認知的構え

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赤石 れい
特定国立研究開発法人理化学研究所 脳神経科学研究センター
DOI:10.14931/bsd.10482 原稿受付日:2023年8月13日 原稿完成日:2023年9月5日
担当編集委員:定藤 規弘(立命館大学 総合科学技術研究機構 )

英:cognitive set 英略語:CS
同義語:タスクセット (task set)

 認知的構えは、ゴールの達成のための外界の刺激の情報処理から運動までの一連の情報処理のルールであり、知覚、注意、短期・長期記憶、運動といった要素を含む。この認知的構えは、過去の経験や個人の信念、さらにはタスク(Task)の複雑性や新奇性によって形成される。習熟度やコミットメントの度合いも、この認知的構えに影響を与える。同じタスクを長期間行うことで効率は上がるが、新しい状況に対する柔軟性が低下する可能性もある。認知的構えは階層的な目的にも適用できる多面性を持ち、報酬やモチベーションによってその効率や柔軟性が変わることもある。近年、認知的構えの切り替えやその構築過程が精神的努力や疲労との関係で研究されている。特に、この精神的努力が持つ「負の報酬価値」に焦点が当てられている。しかし、何が精神的努力や疲労に影響を与えるのかは未解明の点が多く、これが近年では心理学や神経科学で積極的に研究されているトピックになっている。

定義

 認知的構えとは広くは外界からの刺激に対して選択的な知覚情報処理を行い、これを特定のやり方で解釈し、目的を達成する為運動に変換する、一連の情報処理のマッピングのルールの事を指す[1][1]。また認知的構えは、知覚、注意短期的記憶長期的記憶運動などの要素を含む。

 この特定の課題・タスクを遂行するための準備状態は、過去の経験[2][2]や、これを保持する者の外界やゴールに関する信念や期待に影響される[3][4][3], [4]。また課題やゴールを達成するための情報処理の複雑さ、新奇性、難しさにも影響される[5][5]。さらに課題の遂行に関する習熟度や、特定の課題をどれだけ集中して行うかというコミットメントの度合いにも認知的構えは影響される[6][7][6], [7]。長い間繰り返された課題やタスクについては自動化・習慣化が進み効率的な遂行が可能になる反面、タスクの切り替えなどの柔軟性の面で支障が生じる事も多い[2][2]。

 基本的には特定のゴールを達成するための実行の機能として認知的構えが扱われることが多いが、ゴールの達成が階層的になっている様に認知的構えも階層的な面を持ちうる[8][9][8], [9]。例えば一番低次のレベルでは特定の感覚刺激と運動を結びつける様な認知的構えもあれば、この結び付けのルールを環境の文脈に応じて決めるレベルもあり、さらにはこのルールをより抽象的に扱うようなレベルもある[9][10][9], [10]。

 ゴールを達成するための実行機能である側面から、報酬などのゴールそのものに影響を受ける面もある[11][11]。モチベーションや報酬との関連性においてこの実行機能の効率性やその速度や柔軟性などが影響を受けることも有る[5][12][13][5], [12], [13]。

 より近年の研究ではこの認知的構えの切り替えやその構築の過程が、精神的な努力や疲労などとの関連で議論されることが多くなっている[4][5][12][4], [5], [12]。より正確には経済学的な意思決定の枠組みでの負の報酬価値をこうした精神的な努力が持っていることが注目されてきている[12][14][12], [14]。しかし正確にどの様な要素が精神的な努力やその疲労に繋がるのかについては分かっていない事も多く、心理学や神経科学での活発な研究の対象になっている[15][16][17][18][15]–[18]。

多様な認知的構え

 認知的構えには大きく分けて知覚・注意に関するもの、短期的な記憶に関するもの、長期的な記憶に関するもの、運動に関するものがあり得る。これらの分類は完全に切り分けが可能なものではないが、認知的構えがそれぞれの認知的機能に及ぼす影響について理解してその全体像を知る上で重要であるためこの様な分類を用いる。

