「筋ジストロフィー」の版間の差分
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担当編集委員:[https://researchmap.jp/shinsuke.ishigaki 石垣 診祐](滋賀医科大学 神経難病研究センター)<br> | 担当編集委員:[https://researchmap.jp/shinsuke.ishigaki 石垣 診祐](滋賀医科大学 神経難病研究センター)<br> | ||
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英:muscular dystrophy 独:Muskeldystrophie 仏:dystrophie musculaire <br> | |||
{{box|text= 筋ジストロフィーは、遺伝的要因により慢性進行性の筋力低下と筋萎縮を生じる疾患群の総称である。単一の疾患ではなく、原因遺伝子、遺伝形式、発症年齢、障害される筋の分布、進行速度、筋外症状の異なる多数の病型を含む。代表的病型として、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy)、ベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy)、筋強直性ジストロフィー(myotonic dystrophy)、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(facioscapulohumeral muscular dystrophy)、肢帯型筋ジストロフィー(limb-girdle muscular dystrophy)などがある<ref name=Mercuri2013><pubmed>23465426</pubmed></ref><ref name=Birnkrant2018>'''Birnkrant DJ, Bushby K, Bann CM, et al. (2018)'''<br>Diagnosis and management of Duchenne muscular dystrophy, parts 1-3. Lancet Neurol. 17:251-267.</ref><ref name=Harper2001>'''Harper PS. (2001).'''<br>Myotonic Dystrophy. 3rd ed. London: WB Saunders</ref><ref name=Tawil2015><pubmed>26215877</pubmed></ref><ref name=Straub2018><pubmed>30055862</pubmed></ref>。近年は遺伝学的検査が診断の中心となっている。また、一部の病型では変異に応じた分子病態に基づく治療や遺伝子治療が導入されている<ref name=Straub2022><pubmed>34863211</pubmed></ref><ref name=Komaki2020><pubmed>33285037</pubmed></ref><ref name=PMDA2025>Pharmaceuticals and Medical Devices Agency. Delandistrogene moxeparvovec (ELEVIDYS) for Duchenne muscular dystrophy: approval and safety information. 2025.</ref>。}} | {{box|text= 筋ジストロフィーは、遺伝的要因により慢性進行性の筋力低下と筋萎縮を生じる疾患群の総称である。単一の疾患ではなく、原因遺伝子、遺伝形式、発症年齢、障害される筋の分布、進行速度、筋外症状の異なる多数の病型を含む。代表的病型として、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy)、ベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy)、筋強直性ジストロフィー(myotonic dystrophy)、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(facioscapulohumeral muscular dystrophy)、肢帯型筋ジストロフィー(limb-girdle muscular dystrophy)などがある<ref name=Mercuri2013><pubmed>23465426</pubmed></ref><ref name=Birnkrant2018>'''Birnkrant DJ, Bushby K, Bann CM, et al. (2018)'''<br>Diagnosis and management of Duchenne muscular dystrophy, parts 1-3. Lancet Neurol. 17:251-267.</ref><ref name=Harper2001>'''Harper PS. (2001).'''<br>Myotonic Dystrophy. 3rd ed. London: WB Saunders</ref><ref name=Tawil2015><pubmed>26215877</pubmed></ref><ref name=Straub2018><pubmed>30055862</pubmed></ref>。近年は遺伝学的検査が診断の中心となっている。また、一部の病型では変異に応じた分子病態に基づく治療や遺伝子治療が導入されている<ref name=Straub2022><pubmed>34863211</pubmed></ref><ref name=Komaki2020><pubmed>33285037</pubmed></ref><ref name=PMDA2025>Pharmaceuticals and Medical Devices Agency. Delandistrogene moxeparvovec (ELEVIDYS) for Duchenne muscular dystrophy: approval and safety information. 2025.</ref>。}} | ||
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=== ジストロフィン === | === ジストロフィン === | ||
デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーの原因分子である('''図1''')。筋線維膜においてジストロフィン糖タンパク質複合体を形成し、細胞骨格と[[細胞外マトリックス]]を連結する('''図2''')。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーでは、この連結機構が障害されることで筋線維膜の脆弱性が増し、その結果、筋線維壊死と再生、慢性炎症、線維化、脂肪置換が進行し、筋力低下と筋萎縮を生じる。とくにデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、DMD遺伝子の欠失、重複、点変異、スプライシング異常によりmRNAの読み枠が崩れると、機能的タンパク質が産生されず重症化する。一方、読み枠が保たれる場合には短縮型ジストロフィン・タンパク質が産生され、比較的軽症のベッカー型筋ジストロフィーとなることが多い。こうした[[アウトオブフレーム変異]]と[[インフレーム変異]]の違い、および[[エクソン53スキッピング]]による読み枠回復の概念を'''図3'''に示す | デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーの原因分子である('''図1''')。筋線維膜においてジストロフィン糖タンパク質複合体を形成し、細胞骨格と[[細胞外マトリックス]]を連結する('''図2''')。デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーでは、この連結機構が障害されることで筋線維膜の脆弱性が増し、その結果、筋線維壊死と再生、慢性炎症、線維化、脂肪置換が進行し、筋力低下と筋萎縮を生じる。とくにデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、DMD遺伝子の欠失、重複、点変異、スプライシング異常によりmRNAの読み枠が崩れると、機能的タンパク質が産生されず重症化する。一方、読み枠が保たれる場合には短縮型ジストロフィン・タンパク質が産生され、比較的軽症のベッカー型筋ジストロフィーとなることが多い。こうした[[アウトオブフレーム変異]]と[[インフレーム変異]]の違い、および[[エクソン53スキッピング]]による読み枠回復の概念を'''図3'''に示す<ref name=Straub2022/><ref name=Komaki2020/><ref name=Anthony2014><pubmed>24217213</pubmed></ref>。 | ||
== 治療 == | == 治療 == | ||
多くの筋ジストロフィーでは、現時点でも治療の基本は[[対症療法]]である。[[理学療法]]、拘縮予防、装具療法、呼吸管理、心機能管理、栄養管理、嚥下評価、生活支援は、ほぼすべての病型で重要である<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/>。一部の病型では分子病態に基づく治療が導入されつつあり、遺伝学的診断は治療選択の観点からも重要性を増している。 | 多くの筋ジストロフィーでは、現時点でも治療の基本は[[対症療法]]である。[[理学療法]]、拘縮予防、装具療法、呼吸管理、心機能管理、栄養管理、嚥下評価、生活支援は、ほぼすべての病型で重要である<ref name=Mercuri2013/><ref name=Emery2002/>。一部の病型では分子病態に基づく治療が導入されつつあり、遺伝学的診断は治療選択の観点からも重要性を増している。 | ||
デュシェンヌ型筋ジストロフィーなど一部の病型では、[[アンチセンス核酸]]、[[ウイルスベクター]]による[[遺伝子補充治療]]、[[ゲノム編集]]、[[RNA標的治療]]、細胞治療などの開発が進んでいる。たとえば、エクソン53スキッピング薬の[[ビルトラルセン]]([[ビルテプソ]]®)は、前駆体[[mRNA]]の[[スプライシング]]を操作して読み枠を回復し、短縮型ジストロフィン・タンパク質発現を促す治療である<ref name=Komaki2020/>。また、[[マイクロジストロフィン]]遺伝子を[[AVベクター]]で導入する遺伝子治療薬の[[デランジストロゲン モキセパルボベク]]([[エレビジス]]®)は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する疾患修飾薬として臨床導入された<ref name=PMDA2025/>。一方で、適応となる病型や変異は限られており、長期的有効性と安全性の検討が続いている | デュシェンヌ型筋ジストロフィーなど一部の病型では、[[アンチセンス核酸]]、[[ウイルスベクター]]による[[遺伝子補充治療]]、[[ゲノム編集]]、[[RNA標的治療]]、細胞治療などの開発が進んでいる。たとえば、エクソン53スキッピング薬の[[ビルトラルセン]]([[ビルテプソ]]®)は、前駆体[[mRNA]]の[[スプライシング]]を操作して読み枠を回復し、短縮型ジストロフィン・タンパク質発現を促す治療である<ref name=Komaki2020/>。また、[[マイクロジストロフィン]]遺伝子を[[AVベクター]]で導入する遺伝子治療薬の[[デランジストロゲン モキセパルボベク]]([[エレビジス]]®)は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する疾患修飾薬として臨床導入された<ref name=PMDA2025/>。一方で、適応となる病型や変異は限られており、長期的有効性と安全性の検討が続いている<ref name=Birnkrant2018/><ref name=Straub2022/><ref name=Aartsma-Rus2017><pubmed>27929755</pubmed></ref><ref name=Long2016><pubmed>26721683</pubmed></ref><ref name=PMDA2025/>。 | ||
== 疫学 == | == 疫学 == | ||
筋ジストロフィー全体の頻度は病型ごとに大きく異なる。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは小児期発症の筋ジストロフィーとして最も頻度が高く、筋強直性ジストロフィー1型は成人発症筋ジストロフィーの中で最も頻度が高い病型である | 筋ジストロフィー全体の頻度は病型ごとに大きく異なる。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは小児期発症の筋ジストロフィーとして最も頻度が高く、筋強直性ジストロフィー1型は成人発症筋ジストロフィーの中で最も頻度が高い病型である<ref name=Udd2012/><ref name=日本神経学会/>。一方、肢帯型筋ジストロフィーや先天性筋ジストロフィーは、原因遺伝子や地域差によって頻度が大きく変動する<ref name=Harper2001/><ref name=Tawil2015/><ref name=Straub2018/>。 | ||
==関連項目== | ==関連項目== | ||