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物理レベルでは、例として、観察者が、テーブルの上に、コーヒーカップと雑誌が置いてあるのを見ている光景を思い浮かべた場合、自己中心視点から記述すると、「右前方1メートルのところにコーヒーカップがあり、左前方のほぼ同じ距離に雑誌が置いてある」と説明できる。一方で、他者中心視点 (環境中心視点)から記述すると、「テーブルの上に2つの物体があり、テーブルの中心より右側にコーヒーカップがあり、中心より左側に雑誌がある」と説明できる<ref>'''乾 敏郎'''<br>イメージ脳<br>''岩波書店'', 2009</ref>。 | 物理レベルでは、例として、観察者が、テーブルの上に、コーヒーカップと雑誌が置いてあるのを見ている光景を思い浮かべた場合、自己中心視点から記述すると、「右前方1メートルのところにコーヒーカップがあり、左前方のほぼ同じ距離に雑誌が置いてある」と説明できる。一方で、他者中心視点 (環境中心視点)から記述すると、「テーブルの上に2つの物体があり、テーブルの中心より右側にコーヒーカップがあり、中心より左側に雑誌がある」と説明できる<ref>'''乾 敏郎'''<br>イメージ脳<br>''岩波書店'', 2009</ref>。 | ||
社会レベルでは、他者を受け入れて理解するための能力である[[他者視点取得]]と関連し、他者の経験の知覚に対する自己の反応や、他者を観察しているときに自分も同様の感情状態になる共感にとって必要な要素となる<ref><pubmed> 16157488 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11319565 | 社会レベルでは、他者を受け入れて理解するための能力である[[他者視点取得]]と関連し、他者の経験の知覚に対する自己の反応や、他者を観察しているときに自分も同様の感情状態になる共感にとって必要な要素となる<ref><pubmed> 16157488 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11319565 </pubmed></ref>。社会生活を円滑に送るためには、相手の気持ちを推察する際に必要な他者の感情認知と、他者と自己とが異なることを理解する際に必要な自己認知が重要である。他者の感情認知には、相手の立場に立って考えるという他者視点取得および「[[心の理論]]」の能力が必要である<ref>'''板倉 昭二'''<br>「他者の心:メンタライジングを中心に」<br>大津 由紀雄・波多野 誼余夫 (編)『認知科学への招待』<br>''研究社'', 2004</ref>。「心の理論」を測定するための誤信念課題(代表例として、「サリーとアン課題 (Sally–Anne test)<ref><pubmed> 2934210 </pubmed></ref>」)を解く際には、視点転換をすることが必要である<ref><pubmed> 16701204 </pubmed></ref>。「心の理論」として有名な「サリーとアン課題」は、最初の場面では、カゴを持っているサリーと、箱を持っているアンが同じ部屋にいる。2つ目の場面では、サリーは宝物をカゴの中に入れて部屋を出る。3つ目の場面では、サリーがいない間に、アンはその宝物をカゴから出し、箱に入れ替える。4つ目の場面では、アンが部屋を出る。5つ目の場面では、サリーが部屋へ戻ってくる。そして最後に、「サリーは、宝物を出そうとしてどこを探すでしょうか?」という質問をされる。ここで重要なことは、実験参加者は、サリーの視点に立って考えられるかということである。実際に宝物は、最終的には箱の中にあるが、この場合の正答は、サリーの視点に立って考えた場合、サリーは宝物が移動されていることに気づいていないはずなので、「サリーは、カゴの中を探す。」ということになる。従って、「サリーとアン課題」のような「心の理論」を理解するためには他者の視点に立つという第三人称視点(third-person perspective)が必要となる。このように、社会的な視点転換に必要となる、第一人称視点(first-person perspective)と第三人称視点を調べるために、視覚的な仮想空間を設定したボール投げゲーム(ball-tossing game)課題が用いられることがある<ref><pubmed> 16839298 </pubmed></ref>。この課題では、仮想空間にAとBのアバターが2人存在し、実験参加者自身を含めた3者でボールを投げあうゲームを行わせる。この場合は、実験参加者自身がボールを受け取ったり(passive task)、投げたり(active task)することが第一人称視点での行動となる。一方で、仮想空間にAとBとCのアバターが3人存在し、実験参加者は例えばCのアバターの視点に立ってボールを投げあうゲームを行わせた場合、Cのアバターがボールを受け取ったり、投げたりすることを実験参加者が見ることで第三人称視点で認識することとなる。また、物語を理解する際に登場人物の視点に立つことにより登場人物の時間的・空間的な移動を擬似的に体験する際、登場人物の心の動きを理解する際にも視点転換が必要になる<ref><pubmed> 9522683 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17263078 </pubmed></ref>。 | ||
