「サイクリックGMP依存性タンパク質リン酸化酵素」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/eguchikoh/ 江口 工学]</font><br>
英語名:cGMP-dependent protein kinaseまたはProtein kinase G, PKG
''沖縄科学技術大学院大学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年4月7日 原稿完成日:2025年4月20日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/michisukeyuzaki 柚崎 通介](慶應義塾大学 医学部生理学)<br>
</div>
同義語:cGMP依存性タンパク質リン酸化酵素、環状GMP依存性タンパク質リン酸化酵素、cGMP依存性タンパク質キナーゼ、プロテインキナーゼG<br>
英:cGMP-dependent protein kinase, protein kinase G<br>
英略語:PKG
{{box|text= cGMP依存性タンパク質リン酸化酵素(PKG)は、環状グアノシン一リン酸(cGMP)に依存して活性化されるセリン/スレオニン特異的タンパク質リン酸化酵素のひとつで、心血管系、神経系、消化管、骨組織など多くの器官において、細胞内シグナル伝達の重要な調節因子として機能するタンパク質である。}}
{{box|text= cGMP依存性タンパク質リン酸化酵素(PKG)は、環状グアノシン一リン酸(cGMP)に依存して活性化されるセリン/スレオニン特異的タンパク質リン酸化酵素のひとつで、心血管系、神経系、消化管、骨組織など多くの器官において、細胞内シグナル伝達の重要な調節因子として機能するタンパク質である。}}


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 cGMP依存性タンパク質リン酸化酵素(PKG)は、[[環状グアノシン一リン酸]]([[cyclic GMP]], [[cGMP]])によって活性化される[[セリン]]/[[スレオニン]]特異的[[タンパク質リン酸化酵素]]であり、[[細胞内シグナル伝達]]の重要な制御因子として機能する。PKGは[[PKG I]]([[PKG Iα|Iα]]および[[PKG Iβ|Iβ]])と[[PKG II]]のアイソフォームに分類され、それぞれ異なる組織に特異的に発現する。活性化は、[[可溶性グアニル酸シクラーゼ]]([[soluble guanylate cyclase]], [[sGC]])または[[膜結合型グアニル酸シクラーゼ]]([[particulate guanylate cyclase]], [[pGC]])によるcGMP産生により引き起こされる。主な機能として、[[血管平滑筋弛緩]]、[[心筋]]の[[拍動]]調節、[[上皮]]細胞からの[[分泌]]制御、[[骨]]形成、[[神経可塑性]]の調節などがあり、[[細胞質]]および[[細胞膜]]近傍における多様なシグナル調節に関与している。
 cGMP依存性タンパク質リン酸化酵素(PKG)は、[[環状グアノシン一リン酸]]([[cyclic GMP]], [[cGMP]])によって活性化される[[セリン]]/[[スレオニン]]特異的[[タンパク質リン酸化酵素]]であり、[[細胞内シグナル伝達]]の重要な制御因子として機能する。PKGは[[PKG I]]([[PKG Iα|Iα]]および[[PKG Iβ|Iβ]])と[[PKG II]]のアイソフォームに分類され、それぞれ異なる組織に特異的に発現する。活性化は、[[可溶性グアニル酸シクラーゼ]]([[soluble guanylate cyclase]], [[sGC]])または[[膜結合型グアニル酸シクラーゼ]]([[particulate guanylate cyclase]], [[pGC]])によるcGMP産生により引き起こされる。主な機能として、[[血管平滑筋弛緩]]、[[心筋]]の[[拍動]]調節、[[上皮]]細胞からの[[分泌]]制御、[[骨]]形成、[[神経可塑性]]の調節などがあり、[[細胞質]]および[[細胞膜]]近傍における多様なシグナル調節に関与している。


[[ファイル:Eguchi PKG Fig1.png|サムネイル|'''図1. PKGの構造とcGMPによる活性化機構<br>
[[ファイル:Eguchi PKG Fig1.png|サムネイル|'''PKGの構造とcGMPによる活性化機構<br>
A.''' PKG Iのドメイン構造。LZ: [[leucine zipper]], AI: autoinhibitory domain.<br>
A.''' PKG Iのドメイン構造。LZ: [[leucine zipper]], AI: autoinhibitory domain.<br>
'''B.''' PKGの活性化機構。環状ヌクレオチド結合ドメイン(CNB)へのcGMPの結合により自己阻害ドメイン(AI)が触媒ドメインから外れ、PKGが活性化する。]]
'''B.''' PKGの活性化機構。サイクリックヌクレオチド結合ドメイン(CNB)へのcGMPの結合により自己抑制ドメイン(AI)が触媒ドメインから外れ、PKGが活性化する。]]
 
