守口 善也
独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 脳病態統合イメージングセンター
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年6月4日 原稿完成日:2013年6月xx日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所)
英:somatoform disorders、独:somatoform-Unordnungen、仏:désordres du somatoform
身体表現性障害とは、身体化障害、転換性障害、疼痛性障害、心気症、身体醜形障害などを総称した症候群である。その診断基準として、①一般身体疾患を示唆する身体症状が存在するが、一般身体疾患、物質の直接的な作用、または他の精神疾患によっては完全に説明されない、②その症状は臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の領域における機能の障害を引き起こす、③身体症状は意図的でない。つまり、身体面で「器質的機能的な異常が見当たらない」のに、身体症状を訴え続ける精神障害である。機能的・器質的異常が存在する心身症とはその点で明確に区別される。
身体表現性障害とは
DSM
DSM-IV-TRによれば、「身体表現性障害(somatoform disorders)」は以下の様に記載されている。
「身体表現性障害の一般的特徴は、一般身体疾患を示唆する身体症状で(そのために、身体表現性という用語を用いる)、それが一般身体疾患、物質の直接的な作用、または他の精神疾患(例:パニック障害)によって完全には説明されないものの存在である。その症状は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の領域における機能の障害を引き起こしていなければならない。虚偽性障害および詐病とは対照的に、その身体症状は意図的(すなわち、随意的な制御によるもの)ではない。身体症状を完全に説明するだけの一般身体疾患が診断可能なものとして存在していないという点で、身体表現性障害は「身体疾患に影響を与えている心理的要因」とは異なっている。これらの障害を1つの章に集めるのは、病因またはメカニズムを共有していることを想定しているというよりは、むしろ臨床的有用性(すなわち、身体症状について、不可解な一般身体疾患または物質誘発性の病因を除外したいという欲求)に基づくものである。これらの障害は、一般身体診療場面でしばしばみられる。」
さらに、以下の身体表現性障害がこの章に入れられている、と記載されている。
身体化障害
身体化障害(歴史的には、ヒステリー、またはブリケ症候群と呼ばれていた)は、30歳以前に発症し、何年にもわたって持続する多症状性の障害であり、疼痛、胃腸、性的、および偽神経学的症状の組み合わせによって特徴づけられる。
鑑別不能型身体表現性障害
鑑別不能型身体表現性障害は、身体化障害の診断閾値以下で、少なくとも6カ月続く、説明不能の身体的愁訴によって特徴づけられる。
転換性障害
転換性障害は、随意運動または感覚機能についての説明不能の症状または欠陥で、それは神経疾患または他の一般身体疾患を示唆している。心理的要因がその症状または欠陥に関連していると判断される。
疼痛性障害
疼痛性障害は、臨床的関与の中心的な対象が疼痛であることによって特徴づけられる。しかも、心理的要因が、その発症、重症度、悪化、または持続に重要な役割を果たしていると判断される。
心気症
心気症は、身体症状または身体機能に対するその人の誤った解釈に基づき、重篤な病気にかかる恐怖、または病気にかかっているという観念へのとらわれである。
身体醜形障害
身体醜形障害は、想像上のまたは誇張された身体的外見の欠陥へのとらわれである。
特定不能の身体表現性障害
特定不能の身体表現性障害は、どの特定の身体表現性障害の診断基準も満たさない身体表現性の症状をもつ障害にコード番号をつけるために含められている。
ICD-10
なお、ICD-10では以下の様な分類がなされている。
F4 神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害 | F45 身体表現性障害 | F45.0 身体化障害 | |
F45.1 鑑別不能型[分類困難な]身体表現性障害 | |||
F45.2 心気障害 | |||
F45.3 身体表現性自律神経機能不全 | 30 心臓および心血管系 | ||
31 上部消化管 | |||
32 下部消化管 | |||
33 呼吸器系 | |||
34 泌尿生殖器系 | |||
38 他の器官あるいは系 | |||
F45.4 持続性身体表現性疼痛障害 | |||
F45.8 他の身体表現性障害 | |||
F45.9 身体表現性障害,特定不能のもの |
DSMとの相違は、転換性障害がICD-10では身体表現性障害に含まれない、身体醜形障害が心気障害の中に包含されている、さらに、DSM-IVにはない身体表現性自律神経機能不全という概念があることなどである。
身体表現性障害と神経症
「身体表現性障害」が登場したのはDSM-III(1980)からで、従来精神科で使用されてきた「神経症」(ノイローゼ)を廃し、神経症における身体的な不定愁訴を包含する役割を果たした。心気症は最もよく知られているノイローゼで、臨床場面では従来「心気神経症」と呼ばれていた。心気症は、重い病気に罹っているのではないかという考え(固着観念)にとらわれて、他者にそれを訴え続ける状態である。心気的固着観念は妄想的確信にまでは至らず、患者はいわば半信半疑のままとらわれ続けており、その意味では、「心気妄想」とは違うが、病理の深さの違いでありはっきりと区別できるものではない。
