触障害(frotteuristic disorder)」として、両者を含んだ疾患単位となっている。 | ||
窃触症が実際に行動化される場所には、混雑した電車やバス、映画館、本屋や図書館などがある。混雑していて触りやすい、触っているのが誰だか特定されにくい、被害者の抵抗が困難、逃げやすい、あらかじめターゲットとなる相手を探しやすい、などの理由で上記の場所が好まれる。 | |||
具体的行動としては、手のひらで触ったり、性器をこすりつけたりするのが典型的だが、ひじやひざや大腿などを用いての窃触を行う者もいる。たまたま近くにいた相手に窃触する場合もあるが、あらかじめターゲットとなる相手を探しておき、接近するものもいる。原則的には見知らぬ相手が対象となるが、電車内痴漢行為では、繰り返し同じ相手が対象となることもある。窃触行為の最中に射精するものもいれば、行為の前後に想像したり思い出しながらマスターベーションを行うものもいる。電車内痴漢行為における射精は、自分の下着の中にするもの、あらかじめコンドームを装着しておいて射精するもの、女性の衣服に対してするものなどがいる。また、窃触行為の最中に射精するのではなく、あらかじめ精液をこびん等に入れておき、窃触を行いながら、相手の衣服等に精液をかけるものもいる。 | 具体的行動としては、手のひらで触ったり、性器をこすりつけたりするのが典型的だが、ひじやひざや大腿などを用いての窃触を行う者もいる。たまたま近くにいた相手に窃触する場合もあるが、あらかじめターゲットとなる相手を探しておき、接近するものもいる。原則的には見知らぬ相手が対象となるが、電車内痴漢行為では、繰り返し同じ相手が対象となることもある。窃触行為の最中に射精するものもいれば、行為の前後に想像したり思い出しながらマスターベーションを行うものもいる。電車内痴漢行為における射精は、自分の下着の中にするもの、あらかじめコンドームを装着しておいて射精するもの、女性の衣服に対してするものなどがいる。また、窃触行為の最中に射精するのではなく、あらかじめ精液をこびん等に入れておき、窃触を行いながら、相手の衣服等に精液をかけるものもいる。 | ||
また、近年ではインターネットの痴漢関連のサイトを読み、性的に興奮したり、他の窃触行為のやり方を覚えたり、自己の空想や経験を掲示板に書き込むものもいる。あるいは、インターネットの掲示板や出会い系サイトで知り合った女性と同意の上で痴漢行為を行うものや、知り合った男性複数が集団となり痴漢行為を行い場合もある。 | |||
窃触障害が他の性倒錯障害を伴うことは、外国の文献では高い率で認められる。しかし、これは日本では異なると筆者は考える。電車内痴漢行為を主訴とするものの場合は、他の性倒錯障害を伴うことは少ないという印象を持つ。いいかえるならば、日本では他のパラフィリア障害は伴わず、もっぱら電車内痴漢行為のみを行うものがいるということである。 | |||
===小児性愛障害=== | ===小児性愛障害=== | ||
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マゾヒズム的性衝動が自分ひとりで行動化される場合は、自分を縛ったり、自分に針を刺したり、自分に電気ショックを与えたりする。相手と一緒に行われる場合には、拘束、目隠し、叩かれる、むちで打たれる、殴られる、切られる、電気ショック、針を突き刺される、尿をかけられる、四つんばいになり犬として扱われる、などがある。強制的に異性の服を着させられたり、幼児のように扱われたりして、辱められる場合もある。 | マゾヒズム的性衝動が自分ひとりで行動化される場合は、自分を縛ったり、自分に針を刺したり、自分に電気ショックを与えたりする。相手と一緒に行われる場合には、拘束、目隠し、叩かれる、むちで打たれる、殴られる、切られる、電気ショック、針を突き刺される、尿をかけられる、四つんばいになり犬として扱われる、などがある。強制的に異性の服を着させられたり、幼児のように扱われたりして、辱められる場合もある。 | ||
性的サディズムの中で危険なものとして、Asphyxiophilia([[窒息性愛症]])というものがある。これは首をしめたり、首をつったり、のどに詰め物をしたりなどして、脳を低酸素状態にすることで性的な興奮を得るものである。 | |||
