「スペクトリン」の版間の差分

細編集の要約なし
9行目: 9行目:


英:spectrin
英:spectrin
{{box|text= スペクトリンは細胞骨格タンパク質であり、さまざまな組織で発現している。脳において、スペクトリンは神経細胞における情報出力のトリガーである軸索起始部の主要な構成要素であり、イオンチャネルなどを軸索起始部に集積させる足場タンパク質ankyrin(アンキリン)とともに骨格構造を形成する。スペクトリンの遺伝子変異は血液疾患や精神・神経疾患、神経発達症に関与することが知られている。}}
{{box|text= スペクトリンはさまざまな組織で発現する細胞骨格タンパク質である。脳では、スペクトリンは神経細胞における情報出力のトリガーである軸索起始部の主要な構成要素であり、イオンチャネルなどを軸索起始部に集積させる足場タンパク質ankyrin(アンキリン)とともに骨格構造を形成する。スペクトリンの遺伝子変異は血液疾患や精神・神経疾患、神経発達症に関与する。}}


== スペクトリンとは ==
== スペクトリンとは ==
[[ファイル:Yamanoi Spectrin Figure1.jpg|サムネイル|'''図1. 赤血球のspectrin膜骨格'''<br>赤血球の溶血過程と、赤血球膜骨格を形成する分子群を示す。α-スペクトリンとβ-スペクトリン からなるスペクトリン複合体は、赤血球膜直下でアクチンなどの分子と結合し、網目状の膜骨格構造を形成する。]]
[[ファイル:Yamanoi Spectrin Figure1.jpg|サムネイル|'''図1. 赤血球のspectrin膜骨格'''<br>赤血球の溶血過程と、赤血球膜骨格を形成する分子群を示す。α-スペクトリンとβ-スペクトリン からなるスペクトリン複合体は、赤血球膜直下でアクチンなどの分子と結合し、網目状の膜骨格構造を形成する。]]
 赤血球は、血管内を循環する際に変形を繰り返し、さまざまな機械的ストレスを受ける。一方、神経細胞の長い突起である軸索も、張力やねじりなどの機械的ストレスにさらされる。スペクトリンは、細胞膜直下の裏打ち構造である膜骨格を構成し、こういった機械的ストレス下で細胞機能、形態を維持するために重要なタンパク質の一つである<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。
 赤血球は、血管内を循環する過程で繰り返し変形し、さまざまな機械的ストレスを受ける。また、神経細胞から伸びる長い突起である軸索も、張力やねじれなどの機械的ストレスにさらされる。スペクトリンは、細胞膜直下の裏打ち構造である膜骨格を構成する主要なタンパク質の一つであり、このような機械的ストレスのもとで細胞の形態や機能を維持するうえで重要な役割を果たす<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。


 1968年、溶血によって細胞内成分を失った赤血球(赤血球ゴースト)から同定されたタンパク質は、幽霊(specter)にちなんでスペクトリンと名付けられた<ref name=Marchesi1968><pubmed>5634911</pubmed></ref>('''図1''')。1979年、スペクトリンと結合し、赤血球の膜裏打ち骨格(膜骨格)を形成するタンパク質が発見され、アンキリン (ankyrin)と名付けられた<ref name=Bennett1979><pubmed>372182</pubmed></ref>。1981年、非赤血球系培養細胞においてスペクトリン様タンパク質が存在することが報告された<ref name=Goodman1981><pubmed>6950399</pubmed></ref>。1982年、赤血球スペクトリンと免疫反応性を示す分子が脳内で発見され、神経系におけるスペクトリンの存在が示唆された<ref name=Bennett1982><pubmed>6129664</pubmed></ref>。これらの発見を契機に、脳におけるスペクトリンの機能が注目されるようになった。
 1968年、溶血によって細胞内成分を失った赤血球(赤血球ゴースト)からタンパク質が同定され、幽霊(specter)にちなんでスペクトリンと名付けられた<ref name=Marchesi1968><pubmed>5634911</pubmed></ref>('''図1''')。1979年には、スペクトリンと結合して赤血球の膜裏打ち骨格(膜骨格)を形成するタンパク質が発見され、アンキリン(ankyrin)と名付けられた<ref name=Bennett1979><pubmed>372182</pubmed></ref>。1981年には、非赤血球系の培養細胞にもスペクトリン様タンパク質が存在することが報告された<ref name=Goodman1981><pubmed>6950399</pubmed></ref>。さらに1982年には、赤血球スペクトリンと免疫反応性を示す分子が脳内で発見され、神経系にもスペクトリンが存在することが示された<ref name=Bennett1982><pubmed>6129664</pubmed></ref>。これらの発見を契機として、神経系におけるスペクトリンの分布や機能に関する研究が進められるようになった。


