脊髄損傷

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金子慎二郎
独立行政法人国立病院機構村山医療センター整形外科
中村 雅也
慶應義塾大学整形外科
DOI:10.14931/bsd.6213 原稿受付日:2015年8月2日 原稿完成日:2015年8月5日
担当編集委員:漆谷 真(滋賀医科大学 医学部 神経内科)

英語名:spinal cord injury 独:Rückenmarksverletzung 仏:traumatisme médullaire, traumatisme de la moelle épinière

 脊髄損傷の発生数は、年間百万人あたり約40人と推定されている。脊髄損傷によって起こり得る障害としては、四肢の運動・知覚障害、膀胱直腸障害などがあり、また、頚髄損傷では、横隔膜機能の障害に起因する呼吸機能障害も起こり得る。脊髄損傷では、通常、Frankel分類やASIA機能障害スケールを用いて麻痺の高位や程度を評価する。脊髄損傷後の二次損傷予防法としてメチルプレドニゾロン大量投与療法があるが、その効果や施行の是非については議論がある。脊髄損傷・脊椎損傷に対する画像診断法や手術法などの進歩に伴い、脊髄損傷・脊椎損傷に対する治療は進歩してきている。脊髄再生に関する基礎的研究は多いが、それらの研究で確認されている機能回復はいずれも臨床応用を考えた場合、いまだ十分とはいえない。中枢神経系のニューロンの軸索は末梢神経系のニューロンの軸索と違って切断後、自然経過の中では再生しないことが知られており、脊髄再生実現への道のりは決して短いものではない。従って、脊髄損傷の治療においては、二次損傷の予防、すなわち初期治療・管理を適切に行うことが極めて重要である。

脊髄損傷とは

 脊髄損傷とは、主に高所からの転落や交通事故などの外傷により脊椎の中を走る脊髄が損傷された状態のことを指す。受傷時に脊椎の骨折脱臼を伴うことが多い。頚椎高位での損傷では四肢の麻痺胸椎高位での損傷では両下肢の麻痺を伴うことが多く、麻痺の程度によっては、麻痺の改善が極めて乏しいか、改善が認められないことも少なくない。

疫学

 脊髄損傷の発生率は、新宮らによる本邦の全国疫学調査[1]によると、毎年人口百万人あたり40.2人と推計されている。米国では1973年よりNational Spinal Cord Injury Database (米国脊髄損傷データベース)が設立され、統計学的な調査が行われているが、この結果はNSCISC (National Spinal Cord Injury Statistical Center)のホームページ上で公開されており、死亡例を除く脊髄損傷の発生数は年間百万人あたり約40人と推定されている。本邦の全国疫学調査[1]によると男女比は約4:1、労災データベース[2]でもほぼ4:1と同様で、男性に多い傾向にある。米国脊髄損傷データベースによると、アメリカでも男女比はほぼ4:1である。

 脊髄損傷の損傷高位は、本邦の全国疫学調査[1]では、頚髄損傷と腰髄馬尾損傷(以下、胸腰髄損傷)の比は約3:1であったのに対し、労災データベース[2]では、頚髄損傷が63%、胸腰髄損傷は37%と胸腰髄損傷の割合がやや多くなっている。一方、米国脊髄損傷データベースでは、頚髄損傷が51.6%、胸腰髄損傷は46.3%と、本邦に比較して胸腰髄損傷の割合が多い傾向にある。

 また発生年齢としては、本邦での全国疫学調査[1]によると、20歳と59歳にピークがあり、胸腰髄損傷は若年者に多く、頚髄損傷は高齢者に受傷者が多い傾向にある。米国脊髄損傷データベースでは、16歳から30歳までの若年層の発生が全体の55%と比較的多くなっており、本邦の特徴としては、高齢者の頚髄損傷の割合が大きいことが挙げられる。

 脊髄損傷の原因としては、本邦での全国疫学調査[1]によると、交通事故が43.7%と1番多く、それに続いて、高所転落(28.9%)、転倒(12.9%)、打撲・下敷き(5.5%)、スポーツレジャー事故(5.4%)、自殺企図による飛び降り(1.7%)の順に多い。米国脊髄損傷データベースでも、交通事故が38.5%と最も多いが、銃創などの他者からの暴力が2番目に多い(24.5%)のが特徴的で、高所転落・転倒(21.8%)がそれに続く。

