16,040
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
(2人の利用者による、間の10版が非表示) | |||
1行目: | 1行目: | ||
<div align="right"> | |||
<font size="+1">井上 貴史、[http://researchmap.jp/marmoset 佐々木 えりか]</font><br> | |||
''公益財団法人実験動物中央研究所''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年9月24日 原稿完成日:2015年9月3日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noritakaichinohe 一戸 紀孝](国立精神・神経医療研究センター 神経研究所)<br> | |||
</div> | |||
学名:''Callithrix jacchus'' 英:common marmoset 独:Weißbüschelaffe 仏:ouistiti à toupets blancs, ouistiti commun, ouistiti sagouin | |||
{{box|text= コモンマーモセット(以下マーモセットと略す)は、ブラジル原産の霊長類である。成熟個体で体長25〜35cm、体重300-500gとヒトが扱いやすい大きさである。性成熟まで約1年半と短く、霊長類の中では非常に高い繁殖力を持つため、昨今実験動物として注目されている。特に、霊長類での初めての遺伝子改変動物の作製と継代(導入遺伝子の生殖系への伝達)が報告され、脳神経疾患モデルや脳機能解析などに遺伝子改変マーモセットが応用され始めている。脳は大脳皮質の拡大で生じた霊長類に特異的な機能を持ち、認知機能、社会的行動などの脳高次機能に関してヒトと類似しており、認知科学などの脳高次機能の研究や、ヒト神経疾患研究、特にパーキンソン病、脊髄損傷、多発性硬化症などの神経変性疾患などのモデルとして用いられている。}} | |||
{{Taxobox | {{Taxobox | ||
| name = Common marmoset<ref name=msw3>'''Groves, C. P.''' (2005). Wilson, D. E.; Reeder, D. M, eds. <br>Mammal Species of the World (3rd ed.). <br>Baltimore: Johns Hopkins University Press. p. 131. <br>OCLC 62265494. ISBN 0-801-88221-4.</ref> <ref name=SAP>'''Rylands AB and Mittermeier RA''' (2005)<br>"The Diversity of the New World Primates (Platyrrhini)". <br>In Garber PA, Estrada A, Bicca-Marques JC, Heymann EW, Strier KB. <br>''South American Primates: Comparative Perspectives in the Study of Behavior, Ecology, and Conservation.'' <br>Springer. pp. 23–54. ISBN 978-0-387-78704-6.</ref> | | name = Common marmoset<ref name=msw3>'''Groves, C. P.''' (2005). Wilson, D. E.; Reeder, D. M, eds. <br>Mammal Species of the World (3rd ed.). <br>Baltimore: Johns Hopkins University Press. p. 131. <br>OCLC 62265494. ISBN 0-801-88221-4.</ref> <ref name=SAP>'''Rylands AB and Mittermeier RA''' (2005)<br>"The Diversity of the New World Primates (Platyrrhini)". <br>In Garber PA, Estrada A, Bicca-Marques JC, Heymann EW, Strier KB. <br>''South American Primates: Comparative Perspectives in the Study of Behavior, Ecology, and Conservation.'' <br>Springer. pp. 23–54. ISBN 978-0-387-78704-6.</ref> | ||
16行目: | 27行目: | ||
| species = '''''C. jacchus''''' | | species = '''''C. jacchus''''' | ||