== サブユニット ==
== サブユニット ==
 αサブユニットであるα-スペクトリンとβサブユニットであるβ-スペクトリンがある。ヒトを含む哺乳類には2種類のα-スペクトリン(約280 kDa)と5種類のβ-スペクトリン(約250-290 kDa、βVは他に比べて非常に大きく約417 kDa)が発現している('''表1''')。ヒト遺伝子において、SPTA1とSPTAN1はそれぞれαI-スペクトリンとαII-スペクトリンと称するタンパク質を、SPTB、SPTBN1、SPTBN2、SPTBN4、SPTBN5はそれぞれβI-スペクトリン、βII-スペクトリン、βIII-スペクトリン、βIV-スペクトリン、βV-スペクトリンをコードする。
 スペクトリンには、αサブユニットであるα-スペクトリンと、βサブユニットであるβ-スペクトリンがある。ヒトを含む哺乳類では、2種類のα-スペクトリン(約280 kDa)と5種類のβ-スペクトリン(約250–290 kDa)が発現している。なお、βV-スペクトリンは他のβ-スペクトリンと比較して著しく大きく、分子量は約417 kDaである('''表1''')。ヒトでは、SPTA1およびSPTAN1遺伝子がそれぞれαI-スペクトリンおよびαII-スペクトリンを、SPTB、SPTBN1、SPTBN2、SPTBN4、SPTBN5遺伝子がそれぞれβI-スペクトリン、βII-スペクトリン、βIII-スペクトリン、βIV-スペクトリン、βV-スペクトリンをコードする。


 多くのスプライシングバリアントが存在する。神経発達初期では長いβIV-スペクトリン(Σ1)の発現が優勢であるが、発達に伴い、アクチン結合領域を持たない短いβIV-スペクトリン(Σ6)の発現レベルが大きく上昇する<ref name=Yoshimura2017><pubmed>28123356</pubmed></ref>。しかし、個々のスプライシングバリアントの役割に関しては、いまだ不明な点が多い。
 スペクトリンには多くのスプライシングバリアントが存在する。神経発達の初期には、長いβIV-スペクトリン(Σ1)の発現が優勢であるが、発達に伴って、アクチン結合領域を持たない短いβIV-スペクトリン(Σ6)の発現が大きく増加する<ref name=Yoshimura2017><pubmed>28123356</pubmed></ref>。しかし、個々のスプライシングバリアントの機能については、いまだ不明な点が多い。


 線虫やショウジョウバエではスペクトリンの種類は少なく、α-スペクトリン、β-G-スペクトリン、β-H-スペクトリンがあり、それぞれ順に哺乳類のαII-スペクトリン、βII-スペクトリン、βv-スペクトリンに類似する<ref name=Dubreuil1998><pubmed>9872052</pubmed></ref><ref name=Zhang2013b><pubmed>24302288</pubmed></ref>。
 線虫やショウジョウバエではスペクトリンの種類は哺乳類より少なく、α-スペクトリン、β-G-スペクトリン、β-H-スペクトリンが存在する。これらは、それぞれ哺乳類のαII-スペクトリン、βII-スペクトリン、βV-スペクトリンに類似する<ref name=Dubreuil1998><pubmed>9872052</pubmed></ref><ref name=Zhang2013b><pubmed>24302288</pubmed></ref>。
{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
|+表1. スペクトリンの主な発現・局在部位と関連疾患
|+表1. スペクトリンの主な発現・局在部位と関連疾患
75行目: 75行目:


