英語名:Olfactory cortex
嗅皮質は、嗅球の投射ニューロンである僧帽細胞(mitral cell)、房飾細胞(tufted cell)から直接入力がある大脳皮質領域である[1]。 (解剖、機能についての抄録をお願い致します)。
嗅皮質とは
嗅覚系の情報は、鼻腔の中に匂い分子が取り込まれると、嗅上皮に存在する匂い分子受容体をもつ嗅細胞に受け取られ、さらに一次中継部位である嗅球、嗅球から軸索投射を受ける嗅皮質へと伝達されていく。嗅皮質は、嗅球の投射ニューロンである僧帽細胞、房飾細胞から直接入力がある領域として定義されている[1]。
構造
亜領域
解剖学的違い、投射様式の違いなどから嗅皮質はいくつかの亜領域に分かれる(図)。最も広大な範囲を占めるのが梨状皮質(piriform cortex、PC)で、前後軸に沿って前梨状皮質(anterior piriform cortex, APC)と後梨状皮質(posterior piriform cortex, PPC)に分類されている(外側嗅索(Lateral olfactory tract: LOT)の終止部より尾側部がPPC)。その他、前嗅核(anterior olfactory nucleus、AON)、蓋紐(tenia tecta、TT)、腹側線条体の一部である嗅結節(olfactory tubercle、OT)、外側嗅索核(nucleus of lateral olfactory tract、nLOT)、前部扁桃皮質核(anterior cortical amygdaloid nucleus、ACO)、後外側部扁桃皮質核(posterolateral cortical amygdaloid nucleus、PLCO)、外側内嗅野(lateral entorhinal cortex、LEC)などがある。
層構造
(編集コメント:ここも図があればと思います) 梨状皮質をはじめ嗅皮質の大部分は海馬などと同様に三層構造からなることから、六層構造をもつ大脳の「新皮質」とは異なり「古皮質」に分類されている。
- Ⅰ層:最も表層側にある層で、樹状突起や求心性繊維、少数の介在ニューロンなどを含む。嗅球からの軸索末端が終止するⅠa層と、嗅皮質内のニューロンや他の領域からの連合線維の入力を受けるⅠb層に分かれている。
- Ⅱ層:多くのニューロンの細胞体が存在する。表層側(IIa層)にはsemilunar cell(日本語訳がございましたらご教示下さい)、深層側(IIb層)には浅部錐体細胞の細胞体が並ぶ。
- Ⅲ層:表層側には深部錐体細胞が存在し、より深層側になるにつれて多極細胞など非錐体細胞の割合が多くなる。
- Endopiriform nucleus(日本語訳がございましたらご教示下さい):Ⅲ層よりも深層側にあり、時に嗅皮質のⅣ層とも称される。Spiny multipolar neuron(日本語訳がございましたらご教示下さい)などが主な細胞種である。
細胞種
投射ニューロン
新皮質や海馬などの他の皮質領域同様、嗅皮質の投射ニューロンも錐体細胞である。表層側(I層)に尖端樹状突起を伸ばし、多くの棘突起を形成し、Ⅰa層で嗅球から、Ⅰb層で連合線維からのシナプス入力を受けている。深層(III層)側には細胞体から放射状に基底樹状突起を伸ばしている。錐体細胞の軸索は、細胞体深部から深層方向に向かって伸長し、多数の軸索側枝を出す。
介在ニューロン
嗅皮質の介在ニューロン(非錐体細胞)の多くはGABAergicであり、抑制性である。I層~Ⅲにかけて存在し、水平細胞、多極細胞などがある。
入力
嗅球からの興奮性入力
嗅球から嗅皮質への入力源は、僧帽細胞と房飾細胞である。 嗅球の僧帽細胞・房飾細胞の主軸索は、LOTを通り、嗅皮質の表層に軸索側枝を伸ばし、同側の嗅皮質の各領域へと投射する。これら僧帽細胞、房飾細胞の軸索はすべて、嗅皮質のI層aにシナプスを形成する。
僧帽細胞は、嗅皮質のほぼ全領域(AON、TT、OT、APC/PPC、nLOT、ACO、PLCO、LEC)に軸索投射するが、房飾細胞は嗅皮質のなかでも前部(AON、OT、TT、APCの一部 )のみに軸索投射する。
これまでに、嗅球内の各領域(ドメイン)から前嗅核のpars externaへの軸索投射には大まかなトポグラフィーがあることは知られている[2]が、単一の僧帽細胞は、嗅皮質の各領域へ広範囲な軸索を送り、トポグラフィックな関係は見出されていない。
神経調節性入力
他の多くの大脳皮質領域と同様、嗅皮質もアセチルコリン性、ノルアドレナリン性、セロトニン性、ドーパミン性、ヒスタミン性の神経調節入力を広く受ける。
基底核からのアセチルコリン性入力は、興奮性・抑制性シナプス入力の抑制、シナプスの長期増強などの機能が知られており、これらのコリン性入力による変化は、睡眠・覚醒などの行動状態に依存した嗅覚情報処理モードの変換をもたらすと考えられている。
また、視床下部からはヒスタミン性の入力を受けている。さらに、腹側線条体の一部である嗅結節では、腹側被蓋野からのドーパミン性入力が多く存在することが特徴として挙げられる。
出力
嗅皮質の主たる領域である梨状皮質の錐体細胞の軸索は、前嗅核(AON)、嗅結節(OT)、扁桃体(ACO、PLCO)、嗅内野(LEC)などの他の嗅皮質領域へと密な出力をしている。嗅結節を除いてこれらの領域とは双方向性の神経連絡があり、嗅皮質領域間での密な情報のやり取りが行われている。
嗅結節は腹側線条体の一部であり、他の嗅皮質領域に出力せず腹側淡蒼球へと出力するので、嗅皮質の中でも出力系に近い。また、前嗅核、梨状皮質から嗅球顆粒細胞層へトップダウン入力がある。嗅覚系においては嗅球までは同側性の嗅上皮からの入力のみを受けるが、前嗅核のニューロンは前交連を介して対側の前嗅核や前梨状皮質と連絡する。
嗅皮質からは多くの嗅覚系以外の脳領域へと出力している。前梨状皮質からは前頭野の前頭眼窩皮質、島皮質へと投射し、また、視床の背内側核や内側下核へと出力する。嗅皮質領域から視床下部へと投射する経路も存在する。
機能
異なる嗅覚受容体からの情報の統合
