「Dbxファミリー」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
10行目: 10行目:


== Dbxファミリーとは ==
== Dbxファミリーとは ==
 Dbxファミリーは、[[ホメオドメイン]]を利用したクローニングによって[[マウス]]で同定された<ref name=Lu1992><pubmed>1355604</pubmed></ref><ref name=Shoji1996><pubmed>8798145</pubmed></ref> 。
 Dbxファミリーは、[[ホメオドメイン]]を利用したクローニングによって[[マウス]]で同定された、進化的に保存された遺伝子である<ref name=Lu1992><pubmed>1355604</pubmed></ref><ref name=Shoji1996><pubmed>8798145</pubmed></ref> 。


 [[哺乳類]]においては、[[Dbx1]], [[Dbx2]]が存在し、[[細胞分化]]や[[細胞運命決定]]に関わる。[[脊髄]]発生においては、Dbx1, Dbx2は[[翼板]]([[alar plate]])と[[基板]]([[basal plate]])間に位置する領域([[前駆細胞ドメイン]])に一過的に発現し、[[介在ニューロン]]の発生に必須である<ref name=Briscoe2000><pubmed>10830170</pubmed></ref><ref name=Pierani1999><pubmed>10399918</pubmed></ref> 。
 [[哺乳類]]においては、[[Dbx1]], [[Dbx2]]が存在し、[[細胞分化]]や[[細胞運命決定]]に関わる。[[脊髄]]発生においては、Dbx1, Dbx2は[[翼板]]([[alar plate]])と[[基板]]([[basal plate]])間に位置する領域([[前駆細胞ドメイン]])に一過的に発現し、[[介在ニューロン]]の発生に必須である<ref name=Briscoe2000><pubmed>10830170</pubmed></ref><ref name=Pierani1999><pubmed>10399918</pubmed></ref> 。
23行目: 23行目:


== 構造 ==
== 構造 ==
 Dbxファミリーは、[[ホメオボックスドメイン]]を持つ、進化的に保存された遺伝子である。それに加え、Groucho/Tleファミリー依存的Engrailed阻害ドメイン(RD, Drosophila Groucho /Mammalian TLE family dependent Engrailed Repressor Domain)をDbx1は2箇所(RD1,RD2)、Dbx2は1箇所(RD1)持つ。Dbx1はさらにC末端に酸性アミノ酸のクラスター(Cter)を持つ<ref name=Karaz2016><pubmed>27525057</pubmed></ref> ('''図1''')。CterドメインはDbx1が[[Evx1]]/[[Evx2|2]]を制御するのに必要であり、Dbx遺伝子を持つ種間では進化的に保存されている<ref name=Karaz2016><pubmed>27525057</pubmed></ref>。
 Dbxファミリーは、[[ホメオボックスドメイン]]に加え、Groucho/Tleファミリー依存的Engrailed阻害ドメイン(RD, Drosophila Groucho /Mammalian TLE family dependent Engrailed Repressor Domain)をDbx1は2箇所(RD1,RD2)、Dbx2は1箇所(RD1)持つ。Dbx1はさらにC末端に酸性アミノ酸のクラスター(Cter)を持つ<ref name=Karaz2016><pubmed>27525057</pubmed></ref> ('''図1''')。CterドメインはDbx1が[[Evx1]]/[[Evx2|2]]を制御するのに必要であり、Dbx遺伝子を持つ種間では進化的に保存されている<ref name=Karaz2016><pubmed>27525057</pubmed></ref>。


