「ミカエリス・メンテンの式」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0018043 石田 敦彦]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0018043 石田 敦彦]</font><br>
''広島大学 大学院総合科学研究科''<br>
''広島大学 大学院統合生命科学研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年8月29日 原稿完成日:2012年9月10日 一部改訂:2021年8月28日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年8月29日 原稿完成日:2012年9月10日 一部改訂:2021年8月28日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](京都大学大学院医学研究科)<br>
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 酵素は生体内の各種の化学反応を円滑に行わせるための生体触媒であり、脳内においても情報伝達や物質代謝など、あらゆる生化学反応に関わっている。そのため生体を理解する上で、個々の酵素の性質を明らかにすることは極めて重要である。1992年に[[ジーンターゲティング]]の手法を用いて、[[空間記憶]]に関わる酵素として[[CaMキナーゼⅡ]]が初めて特定された<ref><pubmed>1378648</pubmed></ref><ref><pubmed>1321493</pubmed></ref>が、この輝かしい研究成果も、それを遡ること十数年に渡る本酵素に関する地道で精力的な研究の積み重ね<ref><pubmed>12045104</pubmed></ref>があったればこそのものであろう。
 酵素は生体内の各種の化学反応を円滑に行わせるための生体触媒であり、脳内においても情報伝達や物質代謝など、あらゆる生化学反応に関わっている。そのため生体を理解する上で、個々の酵素の性質を明らかにすることは極めて重要である。1992年に[[ジーンターゲティング]]の手法を用いて、[[空間記憶]]に関わる酵素として[[CaMキナーゼⅡ]]が初めて特定された<ref><pubmed>1378648</pubmed></ref><ref><pubmed>1321493</pubmed></ref>が、この輝かしい研究成果も、それを遡ること十数年に渡る本酵素に関する地道で精力的な研究の積み重ね<ref><pubmed>12045104</pubmed></ref>があったればこそのものであろう。


 酵素の生化学的研究をおこなうにあたっては、酵素の性質を定量的に扱うことが大前提となる。その理論的基盤となるものが、1913年に[[wj:レオノール・ミカエリス|L. Michaelis]]と[[wj:モード・メンテン|M. L. Menten]]によって[[wj:インベルターゼ|インベルターゼ]]に関する研究において導かれたミカエリス・メンテンの式である。ちなみにMentenは当時としては珍しい女性研究者である<ref>'''鈴木紘一、笠井献一、宗川吉汪 監訳 (2008).'''<br>ホートン生化学 第4版 ''東京化学同人 (東京)''</ref>。これは酵素の化学的実体が未だ明確にされてはいなかった時代に、酵素基質複合体が迅速に形成され、尚且つ結合と解離の平衡状態にあることなどを仮定したものであった。さらに1925年に[[w:George Edward Briggs|G. E. Briggs]]と[[wj:J・B・S・ホールデン|J. B. S. Haldane]]が、定常状態近似と呼ばれる、より一般化された仮定を用いて同じ式を導出した。<math>K_m</math>の定義が異なっているので、両者は厳密には別の式であるが、形式が全く同じであるので、実際には混同して用いられることが多い。
 酵素の生化学的研究をおこなうにあたっては、酵素の性質を定量的に扱うことが大前提となる。その理論的基盤となるものが、1913年に[[wj:レオノール・ミカエリス|L. Michaelis]]と[[wj:モード・メンテン|M. L. Menten]]によって[[wj:インベルターゼ|インベルターゼ]]に関する研究において導かれたミカエリス・メンテンの式である<ref name=Michaelis1913><pubmed>21888353</pubmed></ref>。この式は、以下に詳述するように、酵素基質複合体が迅速に形成され、尚且つ結合と解離の平衡状態にあることなどを仮定した反応モデルに基づいて導かれたものであるが、発表当時は酵素の化学的実体が未だ明確にされてはいなかった時代であった。そのような時代に数理モデルに基づいて式が確立され、それが 100年以上たった今日でも未だ各方面で利用されているというのは、理論よりも実験が先行する生化学分野においては極めて珍しい例ではなかろうか。ちなみにMentenは当時としては珍しい女性研究者である<ref>'''鈴木紘一、笠井献一、宗川吉汪 監訳 (2008).'''<br>ホートン生化学 第4版 ''東京化学同人 (東京)''</ref>。さらに1925年に[[w:George Edward Briggs|G. E. Briggs]]と[[wj:J・B・S・ホールデン|J. B. S. Haldane]]が、定常状態近似と呼ばれる、より一般化された仮定を用いて同じ式を導出した<ref name=Briggs1925><pubmed>16743508</pubmed></ref>。<math>K_m</math>の定義が異なっているので、両者は厳密には別の式であるが、形式が全く同じであるので、実際には混同して用いられることが多い。


