「前障」の版間の差分

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<font size="+1">安島 綾子、[https://researchmap.jp/yoshihiroyoshihara/ 吉原 良浩]</font><br>
<font size="+1">安島 綾子、[https://researchmap.jp/yoshihiroyoshihara/ 吉原 良浩]</font><br>
''理化学研究所 脳神経科学研究センター システム分子行動学研究チーム''<br>
''理化学研究所 脳神経科学研究センター システム分子行動学研究チーム''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2019年3月29日 原稿完成日:2019年2月4日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2019年3月29日 原稿完成日:2019年4月5日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](独立行政法人理化学研究所 脳神経科学研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](独立行政法人理化学研究所 脳神経科学研究センター)<br>
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=== 分子マーカー ===
=== 分子マーカー ===
 前障だけに特異的に発現する分子はこれまでに発見されていない。しかしながら、マウスでは、[[Gnb4]] (guanine nucleotide-binding protein subunit &beta;-4)、[[Gng2]] (guanine nucleotide-binding protein subunit &gamma;-2)、[[Ntng2]]([[ネトリンG2]])、[[Nr4a2]] (nuclear receptor 4a2)、[[ラテキシン]]などが、前障ニューロンに高発現しており、隣接する皮質領域と前障を区別する分子マーカーとして利用されている('''図2'''<ref name=Narikiyo2018 /><ref name=Wang2017><pubmed>27223051</pubmed></ref><ref><pubmed>16203099</pubmed></ref><ref><pubmed> 24904319 </pubmed></ref>。また最近、前障ニューロンにDNA組換え酵素[[Cre]]を発現させた遺伝子改変マウスが報告されている<ref name=Narikiyo2018></ref><ref name=Atlan2018 ></ref><ref name=Wang2017></ref> 。
 前障だけに特異的に発現する分子はこれまでに発見されていない。しかしながら、マウスでは、[[Gnb4]] (guanine nucleotide-binding protein subunit &beta;-4)、[[Gng2]] (guanine nucleotide-binding protein subunit &gamma;-2)、[[Ntng2]]([[ネトリンG2]])、[[Nr4a2]] (nuclear receptor 4a2)、[[ラテキシン]]などが、前障ニューロンに高発現しており、隣接する皮質領域と前障を区別する分子マーカーとして利用されている('''図2''')<ref name=Narikiyo2018 /><ref name=Wang2017><pubmed>27223051</pubmed></ref><ref><pubmed>16203099</pubmed></ref><ref><pubmed> 24904319 </pubmed></ref>。また最近、前障ニューロンにDNA組換え酵素[[Cre]]を発現する遺伝子改変マウスが報告されている<ref name=Narikiyo2018></ref><ref name=Atlan2018 ></ref><ref name=Wang2017></ref> 。


== 機能 ==
== 機能 ==
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 前障ニューロンは、一般に低い自発発火頻度を持つことが、単一細胞記録で示されている<ref name=Narikiyo2018></ref><ref><pubmed> 13332440 </pubmed></ref>。また、睡眠中<ref name=Narikiyo2018></ref><ref><pubmed> 26601158 </pubmed></ref><ref><pubmed> 28347885 </pubmed></ref>における活動が覚醒時よりも高いことが、[[c-fos]]発現解析や単一細胞記録で報告されている。
 前障ニューロンは、一般に低い自発発火頻度を持つことが、単一細胞記録で示されている<ref name=Narikiyo2018></ref><ref><pubmed> 13332440 </pubmed></ref>。また、睡眠中<ref name=Narikiyo2018></ref><ref><pubmed> 26601158 </pubmed></ref><ref><pubmed> 28347885 </pubmed></ref>における活動が覚醒時よりも高いことが、[[c-fos]]発現解析や単一細胞記録で報告されている。


 サルとネコの実験において、前障には視覚刺激または聴覚刺激に反応するニューロンがあること報告されている<ref><pubmed> 7442793 </pubmed></ref><ref><pubmed> 7209525 </pubmed></ref><ref name=Remedios2010><pubmed> 20881109 </pubmed></ref><ref name=Remedios2014><pubmed> 24772069 </pubmed></ref>。これらの反応の刺激特徴(傾きや音の高さなど)に対する選択性は低く[26][27][30]、刺激開始時に限局している<ref name=Remedios2010></ref><ref name=Remedios2014></ref>[28][29] 。これらのことは、前障ニューロンは詳細な感覚情報ではなく、個々の刺激のタイミングの情報を伝えていることを示唆している。
 サルとネコの実験において、前障には視覚刺激または聴覚刺激に反応するニューロンがあること報告されている<ref name=Olson><pubmed> 7442793 </pubmed></ref><ref name=Sherk><pubmed> 7209525 </pubmed></ref><ref name=Remedios2010><pubmed> 20881109 </pubmed></ref><ref name=Remedios2014><pubmed> 24772069 </pubmed></ref>。これらの反応の刺激特徴(傾きや音の高さなど)に対する選択性は低く<ref name=Olson /><ref name=Sherk /><ref><pubmed> 3948949 </pubmed></ref>、刺激開始時に限局している<ref name=Remedios2010></ref><ref name=Remedios2014></ref> 。これらのことは、前障ニューロンは詳細な感覚情報ではなく、個々の刺激のタイミングの情報を伝えていることを示唆している。


