「目的指向行動」の版間の差分

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 上記の通り、目的指向的な意思決定においては、行動の度に最適解の計算や価値判断が行われるため、認知的なコストは高く、意思決定に必要な時間は自動的な応答と比較すると遅い。
 上記の通り、目的指向的な意思決定においては、行動の度に最適解の計算や価値判断が行われるため、認知的なコストは高く、意思決定に必要な時間は自動的な応答と比較すると遅い。


==実験的手法 ==
==実験手法 ==
 目的指向行動の実験的な評価は、R-O連合学習の評価(学習・遂行機能の評価)と学習済みの行動における目的指向性の評価(遂行様式の評価)に大別される。R-O学習には、[[オペラント条件づけ]]([[operant conditioning]]もしくは[[道具的条件づけ]][[instrumental conditioning]])を用いた[[強化学習]]法が主に用いられる。強化された行動を示す速度や回数、正確性などからR-O学習機能や学習の効率などが評価される。こうした行動課題の学習・遂行は、[[記憶]]力、[[報酬予測]]・評価能力、注意力、[[衝動性]]など様々な要因の影響を受けるため、目的とする評価項目に合わせて実験パラダイムの工夫が必要である。特に、神経精神疾患患者や病態[[モデル動物]]では、これらの機能自体に障害が認められる場合があり、その場合は強化学習に依存しない試験系の併用によるR-O連合学習障害の原因検証が必要となることもある。
 目的指向行動の実験的な評価は、R-O連合学習の評価(学習・遂行機能の評価)と学習済みの行動における目的指向性の評価(遂行様式の評価)に大別される。R-O学習には、[[オペラント条件づけ]]([[operant conditioning]]もしくは[[道具的条件づけ]][[instrumental conditioning]])を用いた[[強化学習]]法が主に用いられる。強化された行動を示す速度や回数、正確性などからR-O学習機能や学習の効率などが評価される。こうした行動課題の学習・遂行は、[[記憶]]力、[[報酬予測]]・評価能力、注意力、[[衝動性]]など様々な要因の影響を受けるため、目的とする評価項目に合わせて実験パラダイムの工夫が必要である。特に、神経精神疾患患者や病態[[モデル動物]]では、これらの機能自体に障害が認められる場合があり、その場合は強化学習に依存しない試験系の併用によるR-O連合学習障害の原因検証が必要となることもある。


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 この手法では、[[回帰分析]]に任意の説明変数を追加することが可能であり、model-based/model-free型学習の寄与度に影響を及ぼす要因の検証を行うことが可能である。各精神疾患関連症状とmodel-based/model-free型学習の寄与を比較解析した研究も行われており、強迫性障害や[[摂食障害]]、[[アルコール依存症]]のような強迫行為・[[侵入性思考]]の精神症状が強く表れる疾患において、model-based型学習の寄与度が低下することが報告されている<ref name=Gillan2016><pubmed>26928075</pubmed></ref>。
 この手法では、[[回帰分析]]に任意の説明変数を追加することが可能であり、model-based/model-free型学習の寄与度に影響を及ぼす要因の検証を行うことが可能である。各精神疾患関連症状とmodel-based/model-free型学習の寄与を比較解析した研究も行われており、強迫性障害や[[摂食障害]]、[[アルコール依存症]]のような強迫行為・[[侵入性思考]]の精神症状が強く表れる疾患において、model-based型学習の寄与度が低下することが報告されている<ref name=Gillan2016><pubmed>26928075</pubmed></ref>。


==発現に関与する脳領域 ==
==関与する脳領域 ==
 定義で述べた通り、目的指向行動はR-O連合学習の結果形成される。連合学習における[[背内側線条体]]、およびこれを中心とした[[連合回路]](associative circuit)とも呼ばれる[[皮質-線条体-視床-皮質回路]](cortico-striato-thalamo-cortical [CSTC] circuit)の重要性は、[[実験動物]]およびヒトの研究の両面から検証されてきた<ref name=Balleine2010><pubmed>19776734</pubmed></ref>。
 定義で述べた通り、目的指向行動はR-O連合学習の結果形成される。連合学習における[[背内側線条体]]、およびこれを中心とした[[連合回路]](associative circuit)とも呼ばれる[[皮質-線条体-視床-皮質回路]](cortico-striato-thalamo-cortical [CSTC] circuit)の重要性は、[[実験動物]]およびヒトの研究の両面から検証されてきた<ref name=Balleine2010><pubmed>19776734</pubmed></ref>。


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=== 目的指向性/習慣性の調節障害 ===
=== 目的指向性/習慣性の調節障害 ===
 通常、目的指向行動の習慣化には、長期間にわたって同じ行動を反復して行う必要がある。そのため、不利益の大きい行動は習慣化される前に反復が中断され、習慣化されることは稀であるが、一旦習慣化されてしまうと、行動による益・不利益の判断(価値判断)に非依存的となるため、たとえ不利益の大きい行動であっても修正・消去することが困難となる。
 通常、目的指向行動の習慣化には、長期間にわたって同じ行動を反復して行う必要がある。そのため、不利益の大きい行動は習慣化される前に反復が中断され、習慣化されることは稀であるが、一旦習慣化されてしまうと、行動による益・不利益の判断(価値判断)に非依存的となるため、たとえ不利益の大きい行動であっても修正・消去することが困難となる。
近年、こうした不利益・不適切な状況下であっても特定の行動を反復する強迫症状の背景には、行動の習慣化促進が関与する可能性が示唆されている<ref name=Robbins2019><pubmed>30946823</pubmed></ref>。実際に強迫症状を示す疾患(強迫性障害、[[依存症]]、摂食障害など)では、model-free型学習への寄与が大きく、より習慣的な行動を取りやすいことが報告されている<ref name=Gillan2016 />。
 
 近年、こうした不利益・不適切な状況下であっても特定の行動を反復する強迫症状の背景には、行動の習慣化促進が関与する可能性が示唆されている<ref name=Robbins2019><pubmed>30946823</pubmed></ref>。実際に強迫症状を示す疾患(強迫性障害、[[依存症]]、摂食障害など)では、model-free型学習への寄与が大きく、より習慣的な行動を取りやすいことが報告されている<ref name=Gillan2016 />。


 また、年齢によってもmodel-based型学習の寄与度が変化することが知られている。具体的には、幼年期から青年期にかけては年齢とともにmodel-based型学習の寄与が上昇する一方、青年期と老年期の比較では老年期の方がmodel-based型学習の寄与が低くなることが報告されている<ref name=Decker2016><pubmed>27084852</pubmed></ref><ref name=Eppinger2013><pubmed>24399925</pubmed></ref>。
 また、年齢によってもmodel-based型学習の寄与度が変化することが知られている。具体的には、幼年期から青年期にかけては年齢とともにmodel-based型学習の寄与が上昇する一方、青年期と老年期の比較では老年期の方がmodel-based型学習の寄与が低くなることが報告されている<ref name=Decker2016><pubmed>27084852</pubmed></ref><ref name=Eppinger2013><pubmed>24399925</pubmed></ref>。