中枢パターン生成器

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英語名:central pattern generator 英略語:CPG

同義語:中枢パターン発生器、中枢パターン発生回路

 中枢パターン生成器は、外部からのリズミックな入力なしにリズミックな運動出力パターンを形成する回路である。脊椎動物においては、歩行や泳動のCPGは脊髄に局在している。CPGは興奮性ニューロン抑制性ニューロンで構成され、興奮性ニューロンがリズムそのものを駆動し、抑制ニューロンが出力のタイミングおよび活動パターンを形成していることが多い。これらのCPGの活動は上位中枢および感覚入力によって制御・修飾されて動物にとって機能的な運動が形成されている。

概念と研究の歴史

 20世紀初頭にGraham Brown は、中枢神経系への感覚入力を遮断したネコにおいて、胸髄のレベルで脊髄を横切断した直後に後肢の足関節にリズミックな屈曲・伸展の活動パターンがみられるということを報告した)[1]。これは感覚入力や脊髄の上位中枢からの入力がなくても下部胸髄から腰髄に局在する神経回路だけでリズミックな関節の動きが生み出されることを示唆した初めての例である[2]。またCPGという用語が神経科学研究の論文において初めて用いられたのは、1960年代のWilsonとWymanによるバッタの飛翔の神経メカニズムに関する研究とされる[3]哺乳類においては、咀嚼吸啜の際の顎関節の運動[4]、呼吸の際の横隔膜胸郭の運動[5]、そして歩行の際の四肢の運動[6]を制御するCPGが知られている。他の脊椎動物では魚類両生類の幼生の泳動などを生み出している[7][8]。また無脊椎動物においても上述の昆虫(バッタ)の飛翔の他、軟体動物クリオネ)の泳動[9]あるいは甲殻類イセエビなど)の胃咀嚼器のリズミックな運動を制御する神経回路[10]がCPGとして知られており、神経回路のしくみ、特に細胞レベルの機能解析が進んでいる。ここでは主に脊椎動物の移動運動(Locomotion)、特に哺乳類の歩行と魚類の泳動を生成するCPGについて述べる。

基本的なしくみ

 
図1.運動発現におけるCPGの位置づけ

 そのほとんどは興奮性ニューロンと抑制性ニューロンから構成される。一般に興奮性ニューロンはリズムを形成する駆動力に、抑制性ニューロンは出力の時間的・空間的パターンを形成する役割を担っている[11]。回路を構成するニューロンのなかには、自身の細胞膜の電気生理学的性質として、周期的な膜電位変化を示すペースメーカー電位(pacemaker potential)や過分極によって活性化される陽イオンチャンネルによって脱分極して抑制後リバウンド電位postinhibitory rebound)などを持つものがあり、こうした性質が回路のリズミックな活動を裏打ちしていると考えられている[12]。CPGは上述のように外部からのリズミックな入力なしにリズミックな出力をつくることができるが、その活動は上位中枢によって制御され、求心性の感覚情報からの修飾を受ける(図1)。

哺乳類の歩行CPG

回路の局在と修飾様式

 哺乳類の歩行のCPGは脊髄に局在している。ラット脊髄の破壊実験から歩行の際の後肢の動きを形成するCPGを構成する重要なニューロンの細胞体は下部胸髄から腰髄の腹側部に局在していることがわかっている[11]

 ネコを実験モデルとして用いた研究から視覚聴覚などの外環境の情報は大脳皮質において処理され、脳幹のニューロン群を経由して運動の開始や歩容の選択が行なわれ、これらの司令によって脊髄のCPGが駆動されることが明らかになっている。これによって、表面が不均一の地面を歩いたり、障害物を避けるといった外環境に適応した歩行運動を行なうことができると考えられる[13], [14]。また、歩行CPGの活動は末梢感覚受容器からの求心性入力によって修飾される。例えば、歩行中に筋の張力の変化を検知するゴルジ腱器官や筋の長さの変化を検知する筋紡錘からの入力によって、歩行運動中の屈筋あるいは伸筋の活動が調節されている[15]