== 発現 ==
== 発現 ==
 αI-スペクトリンは哺乳類の赤血球で発現する<ref name=Salomao2006><pubmed>16407147</pubmed></ref>。非赤血球型のαII-スペクトリンは脳を含む多くの組織に広く発現する<ref name=Ackermann2019><pubmed>31186638</pubmed></ref>。
 αI-スペクトリンは、哺乳類の赤血球に発現する<ref name=Salomao2006><pubmed>16407147</pubmed></ref>。一方、非赤血球型のαII-スペクトリンは、脳を含む多くの組織に広く発現する<ref name=Ackermann2019><pubmed>31186638</pubmed></ref>。
 
 βI-スペクトリンは赤血球、骨格筋、心筋などに発現し、神経細胞では樹状突起およびシナプス後肥厚部に局在する<ref name=Bennett2001><pubmed>11427698</pubmed></ref><ref name=Baines2005><pubmed>15970557</pubmed></ref><ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。βII-スペクトリンは発生期の骨格筋に発現し、神経細胞では軸索に広く分布する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref name=Zhou1998><pubmed>9436990</pubmed></ref>。βIII-スペクトリンは主に脳で高発現するが、膵臓、腎臓、生殖器系組織、皮膚などでも発現が認められる<ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。小脳プルキンエ細胞では、βIII-スペクトリンは細胞体および樹状突起に分布し、樹状突起スパインにも局在する<ref name=Perkins2010><pubmed>20371805</pubmed></ref><ref name=Gao2011><pubmed>22090485</pubmed></ref>。βIV-スペクトリンの転写産物は脳および膵島で認められ、そのタンパク質は神経細胞の軸索起始部およびランヴィエ絞輪に集積する<ref name=Berghs2000><pubmed>11086001</pubmed></ref>。巨大なβV-スペクトリンは、小脳、脊髄、心臓、胃、光受容細胞などで発現する<ref name=Stabach2000><pubmed>10764729</pubmed></ref><ref name=Papal2013><pubmed>23704327</pubmed></ref>。
[[ファイル Spectrin Figure2.jpg|サムネイル|'''図2. 軸索起始部におけるスペクトリン膜骨格と関連分子群'''<br>軸索起始部では、アンキリン-Gがイオンチャネル(Nav1やKCNQ2/3)や接着分子(NF186やNrCAM)などと結合し、これらを軸索起始部に集積させる。αII-スペクトリンとβIV-スペクトリンからなるスペクトリン四量体はアクチンリングを連結し、アンキリン-GはβIV-スペクトリンとの結合を介して、軸索起始部における周期的な膜骨格構造の形成に寄与する。]]
 
全体を事典的な文体に統一し、重複ややや不自然な表現を整理しました。コードと文献情報は削除せず、そのまま残しています。特に「構造」では主語を明確にし、「軸索」ではMPS→AIS→ランヴィエ絞輪・パラノードという流れが読みやすくなるようにしました。


