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英語名  Cajal-Retzius Cells
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<font size="+1">[http://researchmap.jp/nomurahana 野村 真]</font><br>
''京都府立医科大学 教養部生物学教室・大学院神経発生生物学/JSTさきがけ''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年3月27日 原稿完成日:2012年7月8日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br>
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胎生期の哺乳類大脳皮質の辺縁層(第 I 層)に存在する神経細胞の一種。 軟膜面に対し放射状に広がった樹上突起と、水平方向に伸張した軸索を形態的特徴として持つ。大脳皮質神経細胞の移動と層形成に必須の分子であるリーリン (Reelin) を分泌する細胞として、大脳皮質の発生に極めて重要な役割を果たす。
英語名  Cajal-Retzius Cells


【歴史】
{{box|text=
19世紀末にスウェーデンの神経形態学者レチウス(Gustaf Retzius)、スペインのカハール (Ramon y Cajal)らにより、ヒト胎児および新生児大脳皮質辺縁層を構成する神経細胞として同定された。比較解剖学的知見により、同様の神経細胞は哺乳類大脳皮質に共通して存在することが明らかとなっている。レチウスとカハールの同定した細胞は厳密には同一ではないが、両者の細胞に共通した形態的特徴を持ち、特に後述するリーリンを発現する大脳皮質辺縁層の細胞群を一般的にカハールレチウス細胞と呼んでいる1。
 [[wikipedia:JA:胎生期|胎生期]]の[[wikipedia:JA:哺乳類|哺乳類]][[大脳皮質]]の[[辺縁層]](第 I 層)に存在する[[神経細胞]]の一種。 [[軟膜]]面に対し放射状に広がった[[樹状突起]]と、水平方向に伸張した[[軸索]]を形態的特徴として持つ。大脳皮質神経細胞の移動と[[層形成]]に必須の分子である[[リーリン]] (reelin) を分泌する細胞として、大脳皮質の発生に極めて重要な役割を果たす。
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【発生学的役割】
[[Image:カハールレチウス細胞.jpg|thumb|300px|'''図 [[ゴルジ染色]]によるカハールレチウス細胞の形態'''<br>文献<ref name=ref1><pubmed>10600995</pubmed></ref>を基に筆者描画]]
細胞外分泌分子であるリーリンタンパク質を発現することにより、大脳皮質の神経細胞の移動と層構造の形成に重要な役割を果たす2,3。実験的にカハールレチウス細胞を除去したマウスでは、大脳皮質の一部の領域で層特異的神経細胞の配置に異常が生じる4。またカハールレチウス細胞はグルタミン酸受容体とGABA受容体の両方を発現している。特に、視床および介在神経細胞からの GABA を介した線維入力は、カハールレチウス細胞と他の第I層の神経細胞の同期的発火に重要な役割を果たす5。


