久場 博司
名古屋大学 大学院医学系研究科
DOI:10.14931/bsd.695 原稿受付日:2012年2月24日 原稿完成日:2012年8月16日
担当編集委員:藤田 一郎(大阪大学 大学院生命機能研究科)
羅:colliculus inferior 英:inferior colliculus 独:untere Hügelchen 仏:colliculi inférieurs 英略称:IC
中脳にある聴覚神経核であり,背側に突出した構造をもつ。中心核(central nucleus, CIC)と背側皮質(dorsal cortex, DCIC),外側皮質(external cortex, ICX)の3領域からなる。すべての上行性の聴覚情報は下丘を経由して視床へ至る。下丘では,下位脳幹の聴覚神経核に比べて複雑な情報処理が行われている。音の周波数弁別,音の高さ,音声言語,聴覚空間の認知など,様々な聴覚機能に関わる。また,下丘へは体性感覚,顔面知覚,視覚などの聴覚以外の感覚入力があり,これらの感覚と聴覚との擦り合わせも行われる。大脳皮質からの下行性の投射は,注意などによるゲート機構として働くと考えられている[1]。
構造
下丘は中脳蓋にある四丘体とよばれる二対の隆起のうちの尾側の一対に相当する。吻側の一対は上丘と呼ばれ,ヒトでは眼球運動に関わる。下丘は細胞構築および機能的に,CIC,DCIC,ICXの3領域に分けられる。
中心核
CICは下丘の中央部を占める下丘最大の領域である。CICには下位脳幹のほぼ全ての聴覚神経核からの投射入力が収束する[2]。興奮性入力の起始核には対側の蝸牛神経核(背側核,後腹側核,前腹側核)と外側上オリーブ核,同側の内側上オリーブ核と腹側外側毛帯核があり,抑制性入力の起始核には同側の外側上オリーブ核と腹側外側毛帯核,両側の背側外側毛帯核と下丘がある。前二者はグリシン作動性,後二者はGABA作動性の入力を送る。CICはこれらの入力の修飾と統合を行い,さらに上位の視床へと伝達する。
背側皮質
DCICはCICの背内側を覆い,その内側にある下丘交連は左右の下丘をつなぐ。対側の背側外側毛帯核からの投射線維もこの下丘交連を通る。DCICには同側の大脳皮質(聴皮質,下側頭回,海馬傍回)からの入力があり,下行性の情報修飾が行われる。
外側皮質
ICXはCICの外側にあり,その外側をさらに下丘腕が覆っている。下丘腕には,下丘から視床への上行性投射と大脳皮質からの下行性投射が含まれている。ICXには同側の背側外側毛帯核,対側の背側蝸牛神経核,両側の下丘など聴覚神経系のからの入力に加えて,薄束核や楔状束核,三叉神経脊髄路核,上丘など聴覚系以外の感覚神経核からの入力,さらに黒質緻密部,中心灰白質,脳質周囲核,大脳皮質(角回)などからの入力もみられ,より高次な情報の修飾と統合が行われる。
このように,下丘へは上行性と下行性,さらに下丘内から局所性に多様な入力があり,これらが統合的に処理されている。下丘で処理された情報は,視床の内側膝状体へと送られ,さらに聴皮質へと伝えられる。また下丘からは,背側蝸牛神経核,傍オリーブ核,背側外側毛帯核を含む聴覚神経核,さらに橋核や網様体などへも投射がみられ,下行性の情報修飾が行われる[3]。
機能
下丘のCICには,下位脳幹の聴覚神経核と同様,特定の周波数に応答する神経細胞が整然と配列する周波数再現(tonotopic organization)がみられる。これは,音が蝸牛で各周波数成分に分解された後,周波数毎の投射線維を介して上位へ伝えられることによる。このことに一致して,CICではこれらの投射線維と神経細胞の樹状突起が層構造(laminae)を形成する。CICの神経細胞は蝸牛や下位脳幹の聴覚神経核の細胞に比べ,はるかに高い周波数選択性を示す。これには,CIC内のGABA性神経細胞を介した側方抑制機構が関わると考えられている[4]。正確な音の周波数弁別には,このCICの神経細胞の高い周波数選択性が重要である。