== サブファミリー ==
== サブファミリー ==
31行目: 31行目:
=== 哺乳類 ===
=== 哺乳類 ===
==== Dbx1 ====
==== Dbx1 ====
 哺乳類では、終脳の外套下部 /腹側外套 (VP/PSB) や視索前領域(POA), 視床上部、背側視床、視床下部の原基などに、局所的かつ一過的 (胎生6.5-15.5日齢)に発現する<ref name=Lu1992><pubmed>1355604</pubmed></ref><ref name=Shoji1996><pubmed>8798145</pubmed></ref> 。脊髄発生過程においては前駆細胞ドメインp0, pd6に発現する。
 哺乳類では、終脳の外套下部 /腹側外套 (VP/PSB) や視索前領域(POA), 視床上部、背側視床、視床下部の原基などに、局所的かつ一過的 (胎生6.5-15.5日齢)に発現する<ref name=Lu1992><pubmed>1355604</pubmed></ref><ref name=Shoji1996><pubmed>8798145</pubmed></ref> 。脊髄発生過程においては[[前駆細胞ドメイン]][[p0]], [[pd6]]に発現する。
==== Dbx2 ====
==== Dbx2 ====
 脊髄発生過程における前駆細胞ドメインp0,p1,pd5,pd6に発現する<ref name=Briscoe2000><pubmed>10830170</pubmed></ref><ref name=Pierani1999><pubmed>10399918</pubmed></ref><ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref>  。中枢神経発生においては、脊髄から視床のZLI周囲の至るまで翼板と基板間の領域をバンド状に発現している。Dbx2は間葉系細胞でも発現しており、肢芽形成領域(limb bud)で胎生11.5日以降に発現すること<ref name=Beccari2021><pubmed>33497014</pubmed></ref><ref name=Beccari2016><pubmed>27198226</pubmed></ref><ref name=Shoji1996><pubmed>8798145</pubmed></ref> や、歯芽形成領域であるエナメル器周囲の間葉系細胞に胎生13.5日以降に発現が認められる <ref name=Shoji1996><pubmed>8798145</pubmed></ref> 。
 脊髄発生過程における前駆細胞ドメインp0,[[p1]],[[pd5]],pd6に発現する<ref name=Briscoe2000><pubmed>10830170</pubmed></ref><ref name=Pierani1999><pubmed>10399918</pubmed></ref><ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref>  。中枢神経発生においては、脊髄から視床の[[zona limitans intrathalamica]] ([[ZLI]])周囲の至るまで翼板と基板間の領域をバンド状に発現している。Dbx2は間葉系細胞でも発現しており、肢芽形成領域(limb bud)で胎生11.5日以降に発現すること<ref name=Beccari2021><pubmed>33497014</pubmed></ref><ref name=Beccari2016><pubmed>27198226</pubmed></ref><ref name=Shoji1996><pubmed>8798145</pubmed></ref> や、歯芽形成領域である[[エナメル器]]周囲の間葉系細胞に胎生13.5日以降に発現が認められる <ref name=Shoji1996><pubmed>8798145</pubmed></ref> 。


===ショウジョウバエ===
===ショウジョウバエ===
 発生期 (larvae)のthoracic segmentのneuroblastや中枢の神経前駆細胞の一部に発現する。また、成体でもDbx1系譜神経細胞は存在し、大半はGAD(GABA合成酵素)と共発現しているため、抑制性GABAニューロンであると考えられる<ref name=Lacin2009><pubmed>19710170</pubmed></ref> 。
 発生期 (larvae)のthoracic segmentのneuroblastや中枢の神経前駆細胞の一部に発現する。また、成体でもDbx1系譜神経細胞は存在し、大半は[[グルタミン酸脱炭酸酵素]] ([[GAD]]) (GABA合成酵素)と共発現しているため、抑制性GABAニューロンであると考えられる<ref name=Lacin2009><pubmed>19710170</pubmed></ref> 。


