「錯覚」の版間の差分

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 ヒト以外の動物にも錯視が見えるという報告はある。それによって、ヒトが錯視図形を見て知覚するような「知覚の歪み」が動物にもあるらしい、ということはわかる。しかし、それが動物にとって錯視であるかどうかは疑わしい。たとえばヒトはなぜか錯視をおもしろがる(だからこそ脳科学辞典に錯覚の項目が設定されたのであろう)が、動物は特段錯視をおもしろがるようには見えない。もちろん、動物が錯視をおもしろがらないからと言って、それが動物が錯視を錯覚として認識していないことの証拠にはならない。しかしながら、「動物にも錯視は見えるか」という問いはヒトと動物の連続性があることを期待して発せられているので、ヒトが錯視をおもしろがるなら動物もおもしろがるはずであるのにそうでないことの説明は必要である。
 ヒト以外の動物にも錯視が見えるという報告はある。それによって、ヒトが錯視図形を見て知覚するような「知覚の歪み」が動物にもあるらしい、ということはわかる。しかし、それが動物にとって錯視であるかどうかは疑わしい。たとえばヒトはなぜか錯視をおもしろがる(だからこそ脳科学辞典に錯覚の項目が設定されたのであろう)が、動物は特段錯視をおもしろがるようには見えない。もちろん、動物が錯視をおもしろがらないからと言って、それが動物が錯視を錯覚として認識していないことの証拠にはならない。しかしながら、「動物にも錯視は見えるか」という問いはヒトと動物の連続性があることを期待して発せられているので、ヒトが錯視をおもしろがるなら動物もおもしろがるはずであるのにそうでないことの説明は必要である。


 脳科学辞典は、脳科学分野で研究活動を行っている、または行おうとしている学生と研究者を主に想定し、自分の専門分野から離れた分野の知らない用語の内容をインターネット上で簡単に調べられることを目的としている。本稿の執筆者は錯視の研究者であり、錯視のレビューということであればもう少し具体的に書くこともできたかもしれないが、錯覚といういう広いスタンスの解説ということで、説明が抽象的となってしまった嫌いがある。それならば、錯視について調べたい学生と研究者に薦める最適な文献は何かとなると、実は錯視の指し示す範囲が広すぎて、選ぶのは容易ではない。2017年に刊行された"The Oxford Compendium of Visual Illusions"という分厚い錯視の専門書があり、世界中の錯視あるいは視覚の研究者が著した書籍であるから、この本を薦めておけば推薦者としては安泰ではあるが、諸学者が簡単に錯視を概観するには量的に多すぎる。数十年前であれば、Robinsonのレビュー本を紹介すればそれで決まりであったが、今となっては同書は錯視の入門書というよりは、錯視研究史の重要書籍という位置づけとなる。手前勝手ながら、執筆者が著した「錯視入門」を薦めておく。認知的錯覚の入門書としては、「錯覚の科学」を挙げておく。同じタイトル名に翻訳された"The invisible gorilla"も薦めておく。物理的錯覚の入門書となると、寡聞にして存じない。
 脳科学辞典は、脳科学分野で研究活動を行っている、または行おうとしている学生と研究者を主に想定し、自分の専門分野から離れた分野の知らない用語の内容をインターネット上で簡単に調べられることを目的としている。本稿の執筆者は錯視の研究者であり、錯視のレビューということであればもう少し具体的に書くこともできたかもしれないが、錯覚といういう広いスタンスの解説ということで、説明が抽象的となってしまった嫌いがある。それならば、少し抽象度を下げて、錯視について調べたい学生と研究者を想定して、彼らに薦める最適な文献を考えてみる。ところが、実は錯視の指し示す範囲もまだ広すぎて、選定は容易ではない。2017年に刊行された"The Oxford Compendium of Visual Illusions"という分厚い錯視の専門書があり、世界中の錯視あるいは視覚の研究者が著した書籍であるから、この本を薦めておけば推薦者としては安泰なのではあるが、初学者が簡単に錯視を概観するには量的に多すぎる。数十年前であれば、Robinsonのレビュー本を紹介すればそれで決まりであったが、今となっては同書は錯視の入門書というよりは、錯視研究史の重要書籍という位置づけである。手前勝手ながら、執筆者が著した「錯視入門」を薦めておく。認知的錯覚の入門書としては、「錯覚の科学」を挙げておく。同じタイトル名に翻訳された"The invisible gorilla"も薦めておく。なお、物理的錯覚のまとまった入門書となると、寡聞にして存じない。
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