 脊髄損傷の疫学に関する最近の傾向に関しては、医療経済的側面も含めた疫学的データに関する詳細な報告は米国からのものが多いため、以下に、米国における頚髄損傷に関する疫学的データの最近の経時的推移について記す。1970年代初頭に米国でEmergency Medical Systems and Model Spinal Cord Injury Care Systemsが実施されて以来、頚髄損傷の入院初期における死亡率が米国で約5分の1に減少したとされているが[3]、これは主に、頚髄損傷に対する初期管理がその間、格段に改善されたためであるとされている。米国では毎年1万人以上の新たな症例が発生する一方、看護を含めた治療・管理の進歩により平均余命は改善してきており、その結果として、米国で現在、約25万人以上とされている頚髄損傷の患者数は年々増加している[4]。頚髄損傷の患者に対して米国社会が負担する疾患管理費と生活費の合計は毎年約8兆ドルに達すると報告されている[5]。また、患者1人あたり生涯に要する疾患管理費と生活費の合計は43万5千ドル〜2.6億ドルとされており、頚髄損傷の患者の平均年齢が約30歳と比較的若く、また患者の約半数は日常生活でほぼ全介助を要する麻痺のレベルであると報告されており[4]、これらが脊髄損傷に関わる疾患管理費を増大させている大きな要因となっている[4]

診断

 脊髄損傷に対する診断は、理学所見画像所見などから総合的に判断して行う。近年では、放射線学的診断に関しては、単純X線に加えて、MRICTなどを用いた診断精度の向上に伴い、形態的診断のみならず、病態や予後予測などに関しても詳細な情報が得られる様になってきている。主に初期診断には単純X線像が重要であることは以前と同様であるが、reconstruction技術を用いたCTの導入によって、立体(3D)画像の再構築も可能となり、骨傷を伴う脊髄損傷において、脊椎の損傷形態の三次元的評価が高精度に施行可能になってきている。単純X線では解剖学的に描出精度が低かった頚胸椎移行部や上位胸椎部に関しても、より正確に評価を行うことが可能になってきている。また歴史的には、画像診断toolとしてMRIが導入されて以降、損傷脊髄の病態として、挫滅・出血・浮腫などの鑑別がある程度可能になり、また、信号変化などから予後予測に関してもある程度は可能になってきている。また、骨傷を伴わない脊髄損傷は非骨傷性脊髄損傷と呼ばれるが、MRIの導入以降、非骨傷性脊髄損傷に関しても、より初期に正確に診断が成される割合が増えた。

脊髄損傷に起因する障害と臨床的評価法

 脊髄損傷によって起こり得る障害としては、四肢の運動知覚障害膀胱直腸障害などがあり、また、頚髄損傷では、横隔膜機能の障害に起因する呼吸機能障害も起こり得る。

 通常、脊髄損傷に対しては、四肢の麻痺の高位とその程度に応じて分類を行うが、麻痺の程度の評価に最も広く用いられているのは、Frankel分類(表1)とASIA機能障害スケール(American Spinal Injury Association impairment scale)(表2)である。最近のガイドラインでは後者を推奨しているものが多い。これらの分類は患者の転院の際などにも必要な基本的情報であり、また麻痺の予後予測にも必要である[6] 。以前から脊髄損傷は完全損傷と不全損傷に分類されてきたが、初期に完全損傷と診断された症例でも、経過中に回復して最終的に不全損傷と診断される症例もあることから、近年は損傷程度を完全と不全に安易に分類することへの批判的意見も多い。従って、Frankel分類やASIA機能障害スケールなどを用いて、麻痺の程度をより詳細かつ正確に分類することが望ましい。

表1. Frankel分類
A complete 損傷高位以下の運動・知覚機能の完全麻痺。
B sensory only 運動機能は完全麻痺で、知覚機能のみある程度残存。
C motor useless 損傷高位以下の筋力はある程度あるが、実用性がない。
D motor useful 損傷高位以下の筋力の実用性がある。補助具の要否に関わらず歩行可能。
E recovery 運動・知覚機能ともに正常。膀胱直腸障害もない。反射の異常はあってもよい。
表2. ASIA機能障害スケール (ASIA impairment scale)
A complete 損傷高位以下の運動・知覚機能の完全麻痺。
B incomplete 運動機能は完全麻痺で、(S4・S5髄節を含めた)損傷高位以下の知覚機能のみ残存。
C incomplete 運動機能は保たれていて、損傷高位以下の主要筋群の少なくとも半分以上の筋力がMMTで3未満。
D incomplete 運動機能は保たれていて、損傷高位以下の主要筋群の少なくとも半分以上の筋力がMMTで3以上。
E normal 運動・知覚機能ともに正常。

病態生理

 脊髄は、脳から末梢への信号を伝えるワイヤー(導線)の束の様なものである。即ち、脳に存在するニューロン神経細胞)の細胞体から軸索と呼ばれるワイヤーを通じて、末梢側に命令が伝わるが、脊髄損傷では、束になったワイヤーがある程度の割合で切断されることが主たる原因となって様々な障害が起きる。

 また、脊髄に対する障害を原因別に大別すると、受傷時の物理的な外力によってもたらされる一次損傷と、受傷後に炎症細胞などから分泌されたサイトカインなどによって二次的にもたらされる障害のことを指す二次損傷とがある。

