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==物理的錯覚==
==物理的錯覚==
 物理的錯覚とは、知覚を歪める原因が物理現象にある錯覚のことである。身近な例としては、救急車が通り過ぎるとサイレンの音が低くなる現象(ドップラー効果)がある。自然現象としては、蜃気楼(mirage)<ref>大気中で光が屈折して虚像が見える現象。</ref><ref>特別天然記念物 魚津埋没林博物館 「蜃気楼」 https://www.city.uozu.toyama.jp/nekkolnd/shinkiro/index.html(2023年7月20日アクセス)</ref>やブロッケン現象(Brocken spectre)<ref>太陽などの光が観察者の背後から差し込む時、影の方向にある雲や霧の粒子によって光が散乱され、影の周りに虹のような光の輪が見える現象。</ref><ref>"Brocken spectre" Britannica https://www.britannica.com/science/Brocken-specter (2023年6月10日閲覧)</ref>がある。物理的錯覚として、Gregory<sup>[4]</sup>は、霧の中の像(物体の輪郭がぼやけて見えること)、水の中のスプーン(屈折によって曲がって見えること)、鏡(映っているものが本当の位置でない場所に見えること)、虹(見えているのに触ることも近づくこともできないこと)、モワレパターン(対象に縞模様はないのに干渉縞が見えること)を挙げている。モワレパターンはその物理的刺激に対応した「正しい」知覚を観察者に生起させるものであるから、知覚的錯覚ではない。ゆえに、モワレパターンを物理的錯覚に分類することは妥当である。しかし、モワレパターンを錯覚と呼ぶならば、絵画、写真、映画、テレビなどのメディアによって生成されたリアルな画像・映像は虚像だとして、それらはすべて錯覚であると主張することもできる。この主張は既に芸術家によってなされている<ref>Magritteは、ハイプを描いた『イメージの裏切り』(La trahison des images)という作品(1929年)に「これはパイプではない」(Ceci n'est pas une pipe)(絵の具の集合に過ぎない、という意味である)と書き込み、絵画の持つ錯覚的性質を指摘した。 https://collections.lacma.org/node/239578</ref>。この考え方に従えば、パレイドリア(pareidolia)<ref>特定の自然物あるいは人工物が顔や何かの形状に見える現象。</ref><ref>Zhou, L.-F., & Meng, M. (2020). Do you see the “face”? Individual differences in face pareidolia. Journal of Pacific Rim Psychology, 14. https://doi.org/10.1017/prp.2019.27</ref>は物理的錯覚であり<ref>Gregoryは認知的錯覚に分類している。</ref>、パレイドリアをテーマとした芸術<ref>例えば、Arcimboldoの絵画。 https://en.wikipedia.org/wiki/Giuseppe_Arcimboldo</ref>は物理的錯覚を表現したものである。ということは、この種の芸術を包摂するだまし絵(trompe l'oeil)<ref>そこに描かれたものが本当にそこにあるかのように人々をだますよう巧みにデザインされた絵画のこと。 https://en.wikipedia.org/wiki/Trompe-l%27%C5%93il</ref>は物理的錯覚として位置づけられる。バーチャルリアリティ(virtual reality)<ref>バーチャルリアリティ学会によれば、バーチャルリアリティとは「みかけや形は原物そのものではないが,本質的あるいは効果としては現実であり原物であること」である。 https://vrsj.org/about/virtualreality/ (最終更新日: 2012/01/13)(2023年7月20日アクセス)</ref>を錯覚に関連づけて論じたいという場合は、物理的錯覚である。
 物理的錯覚とは、知覚を歪める原因が物理現象にある錯覚のことである。身近な例としては、救急車が通り過ぎるとサイレンの音が低くなる現象(ドップラー効果)がある。自然現象としては、蜃気楼(mirage)<ref>大気中で光が屈折して虚像が見える現象。</ref><ref>特別天然記念物 魚津埋没林博物館 「蜃気楼」 https://www.city.uozu.toyama.jp/nekkolnd/shinkiro/index.html(2023年7月20日アクセス)</ref>やブロッケン現象(Brocken spectre)<ref>太陽などの光が観察者の背後から差し込む時、影の方向にある雲や霧の粒子によって光が散乱され、影の周りに虹のような光の輪が見える現象。</ref><ref>"Brocken spectre" Britannica https://www.britannica.com/science/Brocken-specter (2023年6月10日閲覧)</ref>がある。物理的錯覚として、Gregory<sup>[4]</sup>は、霧の中の像(物体の輪郭がぼやけて見えること)、水の中のスプーン(屈折によって曲がって見えること)、鏡(映っているものが本当の位置でない場所に見えること)、虹(見えているのに触ることも近づくこともできないこと)、モワレパターン(対象に縞模様はないのに干渉縞が見えること)を挙げている。モワレパターンはその物理的刺激に対応した「正しい」知覚を観察者に生起させるものであるから、知覚的錯覚ではない。ゆえに、モワレパターンを物理的錯覚に分類することは妥当である。しかし、モワレパターンを錯覚と呼ぶならば、絵画、写真、映画、テレビなどによって生成されたリアルな画像・映像は虚像だとして、それらも錯覚であると主張することができる。この主張は既に芸術家によってなされている<ref>Magritteは、ハイプを描いた『イメージの裏切り』(La trahison des images)という作品(1929年)に「これはパイプではない」(Ceci n'est pas une pipe)(絵の具の集合に過ぎない、という意味である)と書き込み、絵画の持つ錯覚的性質を指摘した。 https://collections.lacma.org/node/239578</ref>。この考え方に従えば、パレイドリア(pareidolia)<ref>特定の自然物あるいは人工物が顔や何かの形状に見える現象。</ref><ref>Zhou, L.-F., & Meng, M. (2020). Do you see the “face”? Individual differences in face pareidolia. Journal of Pacific Rim Psychology, 14. https://doi.org/10.1017/prp.2019.27</ref>は物理的錯覚であり<ref>Gregoryは認知的錯覚に分類している。</ref>、パレイドリアをテーマとした芸術<ref>例えば、Arcimboldoの絵画。 https://en.wikipedia.org/wiki/Giuseppe_Arcimboldo</ref>は物理的錯覚を表現したものである。ということは、この種の芸術を包摂するだまし絵(trompe l'oeil)<ref>そこに描かれたものが本当にそこにあるかのように人々をだますよう巧みにデザインされた絵画のこと。 https://en.wikipedia.org/wiki/Trompe-l%27%C5%93il</ref>は物理的錯覚として位置づけられる。バーチャルリアリティ(virtual reality)<ref>バーチャルリアリティ学会によれば、バーチャルリアリティとは「みかけや形は原物そのものではないが,本質的あるいは効果としては現実であり原物であること」である。 https://vrsj.org/about/virtualreality/ (最終更新日: 2012/01/13)(2023年7月20日アクセス)</ref>を錯覚に位置付けるなら、物理的錯覚である。


