性同一性障害
針間 克己
はりまメンタルクリニック
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2014年2月13日 原稿完成日:2014年月日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:gender identity disorder 独:Geschlechtsidentitätsstörung 仏:troubles de l'identité sexuelle
同義語:gender dysphoria
性同一性障害とは、ジェンダー・アイデンティティと身体的性別と一致しないために苦痛や障害を引き起こしている疾患である。男性性同一性障害者には2つの亜型が知られ、第一の亜型は一次性と呼ばれるもので、小児期または青年期前期に発症し、青年期後期または成人期に受診する。第二の亜型は二次性と呼ばれるもので、発症が比較的遅く、異性装症に引き続くことが多いといわれる。女性から男性の性別変更を望む患者は比較的均一であり、小児期または青年期前期に発症し、青年期後期または成人期に受診する。これまでのところ、2万人程度のものが、性同一性障害を主訴に、医療機関を受診したと思われる。何らかの生物学的異常が基盤にあるのではないかと推測され、最近、男性性同一性障害者では、分界条床核の体積が、男性より優位に小さく、女性とほぼ等しいものであった。また、男性性同一性障害者では対照群の男性と比較して、アンドロゲン受容体遺伝子における一塩基多型が長いことが示され、アンドロゲンへの感受性が低い可能性が示唆された。
(編集部にて作成。ご確認ください)
性同一性障害とは
性同一性障害とは、ジェンダー・アイデンティティと身体的性別と一致しないために苦痛や障害を引き起こしている疾患である。2013年に米国精神医学会によって作成されたDSM-5ではgender identity disorderに代わりgender dysphoria(性別違和)が病名として用いられ、その基本概念も「経験した/表現した性別と、指定された性別との著明な不一致」と変更がみられる。
性同一性障害に関する用語は、医療従事者だけでなく当事者の間でも広く用いられている。
- GID(ジーアイデー):gender identity disorder、性同一性障害の略語。
- MTF(エムティーエフ):male to female、男性から女性へ性別変更する/したい/したもの。
- FTM(エフティーエム):female to male、女性から男性へ性別変更する/したい/したもの。
- SRS(エスアールエス):sex reassignment surgery、性別適合手術。いわゆる性転換手術。
- 特例法:性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律。
臨床的特徴および現状
診断基準
本稿では、性同一性障害ではなく、DSM-5におけるgender dysphoriaの診断基準を記す。
なお、正式な日本語訳は、未発表のため、筆者による試訳である。
302.85 成人あるいは青年の性別違和
A. 少なくとも6ヶ月続く、経験した/表現した性別と、指定された性別との著明な不一致。以下の2つ以上によって表れる。
- 経験した/表現した性別と、第一次および/または第二次性徴(または、早期青年では予想される第二次性徴)との著明な不一致。
- 経験した/表現した性別との著明な不一致を理由とした、第一次および/または第二次性徴から解放されたいという強い欲求(または、早期青年では予想される第二次性徴の発達を阻止したい欲求)
- 反対の性別の第一次および/または第二次性徴を獲得したいという強い欲求
- 反対の性別(または、指定された性別とは違う何らかの代わりの性別)になりたいという強い欲求
- 反対の性別(または、指定された性別とは違う何らかの代わりの性別)として扱われたいという強い欲求
- 反対の性別(または、指定された性別とは違う何らかの代わりの性別)の典型的な感情や反応を持っているという強い確信
B. その状態は、臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害と関連している。
該当すれば特定せよ:
性分化疾患を伴う(例えば、先天性副腎過形成などの副腎性器症候群やアンドロゲン不応症候群)
コード番号の方法:
性別違和と性分化疾患の双方のコード番号をつけよ。
該当すれば特定せよ:
性別移行後:その人は望みの性別でのフルタイムでの生活に移行し(法的な性別変更をする場合としない場合がある)、少なくともひとつは反対の性別への医学的治療、すなわち、反対の性別への定期的なホルモン治療ないし、望みの性別へと適合する手術(例えば出生時男性における陰茎切除、造腟、出生時女性における乳房切除術や陰茎形成術など)を受けている。
経過
MTFの性同一性障害者の経過を考えるには、二種類の亜型への分類が有用である。第一の亜型は一次性と呼ばれるもので、小児期または青年期前期に発症し、青年期後期または成人期に受診する。第二の亜型は二次性と呼ばれるもので、発症が比較的遅く、異性装症に引き続くことが多いといわれる。発症が遅いものでは、婚姻例を有したり、子供がいる者もいる。筆者のクリニック受診者の統計[1]では、18.9%が婚姻歴があり、12.6%に子供がいた。
FTMの性同一性障害者は、比較的均質な群といわれ、小児期または青年期前期に発症し、青年期後期または成人期に受診する。筆者のクリニック受診者の統計では、3.1%が婚姻歴があり、1.4%に子供がいた。
性指向
性同一性障害者はMTF、FTMいずれもが男性、女性、同性、無性(男女いずれに対しても性的指向がない)への性指向(どの性別に性的魅力を感じるか)を持ちうる。
