「脳脊髄液」の版間の差分

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英:cerebrospinal fluid 英略称:CSF
<font size="+1">[http://researchmap.jp/fuminofujiyama 藤山 文乃]</font>(執筆者)<br>
''同志社大学 脳科学研究科''<br>
<font>[http://researchmap.jp/toshi-aka 赤沢 年一]</font>(執筆協力)<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年8月15日 原稿完成日:2012年9月20日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ichirofujita 藤田 一郎](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br><br>
</div>


羅:liquor cerebrospinalis 英:cerebrospinal fluid 英略称:CSF 独:Gehirn-Rückenmarks-Flüssigkeit, Zerebrospinalflüssigkeit 仏:liquide cérébro-spinal
脳脊髄液(髄液ともいう)とは、頭蓋内では[[脳室]]内とくも膜下腔に、脊柱管内では脊髄くも膜下腔に存在し、お互いに交通している水様透明な液体である。[[髄液]]圧の上昇や[[髄液]]の組成の変化は脳外科および神経内科疾患の貴重な検査所見として重要である。


同義語:[[髄液]]
[[Image:meninges.png|thumb|300px|図1 脳室の全体図<br /> 図中ピンク色の場所が脈絡叢<br /> 神経解剖学講義ノート 寺島俊雄著 金芳堂 p181より改変して転載]]
[[Image:meninges.png|thumb|300px|図2 脳室のみの図<br /> 神経解剖学講義ノート 寺島俊雄著 金芳堂 p183より改変して転載]]


[[Image:meninges.png|thumb|300px|'''図1.脳室の全体図'''<br /> 図中ピンク色の場所が脈絡叢<br /><ref name=terashima>'''寺島俊雄'''<br>神経解剖学講義ノート<br>金芳堂</ref> p181より改変して転載]]
== 脳脊髄液の量  ==
[[Image:ventricle.png|thumb|300px|'''図2.脳室のみの図'''<br /><ref name=terashima /> p183より改変して転載]]


{{box|text= 脳脊髄液とは、頭蓋内では[[脳室]]内と[[くも膜下腔]]に、[[脊柱管]]内では脊髄くも膜下腔に存在し、お互いに交通している水様透明な液体である。脳脊髄液圧の上昇や脳脊髄液の組成の変化は[[脳外科]]および[[神経内科]]疾患の貴重な検査所見として重要である。}}
 脳脊髄液量は、成人で両側側脳室に各15ml、第3および第4脳室に5ml、頭蓋内くも膜下腔に25ml、そして脊髄くも膜下腔に75ml、計全量約130mlである<ref>'''編集 武内一夫'''<br>標準脳神経外科学<br>''医学書院''</ref>。


== ==
== 脳脊髄液の産生と吸収 ==


 脳脊髄液量は、成人で両側[[側脳室]]に各15 ml、[[第3脳室|第3]]および[[第4脳室]]に5 ml、頭蓋内くも膜下腔に25 ml、そして脊髄くも膜下腔に75 ml、計全量約130 mlである<ref>'''編集 武内一夫'''<br>標準脳神経外科学<br>''医学書院''</ref>
[[Image:Choroidplexus.jpg|thumb|300px|図3 脈絡叢(サル)<br /> 神戸大学医学部寺島俊雄教授 恵与<br /> 神経解剖学講義ノートp184 寺島俊雄著 金芳堂より許可を得て転載]] [[Image:Choroidplexus(em).jpg|thumb|300px|図4 脈絡叢の電顕像<br /> 佐賀大学医学部河野史教授 恵与]]


== 産生と吸収  ==
 髄液は絶えず循環しており、24時間に約500ml(1分間に約0.35ml)産生されていることから、1日に約3〜4回入れ替わっている計算になる。


[[Image:Choroidplexus.jpg|thumb|300px|'''図3.脈絡叢([[サル]])'''<br />
 髄液は主として[[脈絡叢]](choroid plexus)で産生され、脳室を出て脳表[[くも膜]]下腔に至り、主に旁矢状洞領域からくも膜顆粒(くも膜絨毛 arachnoid villi)を経て静脈系に吸収される。またくも膜顆粒から吸収されるだけでは脳脊髄液の動態を説明しきれないことが指摘されてきたが、脳脊髄液は脳に分布する毛細血管からも吸収されるとする報告<ref name="ref2"><pubmed> 8881235 </pubmed></ref>が1996年になされた。また、リンパ管からの吸収が関与しているとする説<ref name="ref3"><pubmed> 16174293 </pubmed></ref>もある。
H-E染色。<ref name=terashima /> p184 寺島俊雄著 金芳堂より許可を得て転載]] [[Image:Virchow-Robin-space.jpg|thumb|300px|'''図4.Virchow-Robin腔の電顕像(ラット)'''<br /> スケールは 1 &mu;m。佐賀大学医学部河野史教授 恵与]]