===性的サディズム障害=== | ===性的サディズム障害=== | ||
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===窃視障害=== | ===窃視障害=== | ||
通常は見知らぬ、警戒してない人の裸、衣服を脱ぐ行為、性行為を見ることに強い性嗜好を有することを意味する。日本語では、のぞき見、出歯亀などとよばれ、英語では、peepers、inspectionalism、mixoscopiaなどともよばれる。 | |||
のぞき見の最中、あるいはのぞき見を計画しているとき、のぞき見を想像しているとき、のぞき見後に思い出しているときなどにマスターベーションを行う。自分がのぞき見をした人と性的関係を持ちたいと空想することもあるが、実際にそうなるのはまれである。のぞきを行う場所としては、窓、トイレの壁の上下、ドアについている郵便ポストの穴などがある。トイレでのぞくものは、相手の性器や臀部ではなく、小便や大便の排泄を見て性的興奮を得る場合もある。 | のぞき見の最中、あるいはのぞき見を計画しているとき、のぞき見を想像しているとき、のぞき見後に思い出しているときなどにマスターベーションを行う。自分がのぞき見をした人と性的関係を持ちたいと空想することもあるが、実際にそうなるのはまれである。のぞきを行う場所としては、窓、トイレの壁の上下、ドアについている郵便ポストの穴などがある。トイレでのぞくものは、相手の性器や臀部ではなく、小便や大便の排泄を見て性的興奮を得る場合もある。 | ||
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==治療== | ==治療== | ||
==病態== | |||
==疫学== | ==疫学== | ||
==関連項目== | |||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
2014年2月16日 (日) 00:02時点における版
針間 克己
はりまメンタルクリニック
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2014年2月13日 原稿完成日:2014年月日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:paraphilia 独:Paraphilie 仏:paraphilie
(医学会医学用語辞典によるとparaphilliaの標準訳として性倒錯となっておりましたので、項目名を性倒錯と致しました。その他性倒錯症、性的偏移、性的倒錯、性的異常もあがっています。)
性倒錯とは性嗜好に偏りがある状態である。露出障害(Exhibitionistic Disorder)、フェティシズム障害(Fetishistic Disorder)、窃触障害(Frotteuristic Disorder)、小児性愛障害(Pedophilic Disorder)、性的マゾヒズム障害(Sexual Masochism Disorder)、性的サディズム障害(Sexual Sadism Disorder)、異性装障害(Transvestic Disorder)、窃視障害(Voyeuristic Disorder)などがある。
(抄録をご完成ください)
性倒錯とは
性倒錯とは性嗜好に偏りがある状態である。性嗜好とは性的興奮を得るために、どのような好みを有しているかということである。英語名パラフィリアは、英語では、para(偏倚)、philos(愛)、ila(名詞を作る接尾語)を組み合わせてできたものである。精神疾患名としては従来、paraphilia が用いられてきたが、米国精神医学会によるDSM-5では「paraphilic disorder」となった。これは、性嗜好が一般的でないものを総称して「paraphilia」と呼び、さらにその中で、精神医学的関与を必要とするものを「paraphilic disorder」と呼ぶ、という考えである。