【発生学的起源と分化機構】
== 歴史 ==
カハールレチウス細胞は、胎生期大脳皮質原基において最も早く分化する神経細胞の1つである。その出現は一過的であり、生後の大脳皮質においては、細胞死によって数が著しく減少する。大脳皮質の発生初期において、カハールレチウス細胞は同時期に分化する他の神経細胞とともに、プレプレートと呼ばれる神経層を形成する。このプレプレートは、いわゆる皮質板を構成する神経細胞が侵入することによって、カハールレチウス細胞を含む辺縁層とサブプレートの2つの層に分かれる6。カハールレチウス細胞の産生される場所については、ヒト胎児の組織学的観察により嗅皮質周辺部 (retrobulber area)がその発生起源として示唆されてきた。一方、近年分子遺伝学的な手法を用いた細胞標識解析によって、胎生期終脳原基の内側周辺部 (cortical hem)、腹側外套 (ventral pallium) および中隔野 (septum)といった、大脳皮質原基以外の領域からカハールレチウス細胞が発生し、大脳皮質へと移動することが明らかとなっている4,7,8。カハールレチウス細胞には、リーリンの他、カルレチニン (Calretinin)、 カルバインディン (Calbindin)といったカルシウム結合タンパク、細胞周期調節因子であるp73、転写因子をコードするTbr1、Emx1、 Lhx6といった遺伝子が発現しており、これらの分子の発現と発生起源との相違から、カハールレチウス細胞は幾つかのサブタイプに分類されている9。実際に、p73、Tbr1、Emx1はカハールレチウス細胞の発生に必須の機能を果たしていることが、遺伝子機能破壊マウスの解析から明らかとなっている。またフォークヘッドファミリーに属する転写因子であるFoxG1 は、大脳皮質の神経上皮細胞からカハールレチウス細胞が分化することを抑制しており、 FoxG1変異マウスでは皮質のすべての神経細胞がカハールレチウス細胞として分化する10。さらに軟膜から分泌されるタンパク質であるSDF1、およびその受容体であるCXCR7は、カハールレチウス細胞の辺縁層への局在に必須の役割を果たしている11。
 19世紀末に[[wikipedia:JA:スウェーデン|スウェーデン]]の神経形態学者[[wikipedia:Gustaf Retzius|レチウス]](Gustaf Retzius)、[[wikipedia:JA:スペイン|スペイン]]の[[wikipedia:Ramon y Cajal|カハール]] (Ramon y Cajal)らにより、ヒト胎児および新生児大脳皮質辺縁層を構成する神経細胞として同定された。比較解剖学的知見により、同様の神経細胞は哺乳類大脳皮質に共通して存在することが明らかとなっている。レチウスとカハールの同定した細胞は厳密には同一ではないが、両者の細胞に共通した形態的特徴を持ち、特に後述するリーリンを発現する大脳皮質辺縁層の細胞群を一般的にカハールレチウス細胞と呼んでいる<ref name=ref1><pubmed>10600995</pubmed></ref>。


【大脳皮質進化とカハールレチウス細胞 】
== 発生学的役割 ==
哺乳類のカハールレチウス細胞と相同と考えられる細胞は、爬虫類や鳥類の終脳背側領域にも存在する。しかしながらその数は哺乳類大脳皮質と比較して著しく少ない。こうした知見から、リーリンを分泌するカハールレチウス細胞の増加が、6層構造を発達、インサイドーアウト様式で発生する哺乳類大脳皮質の進化に大きく貢献した可能性が提唱されている12,13。また近年、non-coding RNA遺伝子である HAR1が、ヒト胎生期大脳皮質のカハールレチウス細胞に特異的に発現していることが報告されている14。HAR1は、特にヒトの系統で高度に塩基配列置換が確認されるゲノム領域 (Human accelerated region) に含まれる遺伝子の1つであり、ヒト大脳皮質の進化との関連が示唆されている。
 細胞外分泌分子であるリーリンタンパク質を発現することにより、大脳皮質の神経細胞の移動と層構造の形成に重要な役割を果たす<ref><pubmed>7748558</pubmed></ref> <ref><pubmed>7715726</pubmed></ref>。実験的にカハールレチウス細胞を除去した[[wikipedia:JA:マウス|マウス]]では、大脳皮質の一部の領域で層特異的神経細胞の配置に異常が生じる<ref name=ref4><pubmed>16410414</pubmed></ref>。またカハールレチウス細胞は[[グルタミン酸受容体]]と[[GABA受容体]]の両方を発現している。特に、[[視床]]および[[介在神経細胞]]からの[[GABA]]を介した線維入力は、カハールレチウス細胞と他の第I層の神経細胞の同期的発火に重要な役割を果たす<ref><pubmed>12867512</pubmed></ref>。


