細胞骨格

2012年10月3日 (水) 09:32時点におけるTfuruya (トーク | 投稿記録)による版

英:cytoskeleton

 真核細胞質内のタンパク質性の線維状の構造で、微小管(microtubules)、中間径フィラメント(intermediate filaments)、アクチンフィラメント(actin filaments)の三種類とその結合タンパク質からなる。近年、原核細胞にもこれらに相同性のあるタンパク質が見つかっている。

歴史

 細胞骨格タンパク質の研究は、常に形態学的研究の進展とともにあった。真核細胞の細胞質にはトライトン(Triton)不溶性の線維構造があると分かり、これが“細胞骨格”分画と呼ばれ、電子顕微鏡等による研究が行われるようになった。生物電子顕微鏡のパイオニアであり細胞生物学の創始者のひとりであるK.Porterは臨界点乾燥法を用いて細胞質には複雑な網目状の構造 microtrabecula があるとした。

 現在はこの説は退けられているが、細胞質内のタンパク質性の線維は、微小管(直径25nm)、中間径フィラメント(10nm)、微細線維(マイクロフィラメント)(6nm) の三種類に分類されている。微小管は中空で径も大きく電子顕微鏡像で容易に区別がつく。アクチンフィラメントにはミオシンが結合する。ミオシン頭部を細胞骨格試料に加えて、電子顕微鏡で観察すると、マイクロフィラメントが矢じり状に修飾されるのが観察される。そこでマイクロフィラメントが筋肉で研究されてきたアクチンフィラメントに相当するものであることが分かった(注意深い議論をする場合は、その成分がアクチンであると証明されるまでは、マイクロフィラメントという呼称を用いる)。一方、ミオシン頭部が全く結合しないことで中間径フィラメントが別に存在することが確立した。

 1970年代以降、抗体を用いた蛍光抗体光学顕微鏡法は、細胞骨格タンパク質の細胞内の3次元構築を明らかにした。1980年代、急速凍結ディープエッチ法は電子顕微鏡レベルで細胞骨格の三次元的構成を示した。一方、生化学的研究の進展は、その構成タンパク質および関連タンパク質を明らかにし、それら線維の重合脱重を試験管内で再現した。これに対応し、蛍光標識した構成タンパク質とビデオ顕微鏡を用いて生細胞内での細胞骨格成分の動態が観察できるようになった。ビデオ顕微鏡は、この分野の大きな進展である軸索輸送のモーター分子キネシンの発見(1985)をもたらした。多数のキネシン類縁タンパク質は、輸送のみならず、細胞分裂等への関与が研究されている。昔から知られてきたミオシンとダイニンについても、新たな類縁タンパク質群が発見された。これらのモーター分子のアッセイや細胞骨格の重合脱重合のメカニズムの研究に、一分子イメージングなど光学顕微鏡技術の進展が大きく寄与している。

細胞骨格の機能

 細胞の構造を内部から補強する将に“細胞の骨格”としての役割の他、細胞の形態形成、分裂、運動、極性、小胞輸送など様々な細胞内の機能を果たすと考えられている。異なる線維間の相互作用についても古くから興味を持たれてきたが、これは未解明の点も多い。以下、3線維の特徴を比較するが、それぞれの線維の詳細については、各項を参照されたい。

微小管(微細管)

線維のサイズ

直径25nm

線維の特徴

中空の管状の線維。極性あり(重合の早い側が+端)

構成成分

GTP結合タンパク質であるチュブリン(tubulin)α、βの二量体(50kd)

重合・脱重合

 チュブリンα、βの2量体が縦に1列に並んだもの(α、β、α、β、・・・)をプロトフィラメントという。これが12-16本横に繋がって微小管の壁を形成する。実際の重合は、GTP,Mg存在下で、管の両端に2量体が付加されることで起き、速く重合する側を+端、遅い側を-端と呼ぶ。重合にはGTP型のチュブリン2量体が必要だが、その加水分解は重合には必要がない。GDP型のチュブリン同士の結合は管を維持するには弱い。

臨界濃度とトレッドミル

 重合に必要なチュブリン2量体の濃度を臨界濃度と言う。チュブリン2量体の濃度を上手く設定すると、+端では重合し、-端では微小管が脱重合するようにできる。重合速度と脱重合速度を同じに保つと、長さが不変で、見かけ上+方向に移動するように見える。これをトレッドミル状態という。ある種の細胞ではこれが細胞内で起こることが知られているが、神経細胞でどれほど起きているのかは不明である。

