赤土 正一、中島 欽一
奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科
DOI:10.14931/bsd.688 原稿受付日:2012年11月26日 原稿完成日:2013年3月25日
担当編集委員:大隅 典子(東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)
英:Signal Transducers and Activator of Transcription 3、英略語:STAT3
ファミリー
これまでSTATファミリー分子としては、STAT1、STAT2、STAT3、STAT4、STAT5A、STAT5B、STAT6の7種類が報告されている[2][3]。
構造
STAT3はマウスでは770アミノ酸残基から構成される。SH2ドメインは信号伝達鎖内のリン酸化チロシン残基を認識、結合する機能を持つ。コイルド-コイルドメインは4つのα-ヘリックスから成り、STAT3がSH2ドメインを介して信号伝達鎖と結合し、活性化されるために必須な領域として知られる。核局在化シグナル(nuclear localization signal, NLS)は細胞質内で二量体化したSTAT3が核内に輸送されるために必要な配列である。DNA結合ドメインは活性化STAT3が標的DNA配列に結合する役割を有する。またリン酸化を受けることでSTAT3の活性に関わる705番目のチロシン残基と727番目のセリン残基を有する。 チロシンリン酸化されたSTAT3分子はホモ二量体あるいは異なるSTATファミリー分子間でヘテロ二量体を形成する。図1には例として、マウスSTAT3の構造を示した。
発現
STAT3は脳、心臓、肝臓、腎臓、脾臓、胸腺など身体組織全体で広範囲に発現していることが、マウスを用いた研究により確認されている[5]。
STAT3はJAKチロシンキナーゼによりリン酸化されることで活性化し、標的遺伝子の転写を誘導する(後述)。しかし実はSTAT3遺伝子自身もその標的であり、活性化したSTAT3がSTAT3の遺伝子を誘導するというポジティブフィードバックループの存在も知られている[6][7]。
神経系細胞においては、STAT3はアストロサイト内で最も強く発現しており、神経幹細胞 (neural stem cell, NSC) の発現量の二倍近い。また、ニューロンとNSCにおける発現量はほぼ同じで大きな差はないことが報告されている[8]。
活性化機構
リン酸化による制御
免疫系に作用するサイトカインとして同定されたインターロイキン-6(Interleukin-6, IL-6)は、信号伝達に必須な受容体コンポーネントとして膜タンパク質glycoprotein 130(Gp130)を共通に利用するIL-6ファミリーサイトカインの一つである。IL-6ファミリーサイトカインには他にも、インターロイキン-11(IL-11)、オンコスタチンM (Oncostatin M, OSM)、白血病抑制因子(Leukemia Inhibitory Factor, LIF)、カルジオトロピン-1(Cardiotrophin-1, CT-1)、毛様体神経栄養因子(Ciliary Neurotrophic Factor, CNTF)などが含まれる[9]。IL-6ファミリーサイトカインは、細胞膜上のサイトカイン特異的受容体と結合することで、IL-6ファミリーサイトカインに共通かつ必須の信号伝達因子であるgp130を含む信号伝達鎖の二量体化を引き起こす(図2)。
その後、信号伝達鎖の細胞内領域に会合するJAKチロシンキナーゼが活性化され、信号伝達鎖の細胞内領域中のチロシン残基をリン酸化する。リン酸化されたチロシン残基に、転写因子STAT3が自身のSrc homology 2(SH2)ドメインを介して会合、近接したJAKにより705番目のチロシン残基がリン酸化を受けることで活性化する[10]。
チロシンリン酸化されたSTAT3分子はホモ二量体あるいは異なるSTATファミリー分子間でヘテロ二量体を形成し核へ移行した後、標的遺伝子の転写を誘導する。JAK/STAT3経路はIL-6ファミリーやインスリン様成長因子-1(Insulin-like growth factor-1, IGF-1)など複数のサイトカインや増殖因子の刺激により活性化することが知られている[11][12][13]。
転写による制御
JAK/STAT経路が活性化することで、STAT3は標的遺伝子の転写を誘導する。しかし実はSTAT3遺伝子自身もその標的であり、活性化したSTAT3はSTAT3遺伝子プロモーター中のSTAT認識配列に直接結合し、転写が誘導されるというポジティブフィードバックループの存在が報告されている[14]。
神経系での機能
アストロサイト分化誘導
IL-6ファミリーサイトカインの刺激により活性化したSTAT3は、転写活性化因子としてグリア線維性酸性タンパク質(Glial fibrillary acidic protein, GFAP)のプロモーターに結合し、転写を促進する。GFAPはアストロサイトで特異的に発現するタンパク質であり、これまで神経幹細胞Neural stem cell(NSC)の培養系にIL-6ファミリーサイトカインを添加すると、JAK/STAT3経路を活性化することでアストロサイトへの分化が促進されることが明らかとなっている(図3)[9][11]。また、STAT3をシグナル経路下流の転写因子とするIL-6ファミリーサイトカインとSmadをシグナル経路下流の転写因子とする骨形成因子(Bone morphogenetic protein, BMP)群(TGF-βスーパーファミリーに属する)の両者は別々の受容体システムを介し、相乗的にアストロサイトの分化を誘導することが明らかにされている[15]。そのメカニズムとして、転写活性化の補助的役割を果たす核内転写共役因子P300が、サイトカイン刺激に応答して活性化されたSTAT3のN末端と、Smad1のC末端に結合し、STAT3/p300/smad1複合体を形成することで、標的遺伝子GFAPの効率的な発現を誘導することが明らかにされている。
神経幹細胞増殖制御