参考文献
== 発生学的起源と分化機構 ==


1 Meyer, G., Goffinet, A. M. & Fairen, A. What is a Cajal-Retzius cell? A reassessment of a classical cell type based on recent observations in the developing neocortex. Cereb Cortex 9, 765-775 (1999).
 カハールレチウス細胞は、胎生期[[大脳皮質原基]]において最も早く[[細胞分化|分化]]する神経細胞の1つである。その出現は一過的であり、生後の大脳皮質においては、[[細胞死]]によって数が著しく減少する。大脳皮質の発生初期において、カハールレチウス細胞は同時期に分化する他の神経細胞とともに、[[プレプレート]]と呼ばれる神経層を形成する。このプレプレートは、いわゆる皮質板を構成する神経細胞が侵入することによって、カハールレチウス細胞を含む辺縁層と[[サブプレート]]の2つの層に分かれる<ref><pubmed>9498301</pubmed></ref>。カハールレチウス細胞の産生される場所については、ヒト胎児の組織学的観察により[[嗅皮質周辺部]] (retrobulber area)がその発生起源として示唆されてきた。一方、近年分子遺伝学的な手法を用いた細胞標識解析によって、胎生期終脳原基の内側周辺部 (cortical hem)、[[腹側外套]] (ventral pallium) および[[中隔野]] (septum)といった、大脳皮質原基以外の領域からカハールレチウス細胞が発生し、大脳皮質へと移動することが明らかとなっている<ref name=ref4><pubmed>16410414</pubmed></ref> <ref><pubmed>14999079</pubmed></ref> <ref><pubmed>16041369</pubmed></ref>。
2 Ogawa, M. et al. The reeler gene-associated antigen on Cajal-Retzius neurons is a crucial molecule for laminar organization of cortical neurons. Neuron 14, 899-912, doi:0896-6273(95)90329-1 [pii] (1995).
 
3 D'Arcangelo, G. et al. A protein related to extracellular matrix proteins deleted in the mouse mutant reeler. Nature 374, 719-723, doi:10.1038/374719a0 (1995).
 カハールレチウス細胞には、リーリンの他、[[カルレチニン]] (calretinin)、 [[カルビンディン]] (calbindin)といったカルシウム結合タンパク、[[wikipedia:JA:細胞周期|細胞周期]]調節因子である[[wikipedia:p73|p73]]、[[wikipedia:JA:転写因子|転写因子]]をコードする[[wikipedia:TBR1|Tbr1]]、[[wikipedia:EMX1|Emx1]]、[[wikipedia:LHX6|Lhx6]]といった遺伝子が発現しており、これらの分子の発現と発生起源との相違から、カハールレチウス細胞は幾つかのサブタイプに分類されている<ref><pubmed>12644247</pubmed></ref>。実際に、p73、Tbr1、Emx1はカハールレチウス細胞の発生に必須の機能を果たしていることが、遺伝子機能破壊マウスの解析から明らかとなっている。また[[wikipedia:JA:フォークヘッドファミリー|フォークヘッドファミリー]]に属する転写因子である[[wikipedia:FOXG1|FoxG1]] は、大脳皮質の神経上皮細胞からカハールレチウス細胞が分化することを抑制しており、 FoxG1変異マウスでは皮質のすべての神経細胞がカハールレチウス細胞として分化する<ref><pubmed>14704420</pubmed></ref>。さらに軟膜から分泌されるタンパク質である[[wikipedia:Stromal cell-derived factor-1|SDF1]]、およびその受容体である[[wikipedia:CXCR7|CXCR7]]は、カハールレチウス細胞の辺縁層への局在に必須の役割を果たしている<ref><pubmed>16964252</pubmed></ref>。
4 Yoshida, M., Assimacopoulos, S., Jones, K. R. & Grove, E. A. Massive loss of Cajal-Retzius cells does not disrupt neocortical layer order. Development 133, 537-545, doi:133/3/537 [pii]
 