具体的病名としては、露出障害(Exhibitionistic Disorder)、フェティシズム障害(Fetishistic Disorder)、[[窃触障害(Frotteuristic Disorder)、小児性愛障害(Pedophilic Disorder)、性的マゾヒズム障害(Sexual Masochism Disorder)、性的サディズム障害(Sexual Sadism Disorder)、異性装障害(Transvestic Disorder)、窃視障害(Voyeuristic Disorder)などがある。
パラフィリアをめぐる議論
人間の性行動の何をもって正常とし、何をもって異常とするかは、明確に二分できるものではなくさまざまな議論が起こりうる。これまでの議論の概略を示す。
a. 生殖に結びつかない性行動を異常とする
この考え方は、生殖に結びつく性行動、すなわち膣とペニスの結合のみを正常とする考え方である。
しかし、第二次大戦後の性科学の進展により、文化によっては生殖に結びつかない性行動が異常とみなされないことや、米国人の性行動の実際が多様であることなどが明らかにされていった。また、同性愛をめぐる議論の高まりも加わり、生殖に結びつかないことのみをもって、異常とする考えはすたれていくこととなった。
b. 本人に苦痛、障害があることで疾患とする
1970年代から80年代の同性愛をめぐる議論の中で、本人が苦痛、障害を持っていることで、異常すなわち精神疾患とみなすという考えが生まれた。
たとえば、1994年に出されたDSM-IV(DSM-IV-TRの改訂前のもの)では、パラフィリアの診断基準Bを以下のように定めている。
基準B:行動、性的衝動、または空想は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域の機能における障害を引き起こしている。
つまり、従来とほぼ同じ異常の概念である基準Aに加えて、基準Bも満たすことで、初めて精神疾患になると規定したのである。(編集コメント:基準Aは「a. 生殖に結びつかない性行動を異常とする」でしょうか?)
しかし、この診断基準は同性愛をめぐる議論と同様に、「本人が苦悩するのは、周りが異常だとレッテル張りをすることへの自然な反応ではないか」という疑問を招いた。また、同時に「性犯罪者の中には、何の苦悩も障害も抱いていないものもいるが、そういうものは除外されるのか」という批判もまた起こった。
c. 犯罪行為をもって精神疾患とする
2000年に出されたDSM-IV-TRすなわちDSM-IVの改訂版において、パラフィリアのいくつかの診断基準が変更された。具体的には、小児性愛、窃視症、露出症、盗触症においては、基準Bが
基準B:その人が性的衝動を行動に移している、またはその性的衝動や空想のために、著しい苦痛または対人関係上の困難が生じている。
と変更された。また、性的サディズムでも、同意していない人に対して性的衝動を行動に移せば基準Bを満たすこととなった。
つまり、小児性愛、窃視症、露出症、盗触症、性的サディズム(同意してない相手に対して)では行動に移せば、それぞれ精神疾患として診断が下される。いっぽうで、フェティシズム、性的マゾヒズム、服装倒錯的フェティシズムなどでは、たとえ行動に移しても、本人に苦悩や障害がない限りは精神疾患とはみなされない。この基準はDSM-5にも引き継がれている。
このことは、小児性愛、窃視症、露出症、盗触症、性的サディズムでは行動化がすなわち性犯罪になるのに対し、フェティシズム、性的マゾヒズム、服装倒錯的フェティシズムでは行動化しても、性犯罪にはならないという理由もあるからである。
以上、多様な性行動の何をもって精神疾患とするか、ということについての議論の概略を示した。パラフィリア概念は現在もなお、揺れ動きつづけているものといえよう。
パラフィリア各論
露出障害
露出障害とは、見知らぬ人に自分の性器を露出することに強い性嗜好を有する障害である。
露出行為の最中、露出を計画しているとき、露出を想像しているとき、露出行為後に思い出しているときなどにマスターベーションを行う。通常は、露出行為を行う相手に対して、それ以上の性的関係は求めない。露出行為の相手が驚いたりショックを受けたりすることや、相手から笑われたり怒られたりすることも、性的興奮の刺激材料となる。露出が犯罪行為であるとの自覚はあるが、逮捕の危険性も逆にスリル感として、性的興奮の刺激材料になる。