 βI-スペクトリンは赤血球や骨格筋、心筋に存在し、神経細胞では樹状突起領域およびシナプス後肥厚部に局在する<ref name=Bennett2001><pubmed>11427698</pubmed></ref><ref name=Baines2005><pubmed>15970557</pubmed></ref><ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。βII-スペクトリンは発生期の骨格筋に発現しており、神経細胞では軸索に広く分布する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref><ref name=Zhou1998><pubmed>9436990</pubmed></ref>。βIII-スペクトリンは主に脳で高発現しているが、膵臓、腎臓、生殖器系組織、皮膚においても発現が認められる<ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。βIII-スペクトリンは小脳プルキンエ細胞では細胞体および樹状突起領域に存在し、樹状突起スパインに局在する<ref name=Perkins2010><pubmed>20371805</pubmed></ref><ref name=Gao2011><pubmed>22090485</pubmed></ref>。βIV-スペクトリンの転写産物は脳および膵島で認められ、タンパク質は神経細胞において軸索起始部およびランヴィエ絞輪に集積している<ref name=Berghs2000><pubmed>11086001</pubmed></ref>。巨大βV-スペクトリンは小脳や脊髄、心臓、胃、光受容細胞などで発現している<ref name=Stabach2000><pubmed>10764729</pubmed></ref><ref name=Papal2013><pubmed>23704327</pubmed></ref>。
[[ファイル:Yamanoi Spectrin Figure2.jpg|サムネイル|'''図2.軸索起始部におけるスペクトリン膜骨格と関連分子群'''<br>軸索起始部において、アンキリン-Gはイオンチャネル(Nav1やKCNQ2/3)や接着分子(NF186やNrCAM)などと結合し、それらを軸索起始部に集積させる。αII-スペクトリンとβIV-スペクトリンからなるスペクトリン四量体は、アクチンリングを連結し、アンキリン-GはβIV-スペクトリンとの結合を介して、軸索起始部における周期的な膜骨格構造を構築する。]]
== 構造 ==
== 構造 ==
 いずれも弾性に富むスペクトリンリピートと呼ばれる特徴的な繰り返し配列を有する<ref name=Speicher1983><pubmed>6654896</pubmed></ref><ref name=Speicher1984><pubmed>6472478</pubmed></ref>。
 α-スペクトリンおよびβ-スペクトリンはいずれも、弾性に富むスペクトリンリピートと呼ばれる特徴的な繰り返し配列を有する<ref name=Speicher1983><pubmed>6654896</pubmed></ref><ref name=Speicher1984><pubmed>6472478</pubmed></ref>。


 α-スペクトリンはN末端から順に、四量体化モチーフ、21個のスペクトリンリピート、SH3(Src homology 3)ドメイン、カルモジュリン結合ドメイン(αII-スペクトリンのみ)、EF-handドメインを有する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。
 α-スペクトリンはN末端側から、四量体化モチーフ、21個のスペクトリンリピート、SH3(Src homology 3)ドメイン、カルモジュリン結合ドメイン(αII-スペクトリンのみ)、EF-handドメインを有する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。


 β-スペクトリンはN末端から順に、2個のアクチン結合CH(calponin homology)ドメイン、17個のスペクトリンリピート(βV-スペクトリンは30個)、PH(pleckstrin homology)ドメインが続く<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。βV-スペクトリンは推定されるアンキリン結合領域が十分に保存されていない<ref name=Stabach2000><pubmed>10764729</pubmed></ref>。そのため、他のβ-スペクトリンとは異なる様式で骨格構造を形成していると考えられている。
 β-スペクトリンはN末端側から、2個のアクチン結合CH(calponin homology)ドメイン、17個のスペクトリンリピート(βV-スペクトリンでは30個)、PH(pleckstrin homology)ドメインを有する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。βV-スペクトリンでは、推定されるアンキリン結合領域の配列が十分に保存されていない<ref name=Stabach2000><pubmed>10764729</pubmed></ref>。このため、他のβ-スペクトリンとは異なる様式で骨格構造を形成すると考えられている。
 
 スペクトリンは、2つのαサブユニットと2つのβサブユニットからなるヘテロ四量体を形成する<ref name=Morrow1981><pubmed>7204503</pubmed></ref><ref name=Bignone2003><pubmed>12820899</pubmed></ref>('''図2''')。


 2つのαサブユニットと2つのβサブユニットからなるヘテロ四量体を形成する<ref name=Morrow1981><pubmed>7204503</pubmed></ref><ref name=Bignone2003><pubmed>12820899</pubmed></ref>('''図2''')。
==機能==
==機能==
=== 樹状突起スパイン ===
=== 樹状突起スパイン ===
 βI-スペクトリンは、樹状突起スパインにおける形態的および機能的な調節に関与する<ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。βIII-スペクトリンも樹状突起スパインの基部およびネックに局在し、スパインネックのくびれ構造の形成ならびにシナプス活動の調節に関与する<ref name=Efimova2017><pubmed>28576936</pubmed></ref>。
 βI-スペクトリンは、樹状突起スパインの形態および機能の調節に関与する<ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。βIII-スペクトリンも樹状突起スパインの基部およびネックに局在し、スパインネックのくびれ構造の形成やシナプス活動の調節に関与する<ref name=Efimova2017><pubmed>28576936</pubmed></ref>。
 