== 発現制御やシグナリング ==
== 発現制御やシグナリング ==
 脊髄ではソニックヘッジホッグ(sonic hedgehog, Shh)の影響を受けて発現が抑制されるため、Shhの濃度の薄い領域に発現する<ref name=Briscoe2000><pubmed>10830170</pubmed></ref><ref name=Pierani1999><pubmed>10399918</pubmed></ref><ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref> 。脊髄発生においてDbx1はEvx1 の上流として働く。Dbx1ノックアウトマウスでEvx1/2の発現が消失することからEvx1/2の上流であると考えられる。マウスやニワトリの大脳皮質・外套領域の解析からDbx1のプロモーター領域に存在するPax6応答配列は種を超えて保存されており、Pax6によるDbx1の発現誘導メカニズムは進化的に古い段階で獲得されていたと考えられる <ref name=Yamashita2018><pubmed>29661783</pubmed></ref> 。視索前領域(POA)においては、FoxG1がDbx1の発現を直接的に抑制することでDbx1の発現領域を限局させているとの報告<ref name=Du2019><pubmed>30843579</pubmed></ref> もある。
 脊髄では[[ソニックヘッジホッグ]]([[sonic hedgehog]], [[Shh]])の影響を受けて発現が抑制されるため、Shhの濃度の薄い領域に発現する<ref name=Briscoe2000><pubmed>10830170</pubmed></ref><ref name=Pierani1999><pubmed>10399918</pubmed></ref><ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref> 。脊髄発生においてDbx1はEvx1 の上流として働く。Dbx1ノックアウトマウスでEvx1/2の発現が消失することからEvx1/2の上流であると考えられる。マウスや[[ニワトリ]]の大脳皮質・外套領域の解析からDbx1のプロモーター領域に存在する[[Pax6]]応答配列は種を超えて保存されており、Pax6によるDbx1の発現誘導メカニズムは進化的に古い段階で獲得されていたと考えられる <ref name=Yamashita2018><pubmed>29661783</pubmed></ref> 。視索前領域においては、[[FoxG1]]がDbx1の発現を直接的に抑制することでDbx1の発現領域を限局させているとの報告<ref name=Du2019><pubmed>30843579</pubmed></ref> もある。
 
 肢芽形成においてDbx2は[[Hox13]]の下流として働く。Hox13ノックアウトマウスでDbx2やEvx2の発現は消失する<ref name=Beccari2021><pubmed>33497014</pubmed></ref><ref name=Beccari2016><pubmed>27198226</pubmed></ref> 。


 肢芽形成においてDbx2はHox13の下流として働く。Hox13ノックアウトマウスでDbx2やEvx2の発現は消失する<ref name=Beccari2021><pubmed>33497014</pubmed></ref><ref name=Beccari2016><pubmed>27198226</pubmed></ref> 。
 Dbx2については遺伝子改変マウスの報告がほとんどないため、発現制御やシグナリングについては今後の解析や報告が待たれる。Dbx1と同様にDbx2もEvx1/2の上流として働くと予想されている。
 Dbx2については遺伝子改変マウスの報告がほとんどないため、発現制御やシグナリングについては今後の解析や報告が待たれる。Dbx1と同様にDbx2もEvx1/2の上流として働くと予想されている。


== 機能 ==
== 機能 ==
 Dbx1は中枢の発生過程で局所的かつ一過的(胎生6.5-15.5日齢、 領域ごとに異なる)に発現することがわかっている。一過的にDbx1を発現した細胞は、Dbx1系譜神経細胞 (Dbx1- lineage cells/neuron)と呼ぶ。Dbx1については、Dbx1-LacZマウス(ノックイン型)、Dbx1-Creマウス、Dbx1-CreERマウス、Dbx1-Floxedマウスなどを用いて解析が進んでいる。Dbx2については報告が少ないため、今後の解析や報告が待たれる。近年、肢芽形成におけるDbx2ノックアウトマウス(ホメオドメイン欠損型)の表現型が報告されたが、致死率は上昇するが、肢芽形成に異常は認められなかった<ref name=Beccari2021><pubmed>33497014</pubmed></ref><ref name=Beccari2016><pubmed>27198226</pubmed></ref> 。
 Dbx1は中枢の発生過程で局所的かつ一過的(胎生6.5-15.5日齢、 領域ごとに異なる)に発現することがわかっている。一過的にDbx1を発現した細胞は、Dbx1系譜神経細胞 (Dbx1- lineage cells/neuron)と呼ぶ。Dbx1については、Dbx1-[[LacZ]]マウス(ノックイン型)、Dbx1-[[Cre]]マウス、Dbx1-[[CreER]]マウス、Dbx1-Floxedマウスなどを用いて解析が進んでいる。Dbx2については報告が少ないため、今後の解析や報告が待たれる。近年、肢芽形成におけるDbx2ノックアウトマウス(ホメオドメイン欠損型)の表現型が報告されたが、致死率は上昇するが、肢芽形成に異常は認められなかった<ref name=Beccari2021><pubmed>33497014</pubmed></ref><ref name=Beccari2016><pubmed>27198226</pubmed></ref> 。


