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== ホルモン・神経伝達物質 == | == ホルモン・神経伝達物質 == |
2018年4月15日 (日) 11:45時点における版
黒田 公美
独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター
高橋 阿貴
筑波大学 人間系
DOI:10.14931/bsd.7617 原稿受付日:2018年3月14日 原稿完成日:2018年4月12日
担当編集委員:加藤 忠史(理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:aggression, aggressiveness 独:Aggression 仏:agression
類義語:攻撃行動 aggressive behavior、闘争 attack、敵対行動 agonistic behavior
攻撃行動とは一般に、肉体的もしくは言語的な行為あるいは威嚇などによって、意図的に相手に危害を与えようとする行動で、その結果として、相手をある領域から排除したり、所有物を放棄させたりするなど、相手の行動を自分が意図する方向に変容させることを指向する行動である。攻撃行動は動物の生存にとって必須の基本的な本能行動の一つであり、とくに餌や配偶者、なわばりを巡る個体間闘争や、群れ内の順位決定などの社会的秩序の構築に重要な役割を果たす。
定義と分類
攻撃行動とは一般に、相手に対し身体的もしくは精神的な危害を与える行動、もしくは危害を与える意図を伝える威嚇行為を指す。その結果として、相手個体をある領域から排除したり、所有物を放棄させたりするなど、相手の行動を自分が意図する方向に変容させることを指向する[1]。攻撃行動は種特異的な行動であり、その行動表出(肉体的、言語的)や原因(恐怖、怒り、快楽)は複雑であるため、「攻撃」を厳密に定義・分類することは難しいと指摘されている。攻撃性とは、動物に攻撃行動を行わせる内的状態であり、個体差が存在する。遺伝、環境、発達段階など様々な要因が、攻撃性の個体差に影響を与える。
攻撃の対象
攻撃性は多くの場合、「同種の個体に対する闘争の衝動[2]を指す。広義には、他種個体に対する行動、例えば防御に付随する捕食者への攻撃行動(”窮鼠猫を噛む”)や、捕食行動 predatory behaviorを含める場合もある。後者には異論もあるが、例えば共食いなど、厳密に攻撃と補食を分離できない場合もある[3]。
分類
次のような観点から分類される。
目的
攻撃行動を、主たる目的が相手に危害を加えるための攻撃offensive aggressionと、自己を守るための攻撃defensive aggressionに分けることがある[4]。オス同士の縄張りを巡る攻撃では、元来居住者側の攻撃をoffense, 侵入者の行動をdefenseと呼ぶことがあるが、一方で捕食行動をoffense、居住者側の行動をdefenseと呼ぶ研究者もいるなど、用語の混乱も見られる点に注意が必要である。
またよく子どもに見られる「レスリングのような遊び」も、時に本当の攻撃に転ずることがあり、遊びの要素と攻撃の要素を明確に区分しがたいことがある。
発生機序
攻撃行動を、反応的攻撃 reactive aggression(自らが危険にさらされたり、思い通りにいかない欲求不満をきっかけに攻撃する)と、道具的攻撃 instrumental aggression(自ら利益を得るために、先制的に攻撃する。proactive aggressionとも)に分類することがある。
前者は、defensive aggressionに、後者は捕食行動にオーバーラップする。
この分類の利点はいくつかある。まず、両者では、見た目の行動や関与する自律神経系が異なる。反応的攻撃の場合には交感神経系が興奮し、心拍数上昇、立毛や発汗、発声などがみられる一方、道具的攻撃の場合は必ずしも交感神経系の興奮の特徴を伴わないとされる。ネコ同士の闘争では、ネコは毛を逆立て、背を丸め、身体の側面を相手に向けて自分をできるだけ大きく見せながら、威嚇の唸り声をあげるが、ネズミを捕える際にはそのようなことはせず、静かに伏せて獲物を狙い噛みついて攻撃する。それぞれの攻撃行動を関与する脳部位も異なる。
