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D-セリン
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(ページの作成:「D-セリン 西川 徹 昭和医科大学大学院医科薬理学 京都府立医科大学大学院精神機能病態学 英:D-serine 独:D-Serin 仏:D-sérine 英略称:D-Ser 別名: • D-2-アミノ-3-ヒドロキシプロピオン酸 D-2-Amino-3-hydroxypropionic Acid • H-D-Ser-OH 要約 D-セリンは、脊椎動物のみならず、環形動物や環形動物にも含有される内在性D体アミノ酸である。哺乳類では、脳優…」)
 
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D-セリン
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西川 徹
西川 徹
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京都府立医科大学大学院精神機能病態学
京都府立医科大学大学院精神機能病態学


英:D-serine 独:D-Serin 仏:D-sérine 英略称:D-Ser
英:<small>D</small>-serine 独:<small>D</small>-Serin 仏:<small>D</small>-sérine <br>
英略称:<small>D</small>-Ser<br>
別名:<small>D</small>-2-アミノ-3-ヒドロキシプロピオン酸
<small>D</small>-2-Amino-3-hydroxypropionic Acid
• H-D-Ser-OH
 
{{box|text= <small>D</small>-セリンは、脊椎動物のみならず、環形動物や環形動物にも含有される内在性D体アミノ酸である。哺乳類では、脳優位に存在し、脳においてはNMDA受容体と類似した分布および発達パターンを示す。NMDA受容体の内在性コアゴニストとして作用するとともに、δ型グルタミン酸受容体にも結合し、認知機能、精神・行動等の高次脳機能の発現・制御に重要な役割を果たすと考えられている。<small>D</small>-セリンの合成能を持つセリンラセマーゼおよび分解能をもつD-アミノ酸酸化酵素が同定されているほか、貯蔵、細胞外遊離、取り込みなどの代謝過程の研究が進められている。}}
== 発見 ==
 <small>D</small>-セリンは遊離型として、ミミズ(環形動物)やカイコ(節足動物)の組織に含まれていることが1960年代から知られていたが、脊椎動物では、アミノ酸はL体で占められるというホモキラリテーが定説となっており、1980年代までは遊離体・結合型(タンパク質の成分)ともに検出されることはなかった<ref name=Corrigan1969><pubmed>5774186</pubmed></ref> [1]。1980年代になり、筆者らが統合失調症の新しい治療法を研究する過程で、遊離型<small>D</small>-セリンが哺乳類の脳に恒常的に高濃度で含まれることを見出し、NMDA型グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の内在性コアゴニストであることを示唆した<ref name=Nishikawa2022><pubmed>noPMID</pubmed></ref> [2]。
 
 NMDA受容体遮断薬が統合失調症と区別し難い精神症状を引き起こすことに基づいて、同受容体の機能低下が推測されている<ref name=Nishikawa2022 /> <ref name=Uno2019><pubmed>30666759</pubmed></ref> [2,3]。これらの精神症状には、既存の治療薬(抗精神病薬)が効果的な陽性症状だけでなく、改善が困難な陰性症状や認知機能障害が含まれる。そこで、本症の新規治療法を開発するため、NMDA受容体機能を促進する同受容体グリシン調節部位の作動薬(図2:グルタミン酸結合部位の作動薬のような高濃度での細胞傷害性がない)として知られていた<small>D</small>-セリンと、その血液脳関門の透過性向上を目的として合成した脂肪酸化合物をラットに投与したところ、いずれもNMDA受容体遮断薬による統合失調症の動物モデルとされる異常行動が抑制された。これらの抑制効果は、NMDA受容体グリシン調節部位の選択的拮抗薬により減弱することや、脂肪酸化合物はグリシン調節部位に結合したなかったことより、脂肪酸とのエステル結合が分解して遊離された<small>D</small>-セリンがグリシン調節部位に作用する可能性が示唆された。その検証を、キラルアミノ酸を分離定量可能な高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、gas chromatograph(GC)、gas chromatograph-mass spectrometer(GC-MS)法等で行った結果、上記の脂肪酸化合物を投与していない動物の脳(大脳新皮質)において<small>D</small>-セリンが検出され、germ-freeラットでも濃度が同等であることから、哺乳類の脳に細菌由来ではない内在性<small>D</small>-セリンが存在することがわかった<ref name=Hashimoto1992><pubmed>1730289</pubmed></ref><ref name=Hashimoto1993><pubmed>8419554</pubmed></ref> [4, 5]。
 
== 化学的性質 ==
 1個のアミノ基と1個のカルボニル基をもつD-αアミノ酸で、中性アミノ酸に分類される(図1)。水溶性。
実験に用いるときは、市販の標品が1.5~1%のL-セリンを含んでいることや、D-[3H]-セリンは非特異的な結合を防ぐため使用前にイオン交換樹脂で再精製を要することに注意が必要である。
 
== 生体内分布 ==
 ラット、マウス、ヒトなどの哺乳類においては、出生後生涯を通じ不均一で脳優位の体内分布を示す。組織中濃度は脳で高く、末梢組織では低濃度(腎臓、肝臓、脾臓、血液等)、痕跡程度または検出感度未満である<ref name=Hashimoto1993 /><ref name=Hashimoto1995><pubmed>7582120</pubmed></ref> [5, 6]。成熟期の脳内では、前脳部(大脳皮質、線条体、海馬など)で高濃度(0.25~0.35µmol/g tissue)、間脳、中脳などでは中等度〜低濃度、橋―延髄、小脳においては痕跡程度または検出感度未満であるが、出生時には各脳部位間でほぼ均一の濃度(0.1 µmol/g tissue程度)が認められる/><ref name=Hashimoto1995 /> [6]。
<small>D</small>-セリンの脳組織中の分布は、NMDA型グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の、グルタミン酸結合部位、グリシン調節部位およびphencyclidine結合部位と強い相関を示す<ref name=Hashimoto1992 /> [4 JNC1993, 図2]。また,生後の発達期から成熟期に至る脳内分布の変化は、GRIN2Bの発現分布の変化と類似している<ref name=Watanabe1992><pubmed>1493227</pubmed></ref>[7]。


別名:
== 代謝 ==
D-2-アミノ-3-ヒドロキシプロピオン酸
 種々のD体アミノ酸は哺乳類の腸内細菌で産生されることが知られているが、<small>D</small>-セリンは、無菌ラットまたはマウスの脳や腎臓<ref name=Hashimoto1993 /><ref name=Nagata1992><pubmed>1346751</pubmed></ref> [5, 8]においても組織中濃度は変化が見られないことから、生合成される内在性アミノ酸と考えられる(図2)。
D-2-Amino-3-hydroxypropionic Acid
=== 生合成 ===
• H-D-Ser-OH
L-セリンを<small>D</small>-セリンに変換するセリンラセマーゼが同定され<ref name=Wolosker1999a><pubmed>9892700</pubmed></ref><ref name=Wolosker1999b><pubmed>10557334</pubmed></ref> [9,10]、本酵素遺伝子の欠損マウスの脳組織では<small>D</small>-セリン濃度が9〜22%に減少するため<ref name=Basu2009><pubmed>19065142</pubmed></ref><ref name=Horio2011><pubmed>21906644</pubmed></ref><ref name=Labrie2009><pubmed>19483194</pubmed></ref><ref name=Miyoshi2012><pubmed>22990841</pubmed></ref> [11,12,13,14]、セリンラセマーゼが<small>D</small>-セリンの主要な生合成酵素と考えられている。L-セリンの合成酵素であるPhgdhの遺伝子をアストログリア特異的に欠損するマウスでは、セリンラセマーゼ欠損マウスと同程度の<small>D</small>-セリン濃度の減少が認められることより<ref name=Yang2010><pubmed>20966073</pubmed></ref> [15]、セリンラセマーゼはアストログリアから供給されるL-セリンから<small>D</small>-セリンを合成している可能性が高い。
  セリンラセマーゼは、免疫組織化学的にニューロンに局在することが示され<ref name=Miya2008><pubmed>18698599</pubmed></ref> [16]、ニューロン選択的に本酵素遺伝子を欠損するマウスにおいては<small>D</small>-セリン濃度が低下し、アストログリア選択的に欠損させる遺伝子操作では<small>D</small>-セリン濃度に変化がないことから<ref name=Benneyworth2008><pubmed>22362148</pubmed></ref> [17]、主にニューロンに発現していることが支持されている。
=== 貯蔵 ===
 脳の細胞内では、シナプトソーム分画でミトコンドリア分画の約3.8倍の濃度の<small>D</small>-セリンが検出されるが<ref name=Hashimoto1993 />[5]、細胞内局在や貯蔵形態は未解明である。抗<small>D</small>-セリン抗体を用いた免疫組織化学的検討では、アストログリアの細胞質あるいは小胞様構造や、ニューロンの樹状突起またはシナプス後肥厚に含まれているという報告がある<ref name=Martineau2008><pubmed>23426669</pubmed></ref><ref name=Kartvelishvily2006><pubmed>16551623</pubmed></ref> [18,19]。
 