==誘導法==
==誘導法==
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     <math> E + S \overset{k_1}{\underset{k_2}{\rightleftarrows}} ES \xrightarrow{k_3} E + P</math>     (1)  
     <math> E + S \overset{k_1}{\underset{k_2}{\rightleftarrows}} ES \xrightarrow{k_3} E + P</math>     (1)  


 ここに<math>E</math>は酵素、<math>S</math>は基質、<math>P</math>は生成物を表す。この時、<math>k_1</math>、<math>k_2</math>は<math>k_3</math>に比べて十分に大きく、<math>ES</math>、<math>E</math>、<math>S</math>は[[wj:平衡状態|平衡状態]]にあって、<math>k_3</math>を[[wj:速度定数|速度定数]]とする過程が全体の酵素反応の[[wj:律速段階|律速段階]]であると仮定すれば、ES complexの[[wj:解離定数|解離平衡定数]]<math>k_d</math>は
 ここに<math>E</math>は酵素、<math>S</math>は基質、<math>P</math>は生成物を表す。この時、<math>k_1</math>、<math>k_2</math>は<math>k_3</math>に比べて十分に大きく、<math>ES</math>、<math>E</math>、<math>S</math>は[[wj:平衡状態|平衡状態]]にあって、<math>k_3</math>を[[wj:速度定数|速度定数]]とする過程が全体の酵素反応の[[wj:律速段階|律速段階]]であると仮定すれば、ES complexの[[wj:解離定数|解離平衡定数]]<math>K_d</math>は


<br>      <math> K_d = \frac{[E][S]}{[ES]} = \frac{k_2}{k_1}</math>     (2)  
<br>      <math> K_d = \frac{[E][S]}{[ES]} = \frac{k_2}{k_1}</math>     (2)  
35行目: 35行目:
<br>      <math>v = k_3[ES]\,</math>     (3)  
<br>      <math>v = k_3[ES]\,</math>     (3)  


<br>  ここで酵素の全濃度<math>[E_{sub}]</math>は  
<br>  ここで酵素の全濃度<math>[E]_0</math>は  


<br>      <math>[E_0] = [E] + [ES]\,</math>     (4)  
<br>      <math>[E]_0 = [E] + [ES]\,</math>     (4)  


<br>  (2)(4)より<math>[E]</math>を消去して整理すると  
<br>  (2)(4)より<math>[E]</math>を消去して整理すると  


<br>      <math> [ES] = \frac{[E_0][S]}{K_d +[S]}</math>     (5)  
<br>      <math> [ES] = \frac{[E]_0[S]}{K_d +[S]}</math>     (5)  


<br>  これを(3)に代入すれば  
<br>  これを(3)に代入すれば  


<br>      <math> v = k_3[ES] = \frac{k_3[E_0][S]}{K_d +[S]}</math>     (6)  
<br>      <math> v = k_3[ES] = \frac{k_3[E]_0[S]}{K_d +[S]}</math>     (6)  


<br>  ここで<math>v = k_3[E_0] = V_{max}</math>、<math>K_d = K_m</math>とおくと  
<br>  ここで<math>v = k_3[E]_0 = V_{max}</math>、<math>K_d = K_m</math>とおくと  