手法
肉体的な暴力などによる直接的な攻撃行動overt aggressionと、無視や陰口、言語や対人操作などの間接的・心理的な攻撃をrelational aggression(social / latent / indirect aggressionとも)と分類することがある。後者は職場や学校におけるいじめ問題や、デマや風評被害といった社会的問題の視点から、2000年以降注目されるようになった[5]。
社会的状況
例えばウィルソンは、動物に攻撃性が見られる社会的な状況として、
- 縄張りを巡る攻撃
- 順位に関する攻撃
- 性的な攻撃(マントヒヒのオスがハレムからメスが出ないように脅す、オランウータンなど霊長類が交尾のためにメスを攻撃したり交尾中に噛みつくことなど)
- 親のしつけとしての攻撃
- 離乳を巡る攻撃(子別れ)
- 道徳的な攻撃(規律に従わせるための違反者への罰則など)
- 補食的な攻撃
- 捕食者に対する攻撃(モビングなど)
をあげている[3]。他にも、様々な状況下で子殺し行動も多くの動物種に見られる[6]。
病的な攻撃性
攻撃行動はその種において適応的な意義がある一方で、それが適度な程度を超えて過剰になってしまうと、それは病的な攻撃性と考えられる。人間社会においても、暴力のように過剰な攻撃性が大きな問題となっている。このような過剰な攻撃性の動物モデル(げっ歯類)として、社会的隔離による幼少期のストレス経験や、思春期における筋肉増強剤などのステロイド処置により、過剰な攻撃行動が生ずることが知られている。
また、アルコールの摂取によって、一部の個体で過剰な攻撃行動が観察される。これらは、人間社会で実際に問題となっている現象であり、その生物学的なメカニズムの理解が求められる。[7][8][9]。
また、動物を低グルココルチコイド状態にすることで、HPA系の活性が低下して低覚醒状態であるのに高い攻撃行動を示すことが分かっており、これがヒトの反社会性パーソナリティー障害のモデルとなる可能性がある[7][8]。
これらの過剰な攻撃行動を示す動物は、メスは攻撃しない、オス同士であっても咽喉など致命傷になりうる危険な体の部位は攻撃しない、といった通常の種内攻撃行動では守られるべきルールが守られなくなるという(下記1-3参照)。
攻撃の抑制、威嚇や儀式化
攻撃力の高い食肉類などの動物では、オス同士の闘争には攻撃側にも相応の危険性が伴う。またもしその攻撃性が子どもやメスなどに対して無秩序に発動すると、自らの繁殖を阻害する場合もある。そのため、攻撃性が社会的文脈に応じて適切に制御される必要がある。
攻撃行動による損害を低減する工夫には様々なものがあるが、その中でも威嚇threatは実戦を避ける上で重要である。これによって、強さのわからない相手にまず自分の意向を知らせ、相手がどう出るのかを見定めることができる。
例えばチンパンジーでは、地位の高い個体が「睨む、顔をぐいと動かす、腕をふりあげる、肩をいからせる、いばって歩く、足を踏み鳴らす、木の枝を振り回す、毛を逆立てる、石を投げる、発声する」などの多様な行動によって相手を威嚇する[10]。
ネコやラットでは、背を丸め、毛を逆立て、身体の横側を相手に向けることで、自分を大きく見せる側面威嚇 (lateral threat)を行う。 また、いったん実戦によって群れの中の順位階層 (dominance hierarchy)が決定すると、下位の個体が譲歩し服従姿勢 (submissive posture)をとることで、相手の攻撃行動を消滅させ、さらなる衝突が避けられる。チンパンジーでは、「臀部を見せる、泣き叫ぶ、身を屈める、お辞儀をする、うずくまる、歩み寄る、キスをする」などの行動で服従を示すという。これによって、お互いを良く知っている個体同士では暴力行為が見知らぬ同士よりもはるかに低く抑えられる。若年の個体(コドモ)も、匂いや声などのシグナルによって、群れの中の成体からの攻撃を押さえていると考えられる。
さらに実戦となった場合でも、その中には様々な「ルール」が存在する。例えばオスラット同士の攻撃行動([11]の詳細な実験の動画を視聴できる)では、毛を逆立てて一見激しく興奮した攻撃側の居住オスの攻撃対象は、90%が相手の背中・尻に絞られ、傷つきやすい部位である咽喉や腹部などにはあまり向かわない。侵入者が仰向けになった服従姿勢をとると、攻撃側は腹部や顔面を攻撃できるにも関わらず攻撃せず、かわりに威圧姿勢をとる。マウスやハムスターでも、主に背中が攻撃のターゲットとなる[4]。すなわち攻撃行動には儀式的な組織化ritual organizationがあり、秩序だって制御されていると言える。
