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Apc (Adenomatous Polyposis Coli) | {{box|text= Apc (Adenomatous Polyposis Coli)遺伝子は遺伝性(家族性腺腫性ポリポーシス:FAP)および非遺伝性の大腸腫瘍・がんで変異を起こしているがん抑制遺伝子である。その産物であるAPCタンパク質はβ-カテニンと結合して、それを分解することによって、細胞増殖を促進するWntシグナル伝達系を抑制する。APCは多くのタンパク質と結合し、それを介して、細胞増殖、細胞接着、細胞運動に関与する。Apc(APC)は全身の臓器・組織で発現しているが、特に脳と腸上皮に多い。APCは脳の発生・形態形成と生後の脳ではシナプス伝達に深く関わっている。Apcの変異は大腸がんや消化器系のがんを引き起こすが、APCが大量に発現している脳においては、疾患モデル動物とFAP患者の双方で、APCと自閉症、認知障害及び統合失調症との関連を示唆する数多くの報告がある。}} | ||
== はじめに == | == はじめに == | ||
家族性腺腫性ポリポーシス( | 家族性腺腫性ポリポーシス(familial adenomatous polyposis, FAP)は、若年で大腸に多数のポリープが発生し、高率に癌化する予後不良の遺伝性疾患である1, 2)<ref name=Galiatsatos2006><pubmed>16454848</pubmed></ref><ref name=Iwama2014>'''岩間毅夫 (2014).''':家族性大腸腺腫症概論 -FAP診療研究の温故知新- リフレ出版(東京)ISBN: 978-4-86223-723-1 C3047</ref>。このFAPの原因遺伝子として、1991年にAdenomatous Polyposis Coli (Apc)遺伝子が同定された3-6) <ref name=Groden1991><pubmed>1651174</pubmed></ref><ref name=Joslyn1991><pubmed>1678319</pubmed></ref><ref name=Kinzler1991><pubmed>1651562</pubmed></ref><ref name=Nishisho1991><pubmed>1871601</pubmed></ref>。非遺伝性の大腸腺腫・がんでも、高率にApcに変異が生じている7)<ref name=Powel1992><pubmed>1528264</pubmed></ref>。大腸がん以外にも、胃がん、肝がん、膵がん、甲状腺がんなどで、Apcの変異が見つかっている。Apc遺伝子産物(APCタンパク質)は細胞増殖や形態形成に関与するWntシグナル伝達系を抑制する8, 9) <ref name=Goss2000><pubmed>10784639</pubmed></ref><ref name=Nusse2017><pubmed>28575679</pubmed></ref>。変異あるいは不活性化したAPCはWnt系を制御できず、細胞が異常増殖しがんを生じる。 | ||
Apc遺伝子の発現は脳と腸で多いが、全身のほとんどの組織に広く発現している11-14) <ref name=Bhat1994><pubmed>8182459</pubmed></ref><ref name=Miyashiro1995><pubmed>7624136</pubmed></ref><ref name=Midgley1997><pubmed>9196441</pubmed></ref><ref name=HumanProteinAtlas>Human Protein Atlas – APC (ENSG00000134982)</ref>。APCは多くの結合タンパク質との相互作用によって、細胞の運動、接着、増殖、情報伝達など多彩な細胞機能に関与している10)<ref name=Hanson2005><pubmed>16185824</pubmed></ref>。 | |||
== 構造 == | == 構造 == | ||
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== 発現・分布・細胞内局在 == | == 発現・分布・細胞内局在 == | ||
APCは大腸がん抑制因子として発見されたが、その発現は腸管だけでなく、全身の組織細胞に広く分布している(脳、耳下腺、顎下腺、食道、胃、小腸、肝臓、胆嚢、膵臓、結腸、腎臓、膀胱、精巣、子宮内膜、胎盤、乳腺、皮膚、胸腺など)<ref name=Bhat1994><pubmed>8182459</pubmed></ref><ref name=Miyashiro1995><pubmed>7624136</pubmed></ref><ref name=Midgley1997><pubmed>9196441</pubmed></ref><ref name=HumanProteinAtlas>Human Protein Atlas – APC (ENSG00000134982)</ref>11-14) | APCは大腸がん抑制因子として発見されたが、その発現は腸管だけでなく、全身の組織細胞に広く分布している(脳、耳下腺、顎下腺、食道、胃、小腸、肝臓、胆嚢、膵臓、結腸、腎臓、膀胱、精巣、子宮内膜、胎盤、乳腺、皮膚、胸腺など)<ref name=Bhat1994><pubmed>8182459</pubmed></ref><ref name=Miyashiro1995><pubmed>7624136</pubmed></ref><ref name=Midgley1997><pubmed>9196441</pubmed></ref><ref name=HumanProteinAtlas>Human Protein Atlas – APC (ENSG00000134982)</ref>11-14)。 | ||