GTPキャップと動的不安定性モデル

 in vitroで微小管の重合脱重合を観察すると、隣り合う微小管が、一方が伸長し、他方が脱重合する場合がある。一般には、同一条件においては、化学反応は同じ方向に進むと考えられるので、この現象は不思議に思われ、動的不安定性(dynamic instability)といわれる。この解釈として以下の説が広く知られている。微小管の+端がGTPチュブリンで覆われているときは、そこに新たにGTPチュブリンが結合し、微小管は重合する。この覆いをGTPキャップという。微小管内でGTPチュブリンは加水分解されてGDPチュブリンとなる。微小管の+端のチュブリンまでが加水分解されて、GDPチュブリンが端で露出されると微小管は不安定になり、脱重合する。この動的不安定性はin vivoでも起きている。しかしその場合は様々な微小管関連タンパク質の修飾を受けることになる。

 神経細胞の特に長い軸索における微小管が、どのような形で輸送されるかは、軸索輸送の重要な問題の一つである。蛍光標識したチュブリンの神経細胞への微量注入による実験では、一般にはポリマーとして移動する微小管は観察されなかった。そこでおそらく脱重合状態で運ばれ、その後、重合し微小管にとりこまれると結論づけられた。その後GFPラベルした細胞骨格タンパク質の移動が一部の細胞の軸索で観察されたが、全ての神経細胞(例えば良く使われる海馬の神経細胞)で観察されるわけではない。近年のポリマー移動説は、これまでの研究の歴史をふまえない乱暴なものも見られる。

結合・関連タンパク質

 古典的微小管関連タンパク質(microtubule-associated proteins MAPs)とは、微小管精製の重合脱重合サイクルで微小管とともに精製され、微小管重合を促進するものをいう。MAP1A, 1B, MAP2, MAP4, tauなどがある。隣り合う微小管を架橋するなど構造的な機能が示唆されている。tauは遺伝性アルツハイマー病の原因遺伝子である。MAP2は樹状突起と細胞体のマーカーとなる。

 微小管の上のモーター分子にはキネシン、ダイニンおよびその類縁タンパク質がある。これらの発見は、微分干渉顕微鏡像のタイムラプス像を電気的にコントラスト増強することで、一本の微小管がスライドグラスの上を移動するのが観察できるようになった1980年代中盤の技術革新のたまものである。微小管関連タンパク質MAP1Cは細胞質ダイニンであることがわかった。また、数多くのキネシン類縁タンパク質(KIFs)が同定された。それぞれの機能については現在、詳細に研究がされている。

 新しい関連タンパク質として、微小管が重合する際にその+端に彗星のように結合する一連のタンパク質がある。これはGFPが普及し、その融合タンパク質の局在や動態を見ることがルーチンになったため、偶然に発見された。EB1, Clip-170, STIM1などがあり +tipsタンパク質と呼ばれている。

細胞内分布と機能

 一般的な細胞では、中心体から放射状に細胞質全体に放射するほか、精子鞭毛や上皮細胞の線毛、分裂細胞の紡錘糸の主要成分である。

神経細胞での特徴

 軸索や樹状突起の中を突起に平行に走行し、オルガネラや小胞輸送のためのレールの役割を果たしている。軸索輸送に重要な役割を果たす。海馬神経細胞では軸索内は+端が遠位になるように微小管がならび、成熟した樹状突起では+-両極性が混ざった状態である。

中間径フィラメント

線維のサイズ

直径10nm

線維の特徴

極性がない。

構成成分

 細胞の種類によってタンパク質の種類が異なる細胞骨格タンパク質(40-180kD)。非神経では、ケラチン, ビメンチン, デスミン, グリア線維性酸性タンパク質などが構成成分となっているが、神経では、神経幹細胞ではネスチン, 発生の段階でインターネキシン、その後ニューロフィラメント H, M, Lが発現する。

重合脱重合

他の線維に比べ、安定である。

細胞内分布

 上皮細胞では細胞間接着のデスモゾームに結合し、細胞の構造的補強を行っている。

神経での特徴

 3つの異なるサブユニットが重合し、フィラメント間に多くの架橋構造を形成するのが特徴的である。H鎖はリン酸化のターゲット分子であり神経細胞では軸索の遠位部で強くリン酸化されていて、リン酸化抗体は軸索のマーカー分子として使われる。細胞の構造的補強以外の機能は諸説ある。有髄軸索では軸索の大部分をニューロフィラメントが占めるが、ランビエの絞輪では軸索直径が小さくなり微小管が主体となる。

アクチンフィラメント(微細線維、マイクロフィラメント)

線維のサイズ

直径6nm

線維の特徴

極性あり。細胞膜についているほうが、+端。

構成成分

アクチン(45kd)