MTFの性指向は様々であり、また当初女性に魅力を感じていたものが、男性に魅力を感じるように変化する場合もある。筆者のクリニック受診者の統計[1]では、男性に魅力を感じるものが44.8%、女性に魅力を感じるものが15.5%、両性に魅力を感じるものが23.0%、どちらにも魅力を感じないものが9.2%、不明なものが7.5%であった。
FTMでは女性に魅力を感じるものが大多数である。筆者のクリニック受診者の統計では、男性に魅力を感じるものが1.7%、女性に魅力を感じるものが90.8%、両性に魅力を感じるものが4.4%、どちらにも魅力を感じないものが2.4%、不明なものが0.7%であった。
自殺関連事象
性同一性障害者においては、典型的な性役割とは異なる行動をとることや同性への性指向を持つことによるいじめ、社会や家族からの孤立感、思春期に日々変化していく身体への違和、失恋により性同一性障害であるという現実をつきつけられること、世間の抱く性同一性障害者に対する偏見や誤ったイメージを自らも持つ「内在化したトランスフォビア」、「死ねば、来世では望みの性別に生まれ変われるのでは」という願望、生きている実感の欠落・無価値感、身体治療への障害、将来への絶望感など、を要因として自殺念慮を抱いたり、自殺未遂を行うことがある。
筆者のクリニック受診者の統計[2]では自殺念慮は62.0%、自殺企図は10.8%、自傷行為は16.1%、過量服薬は7.9%にその経験があった。
治療
(編集コメント:治療について御言及いただければと思います)
実生活経験
実生活経験(real life experience、RLE)とは、望みの性別で職業生活や学校生活などの社会生活を送ることをいう。RLEを行い、社会生活で適応することは、ホルモン療法や手術療法といった治療を行う前に欠かせないことである。
筆者のクリニック受診者の初診時の統計[3]ではMTFでは41.0%がRLEあり、すなわち女性として職業生活や学校生活を送っており、FTMでは50.9% がRLEあり、すなわち男性として職業生活や学校生活を送っていた。
疫学
有病率の資料になりうる疫学的研究は乏しいが、患者数を推定する上で、参考となりうる信頼できるデータとしては、最高裁判所の発表する性別の戸籍変更をした者の数値がある。2004年に施行された性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下、特例法と記す)によって、2012年年末までに3584名が変更している。筆者の臨床経験などから、およそ、受診者の15~20%のものが、性別適合手術を行い、戸籍変更をすると推測される。そこから逆算すると、これまでのところ、2万人程度のものが、性同一性障害を主訴に、医療機関を受診したと思われる。この数は今後も増加していくものと思われる。
生物学的原因
性同一性障害は、身体的性別とは反対のジェンダー・アイデンティティを持つため、そのジェンダー・アイデンティティ形成には、何らかの生物学的異常が基盤にあるのではないかと推測され研究がおこなわれてきた。その中で1995年Zhouら[4]が、MTFの死後脳を調査し分界条床核の体積について報告した。分界条床核は性行動に関係が深いとされる神経細胞群であり、男性のものは、女性のものに対して優位に大きい。研究は男性、女性、同性愛男性、MTFの分界条床核の体積を測定し、比較したものだが、MTFでは男性より優位に小さく、女性とほぼ等しいものであった。
性ホルモンに関しては、特定の性ホルモンの過剰や欠如といった量的異常はこれまでに明確には示されはいないが、近年、性ホルモンに関する遺伝子の研究がなされている。すなわち、遺伝子配列の一塩基多型(SNP)に着眼しての研究である。Hareら[5]によれば、MTFでは、対照群の男性と比較して、アンドロゲン受容体遺伝子における一塩基多型が長いことが示された。一塩基多型の長さは、アンドロゲン受容体の感受性に関連していると考えられるため、この研究において、男性性同一性障害者ではアンドロゲンへの感受性が低い可能性が示唆された。
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 石丸径一郎、針間克己
性同一性障害患者の性行動
日本性科学雑誌27(1), 25〜33, 2009 - ↑ 針間克己、石丸径一郎
性同一性障害と自殺
精神科治療学25(2),247~251,2010 - ↑ 針間克己
精神科外来受診者における性同一性障害者のRLEと臨床的特徴.GID(性同一性障害)
学会雑誌2(1),42~43,2009 - ↑
Zhou, J.N., Hofman, M.A., Gooren, L.J., & Swaab, D.F. (1995).
A sex difference in the human brain and its relation to transsexuality. Nature, 378(6552), 68-70. [PubMed:7477289] [WorldCat] [DOI] - ↑
Hare, L., Bernard, P., Sánchez, F.J., Baird, P.N., Vilain, E., Kennedy, T., & Harley, V.R. (2009).
Androgen receptor repeat length polymorphism associated with male-to-female transsexualism. Biological psychiatry, 65(1), 93-6. [PubMed:18962445] [PMC] [WorldCat] [DOI]