このような観察を強調したローレンツの古典的著書『攻撃』[2]の影響もあり、過去には、動物は同種間の闘いで実際に致命傷を受けることはほとんどない、そのような残酷なことをするのは人間だけ、あるいは人間とチンパンジーだけだ、と主張されたこともある。しかしその後の観察では、同種の動物の間で致命傷に至る攻撃行動は決してまれではない。
異種間においても、ライオンは必ずしも空腹だから獲物を殺すのではなく、気まぐれに狩猟しているように見える[12]。子殺しも、当初考えられていたよりもはるかに広範な種に認められている[13]。従って「実際の暴力を減弱する方法が自然の中にこうして存在するにしても、攻撃性が珍事であるわけではなく、やはり生起するのである。」[10]
脳内基盤
除脳実験
”ホメオスタシス”研究で著名なキャノンの弟子バードは、視床下部の直前の離断(大脳半球と視床のかなりの部分の除脳)を行うと、手術前には大人しかったネコが、わずかな刺激によって強い怒りの反応、すなわち毛を逆立て、爪をむき出し、唸り声をあげ、前足で叩く、という一連の防御的攻撃行動を示すことを見出した[14]。一方、視床下部直後の離断(視床下部・視床および前部大脳半球の除脳)では、唸る、爪をむき出す、耳を寝かせる、噛むなどの反応はそれぞれ認められても、これらが協調的に一斉に現れなくなる。このことから、怒りという情動のまとまった行動発現には視床下部が必要であることが明らかになった。また大脳皮質は怒り反応には不要で、むしろ視床下部を抑制して怒り反応の閾値を上昇させていると考えられた。
この実験以前は、あらゆる知覚は視床を介して大脳皮質に伝えられると考えられていたが、皮質がなくても触覚刺激に反応して怒り情動が起こることから、皮質を介さずに直接視床下部に行く知覚入力経路があることも明らかになった。
電気刺激実験
ヘスは、ネコの視床下部の電気刺激によって攻撃と逃走を誘発できることを発見した[15]。当時、視床下部は自律神経の中枢と考えられていたが、上述のバードの実験とあわせ、生得的な行動の中枢も視床下部にあると考えられるようになった。
ヘス自身は視床下部内で「攻撃」特異的な解剖学的領域の存在には否定的であった。しかし九州大学の安河内五郎[16]は反応の強い刺激脳部位、すなわち低い閾値で明確な反応が出た場所だけをマップすると、特定の行動に対応する部位が存在すること、特に激怒+攻撃は視床下部腹内側核 (ventromedial hypothalamic nucleus; VMH)への刺激で起こりやすいことを示した。ネコ、ラット、有袋類オポッサム、霊長類マーモセットにおいても、VMHに重なる視床下部腹内側の刺激で防御的威嚇行動が、その背外側で逃走行動が生じることから、これらの視床下部における行動誘発マップは哺乳類内でよく保存されていると考えられる[17]。
クルックらはラットを用い、攻撃やそのほかの行動を誘発する視床下部内領域をより詳細にマッピングし、「攻撃」誘発領域をhypothalamic attack area, HAAと命名した。
光遺伝学的実験
アメリカのカリフォルニア工科大学のリン、アンダーソンらはマウスにおいて光遺伝学 (optogenetics)の手法を用い、VMHの腹外側部(VMHvl)、とくにエストロゲン受容体α(ERα)を発現するニューロン特異的な光遺伝学的刺激が、攻撃行動を起こすことを見出した[18][19]。オスマウスVMHのERα発現細胞を光遺伝学により活性化すると、普段なら攻撃が起こらない状況においても、攻撃行動が誘発される。例えば膨らませた手袋や、性行動をしている相手のメスマウスに対しても、光を照射するとただちに攻撃行動が誘発される。ERαとほぼ局在が同じプロゲステロンレセプターPR陽性VMHvlニューロンのDREADD-Gqを用いた薬理遺伝学的活性化でも、居住オスは本来行わないメスや手袋、自分の鏡像に対する攻撃を行った[20]。オスを去勢したり、フェロモン受容体のノックアウトをしても、VMHvlを活性化すると攻撃は起こる。
