サイクリン依存性タンパク質キナーゼ5
大島 登志男
早稲田大学先進理工学部生命医科学科 早稲田大学先端生命医科学センター
Toshio Ohshima
Department of Life Science and Medical Bio-Science, Waseda University
DOI XXXX/XXXX BSD 2013-XXXX 原稿受付日:2013年5月20日 原稿完成日:2013年5月XX日
英:cyclin-dependent kinase 5 英略語:Cdk5
サイクリン依存性キナーゼ5(Cdk5)はサイクリン依存性キナーゼ(Cdk)ファミリータンパク質の1つであり、catalyticサブユニットとして活性化サブユニットとヘテロダイマーを形成することにより、活性型のセリン・スレオニンキナーゼとなる。他のCdkが細胞増殖の制御に関連し、増殖細胞の細胞周期依存的に活性が変化するのに対し、Cdk5は最終分裂を終え神経細胞が分化することで高い活性を示す。これは活性化サブユニットp35(Cdk5R1)とp39(Cdk5R2)の神経細胞特異的な発現に依存している。Cdk5の発現はユビキタスであるが、神経細胞に高いことが知られている。欠損マウスの解析などから、生理的機能としては神経細胞の移動や突起伸長などの神経発達に重要な役割を有することが報告されている。さらに、成体脳でも神経伝達物質の放出, シナプス可塑性や記憶・学習などに関与していることが知られている。またこれらの機能に関連した基質が多数報告されている(表1)。一方、Cdk5活性が上昇することが、アルツハイマー病やALS、パーキンソン病やハッチントン病などの神経変性疾患における神経細胞死と関連していることが示唆されている。
サイクリン依存性キナーゼ5とは
サイクリン依存性キナーゼ(Cyclin-dependent kinase, Cdk)は細胞周期を制御するタンパク質キナーゼファミリーとして発見された[1]。サイクリン依存性キナーゼ5(Cdk5)はサイクリンDとの結合と高いアミノ酸配列の相同性からCdk5の名前が付けられたが、その後神経細胞に発現しているp35(Cdk5R1)およびp39(Cdk5R2)とヘテロダイマーを形成して活性型のキナーゼとなること判明した。神経細胞特異的な機能が報告されているが、近年、非神経細胞での機能も報告されている。オリゴデンドロサイトの分化に必要であることは、Cdk5のコンディショナルノックアウトの表現型からも確認されている。
構造
他のCdkファミリーメンバーと類似した結晶構造が報告されている。
他Cdkと同様に、N末側に活性化サブユニットとの結合に必要なα1へリックスがあり、C末側はキナーゼドメインがある。その3次元的構造により、ATP結合ポケットがあり、リン酸化により活性化に関連したTループがある。他のCdkではTループ内のThr160がリン酸化されると構造変化を起こすが、Cdk5ではSer159がそれに相当する。また、他のCdkではThr14とTyr15のリン酸化は活性を抑制するが、Cdk5のTyr15のリン酸化は活性を上昇させることが報告されている。
ファミリー
サイクリン依存性キナーゼファミリーに属する。
CDK | Cyclin partner | 機能 | ノックアウトマウスでの表現型 |
---|---|---|---|
Cdk1 | Cyclin B | M期 | None. ~E2.5. |
Cdk2 | Cyclin E | G1/S遷移 | 体重減少、神経前駆細胞の増殖異常。生存可能であるが、雄雌ともに不妊。 |
Cdk2 | Cyclin A | S期, G2期 | |
Cdk3 | Cyclin C | G1期 ? | 異常なし。生存可、生殖可。 |
Cdk4 | Cyclin D | G1期 | Reduced size, insulin deficient diabetes. Viable, but both male & female infertile. |
Cdk5 | p35 | Transcription | Severe neurological defects. Died immediately after birth. |
Cdk6 | Cyclin D | G1期 | |
Cdk7 | Cyclin H | CDK-activating kinase, transcription | |
Cdk8 | Cyclin C | Transcription | Embryonic lethal |
Cdk9 | Cyclin T | Transcription | Embryonic lethal |
Cdk11 | Cyclin L | ? | Mitotic defects. E3.5. |
? | Cyclin F | ? | Defects in extraembryonic tissues. E10.5. |
? | Cyclin G | ? |
発現
Cdk5は神経細胞以外の細胞にも発現しているが、神経細胞で高いレベルの発現がある。細胞質、軸索、樹状突起に主に存在し、一部核にも存在する。
機能
活性調節
Cdk5はサイクリンD、Eと結合するが活性化されず、最終分裂を終えた神経細胞に発現しているp35(CdkR1)またはp39(Cdk5R2)と結合することで活性型となる[3]。活性化サブユニットp35 タンパク質は、Cdk5とヘテロダイマー形成後リン酸化され、プロテアソーム系で分解される事により、量的に調整されている[4]。神経細胞の障害などによる細胞内へのCaイオンの流入により活性化したカルパインによりp25に限定分解される[5]。p25はCdk5への結合と活性化に必要なドメインを含んでいる。しかし、リン酸化によりプロテアソーム系への分解へとは進まずCdk5/p25は安定した活性型のキナーゼとなる。さらにp35はN末端のミリストリル化により細胞膜にアンカーしているのに対し、N末を欠くp25は細胞膜にアンカリングせず、細胞質さらには核へ局在を変え、結果的に細胞質や核でのCdk5活性の上昇を来たす。
基質
サイクリン依存性キナーゼはプロリン指向性セリン・スレオニンキナーゼで基質のリン酸化部位は[S/T]PX[K/R]のコンセンサスモチーフを持つ(S/Tはリン酸化されるセリン・スレオニン、 Pはプロリン、Xは不特定のアミノ酸、KはリジンRはアルギニン)。Cdk5は様々な神経細胞特異的な数多くのタンパク質がリン酸化基質として同定されており、それぞれリン酸化による機能制御が報告されている(表1)。
Cdk5 基質 | リン酸化部位 | 文献 |
Cdk5 活性化サブユニット | ||
p35 | Ser8, Thr138 | Patrick et al. (1998), Kamei et al. (2007) |
p39 | Tang et al. (1995) | |
細胞骨格制御 | ||
APP | Thr 668 | Smith (2003), Maccioni et al. (2001) |