== 構造 ==
== 構造 ==
 PKGは、活性化を制御する[[調節ドメイン]]と、[[基質]]の[[リン酸化]]を担う[[触媒ドメイン]]から構成される('''図1''')。調節ドメインには、cGMPとの結合により構造変化を引き起こす2つの[[環状ヌクレオチド結合ドメイン]](CNB-AとCNB-B)が存在する。このうちCNB-AにはcGMPおよび[[cAMP]]の両方が結合するが、CNB-BはcGMPに対しcAMPの200-500倍高い選択性を有する<ref name=Huang2014><pubmed>24239458</pubmed></ref><ref name=Kim2021><pubmed>33271627</pubmed></ref>。また、cGMPの親和性は、PKG I ではCNB-AのほうがBよりも約10倍親和性が高いが、PKG IIではほぼ同じである<ref name=Kim2021></ref>。同領域には[[自己阻害ドメイン]](autoinhibition domain)が含まれ、CNBへのcGMPの結合によってこの[自己阻害]]が解除され、触媒ドメインの活性化が引き起こされる<ref name=Sharma2022><pubmed>35929723</pubmed></ref>。触媒ドメインには基質認識部位と[[ATP]]結合ポケットがあり、基質認識部位によって認識されたセリン/スレオニン残基にATPからリン酸基を転移する。
 PKGは、活性化を制御する調節ドメインと、基質のリン酸化を担う触媒ドメインから構成される(図1)。調節ドメインには、cGMPとの結合により構造変化を引き起こす2つの環状ヌクレオチド結合部位(CNB-AとCNB-B)が存在する。このうちCNB-AにはcGMPおよびcAMPの両方が結合するが、CNB-BはcGMPに対しcAMPの200-500倍高い選択性を有する<ref name=Huang2014><pubmed>24239458</pubmed></ref><ref name=Kim2021><pubmed>33271627</pubmed></ref>1,2。また、cGMPの親和性は、PKG I ではCNB-AのほうがBよりも約10倍親和性が高いが、PKG IIではほぼ同じである2。同領域には自己阻害部位(Autoinhibition domain)が含まれ、CNBへのcGMPの結合によってこの自己阻害が解除され、触媒ドメインの活性化が引き起こされる<ref name=Sharma2022><pubmed>35929723</pubmed></ref>3。触媒ドメインには基質認識部位とATP結合ポケットがあり、基質認識部位によって認識されたセリン/スレオニン残基にATPからリン酸基を転移する。


 PKGのN末端には[[ロイシンジッパー]](Leucine zipper)と呼ばれる二量体化ドメインがあり、これによってホモ二量体を形成する<ref name=Wolfertstetter2013><pubmed>24275951</pubmed></ref>。二量体化はPKGの構造安定化および基質への結合効率に寄与している。また、PKG IIのN末端ドメインは[[ミリストイル化]]シグナルを有するため、PKG IIは[[細胞膜]]に局在する<ref name=Vaandrager1996><pubmed>8636133</pubmed></ref>
 PKGのN末端にはロイシンジッパー(Leucine zipper)と呼ばれる二量体化ドメインがあり、これによってホモ二量体を形成する<ref name=Wolfertstetter2013><pubmed>24275951</pubmed></ref>4。二量体化はPKGの構造安定化および基質への結合効率に寄与している。また、PKG IIのN末端ドメインはミリストイル化シグナルを有するため、PKG IIは細胞膜に局在する<ref name=Vaandrager1996><pubmed>8636133</pubmed></ref>5。


== ファミリー ==
== ファミリー ==
 PKGにはPKG IおよびIIの2つのアイソフォームが存在し、PKG Iはさらに[[選択的スプライシング]]によりIαとIβが生成される。PKG Iβは、Iαに比べて約10倍高いcGMP濃度で活性化されるため、細胞内cGMP濃度の変動に対する感受性が異なる<ref name=Richie-Jannetta2006><pubmed>16407222</pubmed></ref><ref name=Busch2002><pubmed>12080049</pubmed></ref>。PKG IとIIの全体のアミノ酸配列相同性は約75%と高く、ドメインごとに見ると、調節ドメインでは約60%、触媒ドメインでは約85%の相同性を示す。特に触媒ドメインは高度に保存されており、両アイソフォームに共通する基質認識とリン酸化機能を反映している。
 PKGにはPKG IおよびIIの2つのアイソフォームが存在し、PKG Iはさらに選択的スプライシングによりIαとIβに分岐する。PKG Iβは、Iαに比べて約10倍高いcGMP濃度で活性化されるため、細胞内cGMP濃度の変動に対する感受性が異なる<ref name=Richie-Jannetta2006><pubmed>16407222</pubmed></ref><ref name=Busch2002><pubmed>12080049</pubmed></ref>6,7。PKG IとIIの全体のアミノ酸配列相同性は約75%と高く、ドメインごとに見ると、調節ドメインでは約60%、触媒ドメインでは約85%の相同性を示す。特に触媒ドメインは高度に保存されており、両アイソフォームに共通する基質認識とリン酸化機能を反映している。


== 発現 ==
== 発現 ==
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! PKG Iα
! PKG Iα
| [[血管]][[平滑筋]]や[[心筋]] ||[[筋]]細胞の弛緩や[[心拍]]調節
| 血管平滑筋や心筋 || 筋細胞の弛緩や拍動調節
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! PKG Iβ
! PKG Iβ
[[神経細胞]]や[[腎臓]] || 情報伝達や[[イオン]][[恒常性]]
神経細胞や腎臓 || 情報伝達やイオン恒常性
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! PKG II
! PKG II
[[腸管]][[上皮細胞]]、[[骨]]細胞、[[脳]] || 上皮分泌や[[骨]]形成、[[神経可塑性]]
腸管上皮細胞、骨細胞、脳 || 上皮分泌や骨形成、神経可塑性
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=== 細胞内分布 ===
=== 細胞内分布 ===
 PKG Iは主に[[細胞質]]に分布するのに対し、PKG IIはN末端の[[ミリストイル化]]により[[細胞膜]]に局在化し、膜近傍の標的分子に対して効率的に作用できるように適応している。
 PKG Iは主に細胞質に分布するのに対し、PKG IIはN末端のミリストイル化により細胞膜に局在化し、膜近傍の標的分子に対して効率的に作用できるように適応している。


[[ファイル:Eguchi PKG Fig2.png|サムネイル|'''図2. PKGの活性化経路''']]
[[ファイル:Eguchi PKG Fig2.png|サムネイル|図2. PKGの活性化経路]]


