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2021年12月15日 (水) 20:56時点における最新版
矢野 真人
新潟大学
DOI:10.14931/bsd.6736 原稿受付日:2016年1月23日 原稿完成日:2016年5月25日
担当編集委員:上口 裕之(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英:non-coding RNA 英略称:ncRNA
同義語:非コードRNA
ノンコーディングRNAは、タンパク質へと翻訳される伝令RNA(messenger RNA, mRNA)を除く全てのRNAの総称である。ノンコーディングRNAは、転移RNA(transfer RNA、tRNA)、リボソームRNA(ribosomal RNA、rRNA)、small nuclear RNA(snRNA、核内低分子RNA)、small nucleolar RNA(snoRNA、核小体低分子RNA)などの長い研究の歴史をもつ古典的ncRNA群と、1990年代以降に発見されたmiRNAなどの機能性小分子RNA群、長鎖型ノンコーディングRNA(lncRNA)群に分類して論じられる。特に後者2つは、組織特異的な発現パターンを有することや発生、疾患との関わりが明らかになりつつあり、この分野の発展に大きく寄与している[1] [2]。
分類
古典的ノンコーディングRNA
転移RNA
76~90塩基の長さの小さなRNA。mRNAからタンパク質合成反応中に、mRNA上の塩基配列を認識し、ポリペプチド鎖にアミノ酸を転移させるためのアダプター分子。
リボソームRNA
タンパク質合成反応を担う巨大分子リボソームの主要な構成成分。細胞内で最も発現量の高いRNA群である
核内低分子RNA
snRNP(small nuclear ribonucleoprotein)と呼ばれるリボ核酸タンパク質複合体を形成し、RNAスプライシング反応などに関わる核内に存在する低分子RNA。
核小体低分子RNA
核小体低分子リボ核酸タンパク質複合体(snoRNPs:スノープス)を形成し、rRNAなどの化学的修飾に関与する一群の低分子RNA。主に核内の核小体に局在する。
小分子RNA
siRNA
21-23塩基対からなる低分子二本鎖RNAであり、RNA-induced silencing complex(RISC)に取り込まれRNA干渉(RNA interference:RNAi)と呼ばれる転写後遺伝子発現抑制機構に関わる。この現象は、ウイルス感染など外来性因子に対する生体防御機構として進化を遂げたと考えられ、植物において最初に発見された。
マイクロRNA
microRNA、miRNA
miRNAは、21-24塩基の小分子RNAで、Argonaute(AGO)とmicroRNA induced silencing complex(miRISC)を形成し、特定の遺伝子のmRNAに対する相補的配列を認識し、その遺伝子の発現を抑制する。
piRNA
Piwi-interacting RNA
miRNAよりも少し大きい26-31塩基の非コード小分子RNA群で、Piwiファミリータンパク質と相互作用するRNA群である。piRNA複合体(piRISCともいう)は、生殖細胞におけるレトロトランスポゾンなどのエピジェネティクスや転写後調節に関連する。
Y RNA
上記小分子RNAと比べ、83-112塩基と大きい。全身性エリテマトーデス患者の自己抗原であるRo60リボ核酸タンパク質複合体の構成分子として同定された。DNA複製の開始に作用するという報告もある。
sgRNA
single-guide RNA
CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats:クリスパー)座位より転写される小分子RNAであるcrRNA(CRISPR RNA)とTracrRNA(Trans-acting crRNA)を組み合わせたもの。細菌や古細菌にみられる、バクテリオファージなどの外来性核酸遺伝因子を排除するための獲得免疫系として機能する座位として見つかった。(その後の応用テクノロジーは、ゲノム編集の稿を参照)
長鎖型ncRNA
転写制御関連長鎖ncRNA
X染色体の不活化に関わるncRNAであるXistは、長鎖型ノンコーディングRNA(long non-coding RNA: lncRNA)と略称が得られる以前より生物学的重要性が高く、ncRNA研究分野を牽引してきた分子である。このようなX染色体不活化は種を超えてncRNAが働き、クロマチン修飾因子との相互作用を介することで、遺伝子発現に対し抑制的に働いている。一方で、遺伝子発現のエンハンサー領域から転写されるlncRNA(eRNAとも呼ばれる;enhancer RNA)は、RNAポリメラーゼIIにより転写され近傍の遺伝子の発現をメディエーター複合体と強調することで転写を活性化するモデルが提唱されている。いずれにせよ、配列特異性や局在性、相互作用する分子群に応じて転写制御を正にも負にも制御していると考えられる。
核内構造体関連長鎖ncRNA
lncRNAの中で、ある特定の核内構造体の形成および局在性を示す発現量の非常に高い分子群である。核内構造体には、古典的なリボソームの合成の場である核小体に加え核スペックル、パラスペックルなどがある。例えば発現量が非常に高いlncRNAであるMalat1やNeat1などが広く知られており、それぞれ核スペックル、パラスペックルの構成成分として、RNA結合タンパク質との結合を介した、転写制御やスプライシング制御への関与が指摘されている。lncRNAによる転写制御と同様に相互作用するRNA結合タンパク質に対するスポンジ効果(抑制)あるいは、機能の場の提供(協調活性化)の両方が想定されている。
細胞質長鎖ncRNA
