チロシンリン酸化
英:tyrosine phosphorylation 英略語:PY、P-Tyr 独:Tyrosin Phosphorylierung
真核生物に存在する蛋白質の細胞内領域チロシン残基に起こる可逆的リン酸基付加反応。チロシンリン酸化の状態は、チロシンリン酸化酵素(チロシンキナーゼ、protein tyrosine kinase、PTK)およびチロシン脱リン酸化酵素(チロシンフォスファターゼ、protein tyrosine phosphatase、PTP)の活性のバランスにより制御される。高等生物の神経系において、チロシンリン酸化は、様々な神経発生や神経可塑性の過程で、タンパク質の活性や局在、タンパク質間の結合、イオンチャンネルの性質、細胞内情報伝達系等を制御することが知られている。
反応
タンパク質リン酸化は、最もよく見られるタンパク質翻訳後修飾機構である。チロシンリン酸化酵素は、アデノシン三リン酸(ATP)のγ位の高エネルギーリン酸基を、基質チロシン残基側鎖にある水酸基に移動させ、リン酸エステル化により共有結合させる。一般に、リン酸化に伴って、基質チロシン残基部位に負電荷が導入される。チロシン残基前後のアミノ酸配列により、チロシンキナーゼの基質特異性が決まる。チロシンフォスファターゼは、チロシンキナーゼと比較してより基質特異性が広く、リン酸化セリン・スレオニンをも基質とするものも存在する。タンパク質中のリン酸化残基の99%以上はセリンとスレオニンであるが、0.1%に満たないチロシンのリン酸化は生物学的に重要な役割を果たす。
チロシンキナーゼ
SH2 domain | |||||||||
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Crystallographic structure of the SH2 domain. The structure consists of a large beta sheet (green) flanked by two alpha-helices (orange and blue)[1]. | |||||||||
Identifiers | |||||||||
Symbol | SH2 | ||||||||
Pfam | PF00017 | ||||||||
InterPro | IPR000980 | ||||||||
SMART | SH2 | ||||||||
PROSITE | PDOC50001 | ||||||||
SCOP | 1sha | ||||||||
SUPERFAMILY | 1sha | ||||||||
OPM protein | 1xa6 | ||||||||
CDD | cd00173 | ||||||||
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SH3 domain | |||||||||
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Ribbon diagram of the SH3 domain, alpha spectrin, from chicken (PDB accession code 1SHG), colored from blue (N-terminus) to red (C-terminus). | |||||||||
Identifiers | |||||||||
Symbol | SH3_1 | ||||||||
Pfam | PF00018 | ||||||||
Pfam clan | CL0010 | ||||||||
InterPro | IPR001452 | ||||||||
SMART | SM00326 | ||||||||
PROSITE | PS50002 | ||||||||
SCOP | 1shf | ||||||||
SUPERFAMILY | 1shf | ||||||||
CDD | cd00174 | ||||||||
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1979年Tony Hunterらにより、癌遺伝子産物V-Srcおよび癌原遺伝子産物C-Srcがチロシンリン酸化活性を持つことが発見された[2]。これが最初のチロシンキナーゼの報告例であり、以後、多くのチロシンキナーゼが同定された。
現在では真核生物ゲノムの全遺伝子の約2%はセリン・スレオニンキナーゼおよびチロシンキナーゼをコードする事が知られている。細菌や酵母にはチロシンキナーゼは存在せず、線虫 C. elegans(19,100遺伝子)には全キナーゼ数454(2.4%)の内チロシンキナーゼは90種、ショウジョウバエ D. melanogaster(13,600遺伝子)には全キナーゼ数239(1.8%)の内チロシンキナーゼは32種、ヒト H. sapiens(23,000遺伝子)には全キナーゼ数518(2.2%)の内チロシンキナーゼは90種が存在する。ただしヒトの場合キナーゼ518種の内、約50種には活性がなく、また106種は偽遺伝子であると考えられる。
構造的に、膜貫通領域を持つ受容体型と膜貫通領域を持たない非受容体型とに大別される。ヒトには58種の受容体型チロシンキナーゼと32種の非受容体型チロシンキナーゼが存在する。受容体型は細胞膜上に、非受容体型は細胞質に存在する。
受容体型チロシンキナーゼ
受容体型チロシンキナーゼは、細胞外にリガンド結合ドメイン、細胞内にチロンシンキナーゼドメインを持つ。神経系で重要な役割を果たすものとして、TrkA、TrkB、TrkC、FGF受容体、インスリン受容体、Eph受容体などがある。リガンド結合ドメインへのリガンド結合により、チロシンキナーゼが活性化され、さらに下流のシグナル伝達を制御している。キナーゼドメイン中には自己リン酸化部位およびATP結合部位を含み、自己リン酸化によりキナーゼ活性を調節している。
非受容体型チロシンキナーゼ
非受容体型チロシンキナーゼは、分子構造として細胞外領域をもたず、細胞内領域にチロシンキナーゼドメインをもつ。受容体型チロシンキナーゼと異なり、非受容体型チロシンキナーゼには、直接的に結合するリガンドはない。上位の制御因子は細胞膜上に存在する種々の受容体タンパク質であり(どのような受容体がありますでしょうか、また受容体活性化がどのようにキナーゼ活性を制御するのか判っていたら御書き下さい)、非受容体型チロシンキナーゼは、様々な膜受容体と会合して、膜受容体から細胞内への情報伝達を担う。受容体型チロシンキナーゼと同様に、非受容体型チロシンキナーゼもキナーゼドメイン中には自己リン酸化部位およびATP結合部位を含み、自己リン酸化によりキナーゼ活性を調節している。