10.1242/dev.02209 (2006).
== 大脳皮質進化とカハールレチウス細胞 ==
5 Soda, T. et al. Segregation and coactivation of developing neocortical layer 1 neurons. J Neurosci 23, 6272-6279, doi:23/15/6272 [pii] (2003).
6 Marin-Padilla, M. Cajal-Retzius cells and the development of the neocortex. Trends Neurosci 21, 64-71, doi:S0166-2236(97)01164-8 [pii] (1998).
 哺乳類のカハールレチウス細胞と相同と考えられる細胞は、[[wikipedia:JA:爬虫類|爬虫類]]や[[wikipedia:JA:鳥類|鳥類]]の[[終脳]]背側領域にも存在する。しかしながらその数は哺乳類大脳皮質と比較して著しく少ない。こうした知見から、リーリンを分泌するカハールレチウス細胞の増加が、6層構造を発達させ、インサイドーアウト様式で発生する哺乳類大脳皮質の進化に大きく貢献した可能性が提唱されている<ref><pubmed>11137154</pubmed></ref> <ref><pubmed>18197264</pubmed></ref>。また近年、[[wikipedia:non-coding RNA|non-coding RNA]]遺伝子である [[wikipedia:HAR1|HAR1]]が、ヒト胎生期大脳皮質のカハールレチウス細胞に特異的に発現していることが報告されている<ref><pubmed>16915236</pubmed></ref>。HAR1は、特にヒトの系統で高度に塩基配列置換が確認されるゲノム領域 ([[wikipedia:Human accelerated region|Human accelerated region]]) に含まれる遺伝子の1つであり、ヒト大脳皮質の進化との関連が示唆されている。
7 Takiguchi-Hayashi, K. et al. Generation of reelin-positive marginal zone cells from the caudomedial wall of telencephalic vesicles. J Neurosci 24, 2286-2295, doi:10.1523/JNEUROSCI.4671-03.2004
 
24/9/2286 [pii] (2004).
== 重要な関連語 ==
8 Bielle, F. et al. Multiple origins of Cajal-Retzius cells at the borders of the developing pallium. Nat Neurosci 8, 1002-1012, doi:nn1511 [pii]
 
10.1038/nn1511 (2005).
* [[リーリン]]
9 Hevner, R. F., Neogi, T., Englund, C., Daza, R. A. & Fink, A. Cajal-Retzius cells in the mouse: transcription factors, neurotransmitters, and birthdays suggest a pallial origin. Brain Res Dev Brain Res 141, 39-53, doi:S0165380602006417 [pii] (2003).
* [[プレプレート]]
10 Hanashima, C., Li, S. C., Shen, L., Lai, E. & Fishell, G. Foxg1 suppresses early cortical cell fate. Science 303, 56-59, doi:10.1126/science.1090674
 
303/5654/56 [pii] (2004).
== 参考文献 ==
11 Borrell, V. & Marin, O. Meninges control tangential migration of hem-derived Cajal-Retzius cells via CXCL12/CXCR4 signaling. Nat Neurosci 9, 1284-1293, doi:nn1764 [pii]
 
10.1038/nn1764 (2006).
<references />
12 Bar, I., Lambert de Rouvroit, C. & Goffinet, A. M. The evolution of cortical development. An hypothesis based on the role of the Reelin signaling pathway. Trends Neurosci 23, 633-638, doi:S0166-2236(00)01675-1 [pii] (2000).
13 Nomura, T., Takahashi, M., Hara, Y. & Osumi, N. Patterns of neurogenesis and amplitude of Reelin expression are essential for making a mammalian-type cortex. PLoS ONE [Electronic Resource] 3, e1454 (2008).
14 Pollard, K. S. et al. An RNA gene expressed during cortical development evolved rapidly in humans. Nature 443, 167-172, doi:nature05113 [pii]
10.1038/nature05113 (2006).

2014年6月3日 (火) 16:48時点における最新版

野村 真
京都府立医科大学 教養部生物学教室・大学院神経発生生物学/JSTさきがけ
DOI:10.14931/bsd.850 原稿受付日:2012年3月27日 原稿完成日:2012年7月8日
担当編集委員:大隅 典子(東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)

英語名  Cajal-Retzius Cells

 胎生期哺乳類大脳皮質辺縁層(第 I 層)に存在する神経細胞の一種。 軟膜面に対し放射状に広がった樹状突起と、水平方向に伸張した軸索を形態的特徴として持つ。大脳皮質神経細胞の移動と層形成に必須の分子であるリーリン (reelin) を分泌する細胞として、大脳皮質の発生に極めて重要な役割を果たす。

図 ゴルジ染色によるカハールレチウス細胞の形態
文献[1]を基に筆者描画

歴史

 19世紀末にスウェーデンの神経形態学者レチウス(Gustaf Retzius)、スペインカハール (Ramon y Cajal)らにより、ヒト胎児および新生児大脳皮質辺縁層を構成する神経細胞として同定された。比較解剖学的知見により、同様の神経細胞は哺乳類大脳皮質に共通して存在することが明らかとなっている。レチウスとカハールの同定した細胞は厳密には同一ではないが、両者の細胞に共通した形態的特徴を持ち、特に後述するリーリンを発現する大脳皮質辺縁層の細胞群を一般的にカハールレチウス細胞と呼んでいる[1]