Pak1 | T212 | Nikolic et al. (1998), Rashid et al. (2001) |
Nudel | Niethammer et al. (2000), Sasaki et al. (2000) | |
Tau | S202, T205, T212, T217, S235, S396, S404 | Patrick et al. (1999)[5] |
Neurofilaments | Lys-Ser-Pro repeats in the tail region on the NFs | Sharma et al. (1999), Grant et al. (2001), Li et al. (2000) |
Cables | Tyr 15 | Smith and Tsai (2002) |
MAP1b | Paglini et al (1998), Pigino et al. (1997) | |
WAVE1 | Kim et al. (2006) | |
CRMP2 | S522 | Cole et al. (2004), Uchida et a. (2005) |
神経細胞死制御、シナプス伝達、シナプス可塑性、シグナル伝達 | ||
Rb | S87, 249,780, T252, 373, 821, 826 | Lee et al. (2007) |
MEF2 | Gong et al. (2003) | |
Bcl-2 | Cheung et al. (2008)[6] | |
β-Catenin | Tyr 654 | Smith et al. (2001) |
Src | Smith and Tsai (2002) | |
NMDA receptor NR2A | Ser 1232 | Li et al. (2001) |
TrkB | Cheung et al. (2007) | |
STAT3 | Fu et al. (2004) | |
P/Q type Ca channels | Intracellular loop domains II, III | Tomizawa et al. (2002) |
DARPP32 | Thr75 | Bibb et al. (2003) |
Synapsin-1 | S551, S553 | Fischer et al. (1997) |
Munc-18 | T547, S158 | Shuang et al. (1998), Fletcher et al. (1999) |
PSD-95 | Morabito et al. (2004) | |
Amphyphysin-1 | S272, 276, 285 | Floyd et al. (2001), Tan et al. (2003), Tomizawa et al (2003) |
ErbB | Fu et al. (2001) | |
Ephexin-1 | Fu et al. (2007) | |
α-chimerin | Qi et al. (2004) | |
MEK1 | Sharma et al. (2002) | |
Doublecortin | S297 | Tanaka et al (2004) |
JUNK3 | Li et al. (2002) | |
Presinilin 1 | T354 | Cruz et al. (2004) |
PPARγ | S723 | Choi et al. (2010)[7] |
神経変性疾患関連 | ||
Parkin | S131 | Avraham et al. (2007) |
Prx2 | T89 | Qu et al. (2007) |
Huntingtin | S434, S1181, S1201 | Luo et al. (2005)[8], Anne et al. (2007) |
神経系での機能
セリン・スレオニンキナーゼとして機能する。脳発生・発達期に神経細胞の移動、突起伸長に関与し、活性低下は神経細胞の生存に対するぜい弱性を招く。神経伝達物質の放出やポストシナプス機能にも関与し、脳高次機能への関与が示唆されている。
また、Cdk5はキナーゼとしての機能以外に、グルタミン酸受容体のNR2Bとタンパク質分解酵素カルパインと複合体を形成し、カルパインによるNR2Bの分解を調整しており、Cdk5のタンパク質量の低下はNR2Bのポストシナプスでの量的増加を来す[9]。さらに近年、神経細胞以外の細胞での機能が推定されている。オリゴデンドロサイトの分化における機能やCdk5によるPPARγのリン酸化がインスリン抵抗性の発生機序にかかわっている可能性が示唆されている[7]。
アルツハイマー病
アルツハイマー病患者脳でのp25の増加とCdk5活性の上昇が報告され、p25産生がタウタンパク質の過剰リン酸化と神経細胞死をもたらすという説が提唱されている[5]。しかし、アルツハイマー病では逆にp25量は低下しており、Cdk5活性も必ずしも上昇していないとの反論もある。
パーキンソン病、ハンチントン病
パーキンソン病[10]やハンチントン病[8]などの神経変性疾患の病態に関与している可能性が示唆されている。これら病態でもパーキンやハッチンチンがCdk5の基質であり、Cdk5活性の上昇によりリン酸化型が増加することが病態と関連づけられるが、Cdk5が神経細胞死に対して保護的に働き、Cdk5活性が低下する細胞死を引き起こしやすくなるという報告がある[6]。このように、Cdk5活性は神経細胞の生存において厳格に制御される必要があるが、神経機能においても同様であり、結合により活性を示さないサイクリンEとの結合もその活性制御に必要であることが示された[11]。すなわち、サイクリンE量の低下はCdk5活性の上昇を来し、シナプス数やシナプス可塑性に影響を与えることが示された。
関連項目
参考文献
- ↑
Morgan, D.O. (1997).
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- ↑
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p35, the neuronal-specific activator of cyclin-dependent kinase 5 (Cdk5) is degraded by the ubiquitin-proteasome pathway. The Journal of biological chemistry, 273(37), 24057-64. [PubMed:9727024] [WorldCat] [DOI] - ↑ 5.0 5.1 5.2
Patrick, G.N., Zukerberg, L., Nikolic, M., de la Monte, S., Dikkes, P., & Tsai, L.H. (1999).
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(執筆者:大島登志男 担当編集委員:尾藤 晴彦)