「脳死」の版間の差分

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 1979年には、英国で脳幹死による脳死診断基準が公表され、1981年、米国大統領委員会<ref name=President1981 />が死の判定に関する統一法「死の判定ガイドライン」を公布した。ここで、1)呼吸と循環機能が不可逆的に停止した、2)あるいは脳幹を含む脳全体のすべての機能が不可逆的に停止した人は死んでいる、という脳死(全脳死)の定義が示された<ref name=President1981>President's Commission for the Study of Ethical Problems in Medicine and Biomedical and Behavioral Research. (2018)<br>Defining death. Washington DC: Government Printing Office; </ref> [3]。ここでは、死の判定は一般に認められている医学的基準に従って行われねばならないとして、その基準は別に示されており<ref name=JAMA1981><pubmed>7289009</pubmed></ref>[4]、判定法そのものが法律で定められているわけではない。
 1979年には、英国で脳幹死による脳死診断基準が公表され、1981年、米国大統領委員会<ref name=President1981 />が死の判定に関する統一法「死の判定ガイドライン」を公布した。ここで、1)呼吸と循環機能が不可逆的に停止した、2)あるいは脳幹を含む脳全体のすべての機能が不可逆的に停止した人は死んでいる、という脳死(全脳死)の定義が示された<ref name=President1981>President's Commission for the Study of Ethical Problems in Medicine and Biomedical and Behavioral Research. (2018)<br>Defining death. Washington DC: Government Printing Office; </ref> [3]。ここでは、死の判定は一般に認められている医学的基準に従って行われねばならないとして、その基準は別に示されており<ref name=JAMA1981><pubmed>7289009</pubmed></ref>[4]、判定法そのものが法律で定められているわけではない。


• 1982年、ドイツ連邦医師会から脳死診断基準が公表された。
 1982年、ドイツ連邦医師会から、また1983年にはオランダで脳死診断基準が公表された。米国でも1984年、大統領委員会の議論を経て全米臓器移植法が成立した。1985年、ローマ教皇は脳死を人の死と認めるとの決定を下し、その後、次々と世界各国で脳死が認知されることになり、1988年、スウェーデンでも、脳死を人の死とする立法が成立した。
• 1983年、オランダで脳死診断基準が公表された。
 
• 1984年、大統領委員会の議論を経て全米臓器移植法が成立した。
 脳死判定の具体的な手法が、1995年に米国神経学会(American Academy of Neurology, AAN)が発表したSummary statement、事実上のガイドラインにまとめられた<ref name=Neurology1995><pubmed>7746374</pubmed></ref>[5]。ここでは脳死の臨床的な基準を、脳死と類似した状態になり得る症例(急性薬物中毒、低体温、代謝・内分泌障害)が除外されていることを前提条件として、既知原因による昏睡、脳幹反射消失、無呼吸という3つの臨床所見が必須とされた。以前の診断基準<ref name=JAMA1977><pubmed>576252</pubmed></ref>[6]と異なり概念としては全脳死であるにもかかわらず脳波は必須とはされていない。すなわち、脳死は臨床的な脳機能の喪失である=脳死とは臨床診断であるということが強調されており、脳波を含む確認検査は臨床的に不明確な点が残る場合に施行が推奨されるという位置づけである<ref name=JAMA1981><pubmed>7289009</pubmed></ref><ref name=Neurology1995><pubmed>7746374</pubmed></ref>[4][5]。この基準を満たしたのちに回復した例はないことが確認されている<ref name=Neurology1995><pubmed>7746374</pubmed></ref> [5]。この米国神経学会のSummary statementは、現在に至るまで神経学、とくにCritical care neurology、脳死をめぐる議論の第一人者であるMayo Clinic/Mayo Medical SchoolのEelco F. M. Wijdicks教授を中心にまとめられた。
• 1985年、ローマ教皇は脳死を人の死と認めるとの決定を下し、その後、次々と世界各国で脳死が認知されることになった。
 