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物理レベルでの視点転換には、[[前頭眼野]] (Frontal Eye Field)と[[側頭頭頂接合部]] (TPJ: Temporal Parietal Junction)が関与する<ref>'''乾 敏郎'''<br>視点と参照枠<br>乾 敏郎・吉川 左紀子・川口 潤 (編) よくわかる認知科学<br>''ミネルヴァ書房'', 2010</ref>。 | 物理レベルでの視点転換には、[[前頭眼野]] (Frontal Eye Field)と[[側頭頭頂接合部]] (TPJ: Temporal Parietal Junction)が関与する<ref>'''乾 敏郎'''<br>視点と参照枠<br>乾 敏郎・吉川 左紀子・川口 潤 (編) よくわかる認知科学<br>''ミネルヴァ書房'', 2010</ref>。 | ||
社会レベルでの視点転換には、[[内側前頭前野]] (medial prefrontal cortex)、[[楔前部]](precuneus)、側頭頭頂接合部が関与する<ref><pubmed> 23999082 </pubmed></ref><ref><pubmed> 25496670 </pubmed></ref>。内側前頭前野は、例えば、視覚的なボール投げゲームを理解する際に、第一人称視点である自己の視点に関与することが知られている | 社会レベルでの視点転換には、[[内側前頭前野]] (medial prefrontal cortex)、[[楔前部]](precuneus)、側頭頭頂接合部が関与する<ref><pubmed> 23999082 </pubmed></ref><ref><pubmed> 25496670 </pubmed></ref>。内側前頭前野は、例えば、視覚的なボール投げゲームを理解する際に、第一人称視点である自己の視点に関与することが知られている<ref><pubmed> 16839298 </pubmed></ref>。一方、 側頭頭頂接合部および楔前部は、ボール投げゲームを理解する際に、第三人称視点である他者の視点<ref><pubmed> 16839298 </pubmed></ref>、登場人物の視点に立つことによる、物語内の空間的な情報処理<ref><pubmed> 19135072 </pubmed></ref>、誤信念課題によって測定される他者の信念を理解すること<ref><pubmed> 25042446 </pubmed></ref>などに関与することが明らかとなっている。 | ||
心の理論に関与する内側前頭前野、楔前部(後部帯状回)、側頭頭頂接合部<ref><pubmed> 12689373 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16701204 </pubmed></ref>であることから、社会レベルでの視点転換の神経基盤と多くの部分が重なっている。 | |||
近年では、視点転換にとって重要な脳領域である側頭頭頂接合部は、自己の理解と他者の理解を切り替えるために重要な役割を果たす領域としても知られている<ref><pubmed> 23122848 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19517530 </pubmed></ref>。 | |||
== 関連項目 == | == 関連項目 == |
2016年5月9日 (月) 23:22時点における版
*間野 陽子
京都大学文学研究科心理学研究室 日本学術振興会特別研究員(RPD)
米田 英嗣
京都大学白眉センター
DOI:10.14931/bsd.6218 原稿受付日:2015年8月3日 原稿完成日:201X年X月X日
担当編集委員:定藤 規弘(自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)
*:責任著者
英語名:changing perspectives 独:Perspektivenwechsel 仏:l'évolution des perspectives
同義語:他者視点取得 (perspective-taking)
視点転換は、自己中心視点および他者中心視点からなるものであり、物体の見え方などの物理レベルと、他者の意図や心的状態の推測に関わる社会レベルに分けられる。特に、社会レベルの視点転換では、他者視点取得(perspective-taking)が必要となり、他者の信念や意図を推測する際に必要な能力である「心の理論」や共感と強く関与することが知られている。
視点転換
