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<font size="+1">安島 綾子、[https://researchmap.jp/yoshihiroyoshihara/ 吉原 良浩]</font><br> | <font size="+1">安島 綾子、[https://researchmap.jp/yoshihiroyoshihara/ 吉原 良浩]</font><br> | ||
''理化学研究所 脳神経科学研究センター システム分子行動学研究チーム''<br> | ''理化学研究所 脳神経科学研究センター システム分子行動学研究チーム''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2019年3月29日 原稿完成日:2019年2月4日<br> | ||
担当編集委員:[ | 担当編集委員:[https://researchmap.jp/masahikowatanabeo 渡辺 雅彦] (北海道大学大学院医学研究院 解剖学分野 解剖発生学教室)<br> | ||
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羅:claustrum 英:claustrum 独:Claustrum 仏:claustrum | 羅:claustrum 英:claustrum 独:Claustrum 仏:claustrum | ||
{{box|text= | {{box|text= 前障は哺乳類に特徴的な脳の一領域。霊長類では大脳皮質(島皮質)の内側部、外包と最外包の間に、げっ歯類では島皮質の内側に接して、線条体・外包の外側部に存在し、前後方向・背腹方向に伸展した薄く不規則なシート状の構造をとっている、前障はほとんどすべての大脳皮質及び扁桃体基底外側部と双方向性の結合をもつ。この特徴的な神経結合様式や電気生理学的実験の結果などをもとにして、これまでに多くの研究者が前障の機能についての考察を行い、多種感覚情報の統合、顕著度の検出、注意の割り当て、意識の中枢など、高次脳機能における前障の関与についての仮説が提唱されている。}} | ||
== 解剖 == | == 解剖 == | ||
[[ファイル:Ajima Fig 1.jpg|サムネイル|右|'''図1. ヒト前障(赤矢印)'''<br>Wikipediaより]] | [[ファイル:Ajima Fig 1.jpg|サムネイル|右|'''図1. ヒト前障(赤矢印)'''<br>Wikipediaより]] | ||
[[ファイル:Ajima Fig 2.png|サムネイル|'''図2. マウス前障(赤)'''<br>写真は前障のグルタミン酸作働性ニューロン のマーカーラテキシンの免疫染色像]] | [[ファイル:Ajima Fig 2.png|サムネイル|'''図2. マウス前障(赤)'''<br>写真は前障のグルタミン酸作働性ニューロン のマーカーラテキシンの免疫染色像]] | ||
[[霊長類]] | [[霊長類]]では[[大脳皮質]]([[島皮質]])の内側部、[[外包]]と[[最外包]]の間に('''図1''')、[[げっ歯類]]では島皮質の内側に接して、[[線条体]]・外包の外側部に存在し、前後方向・背腹方向に伸展した薄く不規則なシート状の構造をとっている('''図2''')。 | ||
=== 細胞構築 === | === 細胞構築 === | ||
[[ヒト]][[脳切片]]の[[ゴルジ染色]]により、前障にはおもに3種類のニューロンの存在が確認されている。そのうち大部分(85-90%)は大型の[[細胞体]] | [[ヒト]][[脳切片]]の[[ゴルジ染色]]により、前障にはおもに3種類のニューロンの存在が確認されている。そのうち大部分(85-90%)は大型の[[細胞体]]に[[有棘樹状突起]](spiny dendrite)を有しており、前障への入力、前障からの出力を担う[[興奮性ニューロン]]であると考えられている。残りのニューロンは[[無棘樹状突起]](aspiny dendrite)を有し、細胞体の大きさから2種類に分類され、[[抑制性ニューロン]]であると考えられている<ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref>[5]。 | ||
マウス[[脳スライス標本]]における電気生理学実験によって、前障ニューロンは電気生理学的特性の異なる2種類の興奮性ニューロンと3種類の抑制性ニューロンに分類されている。これら2種類の興奮性ニューロンは、大脳皮質への[[軸索]] | マウス[[脳スライス標本]]における電気生理学実験によって、前障ニューロンは電気生理学的特性の異なる2種類の興奮性ニューロンと3種類の抑制性ニューロンに分類されている。これら2種類の興奮性ニューロンは、大脳皮質への[[軸索]]投射パターンが異なっており、機能的な差異があると考えらえる<ref><pubmed> 30109490 </pubmed></ref>[6]。 | ||
=== 入力・出力 === | === 入力・出力 === | ||