• 1988年、スウェーデンで、脳死を人の死とする立法が成立した。
 英国では、脳幹の永久的な機能喪失が脳死を構成するという、脳幹死の立場が公認されている<ref name=Br1976><pubmed>990836</pubmed></ref>[7]。その根拠として、意識する能力と呼吸する能力の不可逆的喪失が死であり、その両者が脳幹の機能であることが強調されている<ref name=Pallis1982><pubmed>6814579</pubmed></ref>[8]。全脳死と脳幹死の実質上の違いは脳波検査が必要と考えるかどうかにあるが、現実には上記のように、全脳死の立場を取る米国でも脳波検査は現在必須とはされておらず、現在米英の脳死判定法に実質的な違いはあまりなくなっている。なお脳幹死の立場は英国のほかに中米、中東、東南アジア、アフリカの一部、インド等で支持されているが、米国の中でさえ州によって大きな相違がある<ref name=Robbins2018><pubmed>30105167</pubmed></ref>[9]。
1995年、脳死判定の具体的な手法が1995年に米国神経学会(American Academy of Neurology, AAN)が発表したSummary statement、事実上のガイドラインにまとめられた<ref name=Neurology1995><pubmed>7746374</pubmed></ref>[5]。ここでは脳死の臨床的な基準を、脳死と類似した状態になり得る症例(急性薬物中毒、低体温、代謝・内分泌障害)が除外されていることを前提条件として、既知原因による昏睡、脳幹反射消失、無呼吸という3つの臨床所見が必須とされた。以前の診断基準<ref name=JAMA1977><pubmed>576252</pubmed></ref>[6]と異なり概念としては全脳死であるにもかかわらず脳波は必須とはされていない。すなわち、脳死は臨床的な脳機能の喪失である=脳死とは臨床診断であるということが強調されており、脳波を含む確認検査は臨床的に不明確な点が残る場合に施行が推奨されるという位置づけである<ref name=JAMA1981><pubmed>7289009</pubmed></ref><ref name=Neurology1995><pubmed>7746374</pubmed></ref>[4][5]。この基準を満たしたのちに回復した例はないことが確認されている<ref name=Neurology1995><pubmed>7746374</pubmed></ref> [5]。この米国神経学会のSummary statementは、現在に至るまで神経学、とくにCritical care neurology、脳死をめぐる議論の第一人者であるMayo Clinic/Mayo Medical SchoolのEelco F. M. Wijdicks教授を中心にまとめられた。
 
英国では、脳幹の永久的な機能喪失が脳死を構成するという、脳幹死の立場が公認されている<ref name=Br1976><pubmed>990836</pubmed></ref>[7]。その根拠として、意識する能力と呼吸する能力の不可逆的喪失が死であり、その両者が脳幹の機能であることが強調されている<ref name=Pallis1982><pubmed>6814579</pubmed></ref>[8]。全脳死と脳幹死の実質上の違いは脳波検査が必要と考えるかどうかにあるが、現実には上記のように、全脳死の立場を取る米国でも脳波検査は現在必須とはされておらず、現在米英の脳死判定法に実質的な違いはあまりなくなっている。なお脳幹死の立場は英国のほかに中米、中東、東南アジア、アフリカの一部、インド等で支持されているが、米国の中でさえ州によって大きな相違がある<ref name=Robbins2018><pubmed>30105167</pubmed></ref>[9]。
 米国神経学会のSummary statement(ガイドライン)は2010年に改訂された<ref name=Wijdicks2010><pubmed>20530327</pubmed></ref>[10]。脳死は臨床診断であること、無呼吸テストは安全であること、種々の新しい補助検査が全脳の機能停止を真に確認できるかについては十分なエビデンスがまだないこと、この改訂ではevidence-basedを目指し38件の文献をレビューされたが、結果的にopinion-basedとなったこと、などが明記された。
米国神経学会のSummary statement(ガイドライン)は2010年に改訂された<ref name=Wijdicks2010><pubmed>20530327</pubmed></ref>[10]。脳死は臨床診断であること、無呼吸テストは安全であること、種々の新しい補助検査が全脳の機能停止を真に確認できるかについては十分なエビデンスがまだないこと、この改訂ではevidence-basedを目指し38件の文献をレビューされたが、結果的にopinion-basedとなったこと、などが明記された。


== わが国における脳死をめぐる概念の成立と変遷 ==
== わが国における脳死をめぐる概念の成立と変遷 ==