=== 軸索 ===
=== 軸索 ===
 軸索では、四量体の両端は環状に配置したアクチン(アクチンリング)と結合し、アクチンリング同士を連結することで、細胞膜直下に膜骨格を形成する。
 軸索では、スペクトリン四量体の両端が環状に配置されたアクチン(アクチンリング)と結合し、隣接するアクチンリング同士を連結することで、細胞膜直下に膜骨格を形成する。このスペクトリン-アクチン骨格は約190 nm間隔で周期的に配列し、膜関連周期骨格(membrane-associated periodic skeleton; MPS)を形成する<ref name=Xu2013><pubmed>23239625</pubmed></ref><ref name=Goy2026><pubmed>42228557</pubmed></ref>。MPSは軸索全体に共通してみられる基本構造であるが、スペクトリンのアイソフォームやアンキリンとの組み合わせは軸索内の領域によって異なり、それぞれ異なる機能を担う<ref name=Goy2026><pubmed>42228557</pubmed></ref>。
 
 このスペクトリン-アクチン骨格が約190 nm間隔で周期的に配列し、膜関連周期骨格(membrane-associated periodic skeleton; MPS)を形成する<ref name=Xu2013><pubmed>23239625</pubmed></ref><ref name=Goy2026><pubmed>42228557</pubmed></ref>。MPSは軸索全体に共通する基本構造であるが、スペクトリンアイソフォームやアンキリンとの組み合わせは軸索内の領域によって異なり、それぞれ異なる機能を担う<ref name=Goy2026><pubmed>42228557</pubmed></ref>。


 軸索遠位部では、αII-スペクトリンとβII-スペクトリンがヘテロ四量体を形成し、アンキリン-Bとともに膜関連周期骨格を構築する<ref name=Yoshimura2021></ref>。
 軸索遠位部では、αII-スペクトリンとβII-スペクトリンがヘテロ四量体を形成し、アンキリン-Bとともに膜関連周期骨格を構築する<ref name=Yoshimura2021></ref>。


 軸索起始部(axon initial segment; AIS)の形成初期には、このアンキリン-B/αII-スペクトリン/βII-スペクトリン骨格が軸索遠位側から形成され、近位側に形成されるアンキリン-G/αII-スペクトリン/βIV-スペクトリン骨格との境界を規定する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。軸索起始部では、αII-スペクトリンとβIV-スペクトリンがヘテロ四量体を形成し、アンキリン-GがβIV-スペクトリンと結合して特徴的な膜骨格を構築する<ref name=Yoshimura2021>'''吉村武 (2021)'''<br>神経細胞の軸索起始部に特有な細胞骨格構造とその破綻. 生化学 93:517–520. [[doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930517|DOI]]</ref><ref name=Yang2007><pubmed>17283186</pubmed></ref><ref name=Huang2017><pubmed>29038240</pubmed></ref>。アンキリン-Gは電位依存性ナトリウムチャネル(Nav1群)、KCNQ2/3チャネル、細胞接着分子NF186およびNrCAMをこの膜骨格へ係留し、軸索起始部への高密度集積を可能にする<ref name=Pan2006><pubmed>16525039</pubmed></ref><ref name=Jenkins2025><pubmed>39480263</pubmed></ref>。この分子配置は活動電位発生の基盤となる<ref name=Kole2008><pubmed>18204443</pubmed></ref>。さらに軸索起始部は膜タンパク質や細胞内小胞の輸送を制御する拡散障壁としても機能し、細胞体・樹状突起区画と軸索区画を隔てることで神経極性の維持に寄与する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。
 軸索起始部(axon initial segment; AIS)の形成初期には、アンキリン-B/αII-スペクトリン/βII-スペクトリンからなる骨格が軸索遠位側から形成され、近位側に形成されるアンキリン-G/αII-スペクトリン/βIV-スペクトリン骨格との境界を規定する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。軸索起始部では、αII-スペクトリンとβIV-スペクトリンがヘテロ四量体を形成し、アンキリン-GがβIV-スペクトリンと結合することで、特徴的な膜骨格が構築される<ref name=Yoshimura2021>'''吉村武 (2021)'''<br>神経細胞の軸索起始部に特有な細胞骨格構造とその破綻. 生化学 93:517–520. [[doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930517|DOI]]</ref><ref name=Yang2007><pubmed>17283186</pubmed></ref><ref name=Huang2017><pubmed>29038240</pubmed></ref>。アンキリン-Gは、電位依存性ナトリウムチャネル(Nav1群)、KCNQ2/3チャネル、細胞接着分子NF186およびNrCAMなどをこの膜骨格に係留し、これらの分子を軸索起始部に高密度に集積させる<ref name=Pan2006><pubmed>16525039</pubmed></ref><ref name=Jenkins2025><pubmed>39480263</pubmed></ref>。このような分子配置は、軸索起始部における活動電位発生の基盤となる<ref name=Kole2008><pubmed>18204443</pubmed></ref>。さらに、軸索起始部は膜タンパク質や細胞内小胞の移動を制限する拡散障壁としても機能し、細胞体・樹状突起区画と軸索区画を隔てることで、神経細胞の極性維持に寄与する<ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。