=== Dbx1 ===
=== Dbx1 ===
==== 脊髄発生 ====
==== 脊髄発生 ====
 Dbx1とNkx6-2, Dbx2とNkx6-1はそれぞれ排他的に発現している。Nkx6-1とNkx6-2はいずれもホメオドメイン型転写因子で脊髄発生においてはShhで誘導される<ref name=Dessaud2010><pubmed>20532235</pubmed></ref><ref name=Lu2015><pubmed>26136656</pubmed></ref> 。
 Dbx1と[[Nkx6-2]], Dbx2と[[Nkx6-1]]はそれぞれ排他的に発現している。Nkx6-1とNkx6-2はいずれもホメオドメイン型[[転写因子]]で脊髄発生においてはShhで誘導される<ref name=Dessaud2010><pubmed>20532235</pubmed></ref><ref name=Lu2015><pubmed>26136656</pubmed></ref> 。


 脊髄発生過程においてDbx1はEvx1/2 の上流として働き、Dbx1ノックアウトマウスでは、Evx1/2の発現が消失する。その結果、本来V0ニューロンになる予定の細胞群がEn1+(V1ニューロンのマーカーを発現する細胞)に細胞運命転換(fate change)する<ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref> 。
 脊髄発生過程においてDbx1はEvx1/2 の上流として働き、Dbx1ノックアウトマウスでは、Evx1/2の発現が消失する。その結果、本来V0ニューロンになる予定の細胞群が[[En1+]]([[V1]]ニューロンのマーカーを発現する細胞)に[[細胞運命転換]](fate change)する<ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref> 。


 Dbx1 lineage progenitorはV0ニューロンに分化し、Dbx2 lineage progenitorはV1ニューロンに分化すると考えらえる。Dbx2の機能についてはノックアウトマウスによる機能解析の報告が少なく、解析が待たれる <ref name=Briscoe2000><pubmed>10830170</pubmed></ref><ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref><ref name=Sander2000><pubmed>10970877</pubmed></ref><ref name=Vallstedt2001><pubmed>11567614</pubmed></ref>。
 Dbx1系譜前駆細胞はV0ニューロンに分化し、Dbx2系譜前駆細胞はV1ニューロンに分化すると考えらえる。Dbx2の機能についてはノックアウトマウスによる機能解析の報告が少なく、解析が待たれる <ref name=Briscoe2000><pubmed>10830170</pubmed></ref><ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref><ref name=Sander2000><pubmed>10970877</pubmed></ref><ref name=Vallstedt2001><pubmed>11567614</pubmed></ref>。


 歩行機能はCentral Pattern Generator(CPG, 中枢パターン生成器)は後肢の筋肉に投射する運動興奮性運動ニューロンとDbx1が発生に関わる抑制性ニューロン(介在ニューロン)で構成されている。急性単離した胎生18.5日齢のDbx1ノックアウトマウスの脊髄を用いた解析では、脊髄のCPGにおいて交互発火 (co-burst)が起きない。この結果は左右のCPGにおける屈曲進展運動を制御する介在ニューロンはDbx1依存的に発生することを示唆する <ref name=Lanuza2004><pubmed>15134635</pubmed></ref> 。
 歩行機能は[[中枢パターン生成器]] ([[central pattern generator]], CPG)は後肢の筋肉に投射する興奮性[[運動ニューロン]]とDbx1が発生に関わる抑制性ニューロン(介在ニューロン)で構成されている。急性単離した胎生18.5日齢のDbx1ノックアウトマウスの脊髄を用いた解析では、脊髄のCPGにおいて交互発火 (co-burst)が起きない。この結果は左右のCPGにおける屈曲進展運動を制御する介在ニューロンはDbx1依存的に発生することを示唆する <ref name=Lanuza2004><pubmed>15134635</pubmed></ref> 。


