「蛍光スペックル顕微鏡」の版間の差分
細編集の要約なし |
(ページの作成:「{{box|text= 蛍光スペックル顕微鏡法は、細胞骨格などの高次構造を構成する分子の細胞内ダイナミクスを可視化する観察法とし…」) |
||
(同じ利用者による、間の6版が非表示) | |||
1行目: | 1行目: | ||
{{box|text= 蛍光スペックル顕微鏡法は、細胞骨格などの高次構造を構成する分子の細胞内ダイナミクスを可視化する観察法として、1998年に Waterman-Storer と Salmon により紹介された (1)。手法としては、低濃度の蛍光標識体(例えば、蛍光アクチンやチュブリン)を細胞内に導入し、高感度低ノイズ冷却CCDカメラを備えた落射蛍光顕微鏡システムを用いてタイムラプス撮影を行う。標識体は高次構造にまだらに取り込まれ、斑点状のシグナル(スペックル)として画像化される。このスペックルの動きや密度を計測することで、高次構造を構成する分子の移動や増減を定量的に解析することができる。この蛍光スペックル顕微鏡をヒントにして、蛍光標識体の密度をさらに下げ、1分子ごとの可視化を可能にした蛍光単分子スペックル顕微鏡が開発された (2)。この方法では分子の動きや結合・解離動態を直接観察し、定量化することができる。蛍光単分子スペックル顕微鏡は、アクチン細胞骨格関連分子を中心とした他のタンパク質にも応用され、細胞骨格の組換え、メカノセンス、生理活性物質への応答、細胞接着の制御機構などの詳細な制御様式の解析に用いられている。}} | |||
{{box|text= | |||
== 開発と発展 == | == 開発と発展 == | ||
1990年代、高感度の冷却CCDカメラと蛍光ライブイメージングの飛躍的な進歩を依拠として、Waterman-StorerとSalmonにより蛍光スペックル顕微鏡 (fluorescent speckle microscopy: FSM) は開発された。Waterman-Storerは当時、細胞質チュブリンの約10% 濃度の蛍光チュブリンを培養細胞に顕微注入し、微小管ダイナミクスをタイムラプス観察していたが、たまたま非常に低濃度の蛍光チュブリンを導入した細胞について観察すると、蛍光チュブリンが不均一な密度で微小管に取り込まれ、まだらの線維として可視化されることを見出した。このまだらのシグナル(スペックル)は、1つ1つが2〜10個の蛍光分子を含んでおり、このスペックルを目印として、微小管ダイナミクス(例えば、高次構造内部での微小管の移動)を可視化することができた。FSMはアクチン細胞骨格にも応用され、Waterman-Storerらの最初の論文では、紡錘体微小管と細胞辺縁部のアクチン構造の移動、特に微小管では紡錘体極への移動を可視化する方法として紹介された (1)。2000年代には、この観察法に基づく膨大なスペックルデータをコンピュータ解析し、細胞内アクチンの重合/脱重合の程度をヒートマップ様の分布で示す定量蛍光スペックル顕微鏡法 (quantitative fluorescent speckle microscopy: qFSM) に発展した (3)。 | |||
一方で、FSMをヒントとして、蛍光標識体の密度をさらに下げ、撮影条件を工夫する(開口数の大きな対物レンズの使用、照明領域の制限、自家蛍光や培地の蛍光の軽減など)ことで、GFP標識タンパク質を1分子ごとに可視化する単分子スペックル顕微鏡法 (single-molecule fluorescent speckle microscopy: SiMS) が開発された (2)。さらに2014年には、新しい蛍光プローブと電気穿孔法(エレクトロポレーション)を用いた蛍光標識体の導入法を用いることで、簡便で大幅に時空間分解能が向上したelectroporation-based single-molecule speckle microscopy (eSiMS) が開発された (4)。 | |||
== 種類 == | == 種類 == | ||
22行目: | 10行目: | ||
fluorescent speckle microscopy (FSM) | fluorescent speckle microscopy (FSM) | ||