 髄鞘間に位置するランヴィエ絞輪にもαII-スペクトリン、βIV-スペクトリン、アンキリン-Gからなる膜骨格が形成される<ref name=Komada2002><pubmed>11807096</pubmed></ref><ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。この骨格は電位依存性ナトリウムチャネルをランヴィエ絞輪へ集積させ、跳躍伝導を可能にする<ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref><ref name=Komada2002><pubmed>11807096</pubmed></ref>。一方、ランヴィエ絞輪に隣接するパラノードでは、軸索側のCaspr-コンタクチン複合体と髄鞘側のニューロファシン-155との相互作用によってパラノーダルジャンクションが形成される<ref name=Charles2002><pubmed>11839274</pubmed></ref><ref name=Sherman2005><pubmed>16337912</pubmed></ref>。この領域ではαII-スペクトリン/βII-スペクトリン骨格が膜タンパク質の側方拡散を制限する拡散障壁として働き、軸索膜ドメインの維持に重要な役割を果たす<ref name=Ogawa2006><pubmed>16687515</pubmed></ref><ref name=Zhang2013a><pubmed>24217619</pubmed></ref>。
 髄鞘間に位置するランヴィエ絞輪にも、αII-スペクトリン、βIV-スペクトリン、アンキリン-Gからなる膜骨格が形成される<ref name=Komada2002><pubmed>11807096</pubmed></ref><ref name=Liu2019><pubmed>31191255</pubmed></ref>。この骨格は電位依存性ナトリウムチャネルをランヴィエ絞輪に高密度に集積させ、跳躍伝導を可能にする<ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref><ref name=Komada2002><pubmed>11807096</pubmed></ref>。一方、ランヴィエ絞輪に隣接するパラノードでは、軸索側のCaspr-コンタクチン複合体と髄鞘側のニューロファシン-155との相互作用によってパラノーダルジャンクションが形成される<ref name=Charles2002><pubmed>11839274</pubmed></ref><ref name=Sherman2005><pubmed>16337912</pubmed></ref>。この領域では、αII-スペクトリン/βII-スペクトリン骨格が膜タンパク質の側方拡散を制限する拡散障壁として機能し、軸索膜ドメインの維持に重要な役割を果たす<ref name=Ogawa2006><pubmed>16687515</pubmed></ref><ref name=Zhang2013a><pubmed>24217619</pubmed></ref>。