発生学的役割

 細胞外分泌分子であるリーリンタンパク質を発現することにより、大脳皮質の神経細胞の移動と層構造の形成に重要な役割を果たす[2] [3]。実験的にカハールレチウス細胞を除去したマウスでは、大脳皮質の一部の領域で層特異的神経細胞の配置に異常が生じる[4]。またカハールレチウス細胞はグルタミン酸受容体GABA受容体の両方を発現している。特に、視床および介在神経細胞からのGABAを介した線維入力は、カハールレチウス細胞と他の第I層の神経細胞の同期的発火に重要な役割を果たす[5]

発生学的起源と分化機構

 カハールレチウス細胞は、胎生期大脳皮質原基において最も早く分化する神経細胞の1つである。その出現は一過的であり、生後の大脳皮質においては、細胞死によって数が著しく減少する。大脳皮質の発生初期において、カハールレチウス細胞は同時期に分化する他の神経細胞とともに、プレプレートと呼ばれる神経層を形成する。このプレプレートは、いわゆる皮質板を構成する神経細胞が侵入することによって、カハールレチウス細胞を含む辺縁層とサブプレートの2つの層に分かれる[6]。カハールレチウス細胞の産生される場所については、ヒト胎児の組織学的観察により嗅皮質周辺部 (retrobulber area)がその発生起源として示唆されてきた。一方、近年分子遺伝学的な手法を用いた細胞標識解析によって、胎生期終脳原基の内側周辺部 (cortical hem)、腹側外套 (ventral pallium) および中隔野 (septum)といった、大脳皮質原基以外の領域からカハールレチウス細胞が発生し、大脳皮質へと移動することが明らかとなっている[4] [7] [8]

 カハールレチウス細胞には、リーリンの他、カルレチニン (calretinin)、 カルビンディン (calbindin)といったカルシウム結合タンパク、細胞周期調節因子であるp73転写因子をコードするTbr1Emx1Lhx6といった遺伝子が発現しており、これらの分子の発現と発生起源との相違から、カハールレチウス細胞は幾つかのサブタイプに分類されている[9]。実際に、p73、Tbr1、Emx1はカハールレチウス細胞の発生に必須の機能を果たしていることが、遺伝子機能破壊マウスの解析から明らかとなっている。またフォークヘッドファミリーに属する転写因子であるFoxG1 は、大脳皮質の神経上皮細胞からカハールレチウス細胞が分化することを抑制しており、 FoxG1変異マウスでは皮質のすべての神経細胞がカハールレチウス細胞として分化する[10]。さらに軟膜から分泌されるタンパク質であるSDF1、およびその受容体であるCXCR7は、カハールレチウス細胞の辺縁層への局在に必須の役割を果たしている[11]

大脳皮質進化とカハールレチウス細胞

 哺乳類のカハールレチウス細胞と相同と考えられる細胞は、爬虫類鳥類終脳背側領域にも存在する。しかしながらその数は哺乳類大脳皮質と比較して著しく少ない。こうした知見から、リーリンを分泌するカハールレチウス細胞の増加が、6層構造を発達させ、インサイドーアウト様式で発生する哺乳類大脳皮質の進化に大きく貢献した可能性が提唱されている[12] [13]。また近年、non-coding RNA遺伝子である HAR1が、ヒト胎生期大脳皮質のカハールレチウス細胞に特異的に発現していることが報告されている[14]。HAR1は、特にヒトの系統で高度に塩基配列置換が確認されるゲノム領域 (Human accelerated region) に含まれる遺伝子の1つであり、ヒト大脳皮質の進化との関連が示唆されている。