ヒト脳[[MRI]]での[[拡散テンソル画像]](diffusion tensor image: DTI)解析法によると、前障は単位体積当たりの神経線維結合密度が脳内で最も高いことが示されている<ref><pubmed> 25339630 </pubmed></ref>[7]。 | |||
最近、[[トランスジェニックマウス]]や[[ウイルスベクター]]技術を駆使した前障ニューロンの神経回路遺伝学的解析が盛んに行われつつある<ref name=Zingg2018><pubmed> 30252130 </pubmed></ref><ref name=Narikiyo2018>'''Narikiyo K, Mizuguchi R, Ajima A, Mitsui S, Shiozaki M, Hamanaka H, Johansen JP, Mori K and Yoshihara Y'''<br>The claustrum coordinates cortical slow-wave activity.<br>bioRxiv: 2018, doi: https://doi.org/10.1101/286773</ref><ref name= Jackson2018><pubmed> 30122374 </pubmed></ref><ref name=Atlan2018><pubmed> 30122531 </pubmed></ref> | [[ラット]]、[[ネコ]]、[[サル]]等での古典的トレーサー実験により、前障は大脳皮質のほとんどすべての領野および[[扁桃体]][[基底外側部]]と双方向性な神経結合を有すると報告されている<ref name=Wang2017><pubmed> 27223051 </pubmed></ref><ref><pubmed> 26801010 </pubmed></ref><ref><pubmed> 26973027 </pubmed></ref>[8-10]。ネコ大脳皮質視覚野と前障との神経結合様式を解析した実験で、[[視覚野]]から入力を受ける前障内の一部の亜領域のニューロンは、それらの軸索を視覚野へと投射しているという双方向性の神経結合が示されている<ref><pubmed> 6169810 </pubmed></ref>[11]。同様に、大脳皮質[[聴覚野]]と前障内の別の亜領域の間に双方向性の神経結合があると報告されている<ref><pubmed> 11397538 </pubmed></ref>[12]ことから、前障には視覚あるいは聴覚を担当する異なる亜領域(それぞれ[[視覚前障]] (visual claustrum)、[[聴覚前障]] (auditory claustrum)と言われる)が存在すると考えられる。また、サル皮質間における神経結合が強い領野(例えば[[運動前野]]と[[前頭連合野]]など)のニューロンはそれらの軸索を前障内の共通のサブ領域に投射しているが、皮質間における神経結合が弱い領野のニューロンからは前障内における軸索終末の重なりが少ないことが示唆されている<ref><pubmed> 6800568 </pubmed></ref><ref><pubmed> 2846794 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12412139 </pubmed></ref>[13,14,15]。また、大脳皮質からの直接入力は、前障内興奮性ニューロンとともに抑制性ニューロンにも送られ、大脳皮質から前障への[[フィードフォワード抑制機構]]が存在することが報告されている<ref name=Kim2016><pubmed> 26791208 </pubmed></ref> [16]。 | ||
最近、[[トランスジェニックマウス]]や[[ウイルスベクター]]技術を駆使した前障ニューロンの神経回路遺伝学的解析が盛んに行われつつある<ref name=Zingg2018><pubmed> 30252130 </pubmed></ref><ref name=Narikiyo2018>'''Narikiyo K, Mizuguchi R, Ajima A, Mitsui S, Shiozaki M, Hamanaka H, Johansen JP, Mori K and Yoshihara Y'''<br>The claustrum coordinates cortical slow-wave activity.<br>bioRxiv: 2018, doi: https://doi.org/10.1101/286773</ref><ref name= Jackson2018><pubmed> 30122374 </pubmed></ref><ref name=Atlan2018><pubmed> 30122531 </pubmed></ref>[17-20]。その結果は、上述の神経回路トレーサーを用いた古典的神経解剖学の知見とほとんど一致しており、前障が広範な大脳皮質領域および扁桃体基底外側部と双方性神経結合を有することが証明された。また、改変型[[狂犬病ウイルス]]を用いた単一シナプス逆行性トレーシング実験により、[[縫線核]]の[[セロトニン]]作働性ニューロン、[[大脳基底核]]の[[アセチルコリン]]作働性ニューロン、[[視床]][[内背側核]]の[[グルタミン酸]]作働性ニューロンなどから、前障へのシナプス入力が存在することが明らかとなった<ref name=Narikiyo2018></ref><ref name=Atlan2018 ></ref>[18,20]。 | |||