=== 活性化・不活性化機構 ===
=== 活性化・不活性化機構 ===
 PKGは、[[グアニル酸シクラーゼ]](GC)によって[[グアノシン三リン酸]]([[GTP]])から産生された[[cGMP]]によって活性化する。グアニル酸シクラーゼには、可溶性型と膜結合型の2種があり、それぞれ[[一酸化窒素]]([[NO]])および[[ナトリウム利尿ペプチド]]によって活性化される('''図2''')。cGMPは[[環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ]]([[phosphodiesterase]], [[PDE]])によって[[グアノシン一リン酸]]([[GMP]])へと[[加水分解]]される。活性化されたPKGはPDEをリン酸化して活性化し、cGMPの分解を促進する。これにより、PKG活性が細胞内cGMP濃度を自ら低下させる[[ネガティブフィードバック]]機構を構成する<ref name=Corbin2000><pubmed>10785399</pubmed></ref>。一方、PKG IはN末端の自己阻害部位に[[自己リン酸化]]部位を持ち、自己リン酸化によって酵素活性を高める<ref name=Smith1996><pubmed>8702828</pubmed></ref>。これは、PKG Iの活性を持続させる[[ポジティブフィードバック]]機構と考えられる。
 PKGは、グアニル酸シクラーゼ(GC)によってグアノシン三リン酸(GTP)から産生されたcGMPによって活性化する。グアニル酸シクラーゼには、可溶性型(soluble GC, sGC)と膜結合型(particulate GC, pGC)の2種があり、それぞれ一酸化窒素(NO)およびナトリウム利尿ペプチド(NP)によって活性化される(図2)。cGMPは環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ(phosphodiesterase, PDE)によってグアノシン一リン酸(GMP)へと加水分解される。活性化されたPKGはPDEをリン酸化して活性化し、cGMPの分解を促進する。これにより、PKG活性が細胞内cGMP濃度を自ら低下させるネガティブフィードバック機構を構成する<ref name=Corbin2000><pubmed>10785399</pubmed></ref>8。一方、PKG IはN末端の自己阻害部位に自己リン酸化部位を持ち、自己リン酸化によって酵素活性を高める<ref name=Smith1996><pubmed>8702828</pubmed></ref>9。これは、PKG Iの活性を持続させるポジティブフィードバック機構と考えられる。


=== 一酸化窒素-可溶性型グアニル酸シクラーゼ経路 ===
=== NO-sGC経路 ===
 sGCは[[アルギニン]]を[[基質]]として[[一酸化窒素合成酵素]]([[nitric oxide synthase]], [[NOS]])によって産生されたNOを受容し、cGMPを産生する。この経路によって産生されたcGMPはPKGを活性化する<ref name=Francis2010><pubmed>20716671</pubmed></ref>。NOは膜透過性をもつガス状の二次メッセンジャー分子であり、産生した細胞から周辺細胞へと拡散することで同期的なPKG活性を誘導する。また[[ニトロシル化]]等によってタンパク質の[[翻訳後修飾]]を引き起こす。神経細胞では、産生細胞に順向性に働くとともに、[[シナプス後細胞]]から[[シナプス前終末]]へと[[逆行性シグナル]]として機能し、[[シナプス後細胞]]の活性に応じた前終末内PKG活性制御に寄与する<ref name=Eguchi2012><pubmed>22578503</pubmed></ref>
 sGCはアルギニンを原料として一酸化窒素合成酵素(Nitric oxide synthase, NOS)によって産生されたNOを受容し、cGMPを産生する。この経路によって産生されたcGMPはPKG Iを活性化する<ref name=Francis2010><pubmed>20716671</pubmed></ref>10。NOは膜透過性をもつガス状の二次メッセンジャー分子であり、産生した細胞から周辺細胞へと拡散することで同期的なPKG活性を誘導する。またニトロシル化等によってタンパク質の翻訳後修飾を引き起こす(脳科学辞典の一酸化窒素の項目へリンク)。神経細胞では、産生細胞に順向性に働くとともに、シナプス後細胞からシナプス前終末へと逆行性シグナルとして機能し、シナプス後細胞の活性に応じた前終末内PKG活性制御に寄与する<ref name=Eguchi2012><pubmed>22578503</pubmed></ref>11。


=== ナトリウム利尿ペプチド-膜結合型グアニル酸シクラーゼ経路 ===
=== NP-pGC経路 ===
 膜結合型グアニル酸シクラーゼはナトリウム利尿ペプチド(natriuretic peptide, NP)の[[受容体]]であり、これにナトリウム利尿ペプチドが結合することでcGMPが産生される<ref name=Jehle2022><pubmed>35806059</pubmed></ref>。ナトリウム利尿ペプチドには[[心房型ナトリウム利尿ペプチド|心房型]]([[atrial NP]], [[ANP]])、[[脳型ナトリウム利尿ペプチド|脳型]]([[brain NP]], [[BNP]])、[[C型ナトリウム利尿ペプチド|C型]]([[c-type NP]], [[CNP]])の3種が存在し、ANPとBNPはそれぞれ主に心臓の[[心房]]と[[心室]]の筋細胞によって、CNPは主に[[血管内皮]]細胞で生産される<ref name=Potter2009><pubmed>19089336</pubmed></ref>
 pGCはナトリウム利尿ペプチド(Natriuretic peptide, NP)の受容体であり、これにNPが結合することでcGMPが産生される<ref name=Jehle2022><pubmed>35806059</pubmed></ref>12。NPには心房型(Atrial NP, ANP)、脳型(Brain NP, BNP)、C型(C-type NP, CNP)の3種が存在し、ANPとBNPはそれぞれ主に心臓の心房と心室の筋細胞によって、CNPは主に血管内皮細胞で生産される<ref name=Potter2009><pubmed>19089336</pubmed></ref>13。


== 基質と機能 ==
== 基質と機能 ==
 PKGはセリン/スレオニン特異的[[タンパク質リン酸化酵素]]であり、細胞内のさまざまなタンパク質をリン酸化し、多岐にわたる生理機能を調節する。
PKGはセリン/スレオニン残基特異的タンパク質リン酸化酵素であり、細胞内のさまざまなタンパク質をリン酸化し、多岐にわたる生理機能を調節する。以下に、脳神経細胞など各身体部位における代表的な基質タンパク質とその役割について述べる。
 
[[ファイル:Eguchi PKG Fig3.png|サムネイル|'''図3. シナプスにおけるPKGのリン酸化調節とその機能''']]
[[ファイル:Eguchi PKG Fig3.png|サムネイル|'''図3. シナプスにおけるPKGのリン酸化調節とその機能''']]
=== 神経 ===
=== 神経 ===
 神経細胞においてPKGは、シナプス前終末とシナプス後細胞で異なる機構を介して機能しており、それぞれ神経伝達の即時的な調整と、受容体発現や[[構造可塑性]]といった長期的な変化に寄与している。シナプス前終末ではPKG IがNO/cGMPシグナルを介して[[シナプス小胞]]の再利用や[[放出効率]]を調節し、シナプス後細胞ではPKG IIを中心に受容体リン酸化、遺伝子発現制御、[[細胞骨格]]再構築など多層的な調節が行われる('''図3''')。これによりシナプス機能の可塑性と学習・記憶の基盤を支えている。
 神経細胞においてPKGは、シナプス前終末とシナプス後細胞で異なる機構を介して機能しており、それぞれ神経伝達の即時的な調整と、受容体発現や構造可塑性といった長期的な変化に寄与している。シナプス前終末ではPKG IがNO/cGMPシグナルを介してシナプス小胞の再利用や放出効率を調節し、シナプス後細胞ではPKG IIを中心に受容体リン酸化、遺伝子発現制御、細胞骨格再構築など多層的な調節が行われる(図3)。これによりシナプス機能の可塑性と学習・記憶の基盤を支えている。


==== シナプス前終末 ====
==== シナプス前終末 ====
 シナプス後細胞から放出されるNOが逆行性シグナルとして機能し、シナプス前終末内の可溶性型グアニル酸シクラーゼを活性化することでcGMPの産生を促進する。増加したcGMPはPKGを活性化し、その結果、シナプス小胞の[[エンドサイトーシス]]が促進され、小胞の再利用が加速される。この機構はシナプス小胞の枯渇を防ぎ、高頻度のシナプス伝達を維持するために重要である<ref name=Eguchi2012></ref>。PKGの下流では[[RhoA]]([[Ras homolog family member A]])および [[ROCK]]([[Rho-associated coiled-coil-containing protein kinase]])が機能しており、膜脂質である[[PI(4,5)P2]]の増加を介して小胞エンドサイトーシスを加速する<ref name=Eguchi2012></ref><ref name=Taoufiq2013><pubmed>23864695</pubmed></ref>が、詳細なメカニズムは未解明である。また、末梢神経系ではPKG Iが[[イノシトール三リン酸]]受容体([[IP3R1]])および[[ミオシン軽鎖キナーゼ]]([[MLCK]])をリン酸化し、シナプス前終末における[[カルシウム]]動態や[[アクチン]]骨格を調節することで、神経伝達物質の放出確率を高める<ref name=Luo2012><pubmed>22427743</pubmed></ref>
 シナプス後細胞から放出されるNOが逆行性シグナルとして機能し、シナプス前終末内のsGCを活性化することでcGMPの産生を促進する。増加したcGMPはPKGを活性化し、その結果、シナプス小胞のエンドサイトーシスが促進され、小胞の再利用が加速される。この機構はシナプス小胞の枯渇を防ぎ、高頻度のシナプス伝達を維持するために重要である<ref name=Eguchi2012></ref>11。PKGの下流ではRhoA(Ras homolog family member A)および ROCK(Rho-associated coiled-coil-containing protein kinase)が機能しており、膜脂質であるPI(4,5)P2の増加を介して小胞エンドサイトーシスを加速する<ref name=Eguchi2012></ref><ref name=Taoufiq2013><pubmed>23864695</pubmed></ref>11,14が、詳細なメカニズムは未解明である。また、末梢神経系ではPKG Iがイノシトール三リン酸受容体(IP3R1)およびミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)をリン酸化し、シナプス前終末におけるカルシウム動態やアクチン骨格を調節することで、神経伝達物質の放出確率を高める<ref name=Luo2012><pubmed>22427743</pubmed></ref>15。


==== シナプス後細胞 ====
==== シナプス後細胞 ====
 PKGはシナプス伝達の[[長期増強]]([[LTP]])に関与している。[[グルタミン酸]]作動性シナプスでは、[[NMDA型グルタミン酸受容体]]/NO/cGMP経路を介して活性化したPKG IIが[[AMPA型グルタミン酸受容体]]サブユニット[[GluA1]]のC末端に結合してS845残基をリン酸化し、細胞表面上のGluA1レベルを増加させることによってLTPに寄与する<ref name=Serulle2007><pubmed>18031684</pubmed></ref>。PKGは[[GABA]]作動性シナプスにおけるLTPにも関与するが、その詳細な分子機構は未解明である。
 PKGはシナプス伝達の長期増強(LTP)に関与している。グルタミン酸作動性シナプスでは、NMDAR/NO/cGMP経路を介して活性化したPKG IIがAMPA受容体サブユニットGluA1のC末端に結合してS845残基をリン酸化し、細胞表面上のGluA1レベルを増加させることによってLTPに寄与する<ref name=Serulle2007><pubmed>18031684</pubmed></ref>16。PKGはGABA作動性シナプスにおけるLTPにも関与するが、その詳細な分子機構は未解明である。