知覚・注意

 認知的構えは我々が外界の状況を知覚し解釈するプロセスにも影響を与える[19][20][19], [20](ただし認知的侵入不可能性Cognitive impenetrabilityなどの様に影響を与えないという別の意見もある[21][22][21], [22])。

 例えばある特定の視覚空間の部分に注意を向けて、その部分から起こる視覚刺激の情報処理の速度や効率を上げることができる[20][23][24][20], [23], [24]。または複数の視覚の物体がある時には、ある特定の物体に注意を向け、その他の物体を無視することも出来る[25][25]。または同じ視覚の物体の中でも異なった特徴に注意を払うことが出来る[26][26]。この様な認知的な構えの仕組みはゴール達成に必要のない余計な情報の処理をせずに済むというような有用な効果を持つが、非注意性盲目(inattentional blindness)などと呼ばれるような知覚・注意の機能の欠陥をもたらす事もある[27][28][27], [28]。

短期的な記憶

 認知的構えそのものが短期的な記憶によって保持され、注意などの他の認知的な処理に影響を与えると言われている[1][20] [1], [20]。また短期的な記憶の中にどの情報を保持するかも、認知的構えの機能とも言われている[29][29]。この情報の選択性はディストラクター抵抗(distracter resistance)と呼ばれるゴール達成に必要な情報だけを保持する機能と関係している[30][30]。またこの様な機能は前頭葉特有の機能であるとも言われている[31][31]。

長期的な記憶

 認知的構えは長期的記憶の仕組みである符号化(encoding)、貯蔵(storage)、想起(retrieval)の3つの機能のそれぞれで選択的な情報の処理に関わる可能性が有る[32][33][32], [33]。つまりゴールの達成に必要な情報だけを長期記憶に取り入れ、必要な情報だけを継続的に保持し、必要な情報だけをその時々で長期的な記憶から読み出す様な情報処理で有る[34][34]。

運動

 最終的なゴールの達成には運動による行動の表出が必要になり、ここでも認知的構えが重要な役割を果たす。運動には計画する段階、実行に移す段階、また実行中に間違いを訂正するような段階もある[35][36][37][35]–[37]。これらのそれぞれの段階において認知的構えは役割を果たしうる。例えば運動の計画がゴールに沿ったものであるかを検証し、それを適したタイミングや行動の文脈で実行に移し、また実行中に外界からの干渉で修正を余儀なくされた時に修正を行うなど、各段階で運動がゴールに向かって適切に行えるように監視と制御を行う[38][38]。

影響する要素

 幾つかの要素が認知的構えに影響を及ぼしうる。これは長期・短期における経験がゴールを達成するための心理的・脳科学的な準備状態へ影響を与えるからである[4][4]。また行動課題やタスク自体の特徴も認知的構えに影響を及ぼす[2] [3][2], [3]。

過去の経験

 短期・長期に渡り過去に得た経験が認知的構えに影響を及ぼす。この影響にはゴールの達成に向けて良い面と悪い面の両方があり得る。

学習・習熟度

 同じ課題に関して経験を積めば積むほどその課題の遂行の効率が上がっていく[39][40][39], [40]。これは必要な情報だけにより集中する様になり、余計な情報を無視することに長けて来るからであったり、その情報処理に関連した神経回路の経路が強化されるからと考えられる[39][41][42] [39], [41], [42]。またチャンキング(chunking)など連続した情報をまとまった単位で情報として処理する様になるなど、情報処理の構造化が進むことによる効率の上昇の側面もある[43][44][45][43]–[45]。

直近の経験の効果

 直近の経験は認知的構えに強い影響を与える。これは例えば同じ課題を連続して行えば行うほど、同じ情報処理のやり方に慣れていき反応時間に見られるようにその速度が上がっていくということが起こる[41][42][41], [42]。しかしタスクスウィッチなどと呼ばれる状況の様に複数の違う課題を切り替えて行う様な状況では、直近の経験で違う課題を経験したことがマイナスに働き、次の課題の遂行の妨げになることも有る[2][2]。

