「視蓋」の版間の差分

1,709 バイト追加 、 2023年3月24日 (金)
(ページの作成:「== 視蓋とは ==  哺乳類上丘に相当する脊椎動物部位で、中脳の背側に位置し、視覚聴覚体性感覚前庭感覚の入力を受け、情報処理を行なう。捕食者/獲物の弁別に必要であり、逃避行動捕食行動に関与する('''図1''')。 == 組織学的特徴 ==  層構造を有し、表層で網膜から視覚入力を受け、深層か…」)
 
 
(同じ利用者による、間の4版が非表示)
1行目: 1行目:
== 視蓋とは ==
<div align="right"> 
 [[哺乳類]]の[[上丘]]に相当する[[脊椎動物]]の[[脳]]部位で、[[中脳]]の背側に位置し、[[視覚]]、[[聴覚]]、[[体性感覚]]、[[前庭感覚]]の入力を受け、情報処理を行なう。捕食者/獲物の弁別に必要であり、[[逃避行動]]や[[捕食行動]]に関与する('''図1''')。
<font size="+1">[https://researchmap.jp/read0136206 大島 登志男]</font><br>
''早稲田大学 理工学術院 先進理工学部 ''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2023年2月27日 原稿完成日:2023年3月15日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ichirofujita 藤田 一郎](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
</div>


英:tectum 独:Tectum 仏:tectum
{{box|text= 哺乳類の上丘に相当する脊椎動物の脳部位で、中脳の背側に位置し、視覚、聴覚、体性感覚、前庭感覚の入力を受け、情報処理を行なう。捕食者/獲物の弁別に必要であり、逃避行動や捕食行動に関与する}}。
[[ファイル:Ohshima tectum fig1.jpg|サムネイル|'''図1. ゼブラフィッシュ稚魚の脳の背側からの観察図'''<br>左目の網膜神経節細胞からの投射は視交叉を経て右の視蓋(赤)へ至る。点線位置の断面が'''図2'''に示されている。文献<ref name=Isa2021 />著者提供の図による。]]
== 組織学的特徴 ==
== 組織学的特徴 ==
 層構造を有し、表層で[[網膜]]から視覚入力を受け、深層から後脳へ運動指令を送る。[[硬骨魚類]]の[[キンギョ]]<ref><pubmed>81216</pubmed></ref>と[[ゼブラフィッシュ]]<ref><pubmed> 21823204</pubmed></ref>を例にあげると、表面から深部に向かって以下のように区別される('''図2''')。
 [[哺乳類]]の[[上丘]]に相当する[[脊椎動物]]の脳部位で、[[中脳]]の背側に位置し、[[視覚]]、[[聴覚]]、[[体性感覚]]、[[前庭感覚]]の入力を受ける('''図1''')。
 
[[ファイル:Ohshima tectum fig2.jpg|サムネイル|'''図2. ゼブラフィッシュ成魚視蓋の層構造'''<br>RGCs:網膜神経節細胞、SM:帯状層、SO:視神経層、SFGS:浅線維層および浅灰白層、SGP:深灰白層、 SFP:深線維層、 PVL (PGZ):脳室周囲層(脳室周囲灰白層)。文献<ref name=Isa2021 />著者提供の図による。]]
 層構造を有し、表層で[[網膜]]から視覚入力を受け、深層から[[後脳]]へ運動指令を送る。[[硬骨魚類]]の[[キンギョ]]<ref><pubmed>81216</pubmed></ref>と[[ゼブラフィッシュ]]<ref><pubmed> 21823204</pubmed></ref>を例にあげると、表面から深部に向かって以下のように区別される('''図2''')。
: '''[[帯状層]]'''(''stratum marginale''):[[縦隆起]](''torus longitudinalis'')からの投射を受ける。
: '''[[帯状層]]'''(''stratum marginale''):[[縦隆起]](''torus longitudinalis'')からの投射を受ける。
: '''[[視神経層]]'''(''s. opticum''):[[視神経]]線維からなる。
: '''[[視神経層]]'''(''s. opticum''):[[視神経]]線維からなる。
9行目: 20行目:
: '''[[深灰白層]]'''(''s. griseum profundum''):[[視蓋遠心路]]は主にこの層の細胞を起始とする。
: '''[[深灰白層]]'''(''s. griseum profundum''):[[視蓋遠心路]]は主にこの層の細胞を起始とする。
: '''[[深線維層]]'''(''s. fibrosum profundum''):視蓋遠心線維に加え、両側視蓋を結ぶ交連線維からなる。
: '''[[深線維層]]'''(''s. fibrosum profundum''):視蓋遠心線維に加え、両側視蓋を結ぶ交連線維からなる。
: '''[[脳室周囲層]]'''(''s. periventricular''または''periventricular gray zone'' (PGZ)):視神経層にまで達する長い上行性の[[樹状突起]]をもつ神経細胞よりなる。これらの神経細胞は[[グルタミン酸]]作動性、[[GABA]]作動性に加え[[グリシン]]作動性のものが含まれる<ref><pubmed> 21390291</pubmed></ref>。キンギョやゼブラフィッシュなどの硬骨魚類の視蓋PGZでは[[成体神経新生]]が観察される<ref><pubmed> 6842282</pubmed></ref>。
: '''[[脳室周囲層]]'''(''s. periventricular''または''periventricular gray zone'' (PGZ)):視神経層にまで達する長い上行性の[[樹状突起]]をもつ神経細胞よりなる。これらの神経細胞は[[グルタミン酸]]作動性、[[GABA]]作動性に加え[[グリシン]]作動性のものが含まれる<ref><pubmed> 21390291</pubmed></ref>。キンギョやゼブラフィッシュなどの硬骨魚類の視蓋PGZでは成体[[神経新生]]が観察される<ref><pubmed> 6842282</pubmed></ref>。