<br>      <math>v = k_3[ES] = \frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math>     (7)  
<br>      <math>v = k_3[ES] = \frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math>     (7)  


 この(7)式をミカエリス・メンテンの式と呼び、1913年にドイツの学術雑誌に発表された<ref><pubmed>21888353</pubmed></ref>。ミカエリス定数<math>K_m</math>は基質濃度無限大の時の最大反応速度<math>V_{max}</math>の1/2の速度を与える時の基質濃度に一致する。<math>K_m</math>はES complexの解離平衡定数<math>K_d</math>であるから、酵素と基質の親和性の尺度となり、値が小さいほど酵素と基質の親和性が強い。
 この(7)式をミカエリス・メンテンの式と呼び、1913年にドイツの学術雑誌に発表された<ref name=Michaelis1913><pubmed>21888353</pubmed></ref>。ミカエリス定数<math>K_m</math>は基質濃度無限大の時の最大反応速度<math>V_{max}</math>の1/2の速度を与える時の基質濃度に一致する。<math>K_m</math>はES complexの解離平衡定数<math>K_d</math>であるから、酵素と基質の親和性の尺度となり、値が小さいほど酵素と基質の親和性が強い。


== ブリッグス・ホールデンの式  ==
== ブリッグス・ホールデンの式  ==


 しかしながら、上記、Michaelis とMentenの考えではいくつかの仮定を設けており、常にこれらの仮定が成立するとは限らない。そこで1925年に[[w:George Edward Briggs|G. E. Briggs]]と[[wj:J・B・S・ホールデン|J. B. S. Haldane]]は、ミカエリス・メンテンの式の、より一般化された誘導法を示した<ref><pubmed>16743508</pubmed></ref>。上記(1)の反応スキームにおいて、彼らは酵素反応が直線的に進行する定常状態ではES complexの形成速度と分解速度が釣り合っていて、見かけ上<math>[ES]</math>が一定になると仮定した(定常状態近似)。すなわち、 '''  
 しかしながら、上記、Michaelis とMentenの考えではいくつかの仮定を設けており、常にこれらの仮定が成立するとは限らない。そこで1925年に[[w:George Edward Briggs|G. E. Briggs]]と[[wj:J・B・S・ホールデン|J. B. S. Haldane]]は、ミカエリス・メンテンの式の、より一般化された誘導法を示した<ref name=Briggs1925><pubmed>16743508</pubmed></ref>。上記(1)の反応スキームにおいて、彼らは酵素反応が直線的に進行する定常状態ではES complexの形成速度と分解速度が釣り合っていて、見かけ上<math>[ES]</math>が一定になると仮定した(定常状態近似)。すなわち、 '''  


<br>      <math>\frac{d[ES]}{dt} = 0 = k_1[E][S] - k_2[ES] -k_3[ES]</math>     (8)  
<br>      <math>\frac{d[ES]}{dt} = 0 = k_1[E][S] - k_2[ES] -k_3[ES]</math>     (8)  


<br>  ここで上記と同様に酵素の全濃度<math>[E_0]</math>は  
<br>  ここで上記と同様に酵素の全濃度<math>[E]_0</math>は  


<br>      <math>[E_0]= [E] + [ES]\,</math>     (9)  
<br>      <math>[E]_0= [E] + [ES]\,</math>     (9)  


<br>  (8)(9)より<math>[E]</math>を消去すると        
<br>  (8)(9)より<math>[E]</math>を消去すると        


     <math>[ES] = \frac{k_1[E_0][S]}{k_1[S]+(k_2 + k_3)}</math>     (10)  
     <math>[ES] = \frac{k_1[E]_0[S]}{k_1[S]+(k_2 + k_3)}</math>     (10)  


<br>  酵素反応の初速度<math>v</math>は  
<br>  酵素反応の初速度<math>v</math>は  
73行目: 73行目:
<br>  (10)(11)より  
<br>  (10)(11)より  