コミットメント

 一つのゴールにコミットすることはそのゴールの遂行には良い影響を与えるが、切り替えて他のゴールを目指さなければならなくなった時には悪い影響がある[2][2]。この特定のゴールへの集中が認知的構えを用いた課題の遂行に影響を与える[6][46][6], [46]。

自動化・習慣化

 同じ課題を繰り返せば繰り返すほど自動化や習慣化が起こり、その課題の遂行の効率を上げていく。しかしより柔軟性が要求されるような場面ではこの自動化・習慣化が行動の修正に悪い影響を与えることもありうる[39][47] [48][39], [47], [48]。

課題の特徴

 課題を遂行するヒト動物の状態だけでなく、課題そのものの特徴も認知的構えに影響を与える。

複雑さ

 課題そのものの複雑さがそれを遂行するための認知的構えにも影響を与える。例えば課題そのものが階層性を持っており、幾つもの文脈を組み合わせて課題を遂行せねばならない場合には、認知的構えも同様に幾つもの情報を組み合わせて情報処理を行えるように複雑さを増さねばならない[8][9][8], [9]。

新奇性

 課題そのものが目新しいものである場合、認知的構えも十分には準備できていない事があり得る[40][49] [40], [49]。この場合課題の遂行は不正確になり、その速度も遅くなることが考えられる。

難しさ

 課題の難易度が上がる時には、適切な認知的構えを用意する為により多くの注意や認知的なリソースが必要になる場合がある。この様な状況ではより多くのメンタルエフォート(mental effort)を課題の遂行に関する監視に割くことが必要となり、課題の遂行に関する間違いも増えてくる[5][14] [16][5], [14], [16]。逆に課題が簡単な場合には特別な注意も必要でなく、正確に速い速度での課題の遂行が可能になる。  

階層性

 認知的構えは階層的な構造を取り得る[9][9]。これには異なるレベルの複雑さや抽象度が含まれる[10][10]。この様な階層構造は異なる課題や状況に適切に対応するためになくてはならないものである[7][7]。

低次階層

 最も低次な認知的構えには基本的な知覚、注意、運動のプロセスが含まれる[40]。これらには既に自動化・習慣化が進み少ないメンタルエフォートで遂行が可能な課題に関する認知的構えが該当する。

高次階層

 より高次の認知的構えには複数のステップを要する行動の計画[35][35]、問題を把握し解決する様な情報処理[50][50]、価値の判断を伴うような意思決定などに関わるものが挙げられる[5][12][5], [12]。この様な認知的構えには、抽象的な思考や複数の情報を組み合わせる能力が求められる。

タスクのルール

 認知的構えの階層性を記述する要素として、知覚情報から運動までを結びつけるルールの複雑さがある[51][51]。

単純なルール

 単純なルールを用いた認知的構えには、非常に具体的なルールが用いられる。例えば「三角形の図形のキューを見たら赤いボタンを押す」という様な、”if~then~“といった様なロジックの構造で表される[52][52]。

抽象的なルール

 より抽象的なルールは「意思決定をする際には最も重要な情報に着目せよ」といったような指示によって表される[53][53]。もしくは低次の知覚の特徴によらないようなルール、視覚の物体の認識や分類などやその組み合わせについてのルールなどが含まれる[51][54][55][51], [54], [55]。

文脈的な制御

 文脈的な情報による制御は最も高次な認知的構えの一つと考えられている[9][10][11][9]–[11]。これらの文脈は一つ一つの知覚の刺激やアクションにはよらず、長期的な記憶も含むような大きな行動の文脈を基にして、ルールなどの適用を左右する要素として捉えられる[9][9]。 

報酬・モチベーションと認知的な構え

 より近年になり認知的構えとモチベーションなどの価値に関わる要素の関連性が注目を集めるようになっている[4][4]。本来ゴールを達成するために認知的構えが存在するため、このゴールに関連する報酬の価値が認知的構えに影響を与えるのは自然とも言える。またこのゴールを達成するための認知的構えに関連する努力などの要素も、この様な価値に関する情報処理と関連している[5][56][5], [56]。