=== 細胞外遊離 ===
<small>D</small>-セリンは、in vivo脳内微小透析法(microdialysis)で自由運動下の齧歯類の脳組織から回収した透析液中に検出され<ref name=Hashimoto1995b><pubmed>7644027</pubmed></ref> [20]、細胞外に放出されていると考えられている。前頭前野および線条体における細胞外液中濃度は6〜7µM程度で、神経伝達物質のドーパミンと比較すると、前者では約20,000倍、後者では約500倍程度高い。成熟した齧歯類の脳における細胞外液中濃度の部位差は、組織中濃度と相関し前脳部で高く小脳で低い<ref name=Hashimoto1995b /> [20]。


要約
 細胞外<small>D</small>-セリンの放出の分子細胞機構については結論が得られていないが、神経活動に応じたシナプス小胞の開口によって放出される神経伝達物質とは異なると推測されている。すなわち、in vivoの実験系では、細胞外液中<small>D</small>-セリン濃度は、脱分極刺激により低下し、神経伝導遮断や細胞外カルシウムの除去を行っても減少しない<ref name=Hashimoto1995b /> [20]。さらに、in vitroの条件下では<small>D</small>-セリンのシナプス小胞に含まれる物質の放出阻害薬の影響を受けない<ref name=Kartvelishvily2006 /> [19]。これらに対して、グリアの活動を抑制する薬剤で減少する<ref name=Kanematsu2006><pubmed>16736231</pubmed></ref><ref name=Henneberger2010><pubmed>20075918</pubmed></ref> [21,22]。これらの所見は、細胞外の<small>D</small>-セリンの放出にはニューロンおよびグリアの双方の活動が影響することを示唆しているが、放出細胞は未同定である。細胞外液中の<small>D</small>-セリン濃度の調節については、AMPA型グルタミン酸受容体<ref name=Ishiwata2008><pubmed>23298512</pubmed></ref> [23]、P2X7プリン受容体―pannexin複合体<ref name=Pan2015><pubmed>25630251</pubmed></ref> [24]、GABAA受容体<ref name=Umino2017><pubmed>28824371</pubmed></ref> [25]等の関与が報告されている。
D-セリンは、脊椎動物のみならず、環形動物や環形動物にも含有される内在性D体アミノ酸である。哺乳類では、脳優位に存在し、脳においてはNMDA受容体と類似した分布および発達パターンを示す。NMDA受容体の内在性コアゴニストとして作用するとともに、δ型グルタミン酸受容体にも結合し、認知機能、精神・行動等の高次脳機能の発現・制御に重要な役割を果たすと考えられている。D-セリンの合成能を持つセリンラセマーゼおよび分解能をもつD-アミノ酸酸化酵素が同定されているほか、貯蔵、細胞外遊離、取り込みなどの代謝過程の研究が進められている。


目次
=== 受容体結合 ===
1. 哺乳類脳における発見の経緯
 グルタミン酸受容体のうち、NMDA受容体(GluN1/GluN2型(図2)およびGluN1/GluN3型)に結合する<ref name=Danysz1998><pubmed>9860805</pubmed></ref><ref name=Matsui1995><pubmed>7790891</pubmed></ref><ref name=Chatterton2002><pubmed>11823786</pubmed></ref> [26,27,28]、またδ受容体Glu D1およびGlu D2にも結合する<ref name=Naur2007><pubmed>17715062</pubmed></ref> [29](生理機能参照)。
2. 化学的性質
=== 取り込み ===
3. 生体内分布
 <small>D</small>-セリンに特異的な輸送体は同定されていない。ナトリウム非依存性中性アミノ酸輸送体のAsc-1(Na+-independent alanine-serine-cysteine transporter 1)<ref name=Fukasawa2000><pubmed>10734121</pubmed></ref>
4. 代謝
<ref name=Ishiwata2013><pubmed>23417484</pubmed></ref> [30, 31]、ナトリウム依存性中性アミノ酸輸送体(Na+-dependent broad-spectrum neutral amino acid transporter)のASCT1<ref name=Kaplan2018><pubmed>30185558</pubmed></ref> [32]およびASCT2<ref name=Foster2016><pubmed>27272177</pubmed></ref> [33]などが、<small>D</small>-セリンの生理的な取り込みや遊離に関与することが示唆されているが、<small>D</small>-セリンに対する親和性はAsc-1が最も高い。
 4. 1. 生合成
=== 分解 ===
 4. 2. 貯蔵
 内在性<small>D</small>-セリンの分解にはD-アミノ酸酸化酵素が関与すると考えられている<ref name=Koga2017><pubmed>29255714</pubmed></ref> [34]。本酵素はKrebsらによって1935年に発見され、酵母から哺乳類まで生物界に広く存在し、D体中性アミノ酸を基質とするがL体には作用しないことが知られてきた<ref name=Koga2017 / > [34]。外来性の不要なD体アミノ酸を除去することが生理的機能と推測されていたが、内在性<small>D</small>-セリンが証明された後、その生理的分解酵素として注目されている<ref name=Koga2017 / > [34]。哺乳類では、脳、腎臓、肝臓に分布し、本酵素活性を欠損するマウスやラットでは、これらの部位で<small>D</small>-セリンの組織中濃度が増大する<ref name=Miyoshi2012 /> [14, 35] <ref name=Hashimoto2008><pubmed>8100053</pubmed></ref>。齧歯類の脳では生後7日頃から発現し、成熟期には<small>D</small>-セリンと逆相関を示すことから、<small>D</small>-セリンの濃度勾配の構築に寄与している可能性がある<ref name=Koga2017 / ><ref name=Wang2003><pubmed>14531937</pubmed></ref> [34,36]。
 4. 3. 細胞外遊離
 4. 4. 受容体結合
 4. 5. 取り込み
 4. 6. 分解
5. 生理機能
 5.1. NMDA受容体リガンド
5.1.1. GluN1/GluN2型NMDA受容体
5.1.2. GluN1/GluN3型NMDA受容体
 5.2. δ受容体リガンド
6. 疾患との関係
 6. 1. 統合失調症
 6. 2. 興奮毒性
6. 3. 腎障害