 網膜から視神経を介して位置保存的な規則的投射があり、視蓋には[[網膜部位局在構造]]([[レチノトピー]])すなわち[[視野地図]]が形成されている。網膜鼻側部,側頭側部,背側部,腹側部に由来する視神経線維は各々,反対側視蓋の尾側部,吻側部,腹側部,背側部と連絡する。これにより、網膜上に結ばれた像が各部分の相対的な位置関係を保ったまま視蓋に再現されることになる(図3)。この規則的な軸索投射の形成には[[Eph]]-[[ephrin]]を介したメカニズム<ref><pubmed> 9530499</pubmed></ref>が働いている。
 網膜から視神経を介して位置保存的な規則的投射があり、視蓋には[[網膜部位局在構造]]([[レチノトピー]])すなわち[[視野地図]]が形成されている。網膜鼻側部,側頭側部,背側部,腹側部に由来する視神経線維は各々,反対側視蓋の尾側部,吻側部,腹側部,背側部と連絡する。これにより、網膜上に結ばれた像が各部分の相対的な位置関係を保ったまま視蓋に再現されることになる('''図3''')。この規則的な軸索投射の形成には[[Eph]]-[[ephrin]]を介したメカニズム<ref><pubmed> 9530499</pubmed></ref>が働いている。
[[ファイル:Ohshima tectum fig3.jpg|サムネイル|'''図3. ゼブラフィッシュ稚魚における網膜視蓋投射の視覚トポグラフィー'''<br>A:前方、B:後方、D:背側、V:腹側。
文献<ref name=Isa2021 />著者提供の図による。]]


== 機能 ==
== 機能 ==
 捕食者/獲物の弁別に必要であり、[[逃避行動]]や[[捕食行動]]に関与する。
 視蓋は元来視覚の中枢として発達してきたもので、[[魚類]]、[[両生類]]、[[爬虫類]]、[[鳥類]]においては、視神経線維のほとんどが反対側の視蓋に投射する。さらに脊髄、[[三叉神経核]]、[[側線]]・聴覚領域からも多くの投射があり、視覚に加え触覚や前庭・聴覚領域などからの入力を統合する中枢であるともいえる<ref name=Isa2021><pubmed> 34102128</pubmed></ref>。また、深層の遠心性神経を活性化することにより、[[眼]]、頭、体が刺激方向へ向かう[[定位運動]]や、刺激から逃れる[[逃避運動]]が誘導される<ref name=Isa2021></ref>。キンギョを用いた実験では、視蓋の局所的電気刺激により刺激部位依存的に眼と尾の特定の運動パターンが引き起こされ、トポグラフィックな[[運動地図]]の存在が示唆される<ref name=Isa2021></ref> <ref><pubmed> 9628416</pubmed></ref>。
 視蓋は元来視覚の中枢として発達してきたもので、[[魚類]]、[[両生類]]、[[爬虫類]]、[[鳥類]]においては、視神経線維のほとんどが反対側の視蓋に投射する。さらに脊髄、[[三叉神経核]]、[[側線]]・聴覚領域からも多くの投射があり、視覚に加え触覚や前庭・聴覚領域などからの入力を統合する中枢であるともいえる<ref name=Isa2021><pubmed> 34102128</pubmed></ref>。また、深層の遠心性神経を活性化することにより、[[眼]]、頭、体が刺激方向へ向かう[[定位運動]]や、刺激から逃れる[[逃避運動]]が誘導される<ref name=Isa2021></ref>。キンギョを用いた実験では、視蓋の局所的電気刺激により刺激部位依存的に眼と尾の特定の運動パターンが引き起こされ、トポグラフィックな[[運動地図]]の存在が示唆される<ref name=Isa2021></ref> <ref><pubmed> 9628416</pubmed></ref>。