報酬

 課題の遂行やその成績に関する報酬が認知的構えに影響する事が示唆されている[4][11][4], [11]。例えば報酬などが課題の成績に応じて与えられる様な状況では、課題の遂行の速度が速くなり、また情報処理のコンフリクトをもたらす様な刺激の影響を受けにくくなる事が知られている[4][57] [4], [57]。

モチベーション

 この様なゴールの報酬による課題の成績の向上は、認知的構えを用いた課題の遂行のためのモチベーションを上げているからと解釈される。また課題の遂行、特に難しい課題の遂行や課題の切り替えを伴う情報処理が本質的にコストを伴うものであり、モチベーションを損なう効果を持つことも提案されている[5][16][58][59] [60][5], [16], [58]–[60]。

メンタルエフォート(精神的な努力)

 認知的構えを用いた課題の実行やその切り替えや準備などが努力を伴うものであることは、それを避けようとする様な行動からも確認されている[5][56][60][5], [56], [60]。

セルフコントロール

 より長期的なゴールを達成する為に短期的な報酬への反応を抑えるような情報処理をセルフコントロールと呼んでいる。この様な情報処理にメンタルエフォートが関与する事が示唆されている[61][61]。

意思決定とメンタルエフォート

 精神的な努力が報酬などの正の経済価値とどの様に情報として統合されているのかについて、意思決定の枠組みを用いた研究などから活発な議論が起こっている[4][5][12][4], [5], [12]。現在の考え方では認知的構えの構築や切り替えやその運用に関わるメンタルエフォートは、課題のゴールに関する報酬の価値によって左右され、この報酬価値に適切な量のメンタルエフォートが用いられるという主張がなされている[12][12]。またこの相対的なメンタルエフォートとその課題のゴールで得られる報酬価値の計算によって、メンタルエフォートを伴う課題を行うかどうかやどの程度の集中度においてそれを実行するかなどが、意思決定的な情報処理によって決まっていると考えられている。

メンタルエフォートの正・負の報酬価値

 以上の議論の様に認知的構えとそれに関わるメンタルエフォートは全般的に負の報酬価値または経済的なコストを伴うものと考えられているが、何が精神的努力となりまた精神的な疲労となっていくかについては、未だに議論が分かれている[14][14]。ある状況ではメンタルエフォートを伴う課題の遂行に関する努力が正の報酬価値を持ちうる事もある。難しい課題を学習し達成していく時の達成感などの感覚[62][63][62], [63]や、登山やランニングなどに関わる報酬的な要素などが良い例であろう。  

神経基盤

 認知的構えの神経メカニズムの説明は脳を構成する要素の規模のレベルで分かれてくる。例えば脳領域レベルでの機能の説明もあれば神経細胞レベルでの情報の表現のレベルもある[51][51]。基本的には前頭葉外側を中心としたネットワークが認知的構えの機能を担う神経基盤と考えられている[1][54][55][64][1], [54], [55], [64]。しかしここまで述べてきた認知的構えの行動のメカニズムの研究と同じように、認知的構えのモチベーションや報酬価値との結びつきの研究から前頭葉内側面での研究も盛んになっている[4][11][4], [11]。また近年提唱されている混合選択性(mixed selectivity)との関係も深い為、認知的構えの神経メカニズムの一例としてここに記述する[65][66][67][68][65]–[68]。

脳領域レベル

 認知的構えを理解するには相互に連絡しかつ独自の機能を持つ脳領域レベルのメカニズムを理解することがまず重要である[69] [70][71][69]–[71]。

前頭葉外側

 前頭葉外側の諸領域は認知的制御、作業記憶、注意、意思決定などの高次脳機能に関わる脳の部分として知られており、認知的構えとの関係が深い[1][52][1], [52]。特にタスクの実行に関わる情報を順序や階層性や必要性をもとに整理し、適切な行動の出力に繋げる役割を担っている[72][72]。

運動前野

 運動前野は認知的構えに関する運動が出力される際にその運動の計画に関わり、一次運動野への投射などを通じて最終的な適切な課題の実行に繋げる役割を担う[35][37][52][35], [37], [52]。