==知覚的錯覚==
==知覚的錯覚==
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==認知的錯覚==
==認知的錯覚==
 認知的錯覚とは、思い違い、勘違い、記憶違い、誤解のことである。認知的錯覚には、透明性の錯覚(illusion of transparency)<ref>自分の心の中が他者に読まれているという錯覚で、それを妄想ほど強く確信しているわけではない状態を指す。</ref><ref>Gilovich, T., Savitsky, K., & Medvec, V. H. (1998). The illusion of transparency: Biased assessments of others' ability to read one's emotional states. Journal of Personality and Social Psychology, 75(2), 332–346.</ref>、デジャビュ現象(déjà vu phenomenon)<ref>初めての場所を訪ねる、初めての人に会うといった場面において、それが以前に経験したことのあるような強い懐かしさを伴う印象が生じる現象。既視感ともいう。</ref><ref>Kusumi, T. (2006). Human metacognition and the deja vu phenomenon. In K. Fujita & S. Itakura (Eds.),Diversity of cognition: Evolution, development, domestication, and pathology. Kyoto: Kyoto University Press, pp.302-314.</ref><ref>Kasper, B.S., Kasper, E.M., Pauli, E., & Stefan, H. (2010). Phenomenology of hallucinations, illusions, and delusions as part of seizure semiology. Epilepsy & Behavior, 18, 13-23. https://doi.org/10.1016/j.yebeh.2010.03.006</ref>、連言錯誤(conjunction fallacy)<ref>たとえば、「ウェブ検索をするときは、検索ワードを増やした方が、ヒット件数が増えると思う」(池田まさみ・森津太子・高比良美詠子・宮本康司 錯思コレクション100 https://www.jumonji-u.ac.jp/sscs/ikeda/cognitive_bias/cate_d/d_33.html 2023年6月12日アクセス)といった誤謬である。</ref><ref>Tversky, A., & Kahneman, D. (1983). Extensional versus intuitive reasoning: The conjunction fallacy in probability judgment. Psychological Review, 90(4), 293–315. https://doi.org/10.1037/0033-295X.90.4.293</ref>、錯誤相関(illusory correlation)<ref>相関がないデータに相関があると思い込んでしまう現象。少数派グループに対して、稀でネガティブな性質を不当に関連付けるという形でよく見られる。</ref><ref>Chapman, L. J. (1967). Illusory correlation in observational report. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 6, 151-155. https://doi.org/10.1016/S0022-5371(67)80066-5</ref><ref>Hamilton, D. L., & Gifford, R. K. (1976). Illusory correlation in interpersonal perception: A cognitive basis of stereotypic judgments. Journal of Experimental Social Psychology, 12, 392-407. https://doi.org/10.1016/S0022-1031(76)80006-6</ref>などがある。難問として知られるモンティ・ホール問題(Monty Hall problem)<ref>モンティ・ホール問題を簡潔に記述すると、以下の通りである。3つの選択肢があって1つは当たりである。プレーヤーがどれか1つの選択肢を選んだ後、ホストが残り2つのうち1つを開けてハズレであることを教えてくれる。この時、プレーヤーは選択を残っている選択肢に変更してもよいと言われる。ここでプレーヤーは選択を変更すべきだろうか? 確率で考えると、残っている選択肢が当たりである確率はプレーヤーが最初に選んだ選択肢が当たりである確率の2倍である(プレーヤーが選んだ選択肢が当たる確率は3分の1で、選ばなかった2つの選択肢が当たる確率は合わせて3分の2なので、ホストが1つにしてくれた残りの選択肢が当たる確率は3分の2で変わらない)から変更した方が合理的なのであるが、確率は変わらないように錯覚して変更しない人の方が多い、という現象である。 </ref><ref>https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%95%8F%E9%A1%8C (2023年7月20日アクセス)</ref>も認知的錯覚の例と言える。歪んだ知覚を求める行動や態度を錯覚のカテゴリーに含めるのであれば、セルフ・サービング・バイアス(self-serving bias)<ref>成功した時は自分の能力や努力のおかげと考え、失敗した時は他者や環境のせいにするといった、ご都合主義的で自己防御的な思考・行動傾向のこと。</ref><ref>Miller, D. T., & Ross, M. (1975). Self-serving biases in the attribution of causality: Fact or fiction? Psychological Bulletin, 82(2), 213–225. https://doi.org/10.1037/h0076486</ref>、行為者-観察者バイアス(actor-observer bias)<ref>行動の原因としては、その場面における状況という外的要因が十分考えられるが、行為者のパーソナリティや態度が原因であると認識することを、特性帰属と呼ぶ。他者の行動に対しては、特性に帰属する傾向が強い。これを、対応バイアス(correspondence bias)あるいは基本的帰属エラー(fundamental attribution error)という。特性帰属とは対照的に、自分自身の行動については状況に帰属する傾向が強い。両者をあわせて、行為者―観察者バイアスという。</ref><ref>Jones, E. E., & Nisbett, R. E. (1972). The actor and the observer: Divergent perceptions of the causes of behavior. In E. E. Jones et al. (Eds.), Attribution: Perceiving the causes of behavior (pp. 79-94). Morristown, NJ: General Learning.</ref>、確証バイアス(confirmation bias)<ref>仮説や信念を検証する際に、それらを支持する情報ばかりを集め、都合の悪い情報を無視する、あるいは集めようとしない態度あるいは行動の傾向のこと。</ref><ref>Confirmation bias. Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Confirmation_bias (2023年6月24日アクセス)</ref>、正常性バイアス(normalcy bias)<ref>認知バイアスの一種で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりすることである。災害心理学や社会心理学などの分野で取り上げられる。「正常化バイアス」、「正常化の偏見」、「正常という偏見」、「正常への偏向」、「恒常性バイアス」ともいう。</ref><ref>矢守克也 (2008-2009). 再論―正常化の偏見 実験社会心理学研究, 48(2), 137-149. https://doi.org/10.2130/jjesp.48.137</ref><ref>広瀬弘忠 (1984). 生存のための災害学 : 自然・人間・文明 新曜社</ref>なども例となる。
