プロスタグランジン

2012年8月13日 (月) 11:24時点におけるTomoyukifuruyashiki (トーク | 投稿記録)による版

英:prostaglandin、英略語:PG、独:Prostaglandine、仏:Prostaglandine

プロスタグランジンは五員環構造を含む20個の炭素鎖からなる生理活性脂質である[1]。プロスタグランジンと構造の類似したトロンボキサンを併せてプロスタノイド(prostanoid)と称する。1930年にヒトの精液に含まれる子宮収縮物質として発見された。非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)の抗炎症作用、鎮痛作用、解熱作用は、主にプロスタノイドの合成阻害によると考えられている[2]。生体には五員環構造の側鎖や炭素鎖の二重結合の数の異なる多種のプロスタノイドが存在するが、これまでの研究では主にプロスタグランジンD2 (PGD2)、プロスタグランジンE2(PGE2)、プロスタグランジンF(PGF)、 プロスタサイクリン(プロスタグランジンI2、PGI2)、トロンボキサンA2(TXA2)の役割が解析されてきた。PGD2、PGE2、PGF、PGI2、TXA2はDP、EP、FP、IP、TPと呼ばれる特異的なG蛋白共役型受容体を介して、多様な生理機能、病態生理機能に関わる[3]。これらの機能には、循環器・消化器・骨の恒常性維持、卵巣や子宮といった生殖器の機能、局所炎症に伴う血管透過性亢進や疼痛惹起、細胞性免疫応答、睡眠、疾病時の発熱や内分泌応答、神経変性疾患や脳虚血に伴う神経細胞死、脳機能的充血、シナプス可塑性や記憶学習、心理ストレス下での情動制御などが含まれる。

プロスタグランジン生合成

炭素鎖内の二重結合を二つ有するPGD2、PGE2、PGF、PGI2、TXA2は、遊離アラキドン酸から生成される[2][3][4][5][6]。まず、酸素添加酵素であるシクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase; COX)により、アラキドン酸からプロスタグランジンG2(PGG2)、さらにプロスタグランジンH2(PGH2)が産生される。次いで特異的な合成酵素の働きにより、PGH2が各種PGに変換される。

一般にPG生成はphospholipase A2(PLA2)により細胞膜中のリン脂質からアラキドン酸が切り出されて開始すると考えられている[5][6]。例えば、マクロファージからのPG産生はcytosolic PLA2 (cPLA2)の遺伝子欠損によりほぼ完全に消失する。cPLA2の活性は細胞内Ca2+上昇によるcPLA2の膜移行、MAPキナーゼなどによるリン酸化、遺伝子発現制御といった複数のメカニズムにより制御されている。しかし近年、脳、肝臓、肺の遊離アラキドン酸とその下流で生成されるPGの多くが、モノアシルグリセロールリパーゼ(monoacylglycerol lipase; MAGL)依存的な内因性カナビノイド2-アラキドノイルグリセロール(2-arachidonyl-glycerol; 2-AG)の加水分解により生ずることが報告されている[7]

COXにはCOX-1とCOX-2と呼ばれる二つのアイソフォームが存在する[2][3][4][5][6]。一般に、COX-1は刺激による誘導性が乏しいことから構成型と呼ばれ、COX-2は刺激により遺伝子発現が誘導されることから誘導型と呼ばれるが、脳や腎臓ではCOX-1、COX-2のいずれも恒常的に発現している。生理的条件ではCOX-1はミクログリアや血管周囲マクロファージに[8]、COX-2は大脳皮質や海馬などの錐体神経細胞に発現している[9]。さらに炎症や神経変性疾患では、血管内皮細胞やグリア細胞にもCOX-2の発現が誘導される[10][11]。COXは非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)の主たる標的分子であり、NSAIDの抗炎症作用、鎮痛作用、解熱作用はPGの合成阻害活性によると考えられている[2]。 PGH2から各種PG合成を触媒する酵素群も多数同定されている[4][6]。PGH2からPGD2の合成にはPGD合成酵素(PGDS)が関与し、造血器型PGDS(hematopoietic PGDS; H-PGDS)とリポカリン型PGDS(lipocalin-type PGDS; L-PGDS)の二種類が存在する[12]。PGH2からPGE2の合成に関わるPGE合成酵素(PGES)には、cytosolic PGES(cPGES)、microsomal PGES-1(mPGES-1)、microsomal PGES-2(mPGES-2)の三つのアイソフォームが報告され、それぞれ異なる機能を有することが示されている[6]。COXとPGESの共役にはアイソフォーム特異性があることが知られ、cPGESはCOX-1と、mPGES-1はCOX-2と、mPGES-2はCOX-1とCOX-2の両方と共役しPGE2合成に関わるとされる。PGH2からPGFの合成にはPGF合成酵素(PGFS)が関与し、現在までaldo-keto reductase (AKR) 1C familyやAKR5A familyがPGFS活性を持つことが報告されている[13]。PGH2からPGI2やTXA2の合成にはシトクロームp450ファミリーに属するPGI合成酵素(PGIS)やTXA合成酵素(TXAS)が関与する[14]

プロスタグランジン受容体

PGD2、PGE2、PGF、PGI2、TXA2は、それぞれDP、EP、FP、IP、TPと呼ばれるG蛋白共役型受容体に結合して作用を発揮する[3]。DPにはDP1とDP2が、EPにはEP1、EP2、EP3、EP4が存在し、それぞれ異なる遺伝子によりコードされている。

これらPG受容体は組織、細胞レベルの発現分布や細胞内情報伝達が異なることで、特異的な機能を発揮すると考えられている[3]。DP2以外の八種の受容体はプロスタノイド受容体ファミリーを形成し、細胞内情報伝達とその作用からrelaxant receptor、contractile receptor、inhibitory receptorの三種に分類されている[3]。Relaxant receptorは主にGsを介してcAMP上昇を惹起し平滑筋の弛緩を誘導する受容体で、DP1、EP2、EP4、IPを含む。Contractile receptorは主に細胞内Ca2+上昇を惹起し平滑筋の収縮を誘導する受容体で、TP、FP、EP1を含む。Inhibitory receptorは主にGiを介するcAMP抑制により平滑筋の弛緩を抑制する受容体で、EP3を含む。但し、EP3にはマウスでは三種、ヒトでは四種のalternative splicingアイソフォームが存在し、ヒトTPにもαとβと呼ばれる二つのアイソフォームが存在する。これらのアイソフォームは異なる細胞内情報伝達に共役することが知られている。DP2は他の八種の受容体とは別のファミリーに属し、CRTH2やGPR44とも称される[15]。Giと共役してTh2細胞、好酸球、好塩基球の遊走を誘導することが知られている。

このように、プロスタグランジンの生合成や作用に関わる分子種は多岐にわたるが、PG生合成酵素群やPG受容体の遺伝子欠損マウスや特異的阻害薬に登場により、各種PGとその受容体の特異的な役割が解明されてきた。本稿では、脳機能と関連の深い機能に限って紹介する。

脳機能におけるプロスタグランジンの役割

疾病応答

感染や組織損傷は局所炎症に留まらず、発熱、視床下部-下垂体-副腎系(HPA; hypothalamus-pituitary-adrenal axis)活性化、食欲不振、疲労、傾眠、痛覚過敏といった全身症状を呈する[16]。これらの症状は疾病応答(sickness behavior; sickness response)と呼ばれ、生存を促進する適応的反応と考えられている。PG合成を阻害するNSAIDはこれらの多くの症状を改善することから、疾病応答におけるPGの役割が推測されてきた[17][18]。細菌内毒素であるリポ多糖類(LPS; lipopolysaccharide)やサイトカインの一種IL-1βを末梢に投与すると疾病応答の多くが再現されることから、疾病応答におけるPGE2の作用機序に関する研究にはLPSやIL-1βを全身投与した小動物を用いた疾病応答モデルが主に用いられてきた。

発熱

視床下部視索前野へのNSAIDやPGE2の局所注入実験により、視索前野におけるPGE2産生が疾病応答モデルによる発熱に寄与することが示唆されてきた[17]。その後、遺伝子改変マウスの解析により、PGE2生合成に関わるCOX-2とmPGES-1が疾病応答モデルにおける発熱に必須であることが示された[19][20]。LPSの全身投与により、COX-2とmPGES-1が脳内の血管内皮細胞に共に誘導されることから、疾病時の発熱には血管内皮細胞からのPGE2産生が関与することが示唆された[10][21]。しかし、血管内皮細胞でのCOX-2とmPGES-1の遺伝子発現誘導はLPS投与から一時間程度の発熱の初期相には見られない。一方、肺や肝臓におけるマクロファージではCOX-2の発現は末梢へのLPS投与により速やかに誘導され、末梢血中のPGE2濃度も速やかに上昇する[22]。さらに末梢血中へのPGE2阻害抗体投与により発熱が遅延することから、発熱の初期相には脳外で産生されたPGE2の関与が示唆された[22]

EP3欠損マウスではLPSやIL-1βによる発熱応答は消失することから、疾病時の発熱にはEP3が主に働くことが示された[23][24]。しかしEP1欠損マウスでもLPSの投与量によって発熱応答に異常を認めることから、部分的にEP1の関与もある[24]。さらに条件付け欠損マウスにより、疾病応答における発熱には視索前野神経細胞におけるEP3が必須であることが示された[25]。EP3は視索前野の抑制性神経細胞に発現しているが、この神経細胞は淡蒼縫線核(raphe pallidus; RPa)にある交感神経系の前運動神経を直接的あるいは間接的に抑制する[26]。EP3の活性化は視索前野の抑制性神経細胞を抑制することで、RPaの交感神経系を脱抑制すると考えられている。発熱は皮膚血管収縮による放熱減少、褐色脂肪組織からの熱産生促進、ふるえと呼ばれる不随意の筋収縮により誘導される。脳領域不活性化実験から、視索前野におけるEP3活性化は、RPaへの直接投射により皮膚血管の収縮を促し、視床下部背内側(dorsomedial hypothalamus; DMH)を経てRPaへ至る間接投射を介して褐色脂肪組織の熱産生を惹起すると考えられている[27]

HPA系活性化

視床下部の室傍核(paraventricular hypothalamic nucleus; PVN)の小細胞領域にはコルチコトロピン放出因子(corticotropin-releasing hormone; CRH)陽性の神経細胞が存在する。このCRH陽性神経細胞は正中隆起(median eminence; ME)に軸索を投射しており、神経細胞の活性化に応じてCRHを下垂体門脈系に放出する。CRHは下垂体前葉からの副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone; ACTH)放出を誘導し、ACTHは副腎皮質から糖質コルチコイド放出を促す。この一連の過程をHPA系活性化と称する。視索前野へのNSAIDとPGE2の局所投与実験から、LPSによるHPA系活性化に視索前野におけるPGE2作用が関与することが示唆されてきた[28]

LPS投与によるHPA系活性化にはタイミングによって異なるPGE2生成機構が関与する。すなわちCOX-2やmPGES-1の欠損マウスではLPS投与から6時間後のコルチコステロン放出は減弱するが、LPS投与から1時間後では減弱を認めない[29]。LPS投与により脳内の血管内皮細胞におけるCOX-2とmPGES-1の発現が共に誘導されることから、LPSによるHPA系活性化の後期相に血管内皮からのPGE2産生が関与する可能性が示唆される。一方、COX-1欠損マウスではLPS投与から1時間後のコルチコステロン上昇が消失するのに対し、6時間後のコルチコステロン上昇は正常であることから、HPA系活性化の初期相にはCOX-1を介したPG産生が関わる[30]。COX-1特異的阻害薬の脳室内投与によりLPS投与によるHPA系活性化の初期相が阻害されることから、COX-1の作用点は脳内であると考えられる[31]。生理的条件下ではCOX-1はミクログリアや血管周囲マクロファージに発現しているが、LPS投与により速やかに血管内皮に誘導されることが報告されている[31]

LPSによるACTH分泌にはPG依存的なメカニズムとPG非依存的なメカニズムが共に関わるが、PGE受容体欠損マウスを用いた解析から、LPSによるPG依存的な分泌にはEP1とEP3が共に必要であることが示されている[32]。HPA系活性化におけるEP1とEP3の作用部位は確定していない。

摂食行動

mPGES-1欠損マウスでは、IL-1βの腹腔内投与による摂食行動抑制がほぼ完全に消失することから、疾病時の食欲不振の少なくとも一部にPGE2が関与することが示唆されている[33][34]。EP4アゴニストの脳室内投与により摂食行動が抑制されること、PGE2の脳室内投与による摂食行動の抑制がEP4阻害薬により消失することから、食欲不振におけるEP4の役割が示唆されている[35]。一方、DP1活性化はNPY受容体Y1依存的に摂食行動を促進することが示されている[36]

覚醒睡眠

PGD2が睡眠促進物質であることはPGD2の側脳室投与により示された[37]。PGD合成酵素にはL-PGDSとH-PGDSがあるが、L-PGDSの阻害薬であるSeCl4とL-PGDS欠損マウスを用いて、L-PGDSが生理的な睡眠に関与することが示された[38]。さらにL-PGDS欠損マウスを用いた解析から、断眠によりL-PGDS依存的に脳内のPGD2が蓄積し、このPGD2生成が断眠後のノンレム睡眠のリバウンドに必須であることが示されている[39]。PGD2による睡眠促進作用はDP1を介することがDP1欠損マウスを用いて示されている[40]。L-PGDSは軟髄膜、脈絡叢、オリゴデンドロサイトに発現するのに対し、DP1は睡眠誘導に関わる腹外側視索前野の近傍の軟髄膜に限局して発現する[40]。PGD2による睡眠促進作用はアデノシンA2a受容体の阻害薬の腹腔内投与により阻害される[41]。以上の結果から、L-PGDSにより産生されたPGD2が軟膜に発現するDP1に結合し、くも膜下腔のアデノシン濃度を上昇させ、アデノシンA2a受容体を介して睡眠を誘導すると考えられている。一方、PGE2は覚醒促進物質であり、隆起乳頭体核(tuberomammillary nucleus; TMN)のヒスタミン神経細胞に発現したEP4に作用し、ヒスタミンの生合成と大脳皮質での放出を促進することが示唆されている[42]

疼痛

ドパミン系と情動

シナプス可塑性と記憶学習

脳機能的充血

高血圧

神経細胞死

アルツハイマー病

筋萎縮性側索硬化症

精神疾患


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