背外側前頭前野

 背外側前頭前野(dorsolateral prefrontal cortex, DLPFC)は作業記憶・短期記憶の貯蔵などに関わり[73][74][75][73]–[75]、この一時的に保持された情報を通じて認知的構えの機能に関わる[1][20][1], [20]。例えば短期記憶に保持されている認知的構えに関する情報から適切な対象に注意を向けるためのトップダウン信号を発生させ、ゴールの達成に必要な情報の重点的な処理を行う[20][76][20], [76]。また前頭葉の短期記憶はゴールの達成に必要な情報のみを選択的に保持する機能(Distracter Resistance)にも関わる[29][30][29], [30]。また運動前野の上位の運動領域として、抽象的なレベルで運動の順序の情報を生成・保持し、運動前野などの下位の運動領域での運動の計画に影響を与える[37][77][37], [77]。また情報を保持するのみならず保持した情報の操作にも関わる[64][78][64], [78]。

腹外側前頭前野

 腹外側前頭前野はより背側の背外側前頭前野の領域と比べより密な感覚信号の入力を受けて、より感覚情報に近いレベルでの認知的構えに関する情報処理を行う[37][72] [37], [72]。例えば認知的構えの課題に特徴的な手がかり刺激などの視覚物体の情報の処理などに関わる[79] [79]。またボトムアップでの認知的構えの情報処理の制御に関わり、感覚情報に基づく注意の切り替えや、予想外の感覚刺激に基づく速い認知的情報や運動情報の抑制などにも関わる[80][81][82][80]–[82]。

前頭極皮質

 外側前頭葉の一番前に位置しており、認知的構えの情報処理の階層においても最も上位の情報処理を担当すると考えられている[9][9]。この領域はマカクサルなどと比べてヒトにしかない神経線維結合を持つ脳領域である可能性もある[83] [83]。記憶や環境の文脈を基にした認知的構えの制御や、複数の認知的構えに関する情報を保持しその切り替えに関わる事もある[84][85] [84], [85]。神経生理的な知見では非常に選択的な認知的構えや行動の選択の後の結果の情報の表象にも関わることが知られている[86][87][86], [87]。

内側前頭前野

 内側前頭前野の情報処理はモチベーションや報酬によって認知的構えを用いた情報処理に影響を与える[4][11][4], [11]。さらにメンタルエフォートなど、認知的構えに関する価値情報の情報処理にも関わる[12][13][56][12], [13], [56]。また運動領域にも近いことから認知的構えの実行面での機能にも関わる[35][37][35], [37]。

背側前部帯状皮質

 背側前部帯状皮質(dorsal anterior cingulate cortex, dACC)は認知的制御(cognitive control)と呼ばれる認知的構えの主要な機能と関係している[1][47][48][1], [47], [48]。複数の運動計画や認知的構えの情報が存在するときに、その情報処理の混乱をいち早く検知し(Conflict Monitoring)、認知的構えの情報処理に誤りがあれば検知して訂正する役割も果たすと考えられている[47][48][47], [48]。(しかしこの監視機能が課題や情報の種類依存的に外側の前頭前野で行われているという報告もある[69][70][69], [70])この様な認知的レベルでの努力を伴う様な情報処理(メンタルエフォート)は、モチベーションとも深く結びついており、この領域での情報表現がどれくらいの精神的なリソースを使って課題を遂行するかなど、課題の実行に値する価値の計算を通じて行動と行動の選択の制御に役立てられている[5][12][5], [12]。

脳領域間で働く神経メカニズム

 認知的構えは上記で述べた様に各脳領域がそれぞれの役割を果たすことも重要であるが、これらの領域が別々に働いて成し遂げられるわけではなく、それぞれの脳領域が相互に作用しながら成し遂げられるものでもある。

機能的結合

 認知的構えに関わる脳領域間の相互作用を理解する上で重要なのは、タスクの種類やタスクにどの程度集中して取り組んでいるかによって脳領域間の結合の仕方がダイナミックに変わってくることである[51][64][51], [64]。機能的磁気共鳴画像法 (fMRI)の機能的結合や電気生理学的な信号の同期や信号の伝播などを調べる技術により、この様な脳領域間の相互作用が分かるようになってきている[23][29][88][23], [29], [88]。