 認知的錯覚とは、思い違い、勘違い、記憶違い、誤解のことである。認知的錯覚には、透明性の錯覚(illusion of transparency)<ref>自分の心の中が他者に読まれているという錯覚で、それを妄想ほど強く確信しているわけではない状態を指す。</ref><ref>Gilovich, T., Savitsky, K., & Medvec, V. H. (1998). The illusion of transparency: Biased assessments of others' ability to read one's emotional states. Journal of Personality and Social Psychology, 75(2), 332–346.</ref>、デジャビュ現象(déjà vu phenomenon)<ref>初めての場所を訪ねる、初めての人に会うといった場面において、それが以前に経験したことのあるような強い懐かしさを伴う印象が生じる現象。既視感ともいう。</ref><ref>Kusumi, T. (2006). Human metacognition and the deja vu phenomenon. In K. Fujita & S. Itakura (Eds.),Diversity of cognition: Evolution, development, domestication, and pathology. Kyoto: Kyoto University Press, pp.302-314.</ref><ref>Kasper, B.S., Kasper, E.M., Pauli, E., & Stefan, H. (2010). Phenomenology of hallucinations, illusions, and delusions as part of seizure semiology. Epilepsy & Behavior, 18, 13-23. https://doi.org/10.1016/j.yebeh.2010.03.006</ref>、連言錯誤(conjunction fallacy)<ref>たとえば、「ウェブ検索をするときは、検索ワードを増やした方が、ヒット件数が増えると思う」(池田まさみ・森津太子・高比良美詠子・宮本康司 錯思コレクション100 https://www.jumonji-u.ac.jp/sscs/ikeda/cognitive_bias/cate_d/d_33.html 2023年6月12日アクセス)といった誤謬である。</ref><ref>Tversky, A., & Kahneman, D. (1983). Extensional versus intuitive reasoning: The conjunction fallacy in probability judgment. Psychological Review, 90(4), 293–315. https://doi.org/10.1037/0033-295X.90.4.293</ref>、錯誤相関(illusory correlation)<ref>相関がないデータに相関があると思い込んでしまう現象。少数派グループに対して、稀でネガティブな性質を不当に関連付けるという形でよく見られる。</ref><ref>Chapman, L. J. (1967). Illusory correlation in observational report. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 6, 151-155. https://doi.org/10.1016/S0022-5371(67)80066-5</ref><ref>Hamilton, D. L., & Gifford, R. K. (1976). Illusory correlation in interpersonal perception: A cognitive basis of stereotypic judgments. Journal of Experimental Social Psychology, 12, 392-407. https://doi.org/10.1016/S0022-1031(76)80006-6</ref>などがある。難問として知られるモンティ・ホール問題(Monty Hall problem)<ref>モンティ・ホール問題を簡潔に記述すると、以下の通りである。3つの選択肢があって1つは当たりである。プレーヤーがどれか1つの選択肢を選んだ後、ホストが残り2つのうち1つを開けてハズレであることを教えてくれる。この時、プレーヤーは選択を残っている選択肢に変更してもよいと言われる。ここでプレーヤーは選択を変更すべきだろうか? 確率で考えると、残っている選択肢が当たりである確率はプレーヤーが最初に選んだ選択肢が当たりである確率の2倍である(プレーヤーが選んだ選択肢が当たる確率は3分の1で、選ばなかった2つの選択肢が当たる確率は合わせて3分の2なので、ホストが1つにしてくれた残りの選択肢が当たる確率は3分の2で変わらない)から変更した方が合理的なのであるが、確率は変わらないように錯覚して変更しない人の方が多い、という現象である。 </ref><ref>「モンティ・ホール問題」 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%95%8F%E9%A1%8C (2023年7月20日アクセス)</ref>も認知的錯覚の例と言える。歪んだ知覚を求める行動や態度を錯覚のカテゴリーに含めるのであれば、セルフ・サービング・バイアス(self-serving bias)<ref>成功した時は自分の能力や努力のおかげと考え、失敗した時は他者や環境のせいにするといった、ご都合主義的で自己防御的な思考・行動傾向のこと。</ref><ref>Miller, D. T., & Ross, M. (1975). Self-serving biases in the attribution of causality: Fact or fiction? Psychological Bulletin, 82(2), 213–225. https://doi.org/10.1037/h0076486</ref>、行為者-観察者バイアス(actor-observer bias)<ref>行動の原因としては、その場面における状況という外的要因が十分考えられるが、行為者のパーソナリティや態度が原因であると認識することを、特性帰属と呼ぶ。他者の行動に対しては、特性に帰属する傾向が強い。これを、対応バイアス(correspondence bias)あるいは基本的帰属エラー(fundamental attribution error)という。特性帰属とは対照的に、自分自身の行動については状況に帰属する傾向が強い。両者をあわせて、行為者―観察者バイアスという。</ref><ref>Jones, E. E., & Nisbett, R. E. (1972). The actor and the observer: Divergent perceptions of the causes of behavior. In E. E. Jones et al. (Eds.), Attribution: Perceiving the causes of behavior (pp. 79-94). Morristown, NJ: General Learning.</ref>、確証バイアス(confirmation bias)<ref>仮説や信念を検証する際に、それらを支持する情報ばかりを集め、都合の悪い情報を無視する、あるいは集めようとしない態度あるいは行動の傾向のこと。</ref><ref>Confirmation bias. Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Confirmation_bias (2023年6月24日アクセス)</ref>、正常性バイアス(normalcy bias)<ref>認知バイアスの一種で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりすることである。災害心理学や社会心理学などの分野で取り上げられる。「正常化バイアス」、「正常化の偏見」、「正常という偏見」、「正常への偏向」、「恒常性バイアス」ともいう。</ref><ref>矢守克也 (2008-2009). 再論―正常化の偏見 実験社会心理学研究, 48(2), 137-149. https://doi.org/10.2130/jjesp.48.137</ref><ref>広瀬弘忠 (1984). 生存のための災害学 : 自然・人間・文明 新曜社</ref>なども例となる。