 中枢神経系のニューロンの軸索は末梢神経系のニューロンの軸索と違って切断後、自然経過の中では再生しないことが知られている[7]。従って、脊髄損傷後の経過中に認められる麻痺の改善は、損傷後比較的早期に認められる改善に関しては、損傷後の炎症に伴う脊髄浮腫の改善などによるものであり、また、ある程度の時間が経ってから認められる麻痺の改善は、残存した他の軸索による代償機能などによる側面が大きいと通常、解釈されている。

治療

 本稿では脊髄損傷(主に頚髄損傷)の初期治療および専門科にconsultする前のprimary careとして重要な点に焦点を当てて概説する。

病院へ搬送時の管理の重要性

 頚髄損傷の受傷現場から患者を病院まで搬送するまでの間に硬性装具による頚椎外固定を施行するという概念が普及してから約30年の間に、頚髄損傷の麻痺の程度に大きな改善が認められているという報告があり[8][9]、この結果は搬送時の頚椎外固定の重要性の裏付けと考えられる。

 前述した様に、中枢神経系のニューロンの軸索は末梢神経系のニューロンの軸索と違って切断後、自然経過の中では再生しないことが知られている[7]。従って、脊髄損傷の一次損傷のみならず二次損傷の予防も極めて重要であり、搬送時の工夫は極めて重要である。過去の報告でも、脊髄損傷の3%〜26%は外傷後の脊椎の不安定性に引き続く二次的な障害によって、即ち最初の外傷後の傷害が原因となっているとされている[9]

専門医受診までの初期治療

 脊髄損傷の可能性が高いと判断される場合でも、最初の臨床評価として診察を行う際にはairwayの確保、呼吸・循環の評価という生命の維持に関わる部分から始める。即ち、これらはAdvanced Trauma Life Support (ATLS)ガイドラインの第一次評価に分類される部分であるが、それに続いて第二次評価として頭からつま先にかけての問題となる損傷を見出すための診察を行う[10]

 損傷脊髄は低酸素状態でさらに損傷が拡大するとされており、仮に患者が意識清明で呼吸状態に問題が無くても、脊髄損傷が疑われる際には酸素投与を行うことが推奨されている[11]。意識の無い患者で脊髄損傷が疑われる際には、低酸素による二次的損傷を防ぐために、気管内または経鼻気管内チューブの早期設置を考慮する。脊髄損傷の患者では、初期の脊髄ショックによりしばしば低血圧が認められる。これは交感神経が遮断されることによるものであり、頚髄損傷や上位胸髄損傷の際にしばしば認められる。低血圧が認められたら可及的早期に静脈内への等張性液の投与を行うべきであるが、可能なら受傷現場からこれらの治療を開始することが望ましい。これは虚血による脊髄の二次的な損傷を予防するためである[11]

副腎皮質ステロイド大量投与療法

 脊髄損傷後の炎症細胞の浸潤などによる二次損傷の予防を主たる目的として実際に行われてきた治療として、メチルプレドニゾロン大量投与療法がある。NASCISⅢの研究では、初回量としてメチルプレドニゾロン30mg/kgを15分かけて投与し、45分のinterval後に、受傷後3時間以内の症例ではさらに5.4mg/kg/hrを24時間投与、受傷後3〜8時間の症例では同量を48時間投与することで効果が認められたとしており[12]、このプロトコールを参考にして実際に投与が行われてきた。しかしメチルプレドニゾロンの大量投与により感染や消化管出血が増加するため、現在では同療法を行わない施設も増えている。

手術治療

 手術は主に脱臼や不安定性を有する骨傷性脊髄損傷に対して、脊髄に対する除圧や脊椎の整復や固定性を得ることによって、早期のリハビリテーション開始が可能となる、などの利点が大きいと判断された場合に行われる。内固定材を併用した固定手術が行われる場合が多い。一方、骨傷のない頚髄損傷に対する手術の意義については議論がある。

展望・課題

 脊髄再生に関する基礎的研究は多いが、それらの研究で確認されている機能回復はいずれも臨床応用を考えた場合、いまだ十分とはいえない[7]。先に述べた様に、中枢神経系のニューロンの軸索は末梢神経系のニューロンの軸索と違って切断後、自然経過の中では再生しないことが知られており[7]、脊髄再生実現への道のりは決して短いものではない。

 従って、脊髄損傷の治療においては二次損傷の予防、すなわち初期治療・管理を適切に行うことが極めて重要である。

関連項目

参考文献

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 新宮彦助、木村功、那須吉郎 他
    脊髄損傷の疫学と予防
    整・災外 41: 745-752,1998
  2. 2.0 2.1 富永敏宏
    第3章 発生の現状
    住田幹男、徳弘昭博、真柄彰 他編、脊髄損傷のoutcome-日米のデータベースより
    医歯薬出版、2001,pp28-42
  3. R L Waters, P R Meyer, R H Adkins, D Felton

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