さらに、VMHvl ニューロンの光遺伝学的機能抑制によって攻撃行動が抑制され、また、ERα発現 “攻撃” ニューロンは侵入者オスに対する自発的な攻撃中に発火する。これらのことから、マウスVMHvlのERα発現ニューロンは、攻撃行動の発動に必要かつ十分であると考えられた。
視床下部VMH以外の脳部位
攻撃性に関与する脳部位はVMHvl以外にもある。前頭前野、中隔、扁桃体、側坐核、分界条庄核、視索前野、視床下部前核、前乳頭体核、室傍核、手綱核、中脳水道周囲灰白質、背側縫線核、青斑核などが攻撃行動に関与することが明らかになってきている[21][22]。これらの領域は視床下部などの各領域と投射(結合)関係を持ち、情報をやりとりしながら、行動を解発する刺激(感覚)の情報処理や、実際の行動の際の計画・運動などに関与し、全体としてネットワークを形成していると考えられる[23][24]。
ホルモン・神経伝達物質
攻撃行動には多様なホルモンや神経伝達物質が関わることが分かっているが、その中でも特によく研究されている性ステロイドホルモンとセロトニンについてのみここでは紹介する。他にも、神経ペプチドであるバソプレッシンやオキシトシン、副腎皮質刺激ホルモン放出因子、ニューロペプチドYなど、そして神経伝達物質であるドーパミンやGABA、グルタミン酸、内因性オピオイドなど、更にシグナル伝達物質である一酸化窒素合成酵素(NOS)が攻撃行動に関与することが報告されている。
性ステロイドホルモン
多くの動物において、雄の方が雌よりも攻撃性が高く、特に精巣からテストステロンの分泌が増加する思春期から攻撃行動が増加する。また、成体雄の精巣を除去すると攻撃行動が低下し、そこにテストステロンを投与することで攻撃行動が回復することから、テストステロンが攻撃行動の出現に必須であることが示されている[25]。テストステロンは、直接アンドロゲン受容体に作用するのに加えて、アロマターゼにより芳香化されエストラジオールに代謝されることで、エストロゲン受容体にも作用する。攻撃行動には実はこのエストロゲン受容体を介した作用が重要な働きを持つことが明らかとなってきており、去勢した雄にエストラジオールを投与しても攻撃行動がある程度回復することや、アロマターゼを抑制するとテストステロンの効果が阻害されることが分かっている[26]。遺伝子ノックアウトマウスの仕事から、アンドロゲン受容体とエストロゲン受容体α(ERα)の両方が、攻撃行動の出現に関与することが明らかとなっており[27]、先に述べた視床下部VMHvlについても、ERα受容体の発現が攻撃行動の発動に関わることが示されている[27]。
セロトニンと攻撃性
攻撃行動に関わる神経伝達物質として最もよく研究されているのが、セロトニン(5-HT)である。衝動的・暴力的な行動を示す個体において、血中や脳内のセロトニンが低下していることが様々な動物において観察されたことから、セロトニンが欠損すると攻撃性が昂進するという仮説が一般的に広く受け入れられているが、実はそう単純な関係ではないことが徐々に認識されてきている[28][29]。
実際、セロトニン合成(トリプトファン水酸化酵素2 (tryptophan hydroxylase 2; Tph2)や、セロトニン神経発達に関わる遺伝子(Pet-1)を欠損させたり、5-HT1B受容体を欠損させたノックアウトマウスにおいて、攻撃行動が多くみられることは、セロトニン系の阻害が攻撃行動を昂進させることを示している[30][31][32]。その一方で、モノアミン酸化酵素MAOAが欠損したヒトやマウスにおいて、過剰な攻撃性が観察され、それらの個体ではセロトニン量が増加している[33][34]。また、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は攻撃行動を減らすという報告と増加させるという報告が混在している[35][36]。このことから、セロトニンは受容体のサブタイプや、作用する脳部位によって、攻撃行動に異なる作用をもたらしており、更に攻撃行動のタイプ(offensive, defensive, 母親攻撃行動など)や、攻撃の特性(trait)と状態(state)によっても、セロトニンと攻撃行動の関係は異なる可能性が示唆されている。
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