==== 中脳呼吸中枢発生 ====
==== 中脳呼吸中枢発生 ====
 呼吸中枢は、延髄腹側部に両側に存在するpre-Bötzinger complex (preBotC)と呼ばれる領域に存在し、呼吸リズム形成に重要である。また、脊髄V0やV1領域の介在ニューロンはリズミカルな呼吸運動に必須である。Dbx1ノックアウトマウスは生後すぐに死亡するが、これはV0やV1領域の介在ニューロンの発生異常を原因とする運動活動の低下と、呼吸中枢の発生異常による呼吸不全のためである。このマウスでは呼吸活動の消失が認められる<ref name=Gray2010><pubmed>21048147</pubmed></ref><ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref> 。
 [[呼吸中枢]]は、[[延髄]]腹側部に両側に存在する[[pre-Bötzinger複合体]] ([[pre-Bötzinger complex]], preBotC)と呼ばれる領域に存在し、呼吸リズム形成に重要である。また、脊髄V0やV1領域の介在ニューロンはリズミカルな呼吸運動に必須である。Dbx1ノックアウトマウスは生後すぐに死亡するが、これはV0やV1領域の介在ニューロンの発生異常を原因とする運動活動の低下と、呼吸中枢の発生異常による呼吸不全のためである。このマウスでは呼吸活動の消失が認められる<ref name=Gray2010><pubmed>21048147</pubmed></ref><ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref> 。
 
 呼吸リズムを発生するpre-Bötzinger複合体の介在ニューロンの性質や細胞系譜を[[Pax7]]-Cre; Dbx1-foxedマウスで解析したところ、Dbx1はpreBotCのリズム形成に必要なグルタミン酸性介在ニューロンの発生過程で細胞運命を制御していることがわかった。また、Dbx1-Cre; [[Robo3]] ([[round about homolog3]]/robo3)-f1oxedマウスの解析から、Dbx1系譜神経細胞におけるRobo3の不活性化は左右のpreBotCの同期性を消失させる。左右のpreBotC領域に存在するDbx1系譜介在ニューロンの軸索誘導のシグナリングは、Robo3依存的に生じ、左右の呼吸リズムの同期させる機能に必須である<ref name=Bouvier2010><pubmed>20680010</pubmed></ref> 。


 呼吸リズムを発生するpre-Bötzinger complex (preBotC)の介在ニューロンの性質や細胞系譜をPax7-Cre; Dbx1-foxedマウスで解析したところ、Dbx1はpreBotCのリズム形成に必要なグルタミン酸性介在ニューロンの発生過程で細胞運命を制御していることがわかった。また、Dbx1-Cre; Robo3(round about homolog3/robo3)-f1oxedマウスの解析から、Dbx1系譜神経細胞(Dbx- lineage cells/neuron)におけるRobo3の不活性化は左右のpreBotCの同期性を消失させる。左右のpreBotC領域に存在するDbx1系譜 介在ニューロンの軸索誘導のシグナリングは、Robo3依存的に生じ、左右の呼吸リズムの同期させる機能に必須である<ref name=Bouvier2010><pubmed>20680010</pubmed></ref> 。
 Dbx1-CreERT2マウスを用いた解析では、preBotC領域の[[スマトスタチン]] (SST)+/[[タキキニン受容体1]] (NK1R+)/[[スマトスタチン受容体2]] (SST2aR)+ ニューロンは胎生9.5-11.5日齢に産生されたDbx1系譜神経細胞であることが示されている<ref name=Gray2010><pubmed>21048147</pubmed></ref> 。


 Dbx1-CreERT2マウスを用いた解析では、preBotC領域のSST+/NK1R+/SST2aR+ ニューロンは胎生9.5-11.5日齢に産生されたDbx1系譜神経細胞であることが示されている<ref name=Gray2010><pubmed>21048147</pubmed></ref> 。
 近年、pre-Bötzinger複合体領域と大脳皮質の高次機能との関連について報告されている。この領域を構成する[[カドヘリン9]] ([[Cdh9]])+, Dbx1系譜神経細胞  (吸気の前に強く興奮する)をDbx1-Cre; Cdh9-floxed-DTRマウスを使い除去すると、通常の呼吸は正常に維持されるが、ゆっくりとしたリズムの呼吸が増加した。また、個体レベルではcalm behavior が増え、覚醒している時間が短くなった。この結果から、Cdh9+; Dbx1系譜神経細胞は[[青斑核]]に直接投射し[[ノルアドレナリン]]ニューロンを活性化することで、呼吸のリズムを制御していることが明らかになった<ref name=Yackle2017><pubmed>28360327</pubmed></ref>
 近年、preBotC領域と大脳皮質の高次機能との関連についての報告されている。この領域を構成するCdh9+, Dbx1系譜神経細胞  (吸気の前に強く興奮する)をDbx1-Cre; Cdh9-floxed-DTRマウスを使い除去すると、通常の呼吸は正常に維持されるが、ゆっくりとしたリズムの呼吸が増加した。また、個体レベルではcalm behavior が増え、覚醒している時間が短くなった。この結果から、Cdh9+; Dbx1系譜神経細胞は青斑核に直接投射しノルアドレナリンニューロンを活性化することで、呼吸のリズムを制御していることが明らかになった。(AASJ ホームページ  論文ウォッチ, 2017年4月4日:深呼吸で心が休まるメカニズムより参照)


