意識

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土谷 尚嗣
Monash University
DOI:10.14931/bsd.7118 原稿受付日:2016年5月10日 原稿完成日:2016年6月9日
担当編集委員:定藤 規弘(自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)

英:consciousness 独:Bewusstsein 仏:conscience

 意識の問題は人間存在の根本問題である。自分が死んだら自分が経験しているこの世界はどうなるのか、という自分の意識に関する疑問は、古くから多くの人々が考えてきた問題だ。他人の意識の問題も同じように大きな問題である。他人はどのように世界を感じ、経験しているのか。考えや感情のように外部から観察しにくい主観的な経験だけでなく、視覚・聴覚などの感覚経験についても、他人の意識経験は、自分が直接経験することができない。自分が感じているこの「赤」と、他人が感じている「赤」が同じ「赤」なのか、などの他人と自分の意識の問題について疑いをもつことから意識研究を目指す研究者も多い。

 意識に関する研究は、宗教・哲学・言語学・心理学・脳科学・医学・工学・物理学など、さまざまな分野で進んでおり、学際的な研究も活発である。本項では意識の脳科学研究を中心に解説する。脳科学で扱う「意識」とは、主に、医学的な「意識レベル」、もしくは、実験心理学や哲学で扱う「クオリア」や「意識内容」のことを指す。意識の哲学的解説は[1]、医学的解説は[2]を参照。

意識研究の歴史の概観

 洋の東西を問わず、意識・主観性にまつわる問題は、宗教・哲学が様々な角度から論じてきた[1]。17世紀以降、意識(精神)と(物質)の関係性をめぐる問題はmind-body problemと呼ばれ、盛んに議論されてきた。

 19世紀後半から20世紀初頭まで、意識の問題は心理学者ウィリアム・ジェームズや生理学者ヘルマン・フォン・ヘルムホルツなどにより盛んに研究された。外部の感覚入力刺激と、それがどのように意識にのぼってくるかの関係性を、自分の経験を注意深く振り返る内省内観(introspection)をもとに、定量的に調べる精神物理学(psychophysics)が発展したのはこの頃である。

 20世紀初頭に起きたスキナー(Skinner)らによる行動主義(behaviorism)の台頭により、意識研究は一時的に科学の舞台から姿を消す。行動主義の学者らは、外部から観察できない精神現象は科学研究の俎上には載らず、実験者が制御できる入力刺激と、観察可能な行動の関係性だけを科学研究の対象にするべきであると主張した。

 1960年以降、認知心理学(cognitive psychology)の登場により、脳をある種の情報処理装置としてモデル化し、外からは直接観測できないような注意・感情・記憶などの精神現象をも研究対象とし、どのような内部プロセスがこれらを支えられているかが研究されるようになった。しかし、その後も数十年の間、意識を科学的に研究する動きは出てこなかった。

 1980年代後半の脳イメージング技術の発達が契機となって、1990年序盤には、著名な脳科学者が意識研究に積極的に参加するようになった。現在でも続く二つの大きな国際意識研究学会、Toward a Science of Consciousness(2016年以降はThe science of Consciousness)およびAssociation for Scientific Study of Consciousness (ASSC)は、この頃に創設された 。意識研究の代表的な専門誌Journal of Consciousness StudiesConsciousness and Cognitionが創刊したのも同時期である[註 1]

 脳科学による意識研究の成立にインパクトが大きかったのは、1990年代にクリックコッホによって提唱された意識研究の枠組みである[3]。この枠組みでは、特にヒトサル視覚系に注目して、特定の視覚意識を生み出すのに十分な最小限の神経細胞集団、いわゆる「意識の神経相関(the neural correlates of consciousness; NCC)」を同定することが大きな目的とされた。この目的のもとに、数多くの実証的脳科学意識研究が生み出された(NCC研究については意識の神経相関を参照)。これらの研究は、多くの脳科学者に意識が具体的な研究対象となることを確信させ、現在の意識研究の基礎となっている。

 意識そのものの研究は直接できないという考えが支配的であった時代でも、注意作業記憶など、意識と関係が深いと考えられる心理学的な概念は盛んに研究された。それらの研究の中には、注意や作業記憶の理解が進めば、自然と意識の理解も進むと考えていたものも多い[4] [5] [6]。現在では、これらの認知機能と意識がそれぞれどのような神経活動により支えられており、どのように関連し合っているのかなどが批判的に精査されている[7] [8]