1. 哺乳類脳における発見の経緯
 セリンラセマーゼにはD体およびL体のセリンをピルビン酸とアンモニアに分解する、デヒドラターゼ活性が見出されているが<ref name=Foltyn2008><pubmed>15536068</pubmed></ref> [37]、本酵素の欠損マウスでは<small>D</small>-セリンが著明に減少し、<small>D</small>-セリンの生理的な分解における役割は未解明である。
D-セリンは遊離型として、ミミズ(環形動物)やカイコ(節足動物)の組織に含まれていることが1960年代から知られていたが、脊椎動物では、アミノ酸はL体で占められるというホモキラリテーが定説となっており、1980年代までは遊離体・結合型(タンパク質の成分)ともに検出されることはなかった<ref name=Corrigan1969><pubmed>5774186</pubmed></ref> [1]。1980年代になり、筆者らが統合失調症の新しい治療法を研究する過程で、遊離型D-セリンが哺乳類の脳に恒常的に高濃度で含まれることを見出し、NMDA型グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の内在性コアゴニストであることを示唆した<ref name=Nishikawa2022><pubmed>noPMID</pubmed></ref> [2]。
NMDA受容体遮断薬が統合失調症と区別し難い精神症状を引き起こすことに基づいて、同受容体の機能低下が推測されている<ref name=Nishikawa2022 /> <ref name=Uno2019><pubmed>30666759</pubmed></ref> [2,3]。これらの精神症状には、既存の治療薬(抗精神病薬)が効果的な陽性症状だけでなく、改善が困難な陰性症状や認知機能障害が含まれる。そこで、本症の新規治療法を開発するため、NMDA受容体機能を促進する同受容体グリシン調節部位の作動薬(図2:グルタミン酸結合部位の作動薬のような高濃度での細胞傷害性がない)として知られていたD-セリンと、その血液脳関門の透過性向上を目的として合成した脂肪酸化合物をラットに投与したところ、いずれもNMDA受容体遮断薬による統合失調症の動物モデルとされる異常行動が抑制された。これらの抑制効果は、NMDA受容体グリシン調節部位の選択的拮抗薬により減弱することや、脂肪酸化合物はグリシン調節部位に結合したなかったことより、脂肪酸とのエステル結合が分解して遊離されたD-セリンがグリシン調節部位に作用する可能性が示唆された。その検証を、キラルアミノ酸を分離定量可能な高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、gas chromatograph(GC)、gas chromatograph-mass spectrometer(GC-MS)法等で行った結果、上記の脂肪酸化合物を投与していない動物の脳(大脳新皮質)においてD-セリンが検出され、germ-freeラットでも濃度が同等であることから、哺乳類の脳に細菌由来ではない内在性D-セリンが存在することがわかった<ref name=Hashimoto1992><pubmed>1730289</pubmed></ref><ref name=Hashimoto1993><pubmed>8419554</pubmed></ref> [4, 5]。


2. 化学的性質
== 生理的機能 ==
1個のアミノ基と1個のカルボニル基をもつD-αアミノ酸で、中性アミノ酸に分類される(図1)。水溶性。
=== NMDA受容体リガンド ===
実験に用いるときは、市販の標品が1.5~1%のL-セリンを含んでいることや、D-[3H]-セリンは非特異的な結合を防ぐため使用前にイオン交換樹脂で再精製を要することに注意が必要である。
==== GluN1/GluN2型NMDA受容体 ====
GluN1/GluN2A~ GluN2D型NMDA受容体においては、<small>D</small>-セリンがGluN1サブユニットのグリシン調節部位に結合し(図2:GLY)、同時にGluN2サブユニットにグルタミン酸が結合することによって(図2:GLU)初めてNMDA受容体チャネルが開口することから、<small>D</small>-セリンはNMDA受容体のコアゴニストであることが、in vitro<ref name=Henneberger2010 /><ref name=Matsui1995 /><ref name=Mothet2008><pubmed>10781100</pubmed></ref> [22,27,38]およびin vivo[25,39]の実験系で示されている。グリシンもNMDA受容体のコアゴニストとして機能するが、大脳新皮質、海馬などの前脳部では、(1)D-アミノ酸酸化酵素<ref name=Henneberger2010 /><ref name=Mothet2008 /> [22,38]、(2)セリンラセマーゼ欠損<ref name=Ishiwata2015><pubmed>25782690</pubmed></ref> [39]、(3)GABAA受容体遮断<ref name=Umino2017 [25]、等の方法で細胞外<small>D</small>-セリンを選択的に除去または減少させると、グリシン濃度が正常であってもNMDA受容体機能が低下することより、<small>D</small>-セリンが内在性コアゴニストと考えられている。<small>D</small>-セリンの代謝過程(「代謝」の項)の特徴が古典的な神経伝達物質と大きく異なるのは、神経伝達物質がニューロンの電気活動に即応して急速に細胞外に放出され、速やかに除去されるのに対し、<small>D</small>-セリンはシナプス間隙において一定レベルの濃度が維持されることでコアゴニストとして機能する点にある。


3. 生体内分布
 セリンラセマーゼを欠損し<small>D</small>-セリンが著明に減少しているマウスの海馬では、NMDA受容体刺激による、(1)興奮性シナプス後電流(EPSC)、(2) シナプスの可塑性と関係する長期増強(LTP)、(3) 興奮性毒性による神経傷害(過剰刺激時)等が抑制される<ref name=Basu2009><pubmed>19065142</pubmed></ref> <ref name=Labrie2009><pubmed>19483194</pubmed></ref> <ref name=Inoue2008><pubmed>19118183</pubmed></ref> [11,13, 40]。<small>D</small>-セリンの欠損マウスでは、記憶、学習、注意、遂行機能等の認知機能が障害される<ref name=Basu2009><pubmed>19065142</pubmed></ref> <ref name=Labrie2009><pubmed>19483194</pubmed></ref> [11,13]。
ラット、マウス、ヒトなどの哺乳類においては、出生後生涯を通じ不均一で脳優位の体内分布を示す。組織中濃度は脳で高く、末梢組織では低濃度(腎臓、肝臓、脾臓、血液等)、痕跡程度または検出感度未満である<ref name=Hashimoto1993 /><ref name=Hashimoto1995><pubmed>7582120</pubmed></ref> [5, 6]。成熟期の脳内では、前脳部(大脳皮質、線条体、海馬など)で高濃度(0.25~0.35µmol/g tissue)、間脳、中脳などでは中等度〜低濃度、橋―延髄、小脳においては痕跡程度または検出感度未満であるが、出生時には各脳部位間でほぼ均一の濃度(0.1 µmol/g tissue程度)が認められる/><ref name=Hashimoto1995 /> [6]。
D-セリンの脳組織中の分布は、NMDA型グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の、グルタミン酸結合部位、グリシン調節部位およびphencyclidine結合部位と強い相関を示す<ref name=Hashimoto1992 /> [4 JNC1993, 図2]。また,生後の発達期から成熟期に至る脳内分布の変化は、GRIN2Bの発現分布の変化と類似している<ref name=Watanabe1992><pubmed>1493227</pubmed></ref>[7]。


4. 代謝(図2)
   グリシンと<small>D</small>-セリンのNMDA受容体に対する生理的役割の違いについての結論は得られていないが、電気生理学的な研究から、<small>D</small>-セリンはシナプスのNMDA受容体に、グリシンはシナプス外NMDA受容体に作用することが示唆されている<ref name=Papouin2012><pubmed>22863013</pubmed></ref> [41]。
種々のD体アミノ酸は哺乳類の腸内細菌で産生されることが知られているが、D-セリンは、無菌ラットまたはマウスの脳や腎臓<ref name=Hashimoto1993 /><ref name=Nagata1992><pubmed>1346751</pubmed></ref> [5, 8]においても組織中濃度は変化が見られないことから、生合成される内在性アミノ酸と考えられる。
4. 1. 生合成
L-セリンをD-セリンに変換するセリンラセマーゼが同定され<ref name=Wolosker1999a><pubmed>9892700</pubmed></ref><ref name=Wolosker1999b><pubmed>10557334</pubmed></ref> [9,10]、本酵素遺伝子の欠損マウスの脳組織ではD-セリン濃度が9〜22%に減少するため<ref name=Basu2009><pubmed>19065142</pubmed></ref><ref name=Horio2011><pubmed>21906644</pubmed></ref><ref name=Labrie2009><pubmed>19483194</pubmed></ref><ref name=Miyoshi2012><pubmed>22990841</pubmed></ref> [11,12,13,14]、セリンラセマーゼがD-セリンの主要な生合成酵素と考えられている。L-セリンの合成酵素であるPhgdhの遺伝子をアストログリア特異的に欠損するマウスでは、セリンラセマーゼ欠損マウスと同程度のD-セリン濃度の減少が認められることより<ref name=Yang2010><pubmed>20966073</pubmed></ref> [15]、セリンラセマーゼはアストログリアから供給されるL-セリンからD-セリンを合成している可能性が高い。
   セリンラセマーゼは、免疫組織化学的にニューロンに局在することが示され<ref name=Miya2008><pubmed>18698599</pubmed></ref> [16]、ニューロン選択的に本酵素遺伝子を欠損するマウスにおいてはD-セリン濃度が低下し、アストログリア選択的に欠損させる遺伝子操作ではD-セリン濃度に変化がないことから<ref name=Benneyworth2008><pubmed>22362148</pubmed></ref> [17]、主にニューロンに発現していることが支持されている。
4. 2. 貯蔵
脳の細胞内では、シナプトソーム分画でミトコンドリア分画の約3.8倍の濃度のD-セリンが検出されるが<ref name=Hashimoto1993 />[5]、細胞内局在や貯蔵形態は未解明である。抗D-セリン抗体を用いた免疫組織化学的検討では、アストログリアの細胞質あるいは小胞様構造や、ニューロンの樹状突起またはシナプス後肥厚に含まれているという報告がある<ref name=Martineau2008><pubmed>23426669</pubmed></ref><ref name=Kartvelishvily2006><pubmed>16551623</pubmed></ref> [18,19]。


