外傷後ストレス障害

2012年9月19日 (水) 14:51時点におけるTakumitsutsui (トーク | 投稿記録)による版

英語:posttraumatic stress disorder、英略語:PTSD

同義語:心的外傷後ストレス障害

 

 外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)とは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を強い恐怖、無力感、戦慄と共に経験もしくは目撃すること(トラウマ体験)で起きる障害である。 診断にはにアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association:APA)のDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision (DSM‐Ⅳ‐TR)と世界保健機構(WHO)の国際疾病分類第10版(International Statistical Classification of Disease: ICD-10)があるが研究では前者が用いられることが多い。

 症状評価は自記式質問紙法と構造化面接法があり、診断確度、対象人数、面接可能時間などを考慮して評価方法を決定するべきである。
 治療は大きく精神療法と薬物療法に大別される。ランダム化比較試験で有効性を証明された精神療法にトラウマ焦点化心理療法があり、長時間暴露法(Prolonged Exposure: PE療法)、眼球運動による脱感作と最処理法(Eye Movement Desensitization and Reprocessing: EMDR)などがある。その他の精神療法に、トラウマ焦点化認知行動療法には認知処理療法(cognitive processing therapy:CPT)、認知療法(cognitive therapy:CT)、子供へのトラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT)がある。トラウマ焦点化心理療法以外に家族療法精神分析 などの治療も実施されている。薬物治療はランダム化比較試験で有効性が認められた選択的セロトニン再取り込阻害薬 (selective serotonine reuptake inhibitor:SSRI)が第一選択薬として推奨されている。

 全米疫学調査では生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%だった。トラウマ体験の違いによりPTSD発症率に差があること、PTSDに他の精神障害が合併しやすいことが知られている。 

 病態メカニズムについて神経心理、脳画像研究、遺伝子研究などが行われている。恐怖の条件付けに関連した扁桃体、内側前頭前野と海馬を含むfear circuitが神経回路として想定されており、それを支持する脳画像研究結果が存在する。遺伝子研究においては現時点でPTSDに決定的な影響を与える遺伝子は同定されていない。


 PTSDとは 

==PTSDとは==

  外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)とは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を強い恐怖、無力感、戦慄と共に経験もしくは目撃すること(トラウマ体験)が契機となり起きる障害である。 PTSDは殺人、暴行、傷害、レイプなどの犯罪被害、交通事故、地震、津波などの自然災害、戦争やテロ、虐待、ドメスティックバイオレンスなど様々な原因で起こることが知られている。診断にはにアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association)の精神障害の診断と統計の手引き(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision DSM‐Ⅳ‐TR)と世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第10版(International Statistical Classification of Disease: ICD-10)があるが、研究では前者が用いられることが多い(下記参照)。 

 症状は再体験、回避・精神麻痺、過覚醒の3つの症状クラスターに大別される。再体験にはフラッシュバック、悪夢、想起刺激による身体生理反応など、回避・精神麻痺には記憶を想起させる場所、物事、状況への回避、感情麻痺など、過覚醒には睡眠障害、集中困難、物音などへの過敏反応などが含まれる。DSM‐Ⅳ‐TRに示される再体験症状1項目以上、回避・精神麻痺症状3項目以上、過覚醒症状2項目以上が1ヶ月以上持続し、強い苦痛ないし生活上の機能障害を伴うとPTSDと診断される。

  症状と診断

==症状と診断==

  診断基準はDSM‐Ⅳ‐TR(表1)とICD‐10共に収載されているが、研究では前者の診断基準が用いられることが多い。

  尚、PTSDは他の精神障害とは異なり、診断基準に外傷的出来事への曝露が含まれている。症状が診断基準を満たしても、出来事がA基準を満たさなければ、DSM‐Ⅳ‐TRでは適応障害と診断すると教示されている。その一方で、出来事がA基準を満たしていても、出現した症状が他の精神障害の診断基準を満たしたときはその診断を下す、もしくはPTSDと併記しなければならない。

 

 症状評価方法

===症状評価方法===

   症状評価方法は自記式質問紙法と構造化面接法に大別される。一般に質問紙法は簡便であるが診断精度は構造化面接に劣るとされる。一方で、構造化面接はより精度の高い評価が可能であるが、1人の評価に時間を要すること、被面接者の負担が大きいなどの問題がある。このため、目的に応じた使用が求められる。