<br>      <math>v = \frac{k_1k_3[E_0][S]}{k_1[S]+(k_2 + k_3)} = \frac{k_3[E_0][S]}{[S]+\frac{k_2 + k_3}{k_1}}</math>     (12)  
<br>      <math>v = \frac{k_1k_3[E]_0[S]}{k_1[S]+(k_2 + k_3)} = \frac{k_3[E]_0[S]}{[S]+\frac{k_2 + k_3}{k_1}}</math>     (12)  


<br>  ここで <math>(k_2+k_3) / k_1 = K_m</math>、<math>k_3[E_0] = V_{max}</math>とおくと  
<br>  ここで <math>(k_2+k_3) / k_1 = K_m</math>、<math>k_3[E]_0 = V_{max}</math>とおくと  


<br>      <math>v = k_3[ES] = \frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math>     (13)  
<br>      <math>v = k_3[ES] = \frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math>     (13)  


<br>  となり、(7)式と同じ式が得られる。 (13)式は厳密にはブリッグス・ホールデンの式と言うが、 (7)式と同じ形であるので実際にはミカエリス・メンテンの式と言うことが多い。また、(13)式の<math>K_m</math>もミカエリス定数と言うが、(7)式の場合と異なり、ES complexの解離平衡定数<math>k_d</math>とは一致しない。<math>k_2>>k_3</math>の場合にのみ、<math>K_m\approx k_2/k_1</math>となって<math>k_d</math>と一致するのであるが、多くの場合、(13)式の<math>K_m</math>も酵素と基質の親和性の尺度を表すと考えてよい。実験的には、(13)式の<math>K_m</math>も(7)式の場合と同様、基質濃度無限大の時の最大反応速度<math>V_{max}</math>の1/2の速度を与える基質濃度として定義される。
<br>  となり、(7)式と同じ式が得られる。 (13)式は厳密にはブリッグス・ホールデンの式と言うが、 (7)式と同じ形であるので実際にはミカエリス・メンテンの式と言うことが多い。また、(13)式の<math>K_m</math>もミカエリス定数と言うが、(7)式の場合と異なり、ES complexの解離平衡定数<math>K_d</math>とは一致しない。<math>k_2>>k_3</math>の場合にのみ、<math>K_m\approx k_2/k_1</math>となって<math>K_d</math>と一致するのであるが、多くの場合、(13)式の<math>K_m</math>も酵素と基質の親和性の尺度を表すと考えてよい。実験的には、(13)式の<math>K_m</math>も(7)式の場合と同様、基質濃度無限大の時の最大反応速度<math>V_{max}</math>の1/2の速度を与える基質濃度として定義される。


== ミカエリス・メンテンプロット  ==
== ミカエリス・メンテンプロット  ==
93行目: 93行目:
<br>      <math>\frac{1}{v} = \frac{K_m}{V_{max}}\frac{1}{[S]} + \frac{1}{V_{max}}</math>     (14)  
<br>      <math>\frac{1}{v} = \frac{K_m}{V_{max}}\frac{1}{[S]} + \frac{1}{V_{max}}</math>     (14)  


<br>  とすれば、<math>1 / [S]</math>に対する<math>1 / v</math>のプロットが直線となる。従ってミカエリス・メンテンの式に従う酵素では、基質濃度の逆数に対して、酵素活性の逆数をプロットすれば'''図2'''に示すような直線プロット(ラインウィーバー・バークプロットまたは二重逆数プロット)となり、このプロットの<math>x</math>切片が<math>1/Km</math>、<math>y</math>切片が<math>1 / V_{max}</math>を与える。この方法はグラフ用紙さえあれば簡単にできるので以前はよく行われたが、低基質濃度のデータの誤差が大きく出るなどの欠点もあり、パソコンが普及した現在では、ミカエリス・メンテンプロットを適当なソフトウェアを用いて双曲線にフィッティングして、直接(7)式または(13)式の各パラメータを求めるdirect fitting法によることが多くなった。  
<br>  とすれば、<math>1 / [S]</math>に対する<math>1 / v</math>のプロットが直線となる。従ってミカエリス・メンテンの式に従う酵素では、基質濃度の逆数に対して、酵素活性の逆数をプロットすれば'''図2'''に示すような直線プロット(ラインウィーバー・バークプロットまたは二重逆数プロット)となり、このプロットの<math>x</math>切片が<math>-1/Km</math>、<math>y</math>切片が<math>1 / V_{max}</math>を与える。この方法はグラフ用紙さえあれば簡単にできるので以前はよく行われたが、低基質濃度のデータの誤差が大きく出るなどの欠点もあり、パソコンが普及した現在では、ミカエリス・メンテンプロットを適当なソフトウェアを用いて双曲線にフィッティングして、直接(7)式または(13)式の各パラメータを求めるdirect fitting法によることが多くなった。  