4. 3. 細胞外遊離
==== GluN1/GluN3型NMDA受容体 ====
D-セリンは、in vivo脳内微小透析法(microdialysis)で自由運動下の齧歯類の脳組織から回収した透析液中に検出され<ref name=Hashimoto1995b><pubmed>7644027</pubmed></ref> [20]、細胞外に放出されていると考えられている。前頭前野および線条体における細胞外液中濃度は6〜7µM程度で、神経伝達物質のドーパミンと比較すると、前者では約20,000倍、後者では約500倍程度高い。成熟した齧歯類の脳における細胞外液中濃度の部位差は、組織中濃度と相関し前脳部で高く小脳で低い<ref name=Hashimoto1995b /> [20]。
 GluN1・GluN3サブユニットから成るNMDA受容体は、グルタミン酸には応答せずグリシンや<small>D</small>-セリン単独で活性化される興奮性グリシン受容体(eGlyR)を構成することが報告された<ref name=Chatterton2002><pubmed>11823786</pubmed></ref> [28]。本受容体は、ミエリンに存在するだけでなく<ref name=Pina-Crespo2010><pubmed>20739572</pubmed></ref> [42]、大脳皮質・手綱核・扁桃体において内在性グリシンが持続的に神経細胞を脱分極させることによってその興奮性を調節すると考えられている<ref name=Bossi2022><pubmed>35700736</pubmed></ref> [43]。セリンラセマーゼ欠損マウスでは、このような持続性脱分極が影響を受けないことから、<small>D</small>-セリンの生理的役割についてはさらに検討が必要である<ref name=Bossi2022><pubmed>35700736</pubmed></ref> [43]。一方、<small>D</small>-セリンはeGlyRの弱い部分アゴニストとして作用し、グリシンにより前活性化されたeGlyRを抑制する <ref name=Bossi2022><pubmed>35700736</pubmed></ref> [43]。
 細胞外D-セリンの放出の分子細胞機構については結論が得られていないが、神経活動に応じたシナプス小胞の開口によって放出される神経伝達物質とは異なると推測されている。すなわち、in vivoの実験系では、細胞外液中D-セリン濃度は、脱分極刺激により低下し、神経伝導遮断や細胞外カルシウムの除去を行っても減少しない<ref name=Hashimoto1995b /> [20]。さらに、in vitroの条件下ではD-セリンのシナプス小胞に含まれる物質の放出阻害薬の影響を受けない<ref name=Kartvelishvily2006 /> [19]。これらに対して、グリアの活動を抑制する薬剤で減少する<ref name=Kanematsu2006><pubmed>16736231</pubmed></ref><ref name=Henneberger2010><pubmed>20075918</pubmed></ref> [21,22]。これらの所見は、細胞外のD-セリンの放出にはニューロンおよびグリアの双方の活動が影響することを示唆しているが、放出細胞は未同定である。細胞外液中のD-セリン濃度の調節については、AMPA型グルタミン酸受容体<ref name=Ishiwata2008><pubmed>23298512</pubmed></ref> [23]、P2X7プリン受容体―pannexin複合体<ref name=Pan2015><pubmed>25630251</pubmed></ref> [24]、GABAA受容体<ref name=Umino2017><pubmed>28824371</pubmed></ref> [25]等の関与が報告されている。
4. 4. 受容体結合
グルタミン酸受容体のうち、NMDA受容体(GluN1/GluN2型(図2)およびGluN1/GluN3型)に結合する<ref name=Danysz1998><pubmed>9860805</pubmed></ref><ref name=Matsui1995><pubmed>7790891</pubmed></ref><ref name=Chatterton2002><pubmed>11823786</pubmed></ref> [26,27,28]、またδ受容体Glu D1およびGlu D2にも結合する<ref name=Naur2007><pubmed>17715062</pubmed></ref> [29](生理機能参照)。
4. 5. 取り込み
D-セリンに特異的な輸送体は同定されていない。ナトリウム非依存性中性アミノ酸輸送体のAsc-1(Na+-independent alanine-serine-cysteine transporter 1)<ref name=Fukasawa2000><pubmed>10734121</pubmed></ref>
<ref name=Ishiwata2013><pubmed>23417484</pubmed></ref> [30, 31]、ナトリウム依存性中性アミノ酸輸送体(Na+-dependent broad-spectrum neutral amino acid transporter)のASCT1<ref name=Kaplan2018><pubmed>30185558</pubmed></ref> [32]およびASCT2<ref name=Foster2016><pubmed>27272177</pubmed></ref> [33]などが、D-セリンの生理的な取り込みや遊離に関与することが示唆されているが、D-セリンに対する親和性はAsc-1が最も高い。
4. 6. 分解
内在性D-セリンの分解にはD-アミノ酸酸化酵素が関与すると考えられている<ref name=Koga2017><pubmed>29255714</pubmed></ref> [34]。本酵素はKrebsらによって1935年に発見され、酵母から哺乳類まで生物界に広く存在し、D体中性アミノ酸を基質とするがL体には作用しないことが知られてきた<ref name=Koga2017 / > [34]。外来性の不要なD体アミノ酸を除去することが生理的機能と推測されていたが、内在性D-セリンが証明された後、その生理的分解酵素として注目されている<ref name=Koga2017 / > [34]。哺乳類では、脳、腎臓、肝臓に分布し、本酵素活性を欠損するマウスやラットでは、これらの部位でD-セリンの組織中濃度が増大する<ref name=Miyoshi2012 /> [14, 35] <ref name=Hashimoto2008><pubmed>8100053</pubmed></ref>。齧歯類の脳では生後7日頃から発現し、成熟期にはD-セリンと逆相関を示すことから、D-セリンの濃度勾配の構築に寄与している可能性がある<ref name=Koga2017 / ><ref name=Wang2003><pubmed>14531937</pubmed></ref> [34,36]。
 セリンラセマーゼにはD体およびL体のセリンをピルビン酸とアンモニアに分解する、デヒドラターゼ活性が見出されているが<ref name=Foltyn2008><pubmed>15536068</pubmed></ref> [37]、本酵素の欠損マウスではD-セリンが著明に減少し、D-セリンの生理的な分解における役割は未解明である。