蛍光スペックル顕微鏡法では、蛍光標識した高次構造のサブユニットを低濃度で細胞内に導入し、タイムラプス観察を行う。蛍光標識体は、高次構造に不均一に取り込まれ、斑点状のシグナル(スペックル)として画像化される。試験管内で蛍光チュブリンを共重合した微小管の観察とシミュレーションから、蛍光標識体の割合は0.5–2% がFSMに適しており、1つ1つのスペックルは2–10個の蛍光分子を含む multi-fluorophore | 蛍光スペックル顕微鏡法では、蛍光標識した高次構造のサブユニットを低濃度で細胞内に導入し、タイムラプス観察を行う。蛍光標識体は、高次構造に不均一に取り込まれ、斑点状のシグナル(スペックル)として画像化される。試験管内で蛍光チュブリンを共重合した微小管の観察とシミュレーションから、蛍光標識体の割合は0.5–2% がFSMに適しており、1つ1つのスペックルは2–10個の蛍光分子を含む multi-fluorophore speckleであることが示されている。FSMを活用した重要な応用例としては、紡錘体を構成する極微小管 (polar microtubule) と動原体微小管 (kinetochore microtubule)の紡錘体極方向への移動 (microtubule flux) と制御様式を定量的に明らかにしたことが挙げられる (1, 5)。 | ||
=== 定量蛍光スペックル顕微鏡法 === | === 定量蛍光スペックル顕微鏡法 === | ||
quantitative fluorescent speckle microscopy (qFSM) | quantitative fluorescent speckle microscopy (qFSM) | ||
定量蛍光スペックル顕微鏡法は、主に蛍光スペックル顕微鏡法で観察されるアクチン動態解析に用いられる。膨大なアクチンスペックルデータをコンピュータ解析し、例えば、スペックルの出現/消失によりアクチン重合/脱重合の顕著な場所がヒートマップ様の分布で示される | 定量蛍光スペックル顕微鏡法は、主に蛍光スペックル顕微鏡法で観察されるアクチン動態解析に用いられる。膨大なアクチンスペックルデータをコンピュータ解析し、例えば、スペックルの出現/消失によりアクチン重合/脱重合の顕著な場所がヒートマップ様の分布で示される (3)。しかし、スペックル密度が高い場合、スペックルの融合や分離、近い場所での消失/出現を自動解析で正確に捉えることは困難であることが予想され、解析データにはエラーが含まれる可能性が指摘されている (6)。 | ||
=== 単分子蛍光スペックル顕微鏡法 === | === 単分子蛍光スペックル顕微鏡法 === | ||
single-molecule fluorescent speckle microscopy (SiMS) | single-molecule fluorescent speckle microscopy (SiMS) | ||
単分子蛍光スペックル顕微鏡は、蛍光スペックル顕微鏡法よりもさらに低密度の蛍光標識アクチンを発現する細胞について蛍光1分子ごとに可視化する顕微鏡法として紹介された。この手法では、2秒程度までのゆっくりとした露光時間を用いることで、蛍光標識アクチンが細胞内のアクチン線維と共重合した時のみ、自由拡散を止めて安定したシグナル(蛍光)を放出するため、斑点状のスペックルとして画像化される(図) (2)。この原理に基づいて、アクチン細胞骨格関連分子を中心とした他のタンパク質にも応用されており、分子の移動速度や、細胞構造への分子の結合・解離時間が精密に定量できる。SiMS顕微鏡では1個の蛍光分子に由来するスペックルを画像化しており、FSMで観察されるmulti-fluorophore speckleとは区別されるべきである。また、1分子レベルで直接現象を捉えるので、qFSMの解説で述べたようなエラーは回避できる。ただし、統計的に信頼できる情報を得るためには、十分な時間・空間に渡る解析を必要とする。 | |||
