ナルコレプシー
英語名:narcolepsy 独:Narkolepsie 仏:narcolepsie
同義語:ジェリノー症候群、居眠り病
関連語:情動脱力発作を伴うナルコレプシー、ナルコレプシーカタプレキシー、オレキシン欠乏を伴うナルコレプシー
ナルコレプシーは日中の居眠りの反復と特異な情動脱力発作を中核症状とする睡眠障害である。随伴症状として睡眠麻痺、入眠時幻覚も多く見られる。通常10代に眠気で発症し、情動脱力発作がその後に生じる。検査所見では、反復睡眠潜時検査(multiple sleep latency test, MSLT)で病的眠気とされる平均睡眠潜時の8分以下への短縮と2回以上の入眠時レム睡眠期が確認される。また日本人症例ではほぼ100%がHLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつ。さらに90%の症例で脳脊髄液中のオレキシンA濃度が検出限界以下で、ナルコレプシーに特異的な所見とされる。診断は眠気持続と明確な情動脱力発作の既往でなされ、MSLT所見や脳脊髄液中オレキシンA濃度低値も参考として診断基準に含まれる。治療は生活指導と薬物療法を行う。ナルコレプシーは一般に薬物治療反応性が良い。眠気に対しては半減期を考慮して精神刺激薬を用い、情動脱力発作に対してはレム睡眠阻害作用のあるクロミプラミン等を用いる。ナルコレプシーの病態は、覚醒性のオレキシン神経細胞が変性して、覚醒位相の維持ができなくなり居眠りする(睡眠覚醒リズムの多相化)、そして睡眠覚醒のスイッチが不安定となることで、覚醒とレム睡眠の中間的な寝ぼけ状態を呈する(レム睡眠関連症状)ことから理解可能である。
はじめに
日中に過剰な眠気が生じ、睡眠時間が延長する、あるいは不適切な時間に眠りこんでしまう傾向が3カ月以上継続するものを過眠症とよぶ。睡眠不足や睡眠時無呼吸症候群に伴う夜間睡眠の量的質的な障害を原因とせず、睡眠・覚醒中枢の機能自体が異常をきたすことが過眠症状の原因となる場合を狭義の過眠症とよぶ。その代表がナルコレプシーである。ナルコレプシーの名前は、1880年フランスの神経科医JBE Gélineau(ジェリノー)が、居眠りの反復、およびてんかんとは異なる脱力発作を呈する症例を報告し、これが独立した疾患単位であるとして命名した(英訳[1])。我が国では居眠り病ともよばれる。
症状
ナルコレプシーの中核症状は、耐えがたい眠気に伴い通常ありえない状況、例えば会話中、歩行中、食事中でも実際に眠りこむことを反復する過眠症状と、情動脱力発作を中核症状とする。眠気を感じる前に眠りこんでしまい、目覚めて気づくという睡眠発作の形をとることも見られる。情動脱力発作はナルコレプシーを特徴づける特異な症状で、大笑い、得意、気分の高揚、驚きなど主に陽性の強い感情の動きを契機にして、姿勢筋の緊張が突然喪失する症状である。全身の脱力で倒れてしまう場合から、膝ががくんとする、顎が落ちる、呂律がまわらなくなる程度のものまで様々な症状がある。持続が短く速やかに回復すること、発作は覚醒中に生じ、意識ははっきりしていることが特徴である。
しばしば(8割程度に)合併する症状として、睡眠麻痺(金縛り体験)と入眠時幻覚(寝入りばなの生々しい悪夢体験)がある。DalyとYossはMayo Clinicでの多数症例検討から居眠り反復、情動脱力発作、入眠時幻覚、睡眠麻痺の組合せをナルコレプシーの4徴として提唱し[2]、ナルコレプシーが広く認知されるようになった。入眠時幻覚は典型的には「閉めたはずの寝室のドアから何者かが入ってくるのを感じる」「体を触られる、押し付けられる」などという幻視と体感幻覚が中心で、その精神病理学的特徴として、睡眠麻痺に伴う無動、ありありとした実在感(実体的意識性)、そして強い恐怖感が指摘されている[3]。夜間の熟睡障害(主に中途覚醒、夢と現実が混合する浅眠の持続もある)も半数以上に合併する。なおチェコスロバキアのBedřich Rothは多くの過眠症を観察・分類して、ナルコレプシーの特徴は短時間の居眠りであり、長時間の居眠りを示す特発性過眠症と異なることを記述している(英訳[4])。すなわち特発性過眠症との比較では、30分以内の短い居眠りでサッパリと爽快感をもって覚醒することが鑑別点となる。