[[ファイル:古典的な幾何学的錯視一覧.png|サムネイル|図1 古典的な幾何学的錯視の例。(a)ミュラー=リヤー錯視(Müller-Lyer illusion)。上下の水平線分は同じ長さであるが、下の方が長く見える。(b)エビングハウス錯視(Ebbinghaus illusion)。リングの中の円は左右同じ大きさであるが、大きい円のリングに囲まれた左の円よりも、小さい円のリングに囲まれた右の円の方が大きく見える。(c)ボンゾ錯視(Ponzo illusion)。Λや<の頂点に近い方に置かれた対象が大きく見える。具体的には、2本の水平線分は同じ長さだが、上の方が長く見える。2つの円は同じ大きさだが、左の方が大きく見える。(d)ポッゲンドルフ錯視(Poggendorff illusion)。2つの斜線は一直線上にあるが、右の斜線の方が上方に変位して見える。(e)ツェルナー錯視(Zöllner illusion)。垂直より反時計回りに45度傾いた黒い線は互いに平行だが、交互に傾いて見える。交差する短い線との交差角度の過大視の現象である。(f)へリング錯視(Hering illusion)。湾曲錯視ともいう。水平線分が曲がって見える。上の線分は上に凸、下の線分は下に凸に見える。(g)ミュンスターベルク錯視(Münsterberg illusion)。白と黒の正方形の列を図のように4分の1周期分ずらして配置し、列の境界に線分を描くと、図ではそれらは水平であるが、交互に傾いて見える。本図のように線が灰色の時は、カフェウォール錯視(Café Wall illusion)と呼ばれることが多い。(h)フレーザー錯視(Fraser illusion)。垂直より反時計回りに45度傾いた仮想線に沿って短い斜線の列が描かれているが、列の傾きは短い斜線の傾きの方向に変位して見える。ツェルナー錯視とは逆の錯視である。(i)フレーザー錯視の渦巻き錯視(spiral illusion)。フレーザー錯視では、傾いて見えるのは線分であるが、傾いて見える対象を円状に配置した時に観察できる錯視である。具体的には、同心円が渦巻きのように見える。]]
[[ファイル:古典的な幾何学的錯視一覧.png|サムネイル|図1 古典的な幾何学的錯視の例。(a)ミュラー=リヤー錯視(Müller-Lyer illusion)。上下の水平線分は同じ長さであるが、下の方が長く見える。(b)エビングハウス錯視(Ebbinghaus illusion)。リングの中の円は左右同じ大きさであるが、大きい円のリングに囲まれた左の円よりも、小さい円のリングに囲まれた右の円の方が大きく見える。(c)ボンゾ錯視(Ponzo illusion)。Λや<の頂点に近い方に置かれた対象が大きく見える。具体的には、2本の水平線分は同じ長さだが、上の方が長く見える。2つの円は同じ大きさだが、左の方が大きく見える。(d)ポッゲンドルフ錯視(Poggendorff illusion)。2つの斜線は一直線上にあるが、右の斜線の方が上方に変位して見える。(e)ツェルナー錯視(Zöllner illusion)。垂直より反時計回りに45度傾いた黒い線は互いに平行だが、交互に傾いて見える。交差する短い線との交差角度の過大視の現象である。(f)へリング錯視(Hering illusion)。湾曲錯視ともいう。水平線分が曲がって見える。上の線分は上に凸、下の線分は下に凸に見える。(g)ミュンスターベルク錯視(Münsterberg illusion)。白と黒の正方形の列を図のように4分の1周期分ずらして配置し、列の境界に線分を描くと、図ではそれらは水平であるが、交互に傾いて見える。本図のように線が灰色の時は、カフェウォール錯視(Café Wall illusion)と呼ばれることが多い。(h)フレーザー錯視(Fraser illusion)。垂直より反時計回りに45度傾いた仮想線に沿って短い斜線の列が描かれているが、列の傾きは短い斜線の傾きの方向に変位して見える。ツェルナー錯視とは逆の錯視である。(i)フレーザー錯視の渦巻き錯視(spiral illusion)。フレーザー錯視では、傾いて見えるのは線分であるが、傾いて見える対象を円状に配置した時に観察できる錯視である。具体的には、同心円が渦巻きのように見える。]]