== 疾患との関わり ==
== 疾患との関わり ==
 スペクトリンは軸索起始部の細胞膜の裏打ち骨格の主要な構成分子として膜タンパク質の局在維持に重要であるため、スペクトリンの変異は疾患に関与する。SPTA1(αI-スペクトリン)およびSPTB(βI-スペクトリン)のヒトで報告された病的バリアントは、遺伝性球状赤血球症の発症に関与する<ref name=He2018><pubmed>29402830</pubmed></ref>。SPTAN1(αII-スペクトリン)の病的バリアントは、乳児期の難治性てんかんであるWest症候群および発達性てんかん性脳症に加え、一部では小脳性運動失調や痙性対麻痺との関連が報告されている<ref name=Huang2018><pubmed>29749636</pubmed></ref><ref name=VandeVondel2022><pubmed>35150594</pubmed></ref>。SPTBN1(βII-スペクトリン)の病的バリアントは、自閉スペクトラム症および注意欠如・多動症(ADHD)、発達遅滞、知的発達症、てんかんとの関連が報告されている<ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。SPTBN2(βIII-スペクトリン)の病的バリアントは脊髄小脳失調症との関連が報告されている<ref name=Ikeda2006><pubmed>16429157</pubmed></ref>。SPTBN4(βIV-スペクトリン)の病的バリアントは、知的発達症や先天性筋緊張低下、運動神経の軸索障害を引き起こす<ref name=Wang2018><pubmed>29861105</pubmed></ref>。SPTBN5(βV-スペクトリン)の遺伝子変異は、知的発達症や発達遅滞、てんかん発作を特徴とする症候群を引き起こす<ref name=Khan2022><pubmed>35782384</pubmed></ref>。
 スペクトリンは細胞膜直下の膜骨格を構成し、膜タンパク質の局在や細胞構造の維持に重要な役割を果たす。このため、スペクトリンをコードする遺伝子の病的バリアントは、赤血球疾患やさまざまな神経疾患の原因となる。


 自閉スペクトラム症関連行動として社会性行動の低下および反復行動の増加などを示すマウス、ならびにADHD関連行動として多動性やプレパルス抑制の低下などを示すマウスおよびラットにおいて、軸索起始部の長さに異常が生じる<ref name=Usui2022><pubmed>34971749</pubmed></ref><ref name=Iwahashi2023><pubmed>37770159</pubmed></ref>。この知見は、軸索起始部の骨格構造の変化が神経発達症に関連することを示している。スペクトリンが正常に軸索起始部の骨格構造を形成・維持できなければ、神経細胞が正常に機能できないと考えられる。
 SPTA1(αI-スペクトリン)およびSPTB(βI-スペクトリン)の病的バリアントは、遺伝性球状赤血球症の発症に関与する<ref name=He2018><pubmed>29402830</pubmed></ref>。SPTAN1(αII-スペクトリン)の病的バリアントは、乳児期に発症する難治性てんかんであるWest症候群や発達性てんかん性脳症に加え、一部では小脳性運動失調や痙性対麻痺との関連が報告されている<ref name=Huang2018><pubmed>29749636</pubmed></ref><ref name=VandeVondel2022><pubmed>35150594</pubmed></ref>。SPTBN1(βII-スペクトリン)の病的バリアントは、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(ADHD)、発達遅滞、知的発達症、てんかんなどとの関連が報告されている<ref name=Lorenzo2023><pubmed>36697767</pubmed></ref>。SPTBN2(βIII-スペクトリン)の病的バリアントは、脊髄小脳失調症との関連が報告されている<ref name=Ikeda2006><pubmed>16429157</pubmed></ref>。SPTBN4(βIV-スペクトリン)の病的バリアントは、知的発達症、先天性筋緊張低下、運動神経の軸索障害などを引き起こす<ref name=Wang2018><pubmed>29861105</pubmed></ref>。SPTBN5(βV-スペクトリン)の病的バリアントは、知的発達症、発達遅滞、てんかん発作などを特徴とする症候群を引き起こす<ref name=Khan2022><pubmed>35782384</pubmed></ref>。


 自閉スペクトラム症関連行動として社会性行動の低下や反復行動の増加などを示すマウス、ならびにADHD関連行動として多動性やプレパルス抑制の低下などを示すマウスおよびラットでは、軸索起始部の長さに異常が認められる<ref name=Usui2022><pubmed>34971749</pubmed></ref><ref name=Iwahashi2023><pubmed>37770159</pubmed></ref>。これらの知見から、軸索起始部の構造変化と神経発達症との関連が示唆されている。スペクトリンを含む膜骨格の形成や維持の異常は、軸索起始部におけるイオンチャネルなどの局在や神経細胞の興奮性に影響し、神経機能の異常につながる可能性がある。
== 関連項目 ==
== 関連項目 ==