 2006年にAdrian Owenらが報告した植物状態の患者における意識研究は、意識の臨床研究に大きなインパクトを与えた[9] [10]。重度の脳障害により昏睡状態に陥った患者の中には、昏睡状態からは回復するものの、医師・看護師の要請に答えて体を意志的に動かすことが全くできないという症状を示す患者がいる。このような患者は、意識のない植物状態患者と判定されることが多い。しかし、Owenらは、こうした患者の中には、意志の力で脳活動をコントロールし、外部とコミュニケーションできる能力を持っている患者がいることを示した。現在では、そのような患者は、植物状態とは区別されて最小意識状態[11]にあると認知されるようになっている。

 2010年以降は深層学習を使った人工知能(Artificial Intelligence, AI)技術の発展が著しくなり[12] [13]、AIは意識をもちうるのか、という問題も社会問題として考えられるようになってきた。これまでは、人工的なネットワークに意識が宿る可能性は、哲学の主題でしかなかったが、統合情報理論などの理論的意識研究がすすめば、科学的検証も可能になるかもしれない。

意識の脳科学的な定義・関連用語との関係性

 脳科学で扱う場合、「意識」という語は、主に二つの意味で使われる。

 一つ目の意味は、医学の世界で使われる「意識レベル」ないし「覚醒(arousal)」のいう時の意識である。意識レベルは、起きて頭が冴えている時に最も高く、眠くなり頭がぼんやりしている時には低くなり、夢を見ていない間の睡眠時、深い麻酔をかけられた状態ではより低くなる。脳に障害を受け、植物状態昏睡などにおちいると、さらに意識レベルは低くなり、簡単には意識レベルが正常状態に戻ることはない。死んでしまうと意識レベルはゼロになる。

 二つ目の意味は、心理学などが扱ってきた「クオリア」や「意識内容」という時の意識である[14]。ある程度以上の意識レベルがある時には、ある瞬間に我々が経験する意識の内容は、視覚・聴覚触覚などの鮮烈な感覚からなる。意識の内容には、思考感情など、感覚ではないものも含まれるのか、意識の内容は注意によって規定されるのか、などについては、哲学・心理学・脳科学の観点からの研究・議論が続いている[15] [16] [17] [18]

 意識レベルと意識内容は、概念として区別したほうが、「意識」という言葉を脳研究で使う際に混乱が少なくなる。ただし、意識レベルの高さと意識内容の豊富さが解離することがありうるのか、そもそも、意識レベルという概念自体に正当性があるのか[19]、については諸説ある[20] [註 2]

 一般に「意識」という日本語は、「注意」「自己意識」、「こころ(心)」「」という概念を意味することもある。

 たとえば、「背筋を『意識』してトレーニングを行う」などといった場合は、「背筋に『注意を向けて』」という意味で意識という語が使われている。「注意」と「意識」の関係性については意識と関連する認知機能を参照。

 「自己意識(self-consciousness/self-awareness)」 は脳科学の文脈では意識内容の一種として捉えられる[3]。その一方で、自分の知覚や思考や感情を意識することができるという自己再帰性や、自分の経験が自分の経験であるとわかること、すべての意識経験は何らかの主体による経験であること、などが意識の本質であると考える研究者もいる[24] [註 3]

 「こころ」は、日本語特有の概念であり、英語で「こころ」にうまく対応するような言葉はない。上で述べた「意識の内容」という意味で使われつつも、特に「感情」、「気持ち」、「おもいやり」を意味することが多い[註 4]

 「魂(soul) 」は、脳が活動を停止しても存在し続ける意識という概念である。脳科学では、活動を停止した脳には意識が無くなるとされる以上、魂の存在は認められない。近年では、魂のようなものの存在を示唆するような現象(幽体離脱、臨死体験等)の神経基盤について多くの事がわかってきている[29] [30]

 科学的な概念(たとえば、「」「惑星」「遺伝子」など)と科学的研究のあいだには、研究が進むにつれて概念の定義がより洗練され、それによって研究がさらに進む、というプロセスがある[31]。意識の厳密な定義も、意識の科学的研究の進展とともにえられるだろう。