その他の随伴症状として、ナルコレプシーには若年性の肥満、Ⅱ型糖尿病[5]が多く、背景にエネルギー代謝の低下が報告されている[6] [7]。また多汗症など体温調節異常も多く、深部体温と末梢体温の勾配が少なく熱を放散しやすい特徴が知られる[8]。睡眠障害については周期性四肢運動障害、レム睡眠行動障害、さらに肥満をきたした場合には睡眠時無呼吸症候群合併も多い[9]。
診断(診断基準、鑑別診断)
狭義の過眠症の診断には、睡眠覚醒中枢の働きを直接評価する方法がないため、二次的に日中の眠気をきたす様々な疾患を否定してから行う除外診断が原則である。まず眠気をきたす薬物使用、季節性感情障害や筋強直性ジストロフィーなど過眠を伴う精神神経疾患を除外する。次に様々な睡眠障害を順次鑑別する。睡眠表(睡眠日誌)により睡眠時間の不足や概日リズム睡眠障害を除外、そして睡眠時無呼吸症候群や周期性四肢運動障害など夜間睡眠に質的障害をもたらす疾患がないことを終夜睡眠ポリグラフ検査で確認する。ナルコレプシーは日中の居眠りの反復と情動脱力発作の存在から、除外診断を待つだけでなく積極的に臨床診断を行うことが可能である。典型的な情動脱力発作の既往の確認が診断の鍵となるが、脱力の有無ではなく、発作経過の体験として聴取すると判断しやすい。
ナルコレプシーには診断に有用な3つの指標が存在する。
ひとつは睡眠ポリグラフ検査上の入眠時レム睡眠の出現である。健常者では約90分の睡眠周期の後半にレム睡眠が出現するのが通常であるが、ナルコレプシー患者では夜間も日中も入眠直後にレム睡眠が出現しやすい。これは1960年Vogel[10]が報告したあと追試で確認され、入眠時レム睡眠期に一致して入眠時幻覚が出現することも確認され[11] [12] [13] [14]、以後ナルコレプシーはレム睡眠の発現異常の疾患として注目されている。
2つ目は情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者の約90%(日本人ではほぼ100%)がHLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつことである。1983年に日本人ナルコレプシー症例とHLA-DR2血清型との密接な関連が報告され[15] [16]、その後HLA-DQB1*06:02が人種を越えてナルコレプシーと強い連鎖を示すことが見いだされた[17]。日本人の一般人口では12-13%、白人では20-25%がこの遺伝子型をもつため疾患特異性は低いが、感度は高くHLA遺伝子型が不一致な例は診断を再考する必要がある。
3つ目は、情動脱力発作を伴うナルコレプシーの約90%では脳脊髄液中のオレキシンAタンパク質濃度が測定限界値以下に低下していること、この所見がナルコレプシーに疾患特異的で発症直後から明瞭な差があることである[18]。死後脳を用いた検討で視床下部に局在する覚醒性のオレキシン細胞が変性脱落することが確認され、脳脊髄液中のオレキシン低値の原因と考えられる[19] [20]。この所見は早期診断のほか身体合併症例や小児例など診断が難しい場合に有用である。 2005年の国際睡眠障害分類第2版(ICSD2)[21](日本睡眠学会による翻訳版が入手可能[22])では、このうち入眠時レム睡眠期が生じやすい特徴を重視して、ナルコレプシーの病名を含む「情動脱力発作を伴うナルコレプシー」「情動脱力発作を伴わないナルコレプシー」「身体疾患によるナルコレプシー」を分類している。臨床的な持続性の過眠症状があり、終夜睡眠ポリグラフ検査で夜間睡眠が6時間以上で質的障害がないことを確認した上で、翌日のMSLTで眠気の重症度(平均睡眠潜時8分以下)とレム睡眠への移行のしやすさ(入眠後15分以内にレム睡眠期が生じることが2回以上)を確認することが、ICSD2におけるナルコレプシーの基本的な概念である。明確な情動脱力発作がある場合はPSG-MSLT検査は必須ではないが、確認することが推奨されている。ICSD2の診断基準の要点を表1に示す。