SiMS原法では、GFP融合タンパク質が蛍光標識体として用いられるが、低密度にGFPを発現する細胞を選別する作業は難しく、経験が必要であった。2014年には高効率・簡便な改良型SiMS顕微鏡 (electroporation-based single-molecule speckle microscopy: eSiMS) が開発された。新法では、蛍光標識したアクチンタンパク質を電気穿孔法(エレクトロポレーション)で直接細胞に導入することで、ほぼ100%の細胞で蛍光アクチンの単分子観察が可能となった (4)。さらに、明るく、高い退色耐性をもつ赤色蛍光色素DyLight550や近赤外色素CF680Rで目的タンパク質を標識することで、分子トラッキングの時空間分解能が大幅に向上すると共に、細胞深部でのSiMS解析や、多色同時SiMSイメージングが可能になるなど、応用が広がっている。 | |||
== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
45行目: | 30行目: | ||
* [[緑色蛍光タンパク質]] | * [[緑色蛍光タンパク質]] | ||
* [[電気穿孔法]] | * [[電気穿孔法]] | ||
2019年10月9日 (水) 18:55時点における版
蛍光スペックル顕微鏡法は、細胞骨格などの高次構造を構成する分子の細胞内ダイナミクスを可視化する観察法として、1998年に Waterman-Storer と Salmon により紹介された (1)。手法としては、低濃度の蛍光標識体(例えば、蛍光アクチンやチュブリン)を細胞内に導入し、高感度低ノイズ冷却CCDカメラを備えた落射蛍光顕微鏡システムを用いてタイムラプス撮影を行う。標識体は高次構造にまだらに取り込まれ、斑点状のシグナル(スペックル)として画像化される。このスペックルの動きや密度を計測することで、高次構造を構成する分子の移動や増減を定量的に解析することができる。この蛍光スペックル顕微鏡をヒントにして、蛍光標識体の密度をさらに下げ、1分子ごとの可視化を可能にした蛍光単分子スペックル顕微鏡が開発された (2)。この方法では分子の動きや結合・解離動態を直接観察し、定量化することができる。蛍光単分子スペックル顕微鏡は、アクチン細胞骨格関連分子を中心とした他のタンパク質にも応用され、細胞骨格の組換え、メカノセンス、生理活性物質への応答、細胞接着の制御機構などの詳細な制御様式の解析に用いられている。
開発と発展
1990年代、高感度の冷却CCDカメラと蛍光ライブイメージングの飛躍的な進歩を依拠として、Waterman-StorerとSalmonにより蛍光スペックル顕微鏡 (fluorescent speckle microscopy: FSM) は開発された。Waterman-Storerは当時、細胞質チュブリンの約10% 濃度の蛍光チュブリンを培養細胞に顕微注入し、微小管ダイナミクスをタイムラプス観察していたが、たまたま非常に低濃度の蛍光チュブリンを導入した細胞について観察すると、蛍光チュブリンが不均一な密度で微小管に取り込まれ、まだらの線維として可視化されることを見出した。このまだらのシグナル(スペックル)は、1つ1つが2〜10個の蛍光分子を含んでおり、このスペックルを目印として、微小管ダイナミクス(例えば、高次構造内部での微小管の移動)を可視化することができた。FSMはアクチン細胞骨格にも応用され、Waterman-Storerらの最初の論文では、紡錘体微小管と細胞辺縁部のアクチン構造の移動、特に微小管では紡錘体極への移動を可視化する方法として紹介された (1)。2000年代には、この観察法に基づく膨大なスペックルデータをコンピュータ解析し、細胞内アクチンの重合/脱重合の程度をヒートマップ様の分布で示す定量蛍光スペックル顕微鏡法 (quantitative fluorescent speckle microscopy: qFSM) に発展した (3)。
