ニューロン新生
同義語:ニューロン新生
成体脳においても、記憶にかかわる海馬体の歯状回部位においては、個体の生涯を通じて新しくニューロンが生み出されており、非常に精力的な研究が進められている。海馬新生ニューロンの機能についての研究が進み、記憶形成や抗うつ作用を担っていることを示すデータが数多く得られてきた(500字程度まで)。
歴史的背景
1960年代から、哺乳動物(マウスやラットなど)の研究で、成体脳でもニューロンが生み出されていることが報告されていた[1]。しかし、ヒトの脳でもニューロンが新生しているとは長らく認知されることがなかった。スウェーデンのイエーテボリにあるサールグレンスカ大学病院のエリクソンと米国ソーク生物学研究所のゲージらは、抗がん剤(ブロモデオキシウリジン)を服用したがん患者の協力を得て、その患者が亡くなられた後に、脳組織標本を詳しく調べることにより、大人の脳の中でも、少なくとも、海馬の歯状回で、ニューロンが新生していることを見出した[2]。エリクソンとゲージらの研究に触発され、大型のサル(マカクザル)でも、生体海馬でニューロン新生が起こっていることが立証され、哺乳類の脳において、成体の海馬でニューロン新生が起こっていることが確実に立証された[3] [4]。
海馬歯状回でのニューロン新生に加え、他の脳部位におけるニューロン新生に関しても、非常に精力的な研究が進められている。動物モデル研究では、におい感覚を伝達する嗅球において、GABA陽性の介在性ニューロンが新生していることが立証されている(文献を御願い致します)。また、前頭連合野においてもニューロン新生があるとする報告もある(文献を御願い致します。)。
こうした新生ニューロンは神経幹細胞と呼ばれる細胞がニューロンに分化する事で生じる。神経幹細胞は、分裂し同じ細胞を作る機能(自己増殖能)と、分化しニューロンや、アストロサイト、オリゴデンドロサイトなどを作る機能(多分化能)をあわせ持つ細胞である。この神経幹細胞が、成体脳においても、海馬歯状回など、ニューロン新生が起きている部位には存在しており、新生ニューロンを供給している。本項目では、ヒトにおいてもニューロン新生が確認されている、海馬歯状回のニューロン新生を中心に説明を行う。
細胞メカニズム
成体海馬新生ニューロンの起源に関し、神経幹細胞のGFP標識や核酸アナログ(ブロモデオキシウリジン)を用いて分裂細胞を標識する実験が行われ、歯状回の最内層に存在する神経幹細胞より新生ニューロンが生まれていることが判明した(文献を御願い致します。)。成体の海馬においては、幹細胞としての性質を強く保有するtype-1細胞から、ニューロンとしての性質を部分的に持ち分裂を繰り返すtype-2細胞が分化する。この終末分化からおよそ4週間を経て、新生ニューロンは顆粒細胞として成長し、海馬回路網に機能的に組み込まれる(文献を御願い致します。)。終末分化から4~8週を経た若い過渡期にある新生ニューロンのことを、狭義には、限定的に新生ニューロンと呼ぶこともある。多くの遺伝仕組み換えマウスを用いた研究においては、この時期の新生ニューロンを特異的に消滅させる実験が実施されている(文献を御願い致します。)。
海馬新生ニューロンの特徴
海馬新生ニューロンは、歯状回の顆粒細胞として機能する。しかし、その機能は周囲にある成熟ずみの顆粒細胞とは大きく異なり、発達期に存在する幼若タイプのニューロンに近く、発火しやすく神経可塑性に富む(文献を御願い致します。)。一般に顆粒細胞は嗅内野皮質からの投射(貫通線維)を受け神経情報を受容し、苔状線維をCA3領域に伸ばしCA3錐体細胞との間にシナプス結合を形成する。新生ニューロンは、NMDA受容体を介した神経可塑性に富んでおり[5]、加えて顆粒細胞にしては珍しくGABA神経による強い興奮抑制がない[6]。そのため、歯状回部位における神経信号のゲート機構を担っていることが推測されている。そもそも、歯状回部位は、空間記憶におけるパターン分離を司っているが[7]、この作用は主に新生ニューロンにより司られていることが判ってきた[8] [9] [10]。