5. 生理的機能
==== δ受容体リガンド ====
5. 1. NMDA受容体リガンド
 齧歯類の脳では、NMDA受容体グリシン調節部位以外にも<small>D</small>-セリンが結合する部位が検出される<ref name=Matoba1997><pubmed>9202334</pubmed></ref> [44]。δ型受容体Glu D1およびGlu D2には、グルタミン酸は結合しないがグリシンや<small>D</small>-セリンが結合する<ref name=Naur2007><pubmed>17715062</pubmed></ref> <ref name=Masternak2023><pubmed>36128700</pubmed></ref> [29,45]。小脳では、幼若期にはD-アミノ酸酸化酵素の発現が低く、運動学習に伴う神経活動によって細胞外<small>D</small>-セリン濃度が上昇する。小脳プルキンエ細胞にはδ2受容体(Glu D2)が強く発現しているため、増加した<small>D</small>-セリンがGlu D2に作用することによって長期抑圧が誘導され易く、発達期の小脳では容易に運動学習が起きることが見出されている<ref name=Kakegawa2011><pubmed>21460832</pubmed></ref> [46]。
5.1.1 GluN1/GluN2型NMDA受容体
GluN1/GluN2A~ GluN2D型NMDA受容体においては、D-セリンがGluN1サブユニットのグリシン調節部位に結合し(図2:GLY)、同時にGluN2サブユニットにグルタミン酸が結合することによって(図2:GLU)初めてNMDA受容体チャネルが開口することから、D-セリンはNMDA受容体のコアゴニストであることが、in vitro<ref name=Henneberger2010 /><ref name=Matsui1995 /><ref name=Mothet2008><pubmed>10781100</pubmed></ref> [22,27,38]およびin vivo[25,39]の実験系で示されている。グリシンもNMDA受容体のコアゴニストとして機能するが、大脳新皮質、海馬などの前脳部では、(1)D-アミノ酸酸化酵素<ref name=Henneberger2010 /><ref name=Mothet2008 /> [22,38]、(2)セリンラセマーゼ欠損<ref name=Ishiwata2015><pubmed>25782690</pubmed></ref> [39]、(3)GABAA受容体遮断<ref name=Umino2017 [25]、等の方法で細胞外D-セリンを選択的に除去または減少させると、グリシン濃度が正常であってもNMDA受容体機能が低下することより、D-セリンが内在性コアゴニストと考えられている。D-セリンの代謝過程(「代謝」の項)の特徴が古典的な神経伝達物質と大きく異なるのは、神経伝達物質がニューロンの電気活動に即応して急速に細胞外に放出され、速やかに除去されるのに対し、D-セリンはシナプス間隙において一定レベルの濃度が維持されることでコアゴニストとして機能する点にある。
 セリンラセマーゼを欠損しD-セリンが著明に減少しているマウスの海馬では、NMDA受容体刺激による、(1)興奮性シナプス後電流(EPSC)、(2) シナプスの可塑性と関係する長期増強(LTP)、(3) 興奮性毒性による神経傷害(過剰刺激時)等が抑制される<ref name=Basu2009><pubmed>19065142</pubmed></ref> <ref name=Labrie2009><pubmed>19483194</pubmed></ref> <ref name=Inoue2008><pubmed>19118183</pubmed></ref> [11,13, 40]。D-セリンの欠損マウスでは、記憶、学習、注意、遂行機能等の認知機能が障害される<ref name=Basu2009><pubmed>19065142</pubmed></ref> <ref name=Labrie2009><pubmed>19483194</pubmed></ref> [11,13]。
  グリシンとD-セリンのNMDA受容体に対する生理的役割の違いについての結論は得られていないが、電気生理学的な研究から、D-セリンはシナプスのNMDA受容体に、グリシンはシナプス外NMDA受容体に作用することが示唆されている<ref name=Papouin2012><pubmed>22863013</pubmed></ref> [41]。
5.1.2 GluN1/GluN3型NMDA受容体
GluN1・GluN3サブユニットから成るNMDA受容体は、グルタミン酸には応答せずグリシンやD-セリン単独で活性化される興奮性グリシン受容体(eGlyR)を構成することが報告された<ref name=Chatterton2002><pubmed>11823786</pubmed></ref> [28]。本受容体は、ミエリンに存在するだけでなく<ref name=Pina-Crespo2010><pubmed>20739572</pubmed></ref> [42]、大脳皮質・手綱核・扁桃体において内在性グリシンが持続的に神経細胞を脱分極させることによってその興奮性を調節すると考えられている<ref name=Bossi2022><pubmed>35700736</pubmed></ref> [43]。セリンラセマーゼ欠損マウスでは、このような持続性脱分極が影響を受けないことから、D-セリンの生理的役割についてはさらに検討が必要である<ref name=Bossi2022><pubmed>35700736</pubmed></ref> [43]。一方、D-セリンはeGlyRの弱い部分アゴニストとして作用し、グリシンにより前活性化されたeGlyRを抑制する <ref name=Bossi2022><pubmed>35700736</pubmed></ref> [43]。
5. 2.δ受容体リガンド
齧歯類の脳では、NMDA受容体グリシン調節部位以外にもD-セリンが結合する部位が検出される<ref name=Matoba1997><pubmed>9202334</pubmed></ref> [44]。δ型受容体Glu D1およびGlu D2には、グルタミン酸は結合しないがグリシンやD-セリンが結合する<ref name=Naur2007><pubmed>17715062</pubmed></ref> <ref name=Masternak2023><pubmed>36128700</pubmed></ref> [29,45]。小脳では、幼若期にはD-アミノ酸酸化酵素の発現が低く、運動学習に伴う神経活動によって細胞外D-セリン濃度が上昇する。小脳プルキンエ細胞にはδ2受容体(Glu D2)が強く発現しているため、増加したD-セリンがGlu D2に作用することによって長期抑圧が誘導され易く、発達期の小脳では容易に運動学習が起きることが見出されている<ref name=Kakegawa2011><pubmed>21460832</pubmed></ref> [46]。