脳科学研究における意識問題の一般性と特殊性

 意識を脳科学の観点から研究するときに大きな問題となるのは、なぜ、すべての神経活動が意識を生じさせるわけではないのかという問題である。非常に限られた神経細胞のある種の活動だけが直接に意識を引き起こすのは、なぜなのか。意識と無意識の境界線についての脳科学研究は、1990年以降大きく進んだが、これらの問題はまだ解決にはほど遠い。

 意識・無意識の境界線の問題は、ほぼ全ての脳科学研究でなんらかの形で共有されている。たとえば、感覚入力、感覚統合意志決定運動計画運動出力感情記憶言語などの脳機能は、意識経験を伴う場合もあれば、伴わない場合もある。意識・無意識の違いを生み出す神経基盤を明らかにすることは、それぞれの機能を研究している神経科学者にとっても関係性の深い問題だといえる。

 また、意識・無意識の問題は、人以外のモデル動物を用いた研究においても重要な意味をもつ。現在、サル・ネズミハエなどのモデル動物に対して侵襲的な手法(神経細胞の記録、遺伝子操作など)を用いた実験研究が盛んに行われているが、もしネズミやハエに意識的な感覚がなかったとしたら、こうした研究の意味は違ったものになってくるだろう[註 5]

 他方で、意識研究には他の脳機能研究と決定的に異なる側面もある。その一つは、意識研究に機能主義の考え方を適用することの難しさである。機能主義的な脳研究は、脳機能を実現するメカニズムを解明し、それをコンピューターやロボットなどにおいて再現することを目的とし、外部から観察することのできない、意識の主観的な側面(意識の内容、クオリア)を研究対象に含まない[註 6]

 しかし、そうだとすると、機能主義的な脳科学は、わたしたちと同じように振舞うが意識経験の全くない「哲学的ゾンビ」と、意識を持つわたしたちを区別できないことになる[33]。このような研究の前提となる科学の枠組みにすら重大な哲学的な問題が残るところが、意識研究と他の脳機能研究との大きな違いである。

実践的な意識の脳研究

 本章では、現在までにわかっている意識と脳の関係性についての膨大な知見をごく簡単にまとめる。詳細は[20] [34] [3] [35]を参照。意識を説明する理論(後述)は、これら全ての実証研究からの知見と整合しなければならない。

意識レベルの変化

 重度の脳損傷による昏睡状態や植物状態、夢を見ていない深い睡眠状態や全身麻酔状態においては、意識レベルが低下し、意識が経験されない。もしくはその時には意識があったとしても、後でどのような意識経験をしていたかが報告できない。しかし、これら無意識とされる状態においても、さまざまな指標で脳活動レベルを測ると、意識のある覚醒時に比べて、ゼロとみなせるほどに活動レベルが下がるわけではない。また、外部からの入力に対しても非常に活発な反応が見られる。なぜ、これらの無意識状態における神経活動は高い意識レベルを支えることができないのだろうか。後述する「統合情報理論」は、脳内情報処理が統合されていない事が意識の喪失につながっている、と説明する[36]

臨床研究からの知見

 意識と脳の関係性を考える上で、一番基本となり、かつ最も示唆に富むのが臨床研究だ。特に重要なのは、障害を受けた脳部位が非常に限定されていて、かつ、その障害による意識の変化が特異的であるような症例報告である[37]。近年では、そのような患者における、詳細な精神物理実験、脳イメージング研究なども行なわれている。また、神経細胞レベルで症状のメカニズムを明らかにするために、サルなどのモデル動物における限定的な脳損傷研究も盛んに行われている[38]

 視覚意識と脳の関連性を考える上で特に重要なのは「盲視(blindsight)」、各種の「視覚失認(visual agnosia)」「半側無視(はんそくむし、hemi-spatial neglect)」だ。また、「分離脳(split brain)」の研究は視覚意識だけでなく、意識全般を語る上でも重要である。

盲視

 第一次視覚野に障害を受けた患者は、障害から回復した後、視覚意識を失ってしまう。患者らに何が意識的に見えているかを尋ねると、彼らは「何も見えていない」と報告する。ところが、彼らに強制的に視覚課題を行わせると、ランダムに答えた時よりも圧倒的に高い正答率で答えることができることがある。このような患者を盲視患者と呼ぶ[39]眼球の網膜から始まる視覚入力は、少なくとも10以上の経路を経て脳に到着することがわかっている[40]。意識に関係すると考えられる経路は、網膜から視床(ししょう)を通って第一次視覚野に投射する経路であり、盲視はこの経路が損傷することによって起こると考えられている。

