一次体性感覚野
田岡三希
理化学研究所 脳科学総合研究センター 象徴概念発達研究チーム
DOI:10.14931/bsd.7610 原稿受付日:20018年3月12日 原稿完成日:
担当編集委員
英語名:primary somatosensory cortex
第一次体性感覚野とは
単に、第一体性感覚野、一次体性感覚野と言う事もある。
人を含む多くのほ乳類の大脳皮質でその存在が確認されているが、ここでは主にマカク属サル、ヒトの研究から得られた知見を中心にして説明する。
第一次体性感覚野は大脳皮質頭頂葉に存在し、中心溝に沿って内外側に帯状に広がる。一般的にはブロードマン脳地図の3a、3b、1、2野を含む領域を指す。前方は第一次運動野(4野)、後方は頭頂連合野(5、7野)と接する。
抹消からの体性感覚情報は視床中継核を経由して、深部感覚は3a野に皮膚感覚は3b野に主に入力する。これらの情報は1、2野に運ばれる。第一体性感覚野からはその外側に存在する第二体性感覚野を含む頭頂弁蓋部体性感覚野や頭頂連合野に運ばれる。
身体反対側の各体部位からの情報は、おおよその身体の配置に従って第一次体性感覚野に入力するため、反対側の体部位再現図が存在する。マカク属サルを用いた麻酔下で行われた多くの電気生理学的研究は、各領野にそれぞれ体部位再現図が存在することを明らかにした[1]( Kaas 2004)。
第一次体性感覚野における階層的情報処理
無麻酔下のマカク属サルから単一神経活動を記録し、種々の体性感覚刺激に対する応答を詳細に解析する研究が多数行われた。岩村らのグループは、主に手指を再現する領域を調べた結果、3b野では、例えばある指の一つの指節の掌側などに限局した非常に狭い受容野を持つ皮膚刺激に応じるニューロンが記録されるが、1野2野に行くに従い、複数の指にまたがる大きな受容野を持つの大きなニューロンが存在することを明らかにした[2](Iwamura et al. 1993)。
また、2野では、受容野の大きさ拡大に加え、皮膚感覚と深部感覚の統合、物体のエッジや特殊な材質、皮膚上を動く刺激など複雑な刺激に特異的に応答するなど対象の特徴抽出に関連した性質を示すニューロンが存在することから、視床中継核からの体性感覚情報が第一体性感覚野の3b野から後方の1野や2野に運ばれる過程で徐々に統合されるという階層的情報処理が行われていることを明らかにした[3][4](Iwamura 1998, 2000)。この結果、2野では対象物の特徴抽出に関連した応答を示すニューロンが観察されることになる。この階層的情報処理は、無麻酔マカク属サルを用いた他の体部位再現領域を対象にした研究でも確認された [5][6][7][8][9](Taoka et al. 1998、2000、Toda and Taoka 2002, 2004,2006).
第一次体性感覚野における身体両側の統合
体幹正中部や口腔等の特殊な部位を除けば、第一次体性感覚野で処理される情報は対側身体に限られると考えられてきた。ところが、岩村らはマカク属サルを用いた実験で、2野を含む中心後回手指再現領域で左右の手に対称的な受容野を持つニューロンの存在を報告した[10](Iwamura et al. 1994)。このような身体両側に受容野を持つニューロンはその後、近位上肢体幹領域や下肢領域の2野でも見つかった[5][6](Taoka et al. 1998、2000)。岩村らの実験では、同側身体からの情報は脳梁経由で対側半球から運ばれることが示唆された[10](Iwamura et al. 1994)。これらのことは、第一次体性感覚野における階層的情報処理は、対側半球からの情報の統合も含むことを示している[3][11](Iwamura 1998, 2000)。
Kaasらの第一次体性感覚野に対する考え方
以上のように、第一次体性感覚野の各領野は、それぞれ独自の体部位再現図を持ち、相互に階層的な関係が存在することから、複数の領野から構成される複合的領域であると考える事も出来る<ref>岩村吉晃
タッチの階層仮説
Brain Nerve 69 313-325 :2017(岩村 2017)。Kaasらは、霊長類以外のほ乳類の体性感覚野と霊長類を比較し、第一体性感覚野の新しい考え方を提案した[1]<(Kaas 2004)。霊長類で伝統的な第一体性感覚野と呼ばれる領域(3a,3b,1,2野)は複合的領域であり、細胞構築的特徴や視床中継核からの主な入力を受ける領域ということから、ブロードマン脳地図の3b野を第一次体性感覚野とすべきであると提唱した。
第一体性感覚野損傷による障害とマカクサル属を使った第一次体性感覚野の可逆的不活化の研究
マカク属サル第一次体性感覚野の異なる領野をムシモール注入により可逆的に不活化し、行動に与える影響を調べる実験が主に手指領域を対象に行われた。これらは、第一体性感覚野の損傷患者の症状の理解に貢献した。第一体性感覚野の損傷で感覚障害以外に種々の行為障害が生じるが、同時に視覚による代償を特徴とすることから、運動制御に必要な体性感覚情報を第一体性感覚野が供給していると考えられる(平山・河村 1993 平山 惠造・河村 満 MRI脳部位診断 1993 医学書院 )。 彦坂らは、マカク属サルの第一体性感覚野手指領域にムシモールを注入し、行動への影響を調べた (3978429 Hikosaka et al. 1985)。3b野や1野の不活化では対象物との接触の検出が出来なくなるなどの症状が見られたが、2野の不活化では、1-2指によるprecision gripや穴や漏斗中の餌を取る行為が出来ない、もしくは時間がかかるなど、複数の指のcoordinationに障害が生じた。また、視覚情報を有効にした条件では障害の改善が見られるなど、ヒトの症例とほぼ同様の結果を得ることが出来た。これらの結果は、主に2野から運動野に運ばれる体性感覚情報が手指の運動制御に重要な役割を果たしていることを示している。(10473737 、Brochier et al(1999)は、マカク属サルの第一次運動野と第一次体性感覚野にムシモールを注入したときの力の制御に及ぼす影響を調べた。第一次運動野の不活化では,力の大きさが減少し、第一次体性感覚野では逆に増加した。このことは第一次体性感覚野の感覚情報が力の制御に重要であることを示している。
Tactile localizationにおける第一体性感覚野と他の高次領域との役割に関する研究
自己身体の接触刺激に対する刺激部位の同定(tactile localization)における第一体性感覚野の役割に関する研究が行われている。被験者の異なる指に接触刺激を加えた直後に第一体性感覚野後部にTMSを加える実験が行われた(17239452 、Porro et al. 2007)。刺激後150msのTMSでは,被験者は刺激の検出をすることが出来たが、どの指が刺激されたか(tactile localization)を答えることが出来なかった。しかし、300ms後のTMSでは、刺激された指を答えることが出来たという。また、被験者の手指の異なる指節に接触刺激を加えた時の脳活動をfMRIで調べた実験では、刺激の有無(検出)には第一体性感覚野の活動が重要で、どこが刺激されたかのlocalizationに関しては、縁上回等の頭頂連合野の活動が重要である事が示された(25653609、Kim et al. 2015)。これらの研究から、自己身体のどこが刺激されたかというtactile localizationには、体部位再現局在の情報を持つ第一体性感覚野の情報が、頭頂連合野など他の高次の脳領域に運ばれて処理されることが不可欠である事を示している。
参考文献
- ↑ 1.0 1.1
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Iwamura, Y., Tanaka, M., Sakamoto, M., & Hikosaka, O. (1993).
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