| binomial = ''Callithrix jacchus'' | | binomial = ''Callithrix jacchus'' | ||
| binomial_authority = ([[Carolus Linnaeus|Linnaeus]], [[10th edition of Systema Naturae|1758]])<ref> | | binomial_authority = ([[Carolus Linnaeus|Linnaeus]], [[10th edition of Systema Naturae|1758]])<ref>'''Linnaeus, Carl''' (1758)<br>Systema naturæ. Regnum animale. (10 ed.). <br>pp. 27, 28. Retrieved 19 November 2012.</ref> | ||
| synonyms = | | synonyms = | ||
*''albicollis'' <small>Spix, 1823</small> | *''albicollis'' <small>Spix, 1823</small> | ||
26行目: | 37行目: | ||
*''vulgaris'' <small>Humboldt, 1812</small> | *''vulgaris'' <small>Humboldt, 1812</small> | ||
}} | }} | ||
== 分類、形態、生態 == | == 分類、形態、生態 == | ||
マーモセットは、[[wj:霊長目|霊長目]]([[wj:サル目|サル目]])−[[wj:真猿類亜目|真猿類亜目]]−[[wj:広鼻猿下目|広鼻猿下目]]([[wj:新世界ザル|新世界ザル]]類)−[[wj:オマキザル科|オマキザル科]]−[[wj:マーモセット亜科|マーモセット亜科]]に属する。原産地は[[wj:南米|南米]]の[[wj:ブラジル|ブラジル]]の北東部であり、半乾燥熱帯林に生息し、樹上生活性である。二次林や林縁部など人間の生活環境に近い地域にも分布しており、人為的な導入や逃亡により都市周辺の林にも生息域を広げていることが知られている。 | |||
小型の[[wj:霊長類|霊長類]]であり、成熟個体で体長25〜35cm、体重300-500gと[[ヒト]]が扱いやすい大きさである。長い尾を持ち、顔や手のひら以外は毛で覆われ、左右の耳の脇に白くて大きい毛ブサを有するのが特徴である。顔の表情はとても豊かで、さまざまな表情を持つ。他のマーモセット類と同様に爪は足の親指だけが[[wj:平爪|平爪]]で、その他の指は[[wj:鉤爪|鉤爪]]である。 | 小型の[[wj:霊長類|霊長類]]であり、成熟個体で体長25〜35cm、体重300-500gと[[ヒト]]が扱いやすい大きさである。長い尾を持ち、顔や手のひら以外は毛で覆われ、左右の耳の脇に白くて大きい毛ブサを有するのが特徴である。顔の表情はとても豊かで、さまざまな表情を持つ。他のマーモセット類と同様に爪は足の親指だけが[[wj:平爪|平爪]]で、その他の指は[[wj:鉤爪|鉤爪]]である。 | ||
44行目: | 46行目: | ||
== 繁殖 == | == 繁殖 == | ||
性成熟まで約1年半と他の実験用[[サル]]類(3~4年)に比べて短い。飼育下では1回の出産で2〜3仔を出産する。周年繁殖で1年間に2回出産し、年間4~6匹、生涯に1匹の雌が産む子の数は40~80匹となり、非常に高い繁殖力を持つ。また、同腹の仔は[[wj:胎盤|胎盤]]を共有するため、[[wj: | 性成熟まで約1年半と他の実験用[[サル]]類(3~4年)に比べて短い。飼育下では1回の出産で2〜3仔を出産する。周年繁殖で1年間に2回出産し、年間4~6匹、生涯に1匹の雌が産む子の数は40~80匹となり、非常に高い繁殖力を持つ。また、同腹の仔は[[wj:胎盤|胎盤]]を共有するため、[[wj:キメラ#動物|血液キメラ]]となるユニークな生物学的特性を持つ。 | ||
== 社会性 == | == 社会性 == | ||
50行目: | 52行目: | ||
== 実験動物コロニー == | == 実験動物コロニー == | ||
日本、米国、ドイツ、イギリス、オランダ、オーストラリアなどに実験動物としての室内繁殖コロニーが存在し、実験動物として供給されている。このため、微生物学的にもコントロールされた動物を実験に使用することができる。これまで実験動物コロニー由来のマーモセットにおいて重篤な[[wj:人獣共通感染症|人獣共通感染症]]の報告はなく、その危険性は低い。[[ | 日本、米国、ドイツ、イギリス、オランダ、オーストラリアなどに実験動物としての室内繁殖コロニーが存在し、実験動物として供給されている。このため、微生物学的にもコントロールされた動物を実験に使用することができる。これまで実験動物コロニー由来のマーモセットにおいて重篤な[[wj:人獣共通感染症|人獣共通感染症]]の報告はなく、その危険性は低い。[[マカカ属サル]]類で注意が必要な[[wj:Bウイルス|Bウイルス]]のマーモセットの自然感染例はない。日本では1970年代から導入され、繁殖コロニーが維持されている。 | ||