発生期でも生後でも、神経組織でのAPCの発現は顕著である11)<ref name=Bhat1994><pubmed>8182459</pubmed></ref>。生後の脳では、Apc(APC)の発現に部位差が生じ、大脳皮質、海馬、嗅球、小脳皮質では生後も多量のApc(APC)の存在が認められる。APCはニューロンには豊富である。神経組織内では細胞体にAPCの豊富な発現が見られるニューロンがある20, 21)<ref name=Senda1998><pubmed>9483569</pubmed></ref><ref name=Brakeman1999><pubmed>10366023</pubmed></ref>。分化した培養ニューロンではAPCは神経突起や樹状突起にも分布し、シナプス形成部に濃縮するようになる22)<ref name=Shimomura2007><pubmed>17714185</pubmed></ref>。 | |||
グリア細胞については、<ref name=vanEs1999><pubmed>10021369</pubmed></ref><ref name=Lee2010><pubmed>19655246</pubmed></ref>星状膠細胞19, 23)と稀突起膠細胞23, 24) <ref name=Lee2010><pubmed>19655246</pubmed></ref><ref name=Bhat1996><pubmed>8776583</pubmed></ref>で発現・局在する。同時に、脳形成期の放射状グリア細胞におけるAPCの発現は、大脳皮質の層形成と軸索投射に重要であることが示された25)<ref name=Yokota2009><pubmed>19146812</pubmed></ref>。 | |||
腸管上皮にも豊富に発現しているが、腸上皮での発現は一様ではない。絨毛の先端に行くほどAPCの発現は高く、逆に絨毛の基部から腸陰窩に入ると発現は急激に減弱する12)<ref name=Miyashiro1995><pubmed>7624136</pubmed></ref>。腸上皮細胞は陰窩内にある幹細胞で分裂増殖し、陰窩から絨毛を上りながら4種類の上皮細胞に分化成熟することがわかっている。Wnt系を負に制御して細胞増殖を抑制するAPCの発現が陰窩で少なく、絨毛先端で多いことから、APCは腸上皮全体の増殖・分化の制御に関わっていることを示唆する。上皮細胞内では、細胞の頂部(微絨毛を含む)と隣の細胞と接着している側部細胞膜直下にAPCの局在が見られる。 | |||
== 機能 == | == 機能 == | ||
がん抑制タンパク質としてのAPCの機能は、Wntシグナル伝達系を抑制することである8, 9) <ref name=Goss2000><pubmed>10784639</pubmed></ref><ref name=Nusse2017><pubmed>28575679</pubmed></ref>。Wnt系は細胞外リガンド、Wntの刺激を受けて、細胞増殖や細胞分化を促進するシグナルを核内に伝える。APCはWnt系のキータンパクであるβ-カテニンと結合し、その分解を促進することによってWntシグナルの核への移行を阻止する。APCに変異が生じ、β-カテニン結合部位が欠損すると、β-カテニンは分解されずに細胞質に蓄積し、次いで核に移行して細胞増殖をオンにする転写因子を活性化する。 | |||
APCにはβ-カテニン以外にも様々なタンパク質との結合部位が存在する。APCはこれらのタンパク質との結合を介して、Wnt系の制御以外の様々な機能に関与していることが示された16, 26) <ref name=Fearnhead2001><pubmed>11257105</pubmed></ref><ref name=Senda2005><pubmed>16158975</pubmed></ref>。 | APCにはβ-カテニン以外にも様々なタンパク質との結合部位が存在する。APCはこれらのタンパク質との結合を介して、Wnt系の制御以外の様々な機能に関与していることが示された16, 26) <ref name=Fearnhead2001><pubmed>11257105</pubmed></ref><ref name=Senda2005><pubmed>16158975</pubmed></ref>。 | ||
APCはN末端側のアルマジロリピート部位で、Gタンパク質を調節するAsefと結合する27)<ref name=Kawasaki2000><pubmed>10947987</pubmed></ref>。Asefはアクチン細胞骨格を改編して細胞運動を制御するので、APCはAsefを介して細胞運動に関与していると考えられる28)<ref name=Kawasaki2003><pubmed>12598901</pubmed></ref>。 | APCはN末端側のアルマジロリピート部位で、Gタンパク質を調節するAsefと結合する27)<ref name=Kawasaki2000><pubmed>10947987</pubmed></ref>。Asefはアクチン細胞骨格を改編して細胞運動を制御するので、APCはAsefを介して細胞運動に関与していると考えられる28)<ref name=Kawasaki2003><pubmed>12598901</pubmed></ref>。 | ||