重要な関連語

参考文献

  1. 1.0 1.1 Meyer, G., Goffinet, A.M., & Fairén, A. (1999).
    What is a Cajal-Retzius cell? A reassessment of a classical cell type based on recent observations in the developing neocortex. Cerebral cortex (New York, N.Y. : 1991), 9(8), 765-75. [PubMed:10600995] [WorldCat] [DOI]
  2. Ogawa, M., Miyata, T., Nakajima, K., Yagyu, K., Seike, M., Ikenaka, K., ..., & Mikoshiba, K. (1995).
    The reeler gene-associated antigen on Cajal-Retzius neurons is a crucial molecule for laminar organization of cortical neurons. Neuron, 14(5), 899-912. [PubMed:7748558] [WorldCat] [DOI]
  3. D'Arcangelo, G., Miao, G.G., Chen, S.C., Soares, H.D., Morgan, J.I., & Curran, T. (1995).
    A protein related to extracellular matrix proteins deleted in the mouse mutant reeler. Nature, 374(6524), 719-23. [PubMed:7715726] [WorldCat] [DOI]
  4. 4.0 4.1 Yoshida, M., Assimacopoulos, S., Jones, K.R., & Grove, E.A. (2006).
    Massive loss of Cajal-Retzius cells does not disrupt neocortical layer order. Development (Cambridge, England), 133(3), 537-45. [PubMed:16410414] [WorldCat] [DOI]
  5. Soda, T., Nakashima, R., Watanabe, D., Nakajima, K., Pastan, I., & Nakanishi, S. (2003).
    Segregation and coactivation of developing neocortical layer 1 neurons. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience, 23(15), 6272-9. [PubMed:12867512] [PMC] [WorldCat]
  6. Marín-Padilla, M. (1998).
    Cajal-Retzius cells and the development of the neocortex. Trends in neurosciences, 21(2), 64-71. [PubMed:9498301] [WorldCat] [DOI]
  7. Takiguchi-Hayashi, K., Sekiguchi, M., Ashigaki, S., Takamatsu, M., Hasegawa, H., Suzuki-Migishima, R., ..., & Tanabe, Y. (2004).
    Generation of reelin-positive marginal zone cells from the caudomedial wall of telencephalic vesicles. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience, 24(9), 2286-95. [PubMed:14999079] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  8. Bielle, F., Griveau, A., Narboux-Nême, N., Vigneau, S., Sigrist, M., Arber, S., ..., & Pierani, A. (2005).
    Multiple origins of Cajal-Retzius cells at the borders of the developing pallium. Nature neuroscience, 8(8), 1002-12. [PubMed:16041369] [WorldCat] [DOI]
  9. Hevner, R.F., Neogi, T., Englund, C., Daza, R.A., & Fink, A. (2003).
    Cajal-Retzius cells in the mouse: transcription factors, neurotransmitters, and birthdays suggest a pallial origin. Brain research. Developmental brain research, 141(1-2), 39-53. [PubMed:12644247] [WorldCat] [DOI]
  10. Hanashima, C., Li, S.C., Shen, L., Lai, E., & Fishell, G. (2004).
    Foxg1 suppresses early cortical cell fate. Science (New York, N.Y.), 303(5654), 56-9. [PubMed:14704420] [WorldCat] [DOI]
  11. Borrell, V., & Marín, O. (2006).
    Meninges control tangential migration of hem-derived Cajal-Retzius cells via CXCL12/CXCR4 signaling. Nature neuroscience, 9(10), 1284-93. [PubMed:16964252] [WorldCat] [DOI]
  12. Bar, I., Lambert de Rouvroit, C., & Goffinet, A.M. (2000).
    The evolution of cortical development. An hypothesis based on the role of the Reelin signaling pathway. Trends in neurosciences, 23(12), 633-8. [PubMed:11137154] [WorldCat] [DOI]
  13. Nomura, T., Takahashi, M., Hara, Y., & Osumi, N. (2008).
    Patterns of neurogenesis and amplitude of Reelin expression are essential for making a mammalian-type cortex. PloS one, 3(1), e1454. [PubMed:18197264] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  14. Pollard, K.S., Salama, S.R., Lambert, N., Lambot, M.A., Coppens, S., Pedersen, J.S., ..., & Haussler, D. (2006).
    An RNA gene expressed during cortical development evolved rapidly in humans. Nature, 443(7108), 167-72. [PubMed:16915236] [WorldCat] [DOI]