一方で、FSMをヒントとして、蛍光標識体の密度をさらに下げ、撮影条件を工夫する(開口数の大きな対物レンズの使用、照明領域の制限、自家蛍光や培地の蛍光の軽減など)ことで、GFP標識タンパク質を1分子ごとに可視化する単分子スペックル顕微鏡法 (single-molecule fluorescent speckle microscopy: SiMS) が開発された (2)。さらに2014年には、新しい蛍光プローブと電気穿孔法(エレクトロポレーション)を用いた蛍光標識体の導入法を用いることで、簡便で大幅に時空間分解能が向上したelectroporation-based single-molecule speckle microscopy (eSiMS) が開発された (4)。
種類
蛍光スペックル顕微鏡法
fluorescent speckle microscopy (FSM)
蛍光スペックル顕微鏡法では、蛍光標識した高次構造のサブユニットを低濃度で細胞内に導入し、タイムラプス観察を行う。蛍光標識体は、高次構造に不均一に取り込まれ、斑点状のシグナル(スペックル)として画像化される。試験管内で蛍光チュブリンを共重合した微小管の観察とシミュレーションから、蛍光標識体の割合は0.5–2% がFSMに適しており、1つ1つのスペックルは2–10個の蛍光分子を含む multi-fluorophore speckleであることが示されている。FSMを活用した重要な応用例としては、紡錘体を構成する極微小管 (polar microtubule) と動原体微小管 (kinetochore microtubule)の紡錘体極方向への移動 (microtubule flux) と制御様式を定量的に明らかにしたことが挙げられる (1, 5)。
定量蛍光スペックル顕微鏡法
quantitative fluorescent speckle microscopy (qFSM)
定量蛍光スペックル顕微鏡法は、主に蛍光スペックル顕微鏡法で観察されるアクチン動態解析に用いられる。膨大なアクチンスペックルデータをコンピュータ解析し、例えば、スペックルの出現/消失によりアクチン重合/脱重合の顕著な場所がヒートマップ様の分布で示される (3)。しかし、スペックル密度が高い場合、スペックルの融合や分離、近い場所での消失/出現を自動解析で正確に捉えることは困難であることが予想され、解析データにはエラーが含まれる可能性が指摘されている (6)。
単分子蛍光スペックル顕微鏡法
single-molecule fluorescent speckle microscopy (SiMS)
単分子蛍光スペックル顕微鏡は、蛍光スペックル顕微鏡法よりもさらに低密度の蛍光標識アクチンを発現する細胞について蛍光1分子ごとに可視化する顕微鏡法として紹介された。この手法では、2秒程度までのゆっくりとした露光時間を用いることで、蛍光標識アクチンが細胞内のアクチン線維と共重合した時のみ、自由拡散を止めて安定したシグナル(蛍光)を放出するため、斑点状のスペックルとして画像化される(図) (2)。この原理に基づいて、アクチン細胞骨格関連分子を中心とした他のタンパク質にも応用されており、分子の移動速度や、細胞構造への分子の結合・解離時間が精密に定量できる。SiMS顕微鏡では1個の蛍光分子に由来するスペックルを画像化しており、FSMで観察されるmulti-fluorophore speckleとは区別されるべきである。また、1分子レベルで直接現象を捉えるので、qFSMの解説で述べたようなエラーは回避できる。ただし、統計的に信頼できる情報を得るためには、十分な時間・空間に渡る解析を必要とする。
SiMS原法では、GFP融合タンパク質が蛍光標識体として用いられるが、低密度にGFPを発現する細胞を選別する作業は難しく、経験が必要であった。2014年には高効率・簡便な改良型SiMS顕微鏡 (electroporation-based single-molecule speckle microscopy: eSiMS) が開発された。新法では、蛍光標識したアクチンタンパク質を電気穿孔法(エレクトロポレーション)で直接細胞に導入することで、ほぼ100%の細胞で蛍光アクチンの単分子観察が可能となった (4)。さらに、明るく、高い退色耐性をもつ赤色蛍光色素DyLight550や近赤外色素CF680Rで目的タンパク質を標識することで、分子トラッキングの時空間分解能が大幅に向上すると共に、細胞深部でのSiMS解析や、多色同時SiMSイメージングが可能になるなど、応用が広がっている。