細胞質長鎖lncRNAには、実際は予期せぬ小分子ペプチドの産生も否定できないこと、および細胞質型lncRNA自体が機能的に解析されている代表例は少ない。一方で、最近存在が認められたスプライシング過程で産生される環状RNA(CircRNA)は、発現量も高く環状のためRNA発現の安定性も担保されることから、細胞質においてmiRNAスポンジとして働くことで、特定のmiRNAの機能抑制に働くとの報告がある。また同じような考え方で、ceRNA(competing endogenous RNA)とは、概念的であるが、miRNAと標的mRNAの相互作用およびその制御において、標的mRNA以外の別のmRNAが競合因子(ceRNA)としてmiRNA-mRNA相互作用に干渉するという機構として提唱されている。
脳神経系における機能
ノンコーディングRNAによる遺伝子発現制御は、脳の高次機能へ寄与していることがいくつかの状況証拠より想定される。例えば、ノンコーディング RNAが関与しうるRNA制御という観点から他の組織よりもmicro-exonを含めた選択的スプライシングに伴うアイソフォームの多様性に富んでいること[3]、脳特異的mRNAの非翻訳コードRNAのサイズが他のmRNAよりも300-400塩基長いこと[4]、神経幹細胞ではL1レトロトランスポゾンが転移を起こすこと[5]、さらには、神経細胞にはpiRNAの発現も確認されていること[6]、など様々であり、これらの多様性制御とノンコーディングRNAとの関連の包括的理解が進みつつある。
miRNAの神経系における機能
ガン遺伝子として機能していることが知られるmiR-17-92クラスターは、コンディショナル欠損マウスの解析で、ガン抑制遺伝子であるPtenの抑制等を介して神経幹細胞の増殖に働くことが報告されている[7]。
また、脳において非常に豊富に発現する代表的miRNAであるmiR-124aやmiR-9は、ヒト線維芽細胞での強制発現系で神経細胞に分化を誘導する報告もある[8]ことから神経発生と深い関わりが示唆されている。マウス遺伝学を用いた解析により、miR-124a欠損マウスでは、網膜錐体視細胞の細胞死など[9]、miR-9-2/3の二重欠損マウスで大脳皮質浅薄化が報告されている[10] [11]。成体脳において高発現するmiR-128-2は、様々なイオンチャネルやErk2シグナル因子群の発現を抑えることで、神経細胞の興奮性を制御していると報告されている[12]。また、miR-218-1/2は、運動ニューロンに豊富に発現し、運動ニューロンの生存と機能に関わることがCRISPRによるゲノム編集技術を用いた二重欠損マウスの解析により報告されている[13]。
他にも特定のmiRNAが神経系制御を担うという面白い報告が他のncRNAと比べ多数存在するが、miRNAに対するノックダウンや強制発現実験による効果は、非生理的な現象を反映する場合もあるという報告[14]を鑑みて、今回はノックアウトマウスによる知見のみを記載した。
lncRNAの神経系における機能
miRNA同様、lncRNAもまた、様々な階層における遺伝子発現制御に関わり神経機能に関わっていることが分かっている。その中でBC1 RNAは、発見からの歴史が長いが、ここでの分類では細胞質型lncRNAにあたる。BC1RNAは、代謝型グルタミン酸受容体mGluRを介した翻訳制御を抑制すること、またBC1 RNAの欠損マウスでは、てんかん様症状を呈するなどが報告されている[15]。
HAR1Fは、ヒトとチンパンジーのゲノム間で塩基置換率の高いhuman accelerated region(HAR)領域の中でも特に塩基置換率の高い部位より、産生されるlncRNAである。興味深いことにHAR1Fは、ヒトの胎児期の大脳皮質のリーリン陽性のカハールレチウス細胞で特異的に発現していることから、ヒトに至る進化の過程における大脳皮質の発生と高次機能獲得との関わりについて注目を集めているが、今のところ機能未知のままである[16]。
核内構造体関連lncRNAの中で、Pnkyは、神経幹細胞においてスプライシング因子PTBP1と相互作用し、遺伝子発現制御を担い神経分化を調節していることが報告されている[17]。このlncRNAは、PTBP1に対してスプライシング活性に協調機能として働いていることが示唆されている。神経分化に必須なneurogenin1遺伝子の発現調節に関わるエンハンサー領域から転写されるeRNA(エンハンサーRNA)であるutNgn1がneurogenin1遺伝子自身の転写を正に制御するlncRNAであることが報告されている[18]。
トランスポゾンの神経系における機能
ヒト胎児由来の神経前駆細胞を用いたin vitroの解析において、LINE1の転移が起こることが見出されている。おそらく、piRNAがこの転移を制御し、個々の神経細胞における遺伝子発現制御に対し、挿入部位依存性のモザイク性の獲得を可能とさせ、脳の多様性形成に関与することが示唆された[5] [19]。特に統合失調症をはじめとした精神疾患患者群において優位なLINE1のコピー数の増大が認められるなど、精神疾患の病態におけるLINE-1の関与が注目されている。実際、統合失調症の大きな遺伝性リスクとされる22番染色体(22q11)欠失を持つ患者由来iPS細胞から分化させた神経細胞を用いた解析においてLINE-1のコピー数の増大が確認されている[20]。
その他のncRNAの神経系における機能
古典的RNAに分類されているncRNAの中でも、神経機能に関与するものも存在する。HBII-52は、乳児期早期の重度の筋緊張低下と摂食障害を示すPrader-Willi症候群(PWS)の責任領域にから発現するsnoRNAで、セロトニン受容体2c遺伝子の選択的スプライシングを制御することから、病態との関連が注目されている[21]。
関連項目
参考文献
- ↑
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塩見美喜子、中川真一、浅原弘嗣/編
実験医学増刊 Vol.33 No.20 - ↑
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