=== 内部回路 === | === 内部回路 === | ||
前障—皮質間の神経結合様式に比較して、前障内部の神経回路についての報告は非常に少なく、ほとんど分かっていないのが現状である。[[マウス]]脳スライス標本における前障内の2つの近傍ニューロンからの同時記録実験により、前障内における抑制性ニューロン同士及び興奮性ニューロン-抑制性ニューロン間の結合に比較して、興奮性ニューロン同士の結合は非常に少ないと報告されている。また、抑制性ニューロン同士の結合は、[[電気シナプス]]と[[化学シナプス]]の両方が存在すると報告されている<ref name=Kim2016></ref>[16]。 | |||
=== 分子マーカー === | === 分子マーカー === | ||
前障に特異的に発現する分子はこれまでに発見されていない。しかしながら、マウスでは、[[Gnb4]] (guanine nucleotide-binding protein subunit β-4)、[[Gng2]] (guanine nucleotide-binding protein subunit γ-2)、[[Ntng2]]([[netrin G2]])、[[Nr4a2]] (nuclear receptor 4a2)、[[ラテキシン]]などが、前障ニューロンに高発現しており、隣接する皮質領域と前障を区別する分子マーカーとして利用されている('''図2''')<ref name=Wang2017></ref><ref name=Narikiyo2018></ref><ref><pubmed> 16203099 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24904319 </pubmed></ref>[8,18,21,22]。また最近、前障ニューロンにDNA組換え酵素[[Cre]]を発現させた遺伝子改変マウスが報告されている<ref name=Wang2017></ref><ref name=Narikiyo2018></ref><ref name=Atlan2018 ></ref> [8,18,20]。 | |||
== 機能 == | == 機能 == | ||
[[多種感覚情報統合|多種感覚情報の統合]] (multimodal sensory integration)、[[ | [[多種感覚情報統合|多種感覚情報の統合]] (multimodal sensory integration)、[[顕著度]]の検出 (saliency detection)、[[注意]]の割り当て (attentional load allocation)、[[意識]]の中枢 (neural correlates of consciousness)など、高次脳機能における前障の関与についての仮説が提唱されている<ref><pubmed> 16147522 </pubmed></ref><ref><pubmed> 26116988 </pubmed></ref><ref><pubmed> 29118217 </pubmed></ref><ref>'''Smythies JR, Edelstein LR and Ramachandran VS ed.'''<br> | ||
The claustrum-structural, functional and clinical neuroscience.<br> | |||
''Academic Press:'' 2014</ref>[1-4]。 | |||
=== 前障ニューロンの活動 === | === 前障ニューロンの活動 === | ||
前障ニューロンは、自発発火頻度が低く<ref name=Narikiyo2018></ref><ref><pubmed> 13332440 </pubmed></ref>[18,23]、[[睡眠]]中<ref name=Narikiyo2018></ref><ref><pubmed> 26601158 </pubmed></ref><ref><pubmed> 28347885 </pubmed></ref>[18,24,25]における活動が覚醒時よりも高いことが、[[c-fos]]発現解析や単一細胞記録で報告されている。 | |||
前障ニューロンの感覚刺激に対する反応選択性は低いが、サル、ネコ、においては視覚刺激や聴覚刺激に選択的に応答する前障ニューロンの存在が報告されている<ref><pubmed> 7442793 </pubmed></ref><ref><pubmed> 7209525 </pubmed></ref><ref name=Remedios2010><pubmed> 20881109 </pubmed></ref><ref name=Remedios2014><pubmed> 24772069 </pubmed></ref>[26-29]。また、これらの前障ニューロンは視覚刺激あるいは聴覚刺激の刺激入力時に一過性に活動が高くなり、その後すぐに低下することが明らかになっている<ref name=Remedios2010></ref><ref name=Remedios2014></ref> [28,29]。このことは、前障ニューロンが詳細な感覚情報をコードしているというより、各々の感覚入力のタイミングに反応することを示唆している。 | |||