くわえて、新生ニューロンには、記憶をアップデートする機能や[11]、過去の記憶を整理しストレス応答を緩和するはたらきがあることもわかってきた[12][13]。確かに、成体脳で新生ニューロンが存在しているのは極めて限られた部位であるが、新生ニューロンは、周辺ニューロンとは極めて異なる機能特性を持っており、この特殊なニューロンが海馬回路に機能的に組み込まれることによって、記憶の形成・維持・消去や、さらには感情のコントロールへと至る様々な脳機能に対して、中核的なはたらきを示しているのである(文献を御願い致します。)。海馬体からの出力は、海馬采を経て脳弓へと至る経路と、嗅内野皮質を経て大脳新皮質の各領域と連結する経路がある(文献を御願い致します。)。ヒトにおいては海馬の前方部位は扁桃体とのつながりが強く感情コントロールに寄与し、後方の海馬は前頭葉とのつながりが強く認知機能に深く寄与することが判っている(文献を御願い致します。)。
病的変化
海馬新生ニューロンの数は加齢に伴い、減少することが知られている[3]。加齢により、神経幹細胞の数は比較的保持されるが、新生ニューロンへの分化とその生存が極めて低下することが分かってきた[14]。ごく最近、加齢に伴う新生ニューロン数の低下に脳内の炎症反応が寄与していることが明らかになってきた[15]。この加齢に加え、認知症や精神疾患においても、新生ニューロンの数やはたらきが低下していることが動物モデル研究から示唆されている[3] [16]。
アルツハイマー病などの認知症の進行に伴い、脳内でニューロン新生の動態がどのように変化するかについて、アルツハイマー病モデルマウスを用いてこれまでに多くの研究が実施されている[17]。老人斑の蓄積に応じて新生ニューロンの数が減少し、そのはたらきも低下していることがわかってきた。アルツハイマー病のリスク遺伝子としてApoE4があるが、ApoE4を遺伝子導入したマウスでは、海馬のGABA回路のはたらきが低下し、新生ニューロン数も減少することがわかった。このマウスにGABA回路のはたらきを高めるフェノバルビタールを投与すると新生ニューロン数の減少が抑えられることもわかった[18]。また、家族性アルツハイマー病の原因遺伝子であるアミロイド前駆体タンパク質を導入したマウスでは、海馬GABA回路のアンバランスがおこり、新生ニューロンのはたらきが低下することが認められている[19]。このように、アルツハイマー病モデルマウスにおいて、海馬新生ニューロンのはたらきが低下する仕組みもわかってきた。
調節
そのため、成体海馬において、新生ニューロンの数を増加させるための諸条件について、特に小動物を用いて非常に精力的に研究が展開されている。運動や学習行動など、生活習慣の改善により新生ニューロン数が増加する点が注目されており、また、各種の神経伝達物質受容体に対する薬剤が作用を持つことから、海馬回路の活動が直接的あるいは間接的にニューロン新生の過程にはたらきかけていることが推測される。事実、海馬回路の活動が高まると、新生ニューロンの数が増加することが知られている。この一つの仕組みとして、海馬回路から放出されたGABAによりニューロン前駆細胞が刺激され、ニューロン分化が促進することがわかり、GABA回路のはたらきを高める薬剤(フェノバルビタール)を投与することで海馬の新生ニューロンの数が増加することも見出された。
終わりに
以上述べてきたように、1990年代から精力的に続けられている研究によって、生体脳のニューロン新生、特に生体の海馬歯状回に起こっているニューロン新生の動態について、その起源や分化過程、そしてニューロンとなった後の機能について、多くのことが明らかとなってきた。そして、ニューロン新生の程度が、多くの病態において顕著に低下していることが動物研究よりわかるに伴い、アルツハイマー病をはじめとした神経変性疾患の脳内において、なぜ、ニューロン新生の程度が抑えられているのか、そしてこのニューロン新生の抑制はどのようにすれば解除できるのかについて、現在,研究が進展しつつある。
関連語
参考文献
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(執筆者:金子順、久恒辰博 担当編集委員:村上富士夫)