表1.ナルコレプシーの診断基準 ICSD2(文献[21][22])より改変
1 |
情動脱力発作を伴うナルコレプシー A. 少なくとも3ヶ月以上、ほぼ毎日生じる日中の過剰な眠気を訴える。 B. 明確な情動脱力発作の既往歴がある。 C. 反復睡眠潜時検査(MSLT)を行うと、平均睡眠潜時は8分以下かつ2回以上の入眠時レム睡眠期(SOREMP)が観察される。あるいは髄液中のオレキシンA濃度が、110pg/ml未満である。 D. 過眠症状が他の睡眠障害や身体疾患や神経疾患、精神障害、薬物使用または物質使用障害では説明できない。 |
2 |
情動脱力発作を伴わないナルコレプシー A.とD. 1-A,1-Dと同じ B. 典型的な情動脱力発作は認められない。 C. 必ず終夜睡眠ポリグラフ検査と引き続くMSLTを実施して診断する。最低6時間以上の十分な睡眠をとった翌日のMSLTにおける平均睡眠潜時は8分以下で、2回以上のSOREMPが観察される。 |
3 |
身体疾患によるナルコレプシー A. 1-Aと同じ B. 以下のうちのひとつ i. 1-Bと同じ ii. 2-B,Cと同じ iii. 1-Cと同じ(昏睡状態でないとき) C. 日中の過剰な眠気の原因となる身体疾患や神経疾患が基礎に存在する。 D. 過眠症状が他の睡眠障害、精神障害、薬物使用、または物質使用障害では説明できない。 |
病態生理
ナルコレプシーの不思議な病態は二つの基本的な障害にまとめられる[23]。ひとつは睡眠覚醒リズムの多相化である。通常ヒトの睡眠は他の動物と異なり一日一回まとめて睡眠をとる単相性睡眠を示す。日中の反復する居眠りと、夜間の頻回の中途覚醒は、睡眠や覚醒の位相が維持できず睡眠や覚醒の位相が細かく分断化されることとして説明できる。もうひとつはレム睡眠関連症状である。レム睡眠の構成要素のうち、活発な夢体験や筋緊張消失が意識水準と解離して覚醒中や半覚醒中に生じることが、入眠時幻覚や睡眠麻痺、情動脱力発作の基盤として説明される。最近、この基本的障害の神経生物学的背景が理解されてきた。視床下部前部の睡眠中枢腹外側視索前野 (ventrolateral preoptic nucleus, VLPO)とモノアミン性の覚醒中枢が、相互に抑制性神経入力をすることに基づいて、Saperらは視床下部が睡眠覚醒のスイッチとして働くという仮説を提唱している[24]。このモデルにおいて、オレキシンはスイッチを覚醒側に押して安定させる役割をはたす。ナルコレプシーではオレキシン神経の機能低下により、1.スイッチが不安定となって覚醒維持ができなくなり頻回の居眠りが生じ、睡眠覚醒リズムの多相化につながる、また2.睡眠と覚醒の位相の切り替え後に睡眠覚醒の状態がすぐ安定化しないため、覚醒と特にレム睡眠の中間的な寝ぼけ状態が遷延し、レム睡眠関連症状の背景となる、という内容である。
ナルコレプシー発症の原因は未解明である。オレキシン発見の契機となったイヌモデル[25]とは異なり、ナルコレプシーの原因としてオレキシンやその受容体の遺伝子異常は見出されていない[19]。一方で、HLA遺伝子型自体がナルコレプシーのリスク遺伝子である(homozygoteはheterozygoteの4-5倍の有病率)。また健常者をMSLTの結果で群分けすると入眠時レム睡眠数や眠気が強い群ほど(つまりナルコレプシー診断基準に近いほど)HLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつ頻度が高まること[26]、さらにこのHLA遺伝子型をもつ人は疲労度や眠気尺度が高く、部分断眠後でも徐波睡眠持続が悪く、睡眠が分断化する傾向があること[27]、からHLA遺伝子自体が睡眠制御機能をもつことが示唆されている。
慢性関節リウマチなど既知のHLA関連疾患はすべて自己免疫機序をもつことから、ナルコレプシーの病態にも自己免疫機序が関与することが信じられてきた。ナルコレプシーの自己免疫仮説を支持する知見、否定的な知見の主なものを表2に示す。自己免疫疾患仮説を支持する最大の根拠は、HLA遺伝子型との関連、そして全ゲノム遺伝子関連解析で同定されたT細胞受容体α遺伝子座にある一塩基多型との関連である(この際HLA遺伝子型を合わせた対照群が用いられている)[28]。特定のHLA分子とT細胞受容体を介して免疫反応の司令塔であるT細胞が賦活化され、自己反応性T細胞が生じる可能性がある[29]。