APCの塩基性領域は、微小管や微小管結合タンパク質EB-1と結合する。したがって、微小管が関与する様々な細胞機能にAPCが関わっているであろう。実際、微小管が誘導する細胞分裂時の染色体分離に、APCが関与している事実が報告されており、Apcの異常によって、染色体分離がうまくいかずに染色体不安定性が増大し、がん化を誘発すると考えられる29, 30) <ref name=Fodde2001><pubmed>11283620</pubmed></ref><ref name=Dikovskaya2007><pubmed>17227893</pubmed></ref>。上皮細胞においてもニューロンにおいても、APCは細胞辺縁部あるいは細胞突起の先端に集積する傾向がある。APCは微小管と結合し、微小管に沿って細胞の辺縁部あるいは突起の先端に運ばれていると考えられている31-33) <ref name=Nathke1996><pubmed>8698812</pubmed></ref><ref name=MimoriKiyosue2000><pubmed>10662776</pubmed></ref><ref name=Votin2005><pubmed>16303851</pubmed></ref>。 | APCの塩基性領域は、微小管や微小管結合タンパク質EB-1と結合する。したがって、微小管が関与する様々な細胞機能にAPCが関わっているであろう。実際、微小管が誘導する細胞分裂時の染色体分離に、APCが関与している事実が報告されており、Apcの異常によって、染色体分離がうまくいかずに染色体不安定性が増大し、がん化を誘発すると考えられる29, 30) <ref name=Fodde2001><pubmed>11283620</pubmed></ref><ref name=Dikovskaya2007><pubmed>17227893</pubmed></ref>。上皮細胞においてもニューロンにおいても、APCは細胞辺縁部あるいは細胞突起の先端に集積する傾向がある。APCは微小管と結合し、微小管に沿って細胞の辺縁部あるいは突起の先端に運ばれていると考えられている31-33) <ref name=Nathke1996><pubmed>8698812</pubmed></ref><ref name=MimoriKiyosue2000><pubmed>10662776</pubmed></ref><ref name=Votin2005><pubmed>16303851</pubmed></ref>。 | ||
APCのC末端には、分子内にPDZドメインを持つ一連の類縁タンパク質が結合する15, 34) <ref name=vanEs2001><pubmed>11237529</pubmed></ref><ref name=Senda2007><pubmed>17572842</pubmed></ref>。この中にはDLG、PSD-95、PSD-93、SAP102など、シナプスに局在するタンパク質が多い。神経伝達物質の受容体やイオンチャネルは、これらのPDZ類縁タンパク質と結合してシナプス膜に凝集し、高次神経機能の基盤となるシナプス伝達を担っていると考えられる。実際、APCがアセチルコリン受容体35, 36) <ref name=Wang2003><pubmed>14502292</pubmed></ref><ref name=Temburni2004><pubmed>15282282</pubmed></ref>、グルタミン酸受容体22)<ref name=Shimomura2007><pubmed>17714185</pubmed></ref>およびシナプスにおける接着タンパク質(ニューロリギン、ニューレキシン)37)<ref name=Rosenberg2010><pubmed>20720115</pubmed></ref>をシナプス膜に集積させていることが示された。 | |||
発生期のマウス脳においてAPCを放射状グリアで欠失させると、放射状グリアの微小管細胞骨格が不安定化し、極性を維持できなくなる25)<ref name=Yokota2009><pubmed>19146812</pubmed></ref>。同時に、ニューロンの新生と移動が阻害され、大脳皮質の層形成や軸索投射が障害される。 | |||
成熟脳では、嗅球と海馬においてニューロンの新生が継続するが、GFAP陽性細胞に由来する神経幹細胞でAPCを欠失させると、β-カテニンが細胞内に蓄積し細胞は未分化状態を脱することができない。その結果、神経前駆細胞から神経芽細胞への分化が阻害される38)<ref name=Imura2010><pubmed>21089118</pubmed></ref>。 | |||
APCは微小管や中間系フィラメントと結合し、ニューロンやグリア細胞の突起伸展・極性形成および細胞移動に関与しており、APC欠損や機能阻害によりこれらの動的現象は阻害される39-42) <ref name=Shi2004><pubmed> 15556865 </pubmed></ref><ref name=EtienneManneville2005><pubmed>16157700</pubmed></ref><ref name=Koester2007><pubmed>18003838</pubmed></ref><ref name=Sakamoto2013><pubmed> 23382461 </pubmed></ref>。 | APCは微小管や中間系フィラメントと結合し、ニューロンやグリア細胞の突起伸展・極性形成および細胞移動に関与しており、APC欠損や機能阻害によりこれらの動的現象は阻害される39-42) <ref name=Shi2004><pubmed> 15556865 </pubmed></ref><ref name=EtienneManneville2005><pubmed>16157700</pubmed></ref><ref name=Koester2007><pubmed>18003838</pubmed></ref><ref name=Sakamoto2013><pubmed> 23382461 </pubmed></ref>。 | ||