 PKGは細胞内の[[転写]]・[[翻訳]]制御にも関与しており、[[細胞外シグナル調節キナーゼ]] ([[extracellular signal-regulated kinase]], [[ERK]])のリン酸化によるERK/[[MAPK]]カスケードの活性化を通じてタンパク合成を促進する。この機構は[[扁桃体]][[外側核]]での[[恐怖記憶]]生成と関連している<ref name=Ota2008><pubmed>18832566</pubmed></ref>。また、PKGは[[cAMP応答配列結合タンパク質]] ([[cyclic AMP-responsive element binding protein]]; [[CREB]])を活性化し、[[転写]]レベルでのタンパク質合成を制御することで、シナプス可塑性や記憶形成に深く関与している<ref name=Bollen2014><pubmed>24813825</pubmed></ref>。加えて、PKGは26S[[プロテアソーム]]を活性化することにより、不要または過剰なタンパク質の分解を促し、シナプスタンパク質の動的な制御にも寄与する<ref name=VerPlank2020><pubmed>32513741</pubmed></ref>
 PKGは細胞内の転写・翻訳制御にも関与しており、ERK(細胞外シグナル調節キナーゼ)のリン酸化によるERK/MAPKカスケードの活性化を通じてタンパク合成を促進する。この機構は偏桃体外側核での恐怖記憶生成と関連している<ref name=Ota2008><pubmed>18832566</pubmed></ref>17。また、PKGはCREB(cAMP応答配列結合タンパク質)を活性化し、転写レベルでのタンパク質合成を制御することで、シナプス可塑性や記憶形成に深く関与している<ref name=Bollen2014><pubmed>24813825</pubmed></ref>18。加えて、PKGは26Sプロテアソームを活性化することにより、不要または過剰なタンパク質の分解を促し、シナプスタンパク質の動的な制御にも寄与する<ref name=VerPlank2020><pubmed>32513741</pubmed></ref>19。


 さらに、PKGは[[vasodilator-stimulated phosphoprotein]] ([[VASP]])やRhoAのリン酸化を介して[[アクチン]]細胞骨格の再構築を誘導し、[[樹状突起スパイン]]の構造的可塑性を制御する<ref name=Benz2009><pubmed>19825941</pubmed></ref><ref name=Sunico2010><pubmed>20089906</pubmed></ref><ref name=Wang2005><pubmed>15694326</pubmed></ref>
 さらに、PKGはVASP(Vasodilator-Stimulated Phosphoprotein)やRhoAのリン酸化を介してアクチン細胞骨格の再構築を誘導し、樹状突起スパインの構造的可塑性を制御する<ref name=Benz2009><pubmed>19825941</pubmed></ref><ref name=Sunico2010><pubmed>20089906</pubmed></ref><ref name=Wang2005><pubmed>15694326</pubmed></ref>20–22。


=== 血管 ===
=== 血管 ===
 PKGは[[血管]][[平滑筋]]を弛緩させ、血管拡張を誘導する。平滑筋細胞の収縮は、細胞内カルシウム濃度の上昇によるミオシン軽鎖リン酸化酵素(MLCK)の活性化を介した、[[ミオシン]]分子とアクチン分子の結合・解離が繰り返すことで生じる。血管内皮細胞からNOが放出されると血管平滑筋細胞内へと拡散し、PKG Iを活性化する。活性化したPKG Iは、カリウムチャネルを介した過分極により細胞内カルシウムイオン濃度を下げ、平滑筋細胞の弛緩をもたらす<ref name=Potter2009></ref><ref name=Ko2008><pubmed>18552454</pubmed></ref>。また、PKG IはMLC脱リン酸化酵素(MLCP)を活性化してミオシン軽鎖を脱リン酸化し、平滑筋細胞を弛緩させる<ref name=Wolfertstetter2013></ref>。その他にVASPや[[IP3 receptor associated cGMP kinase substrate]] ([[IRAG]])、RhoAのリン酸化を介して平滑筋の弛緩を促進する<ref name=Samuel2017><pubmed>28376489</pubmed></ref><ref name=Ali2021><pubmed>34734188</pubmed></ref>
 PKGは血管平滑筋を弛緩させ、血管拡張を誘導する。平滑筋細胞の収縮は、細胞内カルシウム濃度の上昇によるミオシン軽鎖リン酸化酵素(MLCK)の活性化を介した、ミオシン分子とアクチン分子の結合・解離が繰り返すことで生じる。血管内皮細胞からNOが放出されると血管平滑筋細胞内へと拡散し、PKG Iを活性化する。活性化したPKG Iは、カリウムチャネルを介した過分極により細胞内カルシウムイオン濃度を下げ、平滑筋細胞の弛緩をもたらす<ref name=Potter2009></ref><ref name=Ko2008><pubmed>18552454</pubmed></ref>4,23。また、PKG IはMLC脱リン酸化酵素(MLCP)を活性化してミオシン軽鎖を脱リン酸化し、平滑筋細胞を弛緩させる4。その他にVASPやIRAG (IP3 Receptor Associated cGMP Kinase Substrate)、RhoAのリン酸化を介して平滑筋の弛緩を促進する<ref name=Samuel2017><pubmed>28376489</pubmed></ref><ref name=Ali2021><pubmed>34734188</pubmed></ref>24,25。