最近ナルコレプシー症例の16-26%に、疾患特異的にTRIB2自己抗体が同定された[30] [31] [32]。TRIB2自己抗体の臨床的意義は未解明であるが、視床下部ではオレキシン細胞に共局在するため、TRIB2自己抗体がオレキシン細胞を標的とする可能性も示唆されている[30]。
一方、自己免疫仮説に否定的な知見としては、血清学的検査所見(赤血球沈降速度、CRPレベル、補体レベル、リンパ球サブセットの割合、免疫グロブリンレベル)に、炎症を示す異常値がないこと[33]、また脳脊髄液中のoligoclonal bandの増加やIgG指標の増加や抗核抗体など通常の自己免疫疾患に合併しうる自己抗体も見られないこと[34]、さらに大部分のナルコレプシー症例では抗オレキシン自己抗体や2つのオレキシン受容体に対する自己抗体は検出されず[35]、オレキシン神経細胞が局在する視床下部外側野において、自己免疫機序の組織学的な特徴であるHLA分子の発現増強や、神経変性疾患の特徴である反応性のミクログリアやアストログリア増生が欠落していること[19] [36]、があげられる。通常の自己免疫疾患とは様々な点で異なるため、研究により病態生理の探究が進むことが望まれる。
表2.ナルコレプシーの自己免疫仮説について
支持する知見 | 否定的な知見 |
HLA-DR2(血清型) HLA-DQB1*06:02(遺伝子型)との密接な相関 |
オレキシン神経細胞が局在する視床下部にHLA発現増強やリンパ球浸潤などの炎症所見がない |
HLA遺伝子型を合わせた対照群との比較で、T細胞受容体α遺伝子座のSNPとの関連 | 既知の自己免疫疾患との合併や、既知の抗核抗体との関連が稀である |
特に若年症例の発症期における溶連菌感染への抗体価の上昇 | オレキシンやその受容体に対する自己抗体が存在しない |
Trib2に対する自己抗体の存在(14-26%) | 脳脊髄液中のオリゴクロナルバンドの増加なし |
H1N1インフルエンザワクチン後または[wikipedia:ja:インフルエンザ|インフルエンザ]]流行後の発症率増加 | 一般的な血液生化学検査で正常所見、T細胞サブセットマーカーも正常 |
臨床症状が寛解増悪を反復する経過を示さない | |
思春期発症 | 性差がない |
治療
ナルコレプシーの認知度はまだ低いが、治療の有効性が高いため、早期診断が患者の社会生活改善の上で大きな意味を持つ。知識の普及と適切な診断治療体制の整備が前提として重要である。
非薬物療法
過眠症は「睡眠の病気」であることを本人および周囲が理解し受容することが第一歩である。患者自身が過眠症状を「なまけ癖」「やる気の問題」と考え、無理を重なることが多い。睡眠不足により日中の眠気のさらなる悪化が生じるため、健常者以上に睡眠時間の確保など規則的な生活習慣の維持が大切である。様々な理由で夜間睡眠の確保が困難な場合は、通勤通学時間や休み時間に短時間の計画的昼寝(10-30分程度)をとることが有効である。
薬物療法
一般にナルコレプシー患者は薬物反応性がよい。現在の中枢刺激剤による薬物療法は対症療法にすぎず、寝不足をなくすものではない点は強調すべきである。また患者は消極的で諦めやすい性格変化を来しやすく、服薬指導や副作用の知識と対応の仕方をあらかじめ十分伝えることが、治療上大切である。