[[Image:AtsuhikoIshida fig 2.jpg|thumb|300px|''''''図2'''. ラインウィーバー・バークプロット(二重逆数プロット)''']]  <br> (7)式または(13)式(ミカエリス・メンテンの式またはブリッグス・ホールデンの式)は多くの酵素にあてはまる便利な式であるが、(1)の反応スキームに従うことを前提にしているので、当然これにあてはまらない場合も存在する。そのような場合に(7)式または(13)式を無理にあてはめて解析することは、誤った結論を導く可能性があるので注意が必要である。そのような場合の扱いに関しては、例えば以下の文献を参照されたい<ref>''' 堀尾武一、山下仁平 (1981).'''<br>蛋白質・酵素の基礎実験法, ''南江堂 (東京)''</ref>。    
[[Image:AtsuhikoIshida fig 2.jpg|thumb|300px|''''''図2'''. ラインウィーバー・バークプロット(二重逆数プロット)''']]  <br> (7)式または(13)式(ミカエリス・メンテンの式またはブリッグス・ホールデンの式)は多くの酵素にあてはまる便利な式であるが、(1)の反応スキームに従うことを前提にしているので、当然これにあてはまらない場合も存在する。そのような場合に(7)式または(13)式を無理にあてはめて解析することは、誤った結論を導く可能性があるので注意が必要である。そのような場合の扱いに関しては、例えば以下の文献を参照されたい<ref>''' 堀尾武一、山下仁平 (1981).'''<br>蛋白質・酵素の基礎実験法, ''南江堂 (東京)''</ref>。    
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== 速度論的パラメータの意味  ==
== 速度論的パラメータの意味  ==


 前にも述べたように、<math>K_m</math>は<math>V_{max}</math>の1/2の速度を与える時の基質濃度として定義され、酵素と基質の親和性の尺度となる。また、<math>V_{max}</math>は基質濃度無限大、つまり酵素分子全てが基質で飽和された時の反応速度である。定義により、<math>V_{max}=k_3[E_0]</math>であるが、この<math>k_3</math>を[[触媒定数]]、或いはターンオーバー・ナンバーと呼び、通常<math>k_{cat}</math>で表す。すなわち  
 前にも述べたように、<math>K_m</math>は<math>V_{max}</math>の1/2の速度を与える時の基質濃度として定義され、酵素と基質の親和性の尺度となる。また、<math>V_{max}</math>は基質濃度無限大、つまり酵素分子全てが基質で飽和された時の反応速度である。定義により、<math>V_{max}=k_3[E]_0</math>であるが、この<math>k_3</math>を[[触媒定数]]、或いはターンオーバー・ナンバーと呼び、通常<math>k_{cat}</math>で表す。すなわち  


<br>      <math>k_{cat} = \frac{V_{max}}{[E_0]}</math>     (15)  
<br>      <math>k_{cat} = \frac{V_{max}}{[E]_0}</math>     (15)  