 脳脊髄液は絶えず循環しており、24時間に約500 ml(1分間に約0.35 ml)産生されていることから、1日に約3〜4回入れ替わっている計算になる。
 側脳室から第3脳室に通るときの穴はモンロー孔と呼ばれ、第4脳室からくも膜下腔に通る穴は中央のものをマジャンディ孔、両脇のものをルシュカ孔と呼ぶ。


 脳脊髄液は主として[[脳室]](側脳室、[[第三脳室]]、[[第四脳室]])内の[[脈絡叢]](choroid plexus)で産生され、脳室を出て脳表くも膜下腔に至り、主に上矢状静脈洞領域からに突出している[[くも膜顆粒]]([[くも膜絨毛]] arachnoid villi)を経て[[wikipedia:ja:静脈|静脈]]系に吸収される。またくも膜顆粒から吸収されるだけでは脳脊髄液の動態を説明しきれないことが指摘されてきたが、脳脊髄液は脳に分布する毛細血管からも吸収されるとする報告<ref name="ref2"><pubmed> 8881235 </pubmed></ref>が1996年になされた。また、リンパ管からの吸収が関与しているとする説<ref name="ref3"><pubmed> 16174293 </pubmed></ref>もある。
== 脳脊髄液の組成と性状  ==


 側脳室から[[第3脳室]]に通るときの穴は[[モンロー孔]]と呼ばれ、第4脳室からくも膜下腔に通る穴は中央のものを[[マジャンディ孔]]、両脇のものを[[ルシュカ孔]]と呼ぶ。脳脊髄液がくも膜下腔に開口するこれらの孔が閉塞すると閉塞性(非交通性)水頭症という病態になる。CTやMRIなどで、どの[[脳室]]が拡大しているかによって、どの場所が閉塞しているかが予測できる。
 正常髄液の外観は水様透明、比重は1.005~1.009、タンパク量10~40mg/dl、糖50~75mg/dlである。脳室穿刺で得た髄液より腰椎穿刺で得た髄液のほうが比重は大であり、タンパク量も腰椎穿刺で得た髄液のほうが多い。蛋白質は4.5%がプレアルブミン、52%が[[アルブミン]]、それ以外が[[グロブリン]]でγグロブリン分画は11%である。髄液中の糖は常に血糖値よりも低く、血糖の60%程度である。細胞数は1μlあたり5個以下である。


== 組成と性状  ==
 髄液圧は腰椎穿刺で50~180 mmH20が正常範囲であり、小児では髄液圧は成人より低い。呼吸、心拍による圧の変動は10~15 mmH20である。


 正常な脳脊髄液は水様で透明、比重は1.005~1.009、タンパク量10~40mg/dl、糖50~75mg/dlである。脳室穿刺で得た脳脊髄液より[[wikipedia:ja:腰椎穿刺|腰椎穿刺]]で得た脳脊髄液のほうが比重が大きく、タンパク量も腰椎穿刺で得た脳脊髄液のほうが多い。蛋[[白質]]は4.5%が[[wikipedia:ja:プレアルブミン|プレアルブミン]]、52%が[[wikipedia:ja:アルブミン|アルブミン]]、それ以外が[[wikipedia:ja:グロブリン|グロブリン]]で[[wikipedia:ja:γグロブリン|γグロブリン]]分画は11%である。脳脊髄液中の[[wikipedia:ja:糖|糖]]は常に[[wikipedia:ja:血糖|血糖]]値よりも低く、血糖の60%程度である。細胞数は1 μlあたり5個以下である。
== Virchow-Robin 腔  ==


 脳脊髄液圧は腰椎穿刺で50~180 mmH<sub>2</sub>Oが正常範囲であり、小児では成人より低い。[[wikipedia:ja:呼吸|呼吸]]、[[wikipedia:ja:心拍|心拍]]による圧の変動は10~15 mmH<sub>2</sub>Oである。
 脳実質内に分布する動脈と脳組織の間に生じる「血管周囲腔」は発見者の名前にちなんで“Virchow-Robin 腔”と呼ばれる。一般的に、脳表動脈の外膜と脳表の軟膜は動脈とともに脳実質内へと進入するので、クモ膜下腔とVirchow-Robin腔と自由な交通があり、機能的にも連携しているとされてきた。