==錯視==
==錯視==
 視知覚の錯覚は錯視(visual illusion)と呼ばれ<ref>日常用語としては optical illusion と呼ばれる。</ref>、19世紀中葉より盛んに研究が行われるようになり、現在に至っている<ref>Robinson, J. O. (1972/1998). The psychology of visual illusion. Mineola, NY: Dover.</ref>。視覚のモダリティに対応して、幾何学的錯視、明るさの錯視、色の錯視、運動視の錯視、立体視の錯視、顔の錯視などに分類される。
 視知覚の錯覚は錯視(visual illusion)と呼ばれ<ref>日常用語としては optical illusion と呼ばれる。</ref>、19世紀中葉より盛んに研究が行われるようになり、現在に至っている。視覚のモダリティに対応して、幾何学的錯視、明るさの錯視、色の錯視、運動視の錯視、立体視の錯視、顔の錯視などに分類される。


 幾何学的錯視(geometric illusion)とは形の次元の錯視のことで、大きさの錯視(size illusion)、位置の錯視(misalignment illusion)、傾きの錯視(tilt illusion あるいは orientation illusion)に分けられる。図1に、古典的な幾何学的錯視を示した。ミュラー=リヤー錯視、エビングハウス錯視、ポンゾ錯視は大きさの錯視である。ポッゲンドルフ錯視は位置の錯視である。ツェルナー錯視、へリング錯視、ミュンスターベルク錯視(カフェウォール錯視)、フレーザー錯視、フレーザーの渦巻き錯視は傾きの錯視である。出たばかりの月は大きく見える月の錯視(moon illusion)<ref>天体錯視ともいう。</ref><ref>ヘレン・ロス、コーネリス・プラグ(著)、東山篤規(訳) (2014). 月の錯視 なぜ大きく見えるのか 勁草書房</ref>も古くから知られている。
 幾何学的錯視(geometric illusion)とは形の次元の錯視のことで、大きさの錯視(size illusion)、位置の錯視(misalignment illusion)、傾きの錯視(tilt illusion あるいは orientation illusion)に分けられる。図1に、古典的な幾何学的錯視を示した。ミュラー=リヤー錯視、エビングハウス錯視、ポンゾ錯視は大きさの錯視である。ポッゲンドルフ錯視は位置の錯視である。ツェルナー錯視、へリング錯視、ミュンスターベルク錯視(カフェウォール錯視)、フレーザー錯視、フレーザーの渦巻き錯視は傾きの錯視である。出たばかりの月は大きく見える月の錯視(moon illusion)<ref>天体錯視ともいう。</ref><ref>ヘレン・ロス、コーネリス・プラグ(著)、東山篤規(訳) (2014). 月の錯視 なぜ大きく見えるのか 勁草書房</ref>は古くから知られる幾何学的錯視である。


 明るさの錯視(lightness illusion あるいは brightness illusion)は、明るさの対比(英語では simultaneous brightness contrast と表現する。それに合わせると、同時的明るさ対比となる)と明るさの同化(lightness assimilation あるいは brightness assimilation)の二項対立で記述されてきたが、ホワイト効果(White's effect)のようにどちらの性質も有する錯視もある。明るさの対比的な錯視としては、チェッカーシャドー錯視(checker shadow illusion)や縞誘導(grating induction)がある。
 明るさの錯視(brightness illusion あるいは lightness illusion)には、明るさの対比<ref>英語では simultaneous brightness contrast あるいは simultaneous lightness contrast としばしば表現される。それに合わせた日本語表現は、同時的明るさ対比である</ref>と明るさの同化<ref>英語では、brightness assimilation あるいは lightness assimilation と表現し、simultaneous brightness assimilation とは言わない。</ref>がある。明るさの対比的な錯視には、チェッカーシャドー錯視(checker shadow illusion)や縞誘導(grating induction)がある。明るさの同化的な錯視には、ベナリ効果(Benary effect)やホワイト効果(White's effect)<ref>White, M. (1979). A new effect of pattern on perceived lightness. Perception, 8, 413–416.</ref><ref>Todorović, D. (1997). Lightness and Junctions. Perception, 26(4), 379–394. https://doi.org/10.1068/p260379</ref><ref>Gilchrist, A. L., & Annan, V. (2002). Articulation Effects in Lightness: Historical Background and Theoretical Implications. Perception, 31(2), 141–150. https://doi.org/10.1068/p04sp</ref>がある。


 色の錯視(color illusion)にも、色の対比と色の同化の二項対立があるが、ムンカー錯視(Munker illusion)のようにどちらの性質も有する錯視がある。無彩色から生成される主観色(subjective color)も古くから研究されている。
 色の錯視(color illusion)にも、色の対比と色の同化がある。色の対比的な錯視には、静脈は青く見える錯視<ref>皮下静脈は青く(あるいは緑に)見えるが、彩度の低い(灰色に近い)肌の色相(黄から赤にかけての色相)の色である。</ref><ref>Kienle, A., Lilge, L., Vitkin, I. A., Patterson, M. S., Wilson, B. C., Hibst, R., & Steiner, R. (1996). Why do veins appear blue? A new look at an old question. Applied Optics, 35(7), 1151-1160.</ref><ref>北岡明佳 (2019). イラストレイテッド 錯視のしくみ 朝倉書店 </ref>がある。色の同化的な錯視の例としては、ムンカー錯視(Munker illusion)がある。主観色(subjective color)<ref>フリッカー刺激あるいは運動刺激によって無彩色から生成される錯視的な色彩のことである。プレヴォスト・フェヒナー・ベンハム色(Prevost-Fechner-Benham color)ともいう。</ref><ref>Cohen, J. & Gordon, D. (1949). The Prevost-Fechner-Benham subjective colors. Psychological Bulletin, 46(2), 97-136. http://doi.org/10.1037/h0060841</ref>も色の錯視である。