通常のSTAT3遺伝子欠損(ノックアウト、KO)マウスは発生の比較的初期に死に至るので、マウス脳内におけるSTAT3 KOの影響を解析することは困難である[16]。そこで、神経系細胞特異的にSTAT3遺伝子を欠損(コンディショナルノックアウト、cKO)させるトランスジェニックマウスを用いて解析した結果、STAT3 cKOマウスの海馬歯状回において、NSCの数が、野生型マウスに比べ減少していることが明らかになった[17]。またニューロンに対して栄養因子として作用するCNTFは、gp130を介したシグナル伝達によりNSCの自己増殖を制御するという報告もなされている[18][19][20]。さらに、CNTF KOマウスの歯状回で、NSCの数が野生型マウスと比較して減少しているというSTAT3 cKOマウスと類似の結果が得られたことから、CNTFは受容体と結合し、下流のJAK/STAT3経路を活性化することで、NSCの自己増殖を制御すると考えられている[17]。
てんかん発作誘導性神経細胞死における神経保護作用
成体マウスにおいて興奮性アミノ酸の一種、カイニン酸(Kainic acid, KA)投与によるてんかん誘導に際し、抗てんかん薬として知られるCarbamazepine(CBZ)を投与すると、海馬のCA3領域において、ニューロン死の割合がKA投与のみの個体に比べ低いことが分かった。また、KA+CBZ投与マウスのCA3ニューロンにおいて、STAT3の発現レベルがmRNA、タンパク質においても上昇しており、活性化を表すチロシンリン酸化STAT3の増加も見られている。加えて、ニューロン保護タンパク質として知られているB-cell lymphoma-extra large(Bcl-xl)もまた、KA+CBZ投与マウスのCA3ニューロン内で発現レベルが高まっている上、CT-1の刺激によってSTAT3とSTAT1のヘテロ二量体がBcl-xl遺伝子に直接結合し、発現制御を行うという報告[21]から、CBZのシグナルを受けてJAK/STAT3経路が活性化し、Bcl-xlなどの抗アポトーシス分子の発現を誘導することで、てんかんによるニューロン死への保護効果が上昇することが示唆されている[12]。しかし、CBZシグナルがどのようなメカニズムでJAK/STAT3経路が活性化しているかはいまだ明らかになっていない。炎症性サイトカインである腫瘍壊死因子(Tumor necrosis factor-α, TNF-α)は神経疾患、または炎症反応中の脳で神経細胞毒性を持ち[22]、高濃度添加によりニューロン死が観察される。一方、インスリン様成長因子-1(insulin-like growth factor-1, IGF-1)は頭部外傷など、脳内の炎症反応により多量に発現し、神経保護作用を発揮する[23][24]。加えて、TNF-αのみを添加したニューロン群より、IGF-1とTNF-αを添加したニューロン群においてニューロン死の割合が低かったことから、IGF-1はTNF-αにより誘導されるニューロン死の抑制という作用を有することが明らかになった。このニューロン保護効果には、何らかのメカニズムでJAK/STAT3経路がIGF-1により活性化され、活性化されたSTAT3がサイトカインシグナル抑制因子(Suppressors of cytokine signaling 3, SOCS-3)の転写を誘導し、誘導されたSOCS3がIL-6ファミリーサイトカイン受容体複合体の信号伝達鎖のリン酸化チロシン残基とJAKに結合し、JAKの機能を阻害することで、JAK/STAT3経路を抑制することが重要であると報告されている[25]。しかしSOCS3がJAK/STAT3経路を負に制御することにより、TNF-αシグナルをどのように抑制するのか、その詳細なメカニズムは明らかになっていない[13][26]。
脊髄損傷時の反応性アストロサイト分化誘導
脊髄に損傷が起こると炎症反応が発生し、損傷部周辺の細胞で炎症性サイトカインの発現が亢進する。これらの刺激により損傷部周辺ではGFAP強陽性となる反応性アストロサイトの出現が観察される[27]。反応性アストロサイトは集合しグリア瘢痕を形成する[28]。グリア瘢痕は損傷部の物理的な防壁となり、損傷部を外部環境刺激から守ることで中枢神経系を再統合する役割を持つ[29]。しかし、グリア瘢痕は、chondroitin sulfate proteoglycans(CSPGs)などの軸索伸長阻害因子を分泌し、損傷部周辺ニューロンの軸索再伸長を阻害するため、これにより神経軸索再生が抑制される[30]。関連して、脊髄損傷を起こしたマウスへIL-6受容体の機能阻害抗体(MR16-1)を投与すると、損傷部の反応性アストロサイトの数が減少し、神経機能の回復が観察されるという報告がなされている。ところで、アストロサイト特異的にSTAT3遺伝子を欠損させたマウスの脊髄を損傷させても、反応性アストロサイトが出現せず、グリア瘢痕は形成されない。しかし、先に述べたようにグリア瘢痕は損傷部を外部環境刺激から守る役割を持つので、アストロサイト特異的STAT3遺伝子欠損マウスは脊髄損傷が起きた後、傷口と炎症部が広がっていき、部分的に運動機能がさらに低下する[31]。これらのことから、IL-6ファミリーサイトカイン刺激によるJAK/STAT3経路の活性化によって誘導される反応性アストロサイトには、良い作用と悪い作用が存在し、そのバランスを制御することが病態改善には重要であると考えられる[32]。
まとめ
ここに紹介したもの以外にも、STAT3の神経系における働きは多岐にわたり、それらを総合すると、JAK/STAT3経路は神経系の発達、形成に重要な役割を担う情報伝達経路と言える。また、単純に神経発達や形成に重要な因子となるタンパク質の発現を誘導するのみならず、その過度な活性化による障害を防ぐために自らのシグナル経路を抑制するタンパク質発現を誘導する負のフィードバックメカニズムも備えられており[33]、正しい生体機能が発揮されるために、JAK/STAT3経路は精妙に制御されている。
関連項目
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