同じ嗅覚受容体を発現する嗅細胞の軸索は、嗅球上の特定の糸球に収束する。嗅球の出力ニューロンである僧帽/房飾細胞は1本の主樹状突起をもち、特定の糸球において嗅細胞軸索とシナプスを形成する。すなわち、各々の僧帽/房飾細胞は1種類の嗅覚受容体の情報を受け取り嗅皮質に送る。
前梨状皮質の錐体細胞は、異なる受容体を担当する特定の組み合わせの僧帽/房飾細胞の軸索からの入力を受ける[3]。また、異なる受容体からの情報を同時に受けることで、錐体細胞がより発火したり、応答が抑制されたりする現象も報告されており、梨状皮質のニューロンは特定の組み合わせの受容体からの情報を統合する機能を持つと考えられる。
情報表現
嗅皮質、特に梨状皮質は嗅覚の一次感覚野と考えられているが、他の感覚野に見られるような「カラム構造」はいまだ見つかっていない。梨状皮質における単一匂い分子応答は梨状皮質の幅広い領域に分布するニューロンのアンサンブル応答によって表現される[4]。
左右の鼻からの入力差の感知
前嗅核のpars externa(日本語訳はありますでしょうか)のニューロンは同側の鼻からの匂い入力には興奮性に応答するが、対側の鼻からの同じ匂い入力には抑制的に応答する[5]。このことは、pars externaのニューロンが左右の鼻からの入力の強さの差を検知する能力を有していることを示しており、匂い源の方向検知に働いていると考えられる。
感覚入力ゲーティング
深い睡眠である徐波睡眠時、外界からの感覚入力は視床においてゲーティングを受け大脳皮質感覚野へと情報が運ばれなくなる。嗅覚情報は視床を介さず直接嗅皮質へと入力するため、視床におけるゲーティングを受けないが、嗅皮質において感覚入力ゲーティングを受け、高次中枢へと嗅覚情報が送られなくなる[6]。このことは、覚醒時には外界の嗅覚情報を取り込んでいるが、外界からの入力が遮断される徐波睡眠時には全く別の情報処理モードになっていることを示唆する。
徐波睡眠中の嗅皮質の活動
徐波睡眠中、梨状皮質では海馬と類似した鋭波が発生する[7]。梨状皮質の錐体細胞は豊富な興奮性反回側枝が存在し、お互いが密にシナプス接続されている。徐波睡眠時、この反回側枝の同期的な活動により鋭波が発生する。この鋭波は梨状皮質以外の多くの嗅皮質領域でも同期している。海馬鋭波は睡眠直前の経験によって発火したニューロン群がその時間的な関係を保ったまま再活性することが知られている。この再活性化によって、海馬での短期記憶が長期記憶へと固定化されると考えられている。嗅皮質は嗅覚連合学習(olfactory association learning)の場であることも知られているので、嗅皮質鋭波は、睡眠直前の匂い経験によって発火したニューロン群の再活性化の場であり、再活性されることで嗅覚記憶の固定化に寄与していると考えられる。また、嗅皮質鋭波は嗅球の顆粒細胞層にトップダウン入力し、嗅球回路の再編に寄与している。
関連項目
(他にございましたらご指摘下さい)
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 Nevelle K. R. & Haberly L. B.
The Synaptic Organization of the Brain (ed. Shepherd G. M.)
Oxford University Press:2004 - ↑
Schoenfeld, T.A., & Macrides, F. (1984).
Topographic organization of connections between the main olfactory bulb and pars externa of the anterior olfactory nucleus in the hamster. The Journal of comparative neurology, 227(1), 121-35. [PubMed:6470206] [WorldCat] [DOI] - ↑
Yoshida, I., & Mori, K. (2007).
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Stettler, D.D., & Axel, R. (2009).
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Kikuta, S., Sato, K., Kashiwadani, H., Tsunoda, K., Yamasoba, T., & Mori, K. (2010).
From the Cover: Neurons in the anterior olfactory nucleus pars externa detect right or left localization of odor sources. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 107(27), 12363-8. [PubMed:20616091] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Murakami, M., Kashiwadani, H., Kirino, Y., & Mori, K. (2005).
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Manabe, H., Kusumoto-Yoshida, I., Ota, M., & Mori, K. (2011).
Olfactory cortex generates synchronized top-down inputs to the olfactory bulb during slow-wave sleep. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience, 31(22), 8123-33. [PubMed:21632934] [PMC] [WorldCat] [DOI]
(執筆者:眞部寛之、家城直、森憲作 担当編集委員:藤田一郎)