失認

 意識内容の一部が脳損傷によって失われる症状のことである。意識研究において特に重要な失認の症例は、損傷部位と失われた意識内容の両方が非常に限定的な場合である。色覚、運動視、顔知覚の意識内容などは、限定的な損傷で特異的に失われることがわかっている[3] [37]

半側無視

 半側無視は、右脳半球の損傷によって引き起こされる症状であり、状況によって、左側の空間が意識にのぼらなくなる。半側無視の患者は、食事の時にテーブルの右側にあるものだけを食べたり、化粧を顔の右半分だけ行ったりする。半側無視は、頭頂葉損傷によるものが顕著だが、側頭葉や前頭葉の損傷により引き起こされる場合もある。眼球や眼球から脳への経路が損傷されることによって生じる左視野の喪失とは異なり、半側無視では左視野の意識経験が永久に失われるわけではない。左右両方の視野で競合する視覚入力があった時に、左視野にある物体が意識にのぼらなくなるのが半側無視である。右頭頂葉が空間注意を制御している部位であることなどから、半側無視は注意と意識の関係性を理解する上で鍵となる症例だと考えられている[41] [42]

分離脳

 分離脳とは、左右の脳半球をつなぐ脳梁(のうりょう)を切断する手術を受けた患者の脳のことを指す。脳内には他にも左右の脳半球をつなぐ経路があるため、すべての脳内処理が左右の脳で独立になるわけではない。分離脳手術後は、言語能力が左脳のみによってコントロールされるようになるため、左脳で処理される右視野の入力や右手の感覚や行動計画などだけが、患者から言語によって報告される。しかし、言語以外をつかった報告(ボタン押しや絵を描くなど)による、様々な心理学的テストなどの結果を総合すると、右脳半球も左脳と同程度、タスクによってはそれ以上の処理能力を持っていることもわかっている。そのため、右脳半球は、言語は持たないが左脳の意識とは独立の意識を経験を生み出している状態にある、と考えられる[43]

意識の神経相関

図1.NCC 研究に使われる多義図形の例
a.ネッカーの立方体
b.ルビンの壷
c.両眼視野闘争([44]より改変)
図2.Logothetis らによるサルでの両眼視野闘争実験
a)効果的な訓練を受けることでサルは両眼視野闘争中の経験をレバー押しによって報告できるようになる。[44]
b)両眼視野闘争中のサルの脳から記録したニューロン活動が、初期視覚野(V1/V2)ではほとんど意識内容の報告と相関しないのに対し、V4/MT(V5)、さらにTPO/TEm/TEaなどの高次視覚野では意識報告との相関が高まる[45]

 本項では、1990年以降に盛んになってきた「意識の神経相関(the neural correlates of consciousness; NCC)」について短く触れる。詳細は[46] [3] [35]を参照。

 NCCは、クリックとコッホによって1990年代以降広められた概念で、ある特定の意識内容を経験するのに十分な最小限の(minimally sufficient)神経細胞集団の活動、と定義される[3]。この定義によると、十分に高い意識レベルを維持するためのメカニズムは入らない。それらのメカニズムは、意識の「生成条件(enabling factor)」として区別される[3]。NCCが、人工的な電気刺激等の方法により直接に変更されると、ある特定の意識内容が失われたり、逆に、特定の意識内容が生みだされたりする。たとえば、視覚野を電気刺激すると、何もない場所に光の点が見えたり、見ている顔が変化するなどの意識知覚が生じたりする[47] [48]

 NCC研究の目的は、経験する意識の内容と相関して変化するような神経活動を特定することである。外部からの感覚入力が一定であるにも関わらず、主観的な意識経験の内容が明らかに変化するような場合(視覚イリュージョン想起幻覚など)では、経験される意識の内容と相関して変化する神経活動はNCCだけのはずである。

 ルビンの壺などの多義図形や、両眼視野闘争などを使うと(図1)[49]、視覚入力が一定であるにも関わらず、意識にのぼってくる視覚経験を連続的に変化する、という状況を実験的につくりだすことが可能になる。そのような状況で、被験者に意識内容を報告してもらい、その被験者の報告と相関するような神経活動を特定するのが、最も一般的なNCC研究である。