日中の過眠症状に対しては、精神刺激薬を用いる。現在我が国ではモダフィニール(モディオダール:半減期9.9-14.8hr)、メチルフェニデート(リタリン:半減期2.6-2.7hr,作用時間4-6hr)、ペモリン(ベタナミン:半減期小児7-8.6hr、成人12hr)の3剤が主に用いられる。精神刺激薬を夕方以降に服用すると夜間睡眠が障害されるため、半減期を念頭において服用時刻に注意することが特に重要である。副作用を観察しつつ漸増し日常社会生活維持ができる覚醒効果が得られるまで増量する。精神刺激薬は交感神経刺激作用をもつため、短期的には動悸、焦燥感、口渇、食欲抑制、頭痛、羞明などの副作用が多く見られる。長期的副作用としては、耐性・依存の形成および神経過敏から精神病症状の惹起が問題となる。一般には過眠症での依存形成は少ない(1-3%以下)[37]が、常用量以上の服用では精神病症状が増加する(14%)とされる。なおメチルフェニデートは2007年に乱用が社会問題となり、医療機関、医師、薬局が登録制となり流通委員会が管理する体制となった。メチルフェニデートの新規処方にあたってはMSLTによる確認と重症度把握を行うことが原則である(日本睡眠学会:ナルコレプシーの診断・治療ガイドライン)。ペモリンはADHD小児への大量投与で肝不全が報告され、定期的肝機能検査が必要とされる[38]。ただ過眠症患者で肝不全の報告はなく日本では重要な治療選択肢として継続されている。
情動脱力発作および入眠時幻覚や睡眠麻痺に対しては、レム睡眠抑制作用がある薬剤を用いる。最も強力なのは三環系抗うつ薬のクロミプラミン(アナフラニール)で著効を示す。日中の眠気や消化器系の副作用(悪心・食欲低下)が生じる場合があり、就寝前服用が多い。情動脱力発作が生活上の支障となる場合は日中にも用いられる。禁忌(緑内障・尿閉)や眠気の副作用が強い場合にはSSRIやSNRIも選択肢となる。なおレム睡眠阻害薬を急に中断すると、情動脱力発作の重積状態が生じる場合があり、注意すべきである。 夜間熟眠障害に対しては、上記のクロミプラミンや短-中時間作用型の睡眠導入剤が主に用いられる。精神刺激薬の用量が多い場合や神経過敏症状が出やすい患者には鎮静作用をもつ抗精神病薬(フェノチアジン系)を少量用いると熟眠感改善と精神症状発現予防に有効である。
疫学と経過
ナルコレプシーの有病率は日本で多く600人に1人(0.16-0.18%)[39] [40]、世界的には人口10万人に15-47人(2-5000人に1人)と報告されている[41] [42] [43]。また人口10万あたり年間発生率は0.79-1.37人とされる[44] [45] [46]。
ナルコレプシーは10歳代に日中の居眠りの反復で発症し、その後情動脱力発作が生じるのが一般的経過である。発症は13-4歳の思春期に多い[47]。ただ中国北部では発症ピークが5歳程度早く[48]、またフランス人では40歳前後にも小さな峰をもつ二峰性の発症分布をとる[49]など、人種差がある。発症は急性経過をとる場合が多く、眠気がはじまった日を特定できる場合も多い。受診者は男性に多い傾向があるが性差はないとされる。症状の消長(寛解増悪)を示さない点は、一般的な自己免疫疾患とは異なる臨床経過である。情動脱力発作は自然経過で軽減する場合が多くみられるが、眠気は長期持続しやすい特徴がある。
最近発症契機として環境因子、特に感染症既往が注目を集めている。HLA遺伝子型を合わせた対照群について人種と社会経済的階層を補正した上で比較すると、ナルコレプシー群では連鎖球菌性の咽頭炎の既往をもつものが5.4倍多く[50]、発症後まもない症例ではA群溶連菌(ASO)の抗体価が高いこと(発症3年以内のナルコレプシー群では4割が抗体価400以上であるのに対し対照群では5%以下)[51]、ASO抗体価高値群で思春期前の小児の非定型な運動症状がより多いこと(一部はA群溶連菌感染後に生じる小舞踏病や溶連菌感染に随伴して生じる自己免疫性神経精神障害(PANDA)と類似している)[52]などである。またフィンランドでインフルエンザワクチン接種後に特に17歳以下の小児の発症率が12.7倍に増加したこと[46] [53]、若年小児発症がもともと多い中国北部では2009年のインフルエンザ流行に伴って受診者が3倍に増加したこと(7割が10歳以下)[54]も報告された。日本ではインフルエンザ流行に伴うナルコレプシー発症増加は報告されていない。免疫賦活が発症促進的であるが、そこに特定の地域や民族といった環境要因が関わると考えられる。今後の検証が必要である。
関連項目
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(執筆者:本多真 担当編集委員:加藤忠史)