=== 前障ニューロンが大脳皮質に及ぼす影響 === | === 前障ニューロンが大脳皮質に及ぼす影響 === | ||
1980年頃から前障の電気刺激や傷害に伴う大脳皮質ニューロンの活動変化を解析する研究がなされてきたが<ref><pubmed> 7104694 </pubmed></ref><ref><pubmed> 6489496 </pubmed></ref><ref><pubmed> 3257060 </pubmed></ref><ref><pubmed> 26186439 </pubmed></ref> | 1980年頃から前障の電気刺激や傷害に伴う大脳皮質ニューロンの活動変化を解析する研究がなされてきたが<ref><pubmed> 7104694 </pubmed></ref><ref><pubmed> 6489496 </pubmed></ref><ref><pubmed> 3257060 </pubmed></ref><ref><pubmed> 26186439 </pubmed></ref>[30-33]、薄く不規則なシート状構造をとる前障のニューロンを選択的に興奮あるいは抑制させることは困難であり、その機能についての統一的見解は得られていなかった。しかしながら近年の、ウイルスベクター・[[光遺伝学]]・[[化学遺伝学]]などの神経回路遺伝学技術の革新により、光刺激や薬物投与で前障ニューロン特異的に活動操作をすることが可能となり、ようやくその機能の一端が明らかになりつつある。 | ||
マウス前障ニューロンに光駆動性陽[[イオンチャネル]]([[チャネルロドプシン]])を発現させ、光刺激によって前障ニューロンを興奮させると、大脳皮質内の多くの抑制性ニューロン(特に[[ニューロペプチドY]] (NPY)陽性ニューロンと[[パルブアルブミン]] (PV)陽性ニューロン)において[[活動電位]]が発生する<ref name=Narikiyo2018></ref><ref name= Jackson2018></ref>[18,19]。 | |||
一方、大脳皮質の[[錐体細胞]]では、興奮性[[後シナプス電位]](excitatory postsynaptic potential: EPSP)が誘導されるものの、活動電位は発生しない<ref name=Narikiyo2018></ref><ref name= Jackson2018></ref>[18,19]。しかしながら、NPY陽性抑制性ニューロンの活動を阻害しておくと、前障の光遺伝学的刺激によって錐体細胞においても活動電位の発生が観察される<ref name= Jackson2018></ref>[19]。これらのことから前障ニューロンは、大脳皮質内抑制性ニューロン(特にNPY陽性ニューロン)の興奮を介して、錐体細胞に[[フィードフォワード抑制]]をかけると考えられる。 | |||
その他に、前障ニューロンの神経回路遺伝学的な抑制操作によって、[[恐怖文脈条件づけ]]学習(contextual fear conditioning)における長期の記憶が低下すること <ref><pubmed> 28077707 </pubmed></ref>、[[5選択連続反応時間課題]](5-choice serial reaction time task) | ヒトの[[てんかん]]発作の治療の一環で、前障に高頻度電気刺激を与えると、それまでの行動が一時停止され、意識喪失状態になり。電気刺激を止めたところ、何事もなかったかのように元の動作を続けたと報告されている<ref><pubmed> 24967698 </pubmed></ref> [34]。マウス及びヒトにおける以上の知見により、前障が意識のオン/オフに関与している可能性が示唆されている。 | ||
その他に、前障ニューロンの神経回路遺伝学的な抑制操作によって、[[恐怖文脈条件づけ]]学習(contextual fear conditioning)における長期の記憶が低下すること <ref><pubmed> 28077707 </pubmed></ref>[35]、[[5選択連続反応時間課題]](5-choice serial reaction time task)におけるトップダウンシグナルの低下を伴った注意の低下が起こること、無関連な妨害音を無視できなくなって[[二肢強制選択タスク]](two-alternative forced choice task)や[[養育行動]]([[新生児回収行動テスト]]:pup retrieval test)の成功率が低下することが報告されており<ref name=Atlan2018></ref>[20]、前障が[[記憶]]・注意の割り当て・多感覚情報の統合など、さまざまな高次機能に関わる可能性が示されている。 | |||
== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