女性による露出行為や、男性を対象とした露出行為の報告もいくつか見られるが、知られている大多数の露出行為は男性が女性に対して行っている。このことは、多くの露出症が男性から女性に行われることの反映とも思われるが、女性が男性に、あるいは男性が男性に露出行為を行っても、通報されたりはせず、性犯罪として表面化しにくいという理由も考えられる。
フェティシズム障害
フェティシズム障害とは、生命のない物体(フェティッシュ fetish)や人体の一部に対してだけ強い性嗜好を有することを意味する。
Fetishとは、ポルトガル語のfeticoから来ており、feticoとは超自然の霊を具現し、魔力を有するお守り、魔よけといった意味である。フェティシズムの対象としては、女性のパンティー、ブラジャー、ストッキング、靴、ブーツなどの身につけるものの場合が多い。また、革、ゴム、エナメルなどの素材が対象となることもある。
フェティシズムの人は、対象物を手に取ったり、体にこすりつけたり、身にまとったり、臭いをかいだりしながらマスターベーションを行う。あるいは性的行為のときに相手にその対象物を身につけるように頼むこともある。
フェティシズムの人は、その対象物を収集することが多い。現代日本では、通信販売、中古ブルセラショップ、インターネット等で入手されるようである。いわゆる「下着ドロ」で、干された洗濯物を盗むものもいる。ゴミをあさることで収集するケースもある。
窃触障害
狭義の意味においては、窃触症(toucherism)は見知らぬ人物の股間や乳房等の身体に触れることに強い性嗜好を有することを意味し、摩擦症(frotteurism)は見知らぬ人物に性器をこすりつけることに強い性嗜好を有することを意味する。
しかし、一般的にはこの両者は特に区別されずに用いられることも多く、DSM-5においても「窃触障害(frotteuristic disorder)」として、両者を含んだ疾患単位となっている。
窃触症が実際に行動化される場所には、混雑した電車やバス、映画館、本屋や図書館などがある。混雑していて触りやすい、触っているのが誰だか特定されにくい、被害者の抵抗が困難、逃げやすい、あらかじめターゲットとなる相手を探しやすい、などの理由で上記の場所が好まれる。
具体的行動としては、手のひらで触ったり、性器をこすりつけたりするのが典型的だが、ひじやひざや大腿などを用いての窃触を行う者もいる。たまたま近くにいた相手に窃触する場合もあるが、あらかじめターゲットとなる相手を探しておき、接近するものもいる。原則的には見知らぬ相手が対象となるが、電車内痴漢行為では、繰り返し同じ相手が対象となることもある。窃触行為の最中に射精するものもいれば、行為の前後に想像したり思い出しながらマスターベーションを行うものもいる。電車内痴漢行為における射精は、自分の下着の中にするもの、あらかじめコンドームを装着しておいて射精するもの、女性の衣服に対してするものなどがいる。また、窃触行為の最中に射精するのではなく、あらかじめ精液をこびん等に入れておき、窃触を行いながら、相手の衣服等に精液をかけるものもいる。
また、近年ではインターネットの痴漢関連のサイトを読み、性的に興奮したり、他の窃触行為のやり方を覚えたり、自己の空想や経験を掲示板に書き込むものもいる。あるいは、インターネットの掲示板や出会い系サイトで知り合った女性と同意の上で痴漢行為を行うものや、知り合った男性複数が集団となり痴漢行為を行い場合もある。
窃触障害が他の性倒錯障害を伴うことは、外国の文献では高い率で認められる。しかし、これは日本では異なると筆者は考える。電車内痴漢行為を主訴とするものの場合は、他の性倒錯障害を伴うことは少ないという印象を持つ。いいかえるならば、日本では他のパラフィリア障害は伴わず、もっぱら電車内痴漢行為のみを行うものがいるということである。
小児性愛障害
思春期前の子供に対して性嗜好を有することを意味する。
小児性愛障害が行動化される場合は、子供の服を脱がせ裸を見たり、自分の性器を露出させたり、マスターベーションを見せたりする場合もある。さらに、子供の体を触ったり、フェラチオさせたり、クンニリングスをしたり、指や異物やペニスなどを、子供の膣、口、肛門に挿入したり、挿入しようとする場合もある。
