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1985年に[[RhoA]]が新規の[[低分子量GTP結合タンパク質]]として同定されて以来、[[Rho]]を選択的に不活化する[[ボツリヌス菌]]由来の菌体外酵素[[ボツリヌス毒素#C3型|C3]]や、Rhoの[[活性化変異体]]や[[不活性化変異体]]を用いた解析により、[[アクチン]][[細胞骨格]]の再編成におけるRhoの重要性が示された<ref name=ref3><pubmed>12478284</pubmed></ref>。しかし当時はRhoの標的タンパク質は同定されておらず、Rhoの下流の細胞内情報伝達系は不明であった。GTP結合型(活性型)RhoAとの選択的結合を指標とした[[yeast two hybrid法]]、[[アフィニティー・クロマトグラフィー]]、[[リガンドオーバーレイ法]]などにより、Rho標的タンパク質が次々に同定された<ref name=ref4><pubmed>8889802</pubmed></ref> <ref name=ref5><pubmed>21235928</pubmed></ref>。 | 1985年に[[RhoA]]が新規の[[低分子量GTP結合タンパク質]]として同定されて以来、[[Rho]]を選択的に不活化する[[ボツリヌス菌]]由来の菌体外酵素[[ボツリヌス毒素#C3型|C3]]や、Rhoの[[活性化変異体]]や[[不活性化変異体]]を用いた解析により、[[アクチン]][[細胞骨格]]の再編成におけるRhoの重要性が示された<ref name=ref3><pubmed>12478284</pubmed></ref>。しかし当時はRhoの標的タンパク質は同定されておらず、Rhoの下流の細胞内情報伝達系は不明であった。GTP結合型(活性型)RhoAとの選択的結合を指標とした[[yeast two hybrid法]]、[[アフィニティー・クロマトグラフィー]]、[[リガンドオーバーレイ法]]などにより、Rho標的タンパク質が次々に同定された<ref name=ref4><pubmed>8889802</pubmed></ref> <ref name=ref5><pubmed>21235928</pubmed></ref>。 | ||
Rho-associated coiled-coil-containing protein kinase(ROCK, Rho-kinase, ROK)は活性型Rhoにより活性化される[[セリン]]・[[スレオニン]][[タンパク質リン酸化酵素]]である<ref name=ref6><pubmed>7493923</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>8641286</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed>8617235 | Rho-associated coiled-coil-containing protein kinase(ROCK, Rho-kinase, ROK)は活性型Rhoにより活性化される[[セリン]]・[[スレオニン]][[タンパク質リン酸化酵素]]である<ref name=ref6><pubmed>7493923</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>8641286</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed>8617235</pubmed></ref>。 | ||
==ファミリー== | ==ファミリー== | ||
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== 発現 == | == 発現 == | ||
[[wj:ESTデータベース|ESTデータベース]]を用いた解析から、数多くの臓器ではROCK-IとROCK-IIの両方が発現している。しかし、ROCK-Iは[[脾臓]]、[[胸腺]]、[[精巣]]、血液などに発現が高く、ROCK-IIは脳、[[大腸]]、[[心臓]]などに高発現していることが報告されている<ref name=ref19><pubmed>25010901</pubmed></ref>。[[平滑筋]]細胞において、ROCK-Iは[[細胞膜]]や細胞膜近傍の小胞に、ROCK-IIは[[中心体]]に局在することが報告されており、同一細胞内においてもアイソフォーム間での細胞内局在の違いが示唆されている20。脳内では、ROCK-Iは主に[[グリア細胞]]や[[血管]]に発現し、ROCK-IIは主に神経細胞に発現している。