=== 前障ニューロンが大脳皮質に及ぼす影響 ===
=== 前障ニューロンが大脳皮質に及ぼす影響 ===
 1980年頃から前障の電気刺激や傷害に伴う大脳皮質ニューロンの活動変化を解析する研究がなされてきたが<ref><pubmed> 7104694 </pubmed></ref><ref><pubmed> 6489496 </pubmed></ref><ref><pubmed> 3257060 </pubmed></ref><ref><pubmed> 26186439 </pubmed></ref>[30-33]、薄く不規則な形のシート状構造をとる前障のニューロンを選択的に興奮あるいは抑制させることは困難であり、前障の機能についての統一的見解は得られていなかった。しかしながら近年の、ウイルスベクター・[[光遺伝学]]・[[化学遺伝学]]などの神経回路遺伝学技術の革新により、光刺激や薬物投与で前障ニューロン特異的に活動操作をすることが可能となり、ようやくその機能の一端が明らかになりつつある。
 1980年頃から前障の電気刺激や傷害に伴う大脳皮質ニューロンの活動変化を解析する研究がなされてきたが<ref><pubmed> 7104694 </pubmed></ref><ref><pubmed> 6489496 </pubmed></ref><ref><pubmed> 3257060 </pubmed></ref><ref><pubmed> 26186439 </pubmed></ref>、薄く不規則な形のシート状構造をとる前障のニューロンを選択的に興奮あるいは抑制させることは困難であり、前障の機能についての統一的見解は得られていなかった。しかしながら近年の、ウイルスベクター・[[光遺伝学]]・[[化学遺伝学]]などの神経回路遺伝学技術の革新により、光刺激や薬物投与で前障ニューロン特異的に活動操作をすることが可能となり、ようやくその機能の一端が明らかになりつつある。


 マウス前障ニューロンに[[チャネルロドプシン|光駆動性陽イオンチャネル]]([[チャネルロドプシン]])を発現させ、光刺激によって前障ニューロンを興奮させると、大脳皮質内の多くの抑制性ニューロン(特に[[ニューロペプチドY]] (NPY)陽性ニューロンと[[パルブアルブミン]] (PV)陽性ニューロン)において[[活動電位]]が発生する<ref name=Narikiyo2018></ref><ref name= Jackson2018></ref>。しかし、大脳皮質の[[錐体細胞]]では、興奮性[[後シナプス電位]](excitatory postsynaptic potential: EPSP)が誘導されるものの、活動電位は発生しない<ref name= Jackson2018></ref>。しかしながら、NPY陽性抑制性ニューロンの活動を阻害しておくと、前障の光遺伝学的刺激により活動電位が発生する<ref name= Jackson2018></ref>。これらのことから前障ニューロンは、大脳皮質内抑制性ニューロン(特にNPY陽性ニューロン)の興奮を介して、錐体細胞に[[フィードフォワード抑制]]をかけると考えられる。
 マウス前障ニューロンに[[チャネルロドプシン|光駆動性陽イオンチャネル]]([[チャネルロドプシン]])を発現させ、光刺激によって前障ニューロンを興奮させると、大脳皮質内の多くの抑制性ニューロン(特に[[ニューロペプチドY]] ([[NPY]])陽性ニューロンと[[パルブアルブミン]] (PV)陽性ニューロン)において[[活動電位]]が発生する<ref name=Narikiyo2018></ref><ref name= Jackson2018></ref>。しかし、大脳皮質の[[錐体細胞]]では、興奮性[[後シナプス電位]](excitatory postsynaptic potential: EPSP)が誘導されるものの、活動電位は発生しない<ref name= Jackson2018></ref>。ところが、NPY陽性抑制性ニューロンの活動を阻害しておくと、前障の光遺伝学的刺激により活動電位が発生する<ref name= Jackson2018></ref>。これらのことから前障ニューロンは、大脳皮質内抑制性ニューロン(特にNPY陽性ニューロン)の興奮を介して、錐体細胞に[[フィードフォワード抑制]]をかけると考えられる。


 ヒトの[[てんかん]]発作の治療の一環で、前障に高頻度電気刺激を与えると、それまでの行動が一時停止し、意識喪失状態になる。電気刺激を止めたところ、何事もなかったかのように元の動作を続けたと報告されている<ref><pubmed> 24967698 </pubmed></ref>。マウス及びヒトにおける以上の知見により、前障が意識のオン/オフに関与している可能性が示唆されている。
 ヒトの[[てんかん]]発作の治療の一環で、前障に高頻度電気刺激を与えると、それまでの行動が一時停止し、意識喪失状態になる。電気刺激を止めたところ、何事もなかったかのように元の動作を続けたと報告されている<ref><pubmed> 24967698 </pubmed></ref>。マウス及びヒトにおける以上の知見により、前障が意識のオン/オフに関与している可能性が示唆されている。

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