=== 心臓 ===
=== 心臓 ===
 心筋では、PKGは[[トロポニンI]]や[[titin]]のリン酸化を介して心筋細胞の収縮・弛緩バランスを調整している<ref name=Francis2010><pubmed>20716671</pubmed></ref>。NOやナトリウム利尿ホルモンによるcGMPの増加によりPKGが活性化されると、非選択性[[カチオンチャネル]]である[[transient receptor potential canonical 6]] ([[TRPC6]])がリン酸化され、その活性が低下することで病的[[心肥大]]を引き起こす持続的なCa<sup>2+</sup>流入が抑制される<ref name=Nishida2010><pubmed>21048399</pubmed></ref>。また、トロポニンIやtitinなどの[[弾性構造タンパク質]]のリン酸化によって心筋の拡張能が向上することが報告されている<ref name=Francis2010></ref>
 心筋では、PKGはTroponin IやTitinのリン酸化を介して心筋細胞の収縮・弛緩バランスを調整している<ref name=Francis2010><pubmed>20716671</pubmed></ref>10。NOやNPによるcGMPの増加によりPKGが活性化されると、非選択性カチオンチャネルであるTRPC6(Transient Receptor Potential Canonical 6)がリン酸化され、その活性が低下することで病的心肥大を引き起こす持続的なCa2+流入が抑制される<ref name=Nishida2010><pubmed>21048399</pubmed></ref>
26。また、トロポニンIやTitinなどの弾性構造タンパク質のリン酸化によって心筋の拡張能が向上することが報告されている<ref name=Francis2010></ref>10。


=== 腸 ===
=== 腸 ===
 腸上皮細胞において、PKG IIは[[Na+/H+ exchanger 3|Na<sup>+</sup>/H<sup>+</sup> exchanger 3]] ([[NHE3]])をリン酸化し、ナトリウム吸収を抑制し、腸液の分泌及び[[電解質]]バランスの調整に寄与している<ref name=Cha2005><pubmed>15722341</pubmed></ref>。また、[[嚢胞性線維性膜コンダクタンス制御因子]]([[cystic fibrosis transmembrane conductance regulator]], [[CFTR]])のリン酸化により、[[塩化物イオン]]の分泌や腸内環境の維持に関与していることが示唆されている<ref name=Li2010><pubmed>20473396</pubmed></ref>
 腸上皮細胞において、PKG IIはNHE3(Na+/H+ Exchanger 3)をリン酸化し、ナトリウム吸収を抑制し、腸液の分泌及び電解質バランスの調整に寄与している<ref name=Cha2005><pubmed>15722341</pubmed></ref>27。また、嚢胞性線維性膜コンダクタンス制御因子(Cystic Fibrosis Transmembrane Conductance Regulator, CFTR)のリン酸化により、塩化物イオンの分泌や腸内環境の維持に関与していることが示唆されている<ref name=Li2010><pubmed>20473396</pubmed></ref>28。


== 疾患との関わり ==
== 疾患との関わり ==
 PKGの変異は、いくつかの疾患の発症と関連している。例えば、PKG Iをコードする[[PRKG1]]遺伝子の[[機能獲得型変異]]、特にp.Arg177Gln変異は、[[B型大動脈解離]]の発症と強く関連しており、変異保持者では発症年齢の若年化が認められ、解離の進展率は非変異群の3倍以上に達することが報告されている<ref name=Shalhub2019><pubmed>30871887</pubmed></ref>。Arg177はCNB-AドメインのcGMP結合ポケットに位置しており、この変異によりcGMP非存在下における自己抑制構造が不安定化し、基底状態でのPKG活性が異常に上昇することが原因と考えられている<ref name=Guo2013><pubmed>23910461</pubmed></ref>。一方、PKG IIをコードする[[PRKG2]]遺伝子のナンセンス変異は、[[wj:アバディーン・アンガス|アメリカン・アンガス牛]]の[[矮小症]]([[dwarfism]])の原因となることが報告されている<ref name=Koltes2009><pubmed>19887637</pubmed></ref>。これは、[[骨端軟骨]]に発現するPKG IIが機能喪失し、軟骨細胞の成熟障害が起こるためと考えられる。
 PKGの変異は、いくつかの疾患の発症と関連している。例えば、PKG IをコードするPRKG1遺伝子の機能獲得型変異、特にp.Arg177Gln変異は、B型大動脈解離の発症と強く関連しており、変異保持者では発症年齢の若年化が認められ、解離の進展率は非変異群の3倍以上に達することが報告されている<ref name=Shalhub2019><pubmed>30871887</pubmed></ref>29。Arg177はCNB-AドメインのcGMP結合ポケットに位置しており、この変異によりcGMP非存在下における自己抑制構造が不安定化し、基底状態でのPKG活性が異常に上昇することが原因と考えられている<ref name=Guo2013><pubmed>23910461</pubmed></ref>30。一方、PKG IIをコードするPRKG2遺伝子のナンセンス変異は、アメリカン・アンガス牛の矮小症(dwarfism)の原因となることが報告されている<ref name=Koltes2009><pubmed>19887637</pubmed></ref>31。これは、骨端軟骨に発現するPKG IIが機能喪失し、軟骨細胞の成熟障害が起こるためと考えられる。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==

2025年4月23日 (水) 09:17時点における版

英語名:cGMP-dependent protein kinaseまたはProtein kinase G, PKG

 cGMP依存性タンパク質リン酸化酵素(PKG)は、環状グアノシン一リン酸(cGMP)に依存して活性化されるセリン/スレオニン特異的タンパク質リン酸化酵素のひとつで、心血管系、神経系、消化管、骨組織など多くの器官において、細胞内シグナル伝達の重要な調節因子として機能するタンパク質である。

cGMP依存性タンパク質リン酸化酵素とは

 cGMP依存性タンパク質リン酸化酵素(PKG)は、環状グアノシン一リン酸cyclic GMP, cGMP)によって活性化されるセリンスレオニン特異的タンパク質リン酸化酵素であり、細胞内シグナル伝達の重要な制御因子として機能する。PKGはPKG Iおよび)とPKG IIのアイソフォームに分類され、それぞれ異なる組織に特異的に発現する。活性化は、可溶性グアニル酸シクラーゼsoluble guanylate cyclase, sGC)または膜結合型グアニル酸シクラーゼparticulate guanylate cyclase, pGC)によるcGMP産生により引き起こされる。主な機能として、血管平滑筋弛緩心筋拍動調節、上皮細胞からの分泌制御、形成、神経可塑性の調節などがあり、細胞質および細胞膜近傍における多様なシグナル調節に関与している。