== 実験医学 == | == 実験医学 == | ||
近年、脳科学や再生医療を中心にバイオメディカル研究でのマーモセットの使用が急増している<ref>'''伊藤豊志雄・森脇和郎'''<br>コモンマーモセットの歴史と展望-Biomedical Super Modelの期待<br>''実験医学''28(18):3029-3032(2010)</ref> <ref>'''谷岡功邦 編'''<br>マーモセットの飼育繁殖・実験手技・解剖組織<br>''アドスリー''(1996)</ref> <ref>'''谷岡功邦,野村達次 編'''<br>コモンマーモセットの特性と実験利用<br>''ソフトサイエンス社''(1989)</ref>。2009年には世界初となる霊長類での[[遺伝子改変動物]]の作製と継代(導入遺伝子の生殖系への伝達)が報告され、[[脳神経]]疾患モデルや脳機能解析などに遺伝子改変マーモセットが応用され始めている。 | 近年、脳科学や再生医療を中心にバイオメディカル研究でのマーモセットの使用が急増している<ref>'''伊藤豊志雄・森脇和郎'''<br>コモンマーモセットの歴史と展望-Biomedical Super Modelの期待<br>''実験医学''28(18):3029-3032(2010)</ref> <ref>'''谷岡功邦 編'''<br>マーモセットの飼育繁殖・実験手技・解剖組織<br>''アドスリー''(1996)</ref> <ref>'''谷岡功邦,野村達次 編'''<br>コモンマーモセットの特性と実験利用<br>''ソフトサイエンス社''(1989)</ref>。2009年には世界初となる霊長類での[[遺伝子改変動物]]の作製と継代(導入遺伝子の生殖系への伝達)が報告され、[[脳神経]]疾患モデルや脳機能解析などに遺伝子改変マーモセットが応用され始めている。 | ||
ヒトに近縁な真猿類であるマーモセットは実験結果のヒトへの外挿性が高い。代謝経路、生理学的、解剖学的特徴がヒトと類似しているため、古くから神経学、繁殖学、感染症の研究、行動学などに多く使われてきた。マーモセットは1970年前後に欧米で使用され始め、ヒトおよび[[チンパンジー]]以外では報告されなかった[[wj:A型肝炎|A型肝炎]]に対する感受性や[[wj:げっ歯類|げっ歯類]]や[[ | ヒトに近縁な真猿類であるマーモセットは実験結果のヒトへの外挿性が高い。代謝経路、生理学的、解剖学的特徴がヒトと類似しているため、古くから神経学、繁殖学、感染症の研究、行動学などに多く使われてきた。マーモセットは1970年前後に欧米で使用され始め、ヒトおよび[[チンパンジー]]以外では報告されなかった[[wj:A型肝炎|A型肝炎]]に対する感受性や[[wj:げっ歯類|げっ歯類]]や[[ウサギ]]ではみられなかった[[wj:サリドマイド剤|サリドマイド剤]]による催奇形性が注目された。 | ||
特に、脳神経科学は、現在マーモセットの利用が最も多い分野である。マーモセットの脳は[[大脳皮質]]の拡大で生じた霊長類に特異的な機能を持つ。よって[[認知]] | 特に、脳神経科学は、現在マーモセットの利用が最も多い分野である。マーモセットの脳は[[大脳皮質]]の拡大で生じた霊長類に特異的な機能を持つ。よって[[認知]]機能、社会的行動などの脳高次機能に関してヒトと類似しており、認知科学などの脳高次機能の研究や、ヒト神経疾患研究のための[[動物モデル]]として適している。ヒトの疾患モデルとしては、特に[[パーキンソン病]]、[[脊髄損傷]]、[[多発性硬化症]]などの神経変性疾患などのモデルとして用いられている。また、前述のとおり、霊長類では唯一次世代への導入遺伝子の伝達が認められた[[トランスジェニック動物]]が作製され<ref><pubmed>19478777</pubmed></ref>、遺伝子改変技術を用いたモデル開発が行われている。 | ||
その他、感染症分野では、種々の[[ヘルペスウイルス]]、[[wj: | その他、感染症分野では、種々の[[ヘルペスウイルス]]、[[wj:GBウイルスB|GBウイルスB]]による[[wj:C型肝炎モデル|C型肝炎モデル]]、[[wj:麻疹|麻疹]]、[[wj:デング熱|デング熱]]などウイルス感染を中心に現在でも用いられている。新薬の開発では、薬物代謝酵素系の[[wj:シトクロムP450|シトクロムP450]]のヒトとの高い相同性が示されており、創薬、薬理・毒性学分野で多く使用されている。近年は、飼育法、採血、麻酔法、行動解析法など実験にまつわる種々の基盤技術も開発確立されており、また、全[[ゲノム]]配列解読、脳地図の作製、[[MRI]]アトラスなど多くの研究ツールがそろってきている。さらに、[[ES細胞]]、[[iPS細胞]]が樹立されており、これを追応用して脊髄損傷などの細胞移植治療実験が行われており、再生医療の有効性・安全性を評価するための前臨床試験系としてのマーモセットの有用性が示されている。 | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == |