外傷後ストレス障害

2012年7月21日 (土) 16:47時点におけるTakumitsutsui (トーク | 投稿記録)による版

 英語:posttraumatic stress disorder、英略語:PTSD

同義語:心的外傷後ストレス障害

 

 外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)とは危うく死ぬまたは重症を負うような出来事を強い恐怖、無力感、戦慄と共に経験もしくは目撃すること(トラウマ体験)で起きる障害である。 診断にはにアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association:APA)のDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision (DSM‐Ⅳ‐TR)が用いられることが多い。

 症状評価は自記式質問紙法と構造化面接法があり、対象人数、面接可能時間などを考慮して評価方法を決定するべきである。

 
 治療は大きく精神療法と薬物療法に大別される。ランダム化比較試験で有効性を証明されてガイドラインで推奨されている精神療法に長時間暴露法(Prolonged Exposure: PE療法)を用いた認知行動療法、眼球運動による脱感作と最処理法(Eye Movement Desensitization and Reprocessing: EMDR)がある。その他、家族療法、芸術療法、精神分析などの治療も実施されている。薬物治療はsertraline、paroxetine、fluoxetineといったランダム化比較試験で有効性が認められた選択的セロトニン再取り込阻害薬(selective serotonine reuptake inhibitor:SSRI)が第一選択に推奨されている。

 アメリカにおいて行われた調査では生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%だった。トラウマ体験の違いによりPTSD発症率に差があること、他の精神障害が合併しやすいことが知られている。 

 PTSDとは 

==PTSDとは==

  外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)とは危うく死ぬまたは重症を負うような出来事を強い恐怖、無力感、戦慄と共に経験もしくは目撃すること(トラウマ体験)で起きる障害である。 PTSDは殺人、傷害、強姦などの犯罪被害、交通事故、地震、津波、火事などの自然災害、戦争やテロなど様々な原因で起こることが知られている。診断にはにアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association)のDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision (DSM‐Ⅳ‐TR)が用いられることが多い(表1)。  

 症状は再体験、回避・精神麻痺、過覚醒の3つの症状クラスターに大別される。再体験にはフラッシュバック、悪夢、身体生理反応など、回避には記憶を想起させる場所、物事、状況への回避、感情麻痺など、過覚醒には睡眠障害、集中困難、物音などへの過敏反応などが含まれる。DSM‐Ⅳ‐TRに示される再体験症状1項目以上、回避症状3項目以上、過覚醒症状2項目以上が1ヶ月以上持続し、著しい苦痛か社会的な機能の障害を伴うとPTSDと診断される。

  症状と診断

==症状と診断==

  診断基準はDSM‐Ⅳ‐TRとICD‐10共に収載されているが、前者の診断基準(表1)が用いられることが多い。
  尚、PTSDは他の精神障害とは異なり、症状、持続期間、機能障害が診断基準を満たしても、トラウマ体験がA基準を満たさなければ、適応障害と診断するべきである。また、トラウマ体験がA基準を満たしていても、症状が他の精神障害の診断基準を満たしたときはその診断を下す、もしくは追加しなければならない。

表の挿入のみ

 症状評価方法

===症状評価方法===

   症状評価方法は自記式質問紙法と構造化面接法に大別される。一般に質問紙法は簡便であるが診断精度は構造化面接に劣るとされ、状況に応じた使用が求められる。

終了

自記式質問紙法

====自記式質問紙法====

1.Impact of  Event Scale-Revised (IES-R) :改訂出来事インパクト尺度
Horowitsにより開発された出来事インパクト尺度をWeissらが改訂し作成した[1]自記式質問紙で、世界的に広く用いられている。最近1週間の22項目の症状についてその強度を0-4点で評価し、24/25点をカットオフ値とする。飛鳥井らによって日本語版が作成され、信頼性と妥当性が検証されている[2]

2.The PTSD checkkist (PCL) :PTSDチェックリスト

PCLはDSM-Ⅳの17症状により構成された自記式質問紙である。従軍経験でのトラウマ体験へはPTSDchecklist - military version (PCL-M)、特定されていない市民生活でのトラウマ体験へはPTSD checklist - civirian version (PCL-C)、既に確定している特定のトラウマ体験へは PTSDchecklist - specific version (PCL-S)を用いる。最近1か月の17症状についてその強度を1-5点で評価し49/50点をカットオフ値とする。(引用の仕方がわからない。ISTSSからリンク可能)

3.Posttraumatic Symptom Scale (PTS-10) :外傷後症状尺度

Weisaethにより開発された尺度[3]で、10項目の症状の有無を評価する。

引用のみ

構造化面接法

====構造化面接法====

1.Clinician-Administered PTSD Scale (CAPS) :PTSD臨床診断面接尺度

CAPSは米国のNational Center for PTSDの研究グループによって開発された構造化診断面接法[4]</pubmed>で、PTSD研究に世界的に広く用いられている。一定のトレーニングを受けた面接者がDSM-Ⅳで示される17症状について構造化された質問を実施し、症状の頻度と強度の両方をアンカーポイントにそって評価するものである。1998年に飛鳥井らが日本語版を作成しており、その信頼性と妥当性が検証[5]されている。

2.Structured Clinical Interview for DSM-Ⅳ(SCID) : DSM-Ⅳのための構造化臨床面接

2010年に北村らによって日本語版に翻訳されている。SCIDはDSM-Ⅳの17症状の有無のみを問う形式であり、評価者間のぶれが生じる可能性がある

(飛鳥井先生へ:筆者の許可が必要か?監修は高橋先生。筆頭翻訳者は北村先生)

3.MINI International Neuropsychiatric Interview (M.I.N.I) :精神疾患簡易構造化面接法

sheehanらによって開発された短時間で施行可能なスクリーニングより包括的な構造化面接である。大坪らが日本語版を作成している。症状項目の有無のみを問う形式であり、評価者間でのぶれが生じる可能性がある。

(飛鳥井先生へ:筆者の許可が必要か?)

引用許可のみ確認

治療

===治療=

  PTSDに対して、これまでさまざまな治療法が試みられてきた。ランダム化比較試験で有効性を証明された治療法は認知行動療法、眼球運動による脱感作と最処理法(Eye Movement Desensitization and Reprocessing: EMDR)、抗うつ薬による治療である。2005年の英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Clinical Excellence: NICE)のガイドライン(参考文献:NICE HPの乗せ方がわからない)では、トラウマ焦点化心理療法を基本的な第一選択とし、薬物療法はトラウマ焦点化心理療法を拒否する時かトラウマ体験の影響で試行できない時、トラウマ焦点化心理療法で十分な効果が得られない時、うつ病などの合併症の強化療法時などに限定して推奨している。

 →

終了。

トラウマ焦点化心理療法

===トラウマ焦点化心理療法===

NICEのガイドラインに例示されているトラウマ焦点化心理療法は、トラウマ焦点化認知行動療法とEMDRである。

トラウマ焦点化認知行動療法

====トラウマ焦点化認知行動療法====

トラウマ焦点化認知行動療法は暴露療法を中心とした技法である。

Foaが開発した長時間暴露療法(prolonged exposure therapy:PE療法)は心理教育、リラクゼーション法、現実内暴露、イメージ暴露、認知療法を組み合わせた治療法である。複数のランダム化比較試験で有効性が証明されており、日本国内のランダム化比較試験においても有効性が証明されている[6]。PE療法を小児に実施できるよう工夫したものをTF-CBTと呼称している。


終了。

EMDR

====EMDR====

Shapiroが開発したEMDRは被面接者が面接者の指を眼球運動で追いながら、トラウマ体験を想起する治療法である。海外での複数のランダム化比較試験でPTSDに対する有効性が証明されている。

終了。

薬物療法

===薬物療法===

抗うつ薬

====抗うつ薬====

PTSDに対する薬物療法として、sertraline、paroxetine、fluoxetineといった選択的セロトニン再取り込阻害薬(selective serotonine reuptake inhibitor:SSRI)が複数のランダム化比較試験でPTSDの3つの中核症状(DSM-Ⅳ-TRの基準B,C,D)全てと抑うつなどの合併する精神症状に有効性が証明され、第一選択として推奨されている。また、選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込阻害薬(selective serotonine norepinephrine reuptake inhibitor:SNRI)であるvenlafaxineもSSRIと共に第一選択として推奨されている。三環系抗うつ薬であるimpramine、amitriptylineも効果が認められているが、SSRI、SNRIと比較して一般的に副作用の出現や忍容性が懸念される薬剤である。その他、mirtazapine、bupropion、nefadozodone、torazodoneに関しての研究報告がある。

抗アドレナリン作動薬

====抗アドレナリン作動薬====

抗アドレナリン作動薬であるprazosin、propranolol、clonidine、guanfacineは一般的に安全性の高い薬剤である。過覚醒、再体験への有効性が報告されている。