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== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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2019年3月29日 (金) 16:50時点における版
安島 綾子、吉原 良浩
理化学研究所 脳神経科学研究センター システム分子行動学研究チーム
DOI:10.14931/bsd.7940 原稿受付日:2019年3月29日 原稿完成日:2019年2月4日
担当編集委員:渡辺 雅彦 (北海道大学大学院医学研究院 解剖学分野 解剖発生学教室)
羅:claustrum 英:claustrum 独:Claustrum 仏:claustrum
前障は哺乳類に特徴的な脳の一領域。霊長類では大脳皮質(島皮質)の内側部、外包と最外包の間に、げっ歯類では島皮質の内側に接して、線条体・外包の外側部に存在し、前後方向・背腹方向に伸展した薄く不規則なシート状の構造をとっている、前障はほとんどすべての大脳皮質及び扁桃体基底外側部と双方向性の結合をもつ。この特徴的な神経結合様式や電気生理学的実験の結果などをもとにして、これまでに多くの研究者が前障の機能についての考察を行い、多種感覚情報の統合、顕著度の検出、注意の割り当て、意識の中枢など、高次脳機能における前障の関与についての仮説が提唱されている。
解剖
霊長類では大脳皮質(島皮質)の内側部、外包と最外包の間に(図1)、げっ歯類では島皮質の内側に接して、線条体・外包の外側部に存在し、前後方向・背腹方向に伸展した薄く不規則なシート状の構造をとっている(図2)。
細胞構築
ヒト脳切片のゴルジ染色により、前障にはおもに3種類のニューロンの存在が確認されている。そのうち大部分(85-90%)は大型の細胞体に有棘樹状突起(spiny dendrite)を有しており、前障への入力、前障からの出力を担う興奮性ニューロンであると考えられている。残りのニューロンは無棘樹状突起(aspiny dendrite)を有し、細胞体の大きさから2種類に分類され、抑制性ニューロンであると考えられている[1][5]。
マウス脳スライス標本における電気生理学実験によって、前障ニューロンは電気生理学的特性の異なる2種類の興奮性ニューロンと3種類の抑制性ニューロンに分類されている。これら2種類の興奮性ニューロンは、大脳皮質への軸索投射パターンが異なっており、機能的な差異があると考えらえる[2][6]。
入力・出力
ヒト脳MRIでの拡散テンソル画像(diffusion tensor image: DTI)解析法によると、前障は単位体積当たりの神経線維結合密度が脳内で最も高いことが示されている[3][7]。
ラット、ネコ、サル等での古典的トレーサー実験により、前障は大脳皮質のほとんどすべての領野および扁桃体基底外側部と双方向性な神経結合を有すると報告されている[4][5][6][8-10]。ネコ大脳皮質視覚野と前障との神経結合様式を解析した実験で、視覚野から入力を受ける前障内の一部の亜領域のニューロンは、それらの軸索を視覚野へと投射しているという双方向性の神経結合が示されている[7][11]。同様に、大脳皮質聴覚野と前障内の別の亜領域の間に双方向性の神経結合があると報告されている[8][12]ことから、前障には視覚あるいは聴覚を担当する異なる亜領域(それぞれ視覚前障 (visual claustrum)、聴覚前障 (auditory claustrum)と言われる)が存在すると考えられる。また、サル皮質間における神経結合が強い領野(例えば運動前野と前頭連合野など)のニューロンはそれらの軸索を前障内の共通のサブ領域に投射しているが、皮質間における神経結合が弱い領野のニューロンからは前障内における軸索終末の重なりが少ないことが示唆されている[9][10][11][13,14,15]。また、大脳皮質からの直接入力は、前障内興奮性ニューロンとともに抑制性ニューロンにも送られ、大脳皮質から前障へのフィードフォワード抑制機構が存在することが報告されている[12] [16]。
最近、トランスジェニックマウスやウイルスベクター技術を駆使した前障ニューロンの神経回路遺伝学的解析が盛んに行われつつある[13][14][15][16][17-20]。その結果は、上述の神経回路トレーサーを用いた古典的神経解剖学の知見とほとんど一致しており、前障が広範な大脳皮質領域および扁桃体基底外側部と双方性神経結合を有することが証明された。また、改変型狂犬病ウイルスを用いた単一シナプス逆行性トレーシング実験により、縫線核のセロトニン作働性ニューロン、大脳基底核のアセチルコリン作働性ニューロン、視床内背側核のグルタミン酸作働性ニューロンなどから、前障へのシナプス入力が存在することが明らかとなった[14][16][18,20]。
内部回路
前障—皮質間の神経結合様式に比較して、前障内部の神経回路についての報告は非常に少なく、ほとんど分かっていないのが現状である。マウス脳スライス標本における前障内の2つの近傍ニューロンからの同時記録実験により、前障内における抑制性ニューロン同士及び興奮性ニューロン-抑制性ニューロン間の結合に比較して、興奮性ニューロン同士の結合は非常に少ないと報告されている。また、抑制性ニューロン同士の結合は、電気シナプスと化学シナプスの両方が存在すると報告されている[12][16]。