代表的な非受容体型チロシンキナーゼとしてSrcファミリーチロシンキナーゼがある。現在までにSrc、Yes、Fyn、Fgr、Lyn、Lck、Hck、Blk、Frkの9種が同定されており、脳では、Src、Yes、Fyn、Lyn、Lckが高発現を示す。発現部位ごとにスプライシング多様性がみられるものもある。Srcファミリーチロシンキナーゼの場合、N末端領域にミリスチル化部位やパルミトイル化部位を有し、これらの脂肪酸結合により細胞膜に付着し、膜近辺に局在する様になる。 (他のファミリーについても簡単に触れて頂くか、分子系統樹などがございましたら図示頂ければと思います)
多くの非受容体型チロシンキナーゼには、Src Homology 2 (SH2)ドメインおよびSH3ドメインとよばれるドメイン構造が存在する。SH2ドメインはリン酸化チロシン残基(pTyr)を、SH3ドメインはプロリンリッチ領域(X-Pro-X-X-Pro)を、それぞれ認識して結合することで、細胞内情報伝達系におけるタンパク質-タンパク質結合を制御する。これらのドメインは構造的に保存されたアミノ酸配列を持ち、Srcファミリーチロシンキナーゼにおいて最初に見出された。更に、Abl、Fes、Syk/Zap70、Tec、Ack、Csk、Srm、Rak等の非受容体型チロシンキナーゼや、フォスファチジルイノシトール-3キナーゼ (PI3K)、フォスフォリパーゼC (PLC)-γ等のセリン・スレオニンキナーゼ、またGrb2、Nck等のアダプタータンパク質もこれらのドメイン構造を持つことが明らかになった。SH2ドメインは、約100アミノ酸残基の領域であり、2つのαヘリックスと7つのβシートから構成される。SH3ドメインは、約60アミノ酸残基の領域であり、5つないし6つのβシートからなる典型的なβバレル構造をもつ。
チロシンフォスファターゼ
チロシンフォスファターゼには、107種が存在する。チロシンキナーゼと同様に、チロシンフォスファターゼは、膜貫通領域を持つ受容体型および膜貫通領域を持たない非受容体型に大別される[3]。神経系で重要な役割を果たすものとして、受容体型ではLAR、PTPσ、PTPδ、PTPζ、非受容体型ではPTEN、SHP-2などがある。チロシンキナーゼ同様に、チロシンフォスファターゼも、受容体型は細胞膜上に、非受容体型は細胞質に存在する。 (この項目でチロシンフォスファターゼをカバーすることになりましたので、受容体型、非受容体型に分けて詳しくご解説頂ければと思います。どのような受容体があるか、受容体からチロシンフォスファターゼにどのように情報が伝わるかが判っていたら御記述下さい)
生理機能
チロシンリン酸化の神経機能における役割としては、シナプス前膜側からの神経伝達物質放出の調節、様々な電位依存性イオンチャネルおよびリガンド依存性イオンチャネルのコンダクタンスと開口確率の制御[4]、グルタミン酸受容体をはじめとした多くのタンパク質分子のシナプスでの局在と輸送過程の制御が報告されている。更に、それらに伴い、神経可塑性と個体レベルの行動に変化がおこることが知られている。また、他の役割として、神経回路、神経筋接合部やミエリン構造の形成、樹状突起の形態形成や軸索伸長等の過程において、チロシンリン酸化依存的な制御が挙げられる[5]。(総説だけでなく、原著も入れて頂ければと思います)
参考文献
- ↑
Tong, L., Warren, T.C., King, J., Betageri, R., Rose, J., & Jakes, S. (1996).
Crystal structures of the human p56lck SH2 domain in complex with two short phosphotyrosyl peptides at 1.0 A and 1.8 A resolution. Journal of molecular biology, 256(3), 601-10. [PubMed:8604142] [WorldCat] [DOI] - ↑
Hunter, T. (2009).
Tyrosine phosphorylation: thirty years and counting. Current opinion in cell biology, 21(2), 140-6. [PubMed:19269802] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Tonks, N.K. (2006).
Protein tyrosine phosphatases: from genes, to function, to disease. Nature reviews. Molecular cell biology, 7(11), 833-46. [PubMed:17057753] [WorldCat] [DOI] - ↑
Davis, M.J., Wu, X., Nurkiewicz, T.R., Kawasaki, J., Gui, P., Hill, M.A., & Wilson, E. (2001).
Regulation of ion channels by protein tyrosine phosphorylation. American journal of physiology. Heart and circulatory physiology, 281(5), H1835-62. [PubMed:11668044] [WorldCat] [DOI] - ↑
Dabrowski, A., & Umemori, H. (2011).
Orchestrating the synaptic network by tyrosine phosphorylation signalling. Journal of biochemistry, 149(6), 641-53. [PubMed:21508038] [PMC] [WorldCat] [DOI]
(執筆者:林 崇、担当編集委員:林 康紀 )