PKGの構造とcGMPによる活性化機構
A.
PKG Iのドメイン構造。LZ: leucine zipper, AI: autoinhibitory domain.
B. PKGの活性化機構。サイクリックヌクレオチド結合ドメイン(CNB)へのcGMPの結合により自己抑制ドメイン(AI)が触媒ドメインから外れ、PKGが活性化する。

構造

 PKGは、活性化を制御する調節ドメインと、基質のリン酸化を担う触媒ドメインから構成される(図1)。調節ドメインには、cGMPとの結合により構造変化を引き起こす2つの環状ヌクレオチド結合部位(CNB-AとCNB-B)が存在する。このうちCNB-AにはcGMPおよびcAMPの両方が結合するが、CNB-BはcGMPに対しcAMPの200-500倍高い選択性を有する[1][2]1,2。また、cGMPの親和性は、PKG I ではCNB-AのほうがBよりも約10倍親和性が高いが、PKG IIではほぼ同じである2。同領域には自己阻害部位(Autoinhibition domain)が含まれ、CNBへのcGMPの結合によってこの自己阻害が解除され、触媒ドメインの活性化が引き起こされる[3]3。触媒ドメインには基質認識部位とATP結合ポケットがあり、基質認識部位によって認識されたセリン/スレオニン残基にATPからリン酸基を転移する。

 PKGのN末端にはロイシンジッパー(Leucine zipper)と呼ばれる二量体化ドメインがあり、これによってホモ二量体を形成する[4]4。二量体化はPKGの構造安定化および基質への結合効率に寄与している。また、PKG IIのN末端ドメインはミリストイル化シグナルを有するため、PKG IIは細胞膜に局在する[5]5。

ファミリー

 PKGにはPKG IおよびIIの2つのアイソフォームが存在し、PKG Iはさらに選択的スプライシングによりIαとIβに分岐する。PKG Iβは、Iαに比べて約10倍高いcGMP濃度で活性化されるため、細胞内cGMP濃度の変動に対する感受性が異なる[6][7]6,7。PKG IとIIの全体のアミノ酸配列相同性は約75%と高く、ドメインごとに見ると、調節ドメインでは約60%、触媒ドメインでは約85%の相同性を示す。特に触媒ドメインは高度に保存されており、両アイソフォームに共通する基質認識とリン酸化機能を反映している。

発現

組織分布

 PKGはアイソフォームごとに異なる組織分布を示しており、機能分化と密接に関係している。

表. PKGアイソフォームの組織分布
アイソフォーム 主な発現部位 機能の例
PKG Iα 血管平滑筋や心筋 筋細胞の弛緩や拍動調節
PKG Iβ 神経細胞や腎臓 情報伝達やイオン恒常性
PKG II 腸管上皮細胞、骨細胞、脳 上皮分泌や骨形成、神経可塑性

細胞内分布

 PKG Iは主に細胞質に分布するのに対し、PKG IIはN末端のミリストイル化により細胞膜に局在化し、膜近傍の標的分子に対して効率的に作用できるように適応している。

図2. PKGの活性化経路

活性化・不活性化機構

 PKGは、グアニル酸シクラーゼ(GC)によってグアノシン三リン酸(GTP)から産生されたcGMPによって活性化する。グアニル酸シクラーゼには、可溶性型(soluble GC, sGC)と膜結合型(particulate GC, pGC)の2種があり、それぞれ一酸化窒素(NO)およびナトリウム利尿ペプチド(NP)によって活性化される(図2)。cGMPは環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ(phosphodiesterase, PDE)によってグアノシン一リン酸(GMP)へと加水分解される。活性化されたPKGはPDEをリン酸化して活性化し、cGMPの分解を促進する。これにより、PKG活性が細胞内cGMP濃度を自ら低下させるネガティブフィードバック機構を構成する[8]8。一方、PKG IはN末端の自己阻害部位に自己リン酸化部位を持ち、自己リン酸化によって酵素活性を高める[9]9。これは、PKG Iの活性を持続させるポジティブフィードバック機構と考えられる。

NO-sGC経路

 sGCはアルギニンを原料として一酸化窒素合成酵素(Nitric oxide synthase, NOS)によって産生されたNOを受容し、cGMPを産生する。この経路によって産生されたcGMPはPKG Iを活性化する[10]10。NOは膜透過性をもつガス状の二次メッセンジャー分子であり、産生した細胞から周辺細胞へと拡散することで同期的なPKG活性を誘導する。またニトロシル化等によってタンパク質の翻訳後修飾を引き起こす(脳科学辞典の一酸化窒素の項目へリンク)。神経細胞では、産生細胞に順向性に働くとともに、シナプス後細胞からシナプス前終末へと逆行性シグナルとして機能し、シナプス後細胞の活性に応じた前終末内PKG活性制御に寄与する[11]11。

NP-pGC経路

 pGCはナトリウム利尿ペプチド(Natriuretic peptide, NP)の受容体であり、これにNPが結合することでcGMPが産生される[12]12。NPには心房型(Atrial NP, ANP)、脳型(Brain NP, BNP)、C型(C-type NP, CNP)の3種が存在し、ANPとBNPはそれぞれ主に心臓の心房と心室の筋細胞によって、CNPは主に血管内皮細胞で生産される[13]13。

基質と機能

PKGはセリン/スレオニン残基特異的タンパク質リン酸化酵素であり、細胞内のさまざまなタンパク質をリン酸化し、多岐にわたる生理機能を調節する。以下に、脳神経細胞など各身体部位における代表的な基質タンパク質とその役割について述べる。