ROCK- | [[wj:ESTデータベース|ESTデータベース]]を用いた解析から、数多くの臓器ではROCK-IとROCK-IIの両方が発現している。しかし、ROCK-Iは[[脾臓]]、[[胸腺]]、[[精巣]]、血液などに発現が高く、ROCK-IIは脳、[[大腸]]、[[心臓]]などに高発現していることが報告されている<ref name=ref19><pubmed>25010901</pubmed></ref>。[[平滑筋]]細胞において、ROCK-Iは[[細胞膜]]や細胞膜近傍の小胞に、ROCK-IIは[[中心体]]に局在することが報告されており、同一細胞内においてもアイソフォーム間での細胞内局在の違いが示唆されている20。脳内では、ROCK-Iは主に[[グリア細胞]]や[[血管]]に発現し、ROCK-IIは主に神経細胞に発現している。ROCK-IIについては、神経細胞の[[成長円錐]]、[[軸索]]、[[シナプス前終末]]、[[スパイン]]での局在が[[免疫電子顕微鏡法]]により確認されている<ref name=ref20><pubmed>22986902</pubmed></ref>。 | ||
==機能== | |||
=== 基質タンパク質 === | |||
ROCKは[[ミオシン軽鎖脱リン酸化酵素]](myosin light chain phosphatase; MLCP)をリン酸化してその酵素活性を抑制し、[[ミオシン軽鎖]](myosin light chain; MLC)のリン酸化と活性化を促す。またROCKはミオシン軽鎖を直接リン酸化し活性化することも知られる<ref name=ref9><pubmed>8662509</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>9353125</pubmed></ref>。 | |||
==神経系での機能== | さらにROCKはリン酸化によりLIMキナーゼを活性化し、LIMキナーゼはアクチン脱重合因子[[コフィリン]]のリン酸化を促す<ref name=ref11><pubmed>10436159</pubmed></ref>。このリン酸化によりコフィリンは不活化されアクチン脱重合が阻害される。これらの作用が協調することで、ROCKはRho依存的な[[アクトミオシン]]束の形成に寄与し、細胞に収縮力を与える。その他、[[アデュシン]]、[[ERMタンパク質]]([[エズリン]]、[[ラディキシン]]、[[モイエシン]])、I型[[Na+-H+交換体|Na<sup>+</sup>-H<sup>+</sup>交換体]]、[[中間径フィラメント]]([[ビメンチン]]、[[グリア線維性酸性タンパク質]], [[ニューロフィラメント]])、[[微小管]]結合タンパク質([[MAP2]], [[タウタンパク質]])、[[コラプシン反応媒介タンパク質2]]([[CRMP2]])、[[Par3]]などがROCKの基質の候補分子として同定されている<ref name=ref1 /> <ref name=ref2 /> <ref name=ref12><pubmed>17901255</pubmed></ref>。特にROCKによる[[CRMP2]]リン酸化が[[微小管]]制御を介し[[エフリンA5]]による神経突起退縮を促すこと<ref name=ref13><pubmed>16260611</pubmed></ref>、ROCKによるPar3リン酸化が遊走細胞の[[前後軸]]形成を促すこと<ref name=ref14><pubmed>18267089</pubmed></ref>などが示されている。 | ||
===神経管形成=== | ===神経系での機能=== | ||
====神経管形成==== | |||
[[神経管]]は外胚葉に由来する[[神経板]]が背側方向に閉鎖することで形成されるが、この過程には神経板を構成する神経上皮細胞の頂端側での[[アクトミオシン]]収縮力が必要である。神経上皮細胞の頂端側で見られるミオシン軽鎖のリン酸化がROCK-IとROCK-IIの阻害薬であるY27632(Ref. 10)により消失すること21、さらにY-27632やMyosin IIの特異的阻害薬であるBlebbistatinがトリやマウスの胚の神経管閉鎖を阻害することが示された<ref name=ref21><pubmed>26040287</pubmed></ref> <ref name=ref22><pubmed>11532918</pubmed></ref>。以上の結果は、ROCKによるアクトミオシン収縮が神経管閉鎖に重要であることを示唆している。