自記式質問紙法

====自記式質問紙法====

1.Impact of  Event Scale-Revised (IES-R) :改訂出来事インパクト尺度
Horowitsにより開発された出来事インパクト尺度をWeissらが改訂し作成した[1]自記式質問紙で、世界的に広く用いられている。最近1週間の22項目の症状についてその強度を0-4点で評価しする。飛鳥井らによって日本語版が作成され、信頼性と妥当性が検証されている[2]。心理検査として診療報酬点数80点が認められている。

2.The PTSD checkkist (PCL) :PTSDチェックリスト

PCLはDSM-Ⅳの17症状により構成された自記式質問紙である[3]。従軍経験でのトラウマ体験へはmilitary version (PCL-M)、特定されていない市民生活でのトラウマ体験へはcivilian version (PCL-C)、既に確定している特定のトラウマ体験へはspecific version (PCL-S)を用いる。最近1か月の17症状についてその強度を1-5点で評価し49/50点をカットオフ値とする。

3.Posttraumatic Symptom Scale (PTS-10) :外傷後症状尺度

Weisaethらにより開発された尺度[4]で、災害後の特異的なストレス症状10項目の有無を評価する簡便な質問紙である。阪神淡路大震災の被災者を対象とした健康調査でも使用された。

4.Posttraumatic Diagnostic Scale(PDS): 外傷後ストレス診断面接尺度

 DSM-Ⅳの診断基準に準拠してFoaらによって作られた成人用の自記式質問紙である。長江らによって日本語版が作成され、信頼性と妥当性が検証されている[5]

構造化面接法

====構造化面接法====

1.Clinician-Administered PTSD Scale (CAPS) :PTSD臨床診断面接尺度

CAPSはアメリカのNational Center for PTSDの研究グループによって開発された構造化診断面接法[6]で、最も精度の高い診断法として世界的に広く用いられている。一定のトレーニングを受けた面接者がDSM-Ⅳで示される17症状について既定の質問をし、症状の頻度と強度の両方をアンカーポイントにそって評価するものである。日本語版は飛鳥井らが作成し、その信頼性と妥当性が検証[7]されている。心理検査として診療報酬点数450点が認められている。

2.Structured Clinical Interview for DSM-Ⅳ(SCID) : DSM-Ⅳのための構造化臨床面接

高橋らによって日本語版が出版されている[8]。SCIDはDSM-ⅣのPTSD17症状の有無のみを問う形式のため、評価者の臨床経験により、評価がばらつく恐れがある。

3.MINI International Neuropsychiatric Interview (M.I.N.I) :精神疾患簡易構造化面接法

Sheehanらによって開発されたスクリーニング目的に短時間で施行可能な包括的構造化面接である。大坪らが日本語版を作成している[9]。SCIDと同じく症状項目の有無のみを問う形式である。 

治療

==治療==

  PTSDに対して、これまでさまざまな治療法が試みられてきた。ランダム化比較試験(RCT:Randomized Contorolled Trial)で有効性を証明された治療法に認知行動療法(CBT:Cognitive Behavior Therapy)、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法:Eye Movement Desensitization and Reprocessing)、薬物療法がある。2005年のNICE(英国国立医療技術評価機構:National Institute for Health and Clinical Excellence)のガイドラインでは、心理療法(CBTないしはEMDRを基本的な第一選択としている。薬物療法が推奨されるのは、心理療法を患者が望まない時や実施が困難は場合としている。また、2007年に示された全米アカデミーズ医学院PTSD治療評価委員のレポートでは、PTSDへの治療的有効性が確立されているのは曝露療法のみで、その他の心理療法、薬物療法の有効性に関するエビデンスは不十分と結論づけられている。

 心理療法

===心理療法===

トラウマ焦点化認知行動療法

====トラウマ焦点化認知行動療法====

トラウマ焦点化認知行動療法にはPE療法(長時間曝露療法ないし持続エクスポージャー療法と訳されている:prolonged exposure therapy)、認知処理療法(cognitive processing therapy:CPT)、認知療法(cognitive therapy:CT)、子供へのトラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBTと呼称している)などが含まれている。これら代表的なトラウマ焦点化認知行動療法について以下に解説する。

PE療法
=====PE療法=====

Foaが開発したPE療法は感情処理理論に基づいたPTSDの治療法である。週1回90-120分のセッションを10-15週で、 心理教育、不安に対するための呼吸法、実生活内曝露、イメージ曝露、プロセッシング(非機能的認知の修正)を行う。多数のランダム化比較試験で有効性が証明されており、飛鳥井らが行った日本国内のランダム化比較試験においても有効性が証明されている[10]