==== 中脳交連線維の発生 ====
==== 中脳交連線維の発生 ====
 Dbx1は、中脳背側から正中交差して左右の脳を繋ぐ交連ニューロンの運命決定に関与する。また、その軸索ガイダンスにおいては、Dbx1の活性化によってRobo3が働くことが正中交差において重要な働きを示すことが報告されている<ref name=Inamata2014><pubmed>24553291</pubmed></ref> 。
 Dbx1は、中脳背側から正中交差して左右の脳を繋ぐ[[交連ニューロン]]の運命決定に関与する。また、その[[軸索ガイダンス]]においては、Dbx1の活性化によってRobo3が働くことが正中交差において重要な働きを示すことが報告されている<ref name=Inamata2014><pubmed>24553291</pubmed></ref> 。


==== 大脳皮質発生 ====
==== 大脳皮質発生 ====
 発生期の哺乳類およびヒト胎児の大脳皮質辺縁層(いわゆる表層)にあたるプレプレート(preplate)には、リーリンタンパク質(reelin)を分泌し、大脳皮質の神経細胞の移動と層構造の形成に重要な役割を果たすカハールレチウス細胞が存在する。プレプレートは、神経細胞が移動して来た後に、カハールレチウス細胞を含み大脳皮質第I層となる辺縁層(marginal zone)とサブプレートに分かれる。カハールレチウス細胞は興奮性であり、胎生期に一過的に出現し、層構造形成に重要な働きを行う。生後の大脳皮質においては、細胞死によって数が著しく減少する<ref name=Teissier2010><pubmed>20685999</pubmed></ref> 。生後の大脳皮質に散在するリーリン陽性の抑制性GABAニューロンは尾側基底核隆起(Caudal Gnaglionic Eminence,CGE)を由来としており<ref name=Miyoshi2010><pubmed>20130169</pubmed></ref> 、上記のカハールレチウス細胞(興奮性ニューロン)とは異なる。
 ヒトを含む哺乳類および胎児の大脳皮質[[辺縁層]](いわゆる表層)にあたる[[プレプレート]]([[preplate]])には、[[リーリン]]タンパク質([[reelin]])を分泌し、大脳皮質の神経細胞の移動と層構造の形成に重要な役割を果たすカハールレチウス細胞が存在する。プレプレートは、神経細胞が移動して来た後に、カハールレチウス細胞を含み大脳皮質第I層となる辺縁層(marginal zone)と[[サブプレート]]に分かれる。カハールレチウス細胞は興奮性であり、胎生期に一過的に出現し、層構造形成に重要な働きを行う。生後の大脳皮質においては、[[細胞死]]によって数が著しく減少する<ref name=Teissier2010><pubmed>20685999</pubmed></ref> 。生後の大脳皮質に散在するリーリン陽性の抑制性GABAニューロンは尾側[[基底核隆起]] ([[caudal gaglionic eminence]],CGE)を由来としており<ref name=Miyoshi2010><pubmed>20130169</pubmed></ref> 、上記のカハールレチウス細胞(興奮性ニューロン)とは異なる。