6. 疾患との関係
== 疾患との関係 ==
6. 1. 統合失調症
=== 統合失調症 ===
統合失調症ではNMDA受容体の機能障害が推測されているが、D-セリンの本受容体コアゴニストとしての特性から、シナプスにおけるD-セリンシグナルの低下が、この障害を引き起こしている可能性が考えられている。D-セリン合成酵素欠損マウスでは、(1)運動量増加、(2)不安・驚愕反応の増大、 (3)海馬の樹状突起および体積の減少、(4)プレパルス抑制の障害(感覚運動フィルター機能異常)、(5)社会性行動の障害、(5)統合失調症様症状発現薬による異常行動の増悪、等の、本症の患者で観察される異常と類似の変化、あるいは症状のモデルが報告され、前記の仮説を支持している<ref name=Basu2009><pubmed>19065142</pubmed></ref> <ref name=Horio2011><pubmed>21906644</pubmed></ref> <ref name=Balu2013><pubmed>23729812</pubmed></ref> [11,12, 47]。統合失調症患者についての大規模ゲノムワイド関連解析において、セリンラセマーゼと本症の有意な相関が認められたが(GWAS)<ref name=Schizophrenia2014><pubmed>25056061</pubmed></ref> [48]、否定する遺伝子関連研究もある<ref name=Yamada2005><pubmed>15953485</pubmed></ref> [49]。死後脳の研究では、(1) 組織中のD-セリン濃度の変化は認められず<ref name=Kumashiro1995><pubmed>7552268</pubmed></ref>
 統合失調症ではNMDA受容体の機能障害が推測されているが、<small>D</small>-セリンの本受容体コアゴニストとしての特性から、シナプスにおける<small>D</small>-セリンシグナルの低下が、この障害を引き起こしている可能性が考えられている。<small>D</small>-セリン合成酵素欠損マウスでは、(1)運動量増加、(2)不安・驚愕反応の増大、 (3)海馬の樹状突起および体積の減少、(4)プレパルス抑制の障害(感覚運動フィルター機能異常)、(5)社会性行動の障害、(5)統合失調症様症状発現薬による異常行動の増悪、等の、本症の患者で観察される異常と類似の変化、あるいは症状のモデルが報告され、前記の仮説を支持している<ref name=Basu2009><pubmed>19065142</pubmed></ref> <ref name=Horio2011><pubmed>21906644</pubmed></ref> <ref name=Balu2013><pubmed>23729812</pubmed></ref> [11,12, 47]。統合失調症患者についての大規模ゲノムワイド関連解析において、セリンラセマーゼと本症の有意な相関が認められたが(GWAS)<ref name=Schizophrenia2014><pubmed>25056061</pubmed></ref> [48]、否定する遺伝子関連研究もある<ref name=Yamada2005><pubmed>15953485</pubmed></ref> [49]。死後脳の研究では、(1) 組織中の<small>D</small>-セリン濃度の変化は認められず<ref name=Kumashiro1995><pubmed>7552268</pubmed></ref>
<ref name=Bendikov2007><pubmed>17156977</pubmed></ref> [50, 51]、(2)セリンラセマーゼ発現量の変化は研究者間で一致しないが<ref name=Bendikov2007><pubmed>17156977</pubmed></ref>
<ref name=Bendikov2007><pubmed>17156977</pubmed></ref> [50, 51]、(2)セリンラセマーゼ発現量の変化は研究者間で一致しないが<ref name=Bendikov2007><pubmed>17156977</pubmed></ref>
<ref name=Steffek2006><pubmed>16837850</pubmed></ref> [51,52]、(3) D-アミノ酸酸化酵素発現が増加<ref name=Bendikov2007><pubmed>17156977</pubmed></ref><ref name=Madeira2008><pubmed>18378121</pubmed></ref><ref name=Habl2009><pubmed>19823762</pubmed></ref><ref name=Ono2009><pubmed>19685198</pubmed></ref> [51, 53, 54, 55]や、(4) D-セリンが結合するNMDA受容体グリシン調節部位の増加<ref name=Ishimaru1994><pubmed>7909453</pubmed></ref> [56]は、細胞外D-セリンシグナルの減少に繋がる所見として注目される。
<ref name=Steffek2006><pubmed>16837850</pubmed></ref> [51,52]、(3) D-アミノ酸酸化酵素発現が増加<ref name=Bendikov2007><pubmed>17156977</pubmed></ref><ref name=Madeira2008><pubmed>18378121</pubmed></ref><ref name=Habl2009><pubmed>19823762</pubmed></ref><ref name=Ono2009><pubmed>19685198</pubmed></ref> [51, 53, 54, 55]や、(4) <small>D</small>-セリンが結合するNMDA受容体グリシン調節部位の増加<ref name=Ishimaru1994><pubmed>7909453</pubmed></ref> [56]は、細胞外<small>D</small>-セリンシグナルの減少に繋がる所見として注目される。
 D-セリンは、統合失調症様症状を引き起こすNMDA受容体遮断薬を投与した動物の異常行動(統合失調症の薬理学的モデル)<ref name=Contreras1990><pubmed>2109276</pubmed></ref><ref name=Tanii1994><pubmed>8014848</pubmed></ref> [57, 58]や、統合失調症患者において既存の治療薬が奏功しない陰性症状や陽性症状を改善すること<ref name=Tsai2008a><pubmed>9836012</pubmed></ref> [59]が報告されている。これらの効果は、別のNMDA受容体グリシン調節部位作動薬のD-アラニンにも認められるのに対して<ref name=Ishimaru1994><pubmed>7909453</pubmed></ref><ref name=Tsai2008b><pubmed>16154544</pubmed></ref> [56, 60]、動物実験で、同調節部位には作用しないL体のセリンやアラニンにはないことや<ref name=Tanii1994><pubmed>8014848</pubmed></ref> [58]、同調節部位の拮抗薬で阻害されること<ref name=Tanii1994><pubmed>8014848</pubmed></ref> [58]が確認されている。以上の結果から、グリシン調節部位を刺激する薬物や、内在性D-セリンシグナルを増強する薬物が、既存薬よりも治療スペクトラムの広い新しい合失調症治療薬の治療薬として開発が進められている<ref name=Nishikawa2022><pubmed>noPMID</pubmed></ref> <ref name=Nishikawa2022b>'''Nishikawa, T., Umino, A., Umino, M. (2022).'''<br> D-Serine in the Treatment of Psychosis. In: Riederer, P., Laux, G., Nagatsu, T., Le, W., Riederer, C. (eds) NeuroPsychopharmacotherapy. pp 1963–1976, Springer, Cham. https://doi.org/10.1007/978-3-030-62059-2_391</ref> [2, 61]。
 
6. 2. 興奮毒性
 <small>D</small>-セリンは、統合失調症様症状を引き起こすNMDA受容体遮断薬を投与した動物の異常行動(統合失調症の薬理学的モデル)<ref name=Contreras1990><pubmed>2109276</pubmed></ref><ref name=Tanii1994><pubmed>8014848</pubmed></ref> [57, 58]や、統合失調症患者において既存の治療薬が奏功しない陰性症状や陽性症状を改善すること<ref name=Tsai2008a><pubmed>9836012</pubmed></ref> [59]が報告されている。これらの効果は、別のNMDA受容体グリシン調節部位作動薬のD-アラニンにも認められるのに対して<ref name=Ishimaru1994><pubmed>7909453</pubmed></ref><ref name=Tsai2008b><pubmed>16154544</pubmed></ref> [56, 60]、動物実験で、同調節部位には作用しないL体のセリンやアラニンにはないことや<ref name=Tanii1994><pubmed>8014848</pubmed></ref> [58]、同調節部位の拮抗薬で阻害されること<ref name=Tanii1994><pubmed>8014848</pubmed></ref> [58]が確認されている。以上の結果から、グリシン調節部位を刺激する薬物や、内在性<small>D</small>-セリンシグナルを増強する薬物が、既存薬よりも治療スペクトラムの広い新しい合失調症治療薬の治療薬として開発が進められている<ref name=Nishikawa2022><pubmed>noPMID</pubmed></ref> <ref name=Nishikawa2022b>'''Nishikawa, T., Umino, A., Umino, M. (2022).'''<br> D-Serine in the Treatment of Psychosis. In: Riederer, P., Laux, G., Nagatsu, T., Le, W., Riederer, C. (eds) NeuroPsychopharmacotherapy. pp 1963–1976, Springer, Cham. https://doi.org/10.1007/978-3-030-62059-2_391</ref> [2, 61]。
セリンラセマーゼ欠損マウスの大脳皮質では、NMDAやAβ1-42による神経細胞死が著明に抑制され、D-セリン濃度が10%程度まで減少するのに対して、グリシン、L-セリンおよびL-グルタミン酸は変化しない<ref name=Inoue2008><pubmed>19118183</pubmed></ref> [40]。これらの結果から、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症をはじめとする神経変性疾患や、脳血管障害における神経細胞傷害に、D-セリンが関与する可能性が注目されている。
=== 興奮毒性 ===
6. 3. 腎障害
 セリンラセマーゼ欠損マウスの大脳皮質では、NMDAやAβ1-42による神経細胞死が著明に抑制され、<small>D</small>-セリン濃度が10%程度まで減少するのに対して、グリシン、L-セリンおよびL-グルタミン酸は変化しない<ref name=Inoue2008><pubmed>19118183</pubmed></ref> [40]。これらの結果から、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症をはじめとする神経変性疾患や、脳血管障害における神経細胞傷害に、<small>D</small>-セリンが関与する可能性が注目されている。
末梢のD-セリンに関しては、腎臓における生理的・病態生理学的な意義の解析が進んでいる<ref name=Nakade2019>'''中出 祐介,岩田 恭宜,和田 隆志(2019).'''<br>D-セリンと腎臓病 生化学, 91(3),349‒354. PDF: https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2019.910349/data/index.html></ref> [62]。腎臓にはD-セリン、セリンラセマーゼ、D-アミノ酸酸化酵素および中性アミノ酸トランスポーター等が存在し、尿中にはL体より高い濃度のD-セリンが検出されることから腎排泄機能への関与が示唆されている。腎障害患者では血液中D-セリンの上昇が認められ、腎機能のマーカーとしての可能性が検討されている。  
=== 腎障害 ===
 末梢の<small>D</small>-セリンに関しては、腎臓における生理的・病態生理学的な意義の解析が進んでいる<ref name=Nakade2019>'''中出 祐介,岩田 恭宜,和田 隆志(2019).'''<br><small>D</small>-セリンと腎臓病 生化学, 91(3),349‒354. PDF: https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2019.910349/data/index.html></ref> [62]。腎臓には<small>D</small>-セリン、セリンラセマーゼ、D-アミノ酸酸化酵素および中性アミノ酸トランスポーター等が存在し、尿中にはL体より高い濃度の<small>D</small>-セリンが検出されることから腎排泄機能への関与が示唆されている。腎障害患者では血液中<small>D</small>-セリンの上昇が認められ、腎機能のマーカーとしての可能性が検討されている。  