<br>  である(<math>[E_{sub}]</math>は全酵素濃度)。<math>k_{cat}</math>は酵素が基質で飽和された状態において、1モルの酵素(或いは活性部位)が1秒間に生成物へ変換できる基質のモル数を表し、単位は<math>s^{-1}</math>である。すなわち<math>k_{cat}</math>は酵素の触媒効率を表す指標である。また、(7)または(13)式の<math>V_{max}</math>を(15)式により、<math>k_{cat}[E_0]</math>で置き換えると  
<br>  である(<math>[E]_0</math>は全酵素濃度)。<math>k_{cat}</math>は酵素が基質で飽和された状態において、1モルの酵素(或いは活性部位)が1秒間に生成物へ変換できる基質のモル数を表し、単位は<math>s^{-1}</math>である。すなわち<math>k_{cat}</math>は酵素の触媒効率を表す指標である。また、(7)または(13)式の<math>V_{max}</math>を(15)式により、<math>k_{cat}[E]_0</math>で置き換えると  


<br>      <math>v = k_3[ES] = \frac{k_{cat}[E_0][S]}{K_m +[S]}</math>          (16)  
<br>      <math>v = k_3[ES] = \frac{k_{cat}[E]_0[S]}{K_m +[S]}</math>          (16)  


<br>  ここで基質濃度が非常に希薄な<math>[S] << K_m</math>の濃度領域を考えると  
<br>  ここで基質濃度が非常に希薄な<math>[S] << K_m</math>の濃度領域を考えると  


<br>      <math>v = \frac{k_{cat}[E_0][S]}{K_m +[S]} \approx \frac{k_{cat}[E_0][S]}{K_m} = \frac{k_{cat}}{K_m}[E_0][S]</math>       (17)  
<br>      <math>v = \frac{k_{cat}[E]_0[S]}{K_m +[S]} \approx \frac{k_{cat}[E]_0[S]}{K_m} = \frac{k_{cat}}{K_m}[E]_0[S]</math>       (17)  


<br>  基質が非常に薄い条件下では、基質は殆ど酵素に結合していないと考えられるから<math>[E_{sub}]\approx[E]</math>  
<br>  基質が非常に薄い条件下では、基質は殆ど酵素に結合していないと考えられるから<math>[E]_0\approx[E]</math>  
従って  
従って  


<br>      <math>v =  \frac{k_{cat}}{K_m}[E][S]</math>          (18)  
<br>      <math>v =  \frac{k_{cat}}{K_m}[E][S]</math>          (18)  


<br>  この式は<math>E</math>と<math>S</math>の衝突が反応全体の速度を支配していると考えた場合の二次反応速度定数が<math>k_{cat}/k_m</math>であることを示している。<math>k_{cat}/k_m</math>の値は、異なる酵素の触媒効率を比較する際のパラメータとして用いられる。また、同一の酵素に対して、異なる基質の特異性を議論する場合にも<math>k_{cat}/k_m</math>の値が用いられ、特異性定数と呼ばれることがある。この場合、<math>k_{cat}/k_m</math>の値が大きいほど、その酵素に対してよい基質であるということになる。
<br>  この式は<math>E</math>と<math>S</math>の衝突が反応全体の速度を支配していると考えた場合の二次反応速度定数が<math>k_{cat}/K_m</math>であることを示している。<math>k_{cat}/K_m</math>の値は、異なる酵素の触媒効率を比較する際のパラメータとして用いられる。また、同一の酵素に対して、異なる基質の特異性を議論する場合にも<math>k_{cat}/K_m</math>の値が用いられ、特異性定数と呼ばれることがある。この場合、<math>k_{cat}/K_m</math>の値が大きいほど、その酵素に対してよい基質であるということになる。


== 阻害剤存在下の酵素反応速度論  ==
== 阻害剤存在下の酵素反応速度論  ==
133行目: 133行目:
<br>      <math>K_i = \frac{[E][I]}{[EI]}</math>      (20)  
<br>      <math>K_i = \frac{[E][I]}{[EI]}</math>      (20)  


この場合、酵素の全濃度<math>[E_{sub}]</math>は(4)式に代わって  
この場合、酵素の全濃度<math>[E]_0</math>は(4)式に代わって  