重合脱重合

 アクチンはモノマーをG-アクチン、ポリマーをF-アクチンといい、ATP型のG-アクチンは、K+, Mg2+存在下 2量体、3量体を形成する。さらにG-アクチンは、アクチンフィラメントの+端に結合し、ゆっくりとATPの加水分解を起こす。その結果フィラメント内のアクチンはADP型のF-アクチンということになる。チュブリンと同様でATPの加水分解は線維の伸長には必要ではない。重合したF-アクチンは、サブユニットがらせん状にピッチ13.5個並んだ二重らせんを形成する。

結合・関連タンパク質

 アクチンの研究は筋の研究からはじまり歴史が長く、対象生物も酵母、粘菌からヒトまで幅広いため、関係する蛋白を網羅するのは難しい。そこで、アクチンが主に作用する幾つかの良く研究されている細胞内の事象に関連するタンパク質を概説する。

アクチンフィラメント端での重合脱重合

 プロフィリンは12-15 kDのアクチンモノマー結合タンパク質。単量体アクチンのADP-ATP交換反応を加速する。プロフィリンはアクチン伸長を助けるが、アクチン重合核の形成に対しては阻害的に働く。一方ADF/コフィリンは、アクチン繊維を切断・脱重合する活性をもつ20 kDaのアクチン結合タンパク質である。ADP結合型のアクチンに対してより高い親和性を持ち、古いアクチン線維を切断・脱重合すると考えられている。キャッピングタンパク質がアクチンフィラメントの端につくと、重合も脱重合もしない安定なフィラメントを形成する。

微絨毛

 小腸上皮細胞の頂部等にある突起。この中には突起先端を+端としたアクチンフィラメントの束がある。これを束ねる架橋形成タンパク質にビリンやフィンブリンなどがあり、アクチンの束と細胞膜の間にはミオシンIが豊富である。

移動細胞におけるラメリポディア

 移動細胞では進行方向に薄く広がる細胞の突出が出来ることがありラメリポディアという。ラメリポディアは上下の面を細胞膜で覆われた薄い細胞質の部分だが、アクチン細胞骨格が主体をなす。Arp2/3複合体は、二つのアクチン関連タンパク質 (actin-related protein) Arp2とArp3を含むヘテロ七量体のタンパク質複合体であり、枝分かれしたアクチン 繊維を形成することができる。これらはさらにWASPやracにより制御されている。

アクチンの重合によるリステリア菌の細胞内移動

 この菌は侵入した細胞内で、菌の一方の端(後ろ)のActAに宿主細胞のアクチンや結合タンパク質を用いてアクチンフィラメントを重合させ, その反作用で前に進む。

細胞膜の裏打ち

 赤血球では膜タンパク質にバンド4.1、アンキリン、スペクトリン等を介してアクチンフィラメントが結合する。ERMタンパク質(エズリン、ラディキシン、モエシン)はN末に赤血球細胞骨格タンパク質のバンド4.1 様のドメインFERMがあり、膜と結合する。一方、C末はアクチン線維と結合する。

細胞接着

 ラミニンなどと結合したインテグリンはタリン、ビンクリンを介してアクチン細胞骨格を制御する。カドヘリンは細胞間の接着に役割を果たすが、細胞内ではαβカテニンを介してアクチン細胞骨格に結合する。

アクチンフィラメント上のモーター分子

 ミオシン:ATPを加水分解し、アクチンフィラメントの上を移動する。骨格筋の収縮を担うミオシンはミオシンIIである。ミオシンV は神経細胞にも豊富だが、その機能としては細胞内のメラニン顆粒の分布の制御が詳しく研究されている。

細胞内分布と機能

 細胞膜と強く関連し、細胞運動や移動で重要な役割を果たす。一般的な細胞では細胞膜直下に多い。細胞膜が分化した構造である微絨毛や接着結合、分裂時の収縮輪等に多く、培養細胞のストレスファイバーの主成分である。

神経細胞での特徴

 神経細胞では細胞膜直下のほか、樹状突起のスパインや、シナプス後肥厚成長円錐に多い。


参考文献

1.Manfred Schliwa
The cytoskeleton an introductory survey  1986
Springer-Verlag /Wien

2.Jonathon Howard
Mechanics of Motor Proteins and the cytoskeleton  2001
Sinauer Associates,Inc /Sunderland Massachusetts

3.Bruce Alberts et al.
Molecular Biology of the Cell  5th ed 2008
Garland Publishing,Inc /NewYork

4.Alan Peters, Sanford L. Palay, Henry DEF
Webster The fine structure of the nervous system  3rd ed 1991
Oxford University Press.


(執筆者:中田隆夫 担当編集委員:河西春郎)