7. 関連項目
== 関連項目 ==
・グルタミン酸
* [[グルタミン酸]]
・セリンラセミ化酵素
* [[セリンラセミ化酵素]]
・グルタミン酸仮説(統合失調症)
* [[グルタミン酸仮説(統合失調症)]]
・グリア細胞
* [[グリア細胞]]
8. 参考文献
== 参考文献 ==

2025年8月13日 (水) 23:28時点における版


西川 徹 昭和医科大学大学院医科薬理学 京都府立医科大学大学院精神機能病態学

英:D-serine 独:D-Serin 仏:D-sérine 
英略称:D-Ser
別名:D-2-アミノ-3-ヒドロキシプロピオン酸 D-2-Amino-3-hydroxypropionic Acid • H-D-Ser-OH

 D-セリンは、脊椎動物のみならず、環形動物や環形動物にも含有される内在性D体アミノ酸である。哺乳類では、脳優位に存在し、脳においてはNMDA受容体と類似した分布および発達パターンを示す。NMDA受容体の内在性コアゴニストとして作用するとともに、δ型グルタミン酸受容体にも結合し、認知機能、精神・行動等の高次脳機能の発現・制御に重要な役割を果たすと考えられている。D-セリンの合成能を持つセリンラセマーゼおよび分解能をもつD-アミノ酸酸化酵素が同定されているほか、貯蔵、細胞外遊離、取り込みなどの代謝過程の研究が進められている。

発見

 D-セリンは遊離型として、ミミズ(環形動物)やカイコ(節足動物)の組織に含まれていることが1960年代から知られていたが、脊椎動物では、アミノ酸はL体で占められるというホモキラリテーが定説となっており、1980年代までは遊離体・結合型(タンパク質の成分)ともに検出されることはなかった[1] [1]。1980年代になり、筆者らが統合失調症の新しい治療法を研究する過程で、遊離型D-セリンが哺乳類の脳に恒常的に高濃度で含まれることを見出し、NMDA型グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の内在性コアゴニストであることを示唆した[2] [2]。

 NMDA受容体遮断薬が統合失調症と区別し難い精神症状を引き起こすことに基づいて、同受容体の機能低下が推測されている[2] [3] [2,3]。これらの精神症状には、既存の治療薬(抗精神病薬)が効果的な陽性症状だけでなく、改善が困難な陰性症状や認知機能障害が含まれる。そこで、本症の新規治療法を開発するため、NMDA受容体機能を促進する同受容体グリシン調節部位の作動薬(図2:グルタミン酸結合部位の作動薬のような高濃度での細胞傷害性がない)として知られていたD-セリンと、その血液脳関門の透過性向上を目的として合成した脂肪酸化合物をラットに投与したところ、いずれもNMDA受容体遮断薬による統合失調症の動物モデルとされる異常行動が抑制された。これらの抑制効果は、NMDA受容体グリシン調節部位の選択的拮抗薬により減弱することや、脂肪酸化合物はグリシン調節部位に結合したなかったことより、脂肪酸とのエステル結合が分解して遊離されたD-セリンがグリシン調節部位に作用する可能性が示唆された。その検証を、キラルアミノ酸を分離定量可能な高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、gas chromatograph(GC)、gas chromatograph-mass spectrometer(GC-MS)法等で行った結果、上記の脂肪酸化合物を投与していない動物の脳(大脳新皮質)においてD-セリンが検出され、germ-freeラットでも濃度が同等であることから、哺乳類の脳に細菌由来ではない内在性D-セリンが存在することがわかった[4][5] [4, 5]。

化学的性質

 1個のアミノ基と1個のカルボニル基をもつD-αアミノ酸で、中性アミノ酸に分類される(図1)。水溶性。 実験に用いるときは、市販の標品が1.5~1%のL-セリンを含んでいることや、D-[3H]-セリンは非特異的な結合を防ぐため使用前にイオン交換樹脂で再精製を要することに注意が必要である。

生体内分布

 ラット、マウス、ヒトなどの哺乳類においては、出生後生涯を通じ不均一で脳優位の体内分布を示す。組織中濃度は脳で高く、末梢組織では低濃度(腎臓、肝臓、脾臓、血液等)、痕跡程度または検出感度未満である[5][6] [5, 6]。成熟期の脳内では、前脳部(大脳皮質、線条体、海馬など)で高濃度(0.25~0.35µmol/g tissue)、間脳、中脳などでは中等度〜低濃度、橋―延髄、小脳においては痕跡程度または検出感度未満であるが、出生時には各脳部位間でほぼ均一の濃度(0.1 µmol/g tissue程度)が認められる/>[6] [6]。 D-セリンの脳組織中の分布は、NMDA型グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の、グルタミン酸結合部位、グリシン調節部位およびphencyclidine結合部位と強い相関を示す[4] [4 JNC1993, 図2]。また,生後の発達期から成熟期に至る脳内分布の変化は、GRIN2Bの発現分布の変化と類似している[7][7]。

代謝

 種々のD体アミノ酸は哺乳類の腸内細菌で産生されることが知られているが、D-セリンは、無菌ラットまたはマウスの脳や腎臓[5][8] [5, 8]においても組織中濃度は変化が見られないことから、生合成される内在性アミノ酸と考えられる(図2)。

生合成

L-セリンをD-セリンに変換するセリンラセマーゼが同定され[9][10] [9,10]、本酵素遺伝子の欠損マウスの脳組織ではD-セリン濃度が9〜22%に減少するため[11][12][13][14] [11,12,13,14]、セリンラセマーゼがD-セリンの主要な生合成酵素と考えられている。L-セリンの合成酵素であるPhgdhの遺伝子をアストログリア特異的に欠損するマウスでは、セリンラセマーゼ欠損マウスと同程度のD-セリン濃度の減少が認められることより[15] [15]、セリンラセマーゼはアストログリアから供給されるL-セリンからD-セリンを合成している可能性が高い。

 セリンラセマーゼは、免疫組織化学的にニューロンに局在することが示され[16] [16]、ニューロン選択的に本酵素遺伝子を欠損するマウスにおいてはD-セリン濃度が低下し、アストログリア選択的に欠損させる遺伝子操作ではD-セリン濃度に変化がないことから[17] [17]、主にニューロンに発現していることが支持されている。

貯蔵

 脳の細胞内では、シナプトソーム分画でミトコンドリア分画の約3.8倍の濃度のD-セリンが検出されるが[5][5]、細胞内局在や貯蔵形態は未解明である。抗D-セリン抗体を用いた免疫組織化学的検討では、アストログリアの細胞質あるいは小胞様構造や、ニューロンの樹状突起またはシナプス後肥厚に含まれているという報告がある[18][19] [18,19]。

細胞外遊離

D-セリンは、in vivo脳内微小透析法(microdialysis)で自由運動下の齧歯類の脳組織から回収した透析液中に検出され[20] [20]、細胞外に放出されていると考えられている。前頭前野および線条体における細胞外液中濃度は6〜7µM程度で、神経伝達物質のドーパミンと比較すると、前者では約20,000倍、後者では約500倍程度高い。成熟した齧歯類の脳における細胞外液中濃度の部位差は、組織中濃度と相関し前脳部で高く小脳で低い[20] [20]。

 細胞外D-セリンの放出の分子細胞機構については結論が得られていないが、神経活動に応じたシナプス小胞の開口によって放出される神経伝達物質とは異なると推測されている。すなわち、in vivoの実験系では、細胞外液中D-セリン濃度は、脱分極刺激により低下し、神経伝導遮断や細胞外カルシウムの除去を行っても減少しない[20] [20]。さらに、in vitroの条件下ではD-セリンのシナプス小胞に含まれる物質の放出阻害薬の影響を受けない[19] [19]。これらに対して、グリアの活動を抑制する薬剤で減少する[21][22] [21,22]。これらの所見は、細胞外のD-セリンの放出にはニューロンおよびグリアの双方の活動が影響することを示唆しているが、放出細胞は未同定である。細胞外液中のD-セリン濃度の調節については、AMPA型グルタミン酸受容体[23] [23]、P2X7プリン受容体―pannexin複合体[24] [24]、GABAA受容体[25] [25]等の関与が報告されている。