さらなる研究により、アダプタータンパク質Shroom3により神経管内腔側(神経上皮細胞の頂端側に相当する)にROCKが局在化し、さらに[[PDZ]]-RhoGEFにより活性化されたRhoがROCKを活性化することが示されている<ref name=ref23><pubmed>18339671</pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed>22632972</pubmed></ref>。 | [[神経管]]は外胚葉に由来する[[神経板]]が背側方向に閉鎖することで形成されるが、この過程には神経板を構成する神経上皮細胞の頂端側での[[アクトミオシン]]収縮力が必要である。神経上皮細胞の頂端側で見られるミオシン軽鎖のリン酸化がROCK-IとROCK-IIの阻害薬であるY27632(Ref. 10)により消失すること21、さらにY-27632やMyosin IIの特異的阻害薬であるBlebbistatinがトリやマウスの胚の神経管閉鎖を阻害することが示された<ref name=ref21><pubmed>26040287</pubmed></ref> <ref name=ref22><pubmed>11532918</pubmed></ref>。以上の結果は、ROCKによるアクトミオシン収縮が神経管閉鎖に重要であることを示唆している。さらなる研究により、アダプタータンパク質Shroom3により神経管内腔側(神経上皮細胞の頂端側に相当する)にROCKが局在化し、さらに[[PDZ]]-RhoGEFにより活性化されたRhoがROCKを活性化することが示されている<ref name=ref23><pubmed>18339671</pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed>22632972</pubmed></ref>。 | ||
===神経突起の伸展=== | ====神経突起の伸展==== | ||
神経突起の形成と伸展は、突起先端の[[成長円錐]]でのアクチン細胞骨格の再編成と、それに引き続く微小管の配向、安定化から成る。成長円錐は高い運動性を持った扇形の構造であり、[[軸索]]ガイダンス因子による軸索の伸長や退縮、さらに軸索伸長の方向の制御に深く関わる(参照:脳科学辞典 [[成長円錐]])。 | 神経突起の形成と伸展は、突起先端の[[成長円錐]]でのアクチン細胞骨格の再編成と、それに引き続く微小管の配向、安定化から成る。成長円錐は高い運動性を持った扇形の構造であり、[[軸索]]ガイダンス因子による軸索の伸長や退縮、さらに軸索伸長の方向の制御に深く関わる(参照:脳科学辞典 [[成長円錐]])。 | ||
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[[軸索再生]]においてもROCKは抑制的に働く。[[脊髄損傷]]後の軸索再生は、[[myelin-associated glycoprotein]]([[MAG]])、[[Nogo]]-A、chondroitin sulfate proteoglycans (CSPGs)、oligodendrocyte myelin glycoprotein(OMgp)などの[[ミエリン]]および[[オリゴデンドロサイト]]由来の軸索伸展抑制因子により阻害される。これらの抑制因子の作用はROCK阻害薬Y-27632により抑制される<ref name=ref31><pubmed>25374504</pubmed></ref>。さらにROCK-II欠損マウス由来の後根神経節細胞では、Nogo-22やCSPGsによる軸索伸展抑制作用が減弱することから<ref name=ref32><pubmed>19955379</pubmed></ref>、これらの軸索伸展抑制因子の作用にはROCK-IIが必須である。興味深いことに、ROCKII欠損マウスでは、脊髄損傷後の軸索再生が促進されることも報告されており<ref name=ref32 />、脊髄損傷の治療薬としてのROCK阻害薬の可能性が検討されている<ref name=ref33><pubmed>23298675</pubmed></ref>。 | [[軸索再生]]においてもROCKは抑制的に働く。[[脊髄損傷]]後の軸索再生は、[[myelin-associated glycoprotein]]([[MAG]])、[[Nogo]]-A、chondroitin sulfate proteoglycans (CSPGs)、oligodendrocyte myelin glycoprotein(OMgp)などの[[ミエリン]]および[[オリゴデンドロサイト]]由来の軸索伸展抑制因子により阻害される。これらの抑制因子の作用はROCK阻害薬Y-27632により抑制される<ref name=ref31><pubmed>25374504</pubmed></ref>。さらにROCK-II欠損マウス由来の後根神経節細胞では、Nogo-22やCSPGsによる軸索伸展抑制作用が減弱することから<ref name=ref32><pubmed>19955379</pubmed></ref>、これらの軸索伸展抑制因子の作用にはROCK-IIが必須である。興味深いことに、ROCKII欠損マウスでは、脊髄損傷後の軸索再生が促進されることも報告されており<ref name=ref32 />、脊髄損傷の治療薬としてのROCK阻害薬の可能性が検討されている<ref name=ref33><pubmed>23298675</pubmed></ref>。 | ||