 運動視の錯視
 運動視の錯視は、運動する対象に起こる錯視と、静止画像の一部あるいは全部が動いて見える錯視に分けられる。前者の例としては、フットステップ錯視(footsteps illusion)がある。後者の例としては、運動残効(motion aftereffect)、オオウチ錯視(Ouchi illusion)、フレーザー・ウィコックス錯視(Fraser-Wilcox illusion)<ref>Fraser, A, & Wilcox, K. J. (1979). Perception of illusory movement. Nature, 281, 565-566. http://doi.org/10.1038/281565a0</ref>などがある。北岡の「蛇の回転」(図2)は、フレーザー・ウィルコックス錯視を最適化した錯視<ref>Kitaoka, A. & Ashida, H. (2003). Phenomenal characteristics of the peripheral drift illusion. VISION (Journal of the Vision Society of Japan), 15, 261-262. https://doi.org/10.24636/vision.15.4_261</ref>を用いた作品である。


 立体視の錯視
 立体視の錯視としては、プルフリッヒ効果(Pulfrich effect)や色立体視(chromostereopsis)<ref>黒背景に赤と青のパターンがある場合、赤は青より奥行き的に手前に見える人が多いが、少数の人は青が赤より手前に見える現象。色収差(chromatic aberration)によって生じると考えられる両眼視差(両眼網膜像差)(binocular disparity)による両眼立体視(binocular stereopsis)現象である。</ref><ref>Kitaoka, A. (2016). Chromostereopsis. in Ming Ronnier Luo (Ed.), Encyclopedia of Color Science and Technology, Vol.1, New York; Springer (pp. 114-125).</ref>がある。一般の人には、ステレオグラム(streogram)<ref>両眼視差(両眼網膜像差)を付けた2枚の画像をそれぞれ左右の目に投影することで両眼立体視による奥行き知覚を生成させるための刺激図形。画像が2枚独立ではなく複数の画像が連続しているステレオグラムは、オートステレオグラム(autostereogram)と呼ばれる。</ref>やランダムドットステレオグラム(random dot stereogram)<ref>ステレオグラムがランダムドットになっていて、単眼ではどのような奥行きパターンを埋め込んでいるのかわからない刺激図形。</ref>そのものも錯視の仲間のように認識されることがある。 逆遠近法  望遠レンズで遠景を撮影すると、奥行き方向の傾斜が急に見える現象(図5)<ref>北岡明佳 (2020). 現代がわかる心理学 丸善出版</ref>がある。


 顔の錯視
 顔の錯視の例としては、ウォラストン錯視 サッチャー錯視 ホロウフェース錯視などがある。 
 
==反転図形==
 同一の刺激から、2つあるいは複数の知覚像が得られる場合、その刺激を反転図形という<ref>文献上は、反転図形は錯視の仲間のように扱われてきた。その理由であるが、1つの刺激には1つの知覚が正しく対応するはずだという信念を人間は持っていて、錯視と同様にそれに抵触するからかもしれない。</ref>。奥行き反転図形、図地反転図形、あひるとうさぎの反転図形に分けられる。奥行き反転図形の例としては、ネッカーの立方体(Necker cube)、シュレーダーの階段()、マッハの本()、シルエット錯視がある。KDE  図地反転図形の例としては、ルビンの盃がある。あひるとうさぎの反転図形の例としては、あひるとうさぎがある。両眼闘争(binocular rivalry)は複数の知覚像が観察できるものであるが、反転図形とは言わない<ref>反転図形に比べて両眼闘争の知覚像は不安定でノイジーだからであろうか、</ref>。)
 