受容体結合

 グルタミン酸受容体のうち、NMDA受容体(GluN1/GluN2型(図2)およびGluN1/GluN3型)に結合する[26][27][28] [26,27,28]、またδ受容体Glu D1およびGlu D2にも結合する[29] [29](生理機能参照)。

取り込み

 D-セリンに特異的な輸送体は同定されていない。ナトリウム非依存性中性アミノ酸輸送体のAsc-1(Na+-independent alanine-serine-cysteine transporter 1)[30] [31] [30, 31]、ナトリウム依存性中性アミノ酸輸送体(Na+-dependent broad-spectrum neutral amino acid transporter)のASCT1[32] [32]およびASCT2[33] [33]などが、D-セリンの生理的な取り込みや遊離に関与することが示唆されているが、D-セリンに対する親和性はAsc-1が最も高い。

分解

 内在性D-セリンの分解にはD-アミノ酸酸化酵素が関与すると考えられている[34] [34]。本酵素はKrebsらによって1935年に発見され、酵母から哺乳類まで生物界に広く存在し、D体中性アミノ酸を基質とするがL体には作用しないことが知られてきた引用エラー: <ref> タグに対応する </ref> タグが不足しています。齧歯類の脳では生後7日頃から発現し、成熟期にはD-セリンと逆相関を示すことから、D-セリンの濃度勾配の構築に寄与している可能性がある引用エラー: <ref> タグに対応する </ref> タグが不足しています [34,36]。

 セリンラセマーゼにはD体およびL体のセリンをピルビン酸とアンモニアに分解する、デヒドラターゼ活性が見出されているが[35] [37]、本酵素の欠損マウスではD-セリンが著明に減少し、D-セリンの生理的な分解における役割は未解明である。

生理的機能

NMDA受容体リガンド

GluN1/GluN2型NMDA受容体

GluN1/GluN2A~ GluN2D型NMDA受容体においては、D-セリンがGluN1サブユニットのグリシン調節部位に結合し(図2:GLY)、同時にGluN2サブユニットにグルタミン酸が結合することによって(図2:GLU)初めてNMDA受容体チャネルが開口することから、D-セリンはNMDA受容体のコアゴニストであることが、in vitro[22][27][36] [22,27,38]およびin vivo[25,39]の実験系で示されている。グリシンもNMDA受容体のコアゴニストとして機能するが、大脳新皮質、海馬などの前脳部では、(1)D-アミノ酸酸化酵素[22][36] [22,38]、(2)セリンラセマーゼ欠損[37] [39]、(3)GABAA受容体遮断引用エラー: <ref> タグに対応する </ref> タグが不足しています [13] [38] [11,13, 40]。D-セリンの欠損マウスでは、記憶、学習、注意、遂行機能等の認知機能が障害される[11] [13] [11,13]。

 グリシンとD-セリンのNMDA受容体に対する生理的役割の違いについての結論は得られていないが、電気生理学的な研究から、D-セリンはシナプスのNMDA受容体に、グリシンはシナプス外NMDA受容体に作用することが示唆されている[39] [41]。

GluN1/GluN3型NMDA受容体

 GluN1・GluN3サブユニットから成るNMDA受容体は、グルタミン酸には応答せずグリシンやD-セリン単独で活性化される興奮性グリシン受容体(eGlyR)を構成することが報告された[28] [28]。本受容体は、ミエリンに存在するだけでなく[40] [42]、大脳皮質・手綱核・扁桃体において内在性グリシンが持続的に神経細胞を脱分極させることによってその興奮性を調節すると考えられている[41] [43]。セリンラセマーゼ欠損マウスでは、このような持続性脱分極が影響を受けないことから、D-セリンの生理的役割についてはさらに検討が必要である[41] [43]。一方、D-セリンはeGlyRの弱い部分アゴニストとして作用し、グリシンにより前活性化されたeGlyRを抑制する [41] [43]。

δ受容体リガンド

 齧歯類の脳では、NMDA受容体グリシン調節部位以外にもD-セリンが結合する部位が検出される[42] [44]。δ型受容体Glu D1およびGlu D2には、グルタミン酸は結合しないがグリシンやD-セリンが結合する[29] [43] [29,45]。小脳では、幼若期にはD-アミノ酸酸化酵素の発現が低く、運動学習に伴う神経活動によって細胞外D-セリン濃度が上昇する。小脳プルキンエ細胞にはδ2受容体(Glu D2)が強く発現しているため、増加したD-セリンがGlu D2に作用することによって長期抑圧が誘導され易く、発達期の小脳では容易に運動学習が起きることが見出されている[44] [46]。

疾患との関係

統合失調症

 統合失調症ではNMDA受容体の機能障害が推測されているが、D-セリンの本受容体コアゴニストとしての特性から、シナプスにおけるD-セリンシグナルの低下が、この障害を引き起こしている可能性が考えられている。D-セリン合成酵素欠損マウスでは、(1)運動量増加、(2)不安・驚愕反応の増大、 (3)海馬の樹状突起および体積の減少、(4)プレパルス抑制の障害(感覚運動フィルター機能異常)、(5)社会性行動の障害、(5)統合失調症様症状発現薬による異常行動の増悪、等の、本症の患者で観察される異常と類似の変化、あるいは症状のモデルが報告され、前記の仮説を支持している[11] [12] [45] [11,12, 47]。統合失調症患者についての大規模ゲノムワイド関連解析において、セリンラセマーゼと本症の有意な相関が認められたが(GWAS)[46] [48]、否定する遺伝子関連研究もある[47] [49]。死後脳の研究では、(1) 組織中のD-セリン濃度の変化は認められず[48] [49] [50, 51]、(2)セリンラセマーゼ発現量の変化は研究者間で一致しないが[49] [50] [51,52]、(3) D-アミノ酸酸化酵素発現が増加[49][51][52][53] [51, 53, 54, 55]や、(4) D-セリンが結合するNMDA受容体グリシン調節部位の増加[54] [56]は、細胞外D-セリンシグナルの減少に繋がる所見として注目される。

 D-セリンは、統合失調症様症状を引き起こすNMDA受容体遮断薬を投与した動物の異常行動(統合失調症の薬理学的モデル)[55][56] [57, 58]や、統合失調症患者において既存の治療薬が奏功しない陰性症状や陽性症状を改善すること[57] [59]が報告されている。これらの効果は、別のNMDA受容体グリシン調節部位作動薬のD-アラニンにも認められるのに対して[54][58] [56, 60]、動物実験で、同調節部位には作用しないL体のセリンやアラニンにはないことや[56] [58]、同調節部位の拮抗薬で阻害されること[56] [58]が確認されている。以上の結果から、グリシン調節部位を刺激する薬物や、内在性D-セリンシグナルを増強する薬物が、既存薬よりも治療スペクトラムの広い新しい合失調症治療薬の治療薬として開発が進められている[2] [59] [2, 61]。

興奮毒性

 セリンラセマーゼ欠損マウスの大脳皮質では、NMDAやAβ1-42による神経細胞死が著明に抑制され、D-セリン濃度が10%程度まで減少するのに対して、グリシン、L-セリンおよびL-グルタミン酸は変化しない[38] [40]。これらの結果から、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症をはじめとする神経変性疾患や、脳血管障害における神経細胞傷害に、D-セリンが関与する可能性が注目されている。

腎障害

 末梢のD-セリンに関しては、腎臓における生理的・病態生理学的な意義の解析が進んでいる[60] [62]。腎臓にはD-セリン、セリンラセマーゼ、D-アミノ酸酸化酵素および中性アミノ酸トランスポーター等が存在し、尿中にはL体より高い濃度のD-セリンが検出されることから腎排泄機能への関与が示唆されている。腎障害患者では血液中D-セリンの上昇が認められ、腎機能のマーカーとしての可能性が検討されている。

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