視点とは、対象を見るときの立脚点である (Wikipedia 視点を参照)。視点転換とは、他者中心視点から自己中心視点、自己中心視点から他者中心視点に視点を切り替えることである。
物理レベルでは、例として、観察者が、テーブルの上に、コーヒーカップと雑誌が置いてあるのを見ている光景を思い浮かべた場合、自己中心視点から記述すると、「右前方1メートルのところにコーヒーカップがあり、左前方のほぼ同じ距離に雑誌が置いてある」と説明できる。一方で、他者中心視点 (環境中心視点)から記述すると、「テーブルの上に2つの物体があり、テーブルの中心より右側にコーヒーカップがあり、中心より左側に雑誌がある」と説明できる[1]。
社会レベルでは、他者を受け入れて理解するための能力である他者視点取得と関連し、他者の経験の知覚に対する自己の反応や、他者を観察しているときに自分も同様の感情状態になる共感にとって必要な要素となる[2][3]。社会生活を円滑に送るためには、相手の気持ちを推察する際に必要な他者の感情認知と、他者と自己とが異なることを理解する際に必要な自己認知が重要である。他者の感情認知には、相手の立場に立って考えるという他者視点取得および「心の理論」の能力が必要である[4]。「心の理論」を測定するための誤信念課題(代表例として、「サリーとアン課題 (Sally–Anne test)[5]」)を解く際には、視点転換をすることが必要である[6]。「心の理論」として有名な「サリーとアン課題」は、最初の場面では、カゴを持っているサリーと、箱を持っているアンが同じ部屋にいる。2つ目の場面では、サリーは宝物をカゴの中に入れて部屋を出る。3つ目の場面では、サリーがいない間に、アンはその宝物をカゴから出し、箱に入れ替える。4つ目の場面では、アンが部屋を出る。5つ目の場面では、サリーが部屋へ戻ってくる。そして最後に、「サリーは、宝物を出そうとしてどこを探すでしょうか?」という質問をされる。ここで重要なことは、実験参加者は、サリーの視点に立って考えられるかということである。実際に宝物は、最終的には箱の中にあるが、この場合の正答は、サリーの視点に立って考えた場合、サリーは宝物が移動されていることに気づいていないはずなので、「サリーは、カゴの中を探す。」ということになる。従って、「サリーとアン課題」のような「心の理論」を理解するためには他者の視点に立つという第三人称視点(third-person perspective)が必要となる。このように、社会的な視点転換に必要となる、第一人称視点(first-person perspective)と第三人称視点を調べるために、視覚的な仮想空間を設定したボール投げゲーム(ball-tossing game)課題が用いられることがある[7]。この課題では、仮想空間にAとBのアバターが2人存在し、実験参加者自身を含めた3者でボールを投げあうゲームを行わせる。この場合は、実験参加者自身がボールを受け取ったり(passive task)、投げたり(active task)することが第一人称視点での行動となる。一方で、仮想空間にAとBとCのアバターが3人存在し、実験参加者は例えばCのアバターの視点に立ってボールを投げあうゲームを行わせた場合、Cのアバターがボールを受け取ったり、投げたりすることを実験参加者が見ることで第三人称視点で認識することとなる。また、物語を理解する際に登場人物の視点に立つことにより登場人物の時間的・空間的な移動を擬似的に体験する際、登場人物の心の動きを理解する際にも視点転換が必要になる[8][9]。
神経基盤
物理レベルでの視点転換には、前頭眼野 (Frontal Eye Field)と側頭頭頂接合部 (TPJ: Temporal Parietal Junction)が関与する[10]。
社会レベルでの視点転換には、内側前頭前野 (medial prefrontal cortex)、楔前部(precuneus)、側頭頭頂接合部が関与する[11][12]。内側前頭前野は、例えば、視覚的なボール投げゲームを理解する際に、第一人称視点である自己の視点に関与することが知られている[13]。一方、 側頭頭頂接合部および楔前部は、ボール投げゲームを理解する際に、第三人称視点である他者の視点[14]、登場人物の視点に立つことによる、物語内の空間的な情報処理[15]、誤信念課題によって測定される他者の信念を理解すること[16]などに関与することが明らかとなっている。 心の理論に関与する内側前頭前野、楔前部(後部帯状回)、側頭頭頂接合部[17][18]であることから、社会レベルでの視点転換の神経基盤と多くの部分が重なっている。 近年では、視点転換にとって重要な脳領域である側頭頭頂接合部は、自己の理解と他者の理解を切り替えるために重要な役割を果たす領域としても知られている[19][20]。
関連項目
外部リンク
参考文献
- ↑ 乾 敏郎
イメージ脳
岩波書店, 2009 - ↑
Blair, R.J. (2005).
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「他者の心:メンタライジングを中心に」
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