ハーフセンター仮説

 
図2.歩行運動の際の屈筋と伸筋を例としたハーフセンター仮説

 1910年代にイギリスのGraham Brownが提唱し、スウェーデンのLundbergによって継承された説で、並列に出力する二つの回路が相互に抑制をすることによってそれぞれがリズミックで交代性のパターンを示すというものである(図2)[2]。例えば、歩行CPGにおいては、屈筋と伸筋あるいは左右の脚のそれぞれパターンを形成する回路が独立して存在し、相互に抑制することによって、それぞれが交互に活動すると考えられている(図2)。脊髄介在ニューロンのうち、この相互抑制を担う有力な候補の一つとして、伸張反射の際に収縮した筋の拮抗筋を支配する運動ニューロンを抑制することが知られているIa抑制性ニューロンがある[16]

構成ニューロンの性質

 これまでに同定されたレンショウ細胞やIa抑制性ニューロンといった脊髄介在ニューロンに関してはその性質が詳細に調べられているが、それに加えて、最近、胎生期においてそれぞれのニューロンの神経前駆細胞 が発現する転写制御因子の組み合わせによってニューロンが分類されている。この分類によって分けられたそれぞれのニューロン群はほぼ共通の神経伝達物質軸索投射様式を持つことが明らかになっている[17]。これまでに、遺伝子改変技術を用いて、これらのニューロン群の形成あるいは機能を阻害したマウスの脊髄歩行中枢の機能解析が行なわれており、これらのニューロン群の歩行運動の時空間パターン形成における役割が明らかになりつつある[18] 。  

魚類の泳動のCPG

ヤツメウナギの泳動のCPG

 
図3.ヤツメウナギのCPG
 
図4.ヤツメウナギのCPGニューロンのリズム形成のしくみ

 ヤツメウナギ の中枢神経系および脊髄の構造はより高次の脊椎動物と似ている点が多く、脊椎動物のなかでは、比較的単純な運動のCPGモデルとして機能解析が進んでいる。ヤツメウナギは100程度の体節からなる。左右の体節の筋は対応する脊髄髄節に局在する運動ニューロンに支配されている。一つの髄節には約 1000 個のニューロンが局在しており、それぞれの脊髄髄節には同側の運動ニューロンを興奮させる興奮性ニューロン群(グルタミン酸作動性)と脊髄の反対側の回路を抑制する抑制性ニューロン群(グリシン作動性)からなる局所回路がある(図3)。この髄節ごとの局所回路が互いに結合し、動物が前進するときには吻側から尾側に興奮の波が伝えられる。これによって、吻尾方向に体節の左右の筋が交互に収縮し、S字状に体を動かすこととで推進力を生み出す[7]。この際の リズミックな運動出力は、上述のグルタミン酸を介した興奮シナプス入力とグリシンを介した抑制性シナプス入力によって生み出されている(図4)。強い興奮性シナプス入力によってニューロンの細胞膜が脱分極し発火するとともにNMDA型グルタミン酸受容体および電位依存性L型カルシウムチャンネルが活性化され、カルシウムイオンが細胞内に流入する。この細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が、カルシウムイオン依存性カリウムチャンネルを活性化し、細胞膜は再分極し始める。そして抑制性シナプス入力によってニューロンの興奮が抑制される[7]

ゼブラフィッシュの泳動CPG

 最近、運動や行動の神経機構の解析のモデル動物としてインド原産の熱帯魚ゼブラフィッシュが脚光を浴びている[19] 。特に泳動の神経回路では、体が半透明の幼生を用いて遺伝学・分子生物学・電気生理学そして最近は光遺伝学を駆使して、回路を構成するニューロンの同定と結合様式が解明されつつある[20]

関連項目

参考文献

  1. Thomas Graham Brown.
    The intrinsic factors in the act of progression in the mammal.
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  2. 2.0 2.1 Stuart, D.G., & Hultborn, H. (2008).
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  3. WILSON, D.M., & WYMAN, R.J. (1965).
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