==不可能図形==
 部分的には正しい知覚像を与えるが、全体で見ると不整合な知覚を与える刺激のことである。ペンローズの三角形、無限階段などがある。


==幻覚と妄想==
==幻覚と妄想==
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 以上のように、錯覚、幻覚、妄想の三者は学問的には区別されているものであるが、日常用語や一般の辞書類、あるいは科学的研究においても、それらの区別は必ずしも明確ではない。たとえば、研究社 新英和大辞典 第5版<ref>小稲義男(編) (1980). 研究社 新英和大辞典 第5版 研究社</ref>によれば、"illusion"は「1 幻覚、幻影、幻(cf. hallucination) 2 幻想、妄想、迷想、迷い、誤解(delusion) 3 〘心理〙錯覚:an optical~ 錯視」となっていて、錯覚、幻覚、妄想は混同されやすい概念であることがわかる。
 以上のように、錯覚、幻覚、妄想の三者は学問的には区別されているものであるが、日常用語や一般の辞書類、あるいは科学的研究においても、それらの区別は必ずしも明確ではない。たとえば、研究社 新英和大辞典 第5版<ref>小稲義男(編) (1980). 研究社 新英和大辞典 第5版 研究社</ref>によれば、"illusion"は「1 幻覚、幻影、幻(cf. hallucination) 2 幻想、妄想、迷想、迷い、誤解(delusion) 3 〘心理〙錯覚:an optical~ 錯視」となっていて、錯覚、幻覚、妄想は混同されやすい概念であることがわかる。
[[ファイル:Rotsnakesstrong6b.jpg|thumb|300px|図2 静止画が動いて見える錯視の例。最適化型フレーザー・ウィルコックス錯視を用いた作品[https://www.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/ 「蛇の回転」]<ref>Kitaoka, A. (2017). The Fraser-Wilcox illusion and its extension. A. G. Shapiro and D. Todorović (Eds.), The Oxford Compendium of Visual Illusions, Oxford University Press, pp. 500-511.</ref>。円盤がひとりでに回転して見える。中心視で錯視は弱い。]]
[[ファイル:Rotsnakesstrong6b.jpg|thumb|300px|図2 静止画が動いて見える錯視の例。最適化型フレーザー・ウィルコックス錯視を用いた作品[https://www.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/ 「蛇の回転」]<ref>Kitaoka, A. (2017). The Fraser-Wilcox illusion and its extension. A. G. Shapiro and D. Todorović (Eds.), The Oxford Compendium of Visual Illusions, Oxford University Press, pp. 500-511.</ref>。円盤がひとりでに回転して見える。中心視で錯視は弱い。]]
==錯覚における知識の役割==
 錯覚は、対象についての知識と一致しない知覚(あるいは認知)である。ということは、錯覚は、対象からの刺激によって脳内あるいは心に引き起こされた知覚というだけのものではない。その対象についての「客観的」な知識を事前あるいは事後に持っていて、その知識とその知覚を照合する過程が錯覚の成立に必須である<ref>北岡明佳 (2014). 常識を疑う―錯視は存在するのか? 立命館文學, 636, 24-31.</ref>。すなわち、同じ刺激で同じ知覚が得られたとしても、ある人にとっては錯覚であり、別の人には普通の知覚であることがある。たとえば、静止画が動いて見える錯視という現象がある(図2)。ある観察者が図1を見て円盤が回転して見えた時、この画像は静止画ではなく動画であると認識すれば、その観察者にとっては知覚された錯視的運動は錯視ではなく、本物である。この画像が「本当は静止画である」という知識と知覚の不一致を認識して初めて錯視なのである。この錯視的運動が知覚されない観察者にとっては、この図はただの静止画であって錯視画像ではないことは言うまでもないが、それは知覚と知識が一致しているからである。


==錯視に相関した脳活動==
==錯視に相関した脳活動==
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==動物の錯視==
==動物の錯視==
 ヒト以外の動物にも錯視が見えるという報告がある<ref>Agrillo, C., Parrish, A.E., & Beran, M.J. (2014). Do rhesus monkeys (''Macaca mulatta'') perceive the Zöllner illusion? Psychonomic Bullutin & Review, 21, 986–994.</ref><ref>Bååth, R., Seno, T., & Kitaoka, A. (2014). Cats and illusory motion. Psychology, 5, 1131-1134.</ref><ref>Fujita, K., Blough, D.S., & Blough, P.M. (1991). Pigeons see the Ponzo illusion. Animal Learning & Behavior, 19, 283–293.</ref><ref>Nakamura, N., Watanabe, S., & Fujita, K. (2008). Pigeons perceive the Ebbinghaus-Titchener circles as an assimilation illusion. Journal of Experimental Psychology: Animal Behavior Processes, 34(3), 375–387.</ref>。それによって、ヒトが錯視図形を見て知覚するような「知覚の歪み」が動物にもあるらしい、ということはわかる。しかし、それが動物にとって錯視であるかどうかについては、いくらか疑わしい。たとえばヒトは錯視をおもしろがるが、動物は特段錯視をおもしろがるようには見えない。もちろん、動物が錯視をおもしろがらないからと言って、それが動物が錯視を錯覚として認識していないことの証拠にはならない。しかしながら、「動物にも錯視は見えるか」という問いはヒトと動物の連続性があることを期待して発せられているので、ヒトが錯視をおもしろがるなら動物もおもしろがるはずであるのにそうでないことの説明は必要である<ref>繁桝算男・北岡明佳 (2018). 連載 人生の智慧のための心理学 第4回 錯覚から世界を考える? 書斎の窓(有斐閣), 655(2018年1月号), 44-48.</ref>。[[ファイル:Veincolorillusion04L.jpg|サムネイル|図4 静脈の錯視。静脈は青く(あるいは緑っぽく)見えるが、1点を見れば彩度の低い(灰色に近い)黄色から赤の色相の色である。]]
 ヒト以外の動物にも錯視が見えるという報告がある<ref>Agrillo, C., Parrish, A.E., & Beran, M.J. (2014). Do rhesus monkeys (''Macaca mulatta'') perceive the Zöllner illusion? Psychonomic Bullutin & Review, 21, 986–994.</ref><ref>Bååth, R., Seno, T., & Kitaoka, A. (2014). Cats and illusory motion. Psychology, 5, 1131-1134.</ref><ref>Fujita, K., Blough, D.S., & Blough, P.M. (1991). Pigeons see the Ponzo illusion. Animal Learning & Behavior, 19, 283–293.</ref><ref>Nakamura, N., Watanabe, S., & Fujita, K. (2008). Pigeons perceive the Ebbinghaus-Titchener circles as an assimilation illusion. Journal of Experimental Psychology: Animal Behavior Processes, 34(3), 375–387.</ref>。それによって、ヒトが錯視図形を見て知覚するような「知覚の歪み」が動物にもあることがわかる。ヒトは錯視をおもしろがるが、動物は特段錯視をおもしろがるようには見えないという違いはある<ref>繁桝算男・北岡明佳 (2018). 連載 人生の智慧のための心理学 第4回 錯覚から世界を考える? 書斎の窓(有斐閣), 655(2018年1月号), 44-48.</ref>。
 
[[ファイル:Veincolorillusion04L.jpg|サムネイル|図4 静脈の錯視。静脈は青く(あるいは緑っぽく)見えるが、1点を見れば彩度の低い(灰色に近い)黄色から赤の色相の色である。]]