非定型抗精神病薬

====非定型抗精神病薬====

非定型抗精神病薬であるrisperidone、olamzapine、quetiapineはSSRIで症状が残存した時の増強療法として複数の小規模なランダム化比較試験で有効性が報告されている。

Benzodiazepine系薬

====Benzodiazepine系薬====

 PTSDの中核症状への効果はないとされ、単独での治療は推奨されていない。

抗けいれん薬

====抗けいれん薬====

有効性に関して一致した結論には至らないが、治療薬としては推奨されていない。

 疫学

==疫学==

1995年にKesslerらが行った全米疫学調査ではPTSDの生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%、現在有病率は男性1.5%、女性3.0%だった。また、性暴力などの犯罪被害者のPTSD発症率が自然災害被災者よりも高いことが示された[7]。(ケスラーの図を入れるか。)

併存障害

===併存障害===

    PTSDには抑うつ不安障害物質関連障害など精神疾患の合併が多いことが知られている。kesslerの調査[8]では男性の88%、女性の79%に精神障害が合併していた。男性ではアルコール関連疾患52%、うつ病48%、行為障害43%、薬物依存35%、恐怖症31%であり、女性ではうつ病49%、アルコール関連疾患30%、薬物依存27%、恐怖症29%、行為障害15%だったとしている。 近年、Prigersonらが診断基準を提唱した複雑性悲嘆との合併についての報告が散見される。

終了。

 病態メカニズム

 ==病態メカニズム==

 PTSDの病態メカニズムについて神経心理、脳画像研究、遺伝子研究などさまざまな視点からの報告がなされている。

 

  神経心理的知見

===神経心理的知見===

 PTSDの再体験、過覚醒症状は トラウマ体験に対する恐怖条件づけとみなすと理解しやすく、暴露療法が有効であることも恐怖条件づけの消去現象と考えると理解しやすい。恐怖条件づけを司る扁桃体と内側前頭前野との連絡についての解剖学的知見や内側前頭前野の破壊が恐怖の消去を阻害することを示した動物実験からの知見などが集積され、現在は扁桃体、内側前頭前野、海馬などを含んだ神経回路モデルが想定されている。(図挿入:「PTSDとは何か」から 許可申請必要?) 。神経回路モデルは形態学的な研究も行われており、扁桃体、内側前頭前野の一部である前帯状皮質海馬がPTSD患者で体積が減少していたとする報告がある。
 

  その他、PTSDがストレス反応であるとの視点からストレス系ホルモンについての研究がなされている。24時間血漿コルチゾール値で夜間と早朝のベースラインレベルがうつ病患者や健常対照群と比較して有意に低く、視床下部-下垂体-副腎皮質系機能(hypothalamic-pituitary-adrenal:HPA系)の調節異常が示唆されている。また、デキサメタゾン試験によるコルチゾール分泌の過剰抑制、リンパ球グルココルチコイド受容体の数の増加と感受性亢進と視床下部におけるコルチコトロピン放出因子の分泌亢進が示唆されている。

終了

遺伝子研究

===遺伝子研究===

恐怖条件づけの消去現象とNMDA受容体、GABA受容体、BDNFなど分子レベルの因子と関連があることが知られており、さらに遺伝子レベルでの関連についても研究されている。しかし、現時点でPTSDに決定的な影響を与える遺伝子は同定されていない。遺伝子研究についてはgene-by-environment interactionの観点からも研究がおこなわれており、糖質コルチコイド受容体の関連遺伝子であるFKBP5の4つの多形のうち1つが幼少期の被虐待歴のある者でPTSDのリスクを上昇させるという報告がある[9]

終了

==関連項目==

 

==参考文献==

 

  1. Weiss DS、Marmar CR
    The Impact of Event Scale-revised
    Assessing Psychological Trauma and OTSD (2nd edition):168-189,2004
  2. <pubmed>11923652
  3. <pubmed>2624136
  4. <pubmed>7712061
  5. 飛鳥井望、廣幡小百合、加藤寛ほか
    CAPS(PTSD臨床診断面接尺度)日本語版の尺度特性
    トラウマティック・ストレス1:47-53,2003
  6. <pubmed>21171135
  7. <pubmed>7492257
  8. <pubmed>7492257
  9. <pubmed>18349090

(執筆者:筒井 卓実、飛鳥井 望、担当編集委員:加藤 忠史)