いずれにしろ、身体表現性障害は、医学的に説明できる器質的な異常が見あたらないにもかかわらず、身体疾患を模倣するようにして執拗に身体の異常を訴えるもので、心因性の神経症と同じように、患者の訴えは、心理的な問題の表現の一方法と考えることができる。
DSM-Vにおける身体表現性障害
DSM-Vでは、従来DSM-IVでの身体表現性障害の要件であった「身体医学的に説明できない身体症状」の判断には信頼性がないという理由で、新たに「身体症状障害(somatic symptom disorders)」という用語を採用する予定である。そして、この「身体症状障害」の下位に、「身体表現性障害(somatoform disorders)」「虚偽性障害(factitious disorders)」、そして「一般身体疾患に影響を与えている心理的要因(psychological factors affecting medical condition:PFAMC)」を入れるという改変が提案されている。また、従来「身体表現性障害」に含まれていた「身体化障害」「心気症」「鑑別不能型身体表現性障害」「疼痛性障害」の4つを、新たに「複合身体症状障害(complex somatic symptom disorders)」にまとめるという提案がなされている。
身体表現性障害の病理
上述のように、身体表現性障害はある病態生理に基づいてカテゴライズされた疾患ではなく、はっきりとした身体所見がないにもかかわらず、身体関連の執拗な訴えがある疾患群を総称している症候群である。虚偽性障害や詐病のように意図的に作り出されたりねつ造されたりしたものではない。背景に他の精神疾患があれば、その疾患の診断や病理の方をより重視することが多く、その部分症状あるいは不随症状とみなされることが多い。さらに診断基準の歴史的変遷により、その病理の追究を難しいものにしている。
身体化障害・疼痛性障害・心気症・身体醜形障害に共通しているのは、「とらわれ」「固着」である。身体化障害及び疼痛性障害は「身体症状の訴え」という模倣形で表出され、心気症・身体醜形障害(疾病恐怖・醜形恐怖と俗に呼ばれるもの)は、「自己に対する心配・恐怖という固着観念」である。病理が深くなれば妄想に近くなるが、そういった意味では統合失調症の妄想と連続していると考える臨床家もいる(実際には、統合失調症・うつ病などに心気的な訴えをする患者も多い)。気質的には、「神経質」つまり内省的で物事を気にしやすい性質(森田正馬による「ヒポコンドリー性基調」)がある。
本障害の脳科学的な検証はまだまだなされていないのが現状である。身体化や疼痛については研究が散見される。PETやSPECTを使ってSomatization disorderの患者の血流を測定したもの[2][3][4][5]があるが、まだ症例数・研究数が少なく、確定的なことは言えない。扁桃体の体積減少を指摘するものもあれば[6]、PTSD患者の島皮質周辺の体積変化が身体症状に関連していたとするものもある[7]。また、一般的に疼痛性障害や線維筋痛症などでは海馬の機能障害がみられ[8]、海馬がpain-networkの中に含まれることから、海馬の問題も指摘されている。例えば、機能的磁気共鳴画像(fMRI)を用いた研究で、痛みに対する予期不安が痛みの主観的な感覚を高めるのであるが、そのモジュレーションに海馬が関係し、その脳活動が全身的な身体化に関係していたとするデータがある[9]。いずれにしろ、身体化・疼痛性障害に関して少しずつ知見が集まりつつあるものの、その神経基盤の解明研究は途上である。また、心気症・醜形障害など「(恐怖)観念」に関するものは、極めて知見が少ない。今後の一層の研究が待たれる。
診断
まず、精神疾患・器質的身体疾患がないかどうかが重要で、「他の疾患の除外」から始まり、除外された上で身体症状の訴え・身体へのこだわりが認められるのであれば、診断基準に従って診断される、というケースが多い。患者は根底にある精神的問題に気づいておらず,自分は身体の病気だと信じているため,医療機関に検査と治療を強く要求し、原因となる身体疾患を除外するために多くの診察や検査を実施するケースが多い。身体的にも適切な診察および検査を行うべきであるが、過剰な医療機関受診や検査を受けているケースも多く、適切な対応が求められる。特に、醜形恐怖や心気症などでは、繰り返し外科治療を受けるケースもあり、続発する医原性の疾患をもたらしてしまう。今までの医療との関わり方も、この診断に寄与する重要なポイントである。
治療
有効な治療法は確立しておらず、困難なことが多い。本症候群では、恐怖・不安、抑うつの症状が伴うことが多く、抗不安薬、抗うつ薬が有効なケースもあるが、多くは心理的治療によらざるをえない。患者が問題にする症状や病気を頭から否定せず、苦痛の訴えに耳を傾けることが大切であるが、自分の身体が問題化している枠組みから脱却し、固着やこだわりを促進しないということも同時に必要で、患者へのバランスのとれた接し方が要求される。
関連項目
参考文献
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9. 加藤忠史
不安障害・身体表現性障害: 脳科学ライブラリー 脳と精神疾患 (p153-175)
朝倉書店 東京 2009年