CPT
=====CPT=====

Resikらによって考案されたPTSDに特化した治療で、認知療法の技法に加えて、筆記と朗読による暴露が特徴とされる。レイプ被害者のPTSDを中心にエビデンスが蓄積され、現在はアメリカの復員軍人局でPE療法と共に推奨される治療法となっている。ランダム化比較試験でPE療法と比較して同等の治療効果が確認されている[11]

 CT
=====CT=====

Ehlersらが考案した治療法である。週1回90分のセッションを12回実施する方法が標準とされるが、1週間連日集中的に行う方法もある。トラウマ体験の物語作りと想像での再体験を通じて、体験に対して現在では脅威にならない意味づけを与えるなど認知の再構成を重視した治療法である。

子供へのトラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT)
=====子供へのトラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT)=====

子供のPTSDに対してエビデンスが最も蓄積されているのがTF-CBTである。これは曝露や対話を通じて記憶や状況などのトラウマ想起刺激に安全下に直面することを促し、また、PTSDの背景に存在している非機能的認知の修正を目指す治療である。心理教育、リラクゼーション、感情の同定と表出、トラウマナラティブ、非機能的認知の修正、親子セッションなどを行う。PE療法と比べてトラウマ記憶への曝露はゆるやかに行うことが特徴とされる。

EMDR

====EMDR====

Shapiroが開発したEMDRはCBTと並び効果のある治療法で、海外での複数のランダム化比較試験でPTSDに対する有効性が証明されている。 8つの段階から構成され、1セッションは60-90分で実施される。状態の確認、心理教育の後、治療者が指をリズミックに左右に動かし、患者はそれを追視しながら、トラウマ体験の想起、肯定的な認知の想起、身体感覚の確認を行う。海外での複数のランダム化比較試験でPTSDに対する有効性が証明されている。

薬物療法

===薬物療法===

抗うつ薬

====抗うつ薬====

PTSDに対する薬物療法として、sertraline、paroxetine、fluoxetineといった選択的セロトニン再取り込阻害薬(selective serotonine reuptake inhibitor:SSRI)が複数のランダム化比較試験でPTSDの3つの中核症状(DSM-Ⅳ-TRの基準B,C,D)全てと抑うつなどの合併する精神症状に有効性が証明され、第一選択として推奨されている。また、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込阻害薬(serotonine norepinephrine reuptake inhibitor:SNRI)であるvenlafaxineもSSRIと共に第一選択として推奨されている。三環系抗うつ薬であるimpramine、amitriptylineも効果が認められているが、SSRI、SNRIと比較して一般的に副作用の出現や忍容性が懸念される薬剤である。その他、mirtazapine、bupropion、nefadozodone、torazodoneに関しての研究報告がある。

抗アドレナリン作動薬

====抗アドレナリン作動薬====

抗アドレナリン作動薬であるprazosin、propranolol、clonidine、guanfacineは一般的に安全性の高い薬剤である。過覚醒、再体験への有効性が報告されている。

非定型抗精神病薬

====非定型抗精神病薬====

非定型抗精神病薬であるrisperidone、olanzapine、quetiapineはSSRIで症状が残存した時の増強療法として複数の小規模なランダム化比較試験で有効性が報告されている。

Benzodiazepine系薬

====Benzodiazepine系薬====

 PTSDの中核症状への効果はないとされ、単独での治療は推奨されていない。

抗けいれん薬

====抗けいれん薬====

有効性に関して一致した結論には至らないが、治療薬としては推奨されていない。

 疫学    

==疫学==

  1995年にKesslerらが行った全米疫学調査[12]ではPTSDの生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%、現在有病率は男性1.5%、女性3.0%だった。また、性暴力などの犯罪被害者のPTSD発症率が自然災害被災者よりも高いことが示された(図1)。

  日本国内のデータも川上が9つの市町村の住民を対象に調査を行い、12か月有病率0.70%、生涯有病率1.27%と報告している[13]

 発症の危険因子については、以前のトラウマ体験、女性、若年者、人種的少数派、社会経済的困窮、低学歴、社会的支援が受けられない、別の精神疾患の既往歴と家族歴がある[14]

併存障害

===併存障害===

    PTSDには抑うつ不安障害物質関連障害など精神疾患の合併が多いことが知られている。kesslerの調査[15]では男性の88%、女性の79%に精神障害が合併していた。男性ではアルコール関連疾患52%、うつ病48%、行為障害43%、薬物依存35%、恐怖症31%であり、女性ではうつ病49%、アルコール関連疾患30%、薬物依存27%、恐怖症29%、行為障害15%だったとしている。 近年、Prigersonらが診断基準を提唱した複雑性悲嘆との合併についての報告が散見される。