小児性愛障害を有するものは、そのことに苦悩や罪悪感を持たず、「教育的価値がある」「子供のほうも性的に喜んでいる」などと、自分自身を納得させている場合もある。
小児性愛傷害の対象は男児のみ、女児のみ、男女児両方の場合がある。自分自身の子供や親戚が対象となることもあるし、まったくの他人を犠牲にすることもある。
性的マゾヒズム障害
苦痛を受けることへ強い性嗜好を有することを意味する。
マゾヒズム的性衝動が自分ひとりで行動化される場合は、自分を縛ったり、自分に針を刺したり、自分に電気ショックを与えたりする。相手と一緒に行われる場合には、拘束、目隠し、叩かれる、むちで打たれる、殴られる、切られる、電気ショック、針を突き刺される、尿をかけられる、四つんばいになり犬として扱われる、などがある。強制的に異性の服を着させられたり、幼児のように扱われたりして、辱められる場合もある。
性的サディズムの中で危険なものとして、Asphyxiophilia(窒息性愛症)というものがある。これは首をしめたり、首をつったり、のどに詰め物をしたりなどして、脳を低酸素状態にすることで性的な興奮を得るものである。
性的サディズム障害
性的サディズム障害(Sexual Sadism Disorder)とは、苦痛を与えることへ強い性嗜好を有することを意味する。
苦痛を与える対象は同意している場合もあれば同意していない場合もある。与える苦痛には精神的苦痛と身体的苦痛がある。具体的には、四つんばいにして這わす、檻に閉じ込める、拘束、目隠し、叩く、鞭打ち、火傷をさせる、電気ショック、切る、刺す、首を絞める、強姦、拷問、切断、殺すなどである。
性的サディズム障害は慢性的であることが多く、対象が同意してない場合は、逮捕されるまで繰り返されることがある。性的サディズムが重症であったり、反社会性人格障害を合併している場合には、犠牲者をひどく傷つけたり、殺したりする。
異性装障害
異性装に強い性嗜好を有することを意味する。異性装障害は、フェティシズム的動機だけでなく、自己を女性だと想像することで性的に興奮する自己女性化性愛(Autogynephilia)による場合もある。
窃視障害
通常は見知らぬ、警戒してない人の裸、衣服を脱ぐ行為、性行為を見ることに強い性嗜好を有することを意味する。日本語では、のぞき見、出歯亀などとよばれ、英語では、peepers、inspectionalism、mixoscopiaなどともよばれる。
のぞき見の最中、あるいはのぞき見を計画しているとき、のぞき見を想像しているとき、のぞき見後に思い出しているときなどにマスターベーションを行う。自分がのぞき見をした人と性的関係を持ちたいと空想することもあるが、実際にそうなるのはまれである。のぞきを行う場所としては、窓、トイレの壁の上下、ドアについている郵便ポストの穴などがある。トイレでのぞくものは、相手の性器や臀部ではなく、小便や大便の排泄を見て性的興奮を得る場合もある。
また、現代では、窃視症は盗撮という形で、臨床や司法の場において問題にされることが多い。盗撮では、自ら撮影したり、隠しカメラという形で設置しておいたり、他者(知人の女性など)に頼み撮影したりする。撮影の最中や、撮影を計画しているとき、再生したビデオや現像した写真を見るときなどに性的興奮を得る。自ら撮影したものだけでなく、他者が撮影したビデオや写真等を見ることで興奮する場合もある。また、盗撮では、撮影の対象が性的行為や裸や着替えという状態になく、通常の衣服を着用している場合でも性的興奮を得るものもいる。あるいは、フェティシズムや部分性愛を伴うものにおいては、靴やかかとなどの撮影で性的興奮を得ることもある。
その他
その他に、電話をしてみだらなことをいうことに性嗜好を有す「電話わいせつ」(telephone scatologia)、死体との性交に性嗜好を有す「死体愛」(necrophilia)、動物との性交に性嗜好を有す「獣愛」(zoophilia)、糞便に性嗜好を有す「糞便愛」(coprophilia)、浣腸に性嗜好を有す「浣腸愛」(klismaphilia)、小便に性嗜好を有す「小便愛」(urophilia)などがある。