===シナプス形成とシナプス可塑性=== | ====シナプス形成とシナプス可塑性==== | ||
樹状突起スパインは、神経細胞の樹状突起から突き出たアクチン細胞骨格に富む小さな突起であり、中枢神経系の主な[[興奮性シナプス]]入力部位である。スパインの形態変化はアクチン再構築に依存することから、ROCKの関与について興味が持たれてきた。[[スライス培養]]した[[海馬]][[CA1]]の錐体神経細胞では、ROCK阻害薬Y-27632によりスパインの長さが増大し、スパインの運動性が亢進する<ref name=ref34><pubmed>15234347</pubmed></ref>。海馬初代培養神経細胞では、Myosin IIB阻害薬Blebbistatinの処理やRNA干渉法によるMyosin IIbの発現抑制もスパインの長さの増大とスパインの運動性の亢進を引き起こす<ref name=ref35><pubmed>16423692</pubmed></ref>。これらの結果から、ROCKはMyosin IIbを活性化してスパインの安定化を促すと考えられている。 | 樹状突起スパインは、神経細胞の樹状突起から突き出たアクチン細胞骨格に富む小さな突起であり、中枢神経系の主な[[興奮性シナプス]]入力部位である。スパインの形態変化はアクチン再構築に依存することから、ROCKの関与について興味が持たれてきた。[[スライス培養]]した[[海馬]][[CA1]]の錐体神経細胞では、ROCK阻害薬Y-27632によりスパインの長さが増大し、スパインの運動性が亢進する<ref name=ref34><pubmed>15234347</pubmed></ref>。海馬初代培養神経細胞では、Myosin IIB阻害薬Blebbistatinの処理やRNA干渉法によるMyosin IIbの発現抑制もスパインの長さの増大とスパインの運動性の亢進を引き起こす<ref name=ref35><pubmed>16423692</pubmed></ref>。これらの結果から、ROCKはMyosin IIbを活性化してスパインの安定化を促すと考えられている。 | ||
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記憶・学習におけるROCKの役割についても報告されている。[[恐怖条件付け]]直前の外側[[扁桃体]]へのROCK阻害薬Y-27632の局所注入では、[[短期記憶]]は保持されるものの[[長期記憶]]の形成が阻害される<ref name=ref44><pubmed>12441060</pubmed></ref>。モリス水迷路試験を用いた研究では、学習後の海馬へのROCK阻害薬Y-27632の局所注入が空間記憶の保持を低下させることが報告されている<ref name=ref45><pubmed>15336547</pubmed></ref>。しかし、記憶・学習を担うシナプス可塑性やそれに伴うスパインの形態変化にROCKが関与するかについては今後の課題である。 | 記憶・学習におけるROCKの役割についても報告されている。[[恐怖条件付け]]直前の外側[[扁桃体]]へのROCK阻害薬Y-27632の局所注入では、[[短期記憶]]は保持されるものの[[長期記憶]]の形成が阻害される<ref name=ref44><pubmed>12441060</pubmed></ref>。モリス水迷路試験を用いた研究では、学習後の海馬へのROCK阻害薬Y-27632の局所注入が空間記憶の保持を低下させることが報告されている<ref name=ref45><pubmed>15336547</pubmed></ref>。しかし、記憶・学習を担うシナプス可塑性やそれに伴うスパインの形態変化にROCKが関与するかについては今後の課題である。 | ||
== | ==関連項目== | ||
*[[Rhoファミリー低分子量GTP結合タンパク質]] | *[[Rhoファミリー低分子量GTP結合タンパク質]] | ||
*[[アクチン]] | *[[アクチン]] |