下丘は,音の周波数弁別以外にも,音声言語や聴覚空間の認知を含め,様々な聴覚機能に関わる。このため,下丘には音刺激に対して特異的な応答特性を示す多様な神経細胞がみられる。例えば,片耳からの音にのみ応答するもの,音のスペクトルに応答するもの,左右の耳に到達する音の時間差や音圧差に応答するもの,振幅変調(amplitude modulation, AM)音に応答するもの,周波数変調(frequency modulation, FM)音に応答するもの,さらに音の始まりや終わりに応答するものなどが知られる。これらの多様な応答特性は,下位脳幹の聴覚神経核からの入力を直接反映しているか,もしくはいくつかの神経核からの入力が修飾と統合を受けることによって新たに作られる。
応答特性のよく似た神経細胞は,CICでは各周波数局在領域内でクラスター状に分布し,機能単位を形成することが知られている(nucleotopic organization)。一方,下丘へは聴覚以外の神経系からも入力があり,聴覚情報の修飾に関わる。例えば,ICXでは自己の声には応答せず,他者の声に対してのみ応答する細胞がみられ,これには体性感覚系からの抑制機構の関与が示唆されている[5])。また,ICXやDCICへは大脳皮質から下行性の入力があり,これらは注意などによるゲート機構として働くと考えられている。
音源定位
聴覚では,両耳に到達する音の時間差(位相差)と強度差,さらには音のスペクトルなどを手がかりとして,音源の位置を特定する(音源定位)。哺乳類では,前二者は水平面での音源の位置情報を与え,後者は垂直面での位置情報を与える。これらの情報は,哺乳類では内側上オリーブ核,外側上オリーブ核,背側蝸牛神経核でそれぞれ抽出された後に,下丘へと送られる。下丘は,これらの情報を先鋭化し,さらに統合することで,音源定位を可能にする。実際,下丘には特定の方向から来た音に対してのみ応答する細胞が存在する。
高い音源定位能力をもつことで知られるメンフクロウでは,ICXの神経細胞の音源方向選択性が極めて高く,一個の細胞のもつ精度で動物の音源定位行動の精度を説明することが可能である。この高い音源方向選択性は,GABA性神経細胞の働きによって実現される。メンフクロウのICXには,各方位に対応する細胞が規則正しく配置されることで,聴覚空間の地図が形成されている[6]。
一方,哺乳類では,個々の神経細胞のもつ精度はそれほど高くなく,音源の位置は細胞集団によって符号化されているという考えが支配的である。また,哺乳類の下丘には明確な地図は認められていない[7]。
反響定位(echolocation)
反響定位とは,自分の発した音とものにぶつかってはね返ってきた音の時間差(位相差)を検出することにより,ものとの距離を特定する行動である。コウモリやクジラの一種が反響定位を行うことが知られている。コウモリの下丘には,FM音の特定の時間遅れに応答する神経細胞の存在が知られている[8]。
関連項目
参考文献
- ↑ Winer JA, Schreiner CE
The inferior colliculus.
Springer: 2005 - ↑
Coleman, J.R., & Clerici, W.J. (1987).
Sources of projections to subdivisions of the inferior colliculus in the rat. The Journal of comparative neurology, 262(2), 215-26. [PubMed:3624552] [WorldCat] [DOI] - ↑
Caicedo, A., & Herbert, H. (1993).
Topography of descending projections from the inferior colliculus to auditory brainstem nuclei in the rat. The Journal of comparative neurology, 328(3), 377-92. [PubMed:7680052] [WorldCat] [DOI] - ↑
Davis, K.A. (2005).
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