== Virchow-Robin 腔 ==
 走査型・透過型電子顕微鏡による詳細な観察で、脳表の軟膜は“外軟膜”・“内軟膜”の2層構造を示し動脈とともに脳実質内へ進入する結果、脳実質内の動脈外壁と脳実質との間には2枚の軟膜による腔が形成されていると考えられるようになった。以上の形態学的根拠から、“血管周囲腔(=Virchow-Robin腔)”は細胞間隔室(intercellular compartment)と軟膜腔を合わせた“クモ膜下腔からは隔絶された三次元構造”であり、単に脳表から連続した軟膜と血管壁によって形成された“クモ膜下腔”と連続した間隙と定義づけるのは困難となっている。


 脳脊髄液と血液との境界、つまり[[血液脳関門]]([[Blood-Brain Barrier|blood-brain barrier]]; [[BBB]])は、脳内の恒常性を保つために重要な役割を果たす。脳表から脳内に入った小血管の周囲には間隙すなわち血管周囲腔がありくも膜下腔と通じている。この脳実質内に分布する動脈と脳組織の間に生じる「血管周囲腔」は発見者の名前にちなんで“[[Virchow-Robin 腔]]”と呼ばれる。一般的に、脳表動脈の[[外膜]]と脳表の[[軟膜]]は動脈とともに脳実質内へと進入するので、クモ膜下腔とVirchow-Robin腔と自由な交通があり、機能的にも連携しているとされてきた。
== 脳脊髄液の機能的意義  ==


 [[走査型電子顕微鏡|走査型]]・[[透過型電子顕微鏡]]による観察で、脳表の軟膜は“外軟膜”・“内軟膜”の2層構造を示し動脈とともに脳実質内へ進入する結果、脳実質内の動脈外壁と脳実質との間には2枚の軟膜による腔が形成されていると考えられるようになった。以上の形態学的根拠から、“血管周囲腔(=Virchow-Robin腔)”は細胞間隔室(intercellular compartment)と軟膜腔を合わせた“クモ膜下腔からは隔絶された三次元構造”であり、単に脳表から連続した軟膜と血管壁によって形成された“クモ膜下腔”と連続した間隙と定義づけるのは困難となっている。
 脳脊髄液の異常で臨床上最も良く遭遇するのが[[脳圧亢進]]であろう。脳は頭蓋骨という限られた容積の閉鎖空間の中にある。何らかの脳の疾患、あるいは血腫、腫瘍などで「脳」の容積が増えたとき、頭蓋骨という閉鎖空間では圧の逃げ場がないので、中の圧力が高まることになる。この状態を頭蓋内圧亢進あるいは[[脳圧亢進]]と呼ぶ。頭蓋内圧亢進の状態が続くと障害部位以外も圧迫を受け、二次的に障害が及ぶ。圧が高まると当然ながら圧の低い方へ向かって脳が移動する。頭蓋内での病巣の位置によって圧の逃げ場は限られる。このように圧の低い方に向かって脳が移動することを[[脳ヘルニア]]と呼ぶ。  
 
== 病態と異常所見 ==
 
 脳脊髄液の異常で臨床上最も良く遭遇するのが[[脳圧]]亢進である。脳は[[頭蓋骨]]という限られた容積の閉鎖空間の中にある。何らかの脳の疾患、あるいは[[血腫]][[腫瘍]]などで「脳」の容積が増えたとき、頭蓋骨という閉鎖空間では圧の逃げ場がないので、中の圧力が高まることになる。この状態を頭蓋内圧亢進あるいは脳圧亢進と呼ぶ。頭蓋内圧亢進の状態が続くと障害部位以外も圧迫を受け、二次的に障害が及ぶ。圧が高まると当然ながら圧の低い方へ向かって脳が移動する。頭蓋内での病巣の位置によって圧の逃げ場は限られる。このように圧の低い方に向かって脳が移動することを[[脳ヘルニア]]と呼ぶ。  


== 関連項目  ==
== 関連項目  ==


*[[脳室]]
*[[脳室]]
*[[脈絡叢]]
*[[血液脳関門]]


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />
<references />  
 
(執筆者:藤山文乃 担当編集委員:藤田一郎)

2012年5月7日 (月) 18:41時点における版

英:cerebrospinal fluid 英略称:CSF

脳脊髄液(髄液ともいう)とは、頭蓋内では脳室内とくも膜下腔に、脊柱管内では脊髄くも膜下腔に存在し、お互いに交通している水様透明な液体である。髄液圧の上昇や髄液の組成の変化は脳外科および神経内科疾患の貴重な検査所見として重要である。

図1 脳室の全体図
図中ピンク色の場所が脈絡叢
神経解剖学講義ノート 寺島俊雄著 金芳堂 p181より改変して転載
図2 脳室のみの図
神経解剖学講義ノート 寺島俊雄著 金芳堂 p183より改変して転載

脳脊髄液の量

 脳脊髄液量は、成人で両側側脳室に各15ml、第3および第4脳室に5ml、頭蓋内くも膜下腔に25ml、そして脊髄くも膜下腔に75ml、計全量約130mlである[1]