 このような手法は、人間を対象に様々な脳イメージング技術をつかって行うのが最も一般的であるが[50]、サルなどのモデル動物でも実験を行うことができる。ドイツのLogothetisらは1980年代以降、両眼視野闘争や関連する視覚イリュージョン中に、サルに彼らの経験を報告させる訓練に成功し、そのような視覚経験中の神経活動記録に成功している(図2)。

意識と無意識

 意識研究は無意識研究と対になって発展してきた。無意識研究で扱われるのは、脳内の処理の中には意識にのぼらない処理があるのはなぜなのか、無意識の処理が行動にどのような影響を与えるのか、その影響は意識的な処理とは異なるのか、といった問題である。

 意識にのぼらない神経活動の最たるものは、小脳の脳活動だ。小脳には、約800億個ものニューロンがある。これは、大脳視床システムの約200億個に比べて4倍もの数である。しかし、小脳は、たとえば脳腫瘍などの症状によって、全摘出手術を受けたとしても、患者の意識レベル・意識の内容にほとんど影響を与えない。他にも、大脳基底核による複雑な運動制御、網膜などの感覚入力、運動野脊髄による筋肉のコントロール、なども意識にのぼらない[36]

 大脳-視床システムの活動においても、意識にのぼらないものが詳しく研究されてきている。そのような研究では、バックワード・マスキング[51]連続フラッシュ抑制[52]などの手法をつかって、感覚入力刺激が網膜に呈示されているにも関わらず、それが意識にのぼらない、という状況をつくりだす。そして、その時に生じている脳活動の特徴が、脳イメージングや神経活動記録によって調べられている。また、心理学的な研究により、無意識に処理される脳活動が、実際に行動に影響を与えることができるか、与えるとすればどのような影響なのかなども研究されている。

 このような無意識研究は、意識にのぼる活動だけがサポートできる機能とはなにか、という問いに答えるための実証的な方法を提供する。過去には、複雑なプロセスは、一般に無意識処理ではできないとされてきた。しかし、近年、短期的でフレキシブルな記憶[8]や学習[53]、注意を向ける・惹きつける[7]、高度に抽象的な言語・計算処理等[54]も、無意識の処理で可能だということが示されている[55] [56]。ただし、ほとんどの場合、無意識処理が行動に与える影響は、意識処理に比べて効果が弱く、時間的にも持続しない。

意識と関連する認知機能

 NCC研究が盛んになるにつれ、意識の内容についての概念の整理や定義の洗練化がすすんだ。特に近年、意識と関連する認知機能と意識そのものとの関係性がより深く議論されるようになり、操作的な定義をもとにさまざまな実証実験が行われるようになっている。

 意識に関係する概念を整理するのに重要なのは、哲学者Ned Block が提唱した「アクセス意識(access consciousness)」と「現象的意識(phenomenal consciousness)」という区別である[57]。アクセス意識は、報告できる意識内容のことであり、その内容は短期的に記憶に保持され、意図的な行動の計画に使われる。現象的意識は、「クオリア」のことであり、その意識内容が報告できるかどうかには直接関係がない。たとえば、読者がこのページを読んでいる現在、直接に読んでいる注視点の付近の単語は意識にのぼっており、アクセス可能であるが、注視点周辺では、文字らしきものが意識にはのぼっているが、それがどのような文字であるかを報告することはできない。そのような文字は現象的には意識にのぼっているが、アクセスができない状態にあると考えることもできる。

 現在の意識研究者の間でも、脳科学はアクセス意識に集中して研究すべきだと考える研究者[58] [46]と、脳科学が真に研究すべきは現象的意識の方であると考える研究者[59]に分かれている。注意と意識の関係性については[16] [60]を参照。作業記憶と意識については[8][4] [5] を参照。報告と意識については[61] [59]を参照。

脳科学的な意識の理論

 1990年代に始まった意識の実験的脳科学研究によって集まった膨大なデータをもとに、2000年以降、これらの実証的なデータを説明するような意識の理論的研究が始まった。なかでも、「グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論」[46] [62] [63]と「統合情報理論[36] [22] [64]は、多くの脳科学的意識研究の知見を整理するのに役立ち、かつ、今後脳科学研究によって検証されることが期待される。

グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論

 グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論(Global Neuronal Workspace, GNW)は、 Bernard Baars が提唱した「グローバル・ワークスペース理論(Global Workspace Theory, GWT)」[65]を脳科学的に検証できるように発展させた理論である。

グローバル・ワークスペース理論

 グローバル・ワークスペースとは、さまざまな無意識処理からのぼってくる情報をフレキシブルに保持・処理する神経機構である。無意識処理は、感覚入力・運動出力を担う周辺的な並列的処理に対応し、それらの一部は大脳皮質内にまで及ぶこともある。そこから上がってくる情報の一部は、注意によって選択および増幅されると、グローバル・ワークスペースに入り、他のシステムが自由にアクセスすることができる状態になる。グローバル・ワークスペース内の情報は、長期記憶・運動計画・抽象的な思考などさまざまな認知機能に利用可能であるため、意識にのぼっている情報処理は無意識の情報処理に比べて圧倒的に有用なのだと考えられる。

グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論

 グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論は、グローバル・ワークスペースで提唱された計算構造がどのように脳内で実装されているのかを詳しく検討し、過去に得られた膨大な意識研究の知見を総合的に捉えて理解する道筋を与える[46] 。グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論によると、意識にのぼっている情報とは、前頭前野を中心とした脳内に広く分布したニューロン集団からなるグローバル・ワークスペース内の情報にほかならない。

 グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論では、意識にアクセスできる情報とそうでないものが脳内に存在するのはなぜか、意識研究で検証される脳活動の特徴、意識・無意識処理が行動に与える影響などを包括的に説明できる。しかし、現象的意識や、人間の脳と異なる構造を持った脳にどのような意識が宿る可能性があるのか、などについては実験による検証が不可能であるとし、重視しない傾向がある。

統合情報理論

 ジュリオ・トノーニによって提唱された「統合情報理論(Integrated Information Theory; IIT)」は、主観的に各人が体験する意識の特徴を抽出するところから始まり、そのような特徴を支えることができるような物理的なメカニズムとは一体どのようなシステムでありうるかについて仮説を立てる、という体裁をとる。

 統合情報理論が特に注目する意識現象の特徴は、意識経験の持つ膨大な情報量と、意識経験が常に統合されている、というものである[註 7] 。情報量については、ある一瞬の意識経験があるだけで(たとえば、現在この脳科学辞典の意識のエントリーを読んでいるという経験)、それを経験している人にとってあらゆる全ての他の経験の可能性を排除する(たとえば、読者は今、このエントリー以外のものを見ていない、今聞いている音楽以外の音を聞いていない、等)、という意味で、意識経験の情報量は膨大である.[註 8]とする。膨大な情報量は高いレベルの意識が生じるのに必要ではあるが、十分ではない。たとえば、光を感知すると電流が流れる、というフォトダイオードをもとにした電気回路システムは、光の有る無しの二つの可能性のどちらかを選択できるが、その情報量は、人の意識を支える大脳−視床システムとは比べ物にならない。一方で、単純なフォトダイオードをたくさんつなげて、デジタルカメラを作っても、デジタルカメラに意識は宿らない。それは、それぞれのフォトダイオードの間の相互作用が無く、意識を支えるのに必要な情報の統合がなされていないからである、と統合情報理論は説明する。

 統合情報理論は、現在までにわかっている脳科学的知見に整合的な説明を与える。統合情報理論によると、昏睡・植物状態・深い睡眠や全身麻酔状態で、脳活動は失われず、かつ外部からの感覚入力にも反応できる脳に意識が宿らないのは、情報の統合が失われるからである(意識レベルの変化参照)。分離脳では、分離された脳それぞれが、独立に同程度の情報の統合を行っているため、左右の脳で独立に意識が存在すると考える(臨床研究からの知見参照)。また、小脳の活動が意識を生み出さないのは、小脳の回路は統合が弱いからだと説明される(意識と無意識参照)。

 統合情報理論を直接に検証するのは難しい。しかし、理論をもとにした意識レベルの指標の提唱[67]や、神経活動をもとにした統合情報の計測の仕方などが提案されている[68] [69]。今後は意識の内容についての統合情報理論の予測を検証するような研究が期待されている。