 病態メカニズム

 ==病態メカニズム==

 PTSDの病態メカニズムについて神経心理、脳画像研究、遺伝子研究などさまざまな視点からの報告がなされている。

  神経心理的知見

===神経心理的知見===

PTSDの再体験、過覚醒症状は トラウマ体験に対する恐怖条件づけとみなすと理解しやすく、暴露療法が有効であることも恐怖条件づけの消去現象と考えると理解しやすい。恐怖条件づけを司る扁桃体と内側前頭前野との連絡についての解剖学的知見や内側前頭前野の破壊が恐怖の消去を阻害することを示した動物実験からの知見などが集積され、現在は扁桃体、内側前頭前野、海馬などを含んだ神経回路モデルが想定されている(図2)。神経回路モデルに関して形態学的な研究も行われている。PTSDと診断された者で扁桃体と海馬の体積が減少を認めたという報告がある一方で、認めなかったとする報告もある。内側前頭前野の一部である前帯状皮質の体積減少が複数報告されている。
 

  その他、PTSDがストレス反応であるとの視点からストレス系ホルモンについての研究がなされている。24時間血漿コルチゾール値で夜間と早朝のベースラインレベルがうつ病患者や健常対照群と比較して有意に低く、視床下部-下垂体-副腎皮質系機能(hypothalamic-pituitary-adrenal:HPA系)の調節異常が示唆されている。また、デキサメタゾン試験によるコルチゾール分泌の過剰抑制、リンパ球グルココルチコイド受容体の数の増加と感受性亢進と視床下部におけるコルチコトロピン放出因子の分泌亢進が示唆されている。

 

遺伝子研究

===遺伝子研究===

 恐怖条件づけの消去現象とNMDA受容体、GABA受容体、BDNFなど分子レベルの因子と関連があることが知られており、さらにそれらの因子と関連する遺伝子レベルの研究も行われている。しかし、現時点でPTSDに決定的な影響を与える遺伝子は同定されていない。遺伝子研究についてはgene-by-environment interaction の観点からも研究がおこなわれており、糖質コルチコイド受容体の関連遺伝子であるFKBP5の4つの多形のうち1つが幼少期の被虐待歴のある者でPTSDのリスクを上昇させるという報告がある[16]

==関連項目==

  ここは飛鳥井先生と相談して。

==参考文献==

 

  1. Weiss DS、Marmar CR
    The Impact of Event Scale-revised
    Assessing Psychological Trauma and OTSD (2nd edition):168-189,2004
  2. <pubmed>11923652
  3. Weathers, F. W.、 Litz, B. T.、 Herman, D. S. et al
    The PTSD Checklist (PCL): Reliability, validity, and diagnostic utility
    Paper presented at the 9th Annual Conference of the ISTSS, San Antonio, TX.:1993
  4. <pubmed>2624136
  5. 長江信和、廣幡小百合、志村ゆずほか
    日本語版外傷後ストレス診断尺度作成の試み-一般の大学生を対象とした場合の信頼性と妥当性の検討
    トラウマティック・ストレス 5:51-56,2007
  6. <pubmed>7712061
  7. 飛鳥井望、廣幡小百合、加藤寛ほか
    CAPS(PTSD臨床診断面接尺度)日本語版の尺度特性
    トラウマティック・ストレス1:47-53,2003
  8. (翻訳)高橋三郎、北村俊則、岡野禎治
    精神科診断面接マニュアル SCID:使用の手引き・テスト用紙 第2版
    日本評論社:2010
  9. (翻訳)大坪天平、宮岡等、上島国利
    M.I.N.I._精神疾患簡易構造化面接法
    星和書店:2000
  10. <pubmed>21171135
  11. <pubmed>12182270
  12. <pubmed>7492257
  13. 川上憲人
    トラウマティックイベントと心的外傷後ストレス障害のリスク:閾値下PTSDの頻度とイベントとの関連.大規模災害や犯罪被害等による精神科疾患の実態把握と介入方法の開発に関する研究
    平成21年度厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)分担研究報告書:17-25,2010
  14. <pubmed>19169189
  15. <pubmed>7492257
  16. <pubmed>18349090

(執筆者:筒井 卓実、飛鳥井 望、担当編集委員:加藤 忠史)