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2012年4月12日 (木) 08:37時点における版
英 presupplementary motor area 英略 pre-SMA, preSMA
前補足運動野とは大脳皮質前頭葉のうちBrodmann分類の6野内側部かつ補足運動野の前方を占める皮質運動領野である。かつては補足運動野の一部と看做されていたが、その後の研究によって解剖・生理学的性質や機能の違いが明らかになり、現在では6野内側部後方を(狭義の)補足運動野、前方を前補足運動野として区別する。前補足運動野は前頭前野と密接な線維連絡を持ち、補足運動野に比べて高次の運動制御に関わっている事が示唆されている。
歴史的背景
古典的な定義による補足運動野はBrodmann分類の6野内側部全体を占めると考えられてきた。しかし6野内側部は皮質の層構造の違いから前後二つの領域(それぞれ6aβ及び6aα[1]、又はF3及びF6[2])に分けられることが知られており、又90年代に入って6aαに加えて6aβからも電気刺激によって上肢の運動を惹起できること[3]、及び6aβ野には動物が手を伸ばして物を取ろうとするときに特徴的な活動を示すニューロン群が見られること[4]などから6野内側部全体を一つの皮質運動野と看做す考え方に疑義が呈されるようになった。こうした経緯を踏まえて、同じ個体(サル)で系統的に6野内側部前方・後方の性質を比較した研究[5]の結果、1).従来補足運動野と呼ばれていた6野内側部には、前後各一つずつの上肢の運動に関連した領域が存在すること、2).6野前方部の領域は後方部とは解剖・生理学的な性質が異なること、3).従来から知られていた補足運動野の性質(体部位再現の存在、電気刺激による運動の誘発、脊髄への投射経路の存在など)は6野内側部後方に当てはまる事、が明らかにされるに及んで6野前方部は前補足運動野と命名され、補足運動野とは異なる領域として確立されるに至った。なお、前補足運動野の概念は最初に動物実験で確立されたが、現在ではヒトでも6野内側部は前補足運動野と補足運動野に分けられることが明らかにされている[6][7][8]。
解剖・生理学的所見
前補足運動野の位置は6野内側部前方で組織学的には6aβ[1]やF6[2]と呼ばれる領域に該当する。前補足運動野は補足運動野とは以下の点で区別される。
電気刺激の効果
前補足運動野のニューロンは上肢の運動に関連して活動し、又この領域からは電気刺激によって上肢の運動を惹起することが出来る。しかし、前補足運動野における誘発運動には補足運動野に比べてより強い電流を必要とし、しかも刺激の効果は明確でない場合が大部分である。又、前補足運動野の上肢領域は補足運動野の顔の領域よりも前方に位置し、それよりも後方に位置する補足運動野の上肢支配領域とは空間的にも分離している。
感覚応答
前補足運動野のニューロンは視覚刺激に対して反応する一方、体性感覚刺激には殆ど反応しない。対照的に補足運動野においては体性感覚刺激に対する応答が顕著であり、しかもその受容野は前方から後方にかけて顔、上肢、体幹、下肢の順に配置されている(体部位再現)。反面視覚刺激に対する応答性は乏しい。
皮質-皮質間投射及び皮質下との線維連絡
前補足運動野と補足運動野は皮質-皮質間投射のパターンが大きく異なる[9]。前補足運動野には前頭前野背外側部(Brodmannの46野)から密な直接入力があり、その他にも8b野、及び前頭眼窩野の11,12野からも入力を受け取っている。対照的に補足運動野と前頭前野との線維連絡は乏しい。他の皮質運動野との線維連絡も前補足運動野と補足運動野は異なる。先ずどちらの領野にも背側及び腹側運動前野(PMd及びPMv)からの入力があるが、前補足運動野への入力はPMd, PMvの吻側部(PMdr及びPMvr)からの入力が主であるのに対して、補足運動野へはPMd, PMvの尾側部(PMdc及びPMvc)からの入力が優勢である。帯状皮質運動野からの入力も両領野は異なり、前補足運動野は吻側帯状皮質運動野(CMAr)から、補足運動野は尾側帯状皮質運動野(CMAc)からそれぞれ双方向性に結合している [9][10]。一次運動野との関係では、補足運動野は一次運動野と密な双方向性の線維連絡を持つ一方、前補足運動野は一次運動野とは線維連絡を持たない。頭頂葉との関係についてみると、前補足運動野、補足運動野はそれぞれ下、上頭頂皮質(それぞれBrodmann分類の7a, 5野)からの入力を受ける。