分子マーカー
前障に特異的に発現する分子はこれまでに発見されていない。しかしながら、マウスでは、Gnb4 (guanine nucleotide-binding protein subunit β-4)、Gng2 (guanine nucleotide-binding protein subunit γ-2)、Ntng2(netrin G2)、Nr4a2 (nuclear receptor 4a2)、ラテキシンなどが、前障ニューロンに高発現しており、隣接する皮質領域と前障を区別する分子マーカーとして利用されている(図2)[4][14][17][18][8,18,21,22]。また最近、前障ニューロンにDNA組換え酵素Creを発現させた遺伝子改変マウスが報告されている[4][14][16] [8,18,20]。
機能
多種感覚情報の統合 (multimodal sensory integration)、顕著度の検出 (saliency detection)、注意の割り当て (attentional load allocation)、意識の中枢 (neural correlates of consciousness)など、高次脳機能における前障の関与についての仮説が提唱されている[19][20][21][22][1-4]。
前障ニューロンの活動
前障ニューロンは、自発発火頻度が低く[14][23][18,23]、睡眠中[14][24][25][18,24,25]における活動が覚醒時よりも高いことが、c-fos発現解析や単一細胞記録で報告されている。
前障ニューロンの感覚刺激に対する反応選択性は低いが、サル、ネコ、においては視覚刺激や聴覚刺激に選択的に応答する前障ニューロンの存在が報告されている[26][27][28][29][26-29]。また、これらの前障ニューロンは視覚刺激あるいは聴覚刺激の刺激入力時に一過性に活動が高くなり、その後すぐに低下することが明らかになっている[28][29] [28,29]。このことは、前障ニューロンが詳細な感覚情報をコードしているというより、各々の感覚入力のタイミングに反応することを示唆している。
前障ニューロンが大脳皮質に及ぼす影響
1980年頃から前障の電気刺激や傷害に伴う大脳皮質ニューロンの活動変化を解析する研究がなされてきたが[30][31][32][33][30-33]、薄く不規則なシート状構造をとる前障のニューロンを選択的に興奮あるいは抑制させることは困難であり、その機能についての統一的見解は得られていなかった。しかしながら近年の、ウイルスベクター・光遺伝学・化学遺伝学などの神経回路遺伝学技術の革新により、光刺激や薬物投与で前障ニューロン特異的に活動操作をすることが可能となり、ようやくその機能の一端が明らかになりつつある。
マウス前障ニューロンに光駆動性陽イオンチャネル(チャネルロドプシン)を発現させ、光刺激によって前障ニューロンを興奮させると、大脳皮質内の多くの抑制性ニューロン(特にニューロペプチドY (NPY)陽性ニューロンとパルブアルブミン (PV)陽性ニューロン)において活動電位が発生する[14][15][18,19]。
一方、大脳皮質の錐体細胞では、興奮性後シナプス電位(excitatory postsynaptic potential: EPSP)が誘導されるものの、活動電位は発生しない[14][15][18,19]。しかしながら、NPY陽性抑制性ニューロンの活動を阻害しておくと、前障の光遺伝学的刺激によって錐体細胞においても活動電位の発生が観察される[15][19]。これらのことから前障ニューロンは、大脳皮質内抑制性ニューロン(特にNPY陽性ニューロン)の興奮を介して、錐体細胞にフィードフォワード抑制をかけると考えられる。
ヒトのてんかん発作の治療の一環で、前障に高頻度電気刺激を与えると、それまでの行動が一時停止され、意識喪失状態になり。電気刺激を止めたところ、何事もなかったかのように元の動作を続けたと報告されている[34] [34]。マウス及びヒトにおける以上の知見により、前障が意識のオン/オフに関与している可能性が示唆されている。
その他に、前障ニューロンの神経回路遺伝学的な抑制操作によって、恐怖文脈条件づけ学習(contextual fear conditioning)における長期の記憶が低下すること [35][35]、5選択連続反応時間課題(5-choice serial reaction time task)におけるトップダウンシグナルの低下を伴った注意の低下が起こること、無関連な妨害音を無視できなくなって二肢強制選択タスク(two-alternative forced choice task)や養育行動(新生児回収行動テスト:pup retrieval test)の成功率が低下することが報告されており[16][20]、前障が記憶・注意の割り当て・多感覚情報の統合など、さまざまな高次機能に関わる可能性が示されている。
関連項目
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