 カハールレチウス細胞の産生される場所については、胎生期終脳原基の外套下部 /腹側外套(VP/ PSB) 、中隔野 (pallial septum)、内側周辺部 (cortical hem)などの大脳皮質以外の領域で産生され、水平移動して大脳皮質に入る<ref name=Bielle2005><pubmed>16041369</pubmed></ref><ref name=Takiguchi-Hayashi2004><pubmed>14999079</pubmed></ref><ref name=Yoshida2006><pubmed>16410414</pubmed></ref> 。余談であるが、鳥類では、カハールレチウス細胞のような興奮性グルタミン酸ニューロンの水平移動は認められないが、GABA 作動性抑制性ニューロン発生でみられる水平移動は観察されている<ref name=García-Moreno2018><pubmed>29298437</pubmed></ref>。
 カハールレチウス細胞の産生される場所については、胎生期終脳原基の外套下部 /腹側外套 (VP/PSB) 、[[中隔野]] (pallial septum)、内側周辺部 (cortical hem)などの大脳皮質以外の領域で産生され、水平移動して大脳皮質に入る<ref name=Bielle2005><pubmed>16041369</pubmed></ref><ref name=Takiguchi-Hayashi2004><pubmed>14999079</pubmed></ref><ref name=Yoshida2006><pubmed>16410414</pubmed></ref> 。余談であるが、鳥類では、カハールレチウス細胞のような興奮性グルタミン酸ニューロンの水平移動は認められないが、GABA作動性抑制性ニューロン発生でみられる水平移動は観察されている<ref name=García-Moreno2018><pubmed>29298437</pubmed></ref>。


 終脳の発生過程では、外套下部(VP/PSB)や中隔野ではDbx1が一過的胎生10.5~13.5日齢に発現する。この領域はprogenitor poolとして、大脳皮質や大脳辺縁系に細胞を供給している。外套下部や中隔野で産生されたDbx1系譜神経細胞の一部は水平方向に移動して、大脳皮質の辺縁層のカハールレチウス細胞<ref name=Bielle2005><pubmed>16041369</pubmed></ref> や 皮質板(cortical plate)に分布することが報告されている。この皮質板に広く分布するDbx1系譜神経細胞は興奮性グルタミン酸ニューロンであるが、約50%は生後0日目までにアポトーシスにより消失し、成体までにほぼ全ての大脳皮質のDbx1系譜興奮性グルタミン酸ニューロンは消失する<ref name=Teissier2010><pubmed>20685999</pubmed></ref> 。また、Dbx1-Cre-Floxed-DTAマウスを用いて、外套下部(VP/PSB)や中隔野に由来するカハールレチウス細胞を含むDbx1系譜細胞を除去すると、大脳皮質の領野形成や領域化に影響を与えることも報告されている <ref name=Griveau2010><pubmed>20668538</pubmed></ref>。
 終脳の発生過程では、外套下部(VP/PSB)や中隔野ではDbx1が一過的胎生10.5~13.5日齢に発現する。この領域はprogenitor poolとして、大脳皮質や大脳辺縁系に細胞を供給している。外套下部や中隔野で産生されたDbx1系譜神経細胞の一部は水平方向に移動して、大脳皮質の辺縁層のカハールレチウス細胞<ref name=Bielle2005><pubmed>16041369</pubmed></ref> や [[皮質板]]([[cortical plate]])に分布することが報告されている。この皮質板に広く分布するDbx1系譜神経細胞は興奮性グルタミン酸ニューロンであるが、約50%は生後0日目までにアポトーシスにより消失し、成体までにほぼ全ての大脳皮質のDbx1系譜興奮性グルタミン酸ニューロンは消失する<ref name=Teissier2010><pubmed>20685999</pubmed></ref> 。また、Dbx1-Cre-Floxed-ジフテリア毒素 (DTA)マウスを用いて、外套下部(VP/PSB)や中隔野に由来するカハールレチウス細胞を含むDbx1系譜細胞を除去すると、大脳皮質の領野形成や領域化に影響を与えることも報告されている <ref name=Griveau2010><pubmed>20668538</pubmed></ref>。


 外套下部(VP/PSB)由来のDbx1系譜神経細胞の一部は、扁桃体<ref name=Hirata2009><pubmed>19136974</pubmed></ref> や梨状葉<ref name=Shabangu2021><pubmed>33863910</pubmed></ref> に移動して、基底外側核の興奮性グルタミン酸ニューロンに分化することもわかっている (後述)。
 外套下部(VP/PSB)由来のDbx1系譜神経細胞の一部は、扁桃体<ref name=Hirata2009><pubmed>19136974</pubmed></ref> や梨状葉<ref name=Shabangu2021><pubmed>33863910</pubmed></ref> に移動して、基底外側核の興奮性グルタミン酸ニューロンに分化することもわかっている (後述)。