皮質下との線維連絡にも両領野間に違いが見られる。前補足運動野、補足運動野への視床からの入力はそれぞれVApc, VLo核が主な入力源である[11]。線条体に対しては補足運動野が被殻に投射するのに対して、前補足運動野は被殻と尾状核の中間部に投射する他、視床下核に対しても両領域は空間的に異なる部位に投射する[12]。又、脊髄に対しては補足運動野からは脊髄への直接投射があるのに対して前補足運動野からは皮質脊髄路への投射はない。
上記の入出力パターンの違いは多くの場合絶対的なものではない。即ち前補足運動野・補足運動野と入出力関係を持つ領域は完全には分離しておらず、ある程度の重なりが見られる。しかしその中で最も顕著な違いは前頭前野、一次運動野・脊髄との関係で、前頭前野は前補足運動野に投射するのに対して、補足運動野には投射しない[9]。また補足運動野は一次運動野・脊髄に直接投射しているのに対して、前補足運動野からは電気刺激による運動の誘発のしにくさから予想されるように、一次運動野・脊髄への投射はない[5][9]。
機能
前補足運動野の機能については領域が確立されてからの歴史が浅いこともあり、解明の途上である。又、従来補足運動野の破壊症状として考えられていた症例には前補足運動野や帯状皮質運動野の損傷を伴うケースも含まれていると考えられ、これまでの内側領野損傷に伴う高次運動障害の症例報告については見直しが必要である。現在までに脳機能イメージング、ニューロン活動記録などの手法によって前補足運動野は随意運動制御において隣接する補足運動野よりも高度な側面に関わっている事が示唆されている[13]。ここではそのうち代表的なものについて触れる。
運動の準備
前補足運動野は補足運動野に比べて運動の準備段階から活動するニューロンを高い割合で含む[5][14]。但し、こうした神経活動は脳の他の領域でも数多く発見されており、前補足運動野に特有のものではない。
ルーチン化した行動の切り替え
日常生活において習慣化・ルーチン化した動作は半ば無意識のうちに自動的に実行される。例えば年が明けて間もない頃、日付を書こうとして何気なく去年の年を書いてしまうといった経験は誰にでもあろう。それに対して、状況の変化に応じて適切な動作を選択・実行するためには、状況がどのように変化したかという認知、変化した状況においてどのような行動が適切かという判断、その結果選んだ行動の実行というより意識的な一連のプロセスを必要とする。こうした柔軟な行動の切り替えには高次運動関連領野の中でも特に前補足運動野や吻側帯状皮質運動野の関与が示唆されており、これらの領域からは動物がルーチン化した運動を行っているときには活動せず、運動を切り替える時に限って活動するニューロンが発見されている[15][16][17][18]。一方こうしたニューロンは補足運動野、尾側帯状皮質運動野では乏しく一次運動野では見つかっていない。前述のように前補足運動野は前頭前野から豊富な入力を受け取っているが、前頭前野はその破壊症状から個体が状況の変化に柔軟に応じた行動を取るのに重要な役割を果たしている事が示唆されており、適応行動にこれらの領域からなるネットワークが関与していると見られる[19]。
手続き学習procedural learning
複数の要素的動作を複雑な順序で組み合わせて実行することは我々の日常生活の中で重要な位置を占める(例、書字、タイピング、演奏等)。多くの場合これらの複雑な連続動作は生得的に備わっているものではなく、繰り返し実行する事によって獲得したスキル、つまり手続き記憶の一種である。前補足運動野は手続き学習のうち、連続動作の新規学習に関わっていると考えられている。こうした見方を裏付ける根拠として連続動作の学習初期に前補足運動野の血流量が増大すること[20][21][22][23]、前補足運動野のニューロンは新しい運動シークエンスを与えられた時に活動が増強する一方、動物が動作の実行に習熟するに従って活動が減弱すること[17]、および連続動作学習初期に前補足運動野へのムシモール注入によって動作の順序を間違え易くなる一方で既に習熟した動作の実行には影響を及ぼさないこと[24]等が挙げられる。これらの所見は補足運動野には当てはまらず、両領野の機能差が示唆される。
動作の時間的順序のコントロール
前補足運動野は補足運動野と同様に順序動作の実行にも関与していることがニューロン記録や障害実験の結果から示唆されている[25]。
その他
動作のタイミングコントロール[26][27]や自他の区別[28]などが新たに前補足運動野の役割として指摘されている。
関連文献
- ↑ 1.0 1.1 C Vogt. O Vogt
Allgemeinere Ergebnisse unserer Hirnforschung
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