図3. シナプスにおけるPKGのリン酸化調節とその機能

神経

 神経細胞においてPKGは、シナプス前終末とシナプス後細胞で異なる機構を介して機能しており、それぞれ神経伝達の即時的な調整と、受容体発現や構造可塑性といった長期的な変化に寄与している。シナプス前終末ではPKG IがNO/cGMPシグナルを介してシナプス小胞の再利用や放出効率を調節し、シナプス後細胞ではPKG IIを中心に受容体リン酸化、遺伝子発現制御、細胞骨格再構築など多層的な調節が行われる(図3)。これによりシナプス機能の可塑性と学習・記憶の基盤を支えている。

シナプス前終末

 シナプス後細胞から放出されるNOが逆行性シグナルとして機能し、シナプス前終末内のsGCを活性化することでcGMPの産生を促進する。増加したcGMPはPKGを活性化し、その結果、シナプス小胞のエンドサイトーシスが促進され、小胞の再利用が加速される。この機構はシナプス小胞の枯渇を防ぎ、高頻度のシナプス伝達を維持するために重要である[11]11。PKGの下流ではRhoA(Ras homolog family member A)および ROCK(Rho-associated coiled-coil-containing protein kinase)が機能しており、膜脂質であるPI(4,5)P2の増加を介して小胞エンドサイトーシスを加速する[11][14]11,14が、詳細なメカニズムは未解明である。また、末梢神経系ではPKG Iがイノシトール三リン酸受容体(IP3R1)およびミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)をリン酸化し、シナプス前終末におけるカルシウム動態やアクチン骨格を調節することで、神経伝達物質の放出確率を高める[15]15。

シナプス後細胞

 PKGはシナプス伝達の長期増強(LTP)に関与している。グルタミン酸作動性シナプスでは、NMDAR/NO/cGMP経路を介して活性化したPKG IIがAMPA受容体サブユニットGluA1のC末端に結合してS845残基をリン酸化し、細胞表面上のGluA1レベルを増加させることによってLTPに寄与する[16]16。PKGはGABA作動性シナプスにおけるLTPにも関与するが、その詳細な分子機構は未解明である。

 PKGは細胞内の転写・翻訳制御にも関与しており、ERK(細胞外シグナル調節キナーゼ)のリン酸化によるERK/MAPKカスケードの活性化を通じてタンパク合成を促進する。この機構は偏桃体外側核での恐怖記憶生成と関連している[17]17。また、PKGはCREB(cAMP応答配列結合タンパク質)を活性化し、転写レベルでのタンパク質合成を制御することで、シナプス可塑性や記憶形成に深く関与している[18]18。加えて、PKGは26Sプロテアソームを活性化することにより、不要または過剰なタンパク質の分解を促し、シナプスタンパク質の動的な制御にも寄与する[19]19。

 さらに、PKGはVASP(Vasodilator-Stimulated Phosphoprotein)やRhoAのリン酸化を介してアクチン細胞骨格の再構築を誘導し、樹状突起スパインの構造的可塑性を制御する[20][21][22]20–22。

血管

 PKGは血管平滑筋を弛緩させ、血管拡張を誘導する。平滑筋細胞の収縮は、細胞内カルシウム濃度の上昇によるミオシン軽鎖リン酸化酵素(MLCK)の活性化を介した、ミオシン分子とアクチン分子の結合・解離が繰り返すことで生じる。血管内皮細胞からNOが放出されると血管平滑筋細胞内へと拡散し、PKG Iを活性化する。活性化したPKG Iは、カリウムチャネルを介した過分極により細胞内カルシウムイオン濃度を下げ、平滑筋細胞の弛緩をもたらす[13][23]4,23。また、PKG IはMLC脱リン酸化酵素(MLCP)を活性化してミオシン軽鎖を脱リン酸化し、平滑筋細胞を弛緩させる4。その他にVASPやIRAG (IP3 Receptor Associated cGMP Kinase Substrate)、RhoAのリン酸化を介して平滑筋の弛緩を促進する[24][25]24,25。

心臓

 心筋では、PKGはTroponin IやTitinのリン酸化を介して心筋細胞の収縮・弛緩バランスを調整している[10]10。NOやNPによるcGMPの増加によりPKGが活性化されると、非選択性カチオンチャネルであるTRPC6(Transient Receptor Potential Canonical 6)がリン酸化され、その活性が低下することで病的心肥大を引き起こす持続的なCa2+流入が抑制される[26] 26。また、トロポニンIやTitinなどの弾性構造タンパク質のリン酸化によって心筋の拡張能が向上することが報告されている[10]10。

 腸上皮細胞において、PKG IIはNHE3(Na+/H+ Exchanger 3)をリン酸化し、ナトリウム吸収を抑制し、腸液の分泌及び電解質バランスの調整に寄与している[27]27。また、嚢胞性線維性膜コンダクタンス制御因子(Cystic Fibrosis Transmembrane Conductance Regulator, CFTR)のリン酸化により、塩化物イオンの分泌や腸内環境の維持に関与していることが示唆されている[28]28。

疾患との関わり

 PKGの変異は、いくつかの疾患の発症と関連している。例えば、PKG IをコードするPRKG1遺伝子の機能獲得型変異、特にp.Arg177Gln変異は、B型大動脈解離の発症と強く関連しており、変異保持者では発症年齢の若年化が認められ、解離の進展率は非変異群の3倍以上に達することが報告されている[29]29。Arg177はCNB-AドメインのcGMP結合ポケットに位置しており、この変異によりcGMP非存在下における自己抑制構造が不安定化し、基底状態でのPKG活性が異常に上昇することが原因と考えられている[30]30。一方、PKG IIをコードするPRKG2遺伝子のナンセンス変異は、アメリカン・アンガス牛の矮小症(dwarfism)の原因となることが報告されている[31]31。これは、骨端軟骨に発現するPKG IIが機能喪失し、軟骨細胞の成熟障害が起こるためと考えられる。

関連項目

参考文献

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