==錯覚の参考文献==
==錯覚の参考文献==
 2017年に刊行された"The Oxford compendium of visual illusions"という分厚い錯視の専門書<ref>Shapiro, A. G. & Todorović, D. (Eds.) (2017). The Oxford compendium of visual illusions. Oxford University Press.</ref>があり、世界中の錯視あるいは視覚の研究者が著した書籍であるから、この本を薦めておけばよいのだが、初学者が簡単に錯視を概観するという目的に照らせば、量的に多すぎると言わざるをえない。数十年前であれば、Robinsonの錯視のレビュー本を紹介すれば、手頃な分量であったこともあり、錯視のことを知るにはそれ一冊で十分であったが、今となっては同書は現役の錯視の入門書というよりは、錯視研究史の重要文献である。そこで、ここでは「錯視の科学ハンドブック」<ref>後藤倬男・田中平八(編) (2005). 錯視の科学ハンドブック 東京大学出版会</ref>、「錯視入門」<ref>北岡明佳 (2010). 錯視入門 朝倉書店</ref>、"Eye and brain"<sup>[4]</sup>を、錯視の入門書として挙げておく。認知的錯覚の入門書としては、「錯覚の科学」<sup>[5]</sup>がある。同じタイトル名に翻訳された"The invisible gorilla"<ref>Chabris, C. F. & Simons, D. J. (2010). The invisible gorilla: And other ways our intuitions deceive us. HarperCollins. (日本語訳: クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ(著)、木村博江(訳) (2011). 錯覚の科学 文藝春秋)</ref>も参考になる。しかし、それらだけでは認知的錯覚を広くカバーできていないので、認知心理学や行動経済学の書籍にも当たって頂きたい。なお、物理的錯覚のまとまった入門書となると、執筆者は寡聞にして推薦できるものを持ち合わせていない。
 "The Oxford compendium of visual illusions" (2017)<ref>Shapiro, A. G. & Todorović, D. (Eds.) (2017). The Oxford compendium of visual illusions. Oxford University Press.</ref>、"Eye and brain" (1998)<sup>[2]</sup>、"The psychology of visual illusion" (1972)<ref>Robinson, J. O. (1972/1998). The psychology of visual illusion. Mineola, NY: Dover.</ref>、「錯視入門」(2010)<ref>北岡明佳 (2010). 錯視入門 朝倉書店</ref>、「錯視の科学ハンドブック」(2005)<ref>後藤倬男・田中平八(編) (2005). 錯視の科学ハンドブック 東京大学出版会</ref>、「錯覚の科学」(2020)<sup>[2]</sup>"The invisible gorilla" (2010)<ref>Chabris, C. F. & Simons, D. J. (2010). The invisible gorilla: And other ways our intuitions deceive us. HarperCollins. (日本語訳: クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ(著)、木村博江(訳) (2011). 錯覚の科学 文藝春秋)</ref>、「からだの錯覚 脳と感覚が作り出す不思議な世界」(2023)<sup>[39]</sup>などがある。
 


 最後に、本項目を読んだ方がすぐにでも活用できるよう、身近な錯視の例をいくつか挙げる。図3は、ミュラー=リヤー錯視をはじめとする古典的な幾何学的錯視の例である。錯視画像の多くは人工的なものであるが、自然に観察できるものもある。例としては、皆様の手足には、静脈が青く見える錯視が認められる<ref>Kienle, A., Lilge, L., Vitkin, I. A., Patterson, M. S., Wilson, B. C., Hibst, R., & Steiner, R. (1996). Why do veins appear blue? A new look at an old question. Applied Optics, 35(7), 1151-1160.</ref><ref>北岡明佳 (2019). イラストレイテッド 錯視のしくみ 朝倉書店 </ref>(図4)。望遠レンズで遠景を撮影すると、奥行き方向の傾斜が急に見える現象(図5)<ref>北岡明佳 (2020). 現代がわかる心理学 丸善出版</ref>がある。


 図5はだまし絵(trompe l'oeil)の一種と考えることができ、だまし絵は錯覚の一種と考えることもできる。しかし、だまし絵については煩雑になるので省略する。奇術(手品)などについても同様である。
[[ファイル:ベタ踏み坂.jpg|サムネイル|図5 通称「ベタ踏み坂」。島根県と鳥取県の県境にかかる江島大橋の島根県側部分である。この坂道を、中海に浮かぶ大根島から、中海越しに望遠レンズで撮影すると、垂直に近い急坂に見える。しかし、物理的には、6.1% (3.49゜) の勾配である。]]
[[ファイル:ベタ踏み坂.jpg|サムネイル|図5 通称「ベタ踏み坂」。島根県と鳥取県の県境にかかる江島大橋の島根県側部分である。この坂道を、中海に浮かぶ大根島から、中海越しに望遠レンズで撮影すると、垂直に近い急坂に見える。しかし、物理的には、6.1% (3.49゜) の勾配である。]]
[[ファイル:NinioextinctionillusionL.jpg|サムネイル|図1 ニニオ・スティーブンスの消失錯視(Ninio-Stevens' extinction illusion)<ref>Ninio, J. & Stevens, K. A. (2000). Variations on the Hermann grid: an extnction illusion. Perception, 29, 1209-1217.</ref>。垂直線・水平線の交点12箇所に黒いドットが描かれているが、周辺視では消えて見える。]]
[[ファイル:NinioextinctionillusionL.jpg|サムネイル|図1 ニニオ・スティーブンスの消失錯視(Ninio-Stevens' extinction illusion)<ref>Ninio, J. & Stevens, K. A. (2000). Variations on the Hermann grid: an extnction illusion. Perception, 29, 1209-1217.</ref>。垂直線・水平線の交点12箇所に黒いドットが描かれているが、周辺視では消えて見える。]]
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