<br>      <math>[E_0] = [E] + [ES] + [EI]\,</math>     (21)   
<br>      <math>[E]_0 = [E] + [ES] + [EI]\,</math>     (21)   


(2)(20)(21)より<math>[E]</math>と<math>[EI]</math>を消去して<math>[ES]</math>について整理すると  
(2)(20)(21)より<math>[E]</math>と<math>[EI]</math>を消去して<math>[ES]</math>について整理すると  


<br>      <math>[ES] = \frac{[E_0][S]}{[S]+K_d(1+\frac{[I]}{K_i})}</math>       (22)  
<br>      <math>[ES] = \frac{[E]_0[S]}{[S]+K_d(1+\frac{[I]}{K_i})}</math>       (22)  


これを(3)に代入すれば  
これを(3)に代入すれば  


<br>      <math>v = \frac{k_3[E_0][S]}{[S]+K_d(1+\frac{[I]}{K_i})}</math>       (23)  
<br>      <math>v = \frac{k_3[E]_0[S]}{[S]+K_d(1+\frac{[I]}{K_i})}</math>       (23)  


ここで <math>k_3[E_0] = V_{max}</math>、<math>K_d=K_m</math>であるから  
ここで <math>k_3[E]_0 = V_{max}</math>、<math>K_d=K_m</math>であるから  


<br>      <math>v = \frac{V_{max}[S]}{[S]+K_m(1+\frac{[I]}{K_i})}</math>       (24)  
<br>      <math>v = \frac{V_{max}[S]}{[S]+K_m(1+\frac{[I]}{K_i})}</math>       (24)  
172行目: 172行目:
<br>       <math>EI + S {\rightleftarrows} ESI</math>       (28)  
<br>       <math>EI + S {\rightleftarrows} ESI</math>       (28)  


という結合解離平衡の存在を仮定することになるが、(27)(28)の解離平衡定数は、互いの結合に影響を及ぼさないという定義により、それぞれ<math>K_i</math>, <math>k_d</math>と等しくなる。すなわち、  
という結合解離平衡の存在を仮定することになるが、(27)(28)の解離平衡定数は、互いの結合に影響を及ぼさないという定義により、それぞれ<math>K_i</math>, <math>K_d</math>と等しくなる。すなわち、  


<br>       <math>K_i = \frac{[E][I]}{[EI]} =  \frac{[ES][I]}{[ESI]}</math>   (29)       
<br>       <math>K_i = \frac{[E][I]}{[EI]} =  \frac{[ES][I]}{[ESI]}</math>   (29)       
<br>       <math>K_d = \frac{[E][S]}{[ES]} =  \frac{[EI][S]}{[ESI]}</math>       (30)  
<br>       <math>K_d = \frac{[E][S]}{[ES]} =  \frac{[EI][S]}{[ESI]}</math>       (30)  


また酵素の全濃度<math>[E_{sub}]</math>は  
また酵素の全濃度<math>[E]_0</math>は  


<br>       <math>[E_0] = [E] + [ES] + [EI] + [ESI]</math>     (31)
<br>       <math>[E]_0 = [E] + [ES] + [EI] + [ESI]</math>     (31)


となる。上記と同様に(29)(30)(31)より<math>[E]</math>、<math>[EI]</math>、<math>[ESI]</math>を消去し、得られた<math>[ES]</math>を(3)に代入して、<math>k_3[E_0] = V_max</math>、<math>Kd=K_m</math>とおくと、
となる。上記と同様に(29)(30)(31)より<math>[E]</math>、<math>[EI]</math>、<math>[ESI]</math>を消去し、得られた<math>[ES]</math>を(3)に代入して、<math>k_3[E]_0 = V_{max}</math>、<math>K_d=K_m</math>とおくと、


<br>       <math>v = \frac{1}{1+\frac{[I]}{K_i}}\frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math>       (32)  
<br>       <math>v = \frac{1}{1+\frac{[I]}{K_i}}\frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math>       (32)  
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