まとめと展望

 意識がどのように脳(物質)から生じるかという、mind-body problemは、宇宙・物質の起源、生命の起源とともにこの世界における大きな謎として古来より多くの哲学者によって論じられてきた。脳科学による意識研究の歴史は比較的浅く、本格的な研究は1990年代に始まったにすぎない。しかし、この25年間で積み上げられた知見は膨大である。(日本語で翻訳されている最近の脳科学からの意識研究については[46] [3] [31] [36]を参照。)

 近年の意識の脳科学研究は、積み上げられた知見を総括的に説明するような理論を推し進め、具体的にそれらの予測を検証する段階までたどり着きつつある。そのような理論研究は、人間以外の動物・植物・人工知能やロボットに意識が宿る可能性、またインターネットや社会が意識を持つ可能性などについて予測を行う。それらの予測の中には検証可能な脳科学の研究対象となりうるものもある。

 また、各種の精神疾患や脳障害では、さまざまな意識レベル・意識の内容に変化がみられる。それゆえ、意識が生じる原理を理解することは、将来的にさまざまな意識機能障害の回復・治療にも繋がると期待される。意識の脳科学研究は、臨床や工学での応用につながる重要な研究分野であり、今後も、過去25年で見られたような急速な発展が見込まれる。

註釈

  1. 近年、新たにNeuroscience of Consciousnessが創始された。
  2. 統合情報理論[21] [22] [23]では、意識内容の豊富さがそのまま意識レベルに対応していると考える。
  3. ただし、どこまで自己意識が意識を理解するのに本質的なのかについては様々な議論がある。たとえば、自分は死んでいると主張する「コタール症候群(Cotard's Syndrome)」[25] [26]、自分が動かしているにも関わらず自分の手が誰かに動かされていると感じる「エイリアン・ハンド・シンドローム[27]、そして、経験している意識が自分のものではないと主張する患者[28]、などの症例報告もある。これらの報告は、自分の意識経験に関する自己意識が意識経験をえるための必須条件ではないことを示唆する。
  4. Mind という単語は、一般に「こころ・心」と訳されるが、どちらかと言えば「あたま」「頭脳」「精神」を意味する。その意味では、むしろ「理性」に近く、「感情・気持ち」emotion・feelings の意味が強い「こころ」とは対になるような概念である。たとえば、「use your mind」とは「アタマを使え」という意味なのに対して、「あいつにはこころが無い」と言えば「おもいやりが無い」の意味である。「意識と脳の関係性の問題」のことを英語では Mind-body problemと呼ぶ。日本ではこの用語を「心身問題」「心脳問題」と伝統的に訳すことが多いが、これは、「感情」と「身体の反応性」もしくは「脳の活動」の関係をめぐる問題だ、と勘違されることがある。そのため、本エントリーでは一貫してこの訳語は使わない。
  5. 現在の技術では、脳を実験的に培養して発生のメカニズムを研究することすらできる[32]
  6. 意識の機能主義的な研究は、人工知能やロボットによる意識研究と相性が良い。人間だけが行うことのできると考えられてきたような、高度な知性が必要とされる課題をこなせるAIには、人間と同じような意識があるとみなしても良い、という考え方である。近年の人工知能研究により[12] [13]、様々な認知「機能」がコンピューターで実現される可能性が、現実のものとなっている。
  7. その他に、意識が存在すること(existence)、意識内容は様々な側面から成り立っていること(composition)、意識はある一定の空間・時間スケールでのみ経験されること(exclusion)等がある。詳細は[21] [64]を参照。
  8. 情報理論の文脈では[66]、「情報量」とは、不確定性の減少と定義される。その意味で、意識内容のレパートリーは非常に多く(我々が経験する可能性のある全て)、かつ一瞬の意識内容により、それ以外の意識内容を経験している可能性(不確定性)が無くなる、と言う意味で、意識の情報量は膨大であると考える。

関連項目

外部リンク

意識の学会

意識の学術雑誌

謝辞

宮原克典氏には、本エントリーへの詳細なコメントをいただいた。

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    。こうした技術が進歩すれば、人間以外の動物の意識だけでなく、このように身体から完全に切り離された脳の意識についても倫理的な問題が出てくる可能性もある。完全に身体から切り離された脳に意識が宿る可能性はあるのだろうか。あるとすれば、どのような意識が宿るのだろうか。痛みは感じるのだろうか。

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