脳脊髄液の産生と吸収

図3 脈絡叢(サル)
神戸大学医学部寺島俊雄教授 恵与
神経解剖学講義ノートp184 寺島俊雄著 金芳堂より許可を得て転載
図4 脈絡叢の電顕像
佐賀大学医学部河野史教授 恵与

 髄液は絶えず循環しており、24時間に約500ml(1分間に約0.35ml)産生されていることから、1日に約3〜4回入れ替わっている計算になる。

 髄液は主として脈絡叢(choroid plexus)で産生され、脳室を出て脳表くも膜下腔に至り、主に旁矢状洞領域からくも膜顆粒(くも膜絨毛 arachnoid villi)を経て静脈系に吸収される。またくも膜顆粒から吸収されるだけでは脳脊髄液の動態を説明しきれないことが指摘されてきたが、脳脊髄液は脳に分布する毛細血管からも吸収されるとする報告[2]が1996年になされた。また、リンパ管からの吸収が関与しているとする説[3]もある。

 側脳室から第3脳室に通るときの穴はモンロー孔と呼ばれ、第4脳室からくも膜下腔に通る穴は中央のものをマジャンディ孔、両脇のものをルシュカ孔と呼ぶ。

脳脊髄液の組成と性状

 正常髄液の外観は水様透明、比重は1.005~1.009、タンパク量10~40mg/dl、糖50~75mg/dlである。脳室穿刺で得た髄液より腰椎穿刺で得た髄液のほうが比重は大であり、タンパク量も腰椎穿刺で得た髄液のほうが多い。蛋白質は4.5%がプレアルブミン、52%がアルブミン、それ以外がグロブリンでγグロブリン分画は11%である。髄液中の糖は常に血糖値よりも低く、血糖の60%程度である。細胞数は1μlあたり5個以下である。

 髄液圧は腰椎穿刺で50~180 mmH20が正常範囲であり、小児では髄液圧は成人より低い。呼吸、心拍による圧の変動は10~15 mmH20である。

Virchow-Robin 腔

 脳実質内に分布する動脈と脳組織の間に生じる「血管周囲腔」は発見者の名前にちなんで“Virchow-Robin 腔”と呼ばれる。一般的に、脳表動脈の外膜と脳表の軟膜は動脈とともに脳実質内へと進入するので、クモ膜下腔とVirchow-Robin腔と自由な交通があり、機能的にも連携しているとされてきた。

 走査型・透過型電子顕微鏡による詳細な観察で、脳表の軟膜は“外軟膜”・“内軟膜”の2層構造を示し動脈とともに脳実質内へ進入する結果、脳実質内の動脈外壁と脳実質との間には2枚の軟膜による腔が形成されていると考えられるようになった。以上の形態学的根拠から、“血管周囲腔(=Virchow-Robin腔)”は細胞間隔室(intercellular compartment)と軟膜腔を合わせた“クモ膜下腔からは隔絶された三次元構造”であり、単に脳表から連続した軟膜と血管壁によって形成された“クモ膜下腔”と連続した間隙と定義づけるのは困難となっている。

脳脊髄液の機能的意義

 脳脊髄液の異常で臨床上最も良く遭遇するのが脳圧亢進であろう。脳は頭蓋骨という限られた容積の閉鎖空間の中にある。何らかの脳の疾患、あるいは血腫、腫瘍などで「脳」の容積が増えたとき、頭蓋骨という閉鎖空間では圧の逃げ場がないので、中の圧力が高まることになる。この状態を頭蓋内圧亢進あるいは脳圧亢進と呼ぶ。頭蓋内圧亢進の状態が続くと障害部位以外も圧迫を受け、二次的に障害が及ぶ。圧が高まると当然ながら圧の低い方へ向かって脳が移動する。頭蓋内での病巣の位置によって圧の逃げ場は限られる。このように圧の低い方に向かって脳が移動することを脳ヘルニアと呼ぶ。

関連項目

参考文献

  1. 編集 武内一夫
    標準脳神経外科学
    医学書院
  2. Greitz, D., & Hannerz, J. (1996).
    A proposed model of cerebrospinal fluid circulation: observations with radionuclide cisternography. AJNR. American journal of neuroradiology, 17(3), 431-8. [PubMed:8881235] [WorldCat]
  3. Koh, L., Zakharov, A., & Johnston, M. (2005).
    Integration of the subarachnoid space and lymphatics: is it time to embrace a new concept of cerebrospinal fluid absorption? Cerebrospinal fluid research, 2, 6. [PubMed:16174293] [PMC] [WorldCat] [DOI]

(執筆者:藤山文乃 担当編集委員:藤田一郎)