陳述記憶・非陳述記憶
英語名:declarative memory・non-declarative memory
同義語:宣言的記憶・非宣言的記憶
長期記憶は内容により、陳述記憶と非陳述記憶に分類され、それぞれの種類の記憶に応じて(心理学的・神経解剖学的に)別々の記憶システムが働くと考えられている(図1)[1]。
陳述記憶
陳述記憶とは、イメージや言語として意識上に内容を想起でき、その内容を陳述できる記憶である。宣言的記憶とも呼ばれる。陳述記憶にはエピソード記憶と意味記憶が含まれる[2]。
エピソード記憶
エピソード記憶とは、個人が経験した出来事に関する記憶で、例えば、昨日の夕食をどこで誰と何を食べたか、というような記憶に相当する。エピソード記憶は、その出来事を経験そのものと、それを経験した時の様々な付随情報(時間・空間的文脈、そのときの自己の身体的・心理的状態など)の両方が記憶されていることを特徴とする。臨床神経学領域において、単に記憶障害という場合には、通常はエピソード記憶の選択的障害を指している。
意味記憶
意味記憶は知識に相当し、言語とその意味(概念)、知覚対象の意味や対象間の関係、社会的約束など、世の中に関する組織化された記憶である。例えば、「ミカン」が意味するもの(大きさ、色、形、味や、果物の一種であるという知識など)に関する記憶が相当する。通常同じような経験の繰り返しにより形成され、その情報をいつ・どこで獲得したかのような付随情報の記憶は消失し、内容のみが記憶されたものと考えられる。
非陳述記憶
非陳述記憶とは、意識上に内容を想起できない記憶で、言語などを介してその内容を陳述できない記憶である。非宣言的記憶とも呼ばれる。非陳述記憶には手続き記憶、プライミング、古典的条件付け、非連合学習などが含まれる。処理効率(正確性や速度)の向上として、行為の中に表現される。
手続き記憶
手続き記憶(運動技能、知覚技能、認知技能など・習慣)は、自転車に乗る方法やパズルの解き方などのように、同じ経験を反復することにより形成される。一般的に記憶が一旦形成されると自動的に機能し、長期間保たれるという特徴を持つ。
プライミング
プライミングとは、以前の経験により、後に経験する対象の同定を促進(あるいは抑制)される現象を指し、直接プライミングと間接プライミングがある。
古典的条件付け
古典的条件付けとは、梅干しを見ると唾液が出るなどのように、経験の繰り返しや訓練により本来は結びついていなかった刺激に対して、新しい反応(行動)が形成される現象をいう。
非連合学習
非連合学習とは、一種類の刺激に関する学習であり、同じ刺激の反復によって反応が減弱したり(慣れ)、増強したり(感作)する現象である。
神経基盤
複数の記憶システム(図1)の存在を支持する証拠は、まず脳の特定部位の損傷により記憶障害を呈した症例報告により示された。例えば内側側頭葉-海馬と海馬傍回(内嗅皮質・周嗅皮質・海馬傍皮質)-を損傷した健忘症患者では、エピソード記憶の障害が顕著である一方、他の記憶(意味記憶、手続き記憶、プライミングなど)に障害はみられない。こうしたエピソード記憶の選択的障害(健忘症候群)を引き起こす病巣としては、内側側頭葉(海馬・海馬傍回)の他に、間脳(視床・乳頭体)、前脳基底部が数多く報告されてきた[3]。その他、脳梁膨大部後域、脳弓の損傷による健忘も報告されている[3]。これらの脳部位はPapez回路と呼ばれる、海馬-脳弓-乳頭体-乳頭体視床路-視床前核-帯状回-海馬傍回-海馬という閉鎖回路を構成しており、エピソード記憶に重要な役割を果たしていると考えられている[4]。その他のさまざまな記憶に関連する神経基盤(図1)に関しても、神経心理学的研究、脳機能画像研究、そして動物実験生理学研究によって明らかになってきている[1]。
意味記憶に関わる神経基盤としては、特に側頭葉の重要性が指摘されている。例えば側頭葉前方部の限局性萎縮により、単語、物品、人物などの意味理解が選択的に障害される意味認知症が生じる[5]。左右差を伴い、左側頭葉前方部の萎縮では語義の障害が、右側頭葉前方部の萎縮では人物の意味記憶が障害されることが多い。その他、脳損傷後に特定の意味カテゴリー(例:動物)の意味理解が選択的に障害される(意味記憶のカテゴリー特異性障害)ことが報告されており[6]、近年の脳機能画像研究により特定の脳部位と意味カテゴリーの関係性が明らかになりつつある[7]。
非陳述記憶のうち手続き記憶には、大脳基底核と小脳が中心的な役割を果たすと考えられている。例えばパーキンソン病(大脳基底核の黒質-線条体系の損傷)や小脳変性症患者において手続き記憶が障害されるという報告が数多くなされてきた[8][9]。また、手続き記憶の内容(運動技能・知覚技能・認知技能)に応じて、前頭前野、補足運動野など複数の皮質領域の関与が指摘されている[10]。
関連語
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 1.2
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(執筆者:鈴木麻希、藤井俊勝 担当編集委員:入來篤史)