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2019年10月19日 (土) 12:45時点における版
荒木 陽一、Richard L. Huganir
Johns Hopkins University School of Medicine
DOI:10.14931/bsd.8001 原稿受付日:2019年10月8日 原稿完成日:2019年10月XX日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳神経科学研究センター)
同義語:精神遅滞5型
英語正式名称:Mental retardation, autosomal dominant 5
英語略称:MRD5
発達障害の一類型である知的障害のうち、6番染色体短腕上の遺伝子SYNGAP1の変異、機能欠失によるものを、特に知的障害5型として分類している。症状は、知的障害や発達の遅れに加え、自閉症やてんかんなどを併発しやすい。また、低筋力、嚥下障害、衝動性亢進、感覚情報処理の変化(痛みへの高い耐性)などを合併しやすい等、独自の経過をたどることが知られている。
イントロダクション
知的障害のうち、6番染色体短腕上の遺伝子SYNGAP1の変異によるものを、特にMRD5(知的障害5型)として分類している(OMIM #612621)。2009年にJacques L. Michaudのグループにより初めて報告された[1] 。
イギリスにおける大規模調査によると、全発達障害症例のうち約0.75%程度にSYNGAP1の変異が認められる。この頻度は、ARID1B、SCN2A、ANKRD11に次ぎ全遺伝子中4番目に多い[2] 。浸透度は100%で、病的変異(ナンセンス変異、ミスセンス変異、スプライス部位変異)を有するSYNGAP1を1コピー持った個人は必ず発症する(図)。
症状
発達の遅れと知的障害(中程度から高度)(100%)に加え、てんかん(発作起始は全般性で、頻度の高い順にミオクロニー発作、非定型欠神発作、強直性間代発作等)(84%)、斜視(約60%)、自閉症(約50%)を併発する。男女比はほぼ同数、てんかんの発症年齢 平均3.5歳、確定診断時の年齢 平均5.5歳と報告されている[3][4] 。
MRD5で併発するてんかんは、特徴的(発作起始は全般性で、頻度の高い順にミオクロニー発作、非定型欠神発作、強直性間代発作等)で、下記の診断が付加されることがある [5][6][4] 。
低筋力であり、座位獲得は平均12-13か月齢、歩行開始は平均26か月齢である。言語は全般的に遅れる。初めての発語は平均38か月齢、1/3は5歳で無発語である。発語できるようになる場合、英語圏では4-5語の文章を話せることもある。その他、衝動性亢進、感覚情報処理変化(痛みへの高い耐性等)などが報告されている[6] 。
予後については、不明な点が多い。ヨーロッパでは31歳でのMRD5生存例が報告されており[7] 、成人期を過ぎての生存が可能であることを示唆している。この疾患を持つ多くの成人期の患者が、ここ数年で可能になった臨床エクソーム解析を受けていないことを考えると、成人期にあるMRD5患者が実数に比して少なく見積もられているとみるべきである。
診断
診断は、発達障害、知的障害を持つ発端者のエクソーム解析または染色体マイクロアレイ(CMA)等により、次のことが発見された時に確定される。
- SYNGAP1遺伝子の病的変異(1コピー、ヘテロ変異)(頻度 約89%)[1]
または
- 6p21.32領域(SYNGAP1を含む)の微小欠失(頻度 約11%)[8]
遺伝
理論的には、常染色体優性遺伝であるが、これまでのところ多くの症例は、de novo(新規に発生した)変異によるものと考えられている[1] 。これまでに1例のみ、親の生殖細胞モザイクにより(モザイクにより親の表現型は軽微)、子に遺伝した例が知られる[9] 。
アメリカでは、家族計画に際し、MRD5患者や患者の家族には、遺伝子カウンセリング(リスクの説明、代替オプションの説明等)を早期に行うことが勧められている[3] 。
疫学
SYNGAP1のハプロ不全 (~50%欠失, loss of function)によるとされる[10][1] 。発達障害症例において機能獲得型などの変異は確認されていない。
SYNGAP1は、個人間で差異の大きい(遺伝的多型の多い)主要組織適合遺伝子複合体 (MHC)遺伝子群 (6p21.31領域)のすぐ隣に位置する遺伝子であること(6番染色体短腕側のMHC領域約数百万塩基対に対し、そのセントロメア側に30万塩基足らずの場所に位置する)、他のSYNGAPファミリー分子(DABIP2, RASAL2, RASAL3)の中に中枢系での機能を補償できる分子がないこと[11] 、変異が入り機能欠失した場合の結果がシナプス強度調節機構の破綻[12][13] など比較的重大なことなどからか、その変異は発達障害のなかでも高頻度で存在しており、もっともよく見いだされる遺伝子変異の1つ(約0.75%; 7/931)とされる[2] 。
その他の小規模報告でも、数%を占めるとされ、たとえば2009年の初報告では、コントロール群475例にSYNGAP1変異が認められないなか、知的障害(non-syndromic mental retardation; NSMR) 群94症例中3例(約3%)にSYNGAP1変異が見いだされている[1] 。
治療
根本的な治療のために、さまざまなアプローチが検討されている。
対処療法として、てんかんのコントロールには、抗けいれん薬でカンナビジオールであるエピディオレクスが良いとされているが、本邦では未承認である[脚注 1]。
他の抗けいれん薬である(欠神発作、強直性間代発作両方に有用な)ラモトリギン、バルプロ酸ナトリウム、クロバザム、クロナゼパムなどの投与でコントロールできる症例も多い(約50%)とされている[脚注 2]。残りは、薬剤抵抗性とされる。エトスクシミド、ペランパネルは症例数が少なく結論は出ていないが、単剤投与では無効例が多い[6] 。知的障害の予後は、てんかんがコントロールできなかった期間に反比例することが多いとされていることからも[14] 、早期に有用な抗けいれん薬の承認が期待される。
他の発達障害、自閉症に施されるような介助方法、たとえば適切な行動介助療法や、薬物療法による介助が有用な場合も多い。食事の経口摂取が困難な場合、経鼻胃管や胃ろう栄養法が必要とされる場合もある。いずれにせよ、てんかんのコントロール、行動上の問題への適切な介助、発達や教育上への必要な介助について、患者のQOLを最大化するよう、小児精神科医のもと適切にモニターしフォローアップしていくことが重要とされる[3] 。
その他
ごく近年に診断基準が確立されたこと、また確定診断にはコストのかかる臨床エクソーム解析、染色体マイクロアレイ等が必要な疾患ゆえ、その予測実数(出生数 数万に対し1)に比し、実際に確定診断された患者数が少なく、情報も極めて少ない。
そのため、アメリカではSYNGAP1家族会が設立され、患者同士での情報共有がはかられている。また隔年開催の大会では患者、臨床、基礎研究者の間で活発な意見交換がなされている。
関連項目
脚注
- ↑ 現状では、大麻取締法第4条第1項が、何人にも「大麻」から製造された医薬品の使用、施用を禁じている。ただし、同法のもとで使用を規定される「大麻研究者」である医師のもと、厚生労働大臣の許可を受けて輸入したエピディオレクスを治験の対象とされる薬物として、国内の患者に用いるということは可能である(治験は適切な実施計画に基づき、その計画で定められた対象の患者に限って実施されるということ、また実施計画が届けられた際には内容をしっかり確認する必要がある)との厚生労働省見解がある( PDF ページ10, 2-3段目)。
- ↑ MRD5へのAED使用のガイドラインは未確立であり、基本的にはてんかんの型に応じたAEDを投与する。
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4
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