ディフォルトモードネットワークとタスク活性化ネットワーク

 ディフォルトモードネットワークはタスクの遂行中ではなく休息中や自己に関連した内向きの情報処理を行っている際に活動が増す脳領域群であり、これと反対にタスク遂行中に活動を増す領域群をタスク活性化ネットワークという[89][90][89], [90]。先に述べた背外側前頭前野や内側前頭前野などはこのタスク活性化ネットワークに含まれる。これらの二つの脳領域群は互いに負の相関が通常はあるネットワークである。認知的構えの情報処理を担うタスク活性化ネットワークはより外向きのその場の状況に応じた情報処理を行うネットワークであることがディフォルトモードネットワークとの比較で分かる。ただしこの二つのネットワークはいつでも負の関係を持つわけではなく、安静時やタスク遂行中にもダイナミックに機能的結合のパターンを変え相互に連絡しあっている事も報告されている[91][92][91], [92]。

脳領域の階層性

 前頭葉のタスク活性化ネットワークはタスクの内容に合わせて階層的に働くことが知られている。例えば何重にもタスクのルールを制御する条件が積み重ねられていた構成されている課題を遂行する場合に、より上位のルールはより前の前頭葉の領域で表現されている[9][29][9], [29]。これらのより前部の前頭葉の領域はより後方の前頭葉の領域と機能的結合を持っており、タスクの遂行の必要性に応じてより下位の領域の機能を制御しているような活動のパターンを示す。

神経細胞レベル

 認知的構えに関わる各脳領域はそれぞれタスクの異なった部分の情報を表象する神経細胞から成り立っている[51][51]。しかし従来信じられてきた単一細胞レベルでの認知的構えに対する選択性については複数の選択性も持つことが提唱されてきている[65][65]。

単一細胞レベルでの表象

 従来の研究ではそれぞれの神経細胞は、感覚、運動、タスクのルールなどのいずれかの認知的構えに関する情報を表象すると考えられてきた[1][54][1], [54]。これらの細胞の分布やその活動の特徴は領域ごとに分かれており、運動により特化した領域は運動に関係した神経細胞が多く見られ、感覚情報により近い領域ではタスクの感覚情報に関連した活動が多く見られる[37][55][37], [55]。

混合選択性

 最近の研究ではこの単一細胞レベルでの情報表現もタスクに関連した一つの特徴を表象するのではなく、同時に複数のタスクの特徴を示すことが分かってきている[65][66] [65], [66]。これらの情報表現のあり方によって複雑で多次元の認知的構えに関する情報を表すことが出来、変化する状況に対応して柔軟な情報処理が行えるようになると考えられている[66][68][66], [68]。

認知的構えは何処から来るか

 動物の実験では認知的構えは長期間にわたる集中的なトレーニングによってもたらされるが、ヒトの場合には認知的構えに関する情報は社会的な情報源から得られる[2][2]。認知的構えと深い関係のある実行機能や認知制御が社会的な文脈によって強く影響され、またその発達過程が文化的な要素に左右されることが分かってきている[93][94][93], [94]。例えばマシュマロテストのようなセルフコントロールを要する課題では、実験者の振る舞いの信頼性により子どもがマシュマロテストでどのくらいの長い時間待つことができるかを左右することが分かっている[95] [96][95], [96]。

 また文化によりこの子どもたちが待つことができる時間が違ってくることが分かっている。例えば日本人の子どもでは通常のマシュマロテストではアメリカで育った子どもより長い時間待つことができるが、アメリカの子どもたちはラッピングされたプレゼントの箱を開けずに長いこと待つことが日本人の子どもたちよりも出来る[94][94]。この様な課題の種類と文化によって異なる実行機能や認知制御の違いは、異なる課題でゴールを達成するために使われる認知的構えが、文